M&Aで買収資金を借りようとするとき、金融機関が見ているのは「今回の買収代金」だけではありません。
買主にすでに借入があるのか。対象会社にも借入が残っているのか。その借入に担保や経営者保証が付いているのか。そして、買収後は誰が、どのキャッシュ・フローで、どの借入を返していくのか。金融機関は、こうした要素を一体のものとして見ています。
買収融資のご相談では、「買収代金のうち、いくら借りられるのか」という点に関心が集まりがちです。ただ、金融機関の立場からすると、新規の融資額だけを見ても融資の判断はできません。既存借入や担保設定、保証契約、他行との取引、対象会社の借入条件、買収後の返済スケジュール。これらを合わせて確認しなければ、買収後の財務負担が見えてこないからです。
とりわけ中小M&Aでは、売主経営者の個人保証や対象会社の既存借入、担保設定、メインバンクとの関係が、買収実行の大きな制約になることがあります。
買収価格そのものが妥当であっても、既存借入や保証の整理ができていなければ、金融機関は融資に慎重にならざるを得ません。反対に、対象会社の収益力に多少の不安があっても、買主の既存事業の返済力や担保余力、保証を外すための説明体制、買収後の管理体制が整っていれば、検討の余地が生まれることもあります。
この記事では、M&Aにおける既存借入・担保・保証が、買収融資にどのような影響を与えるのかを、実務の視点から整理してみたいと思います。
買収融資で見られるのは「新規借入」ではなく「買収後の借入総額」
金融機関がまず確認するのは、今回新たに借りる金額にとどまりません。
買主の既存借入、対象会社の既存借入、そして今回の買収借入。これらを合算したとき、買収後のグループ全体がどれだけの返済負担を抱えることになるのか。そこが見られています。
買主に既存借入があれば、その返済は買収後も当然続きます。対象会社に既存借入があれば、その返済も原則として対象会社に残ります。そこへ買収代金を借入で調達すれば、さらに新たな返済負担が加わります。
つまりM&A後の返済負担は、次の三層で考える必要があるのです。
| 借入の種類 | 主な確認事項 | 買収融資への影響 |
|---|---|---|
| 買主の既存借入 | 借入残高、返済予定、担保、保証、財務制限、他行取引 | 買主自身の借入余力と追加返済能力に影響する |
| 対象会社の既存借入 | 借入残高、金融機関、保証人、担保、期限前返済条項、株主変更時の取扱い | 買収後グループ全体の返済負担と保証・担保整理に影響する |
| 新規の買収借入 | 買収代金、関連費用、借換え、運転資金、返済期間、金利 | 買収後の資本構成、返済計画、金融機関説明の中心になる |
買収前の段階では、買主と対象会社はあくまで別々の会社です。しかし金融機関は、買収後の実態を見ています。
株式譲渡で対象会社を子会社化する場合、対象会社の借入は法的には対象会社に残ります。とはいえ経済的には、買主グループがその返済負担を引き受けることになります。対象会社のキャッシュ・フローが既存借入の返済に充てられてしまえば、買収借入の返済原資として使える余力はその分だけ小さくなります。
ですから買収融資では、「今回いくら借りるか」だけでなく、「買収後にグループ全体でいくら返していく必要があるか」までを示すことが欠かせません。
既存借入は「過去の借入」ではなく「将来の返済負担」として審査される
既存借入は、すでに借りているお金です。そのため、これから調達する買収資金とは別の話のように感じられるかもしれません。
ところが金融機関から見ると、既存借入は買収後の返済原資を先に使ってしまう負担にほかなりません。
年間の返済額が重い会社に、さらに買収借入を上乗せすれば、返済原資は当然圧迫されます。買収後に設備更新や運転資金が必要となれば、資金の余力はいっそう細くなっていきます。
融資審査では、債務者の評価、融資案件の事情、資金使途・融資形態・返済原資、保全面、他行の状況や資金調達余力、そして融資の狙いといった複数の観点が確認されます。既存借入は、このうち債務者評価、返済原資、保全面、他行状況・資金調達余力のすべてに関わってきます。
買主側で整理すべきなのは、単なる借入残高ではありません。少なくとも、次の事項は確認しておきたいところです。
| 確認項目 | 見るべき理由 |
|---|---|
| 借入残高 | 買収後の有利子負債総額を把握するため |
| 年間返済額 | キャッシュ・フローに対する返済負担を確認するため |
| 返済期限 | 短期集中返済や一括返済リスクを確認するため |
| 金利・手数料 | 買収後の資金コストを把握するため |
| 担保設定 | 追加担保の余地や担保解除の可否を確認するため |
| 保証人 | 経営者保証や第三者保証の整理が必要か確認するため |
| コベナンツ・誓約事項 | 買収や追加借入に制約がないか確認するため |
| 他行借入 | どの金融機関がどの程度リスクを負っているか確認するため |
既存借入があること自体は、何ら問題ではありません。問題になるのは、既存借入を含めた返済計画を説明できないことのほうです。
買主の既存借入が、買収融資の「余力」を決める
買主に既存借入がある場合、金融機関はまず、買主自身が追加の借入に耐えられるかどうかを見ます。
ここでいう「借入余力」は、担保がまだ残っているかどうかという話だけではありません。既存事業の収益力、手元資金、これまでの返済実績、既存借入の返済スケジュール、財務内容、金融機関との取引姿勢。こうした要素を総合して判断されます。
たとえば、既存借入の返済がすでに重い会社の場合、買収によって売上規模が大きくなるとしても、金融機関は慎重に見ます。買収後、対象会社から十分なキャッシュ・フローが生まれるまでには時間がかかることもあるからです。その間は、買主の既存事業が買収借入の返済を支えなければなりません。
ここで特に気をつけたいのが、買収後の既存事業と対象会社のキャッシュ・フローを、過度に一体のものとして見てしまうことです。
買収したからといって、対象会社の資金をすぐに自由に使えるとは限りません。対象会社にも、運転資金や税金、既存借入の返済、設備更新、人件費があります。配当やグループ内貸付を行う場合には、会社法・税務・会計・契約上の制約もあらかじめ確認しておく必要があります。
そこで買主の既存借入については、次のような観点で整理しておくと安心です。
- 既存事業だけで既存借入を返済できているか
- 買収借入の返済を既存事業がどこまで支えられるか
- 対象会社からの資金流入を過大に見込んでいないか
- 買収後に既存事業側の運転資金が不足しないか
- 既存の取引金融機関が買収資金の融資をどう見るか
買主の既存借入は、買収の足かせになるだけのものではありません。これまでの返済実績、金融機関との信頼関係、月次の管理体制、既存事業の安定した収益があれば、それらはむしろ買収融資を後押しする説明材料になります。
大切なのは、既存借入を隠すことでも、軽く見せることでもありません。既存借入を含めても買収後にきちんと返していける構造を、はっきりと示すことです。
対象会社の既存借入は、買収後の返済原資を圧迫する
対象会社に既存借入がある場合、金融機関はその借入を非常に重く見ます。
対象会社が黒字であっても、既存借入の返済が重ければ、買収後に買収借入を返していく余力はそれだけ小さくなります。対象会社の営業キャッシュ・フローが既存借入の返済や税金、運転資金、設備投資に充てられてしまえば、買主側の返済原資として見込める金額は限られてくるのです。
対象会社の既存借入で確認すべきなのも、残高だけではありません。
| 確認項目 | 買収融資への影響 |
|---|---|
| 借入先金融機関 | 買収後の金融機関調整が必要になる |
| 借入残高・返済予定 | 買収後の返済負担を把握する |
| 担保設定 | 担保解除・差替え・追加担保の可否に影響する |
| 経営者保証 | 売主保証の解除、買主保証の要否に影響する |
| 期限前返済条項 | 買収時に一括返済が必要になる可能性がある |
| 株主変更・代表者変更時の通知義務 | 金融機関同意や事前説明が必要になる可能性がある |
| 当座貸越・コミットメントライン | 買収後の運転資金枠を維持できるかに影響する |
| コベナンツ | 買収後の財務制限や期限の利益喪失リスクに影響する |
買収ファイナンスでは、対象会社グループの既存借入金を返済し、既存の借入枠を解消することが融資の条件とされる場合があります。特にLBO型の買収ファイナンスでは、対象会社のキャッシュ・フローによる返済を優先的に確保するため、貸付人以外の金融債権者をできるだけ少なくしておく、という発想が取られることがあります。
もっとも、中小M&Aにおいて、既存借入を常に全額返済・借換えすべきとは限りません。
対象会社の既存取引金融機関との関係は、維持したほうがよい場合もあります。地域金融機関との取引継続が事業運営上重要なケースもありますし、対象会社の運転資金枠を失えば、買収後の資金繰りが不安定になることもあるからです。
そこで対象会社の既存借入については、次の三つの選択肢を比較して検討します。
- 既存借入をそのまま維持する
- 買収時に一括返済する
- 買収後、またはクロージング時に借換える
どれが正解かは、対象会社の金融機関との関係、担保・保証の状況、返済負担、買収後の資金繰り、そして買収融資を行う金融機関の方針によって変わってきます。いずれにしても重要なのは、買収契約を締結する前に、この整理を済ませておくことです。
既存借入の借換えは、資金調達ではなく金融機関関係の再設計
対象会社の既存借入を買収時に借換える場合、それは単に新しい借入で古い借入を返すだけの作業ではありません。
既存金融機関の承諾、期限前返済の手続、担保の解除、保証の解除、清算金や手数料、当座貸越枠の解消、そして買収融資の実行条件との整合。こうした論点がいくつも絡んできます。
買収ファイナンスでは、対象会社グループ会社の既存借入金の返済が、多くの場合は期限前弁済となります。期限前弁済には相手方金融機関の承諾が必要になることが多く、関連する保証や担保の解除にも手続が求められます。さらに、期限前弁済には清算金などの費用負担が生じることが少なくない点にも、留意しておきたいところです。
借換えを検討する際には、次の論点を一つずつ整理していきます。
- 既存金融機関が期限前返済を認めるか
- 期限前返済に違約金・清算金・手数料が発生するか
- 担保解除にどの程度の期間がかかるか
- 売主経営者の保証を解除できるか
- 新しい金融機関が既存金融機関の担保順位を引き継げるか
- 対象会社の運転資金枠が消えてしまわないか
- 買収融資の実行日と既存借入の返済日が整合するか
- 買収契約上、既存借入の整理がクロージング条件になっているか
借換えは、買収後の金融機関関係を整理できる一方で、これまでの既存金融機関との関係を断つことにもつながりかねません。対象会社の事業が地域金融機関との関係に支えられている場合、借換えによって運転資金の支援や取引先の紹介といった関係性まで失ってしまう可能性もあります。
ですから借換えは、「金利が安くなるかどうか」だけで判断すべきではありません。買収後の事業運営や資金繰り、地域金融機関との関係、担保・保証の整理、追加の資金調達余力まで含めて、総合的に判断する必要があります。
担保余力とは「担保を出せるか」ではなく「買収後の自由度をどこまで差し出すか」
金融機関は、返済原資とあわせて保全を確認します。
保全とは、返済が予定どおり進まなかったときに、金融機関がどのように債権回収の可能性を確保するか、という考え方です。担保や保証は、その中心的な手段にあたります。
買収融資で担保として検討されるものには、不動産、預金、売掛債権、動産、株式、保険金請求権、知的財産権などがあります。買収ファイナンスでは、株式担保、債権担保、不動産担保、動産担保、知的財産権担保、連帯保証といった複数の保全手段が検討されます。
ただし、担保さえ出せば融資が通る、という理解は危険です。
金融機関の融資審査は、まず債務者の評価から始まります。担保の有無が検証されるのはその後であって、担保があるから当然に貸せる、というわけではありません。
買収融資で担保を考えるうえで本当に重要なのは、担保余力を使うことによって、買収後の経営の自由度がどこまで制約されるか、という点です。
不動産を担保に出せば、将来の設備資金の調達に使える担保余力が減ります。売掛債権を担保に出せば、運転資金の調達やファクタリングなどの選択肢に影響が及ぶことがあります。対象会社株式を担保に出せば、将来の株式移転や再編、追加出資、共同投資に制約が生じることもあります。
担保は、金融機関にとっては保全ですが、経営者にとっては将来の選択肢を差し出す行為でもあるのです。
対象会社株式を担保にする場合の注意点
株式譲渡による買収では、取得する対象会社株式そのものを担保に入れることがあります。
一見すると、買収資金で取得する株式を担保にするのは自然なことのように思えます。ところが、対象会社株式の担保価値は、対象会社の事業価値と強く結びついています。対象会社の業績が悪化すれば、担保価値も同時に下がりやすい、という性質を持っているのです。
この点で、事業収益とは別の換価価値を持つ不動産担保とは、性質が大きく異なります。
また、非公開会社株式の場合には、譲渡制限の有無、株券発行の有無、株主名簿、対抗要件、質権の設定方法、担保権を実行する際の売却可能性などを確認しておく必要があります。買収ファイナンスでは、担保株式の異動が予定されているケースで、担保解除・再設定の範囲を最小限にとどめるために、担保契約上の手当てが必要になることもあります。
中小M&Aでは、名義株、株券不発行会社への移行漏れ、株主名簿の不整備、譲渡承認手続の不備といった問題が表面化することもあります。これらは担保設定だけの話ではなく、そもそも株式取得が有効に成立するか、買収を実行できるかにまで関わってきます。
対象会社株式を担保にする場合は、次の観点を確認しておきましょう。
- 対象会社の株式が譲渡制限株式かどうか
- 株券発行会社か、株券不発行会社か
- 株主名簿の記載は正確か
- 質権設定や担保権設定に必要な手続は何か
- 担保権者が第三者に処分できる実効性があるか
- 対象会社の価値が業績悪化時にどこまで下がるか
- 株式担保が買収後の資本政策を制約しないか
株式担保は、買収融資でよく検討される一方で、実効性と将来への制約という二つの面から、慎重に見ておくべき担保だといえます。
保証余力は、経営者個人の覚悟だけで判断してはいけない
中小企業の融資では、経営者保証が重要な論点になります。
買収融資においても、金融機関から経営者保証を求められることがあります。また、対象会社の既存借入について売主経営者が個人保証をしている場合には、買収時にその保証をどう扱うかが大きな問題になります。
ここで気をつけたいのは、「保証を出せばよい」「保証を出さなければよい」という単純な話ではない、ということです。
経営者保証には、経営に規律を持たせ、資金調達を円滑にするという側面があります。その一方で、思い切った事業展開や早期の事業再生、円滑な事業承継を妨げる要因になる、との指摘もあります。中小企業庁は、経営者保証ガイドラインの3要件として、法人と経営者の資産・お金のやり取りが明確に区分されていること、法人のみの資産・収益力で返済が可能な財務基盤があること、金融機関へ適時適切に財務情報を開示していること、の三つを挙げています。
出典:中小企業庁|経営者保証
金融庁も、「経営者保証に関するガイドライン」について、経営者保証を提供せずに資金調達を希望する場合に必要となる経営状況、やむを得ず保証契約を結ぶ際の説明や適切な保証金額の設定、事業承継時などにおける既存保証契約の見直しといった事項を規定したものだと説明しています。
出典:金融庁|「経営者保証に関するガイドライン」の公表について
買収融資では、経営者保証を「融資を通すための当然の条件」としてではなく、次のような観点から整理していく必要があります。
- 法人と個人の資産・経理が分離されているか
- 買収後の法人の収益力で返済できるか
- 金融機関へ適時適切に財務情報を開示できるか
- 保証を求める必要性を金融機関が説明できるか
- 保証金額が過大になっていないか
- 旧経営者の保証解除と新経営者の保証設定が整合しているか
- 保証を外すために、どのような財務改善・情報開示が必要か
保証余力は、経営者個人の資産額だけの問題ではありません。会社として保証に依存しない説明ができるかどうか、という経営管理の問題でもあるのです。
売主経営者の保証解除は、買収条件そのものに影響する
中小M&Aで特に重要になるのが、売主経営者の個人保証です。
対象会社の既存借入に売主経営者が保証を付けている場合、売主は通常、M&A後にその保証から外れることを求めます。これはごく自然な要求でしょう。経営から退いた後も、対象会社の借入について個人保証を負い続けるのは、大きなリスクだからです。
一方で、対象会社の既存金融機関が、当然に保証解除へ応じてくれるとは限りません。
買主の信用力は十分か。対象会社の財務内容はどうか。買収後の経営管理体制はどうなるのか。代替の担保や新たな保証はあるのか。既存債権の保全はどう確保されるのか。金融機関は、こうした点を見て判断します。
経営者保証ガイドラインに関する実務では、事業承継時に前経営者の保証契約の解除を求める場合、前経営者が引き続き実質的な経営権・支配権を有しているか、保証契約以外の手段による既存債権の保全状況、法人の資産・収益力による借入返済能力などが、重要な考慮要素になるとされています。
中小企業庁の中小M&Aガイドライン第3版でも、譲り渡し側の経営者保証を譲り受け側へ移行させる想定であったにもかかわらず移行しない、といったトラブルが指摘され、最終契約におけるリスクや対応策が追記されています。
この論点は、単なる金融機関の手続にとどまりません。
保証解除ができなければ、売主がクロージングに応じない可能性があります。保証解除が買収契約上の条件になっていれば、買収そのものが実行できないこともあります。保証解除の代わりに買主側の保証や追加担保が必要になれば、買収後の財務負担や、経営者個人のリスクが増えることになります。
ですから売主経営者の保証については、早い段階で次の点を確認しておくべきです。
- 対象会社のどの借入に売主保証が付いているか
- 保証金額は限定されているか、それとも包括的か
- 担保も売主個人が提供しているか
- 金融機関は保証解除に応じる見込みがあるか
- 買主側の保証や担保の差替えが必要か
- 保証解除が買収契約の前提条件になっているか
- 保証解除ができない場合、誰がどのリスクを負うか
保証解除は、クロージング直前に慌てて確認するような論点ではありません。買収条件、融資条件、売主との交渉に直結するため、基本合意やDDの段階で整理しておく必要があります。
担保・保証は、買収後の追加投資余力にも影響する
買収融資で担保や保証を差し入れれば、目の前の融資は受けやすくなることがあります。
しかしその分、将来の追加投資の余力は小さくなります。
買収後には、運転資金、設備更新、IT投資、人材採用、在庫の増加、修繕、管理体制の整備など、さまざまな場面で資金が必要になります。そのときに、主要な不動産や売掛債権、対象会社株式がすでに担保に入っていると、新たな融資を受ける余地は狭くなってしまいます。
また、経営者保証を重く負っている場合には、経営者個人のリスク許容度も下がります。追加の借入が必要な局面で、さらに保証を求められれば、意思決定そのものが難しくなることもあるでしょう。
買収融資では、担保・保証を「今回の融資条件」としてだけでなく、「買収後の財務戦略」の一部としても見ておく必要があります。
| 担保・保証の使い方 | 短期的な効果 | 中長期的な影響 |
|---|---|---|
| 不動産担保を差し入れる | 融資審査上の保全が強くなる | 将来の設備資金・追加借入の余地が減る |
| 対象会社株式を担保にする | 買収融資の保全を取りやすい | 資本政策・再編・株式移動の自由度が下がる |
| 売掛債権を担保にする | 流動資産を保全に使える | 運転資金調達の選択肢が狭くなる |
| 経営者保証を付ける | 金融機関が検討しやすくなることがある | 経営者個人のリスク負担が増える |
| 信用保証協会保証を使う | 金融機関側のリスクが軽くなる | 保証料負担や保証枠の使用、代位弁済時の関係に注意が必要 |
信用保証協会付き融資は、金融機関にとってリスクが小さく、信用力が低い企業にも融資しやすいという面があります。ただし、債務者の側には保証料の支払いが生じます。延滞が長期化すれば、代位弁済によって債権者が信用保証協会へ移る点にも注意が必要です。
買収融資を組むときは、「今、借りられるか」だけでなく、「買収後にもう一度資金が必要になったとき、何を担保に、誰の保証で、どの金融機関へ説明できるか」というところまで考えておきたいものです。
他行関係が、買収融資の成否を左右する
買収融資では、メインバンクだけを見ていれば足りる、というわけにはいきません。
買主の既存借入に複数の金融機関が関与している場合、他行がどのような担保を取っているか、保証を取っているか、返済の順位はどうなっているか、どの金融機関がメインとして支援しているか。こうした点が重要になってきます。
対象会社にも既存の金融機関がいれば、事態はさらに複雑です。
買収資金を融資する金融機関、買主の既存金融機関、対象会社の既存金融機関。それぞれが、異なる立場から同じ案件を見ています。
買収融資を行う金融機関は、対象会社の既存金融機関がどのような保全を持っているかを確認します。対象会社の既存金融機関は、買収後の経営者や保証、担保、返済計画を確認します。そして買主の既存金融機関は、買収によって買主の財務負担が増え、既存借入の返済に影響しないかを見ています。
この調整がうまくいっていないと、次のような問題が起こり得ます。
- 買収融資の実行日までに、既存借入の返済・借換えが完了しない
- 担保解除が遅れ、買収融資の担保設定ができない
- 売主保証の解除ができず、クロージング条件を満たせない
- 買主の既存金融機関が追加借入に難色を示す
- 対象会社の既存の運転資金枠が縮小される
- 他行が先に担保を取っており、追加担保の余力が乏しい
- 金融機関への説明内容が食い違い、信用を損なう
他行関係は、単なる金融機関どうしの事務処理ではありません。買収後の資金繰りを安定させるための、重要な経営課題なのです。
コベナンツ・誓約事項は、買収前に必ず確認する
既存借入には、財務制限条項や誓約事項が付いていることがあります。
中小企業の通常の融資では、厳格な財務コベナンツが付いていないケースもあります。しかし、一定規模の融資、シンジケートローン、買収ローン、私募債、投資家が関与するファイナンスでは、追加借入、担保提供、資産売却、組織再編、株主変更、代表者変更、配当、グループ会社間貸付などに制約が設けられていることがあります。
買収ファイナンスのローン契約では、前提条件、表明保証、誓約事項、期限の利益喪失事由が相互に関連し合っています。表明保証違反や誓約事項違反、失期事由が、貸付の実行や期限の利益喪失に影響する。そうした構造が取られているのです。
特に注意したいのは、既存借入契約に次のような条項が含まれている場合です。
- 追加借入の制限
- 追加担保提供の制限
- 他行への担保提供の制限
- 株主変更時の通知・承諾
- 代表者変更時の通知・承諾
- 組織再編や事業譲渡の制限
- 重要資産の売却制限
- 財務指標の維持義務
- 期限前返済条項
- クロスデフォルト条項
これらを確認しないまま買収を進めてしまうと、買収後に既存の融資契約に違反してしまう可能性があります。契約違反が生じれば、金融機関から期限の利益喪失を主張されるリスクも出てきます。
買収前のDDでは、対象会社の借入明細だけでなく、融資契約書、銀行取引約定書、担保契約書、保証契約書、財務制限条項、通知義務までを確認しておく必要があります。
一見すると法務DDの細かい論点に思えるかもしれません。けれども買収ファイナンスの観点からは、金融機関への説明や、クロージングを実行できるかどうかに直結する論点なのです。
買収契約と融資条件を、切り離して考えると危険
M&Aでは、買収契約と融資契約が並行して進んでいきます。
買収契約では、売主と買主の間で、売買代金、クロージング条件、表明保証、誓約事項、補償、解除条件などを定めます。一方、融資契約では、金融機関と借入人の間で、貸付実行条件、資金使途、担保、保証、返済、コベナンツ、期限の利益喪失事由などを定めます。
ここで問題になるのが、両者の前提条件のズレです。
買収契約上はクロージングの義務が発生しているのに、融資契約上は貸付実行条件を満たしていない。この状態に陥ると、買主は売主に代金を支払う義務を負う一方で、金融機関からは資金を受け取れない、という重大なリスクを抱えることになります。
買収ファイナンスでは、買収契約上の前提条件と、ローン契約上の前提条件との関係が非常に重要であり、両者の内容が異なることもあります。ローン契約上の表明保証違反は、貸付実行前には前提条件の不充足として貸付が行われない原因となり、貸付実行後に判明すれば、金融機関に期限の利益喪失を判断する機会を与える。そうした重要な機能を持っています。
既存借入・担保・保証に関しては、買収契約と融資契約の双方で、次の点を整合させておく必要があります。
- 対象会社の既存借入を維持するのか、返済するのか
- 売主保証はいつ解除されるのか
- 担保解除はクロージング前か、同時か、それとも後日か
- 既存金融機関の承諾取得は、誰の義務とするのか
- 承諾が得られない場合、クロージングしないのか
- 買収融資の実行条件に、保証解除や担保設定が含まれているか
- 対象会社の既存借入に表明保証違反があった場合、融資実行に影響するか
買収契約と融資契約を別々に進めてしまうと、最後の段階になって整合しない、という事態が起こりかねません。買収ファイナンスでは、契約条件と資金調達条件を、同時に管理していく必要があります。
「担保・保証に依存しない融資」の流れを誤解しない
近年の金融実務では、担保や経営者保証に過度に依存せず、事業の将来性や金融機関との対話を重視する方向性が強まっています。
令和8年5月25日からは「事業性融資の推進等に関する法律」が施行され、事業の将来性に基づく融資を進めるための有用な選択肢として、企業価値担保権が導入されました。金融庁は、事業性融資に取り組むうえで重要となる、事業者と金融機関の信頼関係・コミュニケーションのあり方や、企業価値担保権の活用などについて、基本的な考え方を整理しています。
出典:金融庁|「事業者と金融機関の信頼関係に基づく事業性融資に関する基本的な考え方」等(案)の公表について
また、企業価値担保権は、不動産担保や経営者保証などに過度に依存せず、企業の事業性に着目した融資を後押しする制度として説明されています。
ただし、これは「担保や保証を考えなくてよい」という意味ではありません。
むしろ、担保や保証に過度に依存しない形で融資を受けるためには、事業内容、財務情報、買収の目的、返済原資、買収後の計画、資金繰りの管理、リスクへの対応を、より丁寧に説明していく必要があります。
担保や保証を減らしたいのであれば、会社側にはより高い説明責任が求められる、ということです。
- 法人と個人の分離
- 月次決算の精度
- 資金繰り表の作成
- 買収後の事業計画
- 対象会社の実態把握
- 返済原資の保守的な見積り
- 下振れ時の対応策
- 金融機関への継続的な情報開示
担保・保証に頼らないということは、説明を省略してよいということではありません。むしろ、説明の質を上げることにほかなりません。
買収融資を相談する前に整理しておきたい資料
既存借入・担保・保証が買収融資に与える影響を確認するには、資料の整理が欠かせません。
金融機関へ相談する前に、少なくとも次の資料は整理しておきたいところです。
| 資料 | 確認する内容 |
|---|---|
| 買主の借入明細 | 借入先、残高、返済予定、金利、担保、保証 |
| 対象会社の借入明細 | 既存借入の残高、返済予定、金融機関、保証人、担保 |
| 返済予定表 | 買収後の年間返済額と返済集中時期 |
| 担保一覧 | 不動産、預金、債権、動産、株式、保険等の担保設定状況 |
| 保証契約書 | 誰が、どの債務について、どの範囲で保証しているか |
| 融資契約書・銀行取引約定書 | 期限前返済、通知義務、承諾事項、財務制限 |
| 対象会社の決算書・月次資料 | 返済原資となる収益力と資金繰り |
| 資金繰り表 | 買収後の返済・運転資金・追加投資を含めた資金推移 |
| 買収契約案 | 既存借入、担保、保証解除、クロージング条件 |
| 金融機関との協議履歴 | 既存金融機関の意向、承諾見込み、条件 |
なかでも、保証契約と担保契約は見落とされやすい資料です。
対象会社の借入明細だけを見ても、誰が保証しているのか、どの不動産が担保に入っているのか、担保解除にどんな手続が必要なのかまでは分かりません。売主経営者の保証解除や担保の差替えが必要な場合には、金融機関との事前の協議が欠かせません。
買収融資で避けたい説明
既存借入・担保・保証について、金融機関に対しては避けておきたい説明がいくつかあります。
「対象会社の借入は対象会社が返すので、買主には関係ありません」
株式譲渡で法的には対象会社に借入が残るとしても、買収後はグループ全体の返済負担として見られます。対象会社の返済負担が重ければ、買収借入の返済原資にも影響します。
「担保を出すので大丈夫です」
担保は、返済原資そのものではありません。担保を出すことによって、将来の追加投資余力や経営の自由度が下がる可能性もあります。
「売主の保証はクロージング後に何とかします」
売主保証の解除ができなければ、売主との契約条件やクロージングに影響します。保証解除は買収後の事務ではなく、買収前に整理すべき条件です。
「既存借入の契約書は確認していませんが、問題ないと思います」
株主変更、代表者変更、追加借入、担保提供、組織再編に関する通知・承諾義務が含まれている可能性があります。契約を確認せずに「問題なし」とはいえません。
「買収後に借換えればよいと思います」
借換えには、既存金融機関の承諾、担保解除、保証解除、新規金融機関の審査、実行時期の調整が必要です。買収後に当然にできるものではありません。
金融機関が求めているのは、楽観的な回答ではなく、確認済みの事実と、未確定事項への対応方針です。
専門家に相談すべきタイミング
既存借入・担保・保証の整理は、金融機関へ正式に相談する直前では遅い場合があります。
本来は、買収価格を提示する前、少なくとも基本合意やDDに入る段階で、買主と対象会社の借入・担保・保証を確認しておきたいところです。
というのも、既存借入・担保・保証の状況によって、買収条件そのものが変わってくるからです。
- 対象会社の既存借入を返済する必要があれば、必要資金が増えます
- 売主保証の解除のために買主側保証や追加担保が必要であれば、買主のリスク負担が増えます
- 既存金融機関の承諾が必要であれば、クロージングのスケジュールが変わります
- 既存借入の返済負担が重ければ、買収価格や借入額の見直しが必要になります
- 担保余力が乏しければ、自己資金や出資、売主への分割払いなど、調達構造そのものを再設計する必要があります
専門家の役割は、金融機関に対して都合よく説明することではありません。
買主・対象会社の既存借入、担保、保証、返済原資、買収後の資金繰りを整理し、買収融資として説明できる構造になっているかを検証すること。それが本来の役割です。必要であれば、買収価格、調達手段、返済期間、保証解除の条件、借換えの方針、クロージング条件の見直しまで検討します。
買収融資とは、買収代金を調達するだけの手続ではありません。買収後も会社がきちんと返済を続け、運転資金を維持し、必要な投資を続けていけるかどうかを検証するプロセスなのです。
ご相談について
既存借入・担保・保証は、M&Aの買収融資のなかでも特に見落とされやすく、後から問題化しやすい論点です。
買主の既存借入、対象会社の既存借入、売主経営者の保証、担保設定、他行との関係、借換え、保証解除、そして買収後の返済計画。これらを一体で整理しなければ、金融機関に説明できる買収資金計画にはなりません。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&Aを検討している買主側の立場から、既存借入・担保・保証の整理、買収融資に向けた金融機関への説明、返済計画、資本構成、買収後の資金繰りまでを、一体で検討する支援を行っています。
買収を進める前に、既存借入を含めた返済負担に無理がないか、対象会社の保証・担保をどう整理すべきか、金融機関にどの順番で説明すべきかを確認したい場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。
この記事の振り返り
| 論点 | 重要な考え方 | 確認すべき事項 |
|---|---|---|
| 買主の既存借入 | 買収融資の借入余力を左右する | 借入残高、返済予定、担保、保証、既存事業CF |
| 対象会社の既存借入 | 買収後の返済原資を圧迫する | 借入先、返済予定、保証人、担保、期限前返済条項 |
| 買収後の借入総額 | 新規融資額だけでなくグループ全体で見る | 買主借入、対象会社借入、買収借入の合算 |
| 借換え | 金利見直しではなく金融機関関係の再設計 | 既存金融機関の承諾、担保解除、保証解除、手数料 |
| 担保余力 | 担保を出すほど将来の自由度は下がる | 不動産、株式、債権、動産、預金、保険等 |
| 株式担保 | 対象会社の事業価値と担保価値が連動しやすい | 譲渡制限、株主名簿、質権設定、担保権実行可能性 |
| 経営者保証 | 個人の覚悟ではなく会社の説明可能性が問われる | 法人個人分離、財務基盤、情報開示、保証金額 |
| 売主保証解除 | クロージング条件や買収交渉に影響する | 旧保証、新保証、担保差替え、金融機関同意 |
| 他行関係 | メインバンク以外の金融機関も買収後資金繰りに影響する | 他行借入、担保順位、保証、既存取引方針 |
| コベナンツ | 買収・追加借入・担保提供を制約することがある | 融資契約、銀行取引約定書、財務制限、通知義務 |
| 契約整合性 | 買収契約と融資条件がずれると実行不能リスクがある | クロージング条件、貸付実行条件、保証解除条件 |
| 専門家相談 | 価格提示前・基本合意前から整理すべき | 返済負担、担保保証、借換え、資本構成、金融機関説明 |