中小企業や同族会社の決算書を拝見していると、オーナー社長との間に多額の貸付金や借入金が残っているケースにしばしば出会います。
会社から見れば、社長に貸しているものが「役員貸付金」、社長から借りているものが「役員借入金」です。ところが実務の会話では、社長側の立場から「社長貸付金」「社長借入金」と呼ばれることもあり、この呼び方の違いが、まず最初の混乱を生みます。
この論点は、単なる勘定科目の整理にとどまりません。
役員貸付金が残っていれば、金融機関からは「会社の資金が社長個人へ流出している」と見られることがあります。反対に役員借入金が残っていれば、会社の債務超過を社長個人が支えているように映る一方で、相続の場面では社長個人の貸付債権として問題になってきます。
しかも、これを消す方法を誤ると、その影響は法人税、所得税、贈与税、相続税、役員給与、役員退職金、そして非上場株式の評価にまで波及します。
「社長の会社なのだから、社長との貸し借りは自由に消せる」と考えるのは危険です。会社と社長は、税務上はあくまで別人格です。会社の資金移動、債権放棄、役員報酬、退職金、株式価値の移転は、それぞれが別個の課税関係を持っています。
本稿では、オーナー社長の貸付金・借入金を、会社を守るための資本政策・承継準備・税務判断という観点から整理していきます。
最初に確認すべきは「誰が誰に貸しているのか」
この論点では、まず貸借の向きを正確に分けることが出発点になります。
| 会社の貸借対照表上の科目 | 実態 | 会社側の意味 | オーナー社長側の意味 |
|---|---|---|---|
| 役員貸付金 | 会社が社長に貸している | 会社の資産 | 社長個人の借入金 |
| 役員借入金 | 社長が会社に貸している | 会社の負債 | 社長個人の貸付債権 |
この区別が曖昧なまま「社長貸付金を消したい」とご相談を受けると、まったく逆の処理を検討してしまうことがあります。
たとえば、会社の貸借対照表に「役員貸付金」がある場合、会社は社長に対して返済を求める立場です。この債権を安易に放棄してしまえば、社長が会社から経済的利益を受けたことになり、役員給与や所得税の問題が生じます。
反対に、会社の貸借対照表に「役員借入金」がある場合には、会社は社長に対して返済義務を負っています。社長が返済を求めない、つまり債権放棄をすれば、今度は会社側に債務免除益が生じます。
実務で検討される代表的な手法としては、債権放棄、DES、擬似DES、役員給与の減額による返済、役員退職金との精算、代物弁済などが挙げられます。
なぜオーナー社長との貸付金・借入金を放置してはいけないのか
オーナー社長との貸付金・借入金は、社内では「昔からある残高」として、つい放置されがちです。しかし、外部の目から見ると、これは決して見逃せない情報です。
金融機関は、役員貸付金を「資金管理の弱さ」や「会社資金の私的流用リスク」として捉えます。M&Aの買い手は、役員貸付金・役員借入金について、その発生原因、返済可能性、契約書の有無、利息処理、税務調査リスクを丹念に確認します。後継者や相続人にとっても、社長個人の財産として貸付債権を引き継ぐことになるのか、会社が本当に返済できるのかは、大きな関心事です。
特に注意しておきたいのは、次の4つの視点です。
| 視点 | 放置した場合の問題 |
|---|---|
| 金融機関対応 | 役員貸付金は資金流出と見られ、融資審査・財務評価に影響する |
| 税務調査 | 無利息・低利貸付、債務免除、経済的利益、役員給与認定が問題になる |
| 事業承継 | 役員借入金は社長個人の相続財産になり、株価・遺産分割にも影響する |
| M&A・再編 | 貸付金・借入金の実在性、回収可能性、税務処理がデューデリジェンスで確認される |
つまり、貸付金・借入金の整理は「決算書をきれいに見せるため」の作業ではありません。将来の資金調達、承継、売却、清算、再生といった選択肢を守るための備えなのです。
会社から社長への貸付金がある場合
まずは、会社の貸借対照表に「役員貸付金」が計上されている場合を見ていきましょう。
これは、会社が社長個人にお金を貸している状態です。その発生原因としては、社長個人の立替え、仮払金の未精算、個人的支出の会社払い、資金繰り上の一時流用、過去の処理ミスなどが考えられます。
この残高を解消する基本は、社長が会社へ返済することです。
ただし、返済の原資がない場合には、役員報酬、役員退職金、配当、社長個人資産の売却、あるいは会社側の債権放棄といった方法が検討されることになります。
役員貸付金には認定利息の問題がある
会社が役員に無利息、または低い利息で金銭を貸し付けている場合には、利息相当額の扱いが問題になります。
国税庁タックスアンサーNo.2606では、役員または使用人に金銭を貸し付けた場合の利息相当額について、会社が他から借り入れて貸し付けたときはその借入金の利率、それ以外のときは貸付けを行った年に応じた一定利率による、という考え方が示されています。あわせて、無利息または低い利息で貸し付けた場合には、一定の場合を除き、利息相当額との差額が給与として課税されるとされています。
出典:国税庁|No.2606 金銭を貸し付けたとき
なお、本稿の執筆時点である2026年6月現在、貸付けを行った年ごとの利率や、延滞税・利子税等の割合は改定される可能性があります。実際の処理にあたっては、その年の国税庁・財務省の最新公表情報を必ず確認してください。
出典:国税庁|延滞税の割合
役員貸付金が長年にわたって残っている会社では、元本の返済だけでなく、未収利息をどう扱うかまで確認しておく必要があります。
「社長だから利息はいらない」という処理は、会社と社長を同一視した発想にほかなりません。税務上は、会社が社長に経済的利益を与えていると判断される可能性があります。
役員貸付金を役員報酬で返済する方法
役員貸付金を解消する方法のひとつに、役員報酬から毎月一定額を会社へ返済していくやり方があります。
たとえば、社長の役員報酬を月額100万円とし、そのうち30万円を会社への返済に充てる、といった形です。
この場合、税務上は次のように分けて考えます。
会社が役員報酬を支給する
↓
社長個人に給与所得が発生する
↓
源泉所得税・社会保険等を控除する
↓
控除後の手取額または別途資金で会社へ返済する
つまり、「役員報酬と貸付金返済を相殺したから給与課税はない」という処理にはなりません。役員報酬は、あくまで役員報酬として課税の対象となります。そのうえで、社長が会社に借入金を返済したものと考えるわけです。
また、役員報酬を増額して返済原資を作ろうとする場合には、法人税法上の役員給与規制を確認しなければなりません。国税庁タックスアンサーNo.5211では、役員給与のうち、定期同額給与、事前確定届出給与、または一定の業績連動給与のいずれにも該当しないものは、原則として損金の額に算入されないとされています。
出典:国税庁|No.5211 役員に対する給与(平成29年4月1日以後支給決議分)
そのため、決算直前になって「貸付金を返済するために役員報酬を増やす」という処理は、損金不算入のリスクを伴います。
役員報酬による返済は、年1回の報酬改定、資金繰り、源泉税、社会保険、個人の所得税まで含めて、計画的に進めるべきものです。
役員貸付金を役員退職金で精算する方法
社長が退任する場合、あるいは実質的に退職したと同様の事情がある場合には、役員退職金を支給し、その退職金債務と役員貸付金を精算する方法が考えられます。
これは実務でもよく検討される手法ですが、非常に慎重な対応が求められます。
役員退職金が税務上認められるためには、退職の事実、支給の手続、金額の相当性が必要です。国税庁タックスアンサーNo.5208では、法人が役員に支給する退職金のうち適正な額のものは損金に算入され、その損金算入の時期は、原則として株主総会の決議等により退職金額が具体的に確定した日の属する事業年度である、とされています。
出典:国税庁|No.5208 役員の退職金の損金算入時期
現実には退職していない分掌変更のケースでは、さらに慎重さが求められます。国税庁の法人税基本通達9-2-32では、分掌変更等によって役員としての地位や職務内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情がある場合に、退職給与として取り扱うことができるとされています。ここで重要なのは、常勤役員が非常勤役員になる場合であっても、代表権を有する者や、実質的に経営上主要な地位を占める者は除かれるという点です。
出典:国税庁|法人税基本通達 第9章 第2節 第7款 退職給与
したがって、次のような処理は危険です。
| 危険な処理 | 問題点 |
|---|---|
| 実質的に経営に残っているのに退職金を支給する | 退職給与ではなく役員給与・賞与と判断される可能性 |
| 貸付金残高に合わせて退職金額を決める | 退職金の相当性が説明できない可能性 |
| 源泉所得税を考慮せず全額相殺する | 源泉徴収・納付資金が不足する可能性 |
| 議事録や規程がない | 支給手続・金額決定過程を説明できない |
役員退職金で役員貸付金を整理する場合には、「貸付金を消すための退職金」ではなく、「退職の事実と功績に基づく相当な退職金を支給し、その支払債務と既存の貸付金債権を精算する」と整理できることが前提になります。
会社が役員貸付金を放棄する場合
会社が社長に対する貸付金を放棄するという方法も、理論上は存在します。
しかし、これは原則として高いリスクを伴います。
国税庁タックスアンサーNo.5202では、法人が役員等に支給する給与には、金銭だけでなく、債務の免除による利益その他の経済的利益も含まれるとされています。具体例としては、役員等に対して有する債権を放棄または免除した場合の債権額、無利息または低率で金銭を貸し付けた場合の利息の差額などが挙げられています。
出典:国税庁|No.5202 役員等に対する経済的利益
つまり、会社が社長への貸付金を免除すれば、社長は会社から経済的利益を受けたことになります。その利益は役員給与として所得税課税の対象となり、会社側では法人税法34条の役員給与規制により、損金不算入となる可能性があります。
特に、次のような事情がある場合には、慎重な検討が欠かせません。
| 確認事項 | 税務上の視点 |
|---|---|
| 社長に返済能力があるか | 返済できるのに放棄すれば経済的利益供与の色彩が強い |
| 貸付発生原因は何か | 個人的支出、仮払金、交際費、架空経費の振替ではないか |
| 債権放棄の理由は何か | 会社にとって合理的な理由があるか |
| 他の役員・株主との関係 | 特定人への利益供与になっていないか |
| 会社の損金処理 | 役員給与・賞与として損金不算入となる可能性 |
会社が社長貸付金を放棄する処理は、「回収不能だから貸倒処理する」という形をとることがあります。しかし、社長個人に資産や収入があり、実際には返済が可能であれば、貸倒処理として説明するのは困難です。
社長が会社に貸している役員借入金がある場合
次に、会社の貸借対照表に「役員借入金」がある場合を見ていきましょう。
これは、社長個人が会社に資金を貸している状態です。中小企業では、創業期や資金繰りが悪化した局面で社長が個人資金を投じて会社を支えることが多く、その結果として多額の役員借入金が残ることになります。
役員借入金は、金融機関から見れば「社長が会社を支えている資金」と評価されることもあります。しかし、相続や承継の場面になると、大きな問題として立ち現れてきます。
社長個人から見れば、これは会社に対する貸付債権です。つまり、相続が発生すれば相続財産になるのです。
財産評価基本通達204では、貸付金債権等の価額について、原則として元本の価額と利息の価額の合計額により評価するとされています。元本の価額は「その返済されるべき金額」とされています。
出典:国税庁|財産評価基本通達 第8章 第3節 定期金に関する権利等 204 貸付金債権の評価
一方、同通達205では、その債権金額の全部または一部について、課税時期において回収が不可能または著しく困難であると見込まれるときは、それらの金額を元本の価額に算入しないとされています。
出典:国税庁|財産評価基本通達 目次 第8章
ただし、「会社が赤字だから回収不能」と、そう簡単に評価を下げられるわけではありません。会社の資産、借入、担保、事業継続の可能性、役員退職金の予定、保険の解約返戻金、金融機関の支援などを踏まえたうえで、客観的に回収不能といえるかどうかを判断することになります。
役員借入金を会社が返済する方法
役員借入金のもっとも基本的な解消方法は、会社が社長に返済することです。
元本の返済そのものは、原則として会社の損金にも、社長の収入にもなりません。借りたものを返すだけだからです。
ただし、実務上は次の点を確認しておきます。
| 確認事項 | 実務上の意味 |
|---|---|
| 借入金の実在性 | 本当に社長から会社へ資金が入っているか |
| 借入契約書の有無 | 返済期日、利息、担保、劣後性の有無 |
| 返済原資 | 会社の運転資金を圧迫しないか |
| 金融機関との関係 | 借入条件、財務制限条項、社長借入金の扱い |
| 他の債権者との公平性 | 債務超過・清算局面で社長だけ優先返済していないか |
債務超過の会社や、資金繰りが厳しい会社では、社長借入金の返済が金融機関や他の債権者との関係で問題になることがあります。
「会社にお金が入ったから、まず社長へ返す」という処理が、かえって会社の資金繰りを悪化させたり、清算時に他の債権者との公平性を疑われたりすることもあるのです。
社長が債権放棄する場合
社長が会社に対する貸付債権を放棄すれば、会社側では借入金が消えます。
しかし、その一方で、会社には債務免除益が生じます。
借入金 3,000万円 / 債務免除益 3,000万円
債務免除益は、会社に資金が入っていないにもかかわらず、税務上の所得を増やす可能性があります。そのため、繰越欠損金や当期損失で吸収できるかどうかを、必ず確認しなければなりません。
債務免除益が繰越欠損金を超える場合には、現金の収入がないのに法人税等が発生することもあります。
再生・整理の局面では、会社更生等による債務免除等があった場合の欠損金の損金算入も論点になります。国税庁の法人税基本通達12-3-3では、法人税法59条に規定する「債務の免除を受けた場合」に含まれる取扱いが示されています。
出典:国税庁|法人税基本通達 第12章 第3節 会社更生等による債務免除等があった場合の欠損金
通常のオーナー債権放棄では、まず青色欠損金、控除限度、欠損金の発生年度、別表七(一)、別表五(一)を確認します。解散・清算や一定の私的整理であれば、期限切れ欠損金の検討が必要になる場合もあります。
債権放棄で株価が上がると、みなし贈与が問題になる
社長が会社に対する貸付金を放棄すると、会社の純資産が改善します。
会社が社長の100%所有であれば、経済的利益の移転関係は比較的整理しやすい場合があります。しかし、株主に後継者、配偶者、兄弟姉妹、親族、従業員持株会などがいる場合には、株価の上昇によるみなし贈与が問題になってきます。
国税庁の研究資料では、個人が同族会社に財産を無償または低額で譲渡した場合、その譲渡によって株式価値が増加した部分について、当該個人から同族会社の株主に対して相続税法9条の適用があり、みなし贈与課税の対象となると整理されています。
出典:国税庁|相続税法第9条の『みなし贈与』について-資本取引等を巡る課税関係を中心として-
また、実務の場面でも、債務免除によって株価が増加し、贈与税の説明や申告の要否が問題となった税理士損害賠償事例があります。債務免除により株主に贈与税の申告義務が発生するにもかかわらず、適切な助言がなされなかったことが争点となった事例では、株式贈与への関与、会社顧問税理士であったこと、債務免除による株価の増加などが重視されています。
債権放棄を行う場合には、少なくとも次の順番で確認していきます。
| 確認順序 | 確認内容 |
|---|---|
| 1 | 債権放棄前の非上場株式評価 |
| 2 | 債権放棄による純資産改善額 |
| 3 | 債務免除益に対する法人税等 |
| 4 | 税引後の株価上昇額 |
| 5 | 株主ごとの持株割合 |
| 6 | 誰から誰へ経済的利益が移転したか |
| 7 | 贈与税申告、相続時精算課税、相続財産への影響 |
非上場株式の評価については、国税庁タックスアンサーNo.4638が、取引相場のない株式の評価方法として、原則的評価方式と特例的評価方式を説明しています。
出典:国税庁|No.4638 取引相場のない株式の評価
債務超過だから株価はゼロ、とは限りません。債権放棄によって債務超過が解消する場合や、類似業種比準価額・純資産価額に影響する場合には、株価が動きます。
DES・擬似DESで役員借入金を資本に振り替える方法
多額の役員借入金を一気に整理する方法として、DESや擬似DESが検討されることがあります。
DESは、社長が会社に対する貸付債権を現物出資し、その対価として株式を取得する方法です。擬似DESは、社長がいったん会社に金銭を出資し、会社がその金銭で社長借入金を返済する方法です。
ただし、DESは単純な「借入金から資本金への振替」ではありません。
国税庁の文書回答事例では、企業再生税制の適用場面においてDESが行われた場合、DESに伴って生ずる債務消滅益は、自己宛債権の額面のうち資本金等の増加額とならなかった部分、すなわち額面と時価との差額になるとされています。
出典:国税庁|企業再生税制適用場面においてDESが行われた場合の債権等の評価に係る税務上の取扱いについて 別紙
たとえば、会社が社長に対して5,000万円の借入金を負っているものの、債務超過であり、その債権の時価が1,000万円と評価される場合には、DESによって会社側で4,000万円の債務消滅益が生じる可能性があります。
個人オーナーから会社へのDESは、法人から法人への適格現物出資とは異なり、債務消滅益、株式評価、みなし贈与、会社法上の手続を慎重に確認しなければなりません。個人オーナーによるDESは非適格現物出資となり、受け入れた債権の時価と債務の帳簿価額との差額に債務消滅益が生じる、という問題があると整理されます。
一方、擬似DESでは、会社側で債務消滅益が生じにくい構造になることがあります。ただし、金銭出資と借入金返済の実体、資金の流れ、株式の発行価額、株主間の価値移転、社長側の課税関係を、あわせて確認する必要があります。
DES・擬似DESは、役員借入金を整理する強力な手法です。しかし、事前の試算なしに実行すれば、債務消滅益課税、贈与税、株主構成の変動、会社法手続のミスといった問題が残ってしまいます。
社長の貸付債権を後継者へ贈与する方法
社長が会社に対する貸付債権を、後継者に贈与するという方法もあります。
この方法では、会社の借入金そのものは消えません。債権者が社長から後継者へ変わるだけです。
したがって、会社の貸借対照表上は、役員借入金が残り続けます。相続財産を前倒しで移転する効果はありますが、後継者に贈与税が生じる可能性があります。
評価の面では、その債権の回収可能性が問題になります。会社が十分に返済できる状態であれば、原則として額面に近い評価になる可能性があります。債務超過で回収が困難であれば評価減を検討する余地はありますが、その際には客観的な実態貸借対照表、返済可能性、金融機関資料、事業計画が必要です。
この方法は承継対策として検討されることがありますが、「貸付金を後継者に渡せば解決」というわけではありません。後継者は会社に対する債権者となり、会社は後継者へ返済義務を負い続けます。親族間の公平性、遺留分、相続時精算課税、株式承継との整合性も、あわせて確認すべき点です。
代物弁済で整理する場合
社長が会社に対して借入金を負っている場合、あるいは会社が社長に対して債務を負っている場合に、不動産、車両、有価証券などを使って代物弁済する方法が検討されることがあります。
代物弁済とは、「本来の金銭による弁済に代えて、別の資産を渡す」処理です。
この場合には、資産を時価で譲渡したものとして、譲渡所得、法人税、消費税、不動産取得税、登録免許税などが問題になる可能性があります。
たとえば、社長が会社への借入金を返済する代わりに、社長所有の不動産を会社へ移す場合には、社長側では不動産の譲渡所得、会社側では取得価額、消費税の課税関係、不動産評価が問題になります。
逆に、会社が社長への債務を返済する代わりに会社資産を渡す場合には、会社側で資産の譲渡、社長側で所得税または資産の取得、役員給与への該当性が問題になることがあります。
役員退職金の現物給付については、役員退職給与の支給決議で現物給付を本来の給付内容として定めるのか、それとも現金支給債務を後から現物で弁済するのかにより、消費税の代物弁済への該当性が問題になることがあります。
代物弁済は、資金の移動なしに残高を消せる便利な方法に見えます。しかし、時価、譲渡、消費税、登記、源泉税、株主総会決議まで確認しなければならないため、安易に使うべきではありません。
「役員借入金」と「役員貸付金」が両方ある場合
会社によっては、同じ社長との間に、役員貸付金と役員借入金が両方とも残っていることがあります。
これは、過去の仮払金、立替金、資金注入、未払報酬、個人支出が混在することによって生じることがあります。
この場合、単純に相殺してよいとは限りません。
まずは、残高の発生原因を確認し、法的に相殺できる債権債務なのかどうかを整理します。そのうえで、貸付先・借入先が同一人か、契約上の返済期日が到来しているか、利息や源泉税の処理に漏れがないかを確認していきます。
特に注意しておきたいのは、帳簿上は同じ「社長」とされていても、実際には社長個人、配偶者、親族、別会社、前代表者、相続人が混在しているケースです。
相殺処理は、税務上の問題であると同時に、民法上の債権債務の確認でもあります。相殺通知書、合意書、取締役会議事録、株主総会議事録、返済明細を残しておくべきです。
解消方法の比較
オーナー社長との貸付金・借入金を整理する方法を比較すると、次のようになります。
| 対象 | 方法 | 主なメリット | 主な税務リスク |
|---|---|---|---|
| 役員貸付金 | 社長が現金返済 | 最も明確 | 返済原資、利息、資金管理 |
| 役員貸付金 | 役員報酬から返済 | 継続的に整理できる | 役員給与規制、源泉税、社会保険 |
| 役員貸付金 | 役員退職金と精算 | 退任時に大きく整理できる | 退職事実、相当額、源泉税、議事録 |
| 役員貸付金 | 会社が債権放棄 | 一気に消える | 役員給与課税、損金不算入、調査リスク |
| 役員貸付金 | 代物弁済 | 現金以外で返済できる | 時価、譲渡所得、消費税、登記 |
| 役員借入金 | 会社が現金返済 | 原則として課税関係が明確 | 会社資金繰り、債権者公平 |
| 役員借入金 | 社長が債権放棄 | 負債が消える | 債務免除益、株価上昇、みなし贈与 |
| 役員借入金 | DES | 負債を資本化できる | 債務消滅益、株式評価、会社法手続 |
| 役員借入金 | 擬似DES | 債務消滅益を抑えやすい場合がある | 資金流れ、発行価額、価値移転 |
| 役員借入金 | 後継者へ債権贈与 | 相続前に債権を移転できる | 贈与税、債権評価、親族間公平 |
どの方法が最善かは、税額だけで決まるものではありません。会社の資金繰り、社長個人の相続財産、株主構成、後継者、金融機関、将来のM&A、清算の可能性を、同時に見ていく必要があります。
実行前に整理すべき資料
オーナー社長の貸付金・借入金を整理する前に、少なくとも次の資料を準備しておきます。
| 資料 | 確認目的 |
|---|---|
| 直近3期分の決算書 | 貸付金・借入金の推移、財務状態を確認する |
| 法人税申告書・別表五(一) | 利益積立金額、資本金等の額、税務調整を確認する |
| 別表七(一) | 繰越欠損金の残高と使用可能性を確認する |
| 総勘定元帳 | 貸付金・借入金の発生原因を確認する |
| 通帳・入出金明細 | 実際の資金移動を確認する |
| 金銭消費貸借契約書 | 利息、返済期日、担保、契約当事者を確認する |
| 役員報酬議事録 | 役員給与による返済計画の妥当性を確認する |
| 役員退職金規程・株主総会議事録 | 退職金精算の根拠を確認する |
| 株主名簿 | みなし贈与、価値移転、支配関係を確認する |
| 非上場株式評価資料 | 債務整理前後の株価影響を確認する |
| 社長個人の財産債務資料 | 返済能力、相続財産、贈与税リスクを確認する |
| 金融機関借入資料 | 返済順位、財務制限、保証関係を確認する |
| 実態貸借対照表 | 債務超過、回収可能性、DES評価を確認する |
とりわけ重要になるのが、貸付金・借入金の発生原因です。
過去の処理をたどっていくと、実際には社長個人の飲食費、交際費、個人の税金、生活費、親族への支出が、役員貸付金として処理されていることがあります。この場合には、単に残高を消すだけでなく、過去の税務処理、役員給与認定、重加算税リスクまで検討が必要になることがあります。
判断の順番
実務では、次の順番で整理していくと、論点の見落としを防ぎやすくなります。
1. 貸借の向きを確定する
会社が社長に貸しているのか、社長が会社に貸しているのかを、まず明確にします。
2. 発生原因を確認する
本当に貸付なのか、仮払金なのか、未払報酬なのか、個人支出なのか、それとも過去の仕訳ミスなのかを確認します。
3. 残高の実在性を確認する
総勘定元帳、通帳、契約書、領収書、振込記録を照合します。
4. 利息・源泉税・役員給与を確認する
役員貸付金では、認定利息、役員給与、源泉所得税が問題になります。役員報酬や退職金で精算する場合も、支給額、損金算入、源泉税を確認します。
5. 欠損金と債務免除益を試算する
役員借入金の債権放棄やDESでは、債務免除益・債務消滅益と欠損金を試算します。
6. 株価とみなし贈与を確認する
債権放棄やDESによって株価が上がる場合には、誰が利益を受けるのかを確認します。
7. 金融機関・承継・M&Aへの影響を確認する
短期的に残高を消せても、金融機関への説明、後継者への引継ぎ、M&A時の税務DDで説明できなければ意味がありません。
専門家へ相談すべきタイミング
次のいずれかに該当する場合には、実行の前に専門家へ相談することをおすすめします。
- 役員貸付金が多額に残っている
- 役員借入金が社長個人の相続財産として問題になりそうである
- 社長以外にも株主がいる
- 後継者に株式を贈与・相続させる予定がある
- 会社が債務超過である
- 債権放棄を検討している
- DESまたは擬似DESを検討している
- 役員退職金で貸付金を整理したい
- 会社が社長への貸付金を放棄したい
- 金融機関から役員貸付金の解消を求められている
- M&Aや事業承継の前に決算書を整理したい
- 過去の仮払金や個人支出が混在している
この論点は、税額だけを見て判断すると誤りかねません。
会社の貸借対照表を整えること、社長個人の相続財産を整えること、後継者へ承継できる状態にすること、そして金融機関・税務署・株主に説明できる状態にすること。これらを同時に考えていく必要があります。
まとめ
オーナー社長の貸付金・借入金は、同族会社において非常に多く見られる論点です。しかし、よくあるからといって安全というわけではありません。
会社から社長への役員貸付金は、認定利息、役員給与、経済的利益、金融機関の評価に影響します。社長から会社への役員借入金は、債務免除益、DES、擬似DES、相続財産、みなし贈与、株価評価に影響します。
大切なのは、「残高を消すこと」ではなく、「後から説明できる方法で整理すること」です。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、オーナー社長の貸付金・借入金について、法人税申告、役員給与・役員退職金、債務免除益、DES、非上場株式評価、贈与税・相続税、事業承継、金融機関対応を一体で整理しています。
役員貸付金や役員借入金が決算書に残っており、承継・相続・金融機関対応・M&A前の整理を見据えて解消方法を検討したい場合は、直近の決算書、法人税申告書、別表五(一)、別表七(一)、総勘定元帳、株主名簿をご準備のうえ、お問い合わせページからご相談ください。
振り返り
| 重要事項 | 実務上の確認ポイント |
|---|---|
| 役員貸付金 | 会社が社長に貸している資産。認定利息、役員給与、回収可能性を確認する |
| 役員借入金 | 社長が会社に貸している負債。相続財産、債務免除益、株価影響を確認する |
| 認定利息 | 無利息・低利貸付では利息差額が給与課税される可能性がある |
| 役員報酬による返済 | 役員報酬は給与課税され、役員給与規制にも注意する |
| 役員退職金による精算 | 退職事実、金額の相当性、源泉税、株主総会決議が必要 |
| 会社による貸付金放棄 | 社長への経済的利益となり、役員給与・損金不算入リスクがある |
| 社長による債権放棄 | 会社に債務免除益が生じ、欠損金で吸収できるか確認する |
| みなし贈与 | 債権放棄で株価が上昇し、他株主が利益を受ける場合に注意する |
| DES | 債権時価と債務帳簿価額の差額に債務消滅益が生じる可能性がある |
| 擬似DES | 金銭出資と借入返済を分けるが、資金流れと株価移転を確認する |
| 貸付債権の相続評価 | 原則は返済されるべき元本と利息。回収不能性には客観資料が必要 |
| 代物弁済 | 時価、譲渡所得、消費税、登記、源泉税まで確認する |
| 相殺処理 | 債権債務の同一性、相殺合意、議事録、源泉税を確認する |
| 事前資料 | 決算書、申告書、別表、元帳、通帳、契約書、株主名簿、株価資料を整える |
| 判断基準 | 税額だけでなく、金融機関、相続、承継、M&A、説明責任まで含めて判断する |