賃上げ促進税制は、しばしば「給与を増やせば税金が安くなる制度」と紹介されます。ただ、実務の現場に立ってみると、話はそれほど単純ではありません。
この制度は、賃上げに伴う人件費の増加そのものを補助してくれるわけではありません。一定の要件を満たした場合に、給与等支給額の増加額の一部を法人税額から控除できる、という仕組みです。順序でいえば、まず会社から従業員へ給与や賞与として資金が出ていき、そのうえで法人税申告の段階で税額控除の可否を判断することになります。
こう整理すると、賃上げ促進税制は「節税策」と呼ぶよりも、採用・定着・人件費予算・利益計画・納税資金を同時に見渡しながら使う制度、と捉えたほうが実態に近いといえます。
特に中小企業では、令和6年度税制改正により、5年間の繰越控除制度が設けられました。その一方で、令和8年度税制改正では、教育訓練費に係る上乗せ措置が令和7年度末で廃止されています。
つまり、事業年度の開始日によって、使える上乗せ要件が変わるということです。ここを意識せずに前年踏襲で処理してしまうと、適用漏れを起こすだけでなく、すでに使えない上乗せを前提にした誤った税額見積りにもつながりかねません。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック
本稿では、主に中小企業向け賃上げ促進税制を前提に、対象法人、給与等支給額、比較年度、上乗せ要件、控除限度、繰越控除、別表添付、明細保存までを取り上げます。申告実務と経営判断の両面から、順を追って整理していきます。
まず確認すべきは「どの事業年度の制度か」
賃上げ促進税制で最初に確認したいのは、実は控除率ではありません。自社の事業年度開始日が、どの改正後の制度に属するのか。ここから見ていきます。
令和8年6月時点の公式情報を前提にすると、中小企業向け制度は次のように整理できます。
| 事業年度の開始日 | 中小企業向け制度の主な内容 | 実務上の注意点 |
|---|---|---|
| 令和6年4月1日から令和8年3月31日までに開始する事業年度 | 基本控除15%または30%、教育訓練費上乗せ10%、子育て・女性活躍支援上乗せ5%、最大45% | 教育訓練費上乗せを使う余地がある |
| 令和8年4月1日から令和9年3月31日までに開始する事業年度 | 基本控除15%または30%、子育て・女性活躍支援上乗せ5%、最大35% | 教育訓練費上乗せは廃止済み |
| いずれの期間も共通 | 法人税額の20%が控除上限、一定の場合に5年間の繰越控除 | 赤字年度でも明細添付を失念しない |
中小企業庁のガイドブックでは、適用期間を令和6年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する事業年度としたうえで、令和8年度税制改正により教育訓練費に係る上乗せ措置が令和7年度末で廃止されたことが明示されています。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック
財務省も、令和8年度税制改正において、大企業向け措置の廃止、中堅企業向け措置の見直し、中小企業向け措置の維持、そして教育訓練費上乗せ措置の廃止を説明しています。
出典:財務省|令和8年度 税制改正(国税)等について
ここを取り違えると、たとえば令和8年4月1日開始事業年度で、すでに廃止された教育訓練費上乗せを織り込んだまま税額予測をしてしまう、といったことが起こります。
賃上げ促進税制は、制度の名称よりも先に「適用事業年度」を見るべき税制だと、まず押さえておいてください。
賃上げ促進税制は「給与の増加額」を基礎にする税額控除
中小企業向け賃上げ促進税制は、青色申告書を提出している中小企業者等が、前年度より給与等の支給額を増加させた場合に、その増加額の一部を法人税から税額控除できる制度です。
出典:中小企業庁|中小企業向け『賃上げ促進税制』
基本構造は、次のとおりです。
| 判定項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象法人 | 中小企業者等または一定の協同組合等で、青色申告書を提出する法人 |
| 基本要件 | 雇用者給与等支給額が比較雇用者給与等支給額より1.5%以上増加 |
| 高い控除率の要件 | 雇用者給与等支給額が比較雇用者給与等支給額より2.5%以上増加 |
| 税額控除の基礎 | 控除対象雇用者給与等支給増加額 |
| 控除率 | 原則15%、2.5%以上増加なら30% |
| 上乗せ | 教育訓練費上乗せ、子育て・女性活躍支援上乗せ。ただし教育訓練費上乗せは令和7年度末で廃止 |
| 控除上限 | 調整前法人税額の20% |
| 繰越控除 | 中小企業向けでは、控除しきれない金額を5年間繰越可能 |
国税庁のタックスアンサーでも、中小企業者等が平成30年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度において、国内雇用者に給与等を支給し、一定の要件を満たす場合には、控除対象雇用者給与等支給増加額の15%を、上乗せ要件を満たす場合には最大45%相当額を、法人税額から特別控除できるとされています。ただし、令和8年度改正により教育訓練費上乗せが廃止されているため、令和8年4月1日以後開始事業年度については、中小企業庁の最新案内も併せて確認しておく必要があります。
出典:国税庁|No.5927-2 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除
ここで押さえておきたいのは、税額控除の基礎が「支給した給与総額」ではなく、「前年度から増加した給与等支給額」である、という点です。
たとえば、前期の雇用者給与等支給額が5,000万円、当期が5,150万円であれば、増加額は150万円です。要件を満たす場合、この150万円に控除率を乗じて税額控除を計算します。給与総額5,150万円の全体に控除率を掛けるわけではない、というところは、最初に区別しておきたいポイントです。
対象法人の判定は、賃上げ計算より先に行う
中小企業向け制度を使うには、まず自社が中小企業者等に該当するかどうかを確認します。
国税庁は、適用対象法人を「中小企業者または農業協同組合等で、青色申告書を提出するもの」としています。中小企業者については、原則として資本金1億円以下の法人等が対象ですが、適用除外事業者や、一定の大規模法人に支配されている法人は除かれます。
出典:国税庁|No.5927-2 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除
実務上は、次の順番で確認していくと整理しやすくなります。
| 確認項目 | 実務上の視点 |
|---|---|
| 青色申告法人か | 青色申告が前提。青色承認の有無、取消し・取りやめがないか |
| 資本金等 | 原則として資本金または出資金1億円以下か |
| 株主構成 | 同一の大規模法人に2分の1以上、複数の大規模法人に3分の2以上所有されていないか |
| 適用除外事業者 | 前3事業年度の所得金額平均が15億円を超えていないか |
| グループ通算 | 通算法人の場合、通算グループ内の他法人の状況も確認 |
| 設立事業年度等 | 設立事業年度、清算中の事業年度など適用できない年度でないか |
中小企業庁の最新ガイドブックでも、資本金1億円以下の法人であっても、同一の大規模法人から2分の1以上の出資を受ける法人、2以上の大規模法人から3分の2以上の出資を受ける法人、前3事業年度の所得金額平均額が15億円を超える法人などは対象外とされています。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック
「資本金が1億円以下だから使える」と早合点しないことが大切です。優遇税制の適用前には、資本金だけでなく、株主構成、グループ関係、通算制度、過去の所得まで一通り確認しておく必要があります。
給与等支給額の対象者を誤ると、控除額全体がずれる
賃上げ促進税制では、「誰に対する給与を集計するか」が一つの分かれ目になります。
中小企業向け制度では、基本的に全雇用者の給与等支給額を用います。ただし、ここでいう全雇用者とは、会社に関係するすべての人を指すわけではありません。
中小企業庁のガイドブックでは、国内雇用者とは、法人または個人事業主の使用人のうち、国内に所在する事業所につき作成された賃金台帳に記載された者を指すとされています。パート、アルバイト、日雇い労働者も含まれる一方で、使用人兼務役員を含む役員、役員の特殊関係者、個人事業主の特殊関係者は含まれません。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック
| 区分 | 給与等支給額に含めるか |
|---|---|
| 正社員 | 含める |
| パート・アルバイト | 含める |
| 日雇い労働者 | 含める |
| 役員 | 含めない |
| 使用人兼務役員 | 含めない |
| 役員の特殊関係者 | 含めない |
| 国内事業所の賃金台帳に記載される一時的な海外勤務者 | 含まれる場合がある |
| 出向者 | 出向元・出向先の負担関係と賃金台帳記載により判断 |
国税庁の通達では、出向先法人が出向元法人へ出向者に係る給与負担金を支出する場合で、出向先法人の国内事業所の賃金台帳にその出向者を記載しているときは、その給与負担金額を出向先法人の給与等支給額に含める取扱いが示されています。出向者がいる会社では、賃金台帳と出向契約・給与負担金の整合性が、とりわけ重要になります。
出典:国税庁|第42条の12の5《給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除》関係
役員報酬を増やしても、通常、この制度の雇用者給与等支給額には含まれません。同族会社では、オーナー一族の給与、役員と使用人の区分、使用人兼務役員の扱いを確認しないまま集計すると、税額控除額が過大になるリスクがあります。
「給与等」とは何か。退職金、通勤手当、奨学金返還支援に注意
賃上げ促進税制でいう給与等とは、俸給、給料、賃金、歳費、賞与など、所得税法上の給与所得に該当するものをいいます。退職金など給与所得とならないものは、原則として給与等には該当しません。
もっとも、賃金台帳に記載された支給額、たとえば所得税法上非課税となる通勤手当等を含めて、合理的な方法により継続して給与等支給額を計算することも認められています。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック
| 支給項目 | 実務上の扱い |
|---|---|
| 基本給 | 原則として含める |
| 残業代 | 原則として含める |
| 賞与 | 原則として含める |
| 非課税通勤手当 | 継続した合理的方法により含めることが認められる場合がある |
| 退職金 | 原則として含めない |
| 役員報酬 | 対象者が役員であるため原則として含めない |
| 従業員の貸与型奨学金の代理返還に充てる経費 | 給与等に含まれる取扱いが示されている |
| 未払給与 | 損金算入される事業年度の給与等支給額に含める |
| 前払給与 | 後に損金算入される事業年度の給与等支給額に含める |
中小企業庁は、企業が従業員の貸与型奨学金の代理返還に充てる経費について、賃上げ促進税制の給与等支給額の対象になると案内しています。
出典:中小企業庁|中小企業向け『賃上げ促進税制』
未払給与についても、ガイドブックでは、計上時に損金算入されるものであるため、その計上時、すなわち損金算入時の事業年度の雇用者給与等支給額に含まれるとされています。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック
この制度の集計は、給与の支払日だけでなく、法人税上の損金算入時期とも結び付いています。決算賞与、未払賞与、未払給与を扱う場合には、賃上げ促進税制だけでなく、損金算入要件、支給通知、支給日、賃金台帳との整合性も併せて確認しておく必要があります。
補助金・助成金・出向負担金がある場合は、計算が複雑になる
賃上げ促進税制では、給与等に充てるために他の者から支払を受ける金額がある場合、その金額を控除する場面があります。
ただし、すべての助成金を一律に控除するわけではありません。
国税庁のタックスアンサーでは、雇用者給与等支給額とは、損金算入される国内雇用者に対する給与等の支給額をいい、給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額がある場合には、その補塡額を控除するとされています。もっとも、雇用安定助成金額や、役務提供の対価として支払を受ける金額は、この補塡額から除かれます。
出典:国税庁|No.5927-2 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除
一方で、税額控除額の計算では、控除対象雇用者給与等支給増加額について、調整雇用者給与等支給増加額を上限とする仕組みがあります。国税庁は、控除対象雇用者給与等支給増加額については、雇用安定助成金額がある場合でも雇用安定助成金額を控除しないで計算する一方、調整雇用者給与等支給増加額については雇用安定助成金額を控除して計算すると説明しています。
出典:国税庁|No.5927-2 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除
実務上は、次のように分けて管理しておくと混乱を避けやすくなります。
| 項目 | 確認すべきこと |
|---|---|
| 雇用調整助成金等 | 要件判定、税額控除額計算、調整計算で扱いが異なる |
| 地方公共団体からの雇用関連助成金 | 雇用安定助成金額に該当するか、補塡額に該当するか |
| 給与負担金・出向負担金 | 出向元で控除すべきか、出向先で含められるか |
| 介護・医療・障害福祉等の処遇改善関連収入 | 役務提供の対価として補塡額に含まれない場合がある |
| 補助金の交付要綱 | 給与負担軽減目的か、支給実績・支給単価を基礎に算定されるか |
| 賃金台帳 | 誰の給与として記載されているか |
ここは、賃上げ促進税制のなかでも、最も誤りやすい部分です。「給与を支払った金額」と「税制上の雇用者給与等支給額」は、補助金・助成金・出向負担金の有無によって一致しないことがある、という点を、あらかじめ意識しておきたいところです。
控除率は15%・30%を基本に、上乗せを確認する
中小企業向け制度の基本控除率は、雇用者給与等支給額の増加割合に応じて決まります。
| 増加割合 | 控除率 |
|---|---|
| 1.5%以上 | 15% |
| 2.5%以上 | 30% |
令和6年4月1日から令和8年3月31日までに開始する事業年度では、教育訓練費の上乗せ10%と、子育て・女性活躍支援の上乗せ5%があり、最大45%となります。
一方、令和8年4月1日から令和9年3月31日までに開始する事業年度では、教育訓練費上乗せが廃止されているため、子育て・女性活躍支援の5%上乗せを加えた最大35%が、基本的な上限となります。
出典:中小企業庁|賃上げ促進税制 パンフレット
整理すると、次のようになります。
| 事業年度開始日 | 1.5%以上増加 | 2.5%以上増加 | 教育訓練費上乗せ | 子育て・女性活躍支援上乗せ | 最大控除率 |
|---|---|---|---|---|---|
| 令和6年4月1日〜令和8年3月31日開始 | 15% | 30% | +10% | +5% | 45% |
| 令和8年4月1日〜令和9年3月31日開始 | 15% | 30% | 廃止 | +5% | 35% |
この制度で見落としやすいのは、「控除率が高いほど必ず有利」とは限らない、という点です。
税額控除額には、法人税額の20%という上限があります。法人税額が少ない場合、控除率が高くても、当期に使い切れないことがあります。中小企業向け制度では5年間の繰越控除が認められていますが、繰越控除を使うにも、明細書の添付や将来年度の給与増加要件が必要になります。
教育訓練費上乗せは、使える年度が限られている
教育訓練費の上乗せは、令和6年4月1日から令和8年3月31日までに開始する事業年度において、重要な上乗せ要件でした。
要件は、次の2つです。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 教育訓練費増加要件 | 教育訓練費の額が比較教育訓練費の額より5%以上増加 |
| 教育訓練費割合要件 | 教育訓練費の額が雇用者給与等支給額の0.05%以上 |
国税庁は、教育訓練費について、国内雇用者の職務に必要な技術または知識を習得・向上させるために支出する費用として、外部講師等への報酬・旅費、施設・設備等の賃借費用、外部研修の委託費、外部研修への授業料・受講料・受験手数料等を挙げています。
出典:国税庁|No.5927-2 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除
また、教育訓練費上乗せを受ける場合には、教育訓練等の実施時期、内容、対象となる国内雇用者の氏名、費用を支出した年月日、内容、金額、相手先の氏名または名称を記載した書類を保存する必要があります。
出典:国税庁|No.5927-2 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除
実務上、教育訓練費で問題になりやすいのは、次のような項目です。
| 項目 | 注意点 |
|---|---|
| 社内講師の人件費 | 対象となる教育訓練費に含められるか慎重に確認 |
| 役員向け研修 | 国内雇用者向けかどうかを確認 |
| 内定者向け研修 | 国内雇用者に該当しない可能性 |
| eラーニング費用 | コンテンツ使用料か、取得費かを確認 |
| 資格取得費 | 職務に必要な技術・知識の習得かを確認 |
| 研修旅行 | 教育訓練の実態、旅費部分の区分、福利厚生・慰安との区分 |
| 補助金で賄われた研修費 | 教育訓練費から控除すべき金額の有無 |
| 請求書だけの保存 | 受講者・実施内容・期間・目的が不足しやすい |
ただし、令和8年度税制改正により、この教育訓練費上乗せは令和7年度末をもって廃止されています。令和8年4月1日以後に開始する事業年度で、教育訓練費上乗せを前提に税額控除率を見積もることは、避けるべきです。
出典:財務省|令和8年度税制改正の大綱の概要
とはいえ、教育訓練は、税額控除のためだけに行うものではありません。人材育成、技能承継、DX、営業力強化、管理職育成と結び付けて実施すべきものです。税制上の上乗せが廃止されたからといって、教育訓練投資の経営上の意味まで失われるわけではありません。
子育て・女性活躍支援の上乗せは、認定の種類と取得時期が重要
子育てとの両立支援・女性活躍支援の上乗せは、令和8年度改正後も維持されています。
中小企業向け制度では、一定のくるみん認定、くるみんプラス認定、えるぼし認定、えるぼしプラス認定、プラチナくるみん認定、プラチナえるぼし認定等を取得している場合に、税額控除率を5%上乗せできます。中小企業庁の令和8年度改正後パンフレットでは、中小企業向けについて、くるみん以上、またはえるぼし二段階目以上により、税額控除率を5%上乗せできることが示されています。
出典:中小企業庁|賃上げ促進税制 パンフレット
| 認定の種類 | 実務上の確認点 |
|---|---|
| くるみん認定・くるみんプラス認定 | 適用事業年度中に取得したか。令和4年4月1日以降の基準を満たしているか |
| プラチナくるみん認定・プラチナくるみんプラス認定 | 適用事業年度終了時に認定を取得しているか |
| えるぼし認定2段階目以上・えるぼしプラス認定2段階目以上 | 適用事業年度中に取得したか |
| プラチナえるぼし認定・プラチナえるぼしプラス認定 | 適用事業年度終了時に認定を取得しているか |
| トライくるみん | 上乗せ対象外となる場合があるため確認が必要 |
厚生労働省も、中小企業がくるみん認定またはプラチナくるみん認定を取得した場合に、賃上げ促進税制の税額控除率の上乗せ等の優遇措置を受けられることを案内しています。
出典:厚生労働省|くるみんマーク・プラチナくるみんマーク等について
この上乗せは、単なる税務上の認定ではありません。行動計画の策定、職場環境の整備、育児・介護との両立、女性活躍推進に関する実態が関係します。税額控除のために認定取得を検討する場合でも、人事労務制度、採用広報、従業員定着、金融機関・取引先への説明と結び付けて考える必要があります。
繰越控除は便利だが、明細書添付を失うと使えない
中小企業向け制度では、税額控除限度額が法人税額の20%を超えて控除しきれなかった場合、その控除しきれなかった金額について、5年間の繰越しが認められます。ただし、繰越控除を受ける事業年度において、雇用者給与等支給額が比較雇用者給与等支給額を超えていることが必要です。
出典:国税庁|No.5927-2 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除
中小企業庁のガイドブックでは、繰越税額控除を適用するには、未控除額が発生した事業年度以後の各事業年度の確定申告書に繰越税額控除限度超過額の明細書を添付し、さらに繰越税額控除を受けようとする事業年度の確定申告書等にも、繰越控除を受ける金額とその計算に関する明細書を添付する必要があるとされています。明細書が提出されていない場合、未控除額は繰り越されず、繰越税額控除を適用できない点が、はっきりと明記されています。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック
繰越控除の実務管理は、次のように整理します。
| 年度 | 確認すべきこと |
|---|---|
| 賃上げを実施した年度 | 控除限度額を計算し、当期で控除できない未控除額を把握 |
| 未控除額が発生した年度の申告 | 繰越税額控除限度超過額の明細書を添付 |
| 翌年度以降 | 繰越控除を使わない年度でも、必要な明細添付を継続 |
| 繰越控除を使う年度 | 当期の雇用者給与等支給額が比較雇用者給与等支給額を超えているか確認 |
| 黒字化した年度 | 法人税額20%上限と繰越控除額を試算 |
| 5年経過 | 期限切れとなる未控除額を確認 |
ここで注意しておきたいのが、赤字年度です。
赤字で法人税額が発生せず、当期の税額控除が0円であっても、将来の繰越控除を見据えるなら、当期申告の段階で明細書を添付しておく必要があります。「税額控除がないから何もしない」という処理は、将来の控除可能性そのものを失う原因になりかねません。
税賠事故の類型を見ても、法人税における優遇税制の適用漏れや、前期に適用していた特例・控除の適用漏れは、典型的なリスクとして整理されています。賃上げ促進税制も、計算そのものだけでなく、申告書への添付と翌期以降への引継ぎ管理までが重要になる制度です。
別表・申告書添付・適用額明細書を確認する
賃上げ促進税制は、要件を満たしていても、申告書上の手続を誤ると、適用できない、あるいは控除額を十分に反映できないことがあります。
中小企業庁のガイドブックでは、本税制の利用に際して、税務申告より前に特段の手続を行う必要はないとされています。その一方で、法人税申告の際には、確定申告書等に、控除対象雇用者給与等支給増加額、控除を受ける金額、その金額の計算に関する明細書、および適用額明細書を添付する必要があります。未控除額を繰り越す場合には、繰越税額控除限度超過額の明細書も必要です。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック
国税庁も、確定申告書等に、控除対象雇用者給与等支給増加額、控除を受ける金額、その金額の計算に関する明細を記載した書類の添付がある場合に限り適用されるとしています。また、修正申告書や更正の請求書によって控除額を増加させる場合でも、控除対象雇用者給与等支給増加額は、当初の確定申告書等に添付された書類に記載された金額が限度とされています。
出典:国税庁|No.5927-2 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除
国税庁は、令和4年度以降の中小企業向け賃上げ促進税制に関して、別表六(三十一)を使用するに当たっての注意点を公表しています。様式番号は申告対象年度によって変更されることがあるため、実際の申告では、その年度の法人税申告書別表一覧と申告ソフトの様式を、必ず確認するようにしてください。
出典:国税庁|別表六(三十一)を使用するに当たっての注意点
実務上は、次の資料を一体で管理しておくと安心です。
| 書類・資料 | 目的 |
|---|---|
| 法人税申告書別表六の該当明細 | 税額控除額の計算 |
| 適用額明細書 | 租税特別措置の適用額管理 |
| 繰越税額控除限度超過額の明細書 | 未控除額の5年繰越管理 |
| 給与等支給額の集計表 | 前年度・当年度の比較 |
| 賃金台帳 | 国内雇用者・対象給与の根拠 |
| 役員・特殊関係者除外リスト | 対象者誤り防止 |
| 助成金・補助金一覧 | 補塡額・雇用安定助成金額の判定 |
| 教育訓練費明細 | 教育訓練費上乗せを使う年度の保存資料 |
| 認定通知書 | くるみん・えるぼし等の上乗せ根拠 |
| 税額予測資料 | 控除上限・繰越額の確認 |
申告書の作成時点だけで完結させるのではなく、翌期以降の繰越管理まで含めてレビューすること。これが、賃上げ促進税制の実務品質を左右します。
賃上げ促進税制を「使うかどうか」ではなく「どう人件費計画に組み込むか」
賃上げ促進税制は、税額控除があるから賃上げする、という順番で考えるべき制度ではありません。
賃上げは、採用力、離職防止、生産性、価格転嫁、粗利益率、資金繰り、社会保険料負担、賞与政策に影響します。税額控除は、そのごく一部を税務面から後押しするにすぎません。
実務判断では、次のような問いを立ててみると、輪郭がはっきりしてきます。
| 問い | 確認すべきこと |
|---|---|
| なぜ賃上げするのか | 採用、定着、物価対応、生産性向上、資格者確保、離職防止 |
| 誰に賃上げするのか | 全社員、現場社員、管理職、パート、専門職、特定部門 |
| どの形で支給するのか | 基本給、手当、賞与、一時金、奨学金返還支援 |
| 当期利益はどうなるか | 人件費増加後の営業利益、経常利益、法人税額 |
| 税額控除を使い切れるか | 法人税額20%上限、赤字・黒字、繰越控除 |
| 翌期以降も維持できるか | 固定給増加による継続的な人件費負担 |
| 金融機関にどう説明するか | 利益率低下と人材投資の関係、価格転嫁計画 |
| 資料化できるか | 賃金台帳、給与台帳、助成金資料、認定書、教育訓練明細 |
税額控除は、支出した給与等の全額を回収するものではありません。
たとえば、給与等を1,000万円増やして30%の税額控除を受けられる場合でも、法人税額の20%上限にかかれば、当期に控除できる金額はさらに制限されます。社会保険料負担や賞与引当、翌期以降の固定費化まで視野に入れると、単純な「節税効果」だけで判断するのは危険だといえます。
一方で、採用難、人材流出、技能承継、最低賃金の上昇への対応が必要な会社では、賃上げ促進税制を使うことで、もともと必要だった人件費投資の税負担を一部緩和できる可能性があります。
制度の使い方としては、「税額控除のための賃上げ」ではなく、「必要な賃上げを税務上も取りこぼさない」という考え方が、しっくりくるはずです。
申告前に作成すべき実務チェックリスト
賃上げ促進税制を適用する場合、申告前に次の資料を整理しておくと、税理士・会計事務所との対話がぐっとスムーズになります。
| チェック項目 | 確認内容 |
|---|---|
| 事業年度開始日 | 令和6年4月1日〜令和8年3月31日開始か、令和8年4月1日以後開始か |
| 青色申告 | 青色申告法人であるか |
| 中小企業者等判定 | 資本金、株主構成、適用除外事業者、通算制度 |
| 国内雇用者一覧 | 役員、使用人兼務役員、特殊関係者を除外しているか |
| 賃金台帳 | 国内事業所の賃金台帳に基づいているか |
| 給与等の範囲 | 給与、賞与、手当、退職金、通勤手当等の扱い |
| 前年度比較 | 比較雇用者給与等支給額を正しく算定しているか |
| 決算期変更 | 前年度と当年度の月数が異なる場合に調整しているか |
| 補助金・助成金 | 補塡額、雇用安定助成金額、役務提供対価の区分 |
| 出向者 | 出向元・出向先の賃金台帳と給与負担金の整合性 |
| 教育訓練費 | 適用可能年度か、保存書類があるか |
| くるみん・えるぼし | 認定種類、取得時期、取消しの有無 |
| 法人税額 | 控除上限20%にかかるか |
| 繰越控除 | 未控除額の明細書を添付するか |
| 別表 | 該当する別表六、適用額明細書、繰越明細の添付 |
| 翌期管理 | 繰越控除を翌期以降も管理する体制があるか |
このチェックは、決算確定後だけでなく、期中の税額予測の段階でも行っておきたいものです。
賃上げは、期末に一度で調整するものではありません。毎月の給与、賞与、採用、退職、パートのシフト、社会保険料、助成金の入金と連動して動いていきます。月次決算の段階から給与等支給額を追跡しておけば、申告時の集計負担と適用漏れのリスクを、大きく下げることができます。
税務調査で説明できる状態にしておく
賃上げ促進税制は、申告書上は税額控除の明細として表れます。
しかし、税務調査で確認されるのは、別表の数字だけではありません。
調査の場できちんと説明できるよう、次の資料を残しておくことが重要です。
| 資料 | 説明できる内容 |
|---|---|
| 賃金台帳 | 国内雇用者、支給額、対象者の根拠 |
| 給与明細・賞与明細 | 給与等の内訳 |
| 総勘定元帳 | 給与手当、賞与、法定福利費、教育訓練費の会計処理 |
| 役員一覧・親族関係資料 | 対象外者の除外根拠 |
| 給与等支給額集計表 | 前年度・当年度の比較計算 |
| 助成金交付決定通知・入金資料 | 補塡額等の判定根拠 |
| 出向契約書・給与負担合意 | 出向者給与の帰属と負担関係 |
| 教育訓練契約書・請求書・受講者一覧 | 教育訓練費上乗せの保存資料 |
| 認定通知書 | くるみん・えるぼし等の上乗せ根拠 |
| 稟議書・人件費予算 | 賃上げの意思決定過程 |
| 申告書別表・適用額明細書 | 税額控除の申告根拠 |
| 繰越控除管理表 | 未控除額の翌期以降の引継ぎ |
税額控除制度は、別表の計算が合っているだけでは十分ではありません。対象者、対象給与、補助金控除、認定取得時期、保存書類がそろって、はじめて後から説明できる処理になります。
令和6年度改正では、教育訓練費に係る上乗せ要件、子育てとの両立・女性活躍支援に係る上乗せ要件、マルチステークホルダー方針、雇用者給与等支給額の範囲見直しなど、単なる計算にとどまらない確認論点が制度に組み込まれました。
その後、令和8年度改正で教育訓練費上乗せが廃止されたことを踏まえると、制度の適用にあたっては、「最新改正の確認」と「自社資料の整備」を同時に進めていく必要があります。
犬飼公認会計士・税理士事務所へのご相談について
賃上げ促進税制は、給与等支給額を集計して別表に転記するだけの制度ではありません。
自社が中小企業者等に該当するか、役員・特殊関係者を正しく除外できているか、出向者や補助金をどう扱うか、教育訓練費上乗せを使える年度か、くるみん・えるぼし認定の取得時期が要件を満たすか、控除上限や繰越控除を翌期以降どう管理するか。こうした一つひとつの判断によって、結論が変わってきます。
さらに、賃上げは税務だけでなく、人件費予算、採用、定着、価格転嫁、資金繰り、金融機関への説明にも影響します。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、法人税申告だけでなく、月次決算、税額予測、資金繰り、人件費計画、優遇税制の適用可否をつなげて整理することを重視しています。
賃上げ促進税制の適用可否、税額控除の見込み、繰越控除の管理、給与等支給額の集計方法にご不安がある場合は、直近2期分の申告書、賃金台帳、給与集計表、助成金資料、教育訓練費資料、くるみん・えるぼし認定資料を整理したうえで、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。
本稿の振り返り
| 論点 | 実務上の重要ポイント |
|---|---|
| 制度の位置づけ | 賃上げ促進税制は、給与増加額の一部を法人税額から控除する制度であり、給与支出そのものを補填する制度ではない |
| 適用年度 | 事業年度開始日で使える制度が変わる。令和8年4月1日以後開始事業年度では教育訓練費上乗せが廃止 |
| 対象法人 | 青色申告、中小企業者等、株主構成、適用除外事業者、通算制度を確認する |
| 国内雇用者 | 賃金台帳に記載された国内雇用者が対象。役員、使用人兼務役員、役員特殊関係者は除外 |
| 給与等 | 給料、賃金、賞与等が対象。退職金は原則対象外。通勤手当等は継続した合理的方法に注意 |
| 雇用者給与等支給額 | 当期と前期の給与等支給額を比較する。補塡額、雇用安定助成金額、役務提供対価の扱いを確認 |
| 控除率 | 1.5%以上増加で15%、2.5%以上増加で30% |
| 教育訓練費上乗せ | 令和6年4月1日から令和8年3月31日までに開始する事業年度では10%上乗せ余地あり。令和8年4月1日以後開始事業年度では廃止 |
| 子育て・女性活躍支援 | くるみん・えるぼし等の認定種類と取得時期により5%上乗せ |
| 控除上限 | 法人税額の20%が上限。控除率が高くても使い切れない場合がある |
| 繰越控除 | 中小企業向けでは5年間繰越可能。ただし、明細書添付と繰越年度の給与増加要件に注意 |
| 申告手続 | 別表六の該当明細、適用額明細書、繰越税額控除限度超過額明細書の添付を確認 |
| 資料保存 | 賃金台帳、給与集計表、助成金資料、出向契約、教育訓練明細、認定通知書を保存 |
| 経営判断 | 税額控除だけでなく、人件費、採用、定着、資金繰り、金融機関説明と一体で判断する |