事業承継のご相談では、検討がある程度進んだ段階になると、決まってこうしたお話が出てきます。
「後継者に議決権は集中させたい。ただ、他の相続人にも一定の経済的利益は残してあげたい」
「株式を後継者個人で買い取るだけの資金がない。持株会社を使うことはできないだろうか」
「一般社団法人を使えば、相続税を抑えながら会社を承継できると聞いたのだが」
「信託を使えば、認知症や相続時の株式移転を、もっと柔軟に設計できるのではないか」
いずれも、事業承継の場面で実際に検討される手法です。中小企業庁の事業承継ガイドラインでも、承継の円滑化に資する手法として、種類株式、信託、生命保険、持株会社の活用が整理されています。出典:中小企業庁|事業承継ガイドライン
ただ、ここで一つ確認しておきたいことがあります。これらは「節税スキーム」ではありません。承継後の支配構造、資金構造、相続関係、そして説明責任を設計するための「道具」です。
道具としては有効でも、目的や前提を取り違えると、次のような問題を招きます。
| 手法 | 期待される効果 | 誤った使い方をした場合のリスク |
|---|---|---|
| 種類株式 | 議決権と経済的利益の調整、拒否権の設計、株式分散防止 | 後継者の経営を縛る、株主間紛争、評価・税務処理の不明確化 |
| 持株会社 | 株式買取資金の調達、議決権集約、グループ経営化 | 借入返済不能、配当原資不足、株価評価リスク、租税回避疑義 |
| 一般社団法人 | 持分のない器による財産・議決権管理、信託受託者等での活用 | 特定一般社団法人課税、不当減少課税、実体なき節税策との評価 |
| 信託 | 議決権行使・受益権・承継時期の柔軟な設計 | 受託者リスク、遺留分問題、税務手続漏れ、信託目的と運用の不一致 |
本記事では、種類株式、持株会社、一般社団法人、信託を、安易な節税手法としてではなく、事業承継における「支配権と財産権の設計」という視点から整理していきます。
承継スキームを考える前に分けるべき2つの権利
事業承継で最も混乱しやすいのは、「会社を支配する権利」と「会社の経済的価値を受け取る権利」を、同じものとして扱ってしまうことです。
普通株式だけで設計すると、議決権も、配当も、残余財産も、株式価値も、すべてが一体になります。後継者に株式を集中させれば経営権は安定しますが、今度は他の相続人との公平性や遺留分への配慮が課題になります。逆に、親族間の公平を重視して株式を均等に分ければ、経営権が分散してしまいます。
そこで承継スキームでは、権利を次のように分けて考えます。
| 観点 | 内容 | 主な検討手法 |
|---|---|---|
| 支配権 | 取締役選任、重要決議、M&A、組織再編、借入、投資を決める力 | 普通株式、議決権制限株式、拒否権付種類株式、信託、持株会社 |
| 財産権 | 配当、株式売却益、残余財産、相続財産としての価値 | 配当優先株式、受益権、株式譲渡、自己株式取得、生命保険 |
| 資金調達 | 株式買取資金、納税資金、借入返済原資 | 持株会社、金融機関借入、事業承継税制、自己株式取得 |
| 分散防止 | 相続・退職・譲渡による株式流出を防ぐ仕組み | 譲渡制限、取得条項付株式、相続人売渡請求、株主間契約 |
| 説明責任 | 税務調査、相続人、金融機関、買い手に説明できる根拠 | 株価算定、議事録、契約書、事業計画、資金繰り表 |
つまり、種類株式や持株会社を検討する前に、「そもそも何を分けたいのか」を明確にしておく必要があるということです。
議決権を後継者に寄せたいのか。財産価値を複数の相続人へ配分したいのか。先代の監督権を一定期間だけ残したいのか。株式買取資金を法人側で調達したいのか。あるいは、M&Aや組織再編に備えて株主構成を単純化しておきたいのか。
この目的が曖昧なままスキームを選んでしまうと、税務上も経営上も説明しにくい設計になってしまいます。
種類株式は「後継者に議決権を寄せ、他の相続人に経済的配慮をする」ための道具
種類株式とは、普通株式とは異なる内容を持つ株式のことです。会社法では、剰余金の配当、残余財産の分配、議決権、譲渡制限、取得請求権、取得条項、全部取得条項、拒否権、取締役・監査役の選任などについて、内容の異なる種類株式を発行できる仕組みが設けられています。出典:e-Gov法令検索|会社法
事業承継で特に問題になりやすいのは、次の種類株式です。
| 種類株式 | 承継での使い方 | 注意点 |
|---|---|---|
| 議決権制限種類株式 | 後継者以外の相続人には経済的価値を持たせつつ、議決権を制限する | 税務評価、相続人の納得、会社法上の設計が必要 |
| 配当優先種類株式 | 議決権を制限される株主に、配当面で一定の配慮をする | 配当原資がなければ機能しない |
| 取得条項付種類株式 | 株主死亡・退職等を条件に会社が取得できるようにする | 取得対価、分配可能額、株価算定が問題になる |
| 拒否権付種類株式 | 先代経営者が重要事項に限って拒否権を持つ | 後継者の経営判断を過度に縛るリスクがある |
| 全部取得条項付種類株式 | 少数株主整理や資本再編で使われることがある | 会社法手続・株主保護・課税関係の検討が重い |
中小企業庁のガイドラインでも、議決権制限種類株式、配当優先種類株式、取得条項付種類株式、拒否権付種類株式が、事業承継における種類株式の主な活用例として整理されています。たとえば、後継者には普通株式を承継させ、他の相続人には無議決権株式を承継させることで、議決権の分散リスクを抑えるという考え方が示されています。出典:中小企業庁|事業承継ガイドライン
議決権制限株式と配当優先株式を組み合わせる場面
典型的なのは、後継者に議決権を集中させたいけれども、他の相続人にも一定の財産的配慮をしておきたい、という場面です。
後継者には普通株式を承継させ、他の相続人には議決権制限株式を承継させる。そのうえで、その議決権制限株式に配当優先の内容を付けておく。こうしておけば、後継者は経営判断を行いやすくなり、他の相続人には配当という形で経済的利益を残すことができます。
ただし、配当優先株式は、会社に配当できる利益があって初めて意味を持ちます。業績が不安定な会社、借入返済を優先すべき会社、金融機関との関係で配当が難しい会社では、配当優先の設計をしても、実際には機能しません。
拒否権付種類株式は「先代の監督権」を残すが、長く残しすぎてはいけない
拒否権付種類株式、いわゆる黄金株は、特定の重要事項について、種類株主総会の承認を必要とする株式です。後継者がまだ若く、単独で大きな投資やM&Aを判断するには不安が残る。そうした場合に、先代が一定期間だけ拒否権を持つ、という設計が考えられます。
しかし、拒否権は強い権利です。
後継者が代表取締役に就いても、先代の承認がなければ重要な判断ができない。そうした状態が続くと、金融機関や幹部社員、取引先から見て、誰が実質的な経営者なのかが分かりにくくなります。加えて、先代の判断能力が低下した場合には、拒否権の行使そのものができなくなり、会社の意思決定が止まってしまうこともあります。
拒否権付種類株式を使うのであれば、少なくとも次の点は決めておくべきです。
| 確認事項 | 実務上の意味 |
|---|---|
| 拒否権の対象事項 | すべての重要事項ではなく、投資・借入・M&Aなどに限定する |
| 保有者 | 先代個人か、一般社団法人・信託等の器か |
| 終了条件 | 一定期間経過、後継者の年齢、業績達成、先代退任など |
| 判断能力低下時の扱い | 後見開始、死亡、辞任時に権利がどうなるか |
| 後継者との関係 | 監督なのか、実質的な支配継続なのか |
| 対外説明 | 金融機関やM&A時の買い手に説明できるか |
種類株式は、後継者を守るための設計であるべきものです。後継者の経営を止める仕組みにしてしまっては、本末転倒です。
種類株式の導入では、税務評価を後回しにしない
種類株式を発行したり転換したりする場合、会社法上の手続だけでなく、税務上の評価が問題になります。中小企業庁のガイドラインでも、種類株式の内容が会社法上適法か、登記が可能か、承継等に関する税務上の取扱いが明確か。これらについて、早い段階で士業等の専門家に相談すべきとされています。出典:中小企業庁|事業承継ガイドライン
税務上、種類株式の評価に一律の簡単な答えがあるわけではありません。配当優先、残余財産優先、議決権制限、取得条項、拒否権といった内容が、株式価値にどう影響するのかを、その都度検討する必要があります。
相続税・贈与税における取引相場のない株式の評価では、取得者が同族株主等か、それ以外の株主かによって、原則的評価方式または配当還元方式を用いる考え方が示されています。大会社は原則として類似業種比準方式、小会社は原則として純資産価額方式、中会社は併用方式による評価と整理されています。出典:国税庁|No.4638 取引相場のない株式の評価
種類株式を使うときに気をつけたいのは、「普通株式を種類株式に変えたから評価が下がる」と単純に考えないことです。株主の地位、支配関係、配当の可能性、取得条項、残余財産請求権、議決権の有無。これらを踏まえて、なぜその価額になるのかを説明できる資料を用意しておく必要があります。
持株会社は、株式集約と資金調達の器になるが、相続税軽減だけを目的にしない
持株会社方式とは、後継者が株主となる会社を設立し、その持株会社が先代経営者から事業会社の株式を買い取る方法です。後継者個人が直接株式を買うのではなく、持株会社が金融機関から借入れを行い、事業会社からの配当を返済原資にあてる。これが典型的な設計です。
中小企業庁の事業承継ガイドラインでも、持株会社スキームについて、後継者が株主となる持株会社を設立し、金融機関からの借入れによって現経営者から株式を買い取る手法として整理されています。その一方で、譲渡所得税等や相続税、配当原資の不足による返済リスク、当事者に適さないスキームを使ったことによる資金繰り問題や課税上の疑義にも注意が必要だとされています。出典:中小企業庁|事業承継ガイドライン
持株会社方式で起きる資金と税務の流れ
持株会社方式を単純化すると、次のような流れになります。
| 段階 | 起きること | 確認すべき税務・財務論点 |
|---|---|---|
| 1 | 後継者が持株会社を設立する | 資本金、株主構成、借入可能性 |
| 2 | 持株会社が金融機関から借入れを行う | 返済原資、保証、財務制限条項 |
| 3 | 持株会社が先代から事業会社株式を買い取る | 株式時価、先代側の譲渡所得、取得価額 |
| 4 | 事業会社が持株会社へ配当する | 分配可能額、配当政策、法人税・源泉税 |
| 5 | 持株会社が借入金を返済する | 配当不足時の資金繰り、再投資余力 |
| 6 | 後継者が持株会社株式を保有する | 持株会社株式の相続税評価、次の承継 |
持株会社を使えば、後継者個人が直接多額の資金を用意しなくても、議決権を集約しやすくなります。また先代経営者は、株式売却の対価として現金を受け取り、相続財産を株式から現金へと変えることができます。
とはいえ、これで税負担が消えるわけではありません。先代が株式を譲渡すれば、譲渡所得税等が問題になります。さらに、先代の手元に残った現金は、将来の相続税の対象になり得ます。持株会社株式そのものの評価も、次の相続で改めて問題になります。
持株会社の借入返済は「配当で返せるか」を現実的に見る
持株会社方式の最大の実務リスクは、借入返済です。
持株会社は、事業会社の株式を保有しているだけでは、自ら営業キャッシュフローを生み出しません。返済原資は、通常、事業会社からの配当です。ところが、配当は自由にいくらでもできるわけではありません。会社法上、剰余金の配当や自己株式の取得は、分配可能額の範囲内で行う必要があります。出典:e-Gov法令検索|会社法
したがって、持株会社方式を検討する際には、少なくとも次のシミュレーションが欠かせません。
| 確認項目 | 見るべき内容 |
|---|---|
| 事業会社の利益計画 | 配当原資を継続的に生み出せるか |
| 分配可能額 | 会計上の利益と会社法上の配当可能額を分けて確認する |
| 借入返済計画 | 配当額で元利返済に足りるか |
| 法人税・地方税 | 配当前後の税負担を織り込んでいるか |
| 設備投資・運転資金 | 配当を出しすぎて事業会社の成長資金を削らないか |
| 金融機関説明 | 返済原資、株価算定、承継計画を説明できるか |
| 次の承継 | 持株会社株式を誰がどのように承継するか |
「事業会社が利益を出しているのだから返せるだろう」では、判断として不十分です。利益、税金、運転資金、設備投資、借入返済、配当可能額は、それぞれ別のものだからです。持株会社方式は、税務よりも先に、資金繰りで破綻しないかを確認すべきスキームだと考えてください。
持株会社は、株価対策だけで使うと説明が弱くなる
持株会社方式では、株式等保有特定会社など、非上場株式の評価上の論点が生じることがあります。国税庁は、特定の評価会社の株式について、株式等の保有割合が一定以上の会社などは、原則として純資産価額方式により評価する取扱いを示しています。出典:国税庁|No.4638 取引相場のない株式の評価
持株会社を使う場合、単に「株価が下がるから」という説明では弱いといわざるを得ません。税務調査や相続人への説明の場面では、次のような事業目的があるかどうかが問われます。
| 事業目的 | 説明資料 |
|---|---|
| 後継者による議決権集約 | 株主構成表、承継計画、議事録 |
| グループ経営の効率化 | グループ組織図、管理機能集約計画 |
| M&A・事業再編への備え | 将来の買収・再編方針、事業計画 |
| 資金調達の合理化 | 金融機関資料、返済計画、配当計画 |
| 少数株主整理 | 株式買取方針、株主交渉記録 |
持株会社を作ったものの、実体がなく、管理機能もなく、事業目的も見当たらない。配当で借入を返すだけの器になっている。そうした場合には、どうしても税負担の軽減だけが目立ってしまいます。
一般社団法人は「持分のない器」だが、相続税対策の万能手段ではない
一般社団法人は、株式会社と異なり、株式や出資持分がありません。社員はいますが、株式会社の株主とは性質が違います。一般社団法人及び一般財団法人に関する法律では、一般社団法人の社員総会は、社員に剰余金を分配する旨の決議をすることができないとされています。出典:e-Gov法令検索|一般社団法人及び一般財団法人に関する法律
この「持分がない」という特徴から、一般社団法人はかつて相続税対策として注目されました。個人財産や株式を一般社団法人に移し、その後は役員の地位を後継者へ引き継いでいく。こうすれば、株式のような相続財産が発生しない、という発想です。
しかし、いまではこうした考え方を安易に採ることはできません。
平成30年度税制改正により、特定一般社団法人等に対する相続税課税の制度が設けられたためです。国税庁は、特定一般社団法人等の理事である者等が死亡した場合、その法人の純資産額を一定の同族理事数で割った金額を、被相続人から遺贈により取得したものとみなし、一般社団法人等に相続税を課す取扱いを示しています。特定一般社団法人等に該当する要件としては、相続開始の直前に同族理事の割合が2分の1を超える場合や、相続開始前5年以内に同族理事割合が2分の1を超える期間の合計が3年以上である場合が挙げられています。出典:国税庁|特定の一般社団法人等に対する課税のあらまし
一般社団法人を使うなら、まず「何のための器か」を明確にする
一般社団法人を承継で使う場面は、いまでもあり得ます。ただし、それは「相続税を消すため」ではなく、明確な目的があるときに限られます。
| 目的 | 一般社団法人の活用可能性 |
|---|---|
| 民事信託の受託者を法人化したい | 個人受託者の死亡・判断能力低下リスクを下げる目的で検討される |
| 創業家の議決権行使ルールを組織化したい | 理事会・社員総会・規程により運営ルールを設計する |
| 公益性・地域性のある資産を維持したい | 公益法人化や非営利型要件も含めて慎重に検討する |
| 同族会社株式を長期安定保有したい | 特定一般社団法人課税、法人税課税、運営実体を確認する |
| 次世代間での運営ルールを残したい | 定款、規程、理事選任、利益相反管理が重要になる |
一方で、次のような使い方は危険です。
| 危険な使い方 | 問題点 |
|---|---|
| 実体のない一般社団法人へ株式を移す | 相続税・贈与税の不当減少、実質的支配の問題 |
| 同族理事だけで運営する | 特定一般社団法人等に該当する可能性 |
| 定款や規程を整えずに設立する | 誰が意思決定できるか不明確になる |
| 税制改正前の古いスキームをそのまま使う | 現行税制と合わない可能性 |
| 出口を決めていない | 解散時、財産帰属、理事交代時に問題化する |
一般社団法人は、株式会社とは違う器です。だからこそ、会社法、一般社団法人法、法人税、相続税、贈与税を横断して確認しなければなりません。
一般社団法人に株式を移す場合、移転時課税を確認する
一般社団法人に会社株式や不動産を移す場合、無償で移すのか、有償で譲渡するのかによって、課税関係が変わってきます。
有償譲渡であれば、譲渡者側に譲渡所得課税が問題になります。無償・低額での移転であれば、贈与税、法人税、みなし譲渡、受贈益、不当減少課税などが問題になります。
また、一般社団法人に株式を移した後、その法人が誰の意思で動くのか。ここも重要です。形式上は法人が株主であっても、実質的には特定の同族グループが支配しているのであれば、相続税対策としての説明は弱くなります。
信託は、株式の「管理」と「利益」を分けるが、税務処理が消えるわけではない
信託は、委託者が財産を受託者に移し、受託者が受益者のために管理・処分する仕組みです。事業承継では、先代経営者が自社株式を信託し、議決権行使の指図権や受益権の承継を設計する、といった使い方があります。
信託法では、受託者は信託の本旨に従って信託事務を処理すべき注意義務を負い、あわせて忠実義務なども定められています。出典:e-Gov法令検索|信託法
中小企業庁のガイドラインでも、信託は契約の定め方によって自由な設計が可能であり、遺言代用信託や、経営者の判断能力低下への対応策として注目されていると整理されています。出典:中小企業庁|事業承継ガイドライン
株式信託で考えるべき機能
株式信託で検討される機能は、主に次のとおりです。
| 機能 | 内容 |
|---|---|
| 株式処分の防止 | 信託財産として管理し、承継前の不測の譲渡を防ぎやすくする |
| 議決権行使の設計 | 誰が議決権行使を指図するかを決める |
| 受益権の承継 | 先代死亡時に受益権を後継者等に移す |
| 判断能力低下への備え | 認知症等による株式管理停止を避ける |
| 後継ぎ遺贈型の設計 | 後継者の次の世代まで受益権承継を設計する |
| 納税資金調達 | 受益権を担保にするなどの検討余地がある |
一方で、信託にも限界があります。事業承継の実務では、信託は株式の円滑な承継や先代の経営権確保に役立つ反面、少数株主を強制的に集約する効果はなく、遺留分リスクを完全には排除できず、議決権行使の指図権についても実効性に限界がある、と整理されます。
信託では、受託者の設計が成否を左右する
株式信託では、「誰を受託者にするか」が非常に重要です。
個人を受託者にすると、その人の死亡、判断能力の低下、利益相反、管理能力の不足が問題になります。信託の受託者として一般社団法人を使う設計が検討されることもありますが、その場合も、一般社団法人自体のガバナンス、理事構成、特定一般社団法人課税、法人税課税、報酬、運営コストを確認しておく必要があります。
また、信託は税務上の手続も伴います。信託の設定、受益者の変更、信託の終了、信託財産の移転、信託計算書・調書など、所得税・法人税・相続税・贈与税に関係する確認が必要です。信託を利用する場合、信託の調書や計算書、受益者変更時の手続なども、実務上の管理対象になります。
国税庁も、受益者等課税信託では、信託財産に帰せられる収益・費用が受益者等に帰属するという考え方を示しています。出典:国税庁|受益者等課税信託による損益
信託を使ったから税務が消えるわけではありません。むしろ、信託契約、受益者、議決権指図権、信託期間、終了条件、税務届出を、継続して管理していく必要があります。
スキーム選択で最も危険なのは「税金だけを見て目的を後付けすること」
種類株式、持株会社、一般社団法人、信託は、いずれも制度として存在します。しかし、制度があることと、それを自社に使うべきかどうかは、別の話です。
法人税務の面で特に注意しておきたいのは、同族会社における行為計算否認と、相続税・贈与税における不当減少・みなし贈与の考え方です。法人税法には、同族会社の行為または計算によって法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる場合に、税務署長がその行為または計算にかかわらず法人税額等を計算できる、という規定があります。出典:e-Gov法令検索|法人税法
否認リスクが問題になるのは、単に「税負担が下がったから」ではありません。税負担の軽減以外の目的、取引の実体、経済合理性、資金の流れ、当事者の意思、価格の根拠。これらが説明できないときに問題になります。
| 問題になりやすい状態 | 説明上の弱点 |
|---|---|
| 株価引下げだけを目的に種類株式を発行する | なぜその権利設計が必要なのかが説明しにくい |
| 持株会社に実体がない | 経営管理機能や資金調達目的が弱い |
| 一般社団法人を同族だけで支配する | 相続税対策目的が前面に出やすい |
| 信託契約が税務目的だけで作られている | 受託者の役割、管理実体、受益者設計が弱い |
| 株式移動の価格根拠がない | みなし贈与、受贈益、寄附金、譲渡所得のリスク |
| 議事録・稟議がない | 意思決定過程を後から説明できない |
| 事業計画と資金繰りがない | 持株会社返済や配当方針の合理性が弱い |
税負担の軽減は、重要な経営課題です。しかし、税負担の軽減だけを目的にしているように見える設計は、後から説明することが難しくなります。
4つの手法を比較する
承継スキームを検討するときは、「どれが一番節税になるか」ではなく、「自社の目的に対して、どの手法が最も説明可能か」で比べることが大切です。
| 比較項目 | 種類株式 | 持株会社 | 一般社団法人 | 信託 |
|---|---|---|---|---|
| 主な目的 | 議決権・配当・取得条件の調整 | 株式集約、資金調達、グループ化 | 持分のない器による管理 | 財産管理と受益権承継 |
| 支配権の設計 | 強い | 持株会社を通じて設計 | 理事・社員設計による | 議決権指図権で設計 |
| 財産権の設計 | 配当優先・残余財産など | 持株会社株式に置き換わる | 持分がないため特殊 | 受益権として設計 |
| 資金調達 | 直接の調達機能は弱い | 借入により買取資金を調達しやすい | 原則として資金調達目的ではない | 受益権担保等の検討余地 |
| 税務評価 | 種類株式評価が問題 | 持株会社株式評価が問題 | 特定一般社団法人課税等が問題 | 受益者課税・信託課税が問題 |
| 導入手続 | 定款変更・登記・株主同意 | 株式譲渡・借入・配当計画 | 設立・定款・理事運営 | 信託契約・財産移転 |
| 向いている場面 | 相続人間の議決権・財産権調整 | 後継者の買取資金不足、グループ化 | 長期管理、受託者法人化 | 認知症対策、段階承継 |
| 主な危険 | 過度な拒否権、評価不明確 | 返済不能、実体不足 | 節税目的化、同族支配 | 受託者リスク、手続管理 |
これらは、複数の手法を組み合わせて使うこともあります。たとえば、後継者に普通株式を集め、後継者以外には配当優先・議決権制限株式を持たせる。さらに、先代が一定期間だけ拒否権付株式を持つ。あるいは、持株会社を使って議決権を集約しつつ、株主間契約でM&A時の売却協力を定める。信託を使い、先代の判断能力低下に備えながら、受益権の承継を設計する、といった具合です。
ただし、組み合わせるほど論点は増えていきます。会社法、税務、金融機関対応、相続人対応、そして将来のM&A対応を、同時に整理していく必要があります。
承継スキームを検討する実務手順
高度な承継スキームを検討する場合、いきなり手法から選ばないことが肝心です。次の順序で進めていくと、判断の前提が整理されていきます。
1. 現在の株主構成と議決権を確定する
株主名簿、定款、法人税申告書の別表二、過去の株式移動資料を確認します。名義株、所在不明株主、相続未了株式、自己株式、議決権制限株式の有無を整理します。
2. 承継後の支配構造を決める
後継者が何%の議決権を持つべきか。先代にどの程度の監督権を残すか。後継者以外の相続人にどのような経済的配慮をするか。これらを決めていきます。
3. 財産権と納税資金を設計する
他の相続人への代償金、配当、生命保険、自己株式取得、持株会社借入、事業承継税制の適用可能性を整理します。
4. 株価評価を行う
普通株式、種類株式、持株会社株式、信託受益権、一般社団法人への移転対象財産について、税目ごとの評価を検討します。相続税評価だけでなく、法人税・所得税上の時価も確認します。
5. 資金繰りと金融機関説明を作る
持株会社方式や自己株式取得を使う場合は、資金繰り表、配当計画、返済計画、金融機関への説明資料が必要になります。税務上は成立しても、資金繰りが破綻すれば承継そのものが失敗します。
6. 税務否認リスクを検討する
税負担の軽減以外の事業目的、経済合理性、取引の実体、価格の根拠、意思決定の過程を資料化しておきます。
7. 定款・契約・議事録に落とし込む
種類株式の内容、持株会社の株主構成、信託契約、一般社団法人の定款、株主間契約、議事録、稟議書、株式譲渡契約書を整えます。
相談前に整理しておくべき資料
専門家に相談する前に、次の資料を準備しておくと、検討がぐっと具体的になります。
| 資料 | 確認目的 |
|---|---|
| 株主名簿 | 株主、株式数、議決権、名義株、所在不明株主の確認 |
| 定款 | 種類株式、譲渡制限、相続人売渡請求、決議要件 |
| 法人税申告書別表二 | 同族会社判定、株主関係 |
| 過去3〜5期の決算書・申告書 | 株価、利益、配当可能性、税務調整 |
| 株価算定資料 | 普通株式・種類株式・持株会社株式の評価 |
| 事業計画・資金繰り表 | 持株会社返済、配当、設備投資、運転資金 |
| 借入金明細 | 既存借入、保証、金融機関対応 |
| 過去の株式異動資料 | 株式譲渡、贈与、増資、相続の経緯 |
| 相続関係資料 | 推定相続人、遺留分、遺言、代償金 |
| 役員構成・後継者計画 | 経営権移転の時期、先代の関与期間 |
| 一般社団法人案 | 社員、理事、定款、運営目的、財産帰属 |
| 信託案 | 委託者、受託者、受益者、指図権、終了条件 |
| 株主間契約案 | 議決権行使、譲渡制限、M&A時の協力 |
| 議事録・稟議書 | 意思決定過程の記録 |
資料が十分に揃っていなくても、ご相談自体は可能です。ただ、「何を達成したいのか」「誰に何を残したいのか」「後継者にどこまで権限を移すのか」。この3点だけは、最初に整理しておいていただくとよいでしょう。
ご相談について
種類株式、持株会社、一般社団法人、信託は、いずれも事業承継において有効に機能する可能性を持っています。
しかし、これらは単独で結論が出せる制度ではありません。株主構成、非上場株式の評価、役員退職金、自己株式取得、相続人間の公平、遺留分、金融機関対応、将来のM&A、そして税務調査時の説明可能性まで含めて判断していく必要があります。
特に、次のような状況にあるときは、スキームを実行する前に、慎重な検討が欠かせません。
後継者に議決権を集中させたいが、他の相続人への配慮も必要である。先代が拒否権を残すべきかどうか迷っている。持株会社を使って株式を買い取る案はあるが、返済原資に不安がある。一般社団法人や信託を使った承継案を提案されている。株価評価を下げる目的の取引について、後から説明できるか不安がある。将来のM&Aや組織再編の選択肢を残しておきたい。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、事業承継における株主構成、非上場株式評価、種類株式、持株会社、自己株式取得、信託・一般社団法人の活用、法人版事業承継税制、そしてM&Aまでを含めて、税務と経営判断の両面から整理する支援を行っています。
承継スキームを実行する前に、税務・資金繰り・経営権・将来の出口を一度整理しておきたいという場合は、お問い合わせページよりご相談ください。
重要事項の振り返り
| 論点 | 振り返り |
|---|---|
| 種類株式 | 議決権、配当、取得条項、拒否権などを分けて設計できる |
| 議決権制限株式 | 後継者に経営権を集中し、他の相続人に財産的配慮をする場面で検討する |
| 配当優先株式 | 経済的配慮には使えるが、配当原資がなければ機能しない |
| 拒否権付種類株式 | 先代の監督権を残せるが、後継者の経営判断を縛りすぎない設計が必要 |
| 取得条項付種類株式 | 株式分散防止に使えるが、取得対価・分配可能額・株価算定を確認する |
| 持株会社 | 株式集約と資金調達に有効だが、借入返済と配当原資の検証が不可欠 |
| 持株会社の税務 | 譲渡所得、持株会社株式評価、株式等保有特定会社、経済合理性を確認する |
| 一般社団法人 | 持分のない器だが、相続税対策の万能手段ではない |
| 特定一般社団法人等 | 同族理事割合などにより、一般社団法人等に相続税が課される可能性がある |
| 信託 | 株式管理、議決権指図、受益権承継を設計できるが、受託者と税務管理が重要 |
| 株価評価 | 相続税評価だけでなく、法人税・所得税上の時価も確認する |
| 否認リスク | 税負担軽減だけでなく、事業目的・実体・経済合理性・資料化が必要 |
| 資金繰り | 自己株式取得や持株会社方式では、会社資金と金融機関対応を確認する |
| 資料化 | 定款、株主名簿、議事録、契約書、株価算定、事業計画を残す |
| 相談のタイミング | 種類株式発行、持株会社設立、一般社団法人設立、信託契約の前に相談する |