J-SOX対応において、監査法人との認識がずれやすい論点の一つが評価範囲です。
重要な事業拠点をどこまで含めるか。売上・売掛金・棚卸資産以外の勘定科目を追加すべきか。評価対象外とした子会社をどう説明するか。新規事業、M&A、システム変更、非定型取引を評価範囲にどう反映するか。
こうした判断は、一覧表を作るだけでは監査法人に伝わりません。
監査法人が確認したいのは、「どの拠点を選んだか」だけではないからです。なぜその範囲にしたのか。どのリスクを検討したのか。なぜ除外しても財務報告上問題がないと判断したのか。当期の事業変化をどこまで反映したのか。そして経営者評価として、どの資料に基づいて、誰が、いつ判断したのか。
つまり評価範囲資料とは、監査法人に提出するための形式的な添付資料ではありません。会社が自らの財務報告リスクをどう見ているかを示す、判断の資料です。
本稿では、J-SOXの評価範囲について監査法人に説明できる資料を作るための考え方を、評価範囲メモ、除外根拠、リスク検討、重要性、変更点、協議記録という観点から整理します。
評価範囲資料は「結論一覧」ではなく「判断過程の資料」である
評価範囲資料と聞くと、次のような表をイメージされる会社が多いかもしれません。
| 項目 | 記載内容 |
|---|---|
| 事業拠点 | 本社、主要子会社、支店、工場など |
| 売上高 | 拠点別売上高、連結売上高に占める割合 |
| 勘定科目 | 売上、売掛金、棚卸資産など |
| 業務プロセス | 販売、購買、在庫、固定資産、人件費、資金など |
| 評価対象 | 対象、対象外 |
このような一覧は、もちろん必要です。ただし、これだけでは監査法人に説明できる評価範囲資料とはいえません。
一覧表が示しているのは「結論」であって、「判断過程」ではないからです。
監査法人との協議で問題になりやすいのは、対象にした拠点ではなく、対象外にした拠点です。評価対象にした勘定科目ではなく、追加しなかった勘定科目です。前年から変更した範囲ではなく、変更しなかった理由です。
したがって評価範囲資料には、少なくとも次の要素が求められます。
| 必要な要素 | 監査法人に説明すべき内容 |
|---|---|
| 判断の前提 | 連結グループ、事業構造、拠点、主要取引、IT環境、子会社状況 |
| 重要性の考え方 | どの指標を使い、どの水準で重要性を判断したか |
| リスク検討 | 金額的重要性だけでなく、質的重要性・不正リスク・非定型取引をどう検討したか |
| 選定理由 | なぜ評価対象に含めたか |
| 除外理由 | なぜ評価対象外としてもよいと判断したか |
| 変更点 | 前期から何が変わり、評価範囲にどう反映したか |
| 協議記録 | 監査法人といつ、何を、どの資料で協議したか |
評価範囲資料の品質は、表の見栄えでは決まりません。判断の筋道を追えるかどうかで決まります。
制度上も「評価範囲の決定方法と根拠」が問われている
2023年4月に企業会計審議会が公表した改訂後の内部統制基準では、内部統制報告書の記載項目として「評価の範囲、評価時点及び評価手続」が掲げられています。そして財務報告に係る内部統制の評価の範囲については、範囲の決定方法及び根拠を含めることとされました。
とりわけ、重要な事業拠点の選定に利用した指標とその一定割合、評価対象とする業務プロセスの識別において企業の事業目的に大きく関わるものとして選定した勘定科目、個別に評価対象へ追加した事業拠点及び業務プロセスについては、決定の判断事由を含めて記載することが適切とされています。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準
また、この改訂を踏まえ、金融庁は2023年8月に「内部統制報告制度に関するQ&A」及び「内部統制報告制度に関する事例集」を改訂しています。制度理解や実務対応は、初年度対応当時の考え方をそのまま引きずるのではなく、現行の基準・Q&A・事例集を前提に整理し直す必要があります。
出典:金融庁|内部統制報告制度に関するQ&A等の改訂について
この点は、実務上きわめて重要です。
評価範囲資料は、監査法人向けの内部資料であると同時に、内部統制報告書の記載内容を支える基礎資料でもあります。報告書に評価範囲の決定方法や根拠を書くのであれば、その裏側には、社内で実際に検討した資料が存在していなければなりません。
「内部統制報告書に書くために、後からもっともらしい理由を作る」のではなく、期首または評価計画の段階から、評価範囲の判断過程を記録しておくこと。ここが出発点になります。
監査法人が評価範囲資料を見るときの視点
監査法人は、経営者が決定した内部統制の評価範囲の妥当性を検討します。内部統制基準では、監査人は経営者が評価範囲を決定した方法及び根拠の合理性を検討し、その際、財務諸表監査の実施過程で入手している監査証拠も必要に応じて活用することが適切とされています。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準
実務では、監査法人は評価範囲資料を次のような目線で確認していきます。
| 監査法人の視点 | 問われる内容 |
|---|---|
| 網羅性 | 連結グループ、事業拠点、業務プロセス、ITシステムが漏れていないか |
| 重要性 | 金額的重要性と質的重要性を踏まえているか |
| リスク | 不正リスク、複雑な取引、非定型取引、見積り、子会社リスクを検討しているか |
| 整合性 | 財務諸表監査で把握したリスク、監査上の重点論点、決算修正と矛盾していないか |
| 変化対応 | 新規事業、M&A、システム変更、組織変更を反映しているか |
| 除外理由 | 対象外とした拠点・プロセスについて合理的な説明があるか |
| 記録 | 判断過程、承認、協議内容が記録されているか |
会社側としては、「前年と同じです」と説明したくなる場面もあると思います。
しかし監査法人から見れば、前年と同じかどうかよりも、「当期の変化を確認したうえで同じと判断したか」が重要です。売上構成、子会社の重要性、システム、取引形態、決算体制が変わっているにもかかわらず、評価範囲資料が前年のコピーであれば、判断過程が不足していると見られやすくなります。
監査法人との協議は「承認をもらう場」ではない
評価範囲については、監査法人と早めに協議しておくことが重要です。
ただし、ここで誤解してはならない点があります。評価範囲を決定する責任は、経営者にあるということです。監査法人は、会社が決定した評価範囲の妥当性を検討する立場であって、会社の代わりに評価範囲を決める立場ではありません。
内部統制基準では、監査人は経営者による内部統制の評価範囲の決定前後に、当該範囲を決定した方法及びその根拠等について、必要に応じて経営者と協議を行っておくことが適切とされています。一方で、評価範囲の決定は経営者が行うものであり、当該協議は監査人による指摘を含む指導的機能の一環であることに留意が必要とされています。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準
また、監査法人との協議は、評価計画段階だけに限られるものではありません。計画段階で把握した事象や状況が変化した場合、あるいは新たな事実を発見した場合には、評価範囲の妥当性を検討し、経営者と協議することが適切とされています。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準
こうした考え方を踏まえると、評価範囲資料の位置づけも明確になります。「監査法人に承認してもらう資料」ではなく、「経営者が責任を持って判断した内容を、監査法人が検討できるようにする資料」です。
評価範囲資料に含めるべき基本構成
監査法人に説明できる評価範囲資料は、1枚の一覧表だけでは足りないことが多いものです。
実務上は、次のような構成にしておくと、判断過程が伝わりやすくなります。
| 資料 | 役割 |
|---|---|
| 評価範囲メモ | 評価範囲決定の方針、判断根拠、変更点、協議状況を文章で整理する |
| 連結グループ・拠点一覧 | 評価対象候補となる会社・事業拠点を網羅する |
| 重要性判定表 | 拠点別売上高等、資産、利益、その他指標を整理する |
| 勘定科目・業務プロセス対応表 | 重要な勘定科目と関連する業務プロセスを結びつける |
| リスク検討表 | 不正リスク、非定型取引、見積り、IT、子会社リスクを整理する |
| 評価対象外一覧 | 除外した拠点・プロセスとその理由を整理する |
| 変更点整理表 | 前期からの事業・組織・IT・取引の変化を整理する |
| 協議記録 | 監査法人との協議日、論点、資料、結論、残課題を残す |
大切なのは、これらを別々の資料として揃えることではありません。
評価範囲メモを中心に、数値資料、リスク検討、3点セット、RCM、監査法人協議記録がつながっていることです。監査法人から質問を受けたときに、評価範囲メモから根拠資料へたどれる状態が望ましいといえます。
評価範囲メモで最初に書くべきこと
評価範囲メモの冒頭では、いきなり対象拠点の一覧を書くのではなく、会社の事業構造と評価範囲決定の前提を整理します。
たとえば、次のような項目です。
| 項目 | 記載すべき内容 |
|---|---|
| 対象年度 | 評価対象となる事業年度、評価時点 |
| 連結範囲 | 親会社、子会社、関連会社、持分法適用会社、除外会社 |
| 事業構造 | 主要事業、収益構造、販売形態、製造・在庫の有無、海外展開 |
| 決算体制 | 単体決算、連結決算、開示、子会社パッケージ、外部委託 |
| IT環境 | 財務報告に関係する主要システム、外部サービス、データ連携 |
| 当期の変化 | 新規事業、M&A、システム導入、組織変更、重要取引 |
| 評価方針 | 重要性とリスクに基づき評価範囲を決定する旨 |
監査法人との協議では、数値基準そのものよりも、この前提の共有が重要になります。
会社がどのような事業構造を持ち、どこに財務報告リスクがあり、どのシステムに会計データが依存し、どの子会社が連結数値に影響するのか。この全体像が共有されていないと、個別の評価範囲判断の場面で認識のずれが生じます。
重要な事業拠点の選定資料は「母集団」から見せる
重要な事業拠点の選定資料でよくある不足は、評価対象になった拠点だけを示していることです。
監査法人が確認したいのは、対象拠点だけではありません。母集団としてどの拠点が存在し、その中からどのような基準で選定したのかです。
そのため事業拠点の選定資料では、次のような形で母集団を明示します。
| 拠点・会社 | 売上高 | 売上構成比 | 資産 | 利益 | 事業内容 | リスク要因 | 判定 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 親会社本社 | 〇〇 | 〇% | 〇〇 | 〇〇 | 主力事業 | 売上・債権・在庫 | 対象 |
| 子会社A | 〇〇 | 〇% | 〇〇 | 〇〇 | 製造子会社 | 在庫・原価・固定資産 | 対象 |
| 子会社B | 〇〇 | 〇% | 〇〇 | 〇〇 | 海外販売 | 為替・債権・現地証跡 | 個別検討 |
| 子会社C | 〇〇 | 〇% | 〇〇 | 〇〇 | 小規模販売 | 影響僅少 | 対象外 |
ここで重要なのは、売上高だけで判断しないことです。
売上高はたしかに重要な指標です。ただし評価範囲の判断では、資産、利益、棚卸資産、固定資産、債権、重要な契約、見積り、子会社の統制水準、IT環境、不正リスクなども併せて考慮します。
たとえば、売上規模は小さいものの棚卸資産や固定資産が大きい子会社。重要な開発資産を持つ子会社。海外で証跡管理が弱い子会社。現金取引が多い子会社。こうした先は、質的リスクの観点から検討の対象となります。
「売上高基準」を使う場合でも、機械的適用にしない
実務では、売上高等の一定割合を用いて重要な事業拠点を選定するケースが多くみられます。
ただし評価範囲資料においては、「売上高上位〇拠点で〇%をカバーしているため対象」とだけ書くのでは不十分です。なぜその指標を用いたのか、会社の事業目的や財務報告リスクに照らして適切なのかを説明する必要があります。
たとえば売上高を指標とする場合でも、次のような補足が求められます。
| 補足すべき論点 | 説明の方向性 |
|---|---|
| 指標の妥当性 | 当社グループでは売上取引が財務報告上最も重要であり、主力事業の取引量を反映するため売上高を指標とした |
| 一定割合の考え方 | 連結財務諸表への影響、過年度の評価範囲、事業構造、監査法人との協議を踏まえて設定した |
| 補完的な確認 | 売上高以外に、棚卸資産、固定資産、利益、債権、非定型取引、子会社リスクを確認した |
| 追加対象 | 金額基準では対象外だが、質的重要性があるため追加した拠点を明示した |
| 対象外理由 | 金額基準外かつ質的リスクが限定的であること、親会社レビュー等で補完されていることを記載した |
「基準に当てはめたらこうなった」という資料ではなく、「会社のリスクを踏まえてこの基準を採用した」という資料にすること。ここが分かれ目になります。
重要な勘定科目と業務プロセスは、財務諸表から逆算する
評価範囲資料では、重要な事業拠点だけでなく、重要な勘定科目と業務プロセスの対応関係を示す必要があります。
ここでよくある問題が、前年の3点セットにあるプロセスだけを評価対象としてしまうことです。
本来は逆の順序です。まず財務諸表上の重要な勘定科目を見て、それがどの業務プロセスから発生しているかを確認し、そのうえで統制上の要点を選定します。
| 勘定科目 | 関連プロセス | 主なリスク | 評価対象の考え方 |
|---|---|---|---|
| 売上高 | 販売・売上債権 | 架空売上、期間帰属、値引・返品、検収 | 主力事業プロセスとして評価 |
| 売掛金 | 販売・入金消込 | 実在性、回収可能性、滞留債権 | 売上プロセスと一体で評価 |
| 棚卸資産 | 購買・在庫・原価 | 数量、評価、滞留、原価配賦 | 金額的重要性・業種特性に応じ評価 |
| 仕入債務 | 購買・支払 | 未計上、二重計上、支払承認 | 仕入規模に応じて評価 |
| 固定資産 | 設備投資・資産管理 | 取得、除売却、減価償却、減損兆候 | 重要投資がある場合は個別検討 |
| 人件費 | 人事・給与 | 人事マスタ、勤怠、給与計算、賞与 | 人件費比率や制度変更を踏まえ検討 |
| 引当金 | 決算・見積り | 見積り根拠、承認、開示 | 決算・財務報告プロセスで評価 |
この対応関係が弱いと、監査法人から「なぜこのプロセスが評価対象なのか」「なぜこの勘定科目に関連するプロセスを評価していないのか」と問われることになります。
評価範囲資料では、勘定科目、業務プロセス、リスク、統制、証跡が一本の線でつながるように整理します。
評価対象外の説明は、監査法人対応の中心になる
評価範囲資料において最も重要なのは、対象外とした範囲の説明です。
対象に含めた拠点やプロセスは、監査法人にとっても比較的理解しやすいものです。一方、対象外とした子会社、拠点、プロセス、勘定科目については、除外理由が不十分だと手戻りが生じます。
評価対象外の説明では、次のような書き方は避けたいところです。
| 避けたい説明 | 問題点 |
|---|---|
| 金額が小さいため対象外 | 質的重要性、不正リスク、特殊取引を検討したか不明 |
| 前年も対象外であったため対象外 | 当期の変化を検討したか不明 |
| 親会社で管理しているため対象外 | 親会社統制の内容や証跡が不明 |
| 子会社側で処理しているため対象外 | 親会社の説明責任に耐えるか不明 |
| 監査法人から特に指摘がないため対象外 | 経営者評価としての判断根拠になっていない |
対象外理由は、次のように整理します。
| 記載項目 | 説明例の方向性 |
|---|---|
| 金額的重要性 | 連結売上高、総資産、利益、関連勘定科目に占める割合が限定的である |
| 質的重要性 | 非定型取引、重要な見積り、不正リスク、関連当事者取引、重要契約がない |
| 業務内容 | 取引量が限定的で、主力事業の財務報告リスクに与える影響が小さい |
| 統制状況 | 親会社レビュー、連結パッケージ確認、月次報告、内部監査等で補完されている |
| 変化の有無 | 当期に新規事業、システム変更、重要人員交代、M&A等がない |
| 翌期見直し条件 | 売上増加、重要取引発生、組織変更等があれば評価範囲を再検討する |
除外理由は、対象外にするための言い訳ではありません。対象外としても財務報告リスクを見落としていないことを説明するためのものです。
リスク検討表は、評価範囲資料の説得力を左右する
評価範囲資料で不足しやすいのが、リスク検討表です。
売上高や勘定科目残高の表だけでは、リスクアプローチによって評価範囲を決めたとは言いにくくなります。監査法人に説明できる資料にするには、金額だけでなく、次のようなリスクを検討した記録が必要です。
| リスク区分 | 確認すべき内容 |
|---|---|
| 不正リスク | 売上目標偏重、循環取引、架空売上、資金流用、関連当事者取引 |
| 複雑な取引 | 長期契約、複数履行義務、リベート、ポイント、ライセンス、金融商品 |
| 非定型取引 | M&A、事業譲渡、撤退、重要投資、資金調達、訴訟、保証 |
| 見積り | 減損、引当金、税効果、棚卸評価、貸倒、返品、退職給付 |
| IT変更 | ERP導入、クラウド移行、データ移行、アクセス権限、システム連携 |
| 組織変更 | 経理責任者交代、シェアードサービス化、外部委託、子会社管理変更 |
| 子会社リスク | 海外拠点、連結パッケージ品質、現地証跡、会計方針差異 |
| 監査指摘 | 過年度不備、決算修正、監査法人コメント、内部監査指摘 |
リスク検討表は、必ずしも複雑なスコアリングにする必要はありません。
大切なのは、「検討したうえで対象外とした」のか、「そもそも検討していない」のかを、明確に区別できることです。監査法人から見ると、この違いは決して小さくありません。
変更点整理は、前年踏襲の手戻りを防ぐ
評価範囲資料には、前期からの変更点を明示します。
変更点には、評価範囲を実際に変更したものだけでなく、検討した結果として変更しなかったものも含めます。
| 変化 | 評価範囲資料で整理すべき内容 |
|---|---|
| 新規事業開始 | 売上計上、契約、債権、システム、開示、証跡への影響 |
| M&A・子会社化 | 連結影響、決算体制、業務プロセス、IT、親会社レビュー |
| システム導入 | データ移行、マスタ、権限、自動仕訳、電子証跡 |
| 会計方針変更 | 業務処理、見積り、開示、システム設定への影響 |
| 重要取引発生 | 契約、会計処理、承認、監査法人協議、開示検討 |
| 組織変更 | 承認権限、職務分掌、レビュー体制、証跡保管 |
| 子会社成長 | 金額的重要性、質的重要性、翌期評価方針 |
| 監査指摘 | 指摘の影響範囲、類似リスク、評価範囲への反映 |
変更点の整理がないと、監査法人は「当期の変化を踏まえて評価範囲を検討したのか」を確認できません。
とりわけM&A、システム導入、新規事業、重要取引は要注意です。期末になって初めて評価範囲への影響を議論すると、3点セットの更新、RCMの修正、証跡収集、評価手続が一気に押し寄せます。評価範囲資料の段階で変更点を整理しておくことが、監査法人対応の手戻りを減らします。
IT統制の評価範囲は、会計データの流れから説明する
評価範囲資料のなかで、IT統制が曖昧になっている会社は少なくありません。
「会計システムは対象」「販売管理システムは対象外」といった結論だけでは、監査法人への説明としては弱くなります。
IT統制の範囲は、財務報告に関係するデータがどのシステムで発生し、どこで処理され、どのように会計システムへ連携し、どの帳票が証跡として使われるのか。この流れを起点に整理します。
| システム | 財務報告との関係 | 確認すべき統制 |
|---|---|---|
| 販売管理 | 売上、売掛金、請求、入金消込 | マスタ、承認、売上計上、データ連携 |
| 在庫管理 | 棚卸資産、売上原価 | 入出庫、棚卸、評価、原価計算 |
| 購買管理 | 仕入、買掛金、支払 | 発注、検収、請求照合、支払データ |
| 給与システム | 人件費、未払費用、賞与引当 | 人事マスタ、勤怠、計算、承認 |
| ワークフロー | 稟議、承認証跡 | 権限、承認履歴、改ざん防止 |
| 連結システム | 連結修正、開示基礎資料 | パッケージ入力、レビュー、権限 |
| 会計システム | 仕訳、総勘定元帳、決算資料 | アクセス権限、変更管理、仕訳承認 |
IT統制の評価範囲資料では、次の3点を明確にします。
第一に、どのシステムが財務報告に重要な影響を与えるか。
第二に、そのシステムに依存する統制は何か。
第三に、IT全般統制とIT業務処理統制のどちらで評価するか。
システム範囲の説明が弱いと、監査法人との協議において、アクセス権限、変更管理、データ移行、電子証跡、クラウド委託先管理などが後から論点化しやすくなります。
評価範囲資料と3点セット・RCMは一致していなければならない
評価範囲資料で決めた内容は、3点セットやRCMと一致している必要があります。
実務では、評価範囲メモでは新規事業を追加したことになっているのに、業務記述書やRCMが旧事業のままになっている、といった状態を見かけます。反対に、3点セットには記載があるのに、評価範囲資料では対象外になっているケースもあります。
監査法人は、評価範囲資料だけを見ているわけではありません。
| 資料 | 確認される整合性 |
|---|---|
| 評価範囲メモ | 評価対象・対象外の判断根拠 |
| 業務記述書 | 対象プロセスの業務実態 |
| フローチャート | 部門、システム、承認、証跡の流れ |
| RCM | リスク、統制、実施者、頻度、証跡、評価方法 |
| 評価調書 | 実際に評価した統制、サンプル、結果 |
| 監査法人協議記録 | 事前協議内容、残課題、追加対応 |
これらが一致していないと、評価範囲の判断以前に、資料全体の信頼性が疑われることになります。
評価範囲資料は、3点セットの外側にある独立した資料ではありません。3点セットとRCMを更新するための、上流の資料です。
監査法人との協議記録は、必ず残す
評価範囲について監査法人と協議した場合、その内容は必ず記録します。
口頭で「問題なさそうです」と言われた記憶だけに頼っていると、後日、担当者の変更や追加論点の発生時に説明が難しくなります。
協議記録には、次の事項を残します。
| 記録項目 | 内容 |
|---|---|
| 協議日 | いつ協議したか |
| 参加者 | 会社側、監査法人側の参加者 |
| 使用資料 | 評価範囲メモ、拠点一覧、リスク検討表、3点セット等 |
| 協議論点 | 重要拠点、除外拠点、追加プロセス、IT統制、子会社等 |
| 会社判断 | 経営者評価としての判断内容 |
| 監査法人コメント | 指摘、追加確認、留意事項 |
| 未決事項 | 後日確認が必要な項目 |
| 対応期限 | いつまでに追加資料を提出するか |
| 最終反映 | 評価範囲資料、RCM、評価計画への反映状況 |
協議記録は、監査法人を牽制するためのものではありません。
社内外の関係者が、評価範囲判断の経緯を後から確認できるようにするための資料です。内部監査、経理、IT、現場部門、子会社管理、経営層のあいだで認識をそろえるうえでも有効に働きます。
評価範囲資料でやってはいけない5つの対応
1. 前年資料の日付だけを更新する
前年踏襲そのものが悪いわけではありません。しかし、当期の変化確認がないまま前年資料を更新すると、評価範囲判断の実効性が失われます。
2. 金額基準だけで結論を出す
売上高や資産などの数値は重要です。ただし、質的重要性、不正リスク、非定型取引、見積り、子会社の統制水準を無視すると、評価範囲が狭くなりすぎる可能性があります。
3. 対象外理由を抽象的に書く
「影響軽微」「重要性なし」「親会社管理」といった表現だけでは不十分です。何を見て、なぜそう判断したのかを具体的に記載します。
4. 監査法人との協議を期末まで先送りする
期末に評価範囲の認識がずれると、追加評価、証跡収集、RCM修正、現場説明が短期間に集中します。期首または評価計画の段階で、主要論点を協議しておくべきです。
5. 評価範囲資料とRCM・評価調書がつながっていない
評価範囲資料で選定したプロセスがRCMに反映されていない。あるいは評価調書でテストされていない。こうした場合、資料上の判断と実際の評価が分断されてしまいます。
監査法人に説明できる評価範囲資料を作る実務ステップ
評価範囲資料は、次の順番で作成すると整理しやすくなります。
ステップ1|連結グループと事業構造を整理する
まず、評価対象候補の母集団を整理します。
親会社、子会社、海外拠点、支店、工場、事業部、シェアードサービス、外部委託先、クラウドサービスなど、財務報告に影響し得る範囲を広く把握します。
ここで母集団が漏れてしまうと、その後の重要性判断や除外理由も不十分なものになります。
ステップ2|重要性指標を決める
売上高、総資産、利益、棚卸資産、固定資産、債権、取引件数など、会社の事業特性に応じた指標を設定します。
指標は、監査法人に説明できるものでなければなりません。なぜ売上高を使うのか。なぜ資産ではないのか。なぜ一定割合をその水準にしたのか。ここを説明できる状態にしておきます。
ステップ3|重要な勘定科目と業務プロセスを結びつける
財務諸表上の重要な勘定科目を確認し、それがどの業務プロセスから発生するかを整理します。
この作業は、評価範囲の判断だけでなく、3点セットやRCMの見直しにも直結します。
ステップ4|質的リスクを検討する
金額基準で対象外となった拠点・プロセスについて、不正リスク、非定型取引、見積り、子会社管理、IT、監査指摘の有無を確認します。
そのうえで、追加対象とすべきものがないかを検討します。
ステップ5|対象外理由を作る
評価対象外とする範囲について、金額的重要性、質的重要性、既存統制、親会社レビュー、翌期見直し条件を整理します。
除外理由は、短くても構いません。ただし、具体性は必要です。
ステップ6|前期からの変更点を整理する
当期に発生した事業・組織・取引・IT・子会社・決算体制の変化を一覧化し、評価範囲への影響を記録します。
変更がない場合も、「確認した結果、評価範囲への影響はない」と記録しておきます。
ステップ7|監査法人と協議し、記録を残す
評価範囲メモと関連資料をもとに、監査法人と協議します。
協議後は、コメント、追加確認事項、最終判断、未決事項を記録し、評価範囲資料、RCM、評価計画へ反映します。
評価範囲資料は、経営層にも説明できる内容にする
評価範囲資料は、監査法人だけのために作るものではありません。
経営層にも説明できる資料であるべきです。
というのも、J-SOXの評価範囲は、会社がどこに財務報告リスクを見ているかを示すものだからです。経営層が理解できない評価範囲資料は、現場や子会社に説明することも難しくなります。
経営層向けには、次のように要点を整理します。
| 経営層に説明すべき内容 | 説明の視点 |
|---|---|
| どこを評価対象にしたか | 主要拠点、主要プロセス、IT、決算・開示 |
| なぜ対象にしたか | 財務報告への影響、金額的重要性、リスク |
| どこを対象外にしたか | 影響が限定的な拠点・プロセス |
| なぜ対象外でよいか | 親会社レビュー、既存統制、質的リスクの検討結果 |
| 当期の変更点 | 新規事業、M&A、システム変更、重要取引 |
| 残課題 | 翌期以降に整備・評価すべき論点 |
| 経営上の意味 | 決算早期化、開示品質、子会社管理、IT統制への影響 |
評価範囲資料を経営層に説明できる状態にすると、J-SOX対応は単なる監査法人対応から、経営管理体制の見直しへと近づいていきます。
まとめ|評価範囲資料は、会社のリスク認識を示す資料である
監査法人に説明できる評価範囲資料とは、対象拠点や対象プロセスの一覧表ではありません。
評価範囲をどのように決めたか。なぜその範囲で財務報告リスクをカバーできると判断したか。対象外とした範囲にリスクが残っていないか。当期の変化を反映しているか。監査法人との協議結果をどう反映したか。
これらを、一連の判断過程として説明できる資料です。
J-SOXの評価範囲の判断は、広げればよいというものではありません。過剰に広げれば、現場の負荷が増え、評価作業が形骸化します。一方で、狭めすぎれば、財務報告上重要なリスクを見落とすおそれがあります。
重要なのは、会社の事業、決算、開示、IT、子会社管理、内部監査の実態を踏まえて、説明可能な範囲を設計することです。
評価範囲資料を整えることは、監査法人対応の手戻りを減らすだけにとどまりません。会社が自らの数字、業務、権限、証跡、判断過程を説明できる状態を作ることにつながります。
J-SOX評価範囲資料の整理に不安がある場合はご相談ください
評価範囲について監査法人と認識が合わない。評価対象外の説明に不安がある。M&Aやシステム変更後の評価範囲を整理できていない。子会社やIT統制の範囲判断に迷っている。このような場合には、早めに評価範囲メモを整えることが重要です。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、J-SOX対応を単なる文書作成として捉えるのではなく、制度趣旨、監査法人目線、決算・開示、業務プロセス、IT統制、子会社管理をつなげて整理する支援を行っています。
現在の評価範囲資料、3点セット、RCM、監査法人コメント、決算・開示課題をもとに、どの範囲を評価対象にすべきか、どの除外理由を補強すべきか、どの順番で監査法人協議に臨むべきかを整理したい場合は、お問い合わせページよりご相談ください。
重要ポイントの振り返り
| 論点 | 実務上のポイント |
|---|---|
| 評価範囲資料の本質 | 対象一覧ではなく、評価範囲を決めた判断過程を示す資料 |
| 制度上の要請 | 内部統制報告書では、評価範囲の決定方法・根拠・判断事由が重要になる |
| 監査法人の視点 | 網羅性、重要性、リスク、整合性、変更点、除外理由、記録を確認する |
| 経営者責任 | 評価範囲を決めるのは経営者であり、監査法人協議は承認取得ではない |
| 評価範囲メモ | 事業構造、連結範囲、決算体制、IT環境、当期変化、評価方針を整理する |
| 重要拠点選定 | 対象拠点だけでなく、母集団と選定過程を示す |
| 重要性判断 | 売上高等の指標を使う場合も、会社の事業特性とリスクに照らして説明する |
| 勘定科目とプロセス | 財務諸表上の重要勘定から業務プロセスへ逆算する |
| 除外根拠 | 金額的重要性、質的重要性、既存統制、親会社レビュー、翌期見直し条件を記録する |
| リスク検討 | 不正、非定型取引、見積り、IT変更、子会社リスクを検討した記録を残す |
| 変更点整理 | 新規事業、M&A、システム導入、重要取引などを評価範囲に反映する |
| IT統制 | 会計データの流れ、システム依存、権限、変更管理、電子証跡から範囲を説明する |
| 3点セットとの整合 | 評価範囲資料、業務記述書、フローチャート、RCM、評価調書を一致させる |
| 協議記録 | 協議日、参加者、論点、監査法人コメント、残課題、反映状況を残す |
| 経営管理への接続 | 評価範囲資料は、監査法人対応だけでなく、決算・開示・子会社管理・IT統制の見直しにもつながる |