M&Aの買収資金を考えていると、こうした場面に行き当たることがあります。銀行融資だけでは資金が足りない。かといって借入を増やせば、返済負担が重くなりすぎる。では普通株式で外部株主を迎え入れるかというと、今度は経営権への影響が無視できない――。
このようなときに検討の俎上にのぼるのが、種類株式や新株予約権を用いた資本性の資金調達です。
ただ、種類株式や新株予約権は、単なる「普通株式以外の便利な資金調達手段」ではありません。買収後の返済負担、投資家の保護、既存株主の支配権、金融機関との優先劣後関係、将来の出口、そして会計・税務・会社法上の取扱いまでを細やかに調整するための、いわば高度な設計手段です。
設計を誤ると、借入の返済負担そのものは軽くなっても、別のかたちで足かせが生まれます。優先株主への支払義務、拒否権、取得請求権、将来の普通株式への転換、株主間契約――こうした条件が積み重なることで、買収後の経営の自由度が大きく制約されてしまうのです。
この記事では、M&Aファイナンスにおいて種類株式・新株予約権を使う場合の考え方を、買収後の資本構成と、金融機関や投資家への説明可能性という観点から整理していきます。
種類株式・新株予約権は「資金調達の穴埋め」ではない
M&Aで資金が足りないとき、まず思い浮かぶのは銀行融資でしょう。返済原資をきちんと説明でき、既存借入との関係にも無理がなければ、借入は有効な選択肢です。
しかし、買収価格が大きい、対象会社のキャッシュ・フローに不確実性がある、買収後に追加投資が見込まれる、既存事業にも資金需要がある――こうした条件が重なると、借入だけで買収資金を組むのは過大レバレッジに陥りやすくなります。
一方で、普通株式によって外部出資を受ければ、返済負担は軽くなります。ただしその分、議決権割合が動き、経営権や株主構成への影響が大きくなります。
この両者のあいだを埋める調整手段として用いられるのが、種類株式や新株予約権です。
たとえば、投資家には普通株主より優先的な回収権を与えながら、平時の議決権は限定しておく。あるいは、現時点では株式を発行せず、将来一定の条件を満たした場合にのみ株式化できる権利を付しておく。さらに、金銭による投資回収がかなわないときには普通株式へ転換できる仕組みを設けておく。こうした設計によって、デットと普通株式のあいだに横たわるリスクを、細かく調整できるようになります。
買収ファイナンスの実務でも、メザニン投資の手法として、劣後ローンだけでなく優先株式や新株予約権が用いられることがあります。優先株式によるメザニン投資では、優先株式発行要項、投資契約、関係者間合意書、株主間契約といった書面が組み合わされ、新株予約権もまた買収ファイナンスの一部として設計されることがあります。
つまり、種類株式・新株予約権は、不足した資金をただ埋めるための道具ではありません。誰がどのリスクを取り、どの順番で回収し、どこまで経営に関与するのか。それを定める、資本構成上の設計事項なのです。
種類株式とは何か
種類株式とは、普通株式とは異なる内容を持つ株式のことです。
会社法上、株式会社は、剰余金の配当、残余財産の分配、議決権の行使、譲渡制限、取得請求権、取得条項、全部取得条項、拒否権、取締役・監査役の選任といった事項について、内容の異なる種類の株式を発行できることとされています。
M&Aファイナンスで主に問題となるのは、次のような種類株式です。
- 優先配当株式
- 残余財産分配優先株式
- 議決権制限株式
- 取得請求権付株式
- 取得条項付株式
- 拒否権付株式
- 普通株式への転換を予定した種類株式
これらを組み合わせれば、投資家には一定の保護を与えつつ、既存株主の経営権を過度に希薄化させない設計が可能になります。
ただし、自由に設計できるからこそ、慎重な検討が欠かせません。優先配当を付ければ、将来のキャッシュ・フローを拘束することになります。残余財産分配優先権を付ければ、売却や清算の際の分配順位が変わります。拒否権を付ければ、重要な経営判断に投資家の同意が必要になる場面が出てきます。
種類株式は、条件を柔軟に設計できる反面、買収後の経営を長期にわたって縛る資本でもあるのです。
新株予約権とは何か
新株予約権とは、株式会社に対して行使することで、その会社の株式の交付を受けられる権利です。発行時には、目的となる株式の数、行使価額、行使期間などを定める必要があります。
会計上も、新株予約権は純資産の部に表示されます。純資産の部は株主資本と株主資本以外の項目に区分され、新株予約権は後者、すなわち株主資本以外の項目として扱われます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第5号 貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準
新株予約権は、発行会社の株式を一定の条件で取得できるコール・オプションとしてとらえると、理解しやすいでしょう。権利者は、将来、行使価額を払い込むことで株式を取得できます。資金調達、インセンティブ、M&A、事業承継――新株予約権は、こうしたさまざまな場面で活用されます。
M&Aファイナンスにおいては、新株予約権が単独でまとまった買収資金を調達する手段となることは多くありません。むしろ、次のようなかたちで使われることが多いといえます。
- 劣後ローンや優先株式に付随させ、投資家のアップサイドを補う
- 将来の株式化によって、投資家の回収手段を確保する
- 経営陣やスポンサーのインセンティブを調整する
- 買収後の価値向上が実現した場合に、投資家がリターンを得られるようにする
- 現時点での希薄化を抑えつつ、将来の資本参加の余地を残す
新株予約権は、発行された時点では普通株式そのものではありません。しかし、ひとたび行使されれば株式が発行され、既存株主の持分は希薄化します。
したがって、現在の株主構成だけを見るのでは足りません。将来、権利が行使された後の株主構成まで見据えて設計する必要があるのです。
優先株式を買収資金調達に使う意味
M&Aファイナンスで種類株式を使う場合、その中心となるのは優先株式です。
優先株式とは、普通株式に比べ、配当や残余財産の分配などで優先的な取扱いを受ける株式をいいます。投資家から見れば、普通株式よりも下振れ時の保護が厚くなります。発行会社から見れば、普通株式よりも投資家を呼び込みやすくなる可能性があります。
買収資金調達で優先株式が検討されるのは、たとえば次のような場面です。
- 銀行融資だけでは買収資金が不足する
- 借入を増やすと返済負担が重くなりすぎる
- 普通株式による出資では議決権の希薄化が大きい
- 投資家が普通株式だけではリスクを取りにくい
- 買収後の成長に時間がかかる
- 将来の売却・リファイナンス時に、投資家の回収を設計しておきたい
優先株式は、デットほど固定的な元本返済義務をともなわない一方で、普通株式よりも投資家保護を厚くできます。だからこそ、過大な借入を避けつつ、普通株式による支配権の希薄化も抑えたい――そうした場面で検討されるわけです。
もっとも、優先株式を「借入ではないから安全」と単純に考えるのは禁物です。
優先配当、金銭を対価とする取得請求権、取得条項、普通株式への転換、投資契約上の拒否権、情報提供義務、役員派遣、出口時の共同売却条項。これらが組み込まれていけば、実質的には買収後の経営に大きな制約が生じます。
買収ファイナンスの実務では、優先株式の払込金額、優先配当、金銭を対価とする取得請求権、普通株式を対価とする取得請求権、金銭を対価とする取得条項といった条件が、劣後ローンにおける元本・利息・返済請求権・期限前弁済と対応するかたちで設計されることがあります。
優先株式は、法形式としては株式であっても、経済的には一定のデット的な性格を帯びる場合があるのです。そのため、金融機関や投資家に対しては、ただ「自己資本を厚くした」と説明するのではなく、その条件まで含めて資本性を説明する必要があります。
残余財産分配優先権は、出口時の分配を変える
優先株式のなかでも、とりわけ重要なのが残余財産分配優先権です。
これは、会社の清算時や一定の売却時に、普通株主に優先して投資額や一定のリターンを受け取れる権利です。スタートアップ投資でよく語られる論点ですが、M&Aファイナンスにおいても、投資家保護のうえで問題になります。
買収後に事業が順調に伸びれば、普通株主も優先株主も、それぞれ一定のリターンを得られます。問題は、買収後の業績が伸びず、会社売却やリファイナンスが期待どおりに進まなかった場合です。このとき、誰が先に回収するのかが重みを増します。
残余財産分配優先権を厚くすれば、優先株主の保護は手厚くなります。その一方で、普通株主のアップサイドは薄くなります。経営者が普通株主でもある場合、普通株主側のリターンが限定されすぎると、買収後の経営インセンティブにも影響しかねません。
そのため、優先順位、倍率、参加型か非参加型か、普通株式への転換条件、売却時のみなし清算条項といった要素を、買収後の出口戦略とあわせて検討する必要があります。優先株式の残余財産分配権、普通株式への転換、みなし清算条項は、投資家の回収と既存株主のリターン配分を大きく左右する、重要な設計項目なのです。
議決権をどう設計するか
種類株式を使う場合、配当や分配だけでなく、議決権の設計がきわめて重要になります。
買主側が外部投資家から資金を受ける際、普通株式を発行すれば議決権割合はそのまま変わってしまいます。これに対し、議決権制限種類株式を使えば、経済的なリターンは与えつつ、平時の議決権は限定するという設計が可能です。
とはいえ、投資家がまったく経営に関与できない設計では、投資家側もリスクを取りにくくなります。そこで、平時の議決権は限定しながらも、一定の重要事項については拒否権を持たせる――こうした設計が検討されることがあります。
拒否権の対象になりやすい事項としては、次のようなものが挙げられます。
- 追加借入
- 重要資産の処分
- 新株発行
- 組織再編
- 重要なM&A
- 配当
- 役員変更
- 事業計画の大幅な変更
- 定款変更
- 関連当事者取引
拒否権は、投資家保護としては合理的なものです。しかし、対象を広げすぎると、買収後の経営判断が滞ってしまいます。とりわけM&A後は、追加投資、組織再編、人材採用、金融機関対応など、迅速な意思決定を求められる場面が少なくありません。
ですから議決権設計では、既存株主の経営権を守るという視点だけでは不十分です。投資家がどの範囲でリスクを管理すべきか、経営の機動性をどこまで維持すべきか――そこまで含めて整理する必要があります。
取得請求権・取得条項は「投資回収の出口」である
優先株式を設計するうえでは、取得請求権や取得条項も重要になります。
取得請求権とは、株主側から会社に対し、一定の条件で株式を取得するよう請求できる権利です。一方の取得条項とは、会社側が一定の条件で株式を取得できる仕組みを指します。
M&Aファイナンスでは、投資家がどのように投資を回収するのかを、あらかじめ設計しておく必要があります。株式市場で自由に売却できる上場株式とは異なり、非上場会社の優先株式は流動性が低く、投資家が容易に売却できるとは限らないからです。
そのため、次のような出口設計が問題になります。
- 会社が一定期間後に金銭で取得する
- 一定の条件を満たした場合に普通株式へ転換する
- 売却時に優先株主も一緒に売却できる
- スポンサーや既存株主が買い取る
- リファイナンスによって優先株式を償還・取得する
- 金銭での回収ができない場合に普通株式化し、ステップ・インする
買収ファイナンスにおける優先株式では、金銭を対価とする取得請求権が行使できないとき、普通株式を対価とする取得請求権によって投資家が普通株式を取得し、経営に関与して企業価値を高めたうえで売却を図る――こうした設計が論点となることがあります。
ただし、会社が自己株式として取得する場合には、会社法上の財源規制や手続が問題になります。取得できる条項があるからといって、いつでも自由に金銭で買い戻せるわけではありません。資金繰り、分配可能額、金融機関との契約、株主間契約をあわせて確認する必要があります。
新株予約権は、将来の希薄化をともなう
新株予約権は、発行された時点では株式ではありません。そのため、普通株式を直ちに発行する場合と比べれば、当初の議決権希薄化を抑えられることがあります。
しかし、行使されればやはり株式が発行されます。将来の希薄化は避けられません。
M&Aファイナンスで新株予約権を使う場合、少なくとも次の点は確認しておくべきでしょう。
- 目的となる株式の種類
- 行使価額
- 行使期間
- 行使条件
- 行使後の議決権割合
- 既存株主の希薄化
- 金融機関のコベナンツへの影響
- 外部投資家による支配権取得の可能性
- M&Aや売却時の取扱い
- 失効時の会計・税務処理
新株予約権は柔軟な手段ですが、その柔軟さが、裏返せば将来の不確実性を生みます。発行時点では「まだ株式ではない」ととらえていても、投資家は将来の株式化を前提にリターンを見ています。金融機関もまた、将来の株主構成の変化をリスクとして見ることがあります。
なお、新株予約権の行使時には、行使にともなう払込額と新株予約権の帳簿価額が資本金や資本準備金に振り替えられ、行使されずに消滅した場合には利益として処理されることがあります。
したがって、新株予約権を発行する際には、現時点の資金調達だけでなく、行使後の資本構成まで見据えたシミュレーションが欠かせません。
優先株式・新株予約権は金融機関への説明にも影響する
買収ファイナンスでは、種類株式や新株予約権を使う場合であっても、金融機関との関係を無視することはできません。
シニアローンを提供する金融機関から見れば、優先株主や新株予約権者の存在は、単なる株主構成の問題にとどまりません。将来の配当、取得請求、普通株式への転換、売却時の分配、拒否権といった要素が、金融機関の回収可能性や経営モニタリングに影響してくるからです。
優先株式によるメザニン投資では、優先株主は会社法上は株主であり、シニア貸付人との関係では法律上劣後する面があります。しかし、優先配当請求権や金銭を対価とする取得請求権などによって、発行会社に対する金銭債権的な権利が生じる場面もあり得ます。そのため、シニア貸付人との優先劣後を関係者間合意書で調整することがあります。
この点を整理しないまま種類株式や新株予約権を発行すると、金融機関の側にさまざまな懸念が生じます。返済原資が外部投資家への支払いに流れてしまうのではないか。重要な経営判断に投資家の同意が必要となり、機動性が落ちるのではないか。将来の株主構成が不安定なのではないか――こうした疑問です。
ですから、金融機関には、少なくとも次の点を説明できるようにしておく必要があります。
- 種類株式や新株予約権を使う理由
- シニアローンとの優先劣後関係
- 優先配当や取得請求の支払原資
- 財務コベナンツへの影響
- 買収後キャッシュ・フローへの影響
- 追加借入や配当制限との整合性
- 投資家の拒否権の範囲
- 将来の出口時に、金融機関の回収を害さない設計
種類株式・新株予約権を使うこと自体が問題なのではありません。問題なのは、その条件を金融機関に説明できないことです。
会社法上の手続とスケジュールに注意する
種類株式や新株予約権は、銀行借入のように契約を締結すれば済む、という話ではありません。
優先株式を新たに発行する場合、既存の定款にその種類株式の内容が定められていなければ、定款変更が必要になります。定款変更には、原則として株主総会の特別決議が求められます。さらに、募集株式の発行手続、発行可能株式総数・発行可能種類株式総数、登記、既存株主との調整なども問題になってきます。
買収ファイナンスの実務でも、劣後ローンであればローン契約等を承認する機関決定で足りる場合があります。一方、優先株式の場合は、募集株式の発行に加え、種類株式の定めや発行可能株式総数の変更のために定款変更が必要となり、株主総会の特別決議を要することがあります。
新株予約権を発行する場合も同様に、募集新株予約権の内容、割当方法、有利発行への該当性、既存株主への影響、登記、契約条件を確認しなければなりません。
また、登録免許税も見落とせない論点です。登録免許税法上、株式会社の資本金の増加の登記は、原則として増加した資本金の額の1,000分の7とされ、最低税額も定められています。新株予約権の発行による変更登記についても、申請件数ごとに登録免許税が定められています。
そして、資金調達のスケジュールは、M&Aのクロージングと一致させなければなりません。買収契約の前提条件、ローン契約の前提条件、投資契約の前提条件、株主総会、登記、払込日――これらがずれてしまうと、資金を予定日に実行できないリスクが生じます。
「種類株式や新株予約権で調達すればよい」と考える前に、それが実行スケジュールに耐えうるかどうかを、まず確認しておく必要があります。
投資契約・株主間契約まで含めて設計する
種類株式や新株予約権の条件は、定款や発行要項だけで完結するものではありません。
実務上は、投資契約、株主間契約、関係者間合意書といった書面によって、より具体的な権利義務が定められていきます。
投資契約では、資金使途、表明保証、払込条件、誓約事項、情報提供、違反時の対応、取得請求権の行使条件などが論点になります。
株主間契約では、議決権の行使、役員選任、拒否権、譲渡制限、共同売却請求権、売却参加権、先買権、出口方針などが問題になります。
買収ファイナンスにおける優先株式投資では、スポンサーによる出口時に優先株式も一括して譲渡できるようにする共同売却請求権や、優先株主の投資回収のための売却参加権などが、株主間契約のなかで問題となることがあります。
こうした契約は、単なる法務文書ではありません。買収後の資金繰り、経営判断、金融機関対応、追加投資、将来の売却に、直接かかわってくるものです。
ですから、投資契約や株主間契約は、法務担当だけで確認するのではなく、財務・税務・金融機関への説明と一体で確認していくべきです。
会計上・税務上の見え方と、金融機関からの見え方は一致しない
種類株式や新株予約権は、貸借対照表上の純資産や資本構成に影響します。
純資産の部は、資本金、資本剰余金、利益剰余金などの株主資本と、新株予約権など株主資本以外の項目とに区分されます。
ただし、会計上は純資産に表示されるということと、金融機関が実質的に自己資本性を高く見るということは、必ずしも同じではありません。
たとえば、金銭償還が強く予定されている優先株式、固定的な優先配当が重くのしかかる優先株式、一定の時期に投資家から回収を強く求められる設計――こうしたものは、金融機関から見れば、実質的に負債に近い負担としてとらえられることがあります。
反対に、返済期限がなく、下振れ時の支払いを強制されず、普通株主に近いリスクを取る資本であれば、財務耐久力を高める効果を説明しやすくなります。
重要なのは、形式上の科目ではありません。キャッシュ・フローを、いつ、誰に、どの条件で支払う必要があるのか――そこをどう見るかです。
M&Aファイナンスでは、会計上の自己資本比率だけでなく、実質的な返済負担、優先回収権、将来の希薄化、投資家の権利、そして金融機関の優先回収との関係まで見たうえで判断する必要があります。
種類株式・新株予約権を使うべき場面
種類株式や新株予約権の活用が検討に値するのは、次のような場面です。
銀行融資だけではレバレッジが重すぎる場合
対象会社のキャッシュ・フローだけでは買収借入の返済が重くなりすぎる場合、優先株式や新株予約権を組み合わせることで、返済負担を抑えながら買収資金を確保できる可能性があります。
普通株式の希薄化を抑えたい場合
外部資本は必要だが、普通株式で大きく議決権を渡したくない――そうした場合には、議決権制限種類株式や新株予約権を使うことで、経済的リターンと支配権を分けて設計できることがあります。
投資家に下振れ保護を与える必要がある場合
対象会社のキャッシュ・フローや買収後の成長に不確実性があり、普通株式では投資家がリスクを取りにくい場合、優先配当や残余財産分配優先権を付すことで、投資家保護を厚くできます。
将来の価値向上に応じたリターンを設計したい場合
買収後の企業価値向上が実現したときに投資家がアップサイドを得られる仕組みとして、新株予約権や普通株式への転換条項が検討されることがあります。
メザニン投資家との利害調整が必要な場合
シニアローン、劣後ローン、優先株式、新株予約権を組み合わせる場合には、優先順位、投資回収、モニタリング、出口を契約で整理しておく必要があります。
使うべきでない場面
一方で、種類株式や新株予約権を使うべきでない、あるいは慎重を期すべき場面もあります。
買収計画の無理を隠すために使う場合
返済原資が不足している、買収価格が高すぎる、下振れに耐えられない――こうした問題を、複雑な資本設計で覆い隠してはいけません。種類株式や新株予約権を用いても、事業がキャッシュを生まなければ、資本構成は維持できないのです。
投資家の権利を理解しないまま受け入れる場合
拒否権、取得請求権、優先配当、売却参加権、普通株式への転換などを十分に理解しないまま契約してしまうと、買収後の経営判断が想定以上に制約されることになります。
金融機関に説明できない場合
シニアローンとの優先劣後、優先株式の回収条件、新株予約権の行使後の株主構成――これらを説明できない場合、金融機関から見た案件の不確実性が高まってしまいます。
将来の追加調達を妨げる場合
初回の買収時に強い優先権や希薄化条項を入れすぎると、将来の追加出資、借入、リファイナンス、次のM&Aが難しくなることがあります。
既存株主との調整が不十分な場合
種類株式や新株予約権は、既存株主の経済的価値や議決権に影響します。少数株主がいる場合には、株主間の不公平感や将来の紛争にも目を配る必要があります。
買収ファイナンスとして検討する際の実務的な順序
種類株式や新株予約権を検討する際は、次の順序で整理していくと、判断がしやすくなります。
1. 買収後の資金不足の原因を特定する
銀行融資が不足しているのか、返済負担が重すぎるのか、自己資金を温存したいのか、追加投資の余力を残したいのか。まずは、原因を切り分けて考えます。
2. デットで背負える金額を先に確認する
返済原資から見て、どこまで借入を背負えるのかを整理します。種類株式や新株予約権は、その不足分やリスク部分を調整するために検討するものです。
3. 普通株式で受け入れられる希薄化を確認する
外部資本を入れる場合、普通株式でどこまで議決権や経済的持分を渡せるのかを確認します。
4. 投資家に必要な保護を整理する
投資家が求めているのは、優先配当なのか、残余財産分配優先権なのか、取得請求権なのか、拒否権なのか、それとも普通株式への転換なのか。それぞれを切り分けます。
5. 金融機関との優先劣後を整理する
シニアローンの返済より先に優先株主へ資金が流れることはないか、配当や取得請求が制限されるか、関係者間合意が必要かを確認します。
6. 行使後・転換後の株主構成をシミュレーションする
新株予約権や転換型の優先株式では、将来の行使・転換後の議決権割合、希薄化、経営権を確認します。
7. 会計・税務・会社法上の取扱いを確認する
資本金、資本準備金、純資産表示、登録免許税、発行手続、定款変更、分配可能額、税務上の評価を確認します。
8. 買収契約・ローン契約・投資契約の整合性を取る
クロージング条件、資金実行条件、表明保証、誓約事項、投資実行日、登記、払込日を、互いに整合させます。
種類株式・新株予約権の検討は、早い段階で始めるべき
種類株式や新株予約権は、買収契約の直前にあわてて組み込むには、あまりに重い論点です。
定款変更、株主総会、投資契約、株主間契約、金融機関との関係者間合意、登録、会計・税務の検討、既存株主との調整――これだけの作業が必要になるため、検討の開始が遅れれば、クロージングに間に合わないおそれがあります。
また、投資家との条件交渉を急ぎすぎると、買主に不利な優先権や拒否権を受け入れてしまうことがあります。逆に、既存株主の経営権維持にこだわりすぎれば、今度は投資家がリスクを取れない条件となり、資金調達そのものが成立しないこともあります。
種類株式・新株予約権については、早い段階で、次の問いに答えられるようにしておく必要があります。
- なぜ普通株式ではなく種類株式なのか
- なぜ借入ではなく資本性の資金なのか
- 投資家には、どのリスクを負担してもらうのか
- 投資家には、どの保護を与えるのか
- 既存株主は、どの希薄化を受け入れるのか
- 金融機関は、この構造をどう見るのか
- 買収後の返済・投資・配当・出口は、整合するのか
この整理がないまま種類株式や新株予約権を使えば、資金調達はできても、買収後の経営が立ち行かなくなってしまいます。
専門家に相談すべきタイミング
種類株式や新株予約権を買収資金調達に使うかどうかは、財務の観点だけで判断できるものではありません。
会社法、会計、税務、金融機関対応、投資契約、株主間契約、既存株主との調整、そして将来の出口まで、論点は多岐にわたります。とりわけ、金融機関からの借入と同時に優先株式や新株予約権を組み合わせる場合には、シニアローンとの優先劣後やキャッシュ・フロー上の制約を、慎重に確認しておかなければなりません。
次のような状況にあるときは、早めに専門家を交えて検討することをおすすめします。
- 銀行融資だけでは買収資金が不足する
- 借入を増やすと返済計画が重くなる
- 普通株式で外部株主を入れることに抵抗がある
- PEファンドや投資家から、優先株式・新株予約権の提案を受けている
- メザニン調達を検討している
- 既存株主の議決権を維持しながら資金調達したい
- 買収後の追加投資の余力を残したい
- 金融機関に資本構成をどう説明すべきか分からない
- 種類株式や新株予約権の条件が、将来どう影響するか不安がある
犬飼公認会計士・税理士事務所では、買収価格、必要資金、返済原資、デット、エクイティ、種類株式、新株予約権、既存借入、買収後の資金繰り、金融機関への説明を一体として整理し、M&Aを進める前提に無理がないかを検討する支援を行っています。
種類株式や新株予約権を「使えるかどうか」ではなく、「使った後も会社が耐えられるか」「既存株主・投資家・金融機関に説明できるか」を整理したい場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。
重要事項の振り返り
| 論点 | 確認すべきこと | 判断上の意味 |
|---|---|---|
| 種類株式の位置づけ | 普通株式と異なる配当・分配・議決権・取得条件を設計する | 返済負担と経営権のあいだを調整できる |
| 優先株式 | 優先配当、残余財産分配優先権、取得請求権、取得条項を確認する | 投資家保護と既存株主のリターン配分を決める |
| 新株予約権 | 行使価額、行使期間、行使条件、行使後の株主構成を確認する | 当初の希薄化を抑えつつ将来の株式化余地を残す |
| 議決権設計 | 議決権制限、拒否権、重要事項同意を確認する | 資金調達後の経営自由度に影響する |
| 金銭取得・償還 | 財源規制、資金繰り、金融機関契約との整合性を確認する | 条項があっても常に買い戻せるとは限らない |
| 金融機関への説明 | シニアローンとの優先劣後、優先配当、取得請求、投資家権利を説明する | 融資判断やコベナンツ設計に影響する |
| 投資契約・株主間契約 | 拒否権、情報提供、役員派遣、譲渡制限、共同売却条項を確認する | 法務条項が買収後の経営を制約する |
| 会計・税務 | 純資産表示、資本金・資本準備金、登録免許税、税務評価を確認する | 表示上の資本性と実質的な負担を混同しない |
| スケジュール | 株主総会、定款変更、登記、払込日、クロージング条件を整合させる | 資金実行が買収実行日に間に合うかを左右する |
| 専門家への相談 | 価格提示前・投資家交渉前・金融機関相談前に検討する | 条件交渉の前に資本構成の無理を発見できる |