医療機関経営の全体像と院長・理事長の判断軸|経営管理の基本を6つのコラムで整理

医療機関の経営課題は、ひとつずつ独立して起こるものではありません。

たとえば患者数が減ったときには、診療圏や初診患者、再診の継続、診療時間、スタッフ対応、広報といった要素が、互いに関係してきます。資金が残らないときも、確認すべきは利益率だけではありません。未収金、借入返済、設備投資、税金、そして賞与の支払時期まで、あわせて目を配る必要があります。

採用、分院、在宅医療、設備更新、医療法人化、承継といった将来の判断も同じです。現在の月次数字や資金繰り、組織体制、法人運営が整っていなければ、十分な根拠をもって検討することはできません。

医療機関経営でまず必要になるのは、個別の施策を急いで選ぶことではなく、自院が何を管理すべき事業体なのか、誰が何を決め、どの数字と仕組みを使って判断するのかを整理することです。

この第1テーマは、医療機関経営の各論へ進む前に、院長・理事長・事務長・後継者が共有しておきたい経営管理の全体像を示す入口として位置づけています。

医療の公共性と経営管理は対立するものではない

医療機関は、一般的な事業とは異なる公共的な責任を負う存在です。医療法も、医療は生命の尊重と個人の尊厳を基本とし、医療を受ける方との信頼関係のもとで、良質かつ適切に提供されるべきものと位置づけています。
出典:e-Gov法令検索|医療法

けれども、公共性が高いことと、経営管理を軽んじてよいこととは、まったく別の話です。

資金が不足すれば、必要な医療機器を更新できません。採用や定着がうまくいかなければ、診療体制そのものを維持できなくなります。月次の数字が遅れれば、採算の悪化への対応も後手に回ります。法人運営や行政手続に不備があれば、金融機関や後継者、行政、そして将来の買い手に対して、自院の状態をうまく説明できません。

医療を継続して提供していくためには、収益、資金、人材、設備、情報、そして法人運営を、きちんと管理していく必要があります。目指すべきは、利益の最大化そのものではありません。
患者さん、地域、スタッフに医療を提供し続けられる経営基盤を確保すること——
私はここに軸足を置くことが大切だと考えています。

こうした必要性は、医療提供体制を取り巻く環境の変化によって、さらに高まっています。厚生労働省が公表した新たな地域医療構想の取りまとめでも、2040年頃を見据えた方向性が示されました。85歳以上人口の増加、医療・介護にまたがる複合的なニーズ、生産年齢人口の減少、医療人材の確保、そして入院・外来・在宅医療の役割分担。これらを切り離さず、一体のものとして考えていく、という内容です。
出典:厚生労働省|新たな地域医療構想に関するとりまとめ

こうした変化に向き合うには、患者数や売上の増減を追うだけでは足りません。自院が地域の中でどの機能を担い、どれだけの人員と設備を持ち、どの程度の資金余力を確保し、どこまで組織として動けるのか。これらを自分の言葉で説明できる状態を、整えておくことが求められます。

このテーマで整理する6つの問い

このテーマでは、医療機関経営の全体像を、次の6つの問いに分けて整理していきます。

医療機関は、何を管理すべき事業体なのか。 診療の質や患者対応だけでなく、収益、資金、人材、設備、情報、制度対応、将来の継続可能性をどのように捉えるかを確認します。

院長・理事長は、どの立場で何を判断するのか。 診療者としての判断と、経営者・管理者としての判断を分け、事務長、幹部スタッフ、外部専門家との役割分担を考えます。

理念や診療方針を、どのように日常経営へつなげるのか。 理念を掲げるだけで終わらせず、採用、患者対応、設備投資、広報、事業計画、スタッフの行動基準へ落とし込む考え方を整理します。

守りの管理体制を、どのように成長の基盤へ変えるのか。 月次決算、資金繰り、資料管理、内部統制、法人運営を、事務負担ではなく、投資や採用、承継を支える仕組みとして捉え直します。

毎月・四半期・年度で、何を確認すべきか。 経営管理を思いついたときだけ行うのではなく、月次、予算、決算、税務、資金、採用、設備、法人手続を年間サイクルとして管理します。

専門家へ相談する前に、何を整理すべきか。 売上、患者数、資金繰り、借入、スタッフ、法人形態、税務課題、将来投資、承継意向を棚卸しし、相談すべき課題の優先順位を明確にします。

この6つは、それぞれ独立した論点ではありません。医療機関の存在意義を起点として、役割を決め、方針を示し、仕組みを整え、年間で運用し、定期的に現状を見直す。こうした一連の流れとしてつながっています。

推奨する読み順

このテーマは、1-1から1-6まで順を追って読むことで、医療機関経営の考え方から実務上の現状整理まで、段階的に理解いただけるよう構成しています。

本シリーズを初めて読まれる方は、まず1-1と1-2で、医療機関そのものと院長・理事長の役割を整理してみてください。続く1-3と1-4で理念と経営管理の関係を押さえ、1-5で年間の運用へ進みます。そして最後に、1-6で自院の現状を棚卸ししていく。この順序をおすすめします。

まず読む|1-1. 医療機関を「診療の場」だけでなく「経営管理すべき事業体」として見る

診療は行えているものの、経営として何を管理すべきかが整理できていない。そうした方に向けた、シリーズ全体の入口です。

医療機関の公共性、制度への依存、専門職組織としての特徴を踏まえながら、なぜ収益、資金、人材、設備を継続的に管理する必要があるのかを整理します。

「医療を行っていれば経営は後からついてくる」という発想から、「医療を続けるために経営基盤を整える」という発想へ。その転換のためのコラムです。

次に読む|1-2. 院長・理事長に求められる「診療者」「経営者」「管理者」の3つの役割

院長が、診療から採用、スタッフ対応、支払、投資、行政対応まで一人で抱え込み、判断が属人的になっている。そうした医療機関に向けたコラムです。

院長・理事長には、患者さんを診る診療者としての役割だけでなく、経営資源の配分を決める経営者としての役割、そして決めたことを組織として実行に移す管理者としての役割があります。

診療上の指示と経営上の指示が入り混じると、スタッフは誰の指示に従い、何を優先すればよいのか判断できなくなります。事務長や幹部スタッフ、外部の専門家に何を委ね、何を院長自身が決めるべきか。その線引きを整理するために、お読みください。

方針を整える|1-3. 経営理念・診療方針・地域で果たす役割を数字と仕組みに落とし込む

理念や診療方針はあるものの、採用、患者対応、投資、広報、スタッフ教育に反映されていない。そうした場合に読んでいただきたいコラムです。

理念とは、院内に掲示する文章ではなく、判断に迷ったときの基準です。どの患者層に、どのような医療を、どの体制で提供するのかが明確になれば、必要な人材、設備、診療時間、広報、地域連携も、おのずと具体化していきます。

院長の頭の中だけにある理想を、スタッフが理解し、日々の行動へ移せる形に変える。その考え方を整理します。理念、経営方針、役割が共有されることは、院長依存からチーム型の運営へ移行する前提にもなります。

中核となる考え方|1-4. 「守りを仕組みに、攻めを戦略にする」医療機関経営の基本設計

会計、税務、資料管理、内部統制を、診療や成長を妨げる事務作業だと感じている。そうした方に向けたコラムです。

月次決算が早くなれば、採用や設備投資の判断がしやすくなります。資金繰りが見えれば、分院や在宅医療へ進める時期を検討できます。契約書、議事録、法人資料が整っていれば、金融機関、後継者、M&Aの相手方への説明力も高まります。

守りの管理は、何もしないための仕組みではありません。リスクを把握したうえで、次の一手を選べるようにするための基盤です。

医療機関の評価には、診療方針や医療の質だけでなく、財務、資金調達、内部管理、中期計画、地域での位置づけを一体で見る視点が欠かせません。

実務へ落とし込む|1-5. 医療機関経営の年間管理サイクル

毎月、四半期、年度で何を確認すべきか分からず、決算や申告、採用、賞与、設備更新への対応が、その都度になっている。そうした場合に読んでいただきたいコラムです。

医療機関経営は、月次決算だけで完結しません。資金繰り、予算と実績の差異、税金、借入返済、賞与、採用、設備更新、行政届出、理事会・社員総会。こうした事項を、ひとつの年間スケジュールに載せていく必要があります。

医療法人では、税務申告とは別に、法人運営や事業報告書等、経営情報等の報告を含む継続的な管理も必要です。制度や提出方法は改正されることがありますから、自院の法人類型、会計年度、所轄行政庁に応じて、最新の情報を確認しなければなりません。
出典:厚生労働省|医療法人に関する情報の調査及び分析等について

1-5では、個別の申告書作成手順ではなく、経営管理上の重要事項をいつ確認し、どの判断につなげるか。その全体スケジュールを整理します。

現状を棚卸しする|1-6. 相談前に整理しておきたい医療機関経営の現状チェック

経営上の不安はあるものの、専門家に何を相談すればよいか分からない。そうした方に向けたコラムです。

売上、患者数、診療単価、現預金、借入、月次資料、スタッフ数、法人形態、税務課題、将来投資、承継意向を整理し、自院の課題がどこにあるのかを確認します。

すべての資料が揃っている必要はありません。資料がないこと、更新されていないこと、誰が管理しているか分からないこと。これらもまた、重要な現状認識です。

承継やM&Aの場面では、過去の財務資料だけでなく、施設基準、患者数、部門別損益、契約、役員・従業員、法人資料まで確認の対象となります。将来になってから慌てて整えるのではなく、日常の経営管理として準備しておくことが大切です。

自院の課題から読み始める場合

基本的には1-1から順番に読むことをおすすめしますが、現在の課題がはっきりしている場合は、該当するコラムから読み始めていただいても構いません。

  • 経営として何を見ればよいか分からない場合は、1-1から読み始めてください。
  • 院長がすべての判断を抱えている場合は、1-2で役割分担を整理することが先です。
  • 理念や方針がスタッフの行動につながっていない場合は、1-3が出発点になります。
  • 月次決算や内部管理が成長を妨げるものに感じられる場合は、1-4で管理と戦略の関係を捉え直してください。
  • 決算、申告、採用、賞与、設備更新への対応が場当たり的な場合は、1-5で年間サイクルを確認します。
  • 何から専門家へ相談すべきか整理できていない場合は、1-6で現状を棚卸ししてください。

ただし、どのコラムから読み始めても、最終的には6本を通して確認いただくことをおすすめします。医療機関経営では、役割、理念、数字、資金、組織、将来計画を切り離して判断することが、そもそも難しいためです。

6つのコラムは、ひとつの経営管理サイクルを構成する

このテーマの6つのコラムは、一度読んで終わり、というものではありません。次のような循環を描いています。

まず、自院を経営管理すべき事業体として捉える。 次に、院長・理事長・事務長・専門家の役割を決める。 そのうえで、理念と診療方針を、具体的な判断基準へと変えていく。 その判断基準に沿って、会計・資金・組織・内部管理の仕組みを整える。 整えた仕組みを、年間サイクルとして運用する。 そして定期的に現状を点検し、必要に応じて方針や役割を見直していく。

経営計画も、策定しただけでは機能しません。客観的な指標を用いて状況を確認し、計画と実績の差異を見ながら修正していく必要があります。

この循環が定着すると、経営課題が発生するたびにゼロから考える必要がなくなります。自院の判断基準、確認すべき数字、必要な資料、意思決定の場が、あらかじめ明確になっているためです。

このテーマを読んだ後に進むべき領域

第1テーマで経営管理の基本的な見方を整理した後は、自院の課題に応じて次のテーマへ進みます。

売上や患者数の変化を構造的に分析したい場合は、第2テーマ「医療機関の経営指標と現状分析」へ進みます。

毎月の数字を早く正確に把握し、意思決定に使えるようにしたい場合は、第3テーマ「月次決算・会計・資料管理・管理会計」が次の段階です。

黒字であるにもかかわらず資金が残らない、あるいは設備投資や借入判断に不安がある場合は、第4テーマ「資金繰り・資金調達・金融機関対応」で資金面を整理します。

採用、設備更新、分院、在宅医療などの将来構想を数字にしたい場合は、第5テーマ「事業計画・予実管理・投資判断」へ進んでください。

第1テーマは、これらの詳細テーマをばらばらの知識として読むのではなく、自院の経営管理全体の中で位置づけるための基礎になります。

このテーマの振り返り

重要な視点自院で確認したい問い対応する詳細コラム
医療機関の経営責任診療以外に、収益・資金・人材・設備・情報の何を管理しているか1-1
院長・理事長の役割診療者・経営者・管理者としての判断を分けられているか1-2
理念と実務の接続理念や診療方針が、採用・投資・患者対応の判断基準になっているか1-3
守りと攻めの統合月次決算、資金繰り、内部管理が将来判断に使われているか1-4
継続的な運用毎月・四半期・年度で確認すべき事項が決まっているか1-5
現状把握と相談準備自院の数字、資料、課題、将来意向を説明できるか1-6

医療機関経営の課題を、どこから整理すべきか明確にするために

医療機関の経営課題は、会計だけ、税務だけ、資金だけでは整理できないことがあります。

患者数の変化が採用判断に影響し、人件費が資金繰りに影響し、法人運営の不備が承継やM&Aに影響する。このように、複数の論点がつながっているためです。

自院の課題がどこにあり、どの順番で整えるべきか判断しにくい場合は、まず現在の数字、資料、組織、法人形態、将来構想を、同じ地図の上に並べてみる必要があります。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、申告や税額計算だけを起点とするのではなく、月次管理、資金繰り、法人運営、投資判断、承継可能性まで含めて、経営者が判断するための材料と優先順位を整理します。