事業承継を考え始めたとき、多くの経営者がまず気にされるのが「自社株の相続税・贈与税」です。
会社が成長し、利益を積み重ね、純資産が厚くなっていくと、非上場株式の評価額もそれにつれて大きくなることがあります。後継者に株式を渡したい。けれども、税負担が重く、その納税資金をどう用意すればよいのか分からない。こうした場面で検討されるのが、法人版事業承継税制です。
ただ、その前に確認しておきたいことがあります。
事業承継税制は、税金を単純に「なくす制度」ではありません。一定の要件のもとで、非上場株式に係る贈与税・相続税の納税をいったん猶予し、一定の事由が生じた場合に免除する、という仕組みです。裏を返せば、要件を満たせなくなったときには、猶予されていた税額に利子税を加えて納付しなければならない場合もあります。
ですから、事業承継税制は「使えるかどうか」だけで判断してはいけません。
本当に、その後継者に承継するのか。承継したあとも、株式を持ち続けるのか。将来、M&Aや廃業、組織再編の可能性はないのか。会社の利益・資金繰り・金融機関対応は維持できるのか。そして、税制を使わない場合には、納税資金がどの程度必要になるのか。
こうした論点を一つのテーブルに並べて、はじめて判断できるものだと考えています。
本記事では、法人版事業承継税制を中心に、事業承継税制と納税資金を考えるうえでの前提を整理します。個別の税額計算や申告書の作成、最新要件の網羅的な断定までは扱いません。制度は改正や様式の更新が重ねられていきますので、実行の際には必ず、最新の法令、国税庁、中小企業庁、都道府県の案内、そして専門家による個別の確認が欠かせません。
なお、本記事は一般的な中小・中堅企業を対象としており、医療法人・医療機関に固有の承継論点は扱いません。
事業承継税制は「節税策」ではなく、承継後の経営継続を前提とした制度である
事業承継税制を考えるとき、最も避けたいのは「税金を減らせるなら使った方がよい」と単純化してしまうことです。
この制度の目的は、中小企業の円滑な事業承継を支援するところにあります。法人版事業承継税制では、後継者である受贈者・相続人等が、経営承継円滑化法の認定を受けた非上場会社の株式等を贈与または相続等により取得した場合に、一定の要件のもとで、その非上場株式等に係る贈与税・相続税の納税が猶予されます。
出典:国税庁|法人版事業承継税制 出典:国税庁|No.4439 非上場株式等についての贈与税の納税猶予及び免除の特例等
ここで押さえておきたいのは、この制度の前提が「承継後も会社を続けていくこと」にある、という点です。
一時的に税負担を抑えられたとしても、承継後に後継者が経営を担えなければ、意味がありません。納税猶予を受けたあとに株式を売却する、代表者要件や保有要件を満たせなくなる、資産管理会社に該当する、組織再編や資本政策を行う。こうした場合には、いずれも制度上の影響を確認しておく必要があります。事業承継税制を適用したあとは、経営判断の自由度にも一定の制約が生じる。そう捉えておくのが安全です。
つまり事業承継税制は、「税務上の有利・不利」だけでなく、「承継後の会社の経営方針」とセットで判断すべき制度なのです。
2026年6月時点で確認すべき主な期限
制度を検討するうえで、期限の確認は欠かせません。とくに法人版事業承継税制の特例措置では、特例承継計画の提出期限と、実際に贈与・相続によって株式を取得する期限とを、分けて理解しておく必要があります。
中小企業庁の案内によれば、法人版事業承継税制の特例措置について、特例承継計画の提出期限は令和9年9月30日まで。そして、平成30年1月1日から令和9年12月31日までの間に、贈与・相続により会社の株式を取得した経営者が対象とされています。
| 項目 | 現行案内上の主な期限・考え方 |
|---|---|
| 特例承継計画の提出期限 | 令和9年9月30日まで |
| 贈与・相続による株式取得の対象期間 | 平成30年1月1日から令和9年12月31日まで |
| 特例承継計画の作成者 | 会社 |
| 特例承継計画への関与 | 認定経営革新等支援機関の指導・助言が必要 |
| 認定後の報告 | 当初5年間は年次報告・継続届出、その後も継続届出が必要 |
特例承継計画には、後継者の氏名、事業承継の予定時期、承継時までの経営の見通し、承継後5年間の事業計画などを記載し、認定経営革新等支援機関による指導・助言を受けることが求められます。
ここで気をつけたいのは、「計画を出せば適用が確定する」わけではない、という点です。特例承継計画は大切な入口ではありますが、その後には、都道府県知事の認定、贈与税・相続税の申告、担保の提供、年次報告、継続届出といった手続が続いていきます。
入口だけを見て判断してしまうと、承継後の実務負担や将来の制約を見落とすことになります。
特例措置の主な特徴を、経営判断の言葉で理解する
法人版事業承継税制には、一般措置と特例措置があります。いま、事業承継の実務で多く検討されているのは、平成30年度税制改正で拡充された特例措置のほうです。
特例措置では、対象株式数の上限撤廃、納税猶予割合100%、親族外を含む後継者最大3人への承継、雇用要件の弾力化などが示されています。
| 特徴 | 制度上の意味 | 経営判断上の意味 |
|---|---|---|
| 対象株式数の上限撤廃 | 全株式が納税猶予対象になり得る | 支配権を後継者へ集中しやすい |
| 納税猶予割合100% | 株式に係る贈与税・相続税の全額猶予が可能 | 承継時の資金負担を抑えられる可能性がある |
| 後継者最大3人 | 複数後継者への承継が可能 | 共同経営体制を設計できるが、将来の意思決定設計が重要 |
| 親族外承継も対象 | 親族外の後継者も制度対象になり得る | 役員・従業員承継でも検討余地がある |
| 雇用要件の弾力化 | 5年平均8割を下回っても一定手続で猶予継続可能 | 経営環境変化に対応しやすいが、報告・説明責任は残る |
| 将来売却・廃業時の再計算 | 一定の場合、低下後の価額等で税額再計算が可能 | 将来の出口を完全に閉ざす制度ではないが、事前確認が不可欠 |
この表だけを眺めていると、たしかに非常に有利な制度に見えます。
しかし、制度が有利であることと、それが自社に適していることとは、別の話です。
後継者は、本当に経営を担えるのか。株式を承継したあと、どのような資本政策を行っていくのか。将来、M&Aを行う可能性はあるのか。会社の実態は、制度の要件に合っているのか。報告・届出を続けていける管理体制はあるのか。
ここまで確認して、はじめて制度活用の判断に進むべきだと考えます。
「納税猶予」と「納税資金」は分けて考える
事業承継税制を使う場合であっても、納税資金の検討が不要になるわけではありません。
理由は、大きく三つあります。
第一に、制度の適用対象外となる財産や税額が残る場合があること。第二に、納税猶予が取り消されたときには、猶予税額と利子税の納付が必要になる可能性があること。第三に、後継者、非後継者、親族、会社のそれぞれで、必要となる資金が異なること。
たとえば、後継者は株式を承継する一方で、非後継者には別の財産や代償金を用意しなければならないかもしれません。会社の側では、役員退職金、自己株式の取得、借入返済、設備投資、運転資金が重なって発生することもあります。さらに現経営者個人には、引退後の生活資金や、相続全体の納税資金が必要になります。
| 資金の種類 | 誰に必要か | 主な内容 |
|---|---|---|
| 贈与税・相続税の納税資金 | 後継者・相続人 | 事業承継税制を使わない場合、対象外財産がある場合、猶予取消時 |
| 株式取得資金 | 後継者・会社 | 売買による承継、自己株式取得、少数株主からの買取り |
| 代償分割資金 | 後継者・相続人 | 非後継者との相続バランス調整 |
| 退職金支払資金 | 会社 | 先代経営者への役員退職金 |
| 借入返済資金 | 会社・後継者 | MBO、持株会社借入、既存借入返済 |
| 運転資金 | 会社 | 承継後の事業継続、在庫・売掛金・仕入支払 |
| 成長投資資金 | 会社 | 承継後の設備投資、採用、新規事業 |
承継時の税金だけを見て、会社の資金繰りに目を向けないのは危険です。利益計画だけでは、資金繰りは判断できません。掛取引では、売上の計上と入金との間に時間差があり、利益が出ていても資金の回収が遅れれば、資金不足は起こり得ます。だからこそ、利益計画と資金計画は、分けて作る必要があるのです。
事業承継税制を使うかどうかにかかわらず、資金繰り表では次の項目を確認しておきたいところです。
| 確認項目 | 見るべき理由 |
|---|---|
| 現預金残高 | 承継時の支払余力を確認する |
| 借入返済予定 | 後継者への交代後に返済負担が重くならないか確認する |
| 税金支払予定 | 法人税、消費税、源泉所得税、個人側の相続税・贈与税を区分する |
| 役員退職金 | 支給時期、損金算入、資金流出、金融機関説明を確認する |
| 自己株式取得資金 | 財源規制、みなし配当、会社資金への影響を確認する |
| 設備投資・採用予定 | 承継後の成長投資資金を残せるか確認する |
| 配当可能性 | 納税資金や持株会社返済の原資にできるか確認する |
| 猶予取消時の備え | 万一の税額・利子税負担をどの程度想定するか確認する |
「納税猶予を受けるのだから、資金は要らない」と考えるのではなく、「納税猶予を受けても、資金の出口は確認しておく」と考える。この姿勢が大切です。
事業承継税制を検討する前に、株式評価を確認する
事業承継税制を検討するうえで、自社株評価は避けて通れません。
非上場株式の評価は、税務上の評価、親族間売買の評価、M&A価格、少数株主との買取価格で、それぞれ意味が異なります。承継税制で問題になるのは、主に贈与税・相続税の計算上の評価ですが、それだけで経営判断を完結させてしまうべきではありません。
| 評価の目的 | 主な使い道 | 注意点 |
|---|---|---|
| 相続税・贈与税評価 | 事業承継税制、相続税・贈与税の試算 | 税務上の評価方式に基づく |
| 売買価格 | 親族間売買、役員・従業員承継、MBO | 低額譲渡・高額譲渡の税務リスクを確認 |
| M&A価格 | 第三者承継、株式譲渡 | 収益力、純資産、リスク、シナジー、交渉条件が影響 |
| 少数株主買取価格 | 株式集約、自己株式取得 | 会社法手続、税務、資金繰り、株主間関係を確認 |
事業承継における株式評価は、制度を使うかどうかだけでなく、株式を誰に、どの割合で、どのタイミングで移すのかを考えるための前提になります。株式評価、同族株主の判定、会社規模の判定、類似業種比準方式、純資産価額方式といった論点は、いずれも承継方法や資本政策と連動しています。
自社株評価が高い場合には、税制を検討する価値も大きくなります。一方で、株価が高い理由が、本業の収益力ではなく、不要不急の資産や過大な内部留保、不動産、有価証券などにあるのであれば、税制を適用する前に、まずB/Sを見直すべき場合もあります。
逆に、株価が低い局面では、税制を使うよりも、通常の贈与・売買・自己株式取得・種類株式の設計を組み合わせたほうが、将来の自由度を保てることもあります。
事業承継税制を使うべきか判断する七つの観点
事業承継税制の判断では、「適用できるか」だけでなく、「使うべきか」まで踏み込んで確認する必要があります。
1. 後継者は本当に経営を担えるか
制度の要件を満たす後継者であっても、経営者として十分であるとは限りません。
月次決算を見て判断できるか。資金繰りを説明できるか。金融機関と対話できるか。従業員を率いる意思があるか。不採算事業の見直しや投資判断ができるか。取引先から信頼されるか。
税制を使って株式を渡したあとに、後継者が経営できなければ、会社の価値そのものが毀損してしまいます。事業承継とは「株式を渡すこと」ではなく、「会社を続ける力を移すこと」なのです。
2. 株式・議決権をどこまで集中させるか
特例措置では、複数の株主から最大3人の後継者への承継も対象になり得ます。親族外を含む承継も対象とされています。
ただし、複数の後継者に株式を分ける場合には、将来の意思決定を慎重に設計しておく必要があります。
代表者は複数いるのか。議決権の割合はどうするのか。後継者の間で意見が割れたときにはどうするのか。次の世代で株式がさらに分散してしまわないか。株主間契約や種類株式を使う必要はないか。
事業承継税制によって税負担を抑えられたとしても、承継後に株主間の対立が起きてしまえば、会社の運営は不安定になります。
3. 会社は制度の対象になる状態か
対象会社、後継者、先代経営者、そして先代経営者以外の株主等には、それぞれに認定要件があります。贈与の場合と、相続・遺贈の場合とでも要件は異なりますので、実行の前に確認しておく必要があります。
とくに注意が必要なのは、次のような会社です。
| 注意が必要な会社 | 確認すべき理由 |
|---|---|
| 株主構成が複雑な会社 | 同族関係者、議決権、筆頭株主、対象株式の整理が必要 |
| 資産管理色が強い会社 | 制度対象外または猶予取消につながる可能性がある |
| 従業員数が少ない会社 | 雇用要件や実態要件を確認する必要がある |
| 組織再編予定がある会社 | 合併・会社分割・株式交換等の影響を確認する必要がある |
| M&A可能性がある会社 | 将来の株式譲渡・事業譲渡時の税制影響を確認する必要がある |
| 医療法人・士業法人等 | 法人版事業承継税制の対象となる非上場会社とは前提が異なる |
「会社の実態が制度に合っているか」は、税務だけの問題ではありません。会社法、株主管理、資本政策、事業計画にまたがる問題です。
4. 承継後5年間を乗り切れるか
制度を適用したあと、原則として申告期限から5年間は、代表者として経営を行うことや、株式を継続して保有することなどが求められます。中小企業庁の案内では、認定を受けたあと、都道府県への年次報告書と税務署への継続届出書を年1回提出し、申告後6年目以後は、税務署への継続届出書を3年に一度提出する、という流れが示されています。
これは、単なる書類提出ではありません。
毎年、会社の状況を確認し、必要な資料を整え、要件を満たしているかを点検していく体制が必要です。月次決算が遅い、株主名簿が曖昧、議事録が整っていない、従業員数の把握が不正確、税務申告資料が散在している。こうした会社では、制度を適用したあとの管理負担が重くのしかかります。
制度を使うのであれば、承継の前に管理体制を整えておくべきです。
5. 将来のM&A・廃業・組織再編の可能性はないか
事業承継税制は、将来の経営判断を完全に封じてしまう制度ではありません。一定の場合には、事業売却・廃業の時点で株価が下落していれば、納税額を再計算し、差額を減免する仕組みもあります。
とはいえ、将来のM&A、自己株式取得、組織再編、種類株式の発行、持株会社化、少数株主対策などを予定しているのであれば、制度との関係を事前に確認しておくべきです。
事業承継税制の適用後に、株式譲渡、合併、株式交換、分割型分割、資本金・準備金の減少、資産管理会社への該当などが生じると、猶予の打切りや一部打切りといった論点が出てきます。猶予が打ち切られた場合には、原則として、猶予税額と利子税の納付が必要になることがあります。
「いまは後継者に継がせたいが、将来はM&Aもあり得る」という会社では、税制を使う場合の出口を、必ず整理しておく必要があります。
6. 納税猶予が取り消された場合の資金を想定しているか
事業承継税制で最大の注意点となるのが、納税猶予が取り消される可能性です。制度の適用後に一定の要件を満たせなくなった場合、猶予されていた贈与税・相続税に利子税を加えて納付しなければならない場合があります。
そのため、制度を適用するときには、次のような「もしも」の資金シナリオを描いておくべきです。
| シナリオ | 確認すべきこと |
|---|---|
| 後継者が代表を退く | 猶予継続の可否、税額、資金調達方法 |
| 株式を一部譲渡する | 一部打切りか、全額打切りか、譲渡対価との関係 |
| M&Aで全株式を譲渡する | 再計算・免除制度の可否、譲渡対価、税額、契約条件 |
| 会社が業績悪化する | 雇用要件、報告、資金繰り、金融機関対応 |
| 資産管理会社に該当する | 猶予取消の可能性、資産構成の見直し |
| 組織再編を行う | 合併先等への認定承継、報告・申請、税務影響 |
| 後継者が死亡する | 免除事由、次世代承継、相続税への影響 |
納税猶予は、資金繰りに余裕を生み出してくれる制度になり得ます。ただし、万一の納付リスクを無視してよい制度ではありません。
7. 税制を使わない選択肢も比較したか
事業承継税制を使わない場合でも、承継の方法はあります。
生前贈与、相続時精算課税、暦年課税、株式の売買、自己株式の取得、役員退職金、生命保険、遺言、遺留分特例、種類株式、持株会社、従業員持株会、M&A。挙げていけば、選択肢はいくつもあります。
もちろん、どの方法にも、税務・会社法・資金繰り・親族間調整といった論点がついて回ります。それでも、事業承継税制だけが唯一の選択肢ではない、ということは押さえておきたいところです。
非上場会社の事業承継では、株式の分散や後継者の税負担が大きな障壁になることがあり、その整理に自己株式の取得が使われる場合もあります。ただし自己株式の取得には、会社法上の手続、財源規制、みなし配当、会社資金への影響などを確認する必要があります。
制度を使う前に、「税制を使う案」と「使わない案」を横並びで比較しておくことが重要です。
贈与で承継するか、相続まで待つか
事業承継税制を検討する際には、贈与と相続のどちらで株式を移すかも、重要な論点になります。
| 比較項目 | 贈与による承継 | 相続による承継 |
|---|---|---|
| 承継時期 | 経営者が生前に決められる | 相続発生時に決まる |
| 後継者育成 | 生前に権限移譲しやすい | 準備不足だと混乱しやすい |
| 株式移転 | 計画的に実行しやすい | 遺産分割・遺言・相続人間調整が重要 |
| 税務 | 贈与税の納税猶予を検討 | 相続税の納税猶予を検討 |
| 現経営者の関与 | 承継後も一定期間支援しやすい | 急な承継になりやすい |
| 親族間調整 | 生前に説明・調整しやすい | 相続発生後に対立が表面化しやすい |
| 金融機関対応 | 後継者への信用移行を段階的に説明しやすい | 急な代表変更・保証変更が必要になる場合がある |
贈与による承継は、時期を選べるところが大きな利点です。後継者が代表者となり、株式も保有し、現経営者が一定期間支援していく形を、計画的に作れます。一方で、贈与の時点から制度の要件や報告義務が始まり、承継後の経営責任も後継者へと移っていきます。
相続による承継は、現経営者が株式を保有し続けるため、承継を先送りしやすい面があります。しかし、突然相続が発生すると、遺産分割、納税資金、後継者の代表就任、金融機関への説明、取引先への対応が、一度に押し寄せてくることになります。
どちらがよいか、ではなく、「自社はどちらのリスクを管理できるか」。そう考えるべきだと思います。
事業承継税制と相続時精算課税・暦年課税の関係
贈与によって承継する場合には、贈与税の課税方式も確認しておく必要があります。
暦年課税と相続時精算課税は、通常の生前贈与においても重要な制度です。令和5年度税制改正により、令和6年以後の贈与について制度の見直しが行われています。暦年課税では相続開始前の一定期間内の贈与加算、相続時精算課税では基礎控除の新設など、相続全体への影響を踏まえて検討する必要があります。
事業承継税制を使う場合でも、贈与税が永久に無関係になるわけではありません。贈与者が死亡したときには、贈与税の猶予税額が免除される一方で、受贈者は、納税猶予を受けていた非上場株式等を、贈与者から贈与時の評価額で相続または遺贈により取得したものとみなされ、相続税の事業承継税制への切替えを検討することになります。
このように、贈与税の納税猶予は、将来の相続税と切り離して考えることができません。
「いまの贈与税を猶予できるか」だけでなく、「将来の相続時にどう扱われるか」「他の相続人との財産バランスはどうなるか」「相続全体の納税資金は足りるか」まで、あわせて確認する必要があります。
事業承継税制が向いている会社
事業承継税制は、次のような会社で、検討する価値が高くなります。
| 向いている会社 | 理由 |
|---|---|
| 後継者が明確で、本人に経営意思がある | 長期の継続要件に耐えられる |
| 非上場株式の評価額が高い | 承継時の税負担軽減効果が大きい |
| 株式を後継者へ集中させたい | 支配権承継と税務対策を同時に進めやすい |
| 親族外承継を検討している | 特例措置では親族外を含む後継者への承継も対象になり得る |
| 承継後も長期保有・経営継続の方針がある | 猶予継続の前提に合いやすい |
| 月次管理・資料整備・株主管理ができている | 年次報告・継続届出に対応しやすい |
| 金融機関や親族へ説明できる計画がある | 承継後の信用維持につながる |
とりわけ、後継者が会社を長期的に経営する意思を持ち、承継後の成長計画を描ける会社であれば、税制は有効な支援手段になり得ます。
事業承継税制に慎重になるべき会社
一方で、次のような会社は、事業承継税制を使う前に、慎重な検討が必要です。
| 慎重に検討すべき会社 | 理由 |
|---|---|
| 後継者が未確定 | 税制以前に承継方法の選択が固まっていない |
| 後継者に経営意思がない | 株式だけ渡しても経営が安定しない |
| 数年以内にM&Aを検討している | 株式譲渡時の猶予税額・再計算・契約条件の確認が必要 |
| 資産管理会社に近い | 適用可否・取消リスクを慎重に確認する必要がある |
| 株式が分散している | 対象株式、同族要件、株式集約が問題になる |
| 親族間対立がある | 税制適用後に遺留分・代償金・経営権紛争が起こり得る |
| 月次決算や資料管理が弱い | 継続届出・年次報告に耐えにくい |
| 承継後の資金繰りが不安定 | 猶予取消時や成長投資資金の不足が問題になる |
制度の適用そのものは魅力的に見えても、会社の実態や将来の戦略には合わない、という場合があります。
とくに「将来M&Aを行う可能性が高い会社」「後継者がまだ迷っている会社」「株主構成が未整理の会社」では、急いで税制の適用に進む前に、承継のシナリオを複数並べて比較すべきです。
承継税制の前に整えるべき実務資料
事業承継税制を検討するには、資料の整理が欠かせません。
| 資料 | 確認目的 |
|---|---|
| 株主名簿 | 株主、議決権、対象株式、名義株の確認 |
| 定款 | 譲渡制限、種類株式、相続人等への売渡請求の確認 |
| 直近3期分の決算書・申告書 | 株式評価、財務体質、税務リスクの確認 |
| 直近試算表 | 足元の業績、利益、資金繰りの確認 |
| 借入一覧・返済予定表 | 金融機関対応、経営者保証、返済原資の確認 |
| 資金繰り表 | 納税資金、退職金、自己株式取得、投資資金の確認 |
| 役員・従業員一覧 | 後継者、従業員数、雇用要件、組織体制の確認 |
| 事業計画・経営計画 | 承継後5年間の見通し、金融機関説明の基礎 |
| 親族関係・相続財産資料 | 遺産分割、遺留分、非後継者対応の確認 |
| 契約・許認可一覧 | 承継後の事業継続リスクの確認 |
| 自社株評価資料 | 税制適用効果、納税資金、株式移転方法の検討 |
特例承継計画の作成では、会社が承継時までの経営の見通し等を記載し、認定支援機関による所見や指導・助言を受けることが求められます。
書類が整っていない会社では、制度の適用を判断する以前に、株式・財務・税務・組織の現状を把握するところから始める必要があります。事業承継税制は、資料不足を補ってくれる制度ではありません。むしろ、制度を使う会社ほど、継続的な資料管理と説明責任が求められます。
税制を使う前に、承継後の経営計画を作る
事業承継税制を検討するとき、税額の試算と同じくらい重要になるのが、承継後の経営計画です。
後継者に株式を渡したあと、会社はどうやって稼いでいくのか。借入返済をどう続けるのか。設備投資や採用はできるのか。不採算事業は見直すのか。金融機関にはどう説明するのか。先代経営者はどの役割で残るのか。取締役会・経営会議・権限規程はどう整えるのか。
税制は、この計画の一部として位置づけるべきものです。
経営計画は、単に金融機関向けに作る資料ではありません。経営理念、経営目標、数値計画、行動計画、そして社内外への説明をつなぐ、共通言語です。
事業承継税制を使う場合には、承継後5年間の事業計画や報告が重要になります。ですから、現経営者と後継者が一緒になって、少なくとも次のような計画を作っておくべきです。
| 計画項目 | 内容 |
|---|---|
| 売上計画 | 既存顧客、価格改定、新規開拓、撤退予定 |
| 利益計画 | 粗利率、固定費、役員報酬、退職金、人件費 |
| 資金計画 | 借入返済、納税資金、設備投資、運転資金 |
| 組織計画 | 後継者、幹部、権限移譲、採用、評価 |
| 株主管理 | 株式集中、少数株主、親族株主、種類株式 |
| 金融機関対応 | 経営者保証、借入条件、承継説明、定期報告 |
| リスク対応 | 業績悪化、後継者離脱、M&A、組織再編、廃業 |
事業承継税制の利用は、承継計画の最後に置くべきものではありません。けれども、最初に置くべきものでもありません。
会社の将来方針を決め、その方針を実現するために株式をどう移すかを考え、そのうえで税制を使うかどうかを判断する。これが、本来の順番です。
金融機関対応も忘れてはならない
事業承継では、金融機関への説明も重要です。
金融機関は、後継者が誰なのか、という点だけを見ているわけではありません。事業内容、業績、今後の見通し、資金の使途、返済原資、保全、他行の状況などを、総合的に見ています。融資審査は、まず債務者の評価から始まり、担保の有無はその後の論点になります。
事業承継税制を使う場合でも、金融機関には次のような説明が必要になります。
| 金融機関が確認しやすい論点 | 経営者側で準備すべき資料 |
|---|---|
| 後継者の経営能力 | 経歴、社内役割、意思決定実績、承継スケジュール |
| 承継後の業績見通し | 事業計画、予算、月次試算表、KPI |
| 返済原資 | 利益計画、資金繰り表、借入返済予定表 |
| 経営者保証 | 旧経営者保証の扱い、後継者保証の要否、法人個人分離 |
| 株主構成 | 株主名簿、議決権割合、後継者の支配権 |
| 納税資金・退職金 | 資金繰り表、支払時期、金融機関への影響 |
| 管理体制 | 月次決算、経営会議、資料整備、内部管理 |
税制を使ったからといって、金融機関への説明が不要になるわけではありません。むしろ、承継後の体制を数字で説明できる会社ほど、金融機関から見ても安心感があるものです。
よくある誤解
誤解1:事業承継税制を使えば、相続税・贈与税の問題は終わる
終わりません。
納税は猶予されますが、制度の要件を満たし続ける必要があります。取消・打切り・一部打切りの可能性を理解したうえで、将来のM&A、組織再編、廃業、後継者の変更といったシナリオを確認しておく必要があります。
誤解2:税制を使えるなら、使わない理由はない
制度を使うことで、将来の自由度が変わる場合があります。とくに、M&A、株式譲渡、自己株式取得、持株会社化、種類株式の発行、組織再編を検討している会社では、制度を適用したあとの制約を確認しておくべきです。
誤解3:自社株評価が高いから、事業承継税制しかない
自社株評価が高い場合でも、事業承継税制だけが選択肢ではありません。株式の移転時期、贈与・売買・相続、自己株式取得、役員退職金、生命保険、遺留分対策、株式集約、種類株式などを、組み合わせて検討することがあります。
誤解4:後継者が親族であれば制度に向いている
親族であることと、経営者として適任であることは、別の話です。税制上の後継者要件を満たしていても、経営能力、金融機関対応、従業員からの信頼、承継後の意思決定体制が整っていなければ、承継後に会社が不安定になります。
誤解5:特例承継計画を出せば安心できる
特例承継計画は、あくまで入口です。都道府県知事の認定、税務申告、担保の提供、年次報告、継続届出、株式の継続保有、代表者要件など、その後の管理が続いていきます。計画を提出しただけで、制度の適用や将来の免除が保証されるわけではありません。
事業承継税制・納税資金を検討する順番
実務では、次の順番で整理していくと、判断しやすくなります。
| 順番 | 検討内容 | 主な確認事項 |
|---|---|---|
| 1 | 承継方針を決める | 親族内承継、親族外承継、MBO、M&Aの比較 |
| 2 | 後継者を確認する | 意思、能力、代表就任、金融機関対応 |
| 3 | 株主構成を整理する | 株主名簿、議決権、名義株、少数株主 |
| 4 | 自社株評価を行う | 相続税評価、売買価格、将来株価見通し |
| 5 | 納税資金を試算する | 税制使用時・不使用時・取消時の資金 |
| 6 | 事業承継税制の要件を確認する | 会社、先代経営者、後継者、株主、手続 |
| 7 | 承継後計画を作る | 5年間の事業計画、資金計画、管理体制 |
| 8 | 特例承継計画を作成する | 認定支援機関の指導・助言、都道府県提出 |
| 9 | 贈与・相続・申告を実行する | 認定、申告、担保、届出 |
| 10 | 継続管理する | 年次報告、継続届出、要件確認、資金管理 |
この順番で整理していくと、税制だけが独り歩きしてしまう、という事態を避けやすくなります。
まとめ|税制は承継判断の一部であり、目的ではない
事業承継税制は、非上場株式の承継に伴う税負担を抑え、後継者への株式移転を進めやすくする、有効な制度です。
しかし、万能ではありません。
納税猶予であって、単純な免税ではない。要件を満たし続ける必要がある。取消時には、猶予税額と利子税の負担が生じ得る。承継後のM&A、組織再編、資本政策に影響する。納税資金、代償金、退職金、運転資金は、別途考える必要がある。そして、後継者の経営能力と管理体制がなければ、税制を使っても会社は強くならない。
事業承継税制を使うべきかどうかは、「税金が安くなるか」だけでは判断できません。
自社の株式評価、後継者、株主構成、資金繰り、金融機関対応、承継後の経営計画を並べ、制度を使う案と使わない案を比較する。そのうえで、経営者自身が納得して選ぶこと。これが何より重要です。
守りを仕組みにすることで、攻めの判断は強くなります。
事業承継税制も同じです。税制を正しく使うためには、税額の計算に入る前に、会社の数字、株式、資金、組織、将来戦略を整えておく必要があります。
事業承継税制・納税資金を整理したい方へ
自社株評価が高く、後継者に株式を渡したあとの税負担が不安である。事業承継税制を使うべきか、使わない方がよいのか判断できない。特例承継計画の提出期限や手続は分かるが、承継後の制約まで整理できていない。贈与と相続、相続時精算課税、役員退職金、自己株式取得、生命保険、遺留分対策を、どう組み合わせるべきか迷っている。将来M&Aの可能性もあり、事業承継税制を使うことが選択肢を狭めないか確認したい。後継者、株式、納税資金、金融機関対応、月次管理を、一体で整えたい。
このような場合には、税制の適用可否だけでなく、承継後の会社運営まで含めて検討する必要があります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、事業承継税制、非上場株式評価、納税資金、資金繰り、株主構成、金融機関対応、承継後の月次管理を一体で整理し、経営者が納得して判断できる前提づくりを支援しています。
承継方法を決めるのは、経営者です。その判断の前提となる数字と論点を整えることが、私たち専門家の役割だと考えています。
まずは、直近の決算書、試算表、株主名簿、借入一覧、資金繰り表、後継者候補の状況を整理するところから、ご相談ください。
詳しくは、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご連絡ください。
振り返り
| 重要論点 | 内容 | 確認すべきこと |
|---|---|---|
| 事業承継税制の本質 | 贈与税・相続税の納税を猶予し、一定事由で免除する制度 | 免税ではなく、要件継続が必要 |
| 特例承継計画 | 特例措置の入口となる計画 | 提出期限、認定支援機関の関与、記載内容 |
| 適用期限 | 贈与・相続による株式取得の期限がある | 最新の中小企業庁・国税庁・都道府県情報を確認 |
| 株式評価 | 非上場株式の評価が税額と承継設計に影響 | 税務評価、売買価格、M&A価格を区別 |
| 納税資金 | 税制を使っても検討が必要 | 猶予取消時、対象外財産、代償金、退職金 |
| 後継者要件 | 後継者の制度要件と経営能力は別 | 代表就任、経営意思、金融機関対応 |
| 株主構成 | 議決権と支配権の安定が重要 | 株主名簿、名義株、少数株主、議決権割合 |
| 継続要件 | 適用後も報告・届出・保有要件が続く | 年次報告、継続届出、代表者・株式保有 |
| 雇用要件 | 特例措置では弾力化されている | 8割を下回った場合の報告・認定支援機関の所見 |
| M&A・廃業との関係 | 将来の出口に影響する | 譲渡、再計算、免除、契約条件 |
| 組織再編・資本政策 | 合併、分割、株式交換等は要確認 | 認定承継、猶予打切り、税務影響 |
| 税制を使わない案 | 比較対象として必ず検討する | 贈与、売買、自己株式取得、退職金、生命保険 |
| 金融機関対応 | 承継後の信用維持に必要 | 返済原資、経営者保証、承継後計画 |
| 管理体制 | 制度継続と承継後経営の土台 | 月次決算、資金繰り、資料管理、経営会議 |
| 専門家相談 | 制度・税務・資金・将来戦略が絡む | 税額計算だけでなく、承継後の経営判断まで整理する |