財務DDにおける基礎情報分析|数字を見る前に確認すべき対象会社の全体像

M&Aの財務デューデリジェンス(財務DD)というと、損益計算書や貸借対照表、キャッシュフロー、運転資本、ネットデット、正常収益力といった数値分析を思い浮かべる方が多いかもしれません。たしかに、これらは財務DDの中心に位置する分析です。

ただ、財務DDは、いきなり数字を精査すればよいというものではありません。

最初に確認すべきなのは、対象会社がどのような会社で、どのような事業を行い、どのような商流で売上を上げているのか。そして、誰が意思決定を行い、どのような体制で数字がつくられているのか、という基礎情報です。

同じ売上高でも、少数の大口取引先に依存している売上と、多数の継続顧客から積み上がってきた売上とでは、M&A上の意味合いは異なります。

同じ営業利益でも、オーナーの役員報酬を抑えることで出ている利益と、実際の管理体制に基づいて再現できる利益とでは、買収後に維持できる可能性が変わってきます。

同じ純資産でも、事業に必要な資産が会社に残っている場合と、事業用資産がオーナー個人や関係会社に分散している場合とでは、買収スキームや契約条件の検討も違ってきます。

財務DDは、ディール実行段階において対象会社の財務状況を深く理解するための重要な機会であり、過去の実績、現在の財政状態、そして将来計画の前提を検証していくための土台になります。

また、中小M&Aガイドラインにおいても、DDは譲渡対価や表明保証、補償といった最終契約条件の調整、さらにはM&A成立後のトラブル防止に資する重要なプロセスとして位置づけられています。

出典:中小企業庁|中小M&Aガイドライン(第3版)―第三者への円滑な事業引継ぎに向けて―

本記事では、財務DDの入口にあたる「基礎情報分析」について、何を確認し、それをどのように後続の財務分析や実行判断へつなげていくのかを整理します。

目次

財務DDにおける基礎情報分析とは何か

財務DDにおける基礎情報分析とは、対象会社の財務数値を読み解く前提として、会社・事業・株主・組織・商流・管理体制の全体像を把握しておく作業です。

ここでいう基礎情報は、単なる会社概要ではありません。会社案内や企業概要書、決算書、組織図、株主名簿、関係会社一覧、主要取引先一覧、契約書、議事録、経理体制の説明などを通じて、財務数値の背景にある事業構造そのものを確認していくものです。

財務DDでは、最終的に次のような論点を判断していくことになります。

  • 買収後も維持できる収益力なのか
  • 実態純資産は、帳簿上の純資産と大きく違わないか
  • 必要な運転資本や追加資金負担はどの程度か
  • ネットデットや簿外債務を価格条件に反映すべきか
  • 関連当事者取引やオーナー依存は、買収後にどのような影響を与えるか
  • 税務DD・法務DD・労務DD・IT DDに追加で確認すべき事項はないか

これらを判断するうえで、財務諸表だけでは足りません。

たとえば、売上高の推移を眺めてみても、対象会社の商流を理解していなければ、売上がどの段階で認識されているのか、代理人取引に近いものが含まれていないか、主要顧客との関係が継続するのか、販売条件が変わる可能性があるのか、といった点までは判断できません。

人件費についても同じです。誰が実際に事業を回しているのか、オーナーがどの程度まで営業・技術・仕入・資金繰りを担っているのかを理解していなければ、買収後に必要となる人員補強や管理コストを見落としてしまいます。

財務DDにおける基礎情報分析は、数字の「入口」であると同時に、後続の詳細分析でどこを重点的に見るべきかを決めるための作業でもあります。

基礎情報分析は「会社を買うのか、事業を買うのか」を確認する作業でもある

M&Aでは、株式譲渡、事業譲渡、会社分割、合併など、複数のスキームが考えられます。財務DDの基礎情報分析では、まず、買主が実際に取得しようとしているものが何かを確認しておく必要があります。

株式譲渡であれば、対象会社の法人格をそのまま取得します。そのため、会社に残っている資産・負債だけでなく、過去の取引、税務リスク、簿外債務、偶発債務、契約関係、経営者保証、関連当事者取引まで含めて確認しなければなりません。

一方、事業譲渡や会社分割であれば、取得対象となる事業、資産、負債、契約、人員、許認可の範囲を確認することになります。この場合、対象範囲が明確でなければ、過去実績として提示された損益が、実際に取得する事業の損益と一致しているとは限りません。

つまり財務DDの基礎情報分析では、単に「対象会社の情報」を集めるのではなく、「今回のM&Aで買主が引き受ける経済実態は何か」を見極める必要があるということです。

この確認が曖昧なまま損益分析へ進んでしまうと、後続の正常収益力、運転資本、ネットデット、実態純資産の分析が、取引実態とずれていってしまいます。

基礎情報分析で確認すべき主な領域

1. 事業内容と収益モデル

最初に確認すべきなのは、対象会社が何によって収益を得ているか、という点です。

ここでは、業種名や事業概要だけでは足りません。確認したいのは、たとえば次のような中身です。

  • どの商品・サービスを、誰に、どのような条件で販売しているのか
  • 売上は単発なのか、継続的なものなのか
  • 粗利はどこで生まれているのか
  • 外注先、仕入先、代理店、販売チャネルがどのように関与しているのか
  • 売上の増減は、数量、単価、顧客数、稼働率、契約数、案件数など、どの要因で動いているのか

こうした点を整理しておかなければ、損益計算書の売上高や粗利率を見ても、その数字が何を意味しているのかを判断できません。

財務DDでは、ビジネスDDのように市場規模や競争環境を深く分析することまでは、通常は行いません。それでも、財務数値を読み解くために必要な範囲で、対象会社のビジネスモデルを理解しておく必要があります。

とりわけ重要なのは、売上や利益の源泉が、買収後も維持できるものかどうかです。

特定のオーナー、営業担当者、技術者、外注先、主要顧客に強く依存している場合、その利益は決算書上は過去実績として存在していても、買収後にそのまま再現できるとは限りません。

2. 沿革と重要な出来事

対象会社の沿革は、単なる会社の歴史ではありません。財務DDでは、過去の重要な出来事が財務数値にどのような影響を与えているのかを確認していきます。

たとえば、事業の開始や撤退、譲受、譲渡、拠点開設、設備投資、役員交代、株主変更、グループ再編、主要取引先の獲得・喪失といった出来事は、売上、利益率、固定費、資産、負債、税務処理に影響します。

直近数年間の業績を分析する際にも、過去の数字が同じ前提で比較できるとは限りません。

途中で事業範囲が変わっていれば、過去の売上や利益の推移を、そのままトレンドとして読むことはできません。会計方針や経理処理が変わっていれば、利益率の変化が事業実態によるものなのか、処理方法によるものなのかを切り分けて見る必要があります。

財務DDの基礎情報分析では、沿革と財務数値を結びつけて読み解いていきます。「いつ、何が起きたか」を把握するだけでなく、「その出来事が損益、資金繰り、税務、契約、買収後の運営にどう影響しているか」まで踏み込んで確認することが大切です。

3. 株主構成・役員構成・意思決定体制

株主構成は、法務DDだけの論点ではありません。財務DDにおいても、株主と役員の関係、オーナーの関与、少数株主の有無、親族・関係会社との取引、役員貸付金・借入金、役員報酬、事業用資産の所有関係などに直結してきます。

中小企業では、所有と経営が一致していることが多く、会社の財務数値とオーナー個人の意思決定が強く結びついている場合があります。こうした会社では、財務諸表上の費用や資産・負債だけを見ても、会社の実態を把握しきれません。

たとえば、対象会社がオーナー所有の不動産を賃借している場合、買収後も同じ条件で利用できるのかを確認しておく必要があります。

役員借入金があるなら、それをクロージング前に返済するのか、買主が引き継ぐのか、ネットデットとして扱うのかを検討しなければなりません。

役員報酬が市場水準から大きく乖離している場合には、正常収益力の調整が必要になる可能性もあります。

また、少数株主や名義株主の存在は、取引実行や買収後の意思決定に影響することがあります。株主構成は、価格だけでなく、クロージング条件、表明保証、法務DD、買収スキームにもつながっていく論点です。

4. 関係会社・グループ内取引

対象会社がグループに属している場合、単体の財務諸表だけでは事業の実態を捉えにくいことがあります。

親会社、子会社、兄弟会社、オーナー関連会社との間で、売上、仕入、外注、賃貸借、資金貸借、人員出向、共通費配賦、業務委託などが行われている場合、それらの条件が第三者間取引と同じとは限らないからです。

M&A後に対象会社がグループから離脱する場合、これまで当然に利用できていた人材、システム、管理部門、仕入ルート、ブランド、信用補完が使えなくなることがあります。その場合、過去の損益は、買収後の損益を表していない可能性があります。

財務DDでは、関係会社取引を確認することを通じて、正常収益力、スタンドアロンコスト、運転資本、税務リスク、買収後の管理体制を検討していきます。

特に注意したいのは、グループ内で価格が調整されている取引、利益が特定の会社に寄せられている取引、費用が対象会社へ十分に配賦されていない取引です。

関係会社の整理は、税務DDにもつながっていきます。移転価格、寄附金、役員給与、貸倒、受取配当、グループ通算、組織再編の履歴など、税務上の論点が含まれてくることがあるためです。

5. 商流・主要取引先・取引条件

財務DDにおける売上分析や運転資本分析は、商流を理解して初めて意味を持ちます。

ここでいう商流とは、商品・サービス、契約、請求、入金、仕入、支払、在庫、外注、物流が、どのように流れているのかということです。

主要顧客への依存度が高い場合には、その顧客との契約が買収後も継続するかどうかが重要になります。主要仕入先や外注先に依存しているなら、買収後も同じ条件で調達できるのかを確認しておく必要があります。

入金条件や支払条件が変われば、運転資本や資金繰りに影響します。販売先と仕入先が固定されている取引については、その取引実態や採算性を確認しておきたいところです。

この領域は、財務DD、ビジネスDD、法務DDが交差する部分でもあります。

  • 財務DDでは、商流を通じて、売上の実在性、粗利率の妥当性、債権回収リスク、在庫リスク、資金繰り、買収後の取引継続可能性を確認します。
  • 法務DDでは、契約上の解除条項、チェンジ・オブ・コントロール条項、独占契約、許認可、取引停止リスクなどを確認します。
  • ビジネスDDでは、顧客基盤、競争力、シナジー、将来性を検討します。

基礎情報分析の段階では、これらをすべて深掘りする必要はありません。ただし、どのDDチームに確認を依頼すべき論点なのかを見極めておくことが求められます。

6. 組織・人員・キーマン依存

財務数値は、人と組織によってつくられます。だからこそ、組織図や人員構成は、財務DDにおいても重要な基礎情報になります。

確認しておきたいのは、たとえば次のような点です。

  • どの部門が売上を生んでいるのか
  • 誰が主要顧客を担当しているのか
  • 誰が技術や製造を支えているのか
  • 経理・財務・総務・人事といった管理部門は、どの程度整っているのか
  • オーナーや特定の役員が、営業、資金繰り、採用、仕入、価格交渉をどこまで担っているのか

これらを確認しないまま正常収益力を分析してしまうと、買収後に必要となる人員補充や管理コストを見落とすことがあります。

たとえば、対象会社の利益が高く見えていても、実際にはオーナーが無償または低い報酬で重要な業務を担っている場合、買収後に同じ利益を維持するには、追加人員や外部委託費が必要になる可能性があります。

経理担当者が一人で業務を抱え込んでいる場合には、月次決算や資料提出の遅れ、引継ぎリスク、内部管理上の弱さが、買収後に問題として表面化することもあります。

このような論点は、財務DDだけで完結するものではありません。労務DD、人事DD、IT DD、そしてPMIの論点にも接続していきます。

それでも、財務DDの入口で組織・人員の全体像を押さえておくことで、後続のDDでどこを重点的に見るべきかが明確になります。

7. 経理体制・会計システム・月次管理

財務DDでは、対象会社から提出された資料を前提に分析を進めます。しかし、その資料がどのような体制でつくられているのかを確認しておかなければ、分析結果の信頼性そのものを判断できません。

確認したいのは、たとえば次のような点です。

  • 経理担当者は誰か
  • 経理業務は社内で行っているのか、外部に依頼しているのか
  • 月次決算はいつ締まるのか
  • 売上、仕入、在庫、人件費、固定資産、借入金の管理はどのように行われているのか
  • 会計システムと、販売管理・在庫管理・給与システムは連携しているのか
  • 残高確認や証憑確認は行われているのか
  • 税務申告書は誰が作成し、どのようなレビューを受けているのか

財務DDの初期段階では、内部統制や主要な業務プロセスの整備状況を把握しておくことで、開示情報の信頼性や、重点的に作業すべき領域についての示唆が得られます。

経理体制が弱い会社だからといって、必ずしも不正や粉飾があるとは限りません。

ただし、数字が出てくるのが遅い、資料が不足している、月次の前提が変わる、残高確認が不十分、属人的な処理が多い、といった状況があれば、財務DDの分析には慎重さが求められます。

この場合に大切なのは、単に「資料がない」で終わらせないことです。どの数字の信頼性に影響するのか、どの分析に制約が生じるのか、追加確認で補えるのか、契約条件や買収後対応に反映すべきなのかを、丁寧に整理していきます。

基礎情報分析で入手・確認する資料

基礎情報分析では、資料を多く集めること自体が目的ではありません。重要なのは、資料から対象会社の全体像を把握し、財務DDの重点領域を見定めることです。

一般的には、次のような資料が確認の対象になります。

確認領域主な資料・情報財務DD上の意味
会社概要会社案内、企業概要書、登記情報、定款会社の基本情報、事業範囲、取引対象の確認
沿革会社沿革、過去の組織再編・事業譲受・撤退情報過去実績の比較可能性、特殊要因の把握
株主・役員株主名簿、役員一覧、資本関係図オーナー依存、関連当事者、実行上の制約
関係会社グループ図、関係会社取引一覧、貸借明細グループ内取引、スタンドアロンコスト、税務リスク
商流主要顧客・仕入先一覧、販売条件、仕入条件売上の質、粗利、運転資本、継続可能性
組織・人員組織図、人員表、部門別人員、キーマン情報買収後の人員補強、管理体制、属人化リスク
経理体制会計システム、月次資料、試算表、締め手順数字の信頼性、分析範囲、追加確認の必要性
外部関係金融機関、顧問税理士、監査人、主要士業借入・税務・会計処理・外部レビューの状況

上場会社や有価証券報告書提出会社が関係する案件では、EDINET上の法定開示資料も重要な確認資料になります。EDINETは、有価証券報告書や有価証券届出書、大量保有報告書といった開示書類について、提出から公衆縦覧までを電子化したシステムです。

出典:金融庁|EDINETについて

一方、非上場会社や中小企業の場合には、法定開示資料が限られます。そのため、会社内部資料、税務申告書、月次資料、契約書、ヒアリングの重要性が相対的に高くなります。

このとき意識したいのは、資料の有無だけでなく、資料間の整合性まで確認しておくことです。

基礎情報分析を後続の財務DDにどうつなげるか

基礎情報分析は、それ単独で完結する作業ではありません。その後に行う財務分析の前提を整えるための作業です。

正常収益力分析への接続

正常収益力を分析するには、過去の利益が買収後も再現可能かどうかを判断する必要があります。

基礎情報分析の段階で、オーナー依存、関連当事者取引、低額または高額な役員報酬、グループ内取引、非経常取引、事業撤退、拠点変更といった事項が見つかれば、それらは正常収益力の調整候補になります。

ここで大切なのは、調整項目を機械的に増やすことではありません。その利益が買収後も続くのか、買主のもとで同じコスト構造を維持できるのか、説明可能な根拠があるのか、を一つひとつ確認していくことです。

実態純資産分析への接続

基礎情報分析では、事業に必要な資産や負債がどこにあるのかを確認します。

不動産、設備、車両、知的財産、在庫、顧客契約、保証、借入、役員貸借、未払債務などが、対象会社の貸借対照表に適切に反映されているとは限りません。

また、事業に使っている資産が、会社ではなくオーナーや関係会社に帰属している場合には、買収後も利用できるのか、賃貸借契約が必要なのか、追加取得が必要なのかを検討しておく必要があります。

運転資本・資金繰り分析への接続

商流、入金条件、支払条件、在庫保有、外注先との関係を確認していくと、運転資本分析の前提が見えてきます。

売上が伸びていても、入金サイトが長く、在庫負担が重く、仕入先への支払が早い会社では、買収後に追加資金が必要になる可能性があります。

逆に、仕入先への支払を先延ばしすることで一時的に資金繰りを保っている場合には、買収後に支払を正常化することで資金流出が生じることもあります。

基礎情報分析では、こうした資金繰りの癖を把握し、後続のキャッシュフロー分析や運転資本分析で重点的に確認すべき点を明確にしておきます。

税務DDへの接続

基礎情報分析で把握した株主構成、関係会社、役員取引、過去の組織再編、事業譲受、資産移転、税務調査履歴は、そのまま税務DDの重要な入口になります。

税務DDでは、過年度申告、税務調査、法人税・消費税・源泉所得税、繰越欠損金、関連当事者取引などを確認していきます。ただし、これらの税務論点は、会社の事業構造や資本関係を理解していなければ、重要性を判断しにくいものです。

たとえば、関係会社への業務委託費が多い場合、それが実態のある取引なのか、利益移転なのか、買収後も継続するのかを確認する必要があります。オーナー個人との賃貸借や貸付金がある場合には、税務上の処理だけでなく、買収後の契約関係にも影響してきます。

契約条件・クロージング条件への接続

基礎情報分析で発見された事項は、報告書の中で完結させるべきものではありません。価格、表明保証、補償、前提条件、クロージング前対応、買収後対応へと反映できる形に整理していく必要があります。

たとえば、株主構成に不明点がある場合には、法務DDでの確認やクロージング条件の検討が必要になります。

関連当事者取引をクロージング前に整理すべき場合には、契約上の誓約事項や前提条件として扱うことがあります。

経理体制が弱い場合には、買収後に月次決算や管理体制を整備する必要があり、PMIの詳細論点へ引き継いでいくことになります。

基礎情報分析は、財務DDの入口でありながら、最終的には契約・価格・買収後管理にまで接続していく論点整理でもあるのです。

基礎情報分析で注意すべき落とし穴

会社概要書をそのまま信じない

企業概要書や売主説明は、M&Aの検討を進めるうえで重要な資料です。ただ、それらは通常、売主側から見た会社の説明であることを忘れてはなりません。

財務DDでは、会社概要書の内容を頭から否定的に見る必要はありません。しかし、財務数値、契約、証憑、ヒアリング、外部資料と照らし合わせながら確認していく姿勢が求められます。

「主要顧客が安定している」と記載されていても、契約期間、解約可能性、担当者依存、価格改定の有無、売上推移を確認しなければ、実行判断には使えません。

「成長余地がある」と書かれていても、過去実績、受注状況、人員体制、資金負担を確認しなければ、事業計画の妥当性は判断できないのです。

財務諸表だけで事業を理解したつもりにならない

財務諸表は、事業活動の結果を示すものです。しかし、事業の仕組みそのものをすべて表しているわけではありません。

損益計算書には、主要顧客との関係性は出てきません。貸借対照表には、オーナーの営業力やキーマン依存は表れません。税務申告書を見ても、買収後に必要となる管理体制の弱さまではわかりません。

財務DDの基礎情報分析では、数字を読む前に、その数字が生まれてくる構造を確認しておく必要があります。

資料不足を単なる「未入手」で終わらせない

中小M&Aでは、会計帳簿、規程類、契約書、管理資料が十分に整備されていないことがあります。

中小M&Aガイドラインにおいても、小規模企業では会計帳簿や各種規程類が整備されていないことが多く、早い段階から必要書類やデータの整備を促していく必要があると示されています。

出典:中小企業庁|中小M&Aガイドライン(第3版)―第三者への円滑な事業引継ぎに向けて―

ただし、資料が不足していること自体をもって、直ちに取引中止と判断するわけではありません。

大切なのは、資料不足がどの判断に影響するのかを見極めることです。

  • 売上の実在性に影響するのか
  • 債権回収可能性に影響するのか
  • 在庫評価に影響するのか
  • 税務リスクに影響するのか
  • 契約上の表明保証や補償で手当てすべきなのか
  • 買収後に管理体制を整備すれば対応できるのか

資料不足は、単なる作業上の問題にとどまりません。対象会社の管理体制やリスク認識を示す情報でもあるのです。

他のDDとの接続

本記事は財務DDの基礎情報分析をテーマにしていますが、実務上、財務DDだけで完結する論点は、それほど多くありません。

事業内容や商流は、ビジネスDDと接続します。契約、株主、許認可、訴訟、チェンジ・オブ・コントロール条項は、法務DDと接続します。人員、退職給付、未払残業代、キーマン依存は、労務・人事DDと接続します。会計システム、販売管理、在庫管理、情報セキュリティは、IT DDと接続します。

財務DDの役割は、これらの専門領域をすべて深掘りすることではありません。しかし、財務数値に影響する兆候を発見し、必要な専門DDへ適切につないでいくことは、きわめて重要です。

特に、基礎情報分析の段階で違和感を覚えた場合には、早めに他のDDチームと共有しておくことが望まれます。後になって価格交渉や契約交渉の段階で重大論点として浮上するよりも、初期段階で論点を整理しておいたほうが、取引条件への反映もしやすくなります。

財務DDの基礎情報分析で目指すべき到達点

財務DDの基礎情報分析は、対象会社について「だいたい分かった」と感じるための作業ではありません。

目指すべき到達点は、後続の財務DDで何を重点的に検証すべきかを判断できる状態にしておくことです。

具体的には、次のような状態を目指します。

  • 対象会社の事業内容と収益モデルを説明できる
  • 財務数値の増減理由を、沿革や事業上の出来事と結びつけて理解できる
  • 株主、役員、関係会社、オーナーとの関係を把握できる
  • 商流、主要取引先、入出金条件を理解できる
  • 経理体制や月次資料の信頼性について、初期的な見立てを持てる
  • 財務DD、税務DD、法務DD、労務DD、IT DDへ引き継ぐべき論点を整理できる
  • 買収価格、契約条件、クロージング前対応、買収後管理に影響しそうな論点を把握できる

この段階で見つかった違和感は、後続の詳細分析で検証していきます。

逆に、この段階で全体像を押さえないまま個別分析へ進んでしまうと、数字は細かく分析しているのに、M&Aの判断には使いにくいDDになってしまいます。

まとめ|財務DDは、数字の前に事業構造を見る

財務DDにおける基礎情報分析は、単なる準備作業ではありません。

対象会社の事業内容、株主構成、関係会社、商流、主要取引、組織、経理体制を理解することで、はじめて財務数値の意味が見えてきます。

そのうえで、正常収益力、実態純資産、運転資本、ネットデット、税務リスク、簿外債務、買収後の管理課題を検討するからこそ、DDの結果を実行判断に使える形へと整理できるのです。

M&Aでは、買収意欲が高まるほど、どうしても対象会社の良い面に目が向きやすくなります。しかし、財務DDの役割は、買収を止めることでも、買収を後押しすることでもありません。

事実と数字を整理し、受け入れられるリスク、条件で調整すべきリスク、契約で手当てすべきリスク、追加確認が必要なリスクを切り分けていくこと。それが財務DDの本来の役割です。

基礎情報分析は、その出発点に位置しています。

財務DDの進め方に不安がある場合

  • 対象会社の決算書や企業概要書を見ても、どこから確認すべきか分からない
  • 売主説明と財務数値のつながりに、どこか違和感がある
  • 基礎資料はあるものの、どの論点が価格・契約・買収後対応に影響するのか整理できていない

このような段階では、早めに財務・税務DDの視点から論点を整理しておくことが有効です。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&Aの検討段階における財務・税務DD、対象会社資料の初期分析、買収判断に向けた論点整理について、ご相談をお受けしています。

財務数値だけでなく、その数字がどのような事業構造・商流・管理体制から生じているのかを確認し、後から説明できる判断材料として整理したい場合は、お問い合わせページよりご相談ください。

参考情報・出典

出典:中小企業庁|中小M&Aガイドライン(第3版)―第三者への円滑な事業引継ぎに向けて―
出典:中小企業庁|事業承継
出典:金融庁|EDINETについて
出典:企業会計基準委員会(ASBJ)
出典:e-Gov法令検索|会社法

本記事の振り返り

重要論点財務DDでの意味実行判断へのつながり
事業内容・収益モデル売上・利益が何から生まれているかを確認する正常収益力、事業計画、買収後再現性の判断につながる
沿革・重要な出来事過去実績の比較可能性を確認する一過性損益、事業範囲変更、将来計画の前提確認につながる
株主・役員構成オーナー依存、関連当事者、実行上の制約を確認する価格調整、クロージング条件、法務DDへの接続につながる
関係会社・グループ取引単体数値が実態を表しているかを確認するスタンドアロンコスト、税務リスク、買収後管理に影響する
商流・主要取引先売上の質、粗利、入出金条件を確認する運転資本、資金繰り、契約継続リスクの判断につながる
組織・人員誰が事業を支えているかを確認するキーマン依存、買収後人員補強、PMI論点につながる
経理体制・月次管理提出資料の信頼性を確認する追加調査、契約手当、買収後管理体制の整備につながる
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次