賃上げ促進税制は「賃上げの理由」ではなく「賃上げ後の負担を一部軽くする制度」である
賃上げ促進税制は、従業員の給与等支給額を前年度より増加させた場合に、その増加額の一部を法人税から、個人事業主であれば所得税から控除できる制度です。中小企業向けの制度は、青色申告書を提出している中小企業者等が一定の要件を満たす場合に、適用の対象となります。
出典:中小企業庁|中小企業向け「賃上げ促進税制」
制度名だけを見ると、「賃上げをすれば税金が減る制度」と受け取られがちです。しかし、経営判断としては、その理解だけでは十分とはいえません。
賃上げは、毎月の給与、賞与、社会保険料、退職金、将来の昇給水準、人件費率にまで影響が及ぶ、継続的な意思決定です。これに対して税額控除は、そのうち一定年度の税負担を軽くする仕組みにすぎません。
賃上げ促進税制を使うかどうかを考える前に、まず向き合うべきなのは、「税額控除を受けられるか」ではありません。
- 自社は、なぜ賃上げをするのか
- 賃上げ後も利益を出せるのか
- 資金繰りは耐えられるのか
- 税額控除がなくても、その賃上げは合理的なのか
- 賃上げ後の数字を月次で管理できるのか
この順番で考えなければ、税制優遇を受けるために、かえって会社の固定費構造を重くしてしまうことになりかねません。
賃上げ促進税制は、賃上げの判断そのものを代替してくれる制度ではありません。すでに経営上必要な賃上げがあり、その結果として税制の要件に合致するかどうかを確認する制度である。私はそのように捉えています。
現行制度は、適用事業年度によって確認すべき内容が変わる
中小企業向け賃上げ促進税制は、令和6年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する事業年度が対象とされています。個人事業主については、令和7年から令和9年までの各年が対象です。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック
ただし、令和8年度税制改正により、教育訓練費に係る上乗せ措置は令和7年度末をもって廃止されています。法人については令和6年4月1日から令和8年3月31日までの間に開始する各事業年度、個人事業主については令和7年・令和8年が、教育訓練費上乗せ措置の対象期間とされています。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック
このため、令和8年4月1日以後に開始する事業年度については、教育訓練費の上乗せを前提に税額控除額を見込むことはできません。制度の紹介記事や過去の資料には「最大45%」という表現が残っていることもありますが、自社の事業年度で実際に使える上乗せ要件がどれなのかは、必ず確認しておく必要があります。
中小企業向け制度の基本構造は、次のように整理すると理解しやすくなります。
- 雇用者給与等支給額が前年度比で1.5%以上増加している場合、控除対象雇用者給与等支給増加額の15%を税額控除できる
- 雇用者給与等支給額が前年度比で2.5%以上増加している場合、控除対象雇用者給与等支給増加額の30%を税額控除できる
- 一定の子育てとの両立支援・女性活躍支援に関する認定を取得している場合などには、税額控除率が5%上乗せされる
- 教育訓練費に係る上乗せ措置は、対象となる事業年度に限って10%上乗せの検討対象となる
- 税額控除額の上限は、通常分・上乗せ分を含めて法人税額または所得税額の20%となる
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック
ここで押さえておきたいのは、これが「賃上げ額の全額が戻ってくる制度ではない」ということです。あくまで、一定の増加額に対する税額控除であり、しかも控除できる税額には上限があります。
したがって、税額控除率だけを見て賃上げを判断すると、実際の資金負担を過小に見積もることになります。
「給与等支給額」の対象を誤ると、制度判断を間違える
賃上げ促進税制では、まず「誰に対する、どの給与を、どの範囲で集計するのか」を確認しておく必要があります。
中小企業庁のガイドブックでは、国内雇用者とは、法人または個人事業主の使用人のうち国内事業所の賃金台帳に記載された者を指し、パート、アルバイト、日雇い労働者も含まれるとされています。一方で、役員、使用人兼務役員、役員の特殊関係者、個人事業主の特殊関係者は含まれません。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック
この点は、同族会社や小規模法人では特に重要になります。
- 役員報酬を増やした
- 代表者の親族への給与を増やした
- 使用人兼務役員の給与部分を増やした
- 外注費を給与に切り替えた
- 賞与の支給時期を変更した
こうした動きがあった場合には、それが制度上の給与等支給額にどう反映されるのかを、ひとつずつ丁寧に確認していく必要があります。
また、雇用者給与等支給額は、原則として所得金額の計算上損金算入される国内雇用者への給与等の支給額を指します。ただし、給与等に充てるため他の者から支払を受ける一定の補塡額がある場合には、給与等の支給額から控除する取扱いとなります。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック
助成金を受けている会社では、この点が見落とされやすいところです。
人件費に関連する助成金を受けている場合、税制上の給与等支給額の計算で控除が必要となるものと、控除しないものがあります。たとえば、雇用安定助成金額や、看護職員処遇改善評価料・介護職員処遇改善加算のように公定価格に含まれる一定の金額については、補塡額から除く取扱いが示されています。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック
特に医療・介護・障害福祉の分野では、処遇改善に関する収入と賃金改善が密接に結びついています。一般企業と同じ感覚で単純に集計してしまうと、誤りにつながる可能性があります。
賃上げ促進税制では、給与計算の数字、会計上の人件費、税務上の損金算入額、助成金・補助金の取扱いが、ひとつにつながります。この集計を誤れば、税額控除額を間違えるだけでなく、適用できるかどうかという判断そのものを誤ることになります。
税額控除は、資金繰りを直接改善する制度ではない
賃上げ促進税制は、法人税または所得税を減らす制度です。つまり、給与支払日に現金が入ってくる制度ではありません。
毎月の給与、賞与、社会保険料の支払いは、先に発生します。一方、税額控除の効果が出るのは、原則として申告のときです。その時点で法人税または所得税が発生していなければ、控除の効果は限られたものになります。
中小企業向け制度では、要件を満たす賃上げを実施した年度において、法人税が課税されない場合や、税額控除額が控除上限を超過する場合には、控除しきれなかった額を翌年度以降に繰り越せる措置があります。繰越期間は5年間です。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制よくあるご質問Q&A
ただし、繰り越した額を実際に税額控除する事業年度では、全雇用者の給与等支給額が前年度より増加していることが要件とされています。比較雇用者給与等支給額がゼロである場合には適用できない旨も示されています。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制よくあるご質問Q&A
国税庁も、中小企業者等における賃上げ促進税制について、税額控除限度額が法人税額の20%相当額を超えるために控除しきれなかった金額は5年間の繰越しが認められるとしています。ただし、控除する事業年度において、雇用者給与等支給額が比較雇用者給与等支給額を超えている必要があります。
出典:国税庁|No.5927-2 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除
つまり、赤字であっても「いつか使えるから大丈夫」と単純にいえるわけではないのです。
- 将来黒字化する見込みがあるか
- 将来年度も給与等支給額を維持・増加できるか
- 繰越控除の明細書を毎期適切に添付できるか
- 税額控除を使う時点で法人税額が発生しているか
ここまで見て初めて、繰越控除を含めた実質的な効果を判断できます。
資金繰りの観点でいえば、賃上げ促進税制は「給与支払資金を用意する制度」ではなく、「税額が発生する場合に税負担を軽くする制度」です。中小企業では、利益よりも先に現金の流れを見る必要があり、資金繰り表で支出と入金の時期を確認しておくことが欠かせません。
賃上げを判断する前に、固定費としての人件費を見直す
賃上げは、一度実行すると簡単には元に戻せません。
もちろん、会社の成長、従業員の定着、採用競争力、生産性向上のために、賃上げが必要となる場面はあります。しかし、税制優遇があるからという理由だけで賃上げに踏み切れば、翌期以降の固定費負担が重くのしかかります。
確認しておきたいのは、次のような数字です。
- 売上総利益は増えているか
- 労働分配率は適正か
- 人件費率は上昇後も許容範囲か
- 価格改定で吸収できるか
- 生産性向上で吸収できるか
- 賞与による一時的な還元か、基本給による継続的な引上げか
- 社会保険料を含めた会社負担額を見込んでいるか
- 賃上げ後の月次営業利益はどうなるか
- 借入返済後の資金繰りはどうなるか
賃上げ促進税制の計算では「給与等支給額」が中心になります。ただ、経営判断においては、給与だけを見ていては足りません。会社が実際に負担するのは、給与、賞与、法定福利費、福利厚生費、採用費、教育訓練費、退職金制度までを含めた人材コストの全体です。
また、賃上げの効果は、税額控除額ではなく、その後の事業成果によって評価されるべきものです。
- 離職率が下がったのか
- 採用力が上がったのか
- 受注単価を上げられたのか
- 生産性が上がったのか
- 顧客対応の品質が改善したのか
- 粗利が増えたのか
事業計画とは、定性的・定量的な目標に対して、どのような経営資源や施策が必要かという仮説を定め、目標達成と仮説検証の方法・手順・指標を定めるものです。賃上げもまた、従業員への還元であると同時に、人材投資としての仮説と検証が求められます。
教育訓練費の上乗せは、税制の有無と人材育成の必要性を分けて考える
教育訓練費の上乗せ措置は、対象となる事業年度においては重要な検討項目です。
中小企業向け制度では、教育訓練費の額が前年度比で5%以上増加していること、かつ適用事業年度の教育訓練費の額が雇用者給与等支給額の0.05%以上であることなどが要件とされ、対象期間内では税額控除率が10%上乗せされます。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック
ただし、この教育訓練費の上乗せ措置は、令和8年度以降に開始する事業年度では利用できません。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制よくあるご質問Q&A
ここで取り違えてはいけないのは、税制上の上乗せ措置がなくなることと、人材育成の必要性がなくなることは、まったく別の話だという点です。
教育訓練は、税額控除率を上げるためだけに行うものではありません。
- 現場の技能を高める
- 管理者を育てる
- 新サービスに対応する
- 営業力を強化する
- DXや業務改善に対応する
- 医療・介護・建設・製造など、専門職の品質を維持する
- 採用後の定着を高める
こうした目的が先にあるべきです。
教育訓練費の上乗せを利用する場合には、教育訓練等の実施時期、実施内容、実施期間、受講者、教育訓練費の支払証明を記載した書類を作成・保存する必要があります。提出そのものは不要とされていますが、前事業年度分を含めた資料整備が求められます。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制よくあるご質問Q&A
つまり、教育訓練を実施したという事実だけでは足りず、税務上きちんと説明できる資料管理までが必要になります。
また、教育訓練費について補助金等を受けている場合には、その金額を控除する必要があるという取扱いも示されています。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制よくあるご質問Q&A
人材開発支援助成金などの助成金と、賃上げ促進税制の教育訓練費上乗せを同時に検討する場合には、助成金の対象費用、税務上の教育訓練費、給与等支給額の計算が混ざらないよう、整理しておく必要があります。
くるみん・えるぼし認定等の上乗せは、単なる税務テクニックではない
子育てとの両立支援や女性活躍支援に関する上乗せ要件も、税額控除率だけで判断すべきものではありません。
中小企業向け制度では、適用事業年度中にくるみん認定、くるみんプラス認定、えるぼし認定2段階目以上、えるぼしプラス認定2段階目以上を取得した場合、または適用事業年度終了時にプラチナくるみん、プラチナくるみんプラス、プラチナえるぼし、プラチナえるぼしプラス認定を取得している場合などに、税額控除率が5%上乗せされます。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック
Q&Aでは、通常のくるみん認定等について、税制を適用する事業年度に認定を受けることが要件とされており、過去に取得した認定だけでは上乗せ要件の適用を受けられないとされています。一方、プラチナ認定については、適用事業年度終了時に認定を取得していることが要件とされています。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制よくあるご質問Q&A
この上乗せは、税務だけの論点ではありません。
- 育児と仕事の両立
- 女性活躍の推進
- 一般事業主行動計画
- 勤務制度
- 労働時間管理
- 管理職登用
- 職場環境整備
- 休業・復職支援
- ハラスメント対応
- 採用・定着
これらの実態が伴って、初めて意味を持ちます。
税額控除率を上げるためだけに認定を目指しても、社内制度が追いつかなければ、運用はやがて形骸化していきます。逆に、採用難や定着率に課題を抱える会社にとっては、認定取得のプロセスそのものが、人材戦略を見直す良い機会になります。
賃上げ促進税制の上乗せ要件は、税額控除の話であると同時に、会社の人材管理体制を問うものでもあるのです。
申告手続と資料保存を軽く見ない
賃上げ促進税制は、事前認定や事前申請が不要な制度です。ただし、「事前手続が不要」ということは、「資料管理が不要」という意味ではありません。
中小企業庁のQ&Aでは、本制度の利用に際して税務申告より前に特段の手続を行う必要はないとされています。その一方で、法人税・所得税の申告時には、控除対象雇用者給与等支給増加額、控除を受ける金額、その金額の計算に関する明細を記載した書類などを添付する必要があります。法人については、適用額明細書も必要です。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制よくあるご質問Q&A
国税庁も、確定申告書等に控除対象雇用者給与等支給増加額、控除を受ける金額、その金額の計算に関する明細を記載した書類の添付がある場合に限り適用される旨を示しています。
出典:国税庁|No.5927-2 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除
繰越控除を使う場合には、さらに注意が必要です。
未控除額が発生した事業年度以後の各事業年度の確定申告書に繰越税額控除限度超過額の明細書を添付し、実際に繰越税額控除を受ける事業年度の申告書等にも、控除額と計算明細を添付しなければなりません。明細書が提出されていない場合、未控除額は繰り越されず、繰越控除を適用できないとされています。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制よくあるご質問Q&A
つまり賃上げ促進税制は、給与計算、会計処理、税務申告、資料保存がひとつながりになっていなければ、適用が難しくなる制度なのです。
- 月次で賃金台帳と会計データが合っているか
- 役員・特殊関係者を除外できているか
- 助成金・補塡額の処理が整理されているか
- 教育訓練費の証拠資料を保存しているか
- 税額控除の明細書を毎期継続して管理できるか
- 申告時に必要資料が揃うか
これらは、決算時に慌てて確認するようなものではありません。
会計を活用するうえでは、資金繰り、月次決算、実績検討会、全社予算管理、資金計画管理などを通じて、経営課題を数字で可視化していくことが重要です。賃上げ促進税制もまた、決算だけで判断するのではなく、月次管理の中で確認していくべき制度だといえます。
賃上げ促進税制を使う前に確認すべき判断順序
賃上げ促進税制を検討する際には、次の順番で整理していくと判断しやすくなります。
1. 賃上げの目的を明確にする
まず、なぜ賃上げするのかを確認します。
- 採用競争力の確保
- 離職防止
- 物価上昇への対応
- 最低賃金上昇への対応
- 職務や成果に応じた処遇改善
- 生産性向上に伴う還元
- 人材育成後の処遇改善
- 組織再編や事業拡大に伴う人材確保
目的が曖昧なまま賃上げをすれば、税制を適用したあとに、人件費だけが残ります。
2. 賃上げ後の利益計画を見る
賃上げ後に、売上総利益と営業利益がどう変わるかを確認します。
- 人件費率
- 労働分配率
- 一人当たり粗利
- 部門別利益
- 固定費増加額
- 価格改定の余地
- 生産性改善の見込み
- 借入返済後の資金余力
税額控除は、利益計画を補助する要素であって、利益計画そのものではありません。
3. 資金繰り表に反映する
賃上げは、税額控除よりも先に現金支出を伴います。
- 給与支払日
- 賞与支給月
- 社会保険料の納付
- 源泉所得税・住民税の納付
- 法人税・消費税の納税
- 借入返済
- 助成金や税額控除の反映時期
これらを月次資金繰り表に入れたうえで、最も資金が厳しくなる月を確認しておきます。
4. 税制上の対象給与を集計する
賃金台帳、給与明細、会計データをもとに、制度上の給与等支給額を集計します。
- 国内雇用者か
- 役員・使用人兼務役員・特殊関係者を除外できているか
- 補塡額をどう控除するか
- 助成金の取扱いを確認しているか
- 医療・介護・障害福祉サービス等の処遇改善に関する金額があるか
- 前事業年度との比較期間に誤りがないか
この集計を税務申告の直前に行うと、修正が難しくなります。
5. 適用事業年度と上乗せ要件を確認する
賃上げ要件、教育訓練費上乗せ、くるみん・えるぼし認定等の上乗せは、適用事業年度によって扱いが異なります。
特に、教育訓練費上乗せについては、令和8年4月1日以後に開始する事業年度では利用できない点に注意が必要です。
6. 税額控除限度額と繰越控除を試算する
増加額に控除率を掛けた金額が、そのまま使えるとは限りません。
- 法人税額・所得税額の20%上限
- 赤字の場合の未控除額
- 5年間の繰越可能性
- 繰越控除を使う年度の給与増加要件
- 繰越明細書の継続添付
- 税額控除を使える将来利益の見込み
ここまで見て、初めて税制効果を見積もることができます。
使った方がよい会社と、慎重に考えるべき会社
賃上げ促進税制を検討しやすいのは、次のような会社です。
- 賃上げの目的が明確である
- 賃上げ後も粗利と営業利益を確保できる
- 価格改定や生産性向上の施策がある
- 給与計算と賃金台帳が整っている
- 助成金や補塡額の処理を整理できる
- 税務申告に必要な明細書を作成できる
- 月次で人件費率や資金繰りを見ている
- 賃上げ後の効果を検証できる
一方で、慎重に考えるべき会社もあります。
- 税額控除を目的に賃上げしようとしている
- 賃上げ後の利益計画がない
- 社会保険料を含めた人件費増加を見込んでいない
- 給与計算や賃金台帳が整理されていない
- 役員・親族・使用人兼務役員の取扱いが曖昧である
- 助成金や処遇改善関連収入との関係を整理していない
- 赤字が続き、将来の税額控除利用見込みが不明確である
- 繰越控除の申告管理を継続できない
- 一時的な賞与増加と継続的な基本給引上げを区別していない
賃上げは、従業員にとっても会社にとっても、重要な意思決定です。だからこそ、税制があるかどうかではなく、会社がその賃上げを継続できるかどうかを中心に判断していく必要があります。
専門家に相談すべきタイミング
賃上げ促進税制のご相談は、決算申告の直前では遅いことがあります。
- 賃上げ額を決める前
- 賞与支給額を決める前
- 基本給改定を行う前
- 教育訓練費の支出を決める前
- 助成金と併用する前
- くるみん・えるぼし認定等を検討する前
- 月次資金繰りに人件費増加を反映する前
- 決算見込みで税額控除額を試算する前
この段階でご相談いただければ、制度適用の可否だけでなく、賃上げ後の利益計画、資金繰り、税務申告、資料保存、金融機関への説明まで、一体で整理することができます。
賃上げ促進税制は、たしかに税額控除の制度です。しかし実務では、労務、会計、税務、財務にまたがる横断的な論点となります。
- 給与を増やす
- 人材を定着させる
- 利益を確保する
- 資金繰りを維持する
- 税務申告で適切に控除する
- 月次で効果を検証する
この流れがつながっていなければ、制度を活用しても、経営改善にはつながりません。
主な参照情報
本記事は、2026年7月12日時点で確認できる公的情報をもとに、賃上げ促進税制を経営判断として検討するための論点を整理したものです。実際の適用にあたっては、必ず最新の法令、国税庁情報、中小企業庁ガイドブック、Q&A、申告書様式、そして個別の事情をご確認ください。
- 出典:中小企業庁|中小企業向け「賃上げ促進税制」
- 出典:中小企業庁|中小企業向け「賃上げ促進税制」(令和6年4月1日から令和8年3月31日までの間に開始する各事業年度が対象)
- 出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック
- 出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制よくあるご質問Q&A
- 出典:国税庁|No.5927-2 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除(中小企業者等における賃上げ促進税制)
- 出典:国税庁|No.1288 給与等の支給額が増加した場合の所得税額の特別控除
- 出典:厚生労働省|くるみん認定・プラチナくるみん認定
- 出典:厚生労働省|えるぼし認定・プラチナえるぼし認定
振り返り|賃上げ促進税制を使う前の確認ポイント
| 確認項目 | 見るべきポイント | 判断を誤りやすい点 |
|---|---|---|
| 賃上げの目的 | 採用、定着、生産性向上、処遇改善など、経営上の目的があるか | 税額控除を受けること自体が目的になってしまう |
| 適用事業年度 | 自社の事業年度がどの制度期間に該当するか | 教育訓練費上乗せの廃止時期を見落とす |
| 給与等支給額 | 国内雇用者、賃金台帳、役員・特殊関係者の除外、補塡額の控除 | 会計上の人件費をそのまま税制計算に使ってしまう |
| 税額控除率 | 1.5%増加、2.5%増加、上乗せ要件を確認する | 控除率だけを見て、税額上限を見落とす |
| 控除上限 | 法人税額・所得税額の20%上限を確認する | 計算上の控除額を全額使えると思ってしまう |
| 繰越控除 | 未控除額の5年間繰越、将来年度の給与増加要件、明細書添付 | 赤字でも必ず使えると考えてしまう |
| 教育訓練費 | 対象期間、対象費用、補助金控除、資料保存 | 税制上の教育訓練費と実際の研修費を混同する |
| くるみん・えるぼし認定等 | 認定取得時期、プラチナ認定の保有状況、制度運用 | 認定を税務上の上乗せだけで考える |
| 資金繰り | 給与・賞与・社会保険料の支払時期、税額控除の反映時期 | 税額控除が給与支払資金になると誤解する |
| 月次管理 | 人件費率、粗利、営業利益、部門別採算、効果検証 | 申告時だけ計算し、賃上げ後の収益構造を見ない |
賃上げ促進税制は、税額控除を受けるための制度であると同時に、自社の人件費、利益構造、資金繰り、月次管理を見直すきっかけにもなります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、賃上げ促進税制の適用可否だけでなく、賃上げ後の利益計画、資金繰り、税務申告、会計処理、月次管理まで含めて、制度を経営判断に組み込むための整理を支援しています。
賃上げを税額控除だけで判断せず、自社の数字と将来の人件費負担まで踏まえて検討したいとお考えの場合は、お問い合わせページからご相談ください。