このシリーズで扱う範囲と他シリーズとの関係|M&Aファイナンスをどこまで学ぶべきか

M&Aを検討し始めると、いくつもの論点が、ほとんど同時に立ち上がってきます。

買収価格はいくらが妥当なのか。銀行は買収資金を貸してくれるのか。自己資金はどこまで使ってよいのか。対象会社の借入や個人保証はどうなるのか。デューデリジェンス(DD)で見つかったリスクは、価格に反映すべきなのか。買収後の運転資金や設備投資は足りるのか。株式譲渡、事業譲渡、会社分割で、資金調達はどう変わるのか。買収後に返済が重くなりすぎたとき、どう動けばよいのか。

どれも、おろそかにできない論点です。ただ、これらをひとつの記事、ひとつの論点としてまとめて扱おうとすると、かえって判断の軸がぼやけてしまいます。

「M&Aファイナンス|買収資金調達と資本構成」シリーズは、M&Aの全体像を網羅するためのものではありません。DDの詳細な手続、バリュエーション手法、PMI施策、組織再編税制、契約書レビュー、事業再生手続を、ひととおり解説していくシリーズでもありません。

このシリーズの中心にある問いは、もっと絞り込まれています。

その買収は、資金調達・返済原資・既存事業への影響・資本構成・金融機関への説明・買収後の投資余力まで含めて、財務的に成立しているのか。

この記事ではまず、本シリーズで扱う範囲と、他のシリーズに委ねるべき論点との境界を整理しておきます。

目次

このシリーズは「買収できるか」ではなく「買った後も耐えられるか」を扱う

M&Aを考えるとき、最初に目が向きやすいのは、やはり買収価格です。

もちろん価格は重要です。高すぎる買収価格は、その後の投資回収を難しくします。売主との交渉でも、価格はもっとも分かりやすい論点になります。

それでも、M&Aファイナンスの観点からは、価格だけを見ていても買収の可否は判断できません。

たとえば、買収価格そのものは妥当に見えても、自己資金を使い切ってしまえば、買収後の運転資金が足りなくなるかもしれません。銀行融資で資金を調達できたとしても、対象会社のキャッシュ・フローで返済できなければ、既存事業の資金繰りを圧迫します。外部出資を受ければ返済負担は軽くなりますが、その一方で株主構成や経営権に影響が及びます。

つまりM&Aファイナンスで見るべきなのは、買収価格そのものではなく、次のような一体の設計です。

検討対象M&Aファイナンス上の問い
買収価格その価格は返済可能性・投資回収と整合しているか
必要資金買収代金以外の費用、借換え、運転資金、追加投資を含めているか
自己資金使いすぎて手元流動性を失っていないか
借入返済原資、返済期間、担保・保証、コベナンツに無理はないか
メザニン・エクイティ返済負担の軽減と、経営権・株主構成への影響を比較しているか
買収後CF税金、運転資金、設備投資、既存借入返済後に返済余力があるか
金融機関説明第三者が理解できる資金使途・返済計画になっているか
買収後管理返済、資金繰り、追加投資、リファイナンスまで見ているか

本シリーズは、こうした論点を「資金調達手段の紹介」としてではなく、買収判断に耐える財務設計として扱っていきます。

本シリーズで扱う中心領域

本シリーズで扱う中心領域は、大きく分けて七つです。

1. 買収判断の財務的な入口

最初に扱うのは、M&Aファイナンスをどう位置づけるか、という点です。

M&Aファイナンスは、単に「買収資金をどう借りるか」という話ではありません。買収目的、必要資金、返済原資、資本構成、金融機関への説明を、ひとつに結びつけて考える判断領域です。

通常の事業資金調達と違い、M&Aでは、買収代金、対象会社の既存借入、買収後の運転資金、追加投資、保証・担保、株主構成が同時に動きます。だからこそ、「借りられるか」だけでなく、「買収後も返済しながら、事業を維持し成長させられるか」までを検証する必要があります。

2. 買収に必要な資金と資金繰り

本シリーズでは、買収代金だけでなく、買収に伴って生じる総資金需要を整理します。

M&Aでは、専門家費用、税金、登記費用、仲介手数料、既存借入の借換え、運転資金、設備更新、人材投資、IT整備、予備資金といった支出が、思いのほか広く必要になります。

中小M&Aであっても、手続は、意思決定、仲介者・FAの選定、バリュエーション、交渉、基本合意、DD、最終契約、クロージング、クロージング後対応という流れで進みます。中小企業庁の中小M&Aガイドラインでも、中小M&Aの一般的な手続のなかに、バリュエーション、基本合意、DD、最終契約、クロージングなどが位置づけられています。

出典:中小企業庁|中小M&Aガイドライン

本シリーズでは、この手続全体を解説するのではなく、各段階のうち、資金需要・返済原資・金融機関への説明に影響する部分を取り上げます。

3. 買収価格と返済可能性の接続

買収価格が妥当かどうかと、その借入を返済できるかどうかは、別の問題です。

価値評価の世界では、「価格」と「価値」は区別して考えます。価格は売り手と買い手の交渉で決まる値段であり、価値は評価の目的や前提条件によって変わる概念です。企業価値評価ガイドラインは実務上の重要な参照情報ですが、本シリーズで扱うのは評価手法そのものではなく、評価された価格が返済可能性と整合しているかどうかです。

出典:日本公認会計士協会|経営研究調査会研究報告第32号『企業価値評価ガイドライン』の改正について

たとえば、DCF法や類似会社比較法で一定の価値が算定されたとしても、その価格を借入で支払った場合に、買収後のキャッシュ・フローで返済できるとは限りません。

本シリーズでは、バリュエーションの詳細計算ではなく、次のような接続部分を扱います。

論点本シリーズで見ること
企業価値・株主価値実際の買収資金需要とどうつながるか
買収価格返済可能CFと整合しているか
シナジー返済計画にどこまで織り込めるか
下振れダウンサイドでも返済・資金繰りが耐えられるか
価格交渉財務耐久力から見た上限をどう考えるか

4. 調達手段と資本構成

本シリーズでは、自己資金、銀行融資、政府系・保証付き融資、シニアローン、メザニン、劣後ローン、優先株式、エクイティ、PEファンド、売主ファイナンスを取り上げます。

ただし、それぞれの制度や商品をカタログのように並べて紹介することが目的ではありません。

たとえば日本政策金融公庫には、事業承継やM&Aに取り組む事業者向けの融資制度として、「事業承継・集約・活性化支援資金」があります。しかし、制度が存在することと、個別の案件で適切な資本構成を組めることは、まったく別の話です。

出典:日本政策金融公庫|事業承継・集約・活性化支援資金

本シリーズでは、「どの制度が使えるか」よりも、次の問いを重視します。

調達手段判断すべきこと
自己資金手元資金を使いすぎていないか
銀行融資返済原資、既存借入、担保・保証と整合するか
シニアローン優先返済、コベナンツ、保全条件に耐えられるか
メザニン銀行融資の不足を補えるが、コストや契約制約は許容できるか
エクイティ返済負担は軽くなるが、議決権・希薄化・株主間契約を受け入れられるか
売主ファイナンス資金負担は平準化できるが、売主信用・契約不履行リスクを管理できるか

資本戦略は、普段はあまり意識されないものの、成長期や再生時に会社の将来を大きく左右します。増資、種類株式、新株予約権などは、成長期の資金需要に応える手段として活用されることがあります。

M&Aファイナンスでは、調達手段を単独で選ぶのではなく、買収後の資本構成として設計していきます。

5. 金融機関対応

本シリーズでは、金融機関対応を「融資を引き出すための交渉術」としては扱いません。

ここでいう金融機関対応とは、買収目的、資金使途、必要資金、返済原資、買収後のキャッシュ・フロー、既存借入、担保・保証、事業計画の前提を、第三者にきちんと説明できる状態へ整える作業を指します。

金融機関の融資審査では、債務者評価、融資案件の事情、資金使途・融資形態・返済原資、保全、他行の状況や資金調達余力、融資の狙いなどが確認されます。担保の前に、そもそも「貸せる相手かどうか」という債務者評価から審査が始まる点も見落とせません。

M&Aでは、通常の設備資金や運転資金よりも、説明が複雑になります。株式取得代金、事業譲受代金、既存借入の借換え、売主への支払条件、対象会社の運転資金、買収後投資、保証解除などが、いくつも絡み合うからです。

本シリーズでは、金融機関に何を、どう説明すべきかを、買主の資金繰り・返済計画・事業計画と一体で整理します。

6. 担保・保証・コベナンツ・契約条件

買収資金調達では、金利や返済期間だけでなく、担保、保証、情報提供義務、財務コベナンツ、期限前弁済、期限の利益喪失、投資契約、株主間契約といった条件が、経営に影響してきます。

とりわけ中小M&Aでは、対象会社の既存借入に、売主経営者の個人保証が残っていることがあります。買収後にその保証をどう外すか、買主側へどう移行するか、金融機関が同意するか。いずれも重要な論点です。

中小企業庁は経営者保証について、資金調達の円滑化に寄与する面がある一方で、思い切った事業展開、早期の事業再生、円滑な事業承継を妨げる要因にもなり得ると整理しています。

出典:中小企業庁|経営者保証

本シリーズでは、保証契約や担保契約を逐条で解説するのではなく、それらが買収判断・返済計画・経営の自由度にどう影響するかを扱います。

7. 買収後管理・返済・リファイナンス

M&Aファイナンスは、クロージングで終わりではありません。

買収後には、返済管理、月次の資金繰り、対象会社キャッシュ・フローのモニタリング、追加投資、金融機関への報告、コベナンツ管理、リファイナンス、リキャピタリゼーションといった作業が続きます。

買収ファイナンスの実務でも、初期的検討、本格的検討、関連契約のドキュメンテーション、クロージングだけでなく、実行後のリファイナンス、コーポレートファイナンス化、リキャピタリゼーションが論点になります。

本シリーズでは、PMI全体を扱うのではなく、買収後の財務管理、返済、追加投資、金融機関対応に絞って解説します。

本シリーズであえて扱わない範囲

本シリーズはM&Aファイナンスに焦点を絞るため、次の領域には深入りしません。

領域本シリーズで扱わないこと本シリーズで扱う接続点
M&A戦略全般買収候補の探し方、ロングリスト作成、業界再編戦略買収目的が資金調達目的・返済計画と整合しているか
DD詳細財務DD、税務DD、法務DD、人事DD、IT DDの手続詳細DD結果が価格、必要資金、借入条件にどう影響するか
バリュエーション詳細DCF、マルチプル、純資産法の計算実務算定価格が返済可能性と整合しているか
PMI詳細組織統合、人事制度統合、営業統合、システム統合PMIに必要な資金・投資時期を資金計画に織り込むか
税務詳細組織再編税制、株式譲渡課税、事業譲渡課税の詳細判定税務影響が資金需要・スキーム選択・金融機関説明にどう影響するか
法務詳細契約書レビュー、表明保証条項、会社法手続の逐条解説買収契約とローン契約の前提条件が整合しているか
通常資金調達一般的な運転資金・設備資金・創業融資の制度解説買収資金特有の資金使途・返済原資・リスク構造
事業再生私的整理、法的整理、廃業支援の詳細買収後に過剰債務化した場合の初動と接点
PEファンド活用全般ファンド選定、投資家対応、出口戦略全般外部資本を入れた資本構成・ガバナンスへの影響
クロスボーダー規制外為法・海外投資規制の詳細手続規制が資金実行時期、担保、保証、クロージング条件に与える影響

この切り分けをあいまいにしたままだと、M&Aファイナンスの議論はすぐに散らかってしまいます。

たとえばDDで簿外債務が見つかった場合、その法務・会計上の処理そのものは、DDや法務のテーマです。一方でM&Aファイナンス上は、それを価格調整、借入額、保証条件、返済原資、予備資金、金融機関への説明にどう反映するかが問題になります。

DDシリーズとの関係

DDは、対象会社のリスクを把握するための重要な手続です。

DDには、事業DD、財務・税務DD、法務DDのほか、IT、人事、知的財産、環境などの調査があります。買手企業の各部署や外部専門家が関与し、その結果を経営陣に報告して、買収可否の意思決定に活用します。

ただし本シリーズでは、DDの詳細な手続そのものは扱いません。扱うのは、DDの結果が資金調達にどう影響するか、という点です。

DDで分かることM&Aファイナンス上の接続
正常収益力返済原資として使えるCFの見直し
運転資金の実態買収後に必要な追加資金の見積り
簿外債務・偶発債務価格調整、予備資金、融資条件への反映
税務リスク納税資金、スキーム変更、契約条件への反映
法務リスククロージング条件、表明保証、金融機関説明への反映
設備老朽化買収後設備投資資金の織込み
キーマン依存事業計画・返済計画の保守化

DDは、リスクを見つける手続です。M&Aファイナンスは、そのリスクを資金計画と返済計画へ翻訳する作業だといえます。

バリュエーションシリーズとの関係

バリュエーションシリーズでは、企業価値、株主価値、DCF、類似会社比較法、類似取引比較法、純資産法といった評価手法を扱います。

本シリーズでは、評価手法そのものには踏み込みません。関心があるのは、次の問いです。

その価格で買った場合、返済できるのか。

価値評価上の妥当価格と、買収後に返済できる価格は、必ずしも一致しません。評価上は妥当でも、借入で買えば返済負担が重すぎる、ということが起こり得ます。逆に、返済可能性から見ると、価格交渉でどこまで下げるべきかが見えてくることもあります。

バリュエーションは、「いくらの価値があるか」を考えます。M&Aファイナンスは、「その価格を、どの資金で支払い、何から返すか」を考えます。

PMIシリーズとの関係

PMIは、買収後に対象会社をどのように統合し、シナジーを実現していくかを扱う領域です。

本シリーズでは、PMI施策の詳細は扱いません。ただし、PMIは資金計画に強く影響します。買収後に、設備更新、IT統合、人材採用、在庫増加、拠点整備、管理体制の整備が必要になるのであれば、その資金は買収前から織り込んでおく必要があります。

PMIで何をするかは、PMIシリーズのテーマです。M&Aファイナンスでは、PMIに必要な資金を、いつ、どこから、どの余力で出すのかを扱います。

この違いは見過ごせません。PMIを計画していても、その資金を見込んでいなければ、実行できないからです。返済に資金を取られてしまい、本来の買収目的であった成長投資ができなくなる、ということも起こります。

税務・会計・法務シリーズとの関係

M&Aでは、税務、会計、法務の論点が必ず関わってきます。

株式譲渡か事業譲渡か、会社分割か合併か、株式交換・株式交付を使うか。その選択によって、承継される資産・負債、税務処理、会計処理、必要な手続、金融機関の同意の要否が変わります。

組織再編には、合併、会社分割、株式交換、株式移転などの類型があり、会社法上の手続や利害関係者への影響が問題になります。また組織再編税制では、適格組織再編成と非適格組織再編成とで、資産・負債の移転時の課税関係が変わり、繰越欠損金の引継ぎ・制限なども論点になります。

本シリーズでは、これらの詳細な判定は扱いません。扱うのは、スキームの違いが資金調達にどう影響するか、という点です。

税務・会計・法務上の論点M&Aファイナンス上の接続
株式譲渡対象会社借入・保証・偶発債務を含めて見る必要がある
事業譲渡取得資産、承継債務、消費税等、運転資金を分解する必要がある
会社分割承継範囲、債権者保護、金融機関同意が資金実行条件に影響する
合併対象会社CFと買主CFが一体化し、返済原資の見方が変わる
株式対価M&A現金負担は軽くなるが、希薄化・株主構成が変わる
税務上の課税関係納税資金や買収後CFに影響する
契約条件融資実行条件・クロージング条件との整合が必要になる

法務・税務・会計の正確な判断には、専門家による個別の検討が欠かせません。本シリーズでは、その結論が資金調達設計にどう反映されるかに絞って扱います。

事業資金調達シリーズとの関係

事業資金調達シリーズでは、運転資金、設備資金、創業融資、借換え、保証付き融資、公的融資制度、資金繰り改善などを扱います。

M&Aファイナンスは、それらと重なる部分もありますが、同じではありません。

通常の資金調達では、既存事業の資金需要を前提に、運転資金や設備投資の資金をどう調達するかが中心になります。一方でM&Aファイナンスでは、買収という非日常的な取引によって、次のような変化が同時に起こります。

通常資金調達M&Aファイナンス
自社の既存事業が主な前提買主・対象会社双方の財務を見なければならない
運転資金・設備資金が中心買収代金、関連費用、借換え、追加投資が同時に発生する
返済原資は主に自社CF対象会社CF、買主CF、配当、グループ資金移動を検討する
既存の金融取引が中心対象会社の既存借入・保証・担保も影響する
事業計画は自社中心買収目的・シナジー・PMI・統合リスクを説明する
資本構成への影響は限定的な場合もあるレバレッジ、株主構成、経営権まで変わることがある

したがって本シリーズでは、「融資制度の使い方」ではなく、「買収という経営判断を支える資金調達設計」を扱います。

事業承継・中小M&Aシリーズとの関係

中小M&Aや事業承継型M&Aでは、後継者不在、経営者保証、資料不足、売主との信頼関係、従業員・取引先への影響といった事情が重くのしかかります。

中小M&Aガイドライン第3版では、仲介者・FAの説明、手数料、最終契約の不履行リスク、不適切な譲り受け側への対応などが追記され、中小M&Aをめぐる実務上のリスクにも、あらためて注意が向けられています。

出典:中小企業庁|中小M&Aガイドライン

本シリーズでは、中小M&A全体の手続や仲介者選定の詳細ではなく、中小M&Aに特有の買収資金調達を扱います。たとえば、次のような論点です。

中小M&A特有の事情M&Aファイナンス上の論点
資料が少ない返済原資をどう確認するか
対象会社が小規模CFの安定性・経営者依存をどう見るか
売主保証が残っている保証解除・借換えをどう進めるか
担保余力が乏しい融資条件・自己資金・売主条件をどう組み合わせるか
当事者がM&Aに不慣れ資金使途・必要資金・返済計画をどう可視化するか
分割払い・売主ローン買収後資金繰りと契約リスクをどう管理するか

小規模だから簡単、ということではありません。むしろ小規模だからこそ、資料不足と資金制約を前提にした、慎重な整理が求められます。

PEファンド・外部資本シリーズとの関係

PEファンドや外部株主の活用は、M&Aファイナンスと深く関わります。

外部資本を入れることで、自己資金や銀行借入だけでは難しい買収が可能になることがあります。返済負担を抑え、成長投資の余力を残せる場合もあります。

その一方で、外部株主を入れれば、議決権、拒否権、株主間契約、出口、ガバナンス、経営の自由度に影響が及びます。

本シリーズでは、PEファンドの選定、ファンド運営、投資家対応、出口戦略全般は扱いません。扱うのは、外部資本を買収資金調達に使う場合に、デットとエクイティのバランス、株主構成、返済負担、経営権がどう変わるか、という点です。

事業再生・廃業支援シリーズとの関係

買収後に返済が重くなりすぎたり、計画未達が続いたりすると、買収ファイナンスは事業再生の論点へとつながっていきます。

過剰債務に陥ると、前向きな投資ができなくなり、給与の引上げや採用も難しくなります。事業再構築が進まず、業績がさらに悪化する——そうした悪循環に入り込むことがあります。

ただし本シリーズでは、私的整理、法的整理、廃業支援の詳細な手続は扱いません。扱うのは、買収後に資金繰りが悪化した場合の初動、返済条件の見直し、金融機関への早期相談、そして過剰債務化を避けるための買収前チェックです。

買収後に再生局面へ入り込まないためにも、買収の前段階で、返済原資、追加投資の余力、下振れへの耐性を確認しておくことが欠かせません。

このシリーズの読み方

本シリーズは、買収判断の流れに沿って読み進めると、理解しやすくなります。

読者の状況読むべきテーマ得られる視点
M&Aファイナンスの全体像が分からないテーマ1買収資金調達を経営判断として捉える
買収にいくら必要か分からないテーマ2買収代金以外の資金需要を整理する
価格が妥当か、返済できるか不安テーマ3価格・価値・返済原資を接続する
どの資金を使うべきか迷うテーマ4自己資金、借入、メザニン、エクイティを比較する
銀行にどう説明すべきか分からないテーマ5金融機関目線で資金使途・返済原資を整理する
LBOや買収ローンの構造を知りたいテーマ6対象会社CFで返済する構造と制約を理解する
借入と出資のバランスが不安テーマ7資本構成、レバレッジ、株主構成を検討する
担保・保証・コベナンツが不安テーマ8契約条件が経営自由度に与える影響を見る
スキームによる違いを知りたいテーマ9株式譲渡・事業譲渡・組織再編ごとの資金調達差異を見る
中小M&A特有の落とし穴を知りたいテーマ10資料不足、保証、既存借入、売主条件を確認する
買収後の返済管理が心配テーマ11月次管理、金融機関報告、リファイナンスを考える
相談前に何を整理すべきか知りたいテーマ12資料、判断事項、専門家の役割を整理する

いきなり調達手段から読み始めるのではなく、まず必要資金と返済原資を整理することをおすすめします。「どこから借りるか」を考える前に、「いくら必要か」「何から返すか」「返しながら成長投資ができるか」を確認しておかなければ、調達手段の比較そのものが意味を持たないからです。

本シリーズが重視する判断軸

本シリーズでは、各記事で個別の論点を扱いますが、その根底にある判断軸は共通しています。

判断軸確認すべきこと
買収目的なぜ買うのか。資金調達目的と整合しているか
必要資金買収代金以外の資金需要を含めているか
返済原資利益ではなく、返済可能キャッシュ・フローで見ているか
自己資金手元流動性を残しつつ、過度な借入依存を避けているか
借入余力既存借入と合わせて返済負担に耐えられるか
資本構成デットとエクイティのバランスが買収後経営に合っているか
金融機関説明資金使途、返済原資、リスク対応を説明できるか
契約条件担保、保証、コベナンツ、期限前弁済を理解しているか
買収後管理返済、資金繰り、追加投資、報告体制を準備しているか
撤退ライン条件変更すべき点、止めるべき水準を決めているか

M&Aファイナンスは、単なる「買収資金を集める技術」ではありません。買収を進めるべきか、条件を変えるべきか、資金調達構造を見直すべきか、あるいは一度立ち止まるべきか——そうした判断を支えるための、財務面の共通言語だと考えています。

このシリーズを読むうえでの注意点

本シリーズでは、個別案件の可否を断定することはしません。

同じ買収価格であっても、買主の財務体力、既存借入、対象会社のCF、金融機関との関係、担保・保証、買収後の投資計画によって、結論は変わってくるからです。

とはいえ、「個別事情によります」で話を終わらせることもしません。その個別事情を見ていくために、どの資料を確認し、どの数字を整理し、どの関係者に説明し、どのリスクを織り込むべきか。それを具体的に示すことが、本シリーズの役割だと考えています。

特に注意していただきたいのが、次のような判断です。

危うい判断見直すべき視点
銀行が貸してくれるなら買える借りた後に返済し、事業を維持できるか
価格が妥当なら問題ない返済可能CFと整合しているか
自己資金を使えば安全買収後の手元資金が不足しないか
借入を増やせば機会を逃さない過大レバレッジになっていないか
シナジーで返せる実現時期・コスト・下振れを織り込んでいるか
小規模だから簡単資料不足、保証、経営者依存を確認しているか
クロージングできれば成功買収後の返済・投資・報告まで設計しているか

本シリーズは、M&Aを必要以上に萎縮させるためのものではありません。むしろ、数字と構造に裏づけられたうえで、前向きに判断していくためのものです。

この記事の振り返り

項目重要な整理
本シリーズの中心テーマM&Aを「買えるか」ではなく「買った後も耐えられるか」で判断する
扱う範囲必要資金、返済原資、調達手段、資本構成、金融機関説明、契約制約、買収後管理
扱わない範囲DD詳細、評価手法、PMI施策、税務・法務・会計の詳細判定、事業再生手続
DDとの関係DDで見つかったリスクを価格・資金計画・融資条件に反映する
バリュエーションとの関係価値評価ではなく、価格と返済可能性の整合を見る
PMIとの関係統合施策そのものではなく、統合に必要な資金と投資時期を見る
税務・法務との関係詳細手続ではなく、資金需要・スキーム・金融機関説明への影響を見る
通常資金調達との違い買主・対象会社双方の財務、買収代金、既存借入、資本構成まで見る
中小M&Aとの関係資料不足、保証、既存借入、売主条件などの資金調達上の制約を扱う
最終的な到達点買収目的、必要資金、返済原資、資本構成、金融機関説明を一体で検討できる状態

買収資金調達の論点を整理したい方へ

M&Aファイナンスは、融資制度を探す作業でも、買収価格だけを検討する作業でもありません。

買収目的、必要資金、返済原資、既存借入、買収後のキャッシュ・フロー、担保・保証、資本構成、金融機関への説明を一体で整理し、その買収が「買った後も耐えられる構造」になっているかを検証していく作業です。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、買収資金調達を単なる融資相談としてではなく、買収判断・財務戦略・説明責任の問題として整理し、買収価格、返済計画、資本構成、金融機関への説明の整合性を検討します。

自社のM&A案件について、どの論点から整理すべきか、DDやバリュエーションの結果を資金計画へどう反映すべきか、金融機関に説明できる財務設計になっているかを確認したい方は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。

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