J-SOX対応というと、どうしても「監査法人に提出する資料を整える仕事」「3点セットを更新する仕事」「評価調書を作る仕事」として受け止められがちです。
たしかに、内部統制報告制度への対応である以上、文書化、評価、証跡管理、不備の判定、監査法人対応は避けて通れません。上場会社や上場準備会社にとって、制度上求められる対応を正しく行うことは当然に必要です。
ただ、J-SOX対応をそこだけで終わらせてしまうと、会社の中では「負担の大きい守りの作業」として位置づけられてしまいます。現場は証跡を残すことに疲れ、経理部門は評価資料の更新に追われ、内部監査部門は前年調書の踏襲に流れていく。そして経営層からは、「結局、何のためにやっているのか」が見えにくくなっていきます。
しかし、J-SOXで整えるべき業務フロー、権限、証跡、レビュー、IT統制、決算・開示プロセスは、本来、監査対応のためだけに存在するものではありません。
これらは、会社が自らの数字を信頼し、その数字をもとに経営判断を行い、外部に対しても説明できる状態をつくるための基盤でもあります。
この記事では、J-SOX対応を経営管理体制にどう活かすかを整理していきます。管理会計の手法を網羅的に解説するのではなく、J-SOXで整えた仕組みを、月次決算、予算管理、KPI、経営会議、権限移譲、決算早期化、開示品質へどう接続していくか、という観点から考えます。
J-SOXは「経営管理そのもの」を直接義務付ける制度ではない
はじめに、前提を整理しておきたいと思います。
J-SOX、すなわち金融商品取引法上の内部統制報告制度は、あくまで財務報告に係る内部統制の有効性を評価・報告し、監査を受けるための制度です。したがって、会社の経営管理体制全般を直接義務付けるものではありません。
この点を曖昧にしたまま進めると、「J-SOXだから何でも統制対象にしなければならない」という過剰統制に陥ります。逆に、「財務報告に直接関係しないから経営管理には関係ない」と割り切ってしまうと、今度はJ-SOX対応が監査対応だけで閉じてしまいます。
現行の内部統制基準では、内部統制は、業務の有効性及び効率性、報告の信頼性、法令等の遵守、資産の保全という4つの目的を達成するため、業務に組み込まれ、組織内のすべての者によって遂行されるプロセスとされています。そして、統制環境、リスクの評価と対応、統制活動、情報と伝達、モニタリング、ITへの対応という6つの基本的要素から構成されます。
出典:金融庁・企業会計審議会|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)
2023年の改訂では、内部統制の目的の一つであった「財務報告の信頼性」が「報告の信頼性」へと改められました。ただし、金融商品取引法上の内部統制報告制度が、引き続き財務報告の信頼性の確保を目的とする制度である点も、あわせて明確にされています。
出典:金融庁・企業会計審議会|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)
ここで大切なのは、制度上の対象を広げすぎないことと、実務上の意味を狭く捉えすぎないこと。この両方のバランスです。
J-SOXは、制度としては財務報告に係る内部統制を対象とします。しかし、その財務報告は、販売、購買、在庫、固定資産、人件費、資金、決算、開示、IT、子会社管理といった、会社の業務全体から生まれる情報を集約したものです。
つまり、J-SOX対応をきちんと行おうとすれば、会社の業務と数字の流れを理解せざるを得ません。そして、その過程で整えた業務・数字・証跡・責任分担は、そのまま経営管理にも活かすことができるのです。
J-SOXを経営管理に活かすとは、何を意味するのか
J-SOXを経営管理体制に活かすというと、すぐに予算管理システムやKPIダッシュボードの話になりがちです。
けれども、最初に考えるべきなのはツールではありません。
経営管理体制とは、経営者や管理責任者が、信頼できる数字と事実をもとに、会社の状況を把握し、意思決定し、その結果を検証できる仕組みのことです。
そのためには、少なくとも次のような状態が必要になります。
- 毎月の数字が、一定の時期に、同じ前提で確認できる
- 売上、利益、資金、在庫、債権、債務などの主要な数字について、根拠資料をたどれる
- 予算やKPIと実績との差異について、誰が、どの資料をもとに、どう分析したかが残っている
- 重要な取引や判断について、承認権限と検討過程を説明できる
- 子会社や部門の数字を、親会社・本社が必要な粒度で確認できる
- 経営会議で使う数字と、決算・開示に使う数字が、合理的に整合している
- 業務変更、組織変更、システム変更があったとき、統制や資料の見直しが行われる
これらはいずれも、J-SOX対応で求められる統制・証跡・レビュー・モニタリングの考え方と重なります。
たとえば、売上計上の承認証跡は、監査法人に見せるためだけの資料ではありません。どの商品、どのサービス、どの顧客、どの契約が、どのタイミングで売上になったのかを説明するための、基礎資料でもあります。
予実差異分析のレビュー証跡も、評価調書に添付するためだけのものではありません。経営層が「なぜ計画と実績がズレたのか」「次に何を変えるべきか」を判断するための材料になります。
在庫評価や滞留債権の検討資料にしても、決算監査のためだけに作るものではありません。キャッシュ・フロー、粗利、販売計画、購買計画、資金繰りに影響する、経営管理情報でもあるのです。
J-SOXを経営管理に活かすとは、こうした資料や統制を「監査対応のための別作業」にしないこと。日常の業務、月次決算、経営会議、予算管理、開示準備の中に組み込み、会社が自ら使える形にしていくことだと考えています。
月次決算は、J-SOXと経営管理をつなぐ最も重要な接点
J-SOXを経営管理体制に接続するうえで、最も重要な接点の一つが月次決算です。
月次決算が遅い会社では、J-SOX対応もなかなか安定しません。月次で数字が締まらないということは、取引の記録、残高確認、証跡の回収、会計処理の判断、レビュー、修正ルールのどこかに、不安定な部分が残っている可能性が高いからです。
期末だけ頑張って決算を締める会社では、期中の統制が形骸化しがちです。期末になって証跡を集め直し、未処理事項を洗い出し、会計処理を見直し、監査法人からの質問に追われる。そうした状態では、J-SOXの運用評価も経営管理も、どうしても後追いになってしまいます。
一方、月次決算が一定の時期に締まり、主要な残高と損益の動きについてレビューが行われている会社では、J-SOX対応は日常業務に組み込みやすくなります。
月次決算を経営管理に使うためには、単に試算表を早く出すだけでは足りません。大切なのは、同じ前提で数字が作られ、後から大きく動かず、差異の理由を説明できる状態にあることです。
たとえば、月次決算で次のような状態が続いているなら、J-SOX上も経営管理上も注意が必要です。
- 月次締め後に、売上や原価が大きく修正される
- 未払費用、引当金、減価償却費、棚卸資産などが、期末にまとめて処理される
- 部門別・事業別の数字が、月によって異なる基準で集計されている
- 売掛金、買掛金、在庫、固定資産の残高確認が、月次で行われていない
- 予算差異の説明が、担当者の記憶や感覚に依存している
- 経営会議で使う数字と、決算整理後の数字が大きく異なる
こうした状態では、経営者は最新の数字をもとに判断しているつもりでも、実際には不安定な情報を見ていることになりかねません。
J-SOXの観点から見ても、統制が整備されているかどうかだけでなく、その統制が月次で継続して運用されているかどうかが重要になります。月次決算を整えることは、期末決算のための準備であると同時に、J-SOXの運用を安定させるための基盤でもあるのです。
予算管理・KPIは、内部統制と切り離して考えない
J-SOX対応と予算管理・KPIは、一見すると別の領域に見えます。
J-SOXは財務報告の信頼性に関する制度対応であり、予算管理やKPIは経営管理・管理会計の領域だからです。そのため会社によっては、J-SOXは経理・内部監査、予算管理は経営企画、KPIは事業部門というように、担当が分断されていることもあります。
しかし実務上は、この分断が問題を生みます。
予算管理やKPIは、経営判断のための情報です。その情報が、どのシステムから、どの担当者によって、どの基準で集計され、誰がレビューしているのか。そこが曖昧であれば、経営判断の前提そのものが揺らいでしまいます。
たとえば、売上KPIが営業管理システムから集計されている一方で、会計上の売上は基幹システムや会計システムから集計されているとします。この場合、両者の差異を説明できる必要があります。受注、出荷、検収、請求、売上計上のどの段階をKPIとして見ているのかが整理されていなければ、「売上が伸びている」という報告と、決算上の売上高が一致しない、といったことも起こり得ます。
また、粗利率、在庫回転、債権回収、解約率、稼働率、案件別採算といったKPIは、財務報告に直接あるいは間接に影響します。これらの指標が経営会議で重要な判断材料になっているにもかかわらず、データの定義、集計ルール、レビュー責任が不明確なままであれば、それは経営管理上のリスクになります。
J-SOXを経営管理に活かすには、予算管理やKPIを「内部統制とは別の管理資料」として扱わないことが大切です。
もちろん、すべてのKPIをJ-SOX評価の対象に含めるべき、という意味ではありません。そうではなく、経営判断や財務報告に重要な影響を与える指標については、次の観点を確認しておく必要があるということです。
- 指標の定義は明確か
- 会計数値との関係を説明できるか
- データの取得元は明確か
- 手入力や加工がある場合、レビューされているか
- 異常値や差異が発生した場合、誰が確認するか
- 経営会議での意思決定に使った根拠資料が残っているか
予算やKPIは、数字を作ること自体が目的ではありません。計画と実績のズレを把握し、原因を考え、次の打ち手を決めるためのものです。
その意味では、内部統制も同じです。統制を作ること自体が目的なのではなく、リスクを一定の水準に抑え、信頼できる情報をもとに会社を運営していくためのものなのです。
経営会議では「この数字は正しいのか」から「次に何をするのか」へ
経営会議で最も避けたいのは、会議の大半が数字の正誤確認に費やされてしまう状態です。
「この売上はどの基準で集計したのか」
「この原価はまだ未確定ではないか」
「この部門別利益は配賦基準が変わっていないか」
「この在庫金額は実態と合っているのか」
「この子会社の数字は本当に締まっているのか」
こうした確認が必要なこと自体を否定するつもりはありません。ただ、毎月のように同じ確認が繰り返されているのであれば、それは経営会議より前のプロセスに課題があるということです。
J-SOX対応で業務フロー、承認、レビュー、証跡を整えることの価値は、まさにこの経営会議の前提を安定させる点にあります。
経営会議で使う資料について、作成元、作成基準、レビュー責任、会計数値との整合性が整っていれば、会議で数字の信頼性確認に時間を取られることは少なくなります。その結果、経営層は「この数字を見て、次に何をするか」に集中できるようになります。
これは、決算早期化とも同じ発想です。
決算が遅い会社では、単体決算、連結決算、開示業務が分断され、担当者ごとに自分の作業だけを見ていることがあります。その結果、手待ち、手戻り、重複作業が生まれます。J-SOX対応も同じで、統制評価、決算、開示、予算管理、経営会議が分断されてしまうと、会社全体としての説明力は高まりません。
経営会議を有効に機能させるためには、J-SOXで整えた次のような仕組みを、会議運営にも活かしていく必要があります。
- 重要な数字の作成責任者を明確にする
- 重要な差異について、分析・レビュー・承認の流れを決める
- 経営会議資料と決算・開示資料の関係を整理する
- 会議で決定した事項について、実行責任者と期限を残す
- 前回の決定事項の進捗をモニタリングする
- 数字の修正があった場合、過去の会議資料や判断への影響を確認する
経営会議は、単なる報告の場ではありません。経営判断の場です。
その判断の前提となる数字が信頼できること。判断過程が残っていること。決定事項が実行されること。この一連の流れを支える仕組みとして、J-SOXの考え方は十分に活用できると考えています。
権限移譲と業務標準化にもJ-SOXは効く
成長している会社ほど、経営者や一部の管理責任者に判断が集中しがちです。
重要な契約、値引き、支払、採用、投資、在庫処分、子会社対応、会計判断などが、特定の人の経験と記憶に依存している。短期的には、それでも回るかもしれません。しかし、会社が大きくなるほど、属人化はやがて限界を迎えます。
J-SOX対応では、業務フロー、職務分掌、承認権限、証跡、レビュー手続を整理します。これは監査対応のためだけでなく、権限移譲と業務標準化のためにも役立ちます。
権限移譲とは、単に「現場に任せる」ことではありません。
任せるためには、判断基準、承認範囲、報告ルール、例外処理、証跡が必要です。これらがなければ、現場は何をどこまで判断してよいか分からず、結局はすべて上位者に確認することになってしまいます。
また、業務標準化とは、現場の工夫を奪うことではありません。誰が担当しても一定の水準で業務を遂行でき、重要なリスクが見落とされず、後から説明できる状態を作ることです。
J-SOX対応で整備したフローチャートやRCMは、うまく使えば、次のような問いに答えるための資料になります。
- この業務では、どこで重要な判断が発生しているか
- 誰が承認すべきか
- どこまで現場で判断してよいか
- 例外処理はどのように承認されるべきか
- 判断の根拠はどの資料に残るか
- 担当者が変わっても、同じ水準で処理できるか
ただし、ここで気をつけたいのは、J-SOXを理由に過剰な承認階層を作らないことです。
すべての取引に複数承認を求め、すべての資料に押印や電子承認を求め、すべての例外を本社承認にする。そうなると、現場はかえって動きにくくなります。内部統制は、業務を止めるためのものではありません。
大切なのは、財務報告や経営判断に影響するリスクを見極め、そのリスクに対して必要十分な統制を設計することです。
統制不足は問題ですが、過剰統制もまた問題です。過剰統制は、現場の負荷を高め、形骸化を招き、かえって本当に重要な統制を埋もれさせてしまうことがあります。
決算早期化と開示品質は、J-SOXと同じ土台で考える
J-SOX対応と決算早期化は、対立するものとして語られることがあります。
「J-SOX対応で証跡が増えたから、決算が遅くなる」
「評価対応があるから、経理部門の負担が増える」
「監査法人対応が重くなり、開示スケジュールが圧迫される」
たしかに、統制設計が悪ければ、J-SOX対応は決算を重くします。現場で使わない資料をJ-SOX用に別途作成し、期末に証跡を集め直し、監査法人からの依頼にその都度対応している。そうした状態では、負担だけが増えていきます。
しかし、正しく設計すれば、J-SOXは決算早期化と開示品質を支える基盤になります。
決算早期化に必要なのは、単に経理担当者が急ぐことではありません。決算の最終成果物から逆算し、単体決算、連結決算、開示資料、監査対応、子会社パッケージ、リードシート、分析資料を一体で設計することです。
J-SOX対応で業務フローと証跡を整えることは、この設計とそのままつながります。
たとえば、期末に監査法人から求められる資料が、月次レビューの段階ですでに作成されていれば、期末対応は軽くなります。開示基礎資料の作成責任とレビュー責任が明確であれば、有価証券報告書や決算短信の作成過程で手戻りが減ります。子会社パッケージの入力ルールと証跡が整っていれば、連結決算の差戻しも減っていきます。
開示品質についても同じです。
有価証券報告書、決算短信、適時開示、取締役会資料、経営会議資料が、それぞれ別々の前提で作られていると、数字や説明にズレが生じます。社内では合理的に見える説明でも、外部開示との整合性を問われると、説明が難しくなることがあります。
J-SOXを経営管理に活かすには、開示資料を最後に慌てて整えるのではなく、月次決算、予算管理、経営会議資料、開示基礎資料が、同じ情報基盤の上にある状態を目指す必要があります。
子会社管理・グループ経営にも接続する
J-SOX対応を経営管理体制に活かすうえで、子会社管理は避けて通れません。
親会社単体では統制が整っていても、子会社の決算、業務フロー、証跡、IT、権限、レビューが弱ければ、グループ全体としての財務報告の信頼性は揺らぎます。
特に、子会社の数字が親会社にとって重要である場合、親会社は「子会社から提出された数字を受け取った」だけでは足りません。どのような前提で作成され、誰が確認し、どの証跡があり、どのような例外があったのかまで、把握しておく必要があります。
これは、経営管理上も同じです。
子会社の売上、利益、在庫、債権、資金繰り、投資、固定費、KPIが見えていなければ、グループとしての資源配分やリスク管理は難しくなります。子会社の管理体制が属人化していれば、M&A後の統合、海外拠点管理、上場準備、組織再編といった局面で、問題が表面化しやすくなります。
J-SOXを子会社管理に活かすには、親会社基準を一方的に押し付けるのではなく、重要性とリスクに応じて、次のような点を整理していくことが大切です。
- 子会社の決算締めスケジュール
- 連結パッケージの入力ルール
- 親会社によるレビュー手続
- 会計方針・見積り判断の統一
- 重要な取引・例外取引の報告ルール
- 子会社側の証跡保存
- ITシステムやデータ連携の統制
- 内部監査・モニタリングの範囲
- 子会社管理に関する親会社側の責任者
グループ経営において、親会社が細部まで直接処理することは現実的ではありません。だからこそ、報告ルール、レビュー、例外管理、教育、内部監査を通じて、子会社が自律的に説明できる状態を作ることが重要になります。
J-SOXを経営管理に活かせない会社に共通する落とし穴
J-SOX対応が経営管理に活かされていない会社には、いくつか共通する傾向があります。
第一に、J-SOX文書が業務実態から離れていることです。
初年度に作った3点セットを毎年少しだけ更新しているものの、実際の業務変更、システム変更、組織変更が反映されていない。こうなると、文書は経営管理にも監査対応にも使いにくくなります。
第二に、証跡が「監査法人に見せるためのもの」になっていることです。
本来、証跡は、会社自身が後から判断過程を説明するために残すものです。それが期末に後付けで集められているようでは、統制の運用実態を示す力は弱くなってしまいます。
第三に、内部統制評価の指摘が、経営課題として扱われていないことです。
たとえば、売上承認の証跡不足、在庫差異のレビュー不足、子会社パッケージの不備、ITアクセス権限の未整理といった指摘は、単なるJ-SOX不備ではありません。売上管理、在庫管理、子会社管理、情報セキュリティ、権限設計の課題でもあるのです。
第四に、経営会議や予算管理の数字と、決算・開示の数字が分断されていることです。
経営会議では独自集計の数字を使い、決算では会計基準に基づく数字を使い、開示ではさらに別の資料を使う。こうした状態が続くと、会社の中で「どの数字が正しいのか」が曖昧になっていきます。
第五に、統制を増やすことが改善だと誤解していることです。
不備が見つかったときに、承認者を増やす、チェックリストを増やす、資料を増やす。そうした対応だけを重ねると、現場の負荷が高まり、形骸化が進んでしまいます。大切なのは、リスクの原因を見極め、必要な統制を適切な場所に設計することです。
経営管理に活かすための実務上の進め方
J-SOXを経営管理体制に活かすために、いきなり大きな制度改革を行う必要はありません。
むしろ現実的なのは、既存のJ-SOX対応、月次決算、予算管理、経営会議、開示準備を見直し、重複している作業、分断されている資料、使われていない統制を整理することから始めることです。
まず確認したいのは、経営判断に使っている重要な数字です。
売上、粗利、営業利益、資金繰り、在庫、債権、受注、解約、案件別採算、部門別損益、子会社業績など、会社が重要な判断に使っている数字を洗い出します。そのうえで、それらの数字がどの業務プロセスから生まれ、どのシステムを通り、どの資料で確認され、誰がレビューしているのかを確認していきます。
次に、J-SOX上の評価対象やキーコントロールと、経営管理上の重要数字との関係を見ます。
J-SOX上の統制が、経営管理に使う数字の信頼性にも効いているのであれば、その統制は会社にとって実用性があります。逆に、J-SOX上は評価対象になっているものの、実務上ほとんど意味を持っていない統制があれば、統制の設計や評価範囲そのものを見直す必要があるかもしれません。
さらに、証跡を使い回すのではなく、証跡の意味を整理します。
同じ証跡でも、監査対応、月次レビュー、経営会議、開示基礎資料に使えるものがあります。たとえば、重要な差異分析資料は、月次レビュー資料であり、経営会議資料であり、決算・監査対応資料にもなり得ます。
ただし、そのためには、誰が作成し、誰がレビューし、どの数字に基づき、どの判断を行ったのかが明確になっている必要があります。
最後に、不備や指摘事項を経営課題として位置づけます。
J-SOX評価で見つかった不備を、評価調書上のコメントで終わらせてはいけません。その不備が、月次決算、予算管理、経営会議、子会社管理、IT、開示品質にどのような影響を与えるのかを整理していくと、改善の優先順位が自然と見えてきます。
専門家が関与すべき場面
J-SOXを経営管理に活かす取り組みは、社内だけで進められる部分もあります。
現場の業務実態を最もよく知っているのは、社内の担当者です。経営判断に使っている数字、会議体、業務フロー、システムの使い方も、社内に情報があります。
一方で、専門家の関与が有効な場面もあります。
特に、次のような論点は、制度趣旨、監査目線、会計・開示、業務運用、経営管理を横断して判断する必要があります。
- J-SOX評価対象と経営管理上の重要領域を、どう切り分けるか
- 過剰統制と統制不足の境界を、どう判断するか
- 監査法人からの指摘を、どのように改善計画へ落とし込むか
- 月次決算や予実管理の資料を、J-SOX証跡としても使える形にできるか
- 子会社管理やIT統制を、どの程度まで親会社が把握すべきか
- 経営会議資料と開示資料の整合性を、どう担保するか
- 内部監査部門が、J-SOX評価だけでなく経営管理上のモニタリングにも貢献できるか
ここで必要になるのは、単なる文書作成ではありません。
会社の実態を把握し、リスクを見極め、制度対応として必要な水準と、経営管理上整えるべき水準を切り分け、現場で継続できる形に設計していくことです。
専門家に相談する価値は、チェックリストを埋めることではなく、会社ごとの優先順位を整理し、監査法人・経営層・現場に説明できる判断材料を整えることにあると考えています。
J-SOXは「守り」で終わらせず、判断力を高める仕組みにする
J-SOX対応は、会社を縛るための制度ではありません。
もちろん、制度対応としての厳格さは必要です。財務報告の信頼性に関わる重要なリスクについて、必要な統制を整え、証跡を残し、評価し、不備があれば是正する。この基本を軽視することはできません。
しかし、J-SOX対応を守りだけで終わらせる必要もないのです。
J-SOXで整えた業務フロー、権限、証跡、レビュー、IT統制、モニタリングは、経営判断の質を高めるためにも使えます。月次決算を早く正確に締める。予算と実績の差異を説明する。KPIの定義を明確にする。経営会議で次の打ち手を議論する。子会社の数字を説明できるようにする。開示資料と社内管理資料の整合性を高める。
これらは、J-SOX対応とは別々の話ではありません。
会社が成長し、組織が複雑になり、外部への説明責任が重くなるほど、数字と業務を説明できる仕組みの重要性は高まっていきます。
J-SOX対応を、資料を揃える作業で終わらせるのか。それとも、会社の信頼性と判断力を高める経営基盤として活かすのか。
その違いは、統制を「監査対応のための作業」と見るか、「会社が自ら判断するための仕組み」と見るか。その一点にあると思います。
この記事の振り返り
| 論点 | 重要な考え方 | 実務上確認すべきこと |
|---|---|---|
| J-SOXの位置づけ | 制度上は財務報告に係る内部統制が中心だが、業務全体と密接に関係する | 制度対応と経営管理を混同せず、しかし分断もしない |
| 月次決算 | J-SOXと経営管理をつなぐ最重要接点 | 毎月、同じ前提で、後から説明できる数字になっているか |
| 予算管理・KPI | 経営判断に使う数字にも信頼性が必要 | KPIの定義、データ元、レビュー責任、会計数値との関係を確認する |
| 経営会議 | 数字の正誤確認ではなく、次の打ち手を決める場にする | 会議資料の作成基準、レビュー、決定事項の証跡を整える |
| 権限移譲・業務標準化 | 統制は現場を縛るものではなく、任せるための前提になる | 承認権限、例外処理、職務分掌、証跡を整理する |
| 決算早期化・開示品質 | J-SOXは正しく設計すれば決算・開示の基盤になる | 月次資料、決算資料、開示基礎資料の分断を減らす |
| 子会社管理 | グループ全体で説明できる数字を整える必要がある | 子会社決算、パッケージ、レビュー、IT、証跡、親会社側の責任を確認する |
| 専門家活用 | 作業代行ではなく、判断軸と優先順位の整理に価値がある | 監査法人対応、評価範囲、統制設計、不備是正、経営管理接続を横断して整理する |
J-SOX対応・経営管理体制の見直しをご検討中の方へ
J-SOX対応が監査対応だけで重くなっている。3点セットや評価調書が経営管理に活かされていない。月次決算・予算管理・経営会議・子会社管理・開示資料が分断されている。そのようなお悩みがある場合には、制度対応と経営管理体制を一体で見直す余地があります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、J-SOX対応、決算・開示体制、業務フロー、証跡管理、内部監査、子会社管理、経営管理体制を、会社の実情に合わせて整理するご相談を承っています。
まずは、現在のJ-SOX対応状況、監査法人からの指摘事項、月次決算や経営会議資料の状況をもとに、どこから整えていくべきかを一緒に確認していくことができます。ご相談をご希望の方は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご連絡ください。