対象会社に繰越欠損金があると聞くと、買主側では「将来の税金が減る」「買収価値が上がる」と考えたくなるものです。
しかし、M&Aの税務DDでは、繰越欠損金を額面どおりの価値として扱うわけにはいきません。
繰越欠損金は、「存在している」ことと「実際に使える」こととは違います。税効果会計で繰延税金資産が計上されていることと、将来のキャッシュメリットが確実に得られることも、同じではありません。グループ通算制度の対象会社であることと、グループ内の所得と自由に相殺できることも、別の話です。
M&Aで確認すべきなのは、繰越欠損金の残高そのものではなく、次の問いです。
- この欠損金は、いつ発生したものか
- 青色申告、申告継続、帳簿保存などの基本要件を満たしているか
- 控除期限はいつまで残っているか
- 買収や組織再編によって、切捨て・使用制限・引継制限を受けないか
- 対象会社の将来所得で、本当に使えるか
- グループ通算制度の中で、特定欠損金なのか、非特定欠損金なのか
- 法人税、住民税、事業税で同じように扱えるのか
- 税効果会計上の繰延税金資産は、買収判断に使えるほど合理的に裏付けられているか
繰越欠損金は「節税材料」ではなく、M&Aにおいては「利用可能性を検証すべき税務属性」です。
この記事では、税務DDのなかで繰越欠損金・税効果・グループ通算をどのように確認し、価格、契約、ストラクチャー、買収後管理にどう反映すべきかを整理していきます。
繰越欠損金は「残高」ではなく「使える残高」を見る
法人税法上、青色申告書を提出した事業年度に生じた欠損金は、一定の要件のもとで翌期以降の所得金額の計算上、損金の額に算入できます。
繰越控除の対象となるのは、各事業年度開始の日前10年以内に開始した事業年度のうち、青色申告書を提出した年度に生じた欠損金額です。なお、平成30年4月1日前に開始した事業年度で生じた欠損金については、繰越期間が9年とされています。
出典:国税庁|No.5762 青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除
税務DDでは、まず繰越欠損金を次のように分解して捉えます。
| 確認項目 | 見るべきポイント |
|---|---|
| 発生年度 | いつの事業年度に発生した欠損金か |
| 残存期間 | いつまで繰越控除できるか |
| 税目別残高 | 法人税、地方法人税、住民税、事業税で残高が一致しているか |
| 申告要件 | 欠損発生年度の青色申告、継続申告、明細添付、帳簿保存に問題がないか |
| 既使用額 | 過年度にすでに控除済みの金額がないか |
| 税務調査影響 | 税務調査・修正申告・更正により欠損金残高が変動していないか |
| 将来所得 | 控除期限内に課税所得が見込めるか |
| 買収影響 | 株式譲渡、合併、会社分割、株式交換、グループ通算加入等で制限を受けないか |
ここで大切なのは、別表上の繰越欠損金残高を確認するだけで終わらせないことです。
対象会社が赤字続きであれば、繰越欠損金が多額に残っていても、将来所得がなければ使い道がありません。控除期限が近ければ、事業計画上は利益が出る見込みでも、実際には期限切れになってしまう可能性があります。
さらに、大法人等では控除限度があるため、所得全額を一気に相殺できるとは限りません。中小法人等以外の法人については、平成30年4月1日以後に開始する事業年度で、損金算入限度額が繰越控除前の所得金額の100分の50とされています。
出典:国税庁|No.5762 青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除
したがって、税務DDで見るべきなのは「繰越欠損金がいくらあるか」ではありません。「そのうち、誰が、どの所得に対して、いつまでに、どの程度使えるか」です。
繰越欠損金は、法人税・住民税・事業税で同じではない
M&Aの税務DDで見落としやすいのが、税目ごとの欠損金残高の違いです。
法人税の繰越欠損金、住民税における欠損金相当額、事業税の繰越欠損金は、実務上、同じ残高になるとは限りません。
特にグループ通算制度を適用している場合、法人税では損益通算や欠損金通算が行われる一方、住民税・事業税では同じ処理にならないため、税効果会計や将来税負担の見積りにズレが生じます。グループ通算制度のもとでは、法人税と事業税の繰越欠損金がそれぞれ増加する場面もあり、事業税については他社所得との通算がないため、当期所得または欠損を基礎として、翌期に繰り越される欠損金を算定する必要があります。
税務DDでは、次の資料を税目別に照合します。
| 資料 | 確認目的 |
|---|---|
| 法人税申告書別表七(一)等 | 法人税の欠損金発生額、控除額、翌期繰越額を確認する |
| 地方税申告書 | 住民税・事業税の欠損金、控除対象額、課税標準を確認する |
| グループ通算関連別表 | 特定欠損金、非特定欠損金、通算税効果額を確認する |
| 税務調査資料 | 欠損金残高に影響する修正申告・更正の有無を確認する |
| 税効果注記・税効果計算資料 | 繰延税金資産の計上根拠を確認する |
| 事業計画・課税所得見込表 | 控除期限内に所得が生じるかを確認する |
「法人税の欠損金があるから、地方税も同じように税負担が軽くなる」と考えるのは禁物です。
買収後の資金繰りや税負担を評価するためには、法人税・地方法人税・住民税・事業税を、それぞれ分けて見ていく必要があります。
繰越欠損金は、買収によって使えなくなることがある
繰越欠損金は、対象会社に残ってさえいれば必ず利用できる、というものではありません。
特に、欠損金を有する会社を買収する場合には、欠損等法人に関する制限に注意が必要です。
他の者による特定支配関係を有することとなった欠損金額等を有する法人、すなわち欠損等法人が、特定支配日から5年以内に旧事業の全部を廃止し、旧事業の事業規模のおおむね5倍を超える資金借入れ等を行うなど一定の事由に該当する場合には、その適用事業年度前の欠損金額について、繰越控除の規定が適用されません。ここでいう特定支配関係とは、他の者が法人の発行済株式等の50%を超える株式等を直接または間接に保有する関係その他一定の関係をいいます。
出典:国税庁|No.5762 青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除
M&Aの税務DDでは、次のような会社に特に注意を払います。
| 対象会社の状態 | 注意点 |
|---|---|
| 長期赤字会社 | 欠損金は多くても、将来所得がなければ使えない |
| 実質休眠会社 | 欠損金利用を目的とした買収と見られやすい |
| 資産管理会社 | 事業実態が乏しく、欠損等法人規制の検討が必要 |
| 事業転換予定会社 | 旧事業廃止、新事業開始、資金投入により制限リスクが生じる |
| 含み損資産を保有する会社 | 特定資産譲渡等損失の損金算入制限と併せて確認が必要 |
| 買収後に合併予定の会社 | 適格合併でも欠損金の引継制限・使用制限が問題となる |
これらは、買収後の事業運営方針とセットで確認しなければなりません。
- 買収後に対象会社の既存事業を廃止するのか
- 人員、設備、取引先、商流を維持するのか
- 対象会社を存続させるのか、それとも合併するのか
- 買主グループの別会社に事業を移すのか
- 対象会社に新たな資金を投入するのか
- 対象会社の含み損資産を売却する予定があるのか
いずれも、繰越欠損金の利用可能性に直接かかわってくる論点です。
ですから、売主から「繰越欠損金があるので価値があります」と説明された場合でも、その価値をそのまま買収価格に上乗せしてはいけません。買収後のストラクチャーと事業運営を前提に、利用可能性をあらためて評価する必要があります。
適格合併なら繰越欠損金を必ず引き継げる、とは限らない
組織再編を予定している案件では、繰越欠損金の確認はいっそう重要になります。
適格合併では、一定の場合に被合併法人の繰越欠損金を合併法人に引き継ぐことができます。一方で、要件を満たさない場合には、繰越欠損金の引継ぎや使用が制限されます。
適格合併では、被合併法人で生じた欠損金額が合併法人で生じたものとみなして引き継がれます。ただし、合併法人側の欠損金についても一定の場合には繰越控除が制限されるため、引継ぎ・使用制限の両面から確認する必要があります。
また、組織再編税制では、適格組織再編成の場合には簿価で資産・負債が移転され、非適格組織再編成の場合には時価で移転する枠組みが採られています。適格合併では繰越欠損金の引継ぎが論点となりますが、簿価移転や繰越欠損金の引継ぎを利用した租税回避を防ぐため、繰越欠損金の引継制限、使用制限、特定資産譲渡等損失額の損金不算入といった規定が設けられています。
M&Aの税務DDでは、少なくとも次の観点を確認します。
| 組織再編の論点 | 確認すべきこと |
|---|---|
| 適格・非適格 | 税制適格要件を満たすか |
| 支配関係の継続期間 | 5年超の支配関係があるか、共同事業要件を満たすか |
| みなし共同事業要件 | 事業関連性、事業規模、事業継続、従業者引継ぎ等を確認する |
| 被合併法人の欠損金 | 引継ぎ可能か、切捨て対象がないか |
| 合併法人の欠損金 | 使用制限を受けないか |
| 特定資産 | 含み損資産の譲渡等損失が制限されないか |
| 欠損等法人 | 買収後の適格合併により欠損金不適用が生じないか |
この論点について、本記事ではこれ以上深くは立ち入りません。組織再編税制そのものは、改めて別途整理すべき領域だからです。
ただし、税務DDの段階で、「繰越欠損金の価値を織り込んだ価格で買う予定なのに、買収後の合併で使えなくなる」という事態だけは避けなければなりません。そのためにも、少なくともストラクチャーとの接点については確認しておく必要があります。
グループ通算制度では、特定欠損金と非特定欠損金を分けて見る
グループ通算制度は、繰越欠損金のDDにおいて非常に重要な意味を持ちます。
令和2年度税制改正により、連結納税制度は見直され、グループ通算制度へと移行しました。グループ通算制度は、令和4年4月1日以後に開始する事業年度から適用されています。
M&Aで問題になるのは、対象会社がすでにグループ通算制度の対象会社である場合、あるいは買収後に買主グループの通算グループへ加入する場合です。
グループ通算制度のもとでは、繰越欠損金を大きく次のように分けて理解しておく必要があります。
| 区分 | 基本的な意味 | DD上の見方 |
|---|---|---|
| 特定欠損金 | グループ通算開始前または加入前から存在し、一定要件のもと持ち込まれる欠損金 | 原則としてその法人自身の所得を限度に使うため、対象会社単体の将来所得が重要 |
| 非特定欠損金 | 主としてグループ通算開始後または加入後に発生する欠損金 | 通算グループ内の他社所得でも使える可能性があるため、グループ全体の所得見込が重要 |
グループ通算制度への加入時などに持込みが認められた欠損金は特定欠損金とされ、当該法人の所得の額を上限として控除が認められます。これに対し、特定欠損金以外の繰越欠損金は非特定欠損金とされ、特定欠損金とは異なり、通算グループ内の他社所得でも控除の対象となります。
ここで、買主が陥りやすいのが次のような見方です。
- 「対象会社がグループ通算に入るから、買主グループの黒字と相殺できる」
- 「対象会社に欠損金があるから、買主グループ全体の税負担がすぐ減る」
- 「グループ通算制度では欠損金を自由に使える」
いずれも、危険な単純化です。
グループ通算制度の開始時または加入時には、欠損金の持込制限や時価評価の問題が生じます。しかも、グループ通算制度開始時に切り捨てられた欠損金は、その後に単体申告へ戻ったとしても、原則として復活しません。
買収後にグループ通算制度を適用する予定がある場合には、次の点を確認します。
| 確認項目 | 実務上の意味 |
|---|---|
| 対象会社が100%子法人になるか | グループ通算制度の適用範囲に入るか |
| 加入時時価評価の対象か | 含み益課税・含み損制限が生じないか |
| 既存欠損金が切り捨てられないか | 買収前欠損金の価値が消滅しないか |
| 特定欠損金として持ち込めるか | 自社所得を限度に使えるか |
| 非特定欠損金になるか | グループ所得との通算可能性があるか |
| 通算税効果額を授受するか | グループ内の資金精算・税負担配分に影響する |
| 離脱時の取扱い | 将来売却・再編時に欠損金がどうなるか |
グループ通算制度は、単なる申告制度ではありません。M&Aにおいては、買収価格、買収後の税負担、グループ内資金精算、組織再編、そして将来売却時の税務にまで影響を及ぼす制度です。
通算税効果額は、買収後の資金精算まで見る
グループ通算制度では、通算税効果額の確認も重要です。
グループ内で損益通算や非特定欠損金の控除が行われると、法人税負担が減少する会社と、その税効果を発生させた会社との間で、税負担の配分・精算をどう行うかという問題が出てきます。
グループ通算制度では、損益通算や会社をまたいだ繰越欠損金の控除によって各社で減少した法人税負担額を通算税効果額と呼びます。そして、実際に金銭のやり取りを行うかどうかは任意とされています。
M&Aでは、この「任意」という点が実務上の問題になります。
たとえば、買収後に対象会社の欠損金が買主グループの他社所得と通算され、グループ全体の法人税負担が減少したとしましょう。
- その税効果を、対象会社に現金で戻すのか
- 親会社に留保するのか
- 税効果額の授受に関する契約・社内規程があるのか
- 対象会社の単体資金繰りや、少数株主が存在する場合の利益配分に影響しないか
いずれも、買収後の管理課題です。
税務DDでは、買収後にグループ通算制度を適用するかどうかだけでなく、通算税効果額の授受方針、会計処理、社内ルール、対象会社の資金繰りへの影響まで、あわせて確認しておく必要があります。
税効果会計上の繰延税金資産は、買収価値そのものではない
対象会社の貸借対照表に繰延税金資産が計上されている場合、買主はそれを資産価値として見たくなることがあります。
しかし、税務DDでは慎重に扱うべき項目です。
繰延税金資産は、将来の税金負担を軽減する効果が見込まれる場合に、会計上認識される資産です。ただし、それはあくまで会計上の見積りであって、現金そのものではありません。将来課税所得の見積り、繰越欠損金の控除期限、税率、組織再編、グループ通算、事業計画の実現可能性によって、回収可能性は変わってきます。
ASBJの「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」では、過去3年または当期に重要な税務上の欠損金が生じている企業などを分類4とし、過去3年および当期のすべての事業年度に重要な税務上の欠損金が生じ、翌期も重要な税務上の欠損金が見込まれる企業を分類5としています。このうち分類5では、原則として繰延税金資産の回収可能性はないものとされています。
また、回収可能性の判断にあたっては、将来の課税所得または税務上の欠損金を、合理的な仮定に基づく業績予測によって見積もる必要があります。その際には、承認された業績予測の前提数値を、経営環境等の外部情報や企業内部の情報と整合的に修正したうえで用いることが求められます。
つまり、M&Aの税務DDでは、次のように考える必要があります。
| 表示・説明 | DDでの判断 |
|---|---|
| 繰延税金資産が計上されている | 回収可能性の根拠を確認する |
| 会計上、税効果を認識している | 税務上の利用可能性とは別に検証する |
| 監査済み財務諸表に載っている | M&A後のストラクチャーや事業計画でも使えるか再評価する |
| 売主が税効果を価値として主張する | 価格に織り込む前に、利用時期・確度・制限を見積もる |
| 繰延税金資産が計上されていない | 必ず価値ゼロとは限らないが、相当慎重な検討が必要 |
特に中小企業では、税効果会計を適用していなかったり、繰延税金資産を厳密に計算していなかったりする場合があります。
その場合、貸借対照表に載っていないからといって、税務属性が存在しないわけではありません。逆に、繰延税金資産が載っているからといって、その金額をそのまま買収価格に上乗せできるわけでもありません。
グループ通算制度を適用している場合の税効果は、法人税と地方税を分けて見る
グループ通算制度下の税効果会計では、法人税・地方法人税と、住民税・事業税を分けて見る必要があります。
ASBJの実務対応報告第42号では、グループ通算制度の対象とされていない住民税および事業税について、法人税および地方法人税とは区別して税効果会計基準等を適用すること、また住民税の税額計算ではグループ通算制度による影響を考慮して繰延税金資産の回収可能性を判断することが示されています。
出典:ASBJ|実務対応報告第42号 グループ通算制度を適用する場合の会計処理及び開示に関する取扱い
同実務対応報告では、特定繰越欠損金と、それ以外の繰越欠損金とに分けて、繰越期間にわたる損金算入のスケジューリングを行い、回収が見込まれる金額を繰延税金資産として計上することも示されています。
出典:ASBJ|実務対応報告第42号 グループ通算制度を適用する場合の会計処理及び開示に関する取扱い
この点は、M&Aの税務DDで非常に重要です。
グループ通算制度を適用している会社の税効果を確認する場合は、次のように分けて検討します。
| 区分 | 回収可能性の見方 |
|---|---|
| 法人税・地方法人税 | 通算会社単体と通算グループ全体の所得見込を確認する |
| 特定欠損金 | 当該通算会社自身の所得で使えるかを確認する |
| 非特定欠損金 | 通算グループ全体の所得で使えるかを確認する |
| 住民税 | グループ通算制度の影響を控除・調整して見る |
| 事業税 | 原則として個別法人の所得見込を基礎に見る |
| 通算税効果額 | 授受の有無、金額、会計処理、資金精算を確認する |
実務上は、税務申告チーム、連結決算チーム、税効果会計チーム、買収後の経理チームが、それぞれ別々に動いていることも少なくありません。
税務DDでは、これらを分断したままにせず、買収後の税金支払額、会計利益、純資産、資金繰りにどう影響するのかを、ひとつにつなげて整理しておく必要があります。
防衛特別法人税など、税率変更の影響も確認する
繰延税金資産の金額は、税率に左右されます。
M&Aの税務DDでは、繰越欠損金そのものの利用可能性だけでなく、将来適用される税率もあわせて確認しておかなければなりません。
2026年時点では、防衛特別法人税の会計処理も注意点のひとつです。令和7年度税制改正に係る法律案において、防衛特別法人税が2026年4月1日以後に開始する事業年度から課されることとされたことを受け、ASBJは実務対応報告第48号を公表しています。
出典:ASBJ|実務対応報告第48号 防衛特別法人税の会計処理及び開示に関する当面の取扱い
本記事の主題は防衛特別法人税ではありません。ただし、税効果会計や繰延税金資産の回収可能性を確認する際には、決算日時点で成立している税法、適用開始時期、対象事業年度、そして税率への影響を、その都度確認しておく必要があります。
DDで税効果計算資料を受け取った場合には、次の点を確認します。
- 使用税率は現行法令に基づいているか
- 将来の税率変更が反映されているか
- 法人税、地方法人税、住民税、事業税、防衛特別法人税等の扱いが整理されているか
- グループ通算制度適用会社の場合、税目ごとの回収可能性が分けて検討されているか
- 買収後の組織再編やグループ加入を前提にしても、同じ税率・同じ回収可能性が維持されるか
税効果会計は、会計上の見積りであると同時に、将来の税務ポジションを映し出す情報でもあります。
古い税率、旧制度、買収前の前提に基づいた税効果を、そのまま買収判断に持ち込むことは避けるべきです。
繰越欠損金の価値は、バリュエーションにどう接続するか
バリュエーションの詳細な手法そのものには、ここでは立ち入りません。
しかし、税務DDで確認した繰越欠損金は、企業価値評価に確かに影響します。その影響の仕方は、主に次の3つです。
| 影響領域 | 内容 |
|---|---|
| 将来キャッシュフロー | 将来の法人税等支払額が減少する可能性がある |
| 実態純資産 | 繰延税金資産の回収可能性が低い場合、実態純資産の調整対象になり得る |
| 価格交渉 | 売主が税務属性を価格に織り込む場合、買主は利用可能性・確度・時期を検証する |
ここで避けるべきなのは、「繰越欠損金残高 × 実効税率」を、そのまま価値とみなしてしまうことです。
その計算は、利用可能性が高く、控除期限内に十分な課税所得が発生し、控除限度や買収後制限を受けず、税率も合理的に見積もれる、という条件がそろって初めて成り立つ考え方に近いものです。実際のM&Aでは、ここまで単純にはいきません。
税務DDでは、少なくとも次のようなレンジで整理しておくと役に立ちます。
| 評価区分 | 判断の考え方 |
|---|---|
| 高確度に利用可能 | 既存事業の所得で期限内に利用できる蓋然性が高い |
| 条件付きで利用可能 | 買収後の事業計画、組織再編、グループ通算加入に依存する |
| 一部利用可能 | 控除期限、控除限度、将来所得不足により一部のみ使える |
| 利用困難 | 赤字継続、期限切れ、欠損等法人制限、通算加入時切捨て等が見込まれる |
| 定量化困難 | 税務処理、組織再編、グループ通算、税務調査リスクが未確定 |
こうして整理しておくことで、繰越欠損金を「価値」として見るのか、「アップサイド」として見るのか、「契約上の確認事項」として見るのか、それとも「買収後の管理課題」として見るのかが、はっきりしてきます。
売主説明で注意すべき典型例
M&Aの現場では、繰越欠損金について売主側から次のような説明を受けることがあります。
- 「うちは繰越欠損金が多いので、買収後に節税できます」
- 「税効果を計上しているので、その分は純資産価値があります」
- 「グループ通算に入れれば、買主側の黒字と相殺できます」
- 「適格合併すれば欠損金は引き継げます」
- 「過去の赤字は一過性なので、将来はすぐに使えます」
これらの説明が、直ちに誤りだというわけではありません。ただし、いずれも条件付きの話です。
DDで確認すべき反対質問は、次のとおりです。
| 売主説明 | 買主が確認すべき質問 |
|---|---|
| 繰越欠損金がある | 発生年度、残存期間、税目別残高、申告要件は確認済みか |
| 将来節税できる | 控除期限内の課税所得見込はあるか |
| 税効果を計上している | 回収可能性の判断資料はあるか |
| グループ通算で使える | 特定欠損金か非特定欠損金か、加入時切捨てはないか |
| 合併で引き継げる | 適格要件、支配関係、共同事業要件、引継制限は確認したか |
| 買収後に利益が出る | 財務DD上の正常収益力と事業計画の整合性はあるか |
税務属性は、売主説明だけで判断できるものではありません。
申告書、別表、地方税申告書、税務調査履歴、事業計画、グループ通算関連資料、組織再編方針を突き合わせたうえで、はじめて判断できます。
契約条件にはどう反映するか
繰越欠損金・税効果・グループ通算に関するDD発見事項は、契約条件にも反映していきます。主な反映方法は、次のとおりです。
表明保証
売主に対し、次の事項を表明保証として確認することが考えられます。
- 税務申告が適切に行われていること
- 繰越欠損金の発生・残高・控除状況が正確に開示されていること
- 欠損金残高に影響する税務調査・修正申告・更正が開示されていること
- グループ通算制度の適用状況、加入・離脱履歴が開示されていること
- 繰延税金資産の計上根拠に重大な虚偽がないこと
- 組織再編や買収により欠損金制限が生じ得る事項が開示されていること
補償
売主説明と実際の欠損金残高が異なる場合や、過年度の税務処理により欠損金が減少する場合には、補償対象に含めることを検討します。
ただし、将来所得が不足して欠損金を使えないというリスクは、通常、売主の表明保証違反とは性質が異なります。これは買主側の事業計画・投資判断の問題でもあるため、どこまでを売主負担とするかは、慎重に整理する必要があります。
前提条件・クロージング前対応
次のような事項は、クロージング前に整理しておくべき場合があります。
- 繰越欠損金残高の申告書・別表の再確認
- 税務調査中の欠損金影響の整理
- グループ通算制度からの離脱・加入に関する事前確認
- 通算税効果額の精算方針の確認
- 税効果計算資料の更新
- 買収後ストラクチャーを前提とした税務メモの作成
価格調整
繰越欠損金の価値を買収価格に織り込む場合には、価格調整、あるいは価格交渉上の明示的な論点として扱うべきです。
特に、売主が繰越欠損金を価値として強く主張する場合には、買主側は次のような対応を検討します。
- 額面価値ではなく、利用可能性を反映した現在価値で評価する
- 利用困難な部分は価格に含めない
- 将来実際に利用できた場合のみ、追加対価とする
- 税務属性に関する特別補償を求める
- 税務当局の判断に依存する部分は、価格ではなく契約で手当てする
買収後の管理課題として残すべき事項
繰越欠損金・税効果・グループ通算は、クロージング時点で終わる論点ではありません。買収後には、次のような管理が必要になります。
- 繰越欠損金の年度別・税目別台帳を整備する
- 控除期限を管理する
- 買収後の課税所得見込を定期的に更新する
- 税効果会計の回収可能性を見直す
- グループ通算制度への加入・離脱の影響を管理する
- 通算税効果額の授受方針を明確にする
- 組織再編前に欠損金制限を再確認する
- 税務調査で欠損金残高が変動した場合の影響を整理する
- 事業計画が下振れした場合の税効果取崩しを検討する
- 監査法人・顧問税理士・親会社税務部門との役割分担を決める
特に、買収後に合併、会社分割、株式交換、グループ通算制度への加入を予定している場合には、繰越欠損金の取り扱いを、買収後にあらためて確認すべきです。
DD時点での検討結果は、買収後の実行段階で前提そのものが変わることがあるからです。
撤退を検討すべきリスクと、条件で調整できるリスク
繰越欠損金に関するリスクは、そのすべてが撤退理由になるわけではありません。ただし、次のように切り分けて捉える必要があります。
| リスク区分 | 例 | 対応 |
|---|---|---|
| 受容可能なリスク | 欠損金の一部が期限切れになるが、価格に織り込まれていない | DD報告で明示し、買収後管理に残す |
| 条件で調整すべきリスク | 売主が欠損金価値を価格に織り込んでいるが、利用可能性が限定的 | 価格交渉・アーンアウト・価格留保を検討 |
| 契約で手当てすべきリスク | 欠損金残高や申告要件に関する売主説明に不確実性がある | 表明保証・補償・特別補償を検討 |
| クロージング前に解消すべきリスク | グループ通算加入・離脱、通算税効果額精算が未整理 | 前提条件・誓約事項として整理 |
| 撤退を検討すべきリスク | 欠損等法人規制、休眠会社買収、租税回避性が強い、資料開示が不十分 | ストラクチャー変更または撤退を検討 |
重要なのは、繰越欠損金を「あるかないか」で見るのではなく、「買収後に説明可能な前提で利用できるか」で見ることです。
税務DDで依頼すべき資料
繰越欠損金・税効果・グループ通算を確認するため、少なくとも次の資料を依頼します。
| 資料 | 確認内容 |
|---|---|
| 過去10年分程度の法人税申告書 | 欠損金発生・控除・残高の推移 |
| 別表七(一)等 | 欠損金明細、控除額、翌期繰越額 |
| 地方税申告書 | 住民税・事業税の欠損金、課税標準 |
| 税務調査資料 | 修正申告・更正による欠損金影響 |
| 青色申告承認関係資料 | 適用要件の確認 |
| 税効果計算資料 | 繰延税金資産の回収可能性判断 |
| 事業計画・課税所得見込表 | 将来所得による利用可能性 |
| グループ通算関連申告資料 | 特定欠損金・非特定欠損金、通算税効果額 |
| グループ通算制度の加入・離脱資料 | 買収前後の制度影響 |
| 組織再編予定資料 | 合併・分割・株式交換等による制限 |
| 関連当事者取引資料 | 欠損金利用目的の取引がないか |
| 会計監査資料・税効果注記 | 会計上の見積りと監査上の論点 |
資料が不足している場合には、「税務属性の価値を価格に織り込まない」「契約上の補償を求める」「追加DDを行う」といった対応を検討します。
まとめ|繰越欠損金は、買収価値ではなく検証対象である
繰越欠損金、繰延税金資産、グループ通算制度は、M&Aにおいて重要な税務属性です。しかし、これらは買収価値そのものではありません。
繰越欠損金の利用可能性は、将来所得、控除期限、控除限度、税目、買収後ストラクチャー、欠損等法人規制、組織再編税制、グループ通算制度といった要素によって、大きく変わります。
繰延税金資産は、あくまで会計上の見積りです。買収後の事業計画や税務ストラクチャー次第で、その回収可能性は変わってきます。
グループ通算制度は、税負担を軽減し得る制度である一方で、特定欠損金・非特定欠損金、通算税効果額、加入時切捨て、地方税との違いなど、実務上の論点が多い制度でもあります。
税務DDで大切なのは、「節税できるかもしれない」という期待を、「どの前提なら、いつ、いくら、どの程度の確度で使えるか」という、判断材料へと変えていくことです。
繰越欠損金や税効果を買収価格に反映すべきか、グループ通算制度を前提にしたストラクチャーでよいか、税務属性を契約でどこまで手当てすべきか——こうした判断に迷う場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所のお問い合わせページからご相談ください。
税務属性の額面ではなく、利用可能性、制限リスク、契約への反映、買収後管理まで含めて、実行判断に使える形で整理いたします。
振り返り|繰越欠損金・税効果・グループ通算の重要論点
| 論点 | DDで確認すべきこと | 実行判断への反映 |
|---|---|---|
| 繰越欠損金の残高 | 発生年度、控除額、翌期繰越額、別表の整合性 | 額面ではなく利用可能額を判断する |
| 控除期限 | 10年繰越か、旧年度の9年繰越か | 期限切れリスクを価格・事業計画に反映する |
| 控除限度 | 中小法人等か、大法人等か、50%制限の対象か | 税負担軽減の時期を見誤らない |
| 青色申告・申告要件 | 青色申告、継続申告、明細、帳簿保存 | 欠損金利用の前提条件を確認する |
| 税務調査影響 | 修正申告・更正により欠損金が変動していないか | 表明保証・補償の対象を検討する |
| 欠損等法人 | 特定支配関係、旧事業廃止、新事業・資金投入 | 買収後に欠損金が使えなくなるリスクを評価する |
| 組織再編 | 適格要件、引継制限、使用制限、特定資産譲渡等損失 | ストラクチャー・契約条件に反映する |
| グループ通算制度 | 加入・離脱、時価評価、欠損金切捨て | 買収後グループ税務の設計に反映する |
| 特定欠損金 | 対象会社自身の所得で使えるか | 対象会社単体の収益力を重視する |
| 非特定欠損金 | グループ内の他社所得で使えるか | 買主グループ全体の所得見込を確認する |
| 通算税効果額 | 授受の有無、金額、会計処理、資金精算 | 買収後の資金管理・税負担配分に反映する |
| 繰延税金資産 | 回収可能性、企業分類、課税所得見込 | 実態純資産・価格判断に反映する |
| 地方税 | 住民税・事業税の欠損金、法人税との差異 | 税効果とキャッシュアウトを分けて見る |
| 税率変更 | 防衛特別法人税等、将来税率への影響 | 税効果計算と買収後損益への影響を確認する |
| 買収後管理 | 欠損金台帳、控除期限、税効果見直し | PMI詳細ではなく、税務管理課題として引き継ぐ |