質問検査権と帳簿書類の提示・提出|税務調査でどこまで資料を出すべきか

税務調査で調査官から資料の提示や提出を求められたとき、多くの方が立ち止まって考え込むのは、おそらく次のような点ではないでしょうか。

「この資料は、本当に出さなければならないのか」 「どこまで見せる必要があるのか」 「個人名義の通帳や、家族関係の資料まで対象になるのか」 「電子データは、コピーで渡さなければならないのか」 「断ったら、不利になるのか」

税務調査において、調査官が納税者等に質問し、帳簿書類その他の物件を検査し、その提示や提出を求める権限は、一般に「質問検査権」と呼ばれます。

この権限は、税務署側が好きなものを無制限に見られる権限ではありません。とはいえ、納税者側が「任意調査だから協力しなくてもよい」と、自由に拒否できるものでもないのです。

質問検査権を正しく理解するには、二つの面を同時に押さえておく必要があります。

一つは、調査官には、申告内容を確認するために必要な質問・検査・資料提示等を求める法的権限がある、ということ。

もう一つは、その権限は、調査の必要性、対象税目、対象期間、資料との関連性、そして納税者側の私的利益とのバランスを踏まえて行使されるべきものだ、ということです。

国税庁の事務運営指針においても、税務調査は、公益的必要性と納税者の私的利益とのバランスを踏まえ、社会通念上相当と認められる範囲内で、納税者の理解と協力を得て行うものとされています。
出典:国税庁|調査手続の実施に当たっての基本的な考え方等について(事務運営指針)

本記事では、税務調査における質問検査権と帳簿書類の提示・提出について、法人・個人事業主・資産税に共通する実務判断の視点から整理していきます。

目次

質問検査権とは何か

質問検査権とは、税務職員が税務調査のために必要があるときに、納税者等に質問し、事業に関する帳簿書類その他の物件を検査し、又はその提示・提出を求めることができる権限です。

所得税、法人税、地方法人税、消費税に関する調査については、国税通則法第74条の2に質問検査権が定められています。相続税・贈与税などについても、別の条文で同様の権限が規定されています。
出典:e-Gov法令検索|国税通則法 出典:国税庁|第1章 法第74条の2~法第74条の6関係(質問検査権)

ここで重要になるのは、「調査について必要があるとき」という要件です。

税務調査は、納税者の申告内容が正しいかどうかを確認するための手続です。したがって、質問や資料確認は、調査対象となる税目・期間・論点との関係で、必要性がある範囲で行われるべきものといえます。

たとえば法人税調査であれば、売上、原価、外注費、役員給与、交際費、関係会社取引、固定資産、棚卸、貸倒損失などが確認されます。消費税であれば、課税区分、仕入税額控除、インボイス、帳簿・請求書の保存などが対象です。個人事業主であれば、売上、必要経費、家事関連費、帳簿保存、通帳入金などが見られます。相続税であれば、名義財産、生前贈与、財産評価、過去の入出金、財産管理状況などが確認されることになります。

つまり質問検査権は、税務署側の「確認したい」という抽象的な関心だけで行使されるものではありません。申告内容を確認するための、具体的な必要性と結び付いているのです。

税務調査は「任意調査」だが、自由に拒否できるという意味ではない

一般的な税務調査は、査察のような強制調査ではありません。

裁判所の令状に基づいて捜索・差押えを行う犯則調査とは異なり、通常の税務調査は、納税者の理解と協力を前提に進められます。その意味で「任意調査」と説明されることがあります。

ただし、ここでいう「任意」は、納税者が気に入らなければ自由に拒否できる、という意味ではありません。

質問検査権に基づく質問、検査、帳簿書類等の提示・提出には、納税者側に応じるべき義務があると考えられています。正当な理由なく帳簿書類等の提示・提出を拒んだり、虚偽記載の帳簿書類等を提示・提出したりした場合には、罰則が科されることもあります。

国税庁のFAQでは、正当な理由なく提示・提出を拒んだ場合や、虚偽の記載をした帳簿書類等を提示・提出した場合には、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金が科されることがあると説明されています。その一方で、税務当局は、罰則があることをもって強権的に権限を行使するのではなく、必要とされる趣旨を説明し、納税者の理解と協力の下、その承諾を得て行うこととしています。
出典:国税庁|税務調査手続に関するFAQ(一般納税者向け)

したがって、実務上の基本姿勢は、単純な拒否ではありません。

必要性を確認し、対象範囲を整理し、資料の意味を理解したうえで、適切に提示・提出すること。これが本来の姿だといえます。

「提示」と「提出」は同じではない

税務調査の現場では、「資料を見せてください」「コピーをください」「データを提出してください」といった表現が使われます。しかし法令上、「提示」と「提出」は意味が異なります。

国税庁の通達では、「提示」とは、調査官の求めに応じて遅滞なく物件の内容を確認できる状態にして示すことをいい、「提出」とは、調査官の求めに応じて遅滞なく物件の占有を移転することをいうとされています。いずれも写しを含みます。
出典:国税庁|第1章 法第74条の2~法第74条の6関係(質問検査権)

実務上は、次のように区別して考えると分かりやすいでしょう。

区分意味実務上のイメージ
提示内容を確認できる状態で示すこと原本をその場で見せる、会計ソフト画面を表示する、通帳を閲覧させる
提出調査官側に資料や写しを渡すことコピーを渡す、PDFを送る、電子データを提出する、資料を預ける
留置き提出された資料を税務署等で一時的に預かること原本や資料ファイルを税務署が預かり、後日返還する

この区分を曖昧にしたままにしておくと、後になって「見せただけのつもりだった」「コピーを渡しただけのつもりだった」「原本を預けるつもりではなかった」といった混乱が生じます。

調査官から資料を求められたときには、「提示でよいのか」「コピーの提出なのか」「原本を預けるのか」「電子データで提出するのか」を、その場で確認しておくことが大切です。

対象となる「帳簿書類その他の物件」は広い

質問検査権の対象となるのは、「帳簿書類その他の物件」です。

この範囲は、いわゆる総勘定元帳や仕訳帳だけにとどまりません。国税庁の通達では、法令上備付け・記帳・保存が求められている帳簿書類のほか、調査目的を達成するために必要と認められる帳簿書類その他の物件も含まれるとされています。さらに、国外で保存しているものも対象に含まれます。
出典:国税庁|第1章 法第74条の2~法第74条の6関係(質問検査権)

実務上、対象となり得る資料は、かなり広い範囲に及びます。

資料の種類具体例主な確認目的
会計帳簿仕訳帳、総勘定元帳、補助元帳、試算表申告数値と会計処理の確認
原始資料請求書、領収書、納品書、見積書、注文書取引の実在性・金額・時期の確認
契約関係資料契約書、覚書、発注書、業務委託契約書法律関係・取引条件の確認
金融資料通帳、入出金明細、振込記録、借入資料資金移動・売上漏れ・名義財産の確認
社内資料稟議書、議事録、承認記録、社内メモ意思決定過程・処理理由の確認
税務資料申告書、届出書、過去の調査資料、税務代理権限証書税務上の前提・手続の確認
電子データ会計ソフトデータ、PDF請求書、メール、クラウド上の資料電子取引・保存状況・取引経緯の確認
資産関係資料固定資産台帳、棚卸表、不動産資料、評価資料資産計上・評価・減価償却の確認
資産税資料贈与契約書、相続財産資料、名義預金資料、過去の入出金記録財産帰属・贈与成立・評価根拠の確認

ここで押さえておきたいのは、「帳簿に載っている資料だけが対象ではない」という点です。

税務調査では、帳簿上の処理と実際の取引が一致しているかを確認します。そのため、帳簿の外側にある契約書、メール、議事録、通帳、社内承認資料などが、重要な意味を持つことがあるのです。

「事業に関する資料」と「個人資料」の境界

法人税調査であっても、代表者個人の通帳や、親族名義の資料を求められることがあります。

この点について、国税庁のFAQでは、法人税調査において、その法人の代表者名義の個人預金について事業関連性が疑われる場合に、その通帳の提示・提出を求めることは、法令上認められた質問検査等の範囲に含まれるものと考えられると説明されています。
出典:国税庁|税務調査手続に関するFAQ(一般納税者向け)

もっとも、これは、法人税調査であれば代表者個人の資料を常に無制限に見せなければならない、という意味ではありません。

ポイントは、あくまで事業関連性です。

たとえば、次のような場合には、法人の申告内容を確認するために、代表者個人や関係者名義の資料が問題になることがあります。

場面確認される理由
売上代金が代表者個人口座に入金されている疑いがある売上除外や収益帰属を確認するため
法人経費が代表者個人の支出と混在している損金性、役員給与、貸付金、私的費用を確認するため
親族名義口座から法人に資金移動がある借入、贈与、売上、預り金などの性質を確認するため
相続税調査で家族名義預金がある名義財産か、贈与済み財産かを確認するため
個人事業主の事業用口座と生活口座が混在している売上・経費・家事関連費の区分を確認するため

ですから、個人資料を求められた場合に、いきなり「私物なので出しません」と拒否するのは得策ではありません。まずは、次の点を確認することをおすすめします。

確認事項実務上の意味
何の税目に関する確認か法人税、所得税、消費税、相続税などを区別する
どの取引・入出金との関係か事業関連性や財産帰属との関係を把握する
どの期間の資料が必要か対象外期間まで不必要に広げない
原本提示でよいか、コピー提出か資料管理と返還の問題を整理する
個人情報が含まれる場合の取扱い必要範囲と守秘義務を確認する

税務調査では、必要性のある資料について協力が求められます。ただし、資料の意味を確認しないまま一括で提出してしまうと、調査対象や論点が、本来の範囲を超えて広がってしまうことがあるのです。

電子データも提示・提出の対象になる

現在の税務調査では、紙の帳簿書類だけでなく、電子データも重要な対象となっています。

会計ソフト、クラウド会計、PDF請求書、電子契約、メール、チャット、オンラインストレージ、ECサイトの取引明細、ネット広告管理画面、決済サービスの入出金データ。取引の根拠が電子データで残っているケースは、もはや珍しくありません。

国税庁のFAQでは、帳簿書類等の物件が電磁的記録である場合、提示については、その内容をディスプレイの画面上で調査担当者が確認できる状態にして示すこととされています。提出については、プリントアウトしたものを渡す場合、調査官が持参した電磁的記録媒体へのコピーを行う場合、e-Taxやオンラインストレージサービスを利用して提出する場合があると説明されています。なお、提出された電磁的記録は、調査終了後に確実に廃棄・消去することとされています。
出典:国税庁|税務調査手続に関するFAQ(一般納税者向け)

電子データについては、紙よりも一段の注意が必要です。

というのも、電子データは、必要な資料だけを切り出して提出することが難しい場合があるからです。フォルダごと、会計ソフトのバックアップごと、メールボックスごと提出してしまうと、調査対象外の情報や個人情報、他社情報まで含まれてしまう可能性があります。

電子データの提示・提出にあたっては、次の点を整理しておきましょう。

確認事項実務上の注意点
提示か提出か画面確認で足りるのか、データコピーが必要なのか
対象ファイルどの帳簿、どの請求書、どの期間、どの取引先か
ファイル形式PDF、CSV、Excel、会計ソフト出力など
余計な情報の混入対象外期間、個人情報、他社情報が含まれていないか
改ざん疑義への対応元データ、出力データ、更新履歴をどう説明するか
電子帳簿保存法との関係電子取引データ、検索性、ダウンロード対応を確認する

電子帳簿保存法上も、電子取引データや電子帳簿について、税務調査時の提示・提出、ダウンロードの求めに対応できる状態が問われます。制度の詳細は別記事で扱うべき論点ですが、税務調査対応という観点からは、電子データを「保存している」だけでは足りません。「求められたときに、必要な範囲を説明できる形で提示・提出できる」ことが重要になります。
出典:国税庁|電子帳簿保存法関係 出典:国税庁|電子帳簿保存法一問一答【電子取引関係】

調査対象期間外の資料を求められることがある

事前通知では、調査対象期間が示されます。

ところが、その期間以外の資料を求められることがあります。たとえば、減価償却費を確認するために取得年度の契約書や請求書を確認する場合、繰越欠損金の発生原因を確認する場合、相続税調査で過去の贈与や預金移動を確認する場合などです。

国税庁のFAQでも、X年度の減価償却費が正しいか確認するため、その資産の取得価額を確認する必要がある場合には、X年度以外の帳簿書類等の提示を求めることがあると説明されています。この場合、あくまでX年度の申告内容確認のためであって、X年度以外の調査を行っているわけではないとされています。
出典:国税庁|税務調査手続に関するFAQ(一般納税者向け)

このような場合には、「対象期間外だから一切出さない」と身構えるのではなく、次の観点で整理してみてください。

観点確認内容
目的対象年度の何を確認するためか
関連性その資料が対象年度の税額にどう関係するか
範囲どの年度・どの取引・どの資料に限るか
提出方法原本提示、コピー提出、抜粋提出、説明資料添付のいずれか
将来影響他年度への波及や再調査の可能性があるか

対象期間外の資料を求められたときに大切なのは、調査官の求めの意味を確認することです。

「なぜその年度の資料が必要なのか」を確認し、その必要性に対応する範囲で資料を整理する。これが、後から説明できる対応につながっていきます。

「正当な理由」があれば直ちに提示・提出できないこともある

帳簿書類等の提示・提出を求められた場合でも、物理的に、直ちには出せないこともあります。

国税庁のFAQでは、正当な理由に該当するかは個々の事案に即して判断され、最終的には裁判所が判断するとしつつ、たとえば、提示・提出を求めた帳簿書類等が災害等により滅失・毀損し、直ちに提示・提出することが物理的に困難である場合などが該当し得ると説明されています。
出典:国税庁|税務調査手続に関するFAQ(一般納税者向け)

ただし、正当な理由があるかどうかは、慎重に判断すべきところです。

単に「忙しい」「見せたくない」「顧問税理士に聞いていない」「資料の整理ができていない」といった理由だけでは、正当な理由として認められるとは限りません。

実務上は、直ちに提示・提出できない場合であっても、次のような対応をとっておく必要があります。

状況対応の方向性
資料が倉庫・外部保管先にある保管場所、取得可能時期を説明する
電子データの権限者が不在アクセス権限者、対応可能日を確認する
資料が大量にある対象範囲を絞り、提出順序を協議する
資料の意味を確認する必要がある税理士・担当者と確認後に提出する
災害・システム障害等で確認困難事情、復旧見込み、代替資料を整理する
個人情報・守秘義務が含まれる必要範囲と提出方法を確認する

重要なのは、単なる拒否で終わらせないことです。提示・提出が遅れる理由、代替手段、提出可能時期を、きちんと説明することが求められます。

業務上の秘密が含まれる資料でも、当然に拒否できるわけではない

医療機関、士業、宗教法人、金融関係、個人情報を多く扱う業種では、税務調査で求められる資料のなかに、患者さん、顧客、依頼者、信者、取引先などの情報が含まれることがあります。

こうした資料について、守秘義務や個人情報を理由に一切の提示・提出を拒めるかというと、話はそれほど単純ではありません。

国税庁のFAQでは、調査官が調査について必要があると判断した場合には、業務上の秘密に関する帳簿書類等であっても、納税者の理解と協力の下、その承諾を得て提示・提出を求める場合があると説明されています。あわせて、調査官には、調査を通じて知った秘密を漏らしてはならない義務が課されているとされています。
出典:国税庁|税務調査手続に関するFAQ(一般納税者向け)

とはいえ、秘密情報を含む資料は、やはり慎重に扱うべきです。

実務上は、次の点を確認しておきます。

確認事項実務上の意味
どの税務論点に必要か必要性の範囲を明確にする
全部が必要か、一部で足りるか不要な個人情報の提出を避ける
マスキングが可能か税務確認に不要な部分を伏せられるか検討する
原本提示で足りるかコピー提出・留置きまで必要か確認する
守秘義務との関係法令上の義務や業界特性を説明する
税理士・弁護士等の関与判断が難しい場合に専門家を交えて整理する

秘密情報が含まれているからといって、税務調査の対象外になるわけではありません。しかしその一方で、必要以上に広い範囲の情報まで提出しなければならない、というわけでもないのです。

提出資料は「出せるものを全部出す」ではなく「論点に対応して出す」

税務調査でぜひ避けたいのは、求められた資料を、意味づけしないまま大量に提出してしまうことです。

資料を大量に出せば、調査官に協力しているように見えるかもしれません。けれども、整理が不十分なまま提出すると、次のような問題が起きてきます。

問題内容
論点が広がる本来の確認事項とは別の疑義が生じる
誤解される資料の背景を説明しないまま不利に読まれる
矛盾が見える古い資料や下書きが正式資料と混同される
個人情報が漏れる対象外の情報まで提出してしまう
社内確認が追いつかない提出後に説明を求められて対応できない
重加算税リスクに波及する資料の作成経緯や説明の変遷が問題になる

資料提出の基本は、「調査官の確認したい事項に対して、必要な資料を、必要な範囲で、説明可能な形で出す」ことに尽きます。

たとえば、外注費の実在性を確認されているのであれば、請求書だけでは不十分なことがあります。契約書、発注記録、納品・業務報告、メール、支払記録、相手先情報などを、あわせて整理する必要があります。

相続税調査で名義預金を確認されているのであれば、通帳の名義だけではなく、資金原資、管理者、印鑑の保管、入出金の指示者、贈与契約、贈与税申告、受贈者の認識などが問われます。

法人税調査で役員給与を確認されているのであれば、元帳や支払明細だけでなく、株主総会議事録、取締役会議事録、職務内容、支給決議、届出書、実際の支給状況などが問題になります。

資料は、単体でぽつんと存在するのではありません。事実関係のなかに置かれて、はじめて意味を持つものなのです。

提示・提出を求められたときの実務対応

調査官から帳簿書類等の提示・提出を求められた場合、次の順序で整理していくと、対応がしやすくなります。

1. 求められた資料を正確に特定する

まずは、何を求められているのかを曖昧にしないことです。

「売上関係の資料」と言われた場合でも、請求書なのか、契約書なのか、入金資料なのか、売上台帳なのか、メールなのかで、準備すべきものは変わってきます。

確認すべきことは、次のとおりです。

確認事項具体的な確認内容
資料名請求書、契約書、元帳、通帳、メールなど
対象期間どの事業年度・年分・課税期間か
対象取引どの取引先・勘定科目・財産か
提示か提出か見せるだけか、コピーやデータを渡すのか
原本か写しか原本確認で足りるのか、写し提出が必要か
電子データか紙か画面提示、印刷、CSV、PDFなど

2. 資料を求める理由を確認する

調査官が資料を求める背景には、必ず確認したい論点があります。

「この資料は何の確認のためでしょうか」と尋ねることは、調査拒否ではありません。むしろ、適切に資料を出すために欠かせない確認です。

たとえば同じ通帳でも、売上入金を確認するためなのか、代表者貸付金を確認するためなのか、相続財産の帰属を確認するためなのかによって、説明すべき内容は変わってきます。

3. すぐ出せる資料と確認が必要な資料を分ける

手元にあり、内容も確認済みで、対象論点に直接関係する資料は、速やかに提示・提出します。

一方で、資料の意味を確認する必要があるもの、個人情報が含まれるもの、対象範囲が広すぎるもの、電子データの抽出が必要なものは、即時に提出するのではなく、確認したうえで対応すべきです。

このときは、ただ「出せません」と言うのではなく、次のように伝えるとよいでしょう。

「対象資料を確認し、必要な範囲を整理したうえで提出します」 「電子データの抽出方法を確認します」 「個人情報を含むため、必要範囲を確認させてください」 「税理士と確認した上で、提出方法を回答します」

4. 提出した資料を記録する

資料を提出する場合には、必ず記録を残しておきます。

記録すべき事項は、次のとおりです。

記録項目内容
提出日いつ提出したか
提出先誰に提出したか
資料名何を提出したか
対象期間どの期間の資料か
原本・写し原本かコピーか
形式紙、PDF、CSV、会計ソフト出力など
提出理由何の確認のためか
返還予定原本や留置きの場合、返還時期・預り証
控え手元に同じものが残っているか

提出記録がないと、後日になって「何を出したか」「どの資料に基づいて指摘されたか」が分からなくなってしまいます。

税務調査では、資料提出そのものも、重要な事実経過のひとつなのです。

留置きに応じる場合の注意点

資料を提出した後、税務署等で一時的に預かられることがあります。これを「留置き」又は「預かり」といいます。

国税庁の事務運営指針では、帳簿書類等の留置きは、調査先に十分なスペースがない場合、写しの作成が必要だがコピー機がない場合、相当分量の資料を検査する必要がある場合など、やむを得ず留め置く必要がある場合や、納税者の負担軽減の観点から合理的と認められる場合に、必要性を説明し、提出者の理解と協力の下、その承諾を得て実施するとされています。また、留置きの際には預り証を交付し、必要がなくなったときには遅滞なく返還するとされています。
出典:国税庁|調査手続の実施に当たっての基本的な考え方等について(事務運営指針) 出典:国税庁|第2章 法第74条の7関係(留置き)

留置きに応じる場合には、次の点を必ず確認しておきましょう。

確認事項実務上の意味
留置きの必要性なぜ税務署等で預かる必要があるのか
資料の範囲どのファイル、どの年度、どの資料か
原本・写し原本を預けるのか、コピーで足りるのか
預り証資料名、数量、返還手続が記載されているか
業務上の必要性日常業務に支障が出ないか
控えの確保手元にコピーやデータを残しているか
返還時期いつ頃返還される見込みか

国税庁のFAQでは、留置きは、必要性を説明したうえで、納税者の理解と協力の下、その承諾を得て行うものであり、承諾なく強制的に留め置くことはないとされています。返還を求めた場合には、特段の支障がない限り速やかに返還されますが、直ちに返還すると調査の適正な遂行に支障がある場合には、返還を待つこともあり得るとされています。
出典:国税庁|税務調査手続に関するFAQ(一般納税者向け)

ですから、原本を預ける場合には、業務上の支障や説明対応に備えて、手元控えを確保しておくことが重要になります。

資料提出が重加算税リスクにつながることがある

資料提出は、単に調査を早く終わらせるための作業ではありません。

提出した資料の内容、作成時期、訂正履歴、保管状況、そして説明内容との整合性は、後の事実認定に影響します。とりわけ、重加算税が問題になる場面では、資料の提出方法や説明の仕方が大きな意味を持ちます。

たとえば、次のような場合です。

資料・対応問題になり得る点
後から作成した請求書を当初資料のように提出した証憑の真正性が問題になる
一部の資料だけを意図的に出さなかった隠蔽と評価される可能性がある
元データと印刷資料の内容が違う改ざん・訂正履歴が問題になる
通帳の一部ページだけを提出した資金移動の全体像が不明確になる
相続財産資料を家族ごとに別々に説明した説明の食い違いが問題になる
調査官の質問に合わせて資料を後付けで整えた当初の意思決定や取引実態が疑われる

もちろん、資料の訂正や補足が、すべて問題になるわけではありません。誤りを発見し、正しく訂正することは、むしろ必要なことです。

問題になるのは、資料の作成経緯や訂正理由を説明できない場合です。

税務調査では、資料そのものだけでなく、「なぜこの資料が存在するのか」「いつ作成されたのか」「誰が確認したのか」「帳簿や申告書とどうつながるのか」を説明できる状態にしておくことが重要になります。

法人・個人事業主・資産税で資料対応の重点は異なる

質問検査権の基本は共通していますが、確認されやすい資料は、税目や対象によって異なってきます。

法人の場合

法人では、会社としての意思決定、会計処理、資金移動、そして取引実態の整合性が見られます。

論点確認されやすい資料
売上計上請求書、納品書、契約書、検収書、入金明細
棚卸・原価棚卸表、原価明細、在庫管理資料、工事台帳
役員給与議事録、届出書、支給明細、職務内容資料
外注費契約書、請求書、作業報告、支払記録、相手先情報
交際費領収書、参加者、目的、相手先、社内承認
関係会社取引契約書、稟議書、価格算定資料、資金移動
固定資産契約書、請求書、工事明細、固定資産台帳
消費税請求書、インボイス、帳簿、課税区分資料

法人の場合、「経理担当者が処理したから分からない」という説明では、残念ながら十分とはいえません。会社として、処理の理由と資料の整合性を説明できる必要があります。

個人事業主の場合

個人事業主では、事業と生活の境界が重要になります。

論点確認されやすい資料
売上通帳、現金出納帳、売上台帳、予約表、レジ資料
経費領収書、請求書、カード明細、使用目的の説明資料
家事関連費自宅利用割合、車両利用記録、通信費按分資料
専従者給与勤務実態、支払記録、業務内容
帳簿保存総勘定元帳、仕訳帳、領収書、電子データ
消費税課税売上、課税仕入れ、インボイス、届出書

個人事業主の場合、通帳やカード明細に、生活費と事業費が混在していることがあります。そうしたときは、資料を提出する前に、事業関連部分と私的部分を整理しておく必要があります。

資産税の場合

相続税・贈与税では、名義よりも実質、形式よりも管理実態が問われます。

論点確認されやすい資料
名義預金通帳、入出金明細、印鑑管理、資金原資
生前贈与贈与契約書、贈与税申告書、振込記録、受贈者の管理状況
不動産評価登記簿、固定資産税資料、賃貸契約書、現況写真、評価明細
非上場株式決算書、株主名簿、評価明細、会社資産資料
相続開始前出金使途、受領者、領収書、介護費・生活費資料
特例適用居住実態、事業実態、貸付状況、遺産分割資料

資産税では、家族間で説明が食い違うことが少なくありません。資料を出す前に、相続人の間で事実関係を確認し、分かることと分からないことを整理しておくことが大切です。

資料提出で避けるべき対応

税務調査で資料の提示・提出を求められたとき、次のような対応は避けたいところです。

避けるべき対応理由
理由を確認せずに全資料を渡す論点が不必要に広がる可能性がある
「任意調査だから出さない」と単純に拒否する受忍義務・罰則・不利な事実認定の問題がある
資料の一部だけを恣意的に出す隠蔽や説明不足と受け止められる可能性がある
原本を控えなく預ける後日の説明や業務に支障が出る
電子データをフォルダごと渡す対象外情報や個人情報が混入する可能性がある
説明できない資料を急いで提出する後で説明が変わるリスクがある
後から作った資料を作成経緯なく提出する証拠の真正性が問題になる
税理士に相談せず重加算税に関係する資料を出す資料の意味や説明方法を誤る可能性がある

資料提出は、税務調査における中心的な対応です。

「協力する」ことと「何でも無整理に渡す」ことは、まったく別のことです。資料を出す前に、その資料の意味、対象範囲、説明方針を整理しておくことが重要になります。

資料提示・提出の前に確認したいチェックリスト

調査官から資料の提示・提出を求められた場合には、次のチェックリストで整理してみてください。

確認項目確認内容
調査対象税目、年度、期間、対象者が明確か
資料の必要性何の確認のために求められているか
資料の範囲対象取引・対象期間に限定されているか
提示・提出の区分見せるだけか、写しを渡すのか、原本を預けるのか
電子データの扱い画面提示、印刷、PDF、CSV、データコピーのどれか
個人情報・守秘義務不要な情報まで含まれていないか
原本管理原本を預ける場合、預り証と控えがあるか
説明資料資料だけで誤解される場合、補足説明を付けるか
税理士確認税務判断が絡む資料について専門家確認をしたか
提出記録いつ、誰に、何を提出したか記録したか

この確認を行うだけでも、税務調査対応の精度は大きく変わってきます。

質問検査権への対応は、調査後の経理体制にもつながる

税務調査で資料の提示・提出に苦労する会社や個人事業主には、ある共通点があります。

資料がどこにあるか分からない。 紙と電子データが混在している。 契約書と請求書が結び付いていない。 通帳入金と売上台帳が一致しない。 経費の目的を、後から説明できない。 役員や親族との資金移動の記録が残っていない。 相続財産や生前贈与の管理経緯が分からない。

これらは、税務調査当日だけの問題ではありません。日頃の月次管理、証憑保存、資料回収、承認ルール、取引記録のあり方に根ざした問題です。

税務調査で資料提出を求められたときに慌ててしまう状態は、経営判断や承継判断にも影響します。金融機関への説明、M&A、事業承継、相続対策、資金調達のいずれの場面でも、結局は「数字と資料で説明できるか」が問われるからです。

質問検査権への対応は、単に税務署へ資料を出すだけの作業ではありません。

自社・自身・財産の取引実態を、後から説明できる形に整えていく作業でもあるのです。

まとめ

質問検査権は、税務調査において、調査官が申告内容を確認するための重要な権限です。

納税者側には、質問や資料の提示・提出に協力すべき義務があります。正当な理由なく拒否したり、虚偽の資料を提出したりすれば、罰則や、不利な事実認定につながる可能性があります。

その一方で、調査官の求めに対して、何の確認か分からないまま、資料を無整理に提出すればよいというわけでもありません。

重要なのは、調査対象、資料の必要性、提示と提出の違い、電子データの扱い、個人資料との関係、守秘義務、留置き、提出記録を、ひとつずつ整理していくことです。

税務調査では、資料を出すか出さないかだけでなく、どの資料を、どの範囲で、どの説明とともに出すかが問われます。

調査官から求められている資料の範囲が分からない場合、個人資料や電子データの提出に迷う場合、重加算税や修正申告への影響が気になる場合には、早い段階で専門家に相談することをおすすめします。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、税務調査における質問検査権への対応、帳簿書類・電子データの整理、資料提示・提出の範囲確認、調査官への説明方針、そして調査後の経理体制改善まで、事実と資料に基づく対応を大切にしています。

税務調査で資料提出を求められているものの、どこまで出すべきか、どのように整理すべきか判断に迷う場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。

振り返り

重要事項実務上のポイント
質問検査権調査官が質問、検査、帳簿書類等の提示・提出を求める権限
任意調査の意味強制調査ではないが、自由に拒否できるという意味ではない
提示と提出提示は内容を見せること、提出は資料や写しの占有を移すこと
帳簿書類その他の物件元帳、請求書、契約書、通帳、電子データ、社内資料など広く含まれる
個人資料事業関連性や財産帰属が疑われる場合、確認対象になり得る
電子データ画面提示、印刷、媒体コピー、e-Tax、オンラインストレージ等で対応する場合がある
正当な理由災害等で物理的に提示困難な場合など、個別事情により判断される
留置き必要性の説明、承諾、預り証、返還時期、控えの確保が重要
資料提出の注意点無整理に大量提出せず、論点に対応して必要範囲を整理する
専門家相談資料範囲、電子データ、個人資料、重加算税リスクがある場合は早期相談が望ましい
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