M&Aで対象会社の収益力を見極めようとするとき、どうしても売上や粗利に目が向きがちです。その一方で、費用構造の確認は後回しにされやすいというのが、実務での率直な感覚です。
しかし、買収後の利益を大きく左右するのは、売上だけではありません。人件費、外注費、販売費、一般管理費、役員報酬、オーナー関連費用、関連当事者取引、そして管理体制を維持するための費用。これらがどのような構造で発生しているかによって、対象会社の正常収益力は大きく変わってきます。
決算書の上では利益が出ていても、その実態が、単に人件費を低く抑えているだけということもあります。外注費が多いために、固定費が軽く見えているにすぎないこともあります。あるいは、オーナーが無償または低額で担っている業務が、買収後には人員の補充や外注化を必要とするかもしれません。反対に、オーナー個人に紐づく過大な費用や私的色彩のある費用が、買収後には不要になることもあります。
財務DDにおける費用構造分析は、「この費用が高いか低いか」を判定する作業ではありません。買収後も続く費用、買収後には不要となる費用、買収後に新たに必要となる費用、一時的・属人的な費用、そして契約や労務・税務リスクに接続すべき費用。これらを丁寧に切り分けていく作業です。
財務DDの主要な目的は、対象会社の過去の損益・キャッシュフローの実績を把握し、現在の財務状況を評価してリスクを特定すること、あわせて将来の事業計画を検討することにあります。また、財務DDで把握した過去の正常収益力としての調整後EBITDAは、買収価格の検討にも深く関わってきます。
この記事では、M&A財務DDにおいて、人件費・外注費・販管費・オーナー関連費用をどのように分析し、正常収益力、価格、契約条件、買収後の管理課題へどう接続していくべきかを整理します。
なお、本記事では、労働法上の詳細な判断や、人事制度統合、PMI、資金調達、バリュエーション手法そのものには深く立ち入りません。ここで扱うのは、あくまで財務DDの立場から、「対象会社の費用構造は、買収後も再現可能な収益力を示しているか」を判断するための論点です。
費用構造分析の目的は「コスト削減余地」を探すことだけではない
人件費や販管費を分析するとき、つい「買収後にどれだけコスト削減できるか」という視点だけで見てしまうことがあります。
もちろん、重複機能の整理、過大な費用の見直し、外注の内製化、購買条件の改善などにより、買収後にコスト改善の余地が生まれる場合はあります。
ただ、財務DDでまず確認すべきなのは、削減できる費用ではありません。対象会社が現在の収益力を維持するために、本当に必要としている費用のほうです。
対象会社の費用が低く見えるとき、それが効率的な運営の結果なのか、それとも必要な投資や人員配置を先送りしているだけなのか。ここを見極める必要があります。
たとえば、次のような会社があります。
- 人員が不足しているために、残業や属人的な対応で何とか回っている
- 経理や管理が未整備で、買収後には管理人員の追加が必要になる
- 役員やオーナーが、本来複数人で担うべき業務を兼務している
- 設備修繕やシステム更新を先送りしている
- 外注先との関係に依存し、内製能力が弱い
- 広告宣伝費や採用費を抑えているため、将来成長の前提が脆い
こうした会社では、現在の費用水準をそのまま将来に置き換えてしまうと、正常収益力を過大に評価してしまう可能性があります。
一方で、買収後には発生しない費用もあります。オーナー個人の支出に近い費用、売却準備に伴う一時費用、特殊な役員報酬、過去のトラブル対応費用、買収前だけに発生した外注費などがその例です。
つまり費用構造分析の目的は、費用を単純に増やすことでも、減らすことでもありません。買収後の事業運営に必要な費用水準を、事実に基づいて見極めることにあります。
人件費は「総額」ではなく、機能・人数・役割・継続性で見る
人件費を見るとき、最初に確認するのは総額の推移です。
ただ、総額だけを眺めていても、買収後の収益力までは判断できません。人件費は、対象会社の事業構造、組織体制、労務リスク、キーマン依存、そして買収後の管理課題に直結する費用だからです。
財務DDの実務でも、人件費分析では、給与、時間外給与、法定福利費、年金費用、その他人件費、平均従業員数、1人当たり人件費などを確認し、労働生産性や人件費の推移を分析することが重要になります。
人件費分析では、少なくとも次の観点を確認します。
- 従業員数の推移
- 正社員、契約社員、パート、アルバイト、派遣、業務委託の内訳
- 部門別・職種別の人員配置
- 給与、賞与、退職金、法定福利費、福利厚生費の推移
- 売上高や粗利に対する人件費率
- 1人当たり売上高、1人当たり粗利、1人当たり人件費
- 残業代、休日出勤、未払賃金の有無
- キーマン、管理職、営業担当者、技術者への依存度
- 退職予定者、採用難、定着率
- 買収後に必要となる追加人員
なかでも特に重要なのは、人件費が「低い理由」です。
人件費が低い会社は、一見すると利益率が高く見えます。しかし、その背景にあるのが、オーナーや特定従業員の過重な働き方、未払残業、低い給与水準、採用抑制、管理部門の不足だとすれば、その利益は買収後も維持できるとは限りません。
反対に、人件費が高い会社であっても、専門性の高い人材を抱えている、顧客対応の品質を保っている、研究開発や技術力の源泉になっている、属人的リスクを抑えるために組織化されている、といった事情があれば、単純なコスト削減の対象とはいえません。
M&Aでは、人件費を「減らせる費用」として見る前に、まず「収益を支えている機能」として見る必要があるのです。
キーマン依存は、収益力と費用構造の両方に影響する
中小・オーナー企業のM&Aでは、特定の役職員の営業力、技術力、開発力、顧客対応力が、会社の収益力を支えていることが少なくありません。
このような場合、人件費分析は単なる費用分析にとどまらず、収益力分析そのものになります。
- 特定の役職員が離脱すれば、売上が落ちる
- 主要顧客との関係が弱くなる
- 製造・開発・品質管理が維持できなくなる
- 外注先や仕入先との関係が変わる
- 経理・資金繰り・銀行対応が滞る
財務DDの実務でも、特定の役職員の特殊な開発力・技術力・営業力が売上獲得に大きく貢献している場合、その役職員の離脱によってディール後の収益力が低下する可能性があるため、計画上の収益力分析においてその影響を検討する必要がある、と整理されています。
キーマン依存がある場合、財務DDでは次の点を確認します。
- その人物がどの売上・顧客・技術・業務を支えているか
- その役割は組織に移管されているか
- 後継者や代替人材はいるか
- 退職・離脱のリスクはあるか
- 買収後も継続して関与する契約やインセンティブ設計が必要か
- その人物が担う業務を外部人材で代替した場合、費用はいくらか
ここで大切なのは、キーマンの存在を、リスクとして単純に否定しないことです。
対象会社の価値の源泉がキーマンにあるのなら、その価値を買収後も維持するために、契約、報酬、引継ぎ、権限移譲、組織化、採用、PMI上の対応を検討する必要があります。
本記事ではPMIの詳細までは踏み込みませんが、M&A成立前からPMIに関連する取組を意識しておくことの重要性は、中小PMIの文脈でも整理されているところです。
財務DDでキーマン依存を見つけたら、その論点を「人件費がいくらか」で止めてはいけません。買収後にその収益力を維持するために、どの費用が追加で必要になるのか。そこまで考えを進める必要があります。
未払残業代・労務債務は、財務DDと労務DDの接点になる
人件費分析では、未払残業代や労務関連の債務にも注意が必要です。
たとえば、次のような状況が見られることがあります。
- 労働時間の管理が不十分である
- 固定残業代の設計や運用が不明確である
- 管理監督者の扱いが実態と合っていない
- 休日労働や深夜労働の把握が不十分である
- 退職給付や賞与引当が不足している
- 社会保険の加入状況に問題がある
こうした場合、決算書上の人件費は、実態より低く見えている可能性があります。
労働基準法第37条は、時間外労働・休日労働・深夜労働に関する割増賃金について定めています。具体的な適用関係は個別の事情に応じて確認が必要ですが、M&A財務DDでは、未払残業代等がある場合、損益への影響だけでなく、簿外債務・偶発債務としても検討の対象になります。
また、法務DDで未払残業代などの簿外債務や、訴訟などに関する偶発債務が検出された場合、財務DDではそれを可能な限り定量化し、財務数値への影響を検討する必要があります。
ここで注意したいのは、財務DDだけで労務問題の法的な結論を出すべきではない、という点です。
財務DDでは、未払賃金や労務債務の可能性を把握したうえで、金額影響の概算、正常収益力への反映、純資産への影響、契約条件への反映を検討します。一方、労働時間管理、賃金規程、就業規則、労働契約、法的リスクの評価といった領域は、労務DD・法務DDと接続して確認すべきものです。
人件費分析は、単なる費用分析にとどまらず、簿外債務、表明保証、補償、そして買収後の管理体制へと接続していきます。
外注費は「変動費」ではなく、事業運営機能として見る
外注費は、財務DDで見落とされやすい論点のひとつです。
損益計算書の上では「外注費」として一括して処理されていても、その中身は実に多様です。
- 製造外注
- 開発外注
- 業務委託
- 物流委託
- 営業代行
- 経理・総務・人事のアウトソーシング
- システム保守
- 専門家費用
- 個人事業主への業務委託
- 実質的な人員補完
外注費を単なる変動費として捉えてしまうと、買収後の収益力を見誤ります。重要なのは、その外注費がどの機能を代替しているのか、という視点です。
- 外注先が製造能力を補っているのか
- 技術力を補っているのか
- 人員不足を補っているのか
- 固定費を変動費化しているのか
- 実質的には、継続的な業務運営の中核になっているのか
- 買収後に内製化する予定があるのか
- 外注先との契約条件は継続できるのか
財務DDのチェックリスト上も、主要な外注先との業務委託契約書、外注先別の外注実績、外注の内容や取引条件、内製化予定がある場合の人件費等への置換、外注先に保管される在庫管理などが、確認すべき項目として整理できます。
特に、買収後に外注を見直す予定がある場合には注意が必要です。
外注を内製化すれば利益が増える、と単純にはいえません。内製化には、人材採用、設備投資、教育、管理工数、品質管理、労務管理がともないます。
反対に、現在は内製している業務を、買収後に外注化する場合もあります。この場合は、過去の人件費をそのまま将来費用と見るのではなく、外注化後の委託費、管理費、品質リスク、契約リスクを見積もる必要があります。
外注費は、単なるコスト科目ではありません。事業の機能配置を示す科目として読み解くべきものです。
偽装請負・派遣との境界は、財務DDだけで判断しない
外注費や業務委託費の中には、実態として労働力の提供に近いものが含まれていることがあります。
このような場合、財務DDでは、単に外注費として処理されているかどうかではなく、実態としてどのような指揮命令関係、業務責任、資材・設備の負担、成果物責任があるのかを確認する必要があります。
厚生労働省は、「労働者派遣・請負を適正に行うためのガイド」において、労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分を明確化するための、具体的な判断基準やQ&Aを示しています。同ガイドでは、基準に反する場合はいわゆる偽装請負となり、労働者派遣法違反となる旨が説明されています。
また、厚生労働省の37号告示関係資料では、請負とされるためには、業務処理に要する資金を自らの責任で調達・支弁すること、事業主としての責任を負うこと、単なる労働力の提供ではないこと、といった観点が示されています。
出典:厚生労働省|労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準
M&A財務DDでこの論点が出てきた場合、財務面では次の影響を確認します。
- 外注費として処理されている費用が、買収後には人件費化する可能性があるか
- 社会保険料、労務管理コスト、採用・教育費が追加で必要になるか
- 契約形態の見直しにより、費用水準が変わるか
- 法務DD・労務DDで追加確認すべきリスクがあるか
- 表明保証、補償、クロージング前対応に反映すべきか
外注費の分析では、会計科目の名称に引きずられてはいけません。実態として、対象会社がどの機能を、誰に、どの責任関係で担わせているのか。そこを見る必要があります。
販管費は「その他費用」ではなく、買収後管理課題の入口である
販売費及び一般管理費は、費目が多く、分析が散漫になりやすい領域です。
しかし、販管費には、対象会社の営業力、管理体制、成長投資、内部統制、そして買収後の追加コストが表れます。
財務DDでは、販管費の主要費目別内訳を確認し、特に人件費、修繕費、減価償却費、研究開発費、広告宣伝費、物流関連費用などの内容を確認することが重要です。
販管費分析では、次のような観点で見ていきます。
- 売上に比例する費用か
- 固定費として継続する費用か
- 一時的な費用か
- 買収後に不要となる費用か
- 買収後に増加する費用か
- 成長のために必要な費用か
- 過去に抑制されていた費用か
- オーナー関連費用や私的色彩のある費用が含まれていないか
- 関連当事者との取引が含まれていないか
たとえば、広告宣伝費が少ない会社は、利益率が高く見えるかもしれません。しかし、新規顧客の獲得がオーナーの人脈に依存している場合、買収後には営業・広告・マーケティング費用が必要になる可能性があります。
修繕費が少ない会社は、コスト管理が良いように見えるかもしれません。しかし、実際には設備修繕を先送りしているだけであれば、買収後に維持更新の費用が発生します。
経理・総務・人事費用が少ない会社は、管理コストが軽いように見えるかもしれません。しかし、月次決算、資金管理、内部管理、税務申告、親会社への報告に耐えられる体制がなければ、買収後に管理費用は増えていきます。
販管費は、利益を圧迫する費用であると同時に、事業を維持・成長させるための機能でもあります。削れるかどうかではなく、何を支えている費用なのか。そこを見る必要があります。
オーナー関連費用は「足し戻し」だけで考えない
中小・オーナー企業の財務DDで特に重要になるのが、オーナー関連費用です。
- 役員報酬
- 親族給与
- オーナー個人の交際費
- 社宅、車両、保険料
- オーナー所有不動産の賃料
- オーナーや関連会社への外注費
- 役員借入金に対する利息
- 関連当事者との売買・貸借
- 会社負担か個人負担かが曖昧な費用
これらは、決算書上は通常の費用として計上されていても、買収後の正常収益力を考えるうえでは整理が必要になります。
ただし、オーナー関連費用をすべて「不要費用」として足し戻すのは危険です。
たとえば、オーナー報酬が高額に見える場合でも、そのオーナーが営業、採用、金融機関対応、主要顧客対応、製造管理、資金繰り、経理確認まで担っているのであれば、買収後にはその機能を誰かが引き継ぐ必要があります。
逆に、オーナー報酬が低いケースもあります。この場合、決算書上の利益は高く見えますが、買収後に外部の経営人材や管理職を置く必要があれば、人件費は増加します。
財務DDの実務でも、オーナー企業で販管費に計上されている役員報酬が高額すぎる場合、特に買収後にその役員が退任を予定しているのであれば、業務を引き継ぐ人員の給与水準などを踏まえて、適正な水準まで引き下げる調整を行うことがあります。
ここで重要なのは、「高額だから足し戻す」「低額だからそのままにする」という機械的な判断ではありません。確認すべきは、次の点です。
- オーナーはどの業務を担っているか
- 買収後もオーナーは残るのか
- 残る場合、報酬水準はどうなるのか
- 退任する場合、代替人材や外注が必要か
- 関連当事者との取引条件は継続できるか
- 私的色彩の費用と、事業に必要な費用を分けられるか
- 税務上のリスクはないか
- 契約で精算・解消すべき項目はないか
オーナー関連費用は、正常収益力の調整項目であると同時に、買収後の経営体制設計の入口でもあるのです。
役員報酬は財務DDと税務DDの両方で見る
役員報酬は、正常収益力分析と税務DDの両方に関係します。
財務DDでは、役員報酬が買収後も発生する費用なのか、退任により不要となる費用なのか、あるいは代替人材の費用が必要になるのかを確認します。税務DDでは、役員給与の損金算入要件や過大役員給与、事前確定届出給与、定期同額給与といった論点を確認します。
国税庁は、平成29年4月1日以後の支給決議分の役員給与について、法人が役員に対して支給する給与のうち、定期同額給与、事前確定届出給与、または一定の業績連動給与のいずれにも該当しないものは損金の額に算入されず、これらに該当する給与であっても、不相当に高額な部分は損金算入されない旨を示しています。
出典:国税庁|No.5211 役員に対する給与(平成29年4月1日以後支給決議分)
M&A財務DDでは、役員報酬を次のように分けて考えます。
- 買収後も必要な経営機能に対する報酬
- 退任予定役員に係る、買収後は不要となる費用
- 退任するが、代替人材が必要となる費用
- 親族・関連者に対する、実態が不明な報酬
- 業績連動・臨時支給・退職慰労金等の特殊項目
- 税務上の否認リスクがある可能性のある報酬
- 契約上、クロージング前に整理すべき報酬・退職金
役員報酬の調整は、正常収益力を大きく変えることがあります。しかし、調整後EBITDAを大きく見せるために、オーナー報酬を安易に足し戻すべきではありません。その役員が担っていた機能を買収後に維持するための費用を、同時に見積もっておく必要があります。
関連当事者取引は、費用水準と税務リスクの両方に影響する
オーナー関連費用と近い論点として、関連当事者取引があります。
- 関連会社から仕入れている
- 関連会社へ外注している
- オーナー所有不動産を賃借している
- 親族会社へ業務委託している
- オーナー個人から借入をしている
- 役員や親族に対して給与・報酬・賃料・利息を支払っている
このような取引は、費用水準の正常性と税務リスクの両方に影響します。関連当事者取引のように、会計上も税務上もリスクが高い分野では、財務DDチームと税務DDチームの連携が重要になります。
財務DDでは、関連当事者取引について次の点を確認します。
- 取引の内容
- 取引先との関係
- 契約書の有無
- 価格条件の妥当性
- 市場価格との乖離
- 買収後も取引が継続するか
- 取引条件を変更した場合の費用影響
- クロージング前に整理・解消すべきか
- 税務DDで追加確認すべき論点があるか
たとえば、オーナー所有の不動産を相場より低い賃料で借りている場合、買収後も同じ条件で借りられるとは限りません。この場合、現在の販管費は低く見え、利益は高く見えますが、買収後には賃料が増える可能性があります。
反対に、関連会社へ相場より高い外注費を支払っている場合、買収後に取引を見直せば、費用削減の余地があるかもしれません。ただし、関連会社が実質的に重要な機能を担っているのであれば、単純に取引を解消すると事業運営に支障が出る可能性があります。
関連当事者取引の分析では、「不自然だから問題」と短絡しないことが大切です。その取引が、対象会社の収益力、資金繰り、税務、契約、買収後の運営にどう影響するのか。そこを丁寧に整理する必要があります。
費用の固定費・変動費分解は、事業計画の検証に直結する
人件費、外注費、販管費を分析する際には、固定費と変動費の分解も重要になります。
- 売上が増えたとき、費用はどの程度増えるのか
- 売上が減ったとき、費用はどの程度下がるのか
- 現状の利益率は、売上増加による営業レバレッジによるものなのか
- 外注化によって変動費化されているのか
- 人件費が固定費として重く、売上減少時に利益が急減する構造なのか
- 成長計画を実現するには、追加人員・外注・広告宣伝・物流費が必要なのか
この分析は、事業計画の検証に直結します。
売主が提示する事業計画で、売上だけが伸び、販管費がほとんど増えない前提になっている場合、成長に必要な人員、広告宣伝、システム、物流、管理体制が織り込まれているかを確認する必要があります。
外注費が売上に連動して増える事業であるのに、計画では外注費率が改善する前提になっている場合、その改善が実現可能かを確認しなければなりません。
人件費が不足している状態で売上成長を計画している場合、採用費、教育費、管理職人件費、労務管理コストが必要になるかもしれません。
財務DDは、ビジネスDDの分析結果を財務数値の側から裏付ける役割も担います。単なる財務面の調査で終わらせるのではなく、将来の事業が生み出すキャッシュフローに現在の財務分析がどう影響するのかを、つねに意識しておく必要があります。
費用構造の分解は、単なる過去分析ではありません。売主の事業計画が、現実の費用構造と整合しているかを確認する作業です。
費用構造分析で必要となる資料
人件費・外注費・販管費・オーナー関連費用を分析するには、損益計算書だけでは不十分です。
少なくとも、次のような資料を組み合わせて確認する必要があります。
- 月次試算表
- 部門別損益
- 勘定科目内訳
- 人員一覧
- 給与台帳
- 役員報酬の個人別内訳
- 賞与、退職金、福利厚生費、法定福利費の資料
- 勤怠資料、残業時間資料
- 就業規則、賃金規程、退職金規程
- 主要外注先との契約書
- 外注先別の取引実績
- 業務委託契約書、派遣契約書、請負契約書
- 広告宣伝費、販売促進費、物流費、修繕費、研究開発費の内訳
- 関連当事者取引の一覧
- オーナー・役員・親族・関連会社との取引資料
- 買収後の組織体制案や事業計画
財務DDのチェックリストでも、人件費関連では、役員報酬の個人別内訳、販売費及び一般管理費の内訳資料、広告宣伝費、物流関連費用、修繕費、外注契約書、外注先別実績などが、確認すべき重要な資料として整理されています。
ただし、資料を集めるだけでは十分とはいえません。
- 人員一覧と給与台帳は整合しているか
- 月次人件費と、賞与・法定福利費の計上は整合しているか
- 外注費と、契約書・業務内容は整合しているか
- 役員報酬と、実際の役割は整合しているか
- オーナー関連費用と、事業上の必要性は整合しているか
- 関連当事者取引と、市場価格は大きく乖離していないか
- 事業計画上の費用前提と、過去実績は整合しているか
財務DDでは、資料の有無だけでなく、資料相互の整合性と、実態とのつながりを見る必要があります。
費用構造分析を価格・契約・買収後対応にどう反映するか
人件費・外注費・販管費・オーナー関連費用の分析結果は、DD報告書の中だけで完結させるものではありません。重要なのは、発見事項を実行判断へと変換することです。
財務DDの結果を買収価格に反映しないことは、検出した事項に対する有効な対応策を放棄しているようなもの、と整理できます。
費用構造分析の発見事項は、次のように整理していきます。
定量化できるものは、正常収益力や価格前提に反映します。たとえば、買収後に不要となる役員報酬、過大な関連当事者費用、継続的に不足していた人件費、外注から内製化した場合の費用増減などです。
将来発生する可能性があるものは、契約条件や補償に反映します。たとえば、未払残業代、退職金、社会保険、外注契約の解除リスク、関連当事者取引の解消費用などです。
クロージング前に整理すべきものは、前提条件や誓約事項に反映します。たとえば、オーナー関連取引の解消、役員退職慰労金の処理、関連会社との契約再締結、重要外注先との契約確認などです。
買収後に管理すべきものは、Day1以降の管理課題として整理します。たとえば、月次人件費管理、部門別損益、外注先管理、労務管理、販管費予算、経理体制の強化、関連当事者取引の排除などです。
重大な不確実性が残るものは、追加DDまたは撤退判断につなげます。たとえば、未払賃金の規模が把握できない、主要外注先との関係が不安定である、オーナー退任後に事業運営が維持できない、管理資料の信頼性が低い、といった場合です。
ここで大切なのは、「費用が増えそうだから悪い会社」と判断しないことです。費用構造の問題は、価格で調整できるもの、契約で手当てできるもの、買収後に改善できるもの、買収前に解消すべきもの、そしてそもそも引き受けるべきでないもの。これらに分けて考える必要があります。
費用構造を見誤ると、M&A判断はどこでずれるか
費用構造を見誤ると、M&A判断は大きくずれていきます。
まず、正常収益力を見誤ります。 必要な人件費や管理費用が不足している状態の利益を、そのまま対象会社の稼ぐ力として見てしまうと、買収後の利益は想定を下回ります。
次に、バリュエーションの前提がずれます。 調整後EBITDAを算定するときに、不要費用の足し戻しだけを行い、買収後に必要となる費用を織り込まなければ、企業価値を過大に評価してしまいます。
さらに、契約条件がずれます。 未払賃金、関連当事者取引、外注契約、役員退職金、オーナー関連支出などを契約に反映しなければ、クロージング後に買主が想定外の負担を負う可能性があります。
そして、買収後の管理計画がずれます。 経理・人事・労務・外注管理・販管費予算・部門別損益管理が整っていない会社を買収する場合、買収後の管理体制整備に時間とコストがかかります。
費用は、利益を減らすものとしてだけ見るべきではありません。事業を維持するための機能であり、買収後に引き継ぐ経営課題でもあるのです。
人件費・外注費・販管費・オーナー関連費用分析の本当の目的
費用構造分析の目的は、対象会社の費用を細かく批判することではありません。
その本質は、対象会社が、どの人材、どの外注先、どの管理機能、どのオーナー関与によって利益を生んでいるのかを理解することにあります。そして、その費用水準が買収後も維持可能なのかを判断すること。買収後に不要となる費用と、買収後に新たに必要となる費用を分けること。労務・税務・法務・PMI上の論点を、財務数値の側から見つけること。発見事項を、価格、契約、クロージング条件、買収後の管理課題へつなげること。これらが、分析の目的です。
M&Aで買うのは、過去の損益計算書ではありません。買収後も維持できる収益構造です。
その収益構造は、売上だけではなく、費用の中にも表れます。
- 人件費が低い理由
- 外注費が多い理由
- 販管費が抑えられている理由
- オーナー関連費用が発生している理由
- 関連当事者取引が残っている理由
- 管理体制が薄い理由
これらを確認しないまま買収価格や事業計画を決めてしまうと、買収後に「思ったほど利益が残らない」という状態になりかねません。
財務DDにおける費用構造分析は、買収にブレーキをかけるための作業ではありません。買収判断を、後から説明できる状態に整えるための作業です。
この記事の振り返り
| 論点 | 財務DDで確認すべきこと | 実行判断へのつながり |
|---|---|---|
| 人件費 | 総額だけでなく、人員構成、役割、部門別配置、1人当たり指標を見る | 正常収益力、買収後の必要人員、事業計画の妥当性 |
| キーマン依存 | 特定役職員が、売上・技術・顧客・管理を支えていないか確認する | 継続関与、契約条件、買収後の管理、追加人件費 |
| 未払残業代・労務債務 | 労働時間、残業代、賞与、退職金、社会保険等の不足を確認する | 簿外債務、補償、表明保証、労務DDとの接続 |
| 外注費 | 外注の内容、契約条件、外注先依存、内製化の可能性を確認する | 正常収益力、買収後の費用、契約リスク |
| 偽装請負・派遣リスク | 業務委託の実態、指揮命令、責任負担、成果物責任を確認する | 労務DD・法務DDとの接続、費用構造の見直し |
| 販管費 | 人件費、広告宣伝費、物流費、修繕費、研究開発費、管理費用を見る | 買収後の管理課題、事業計画、追加費用 |
| オーナー関連費用 | 役員報酬、親族給与、社宅、車両、関連会社取引等を確認する | 正常収益力の調整、契約整理、税務DDとの接続 |
| 役員報酬 | 高額・低額・退任予定・代替人材・税務上の取扱いを確認する | 調整後EBITDA、税務リスク、クロージング前対応 |
| 関連当事者取引 | 価格条件、契約、継続性、市場価格との差を確認する | 価格調整、表明保証、税務リスク |
| 固定費・変動費分解 | 売上増減に対する費用の動き、成長に必要な追加費用を見る | 事業計画の検証、バリュエーション前提 |
| 買収後必要費用 | 管理人員、システム、労務管理、外注管理、経理体制を確認する | PMIとの接続、買収後の資金・管理計画 |
費用構造の論点をM&A判断につなげたい方へ
人件費・外注費・販管費・オーナー関連費用の分析は、単なるコストチェックではありません。対象会社の利益が、どの人材、どの外注先、どの管理体制、どのオーナー関与によって成り立っているのかを把握し、買収後も維持できる収益力へと引き直す作業です。
たとえば、こうしたお悩みをお持ちの方もいらっしゃるかと思います。
- 決算書上は利益が出ているものの、役員報酬やオーナー関与をどう調整すべきか迷っている
- 外注費や業務委託費が多く、買収後の内製化・継続可否を判断したい
- 人件費が低く見える一方で、未払残業代や人員不足、キーマン依存が気になっている
- 販管費が抑えられている理由を、正常収益力や買収後の管理課題にどう反映すべきか整理したい
- DDで見つかった費用構造上の論点を、価格、契約条件、クロージング前対応、買収後管理にどうつなげるべきか確認したい
そのような場合には、早い段階で費用構造を分解し、後から説明できる判断材料へと整理しておくことが大切です。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&Aにおける財務・税務DD、正常収益力分析、人件費・外注費・販管費・オーナー関連費用の分析、そしてDD発見事項の価格・契約・実行判断への接続について、数字と事実に基づいたご支援を行っています。
M&Aの検討段階で、対象会社の費用構造や買収後の収益力をどこまで信じてよいか整理したいとお考えの場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからお気軽にご相談ください。