関連当事者・オーナー取引・海外取引の税務リスク|M&A税務DDで見落としやすい属人的・特殊取引の見方

M&Aの税務DDというと、どうしても法人税申告書、消費税申告書、源泉所得税、税務調査の履歴、繰越欠損金といった項目に目が向きがちです。

ただ、私の実務感覚で言えば、中小・オーナー企業やグループ会社を対象とするM&Aで本当に買収判断を左右する税務リスクは、申告書の表面ではなく、もう一段奥に潜んでいることが少なくありません。具体的には、関連当事者取引、オーナー取引、海外子会社との取引です。

たとえば、次のような取引が典型です。

  • オーナー個人が所有する不動産を対象会社が借りている
  • オーナー親族の会社に外注費や業務委託費を支払っている
  • 社長への貸付金が長期間回収されていない
  • 役員報酬や役員退職慰労金の水準が事業実態と合っていない
  • 役員社宅、車両、保険、交際費、旅費などに私的利用が混在している
  • 海外子会社に無償でノウハウを使わせている
  • 海外関連会社との販売価格・仕入価格・ロイヤルティ・マネジメントフィーに根拠がない
  • 国外への利子、配当、使用料、役務対価の支払について源泉税や租税条約手続が整理されていない

これらは、単に「税務上問題があるかもしれない」という話で終わるものではありません。正常収益力、実態純資産、ネットデット、運転資本、過年度の税務リスク、買収後の資金流出、契約上の補償、クロージング前の整理、そして買収後の管理体制まで、判断のあらゆる場面に直結していきます。

関連当事者・オーナー取引・海外取引の税務DDで大切なのは、「怪しい取引を探すこと」ではありません。見るべきはむしろ、対象会社の利益が誰との取引によって作られているのか、その税務処理を説明できるのか、買収後も同じ条件で続いていくのか、そして続かないのであれば価格と契約にどう落とし込むのか、という点です。

目次

関連当事者取引は、税務リスクである前に「利益の質」の問題

関連当事者取引は、一般的な第三者取引とは性質が異なります。価格、支払条件、回収条件、契約内容、役務の実在性、担保・保証の有無といった要素が、純粋な経済合理性だけでなく、資本関係や親族関係、オーナーの意向、グループ内の方針によって決まっていることがあるからです。

会計の世界でも、この点は意識されています。ASBJの関連当事者開示基準は、会社と関連当事者との取引が——役員などの個人との取引を含めて——必ずしも対等な立場で行われるとは限らず、会社の財政状態や経営成績に影響を及ぼし得ることを示しています。出典:ASBJ|企業会計基準第11号 関連当事者の開示に関する会計基準

M&Aの税務DDでは、この会計上の開示論点を、さらに一段踏み込んで見ていきます。確認したいのは、次のような点です。

  • 関連当事者取引があるか
  • その取引価格は第三者価格に近いか
  • 契約書や取引実態はあるか
  • 買収後も継続するか
  • 買収後に条件変更・解消されるか
  • 過年度の税務処理として否認される可能性があるか
  • 正常収益力の調整項目になるか
  • ネットデット、運転資本、簿外債務、偶発債務に影響するか

財務DDの視点からも、関連当事者取引は網羅的に把握しておくべきものです。第三者価格で行われていないために損益が歪んでいる場合には、可能な範囲で第三者価格へ修正する調整を検討する必要があります。

つまり関連当事者取引は、「税務申告が正しいかどうか」を確認するだけでは足りません。対象会社の利益が第三者との通常取引から生まれたものなのか、それともオーナー・親族・グループ会社との特殊な条件から生まれたものなのか。ここを切り分けることが、本質的な作業になります。

税務DDで最初に作るべきは「関連当事者マップ」

関連当事者取引の検証は、個別の取引を見る前に、まず関係者の全体像を押さえるところから始めます。

中小・オーナー企業の場合、対象会社の会計資料を眺めただけでは、関連当事者の範囲がはっきりしないことがあります。オーナーの親族会社、兄弟会社、不動産保有会社、資産管理会社、旧会社、個人事業、海外法人、実質的な支配先などが、対象会社の取引先や資金の流れの中に紛れ込んでいるからです。

そこでDDでは、少なくとも次の関係を整理しておきます。

区分確認すべき相手
株主関係オーナー、親族株主、法人株主、少数株主、持株会社
役員関係代表者、取締役、監査役、実質的経営者、退任予定役員
親族関係配偶者、子、兄弟姉妹、親族が経営する会社
グループ関係親会社、子会社、兄弟会社、関連会社、資産管理会社
取引関係主要販売先、主要仕入先、外注先、業務委託先、不動産賃貸人
資金関係貸付先、借入先、保証人、担保提供者、立替金・仮払金の相手
海外関係海外子会社、海外販売会社、海外製造会社、海外持株会社、国外関連者

この関連当事者マップを持たないまま個別取引に入ると、DDはどうしても断片的になります。

たとえば外注費の相手先が「A社」とだけ記載されていたとして、そのA社がオーナー親族の会社だと気づけなければ、取引価格や役務の実在性を検証することはできません。不動産の賃借料が市場相場より高いケースでも、賃貸人がオーナー個人なのか第三者なのかで、税務リスクも買収後の対応も変わってきます。海外販売会社が対象会社の100%子会社なのか、それともオーナー個人の支配会社なのかによって、移転価格リスク、利益の帰属、買収対象範囲の判断までもが左右されます。

オーナー取引は「買収後に消える利益・残る負担」を見極める

オーナー企業では、会社とオーナー個人の境界が曖昧になりやすい場面があります。

ただ、これがそのまま不正を意味するわけではありません。中小企業では所有と経営が一致し、社長個人が会社借入の保証人となり、会社と個人の資金関係が密接になることはむしろ珍しくありません。社長が株主であると同時に連帯保証人でもあり、会社と経営者個人が実質的に一体で運営されている——こうした実態は、案件を理解するうえでの前提として受け止めておく必要があります。

問題は、その属人的な関係を買収後も維持できるとは限らない、という点にあります。たとえば、次のような変化です。

  • オーナーが退任する
  • 親族会社との取引を解消する
  • オーナー所有不動産の賃貸借を見直す
  • 社長貸付金をクロージング前に返済する
  • 役員借入金を精算する
  • 私的費用を会社負担から除外する
  • オーナー保証を解除する
  • 海外子会社との契約を買主グループ基準に変更する

こうした変化がある以上、過去の損益がそのまま買収後の損益になるわけではありません。

そこで税務DDでは、オーナー取引を次のように分類していきます。

分類判断への反映
買収後も継続する取引工場賃貸借、外注取引、ブランド使用、業務委託契約条件・税務処理・価格水準を確認する
買収後に解消される取引オーナー私的費用、親族会社への不要な委託料正常収益力調整として利益を修正する
買収後に条件変更される取引不動産賃料、役員報酬、ロイヤルティ、マネジメントフィー買収後費用を見積もり直す
クロージング前に整理すべき取引役員貸付金、役員借入金、未収入金、保証、担保前提条件・誓約事項・価格調整に反映する
契約で手当てすべき取引過年度の否認リスク、源泉漏れ、移転価格リスク表明保証・補償・特別補償を検討する

要点は、「過去にどう処理していたか」だけでなく、「買収後にその取引がどうなるか」まで見据えることです。

役員給与・役員退職慰労金は、損金性と正常収益力の両面で見る

オーナー企業の税務DDで必ず確認したいのが、役員給与です。

役員給与は法人税法上の損金算入要件が厳しく、定期同額給与、事前確定届出給与、一定の業績連動給与などに該当しないものは、原則として損金に算入できません。仮にこれらに該当する場合でも、不相当に高額な部分はやはり損金算入が認められません。出典:国税庁|No.5211 役員に対する給与

税務DDでは、次の観点から確認していきます。

確認項目見るべきポイント
月次推移毎月同額か、途中改定があるか
改定時期事業年度開始後3か月以内など、税務上説明できる改定か
事前確定届出給与届出どおりの時期・金額で支給されているか
役員賞与損金不算入処理がされているか
役員退職慰労金支給根拠、功績倍率、在任期間、退職実態、不相当に高額な部分がないか
親族役員実際の職務内容と報酬水準が対応しているか
使用人兼務役員使用人分給与と役員分給与の区分が妥当か
経済的利益社宅、車両、保険、貸付、旅費等が給与課税・源泉徴収の対象になっていないか

実務でも、役員給与については、個人別の月次推移、定期同額給与としての同額性、事前確定届出給与の届出と支給の差異、経済的利益、退職給与の不相当に高額な部分といった点を丁寧に確認していくことになります。

そして、この役員給与のところで税務DDと財務DDが接続します。

たとえば、オーナー社長の報酬が同業水準より極端に低い場合。買収後に外部経営者を招くとなれば、人件費は増えるかもしれません。逆に、親族役員に実態以上の報酬が支払われているなら、買収後に退任することで正常収益力はむしろ改善する可能性があります。役員退職慰労金がクロージング前後に支払われる場合には、ネットデット、価格調整、税務処理、源泉徴収、契約上の負担者まで整理しておく必要があります。

ですから役員給与は、「税務上損金になるか」だけでなく、「買収後の経営体制で再現される費用かどうか」という観点からも見ておく必要があるのです。

役員・株主への貸付金は、回収可能性と給与課税リスクを分けて見る

役員貸付金、株主貸付金、仮払金、立替金は、オーナー企業のDDで頻出する論点です。

貸借対照表に「役員貸付金」として載っていても、それが本当に回収可能な債権なのか、実質的な役員賞与・役員報酬なのか、あるいは会社資金の私的流用なのか。ここを見極めなければなりません。

国税庁は、役員または使用人に金銭を貸し付けた場合の利息相当額について、会社が他から借り入れて貸し付けたのであればその借入金の利率、それ以外の場合は貸付けを行った日の属する年に応じた一定の利率によるものとしています。無利息または低利での貸付けでは、原則として利息相当額との差額が給与として課税されることになります。令和4年から令和7年中に行った貸付けについては、0.9%が示されています。出典:国税庁|No.2606 金銭を貸し付けたとき

DDで確認すべき点は、次のとおりです。

確認項目判断ポイント
発生経緯事業上の貸付か、私的支出の振替か
契約書金銭消費貸借契約書があるか
利率税務上説明できる利率か
返済条件返済期限、分割返済、担保、保証があるか
返済実績実際に返済されているか
残高推移毎期増えていないか、期末だけ返済されていないか
相殺予定役員退職金、役員借入金、配当、株式譲渡代金と相殺する予定があるか
回収可能性クロージング前に返済されるか、買収後も残るか
源泉・給与課税経済的利益として課税・源泉徴収が必要でないか
価格反映実態純資産から控除するか、クロージング前整理を求めるか

役員貸付金は、帳簿の上では資産です。しかし回収の見込みが乏しいのであれば、実態純資産から控除すべき資産だと考えるべき場合もあります。また、クロージング後に買主が回収交渉を引き継ぐ性質のものでなければ、クロージング前の返済を前提条件に据えるほうが現実的でしょう。

一方、役員借入金は逆向きの論点になります。対象会社がオーナーから借入をしている場合、それがネットデットに含めるべき債務性の項目なのか、返済不要に近い資本性の資金なのか、クロージング時に返済するのか、それとも買収後も残すのか——こうした整理が必要です。税務だけにとどまらず、価格調整、資金繰り、経営者保証、金融機関対応にまで接続していく論点です。

社宅・車両・保険・旅費は「経済的利益」として確認する

オーナー企業では、会社が所有または契約している資産・サービスを、役員や親族が利用していることがあります。代表的なものを挙げると、次のとおりです。

項目税務DD上の確認点
役員社宅賃貸料相当額を徴収しているか、給与課税が漏れていないか
車両事業利用と私的利用の区分、減価償却費・保険料・燃料代の妥当性
生命保険契約者、被保険者、受取人、経理処理、退職金準備との関係
旅費・交際費事業関連性、親族旅行・私的飲食の混在
会員権事業利用の実態、個人利用の有無
住宅手当・家賃負担社宅貸与なのか、現金給与なのか
個人費用の会社負担役員給与、役員賞与、寄附金、使途不明金等の可能性

国税庁は、役員に社宅などを貸与する場合、役員から1か月当たり一定額の家賃である賃貸料相当額を受け取っていれば給与として課税されないとしています。出典:国税庁|No.2600 役員に社宅などを貸したとき

また、役員に対して継続的に供与される経済的利益のうち、その額が毎月おおむね一定であるものは定期同額給与に該当し得るとされる一方、経済的利益の額が不相当に高額である場合や、事実を隠蔽・仮装して経理したものについては、損金算入に制限がかかります。出典:国税庁|No.5202 役員等に対する経済的利益

税務DDでのポイントは、「経済的利益があるかどうか」だけにとどまりません。あわせて、次のような点を整理していきます。

  • その支出は買収後も続くのか
  • オーナー退任によって消える費用なのか
  • 過年度の源泉徴収漏れがあるのか
  • 法人税上の損金不算入、役員給与、役員賞与、寄附金、交際費、使途不明金のいずれとして整理される可能性があるのか
  • 買収後の社内規程・承認体制で再発を防げるのか

オーナー所有不動産・資産賃貸は、税務・契約・事業継続を同時に見る

対象会社が利用している工場、店舗、事務所、駐車場、倉庫、機械装置、商標、営業権。こうしたものが、オーナー個人や親族会社の所有であることがあります。

この場合、税務DDでは次の3つを同時に確認します。

第一に、賃料や使用料の水準です。市場相場より高すぎれば、対象会社の利益が過小に計上されている可能性があります。逆に低すぎれば、買収後に賃料が引き上げられ、利益が下がる可能性が出てきます。

第二に、契約の継続可能性です。賃貸借契約書がない、契約期間が短い、解除条項が曖昧、所有者が売主個人である、買収後の利用継続について合意がない——こうした場合は、法務DDと連携して確認しておくべきです。

第三に、買収後の切り離しです。対象会社の事業に欠かせない不動産や商標が買収対象から外れていると、買主は「会社を買ったのに、事業運営に必要な資産を支配できない」という状態に陥りかねません。このときは、株式譲渡だけで進めるのか、不動産を同時に取得するのか、長期賃貸借契約を締結するのか、あるいは事業譲渡・会社分割へ切り替えるのかを検討することになります。

税務上は、賃料・使用料が適正水準にあるか、無償・低額・高額の取引によって寄附金、受贈益、役員給与、役員賞与といった問題が生じないかを確認します。ただし、最終的な判断は税務だけで完結するものではありません。事業継続、契約、資産保全、価格、クロージング条件と一体で整理すべき論点です。

寄附金リスクは「無償供与」だけにとどまらない

法人が関連当事者に対して経済的利益を移転している場合には、寄附金リスクが生じることがあります。

国税庁は、法人が寄附金を支出したときは、原則として一定額を超える部分の金額は損金に算入されないとしています。そして、ここでいう寄附金には、金銭その他の資産または経済的利益の贈与・無償供与などが含まれます。出典:国税庁|No.5281 寄附金の範囲と損金不算入額の計算

M&A税務DDで問題になりやすいのは、明示的な寄附だけではありません。

取引税務リスク
親族会社への高額外注費対価性がなければ寄附金・役員給与等の可能性
関係会社への無償役務提供対価未収、寄附金、移転価格リスク
関係会社への無利息貸付認定利息、寄附金、給与課税等の可能性
債務免除相手先への経済的利益供与、寄附金該当性
資産の低額譲渡時価との差額の課税関係、寄附金・受贈益
高額仕入・低額販売利益移転、寄附金、移転価格リスク
海外子会社へのノウハウ無償提供移転価格、寄附金、源泉・現地税務リスク
親族役員への過大報酬役員給与損金不算入、源泉所得税、個人課税

低額譲渡・高額譲渡では、当事者が個人か法人か、売り手か買い手か、時価との乖離がどの程度か、といった条件によって課税関係が変わってきます。M&Aの実務でも、低額譲渡・高額譲渡では買い手・売り手の双方に通常の株式譲渡とは異なる課税関係が生じ得るため、注意が必要です。

DDで見るべきは、「支出の名目」ではなく「経済的利益が誰に移転しているか」です。業務委託費と書かれていても、実際に役務提供がなければ寄附金や役員給与の問題になり得ます。貸付金と書かれていても、返済意思・返済能力・利息・契約がなければ、実質的な給与・賞与・寄附と見られる可能性があります。

海外取引は「国際税務の詳細」ではなく、DD上の赤旗を拾う

本記事では、国際税務の詳細な計算には立ち入りません。

ただ、対象会社に海外取引・海外子会社・海外関連会社がある場合、通常の国内税務DDだけでは不十分です。M&A税務DDで見るべき海外取引の入口は、次のとおりです。

海外論点DDで確認すべきこと
海外子会社所在国、出資比率、事業実態、役員、従業員、資産、取引内容
国外関連者取引販売、仕入、役務提供、ロイヤルティ、貸付、保証、無形資産
移転価格価格決定方針、比較対象、利益率、文書化、APAの有無
CFC税制ペーパーカンパニー、経済活動基準、受動的所得、租税負担割合
源泉税利子、配当、使用料、人的役務、租税条約届出
現地税務調査指摘履歴、未解決事項、追徴リスク
為替・送金外貨建取引、為替差損益、送金規制、配当可能性
グループ内契約契約書、価格改定、費用負担、ロイヤルティ、マネジメントフィー
海外オーナー関係売主・親族・旧経営者の海外法人との取引
買収後管理親会社税務部門、現地専門家、移転価格ポリシー、通算・連結管理

税務DDで、すべての国際税務論点を精密に計算するわけではありません。限られた期間で行うDDでは、まず「重大な税務リスクがあり得る取引」「買収価格・契約に反映すべき取引」「買収後に管理体制を整えるべき取引」を特定することが先決です。

移転価格リスクは、取引価格だけでなく利益配分を見る

海外関連会社との取引で最も重要になるのが、移転価格です。

財務省は、海外の関連企業との取引価格を通常の価格と異なる金額に設定すれば、一方の利益を他方へ移転できてしまうため、移転価格税制は、海外関連企業との取引を独立企業間価格で行われたものとみなして所得計算・課税する制度であると説明しています。出典:財務省|移転価格税制の概要

M&A税務DDでは、移転価格を細かい算定手法だけで見るのではなく、次の順番で確認していきます。

ステップ確認内容
1国外関連者の範囲を特定する
2国外関連取引の種類と金額を把握する
3価格決定方針を確認する
4契約書・請求書・実際の取引内容を照合する
5第三者取引との価格差を確認する
6各社の機能・リスク・資産と利益率が対応しているかを見る
7移転価格文書、ローカルファイル、APAの有無を確認する
8税務調査・相互協議・現地指摘履歴を確認する
9買収後の移転価格ポリシー変更が必要か検討する
10定量化できる部分とできない部分を分けて契約対応する

実務上は、別表十七(四)、移転価格分析、移転価格文書、国外関連者の範囲、取引内容、独立企業間価格の算定方法、利益配分のバランス、無形資産の無償使用許諾、無償役務提供、APAの有無といった点を確認していきます。なお、本格的な移転価格リスクの定量化は通常の税務DDの枠を超えることが多く、DDの段階では概算リスクの把握にとどめる場合もあります。

ここで気をつけたいのは、移転価格は「価格表の問題」だけではない、ということです。たとえば、次のような視点を持っておく必要があります。

  • 日本法人が研究開発、営業、品質保証、在庫リスク、信用リスクを負っているのに、海外子会社に過大な利益が残っていないか
  • 海外販売会社が限定的な販売機能しか持たないのに、高い利益率を得ていないか
  • 海外製造会社が単純な受託製造機能なのに、無形資産利益を得ていないか
  • 日本側が無償でブランド、技術、ノウハウ、システム、管理機能を提供していないか
  • 親子ローン、債務保証、キャッシュプーリング、ロイヤルティの設定に根拠があるか

移転価格リスクは、過年度の税務リスクであると同時に、買収後の事業計画・利益率・キャッシュフローにも影響していきます。

移転価格文書化は「義務の有無」だけでなく、説明可能性を見る

移転価格文書化制度の対象になるかどうかは、確かに重要です。

しかしM&A税務DDでは、形式的な提出義務の有無だけでなく、対象会社が国外関連取引を説明できる状態にあるかどうかを見ておく必要があります。

国税庁は、移転価格税制に係る文書化制度のFAQにおいて、ローカルファイルを「独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類」として整理しています。出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)(令和6年6月)

DDで確認する資料は、次のとおりです。

資料確認内容
別表十七(四)国外関連者と取引金額の把握
国外関連取引明細販売、仕入、役務、貸付、保証、ロイヤルティ等
移転価格文書独立企業間価格の算定根拠
ローカルファイル取引内容、機能リスク分析、比較対象、算定方法
マスターファイルグループ全体の事業・無形資産・金融活動
国別報告事項国別の所得・税額・従業員・資産等の外観
APA資料事前確認の対象取引、期間、条件
現地税務調査資料現地側で指摘された取引・金額
グループ契約書価格改定条項、役務内容、権利帰属
取締役会資料海外子会社設立・価格方針・資金支援の意思決定

文書化義務の対象外であっても、移転価格リスクがないとは限りません。特に中堅・中小企業の海外子会社では、取引金額そのものは大企業ほど大きくなくても、利益率への影響が大きいことがあります。

海外子会社は、CFC税制と実体の確認が必要になる

海外子会社がある場合には、外国子会社合算税制、いわゆるCFC税制の検討も欠かせません。

財務省は、外国子会社合算税制について、実質的な活動を伴わない外国子会社等を利用して日本の税負担を軽減・回避する行為に対処するため、ペーパーカンパニー等である場合、または経済活動基準を満たさない場合に、その外国子会社等の所得相当額を内国法人等の所得とみなして合算課税する制度であると説明しています。さらに、経済活動基準を満たす場合であっても、受動的所得については合算課税の対象となることがあるとされています。出典:財務省|外国子会社合算税制の概要

DDでは、海外子会社について次の事項を確認します。

確認項目見るべきポイント
所在国税率、租税負担割合、現地制度
出資関係直接・間接保有割合、実質支配
事業内容主たる事業、売上先、仕入先、機能
実体事務所、従業員、役員、設備、現地活動
管理支配取締役会、意思決定、経営管理の所在地
関連者取引売上・仕入・役務提供の相手が関連者か
受動的所得利子、配当、使用料、金融所得、資産賃貸等
現地申告税務申告、税務調査、欠損金、未払税金
日本側処理CFC合算の有無、別表、税効果
買収後方針存続、清算、再編、配当、資金回収

実務でも、CFC税制では、事業基準、実体基準、管理支配基準、所在地国基準または非関連者基準といった基準の適用状況、適用除外基準を満たさない場合の合算課税、受動的所得の合算課税、そして管理状況の具体的な確認が重要になります。

海外子会社が存在すること自体は、リスクではありません。問われるのは、実体に見合った所得が計上されているか、税務申告が整っているか、そして買収後に日本親会社側で合算課税や税効果の見直しが必要にならないか、という点です。

国外への利子・配当・使用料・役務対価は、源泉税と租税条約手続を見る

海外取引では、源泉所得税の確認も欠かせません。

国税庁は、非居住者および外国法人については、日本国内で稼得した国内源泉所得のみが課税対象になると説明しています。国内源泉所得の範囲としては、恒久的施設帰属所得、国内資産に関する所得、国内不動産の貸付対価、人的役務提供対価、内国法人からの配当などが例示されています。出典:国税庁|No.2878 国内源泉所得の範囲

また、源泉徴収の対象となる国内源泉所得について、租税条約に基づく軽減・免除を受けようとする場合には、支払を受ける日の前日までに、支払者を経由して所轄税務署長へ租税条約に関する届出書を提出する必要があります。届出書が提出されていなければ、租税条約上の限度税率ではなく、国内法の税率で源泉徴収を行うことになります。出典:国税庁|No.2888 租税条約に関する届出書の提出(源泉徴収関係)

M&A税務DDでは、次の支払を確認します。

支払内容DDでの確認点
海外親会社・子会社への利子国内源泉所得該当性、源泉税、租税条約、移転価格
海外法人へのロイヤルティ使用料の性質、源泉税、条約届出、無形資産の権利帰属
海外役務提供対価国内源泉所得該当性、PE、人的役務、請求内容
配当源泉税率、条約届出、受益者確認
マネジメントフィー役務実在性、対価性、源泉税、移転価格
保証料移転価格、源泉税、契約書
システム利用料使用料か役務提供か、源泉税、契約内容
海外個人への報酬非居住者源泉、人的役務、租税条約

源泉税のリスクは、税額そのものにとどまりません。不納付加算税、延滞税、グロスアップ負担、契約違反、買収後の資金流出にまでつながることがあります。また、海外側で源泉税が発生している場合には、日本側の外国税額控除や費用処理、現地税務調査との関係についても確認が必要です。

関連当事者・海外取引は、資料の不足それ自体がリスクになる

関連当事者取引や海外取引のDDでは、資料がないこと自体がリスクです。たとえば、次のようなケースです。

  • 契約書がない
  • 取引価格の決定方針がない
  • 役務提供の成果物がない
  • 貸付契約がない
  • 利率の根拠がない
  • 不動産賃料の相場資料がない
  • ロイヤルティ率の根拠がない
  • 海外子会社の申告書がない
  • 現地税務調査資料がない
  • 移転価格文書がない
  • 租税条約届出書の控えがない
  • 役員貸付金の返済予定表がない
  • 関連当事者の一覧がない

これらは、直ちに税務否認を意味するわけではありません。しかし、買主が「後から説明できる判断」を下すうえでは、重大な意味を持ちます。

税務DDでは、資料不足を単に「未入手」と記載するだけでは足りません。その資料がないことで、どの判断ができないのかを明示しておく必要があります。具体的には、次のような形です。

  • 過年度税務リスクを定量化できない
  • 正常収益力を調整できない
  • 実態純資産の修正額を見積もれない
  • 価格交渉に反映できない
  • 表明保証の範囲を広げる必要がある
  • 補償上限や補償期間を見直す必要がある
  • クロージング前に資料提出を前提条件とすべき
  • 買収後に税務管理体制を整える必要がある
  • 重大な場合には撤退を検討すべき

資料不足は、DDの限界ではなく、意思決定上の論点として扱うべきものです。

価格・契約・買収後管理への反映

関連当事者・オーナー取引・海外取引のDD発見事項は、価格、契約、クロージング前対応、買収後管理へと反映していきます。

価格への反映

次のような場合には、正常収益力や実態純資産の調整が必要になります。

発見事項価格への反映
親族会社への過大外注費買収後に解消されるなら正常収益力を上方修正する可能性
オーナー所有不動産の低額賃料買収後に市場賃料へ上がるなら正常収益力を下方修正
役員貸付金の回収不能実態純資産から控除
役員借入金の返済予定ネットデットまたは価格調整項目として検討
私的費用の会社負担正常収益力調整、過年度税務リスクとして整理
海外子会社への利益移転税務リスクと将来利益率の修正を検討
源泉税漏れ潜在税務債務として調整または補償対象にする
移転価格文書なし定量困難リスクとして価格ではなく契約で手当てする場合もある

契約への反映

契約上は、次のような対応が考えられます。

契約論点反映例
表明保証関連当事者取引の完全開示、税務申告、源泉税、移転価格、海外子会社申告
補償過年度税務調査、源泉漏れ、移転価格課税、CFC申告漏れ、関連当事者取引の未開示
特別補償特定の役員貸付金、未払源泉税、海外税務調査、特定関連者取引
前提条件クロージング前返済、契約締結、保証解除、租税条約届出、資料提出
誓約事項クロージングまで関連当事者取引を変更しない、通常取引条件を維持する
価格調整役員貸付金、役員借入金、未収未払、関係会社債権債務
開示別紙関連当事者一覧、取引一覧、海外子会社一覧、税務調査履歴

買収後管理への反映

買収後には、次の管理課題として引き継ぎます。

管理課題対応
関連当事者管理関連当事者一覧、承認フロー、取引条件レビュー
役員取引貸付禁止・承認規程、社宅・車両・経費精算ルール
不動産賃貸借契約書整備、更新管理、賃料改定ルール
経理体制仮払金・立替金・未収入金の月次管理
税務申告役員給与、寄附金、源泉税、移転価格別表の確認
海外子会社管理現地申告、税務調査、送金、移転価格、CFC判定
移転価格グループ移転価格ポリシー、文書化、APA検討
内部統制取引承認、職務分掌、証憑保存、モニタリング

買収後の管理課題は、PMIの詳細設計そのものではありません。ただ、DDの段階で「買収後に誰が、何を、いつまでに管理するか」を見据えておかなければ、同じ税務リスクが買収後もそのまま続いてしまいます。

撤退を検討すべき赤旗

関連当事者・オーナー取引・海外取引にリスクがあるからといって、直ちに撤退すべきというわけではありません。

ただし、次のような場合には、慎重な判断が求められます。

赤旗判断
関連当事者の範囲を売主が開示しないDD制約として重大。契約手当だけで足りるか検討
主要取引先がオーナー親族会社で、買収後継続が不明事業継続リスク。法務DD・ビジネスDDと連携
役員貸付金が多額で返済意思・能力が不明実態純資産控除またはクロージング前返済を検討
私的費用が広範囲に混在税務リスクだけでなく内部管理体制リスク
移転価格文書がなく、海外利益配分に説明がない定量困難リスク。追加調査・特別補償を検討
海外子会社に実体が乏しいCFC・現地税務・レピュテーションリスク
税務調査中の海外取引が未開示表明保証違反リスク、撤退も含め検討
源泉税漏れが複数年・複数国に及ぶ潜在債務として定量化し契約対応
売主が関連当事者取引の解消に応じない買収後管理不能リスク
税務処理に仮装・隠蔽の疑いがある追加調査または撤退検討

大切なのは、赤旗を「不安材料」のまま終わらせないことです。追加資料で解消できるのか、価格に反映すべきなのか、契約で手当てすべきなのか、クロージング前に整理すべきなのか、それとも撤退すべきなのか。ここを切り分けて判断していきます。

税務DDで依頼すべき資料

関連当事者・オーナー取引・海外取引を確認するには、通常の申告書だけでは足りません。少なくとも、次の資料を依頼します。

資料確認目的
関連当事者一覧役員、株主、親族、関係会社、海外法人の把握
資本関係図直接・間接保有、兄弟会社、海外子会社の確認
役員・株主別取引明細報酬、貸付、借入、未収入金、未払金
関連当事者取引明細売上、仕入、外注費、賃料、業務委託、ロイヤルティ
契約書賃貸借、業務委託、貸付、保証、ロイヤルティ、役務提供
役員給与台帳月次推移、改定、賞与、退職金、経済的利益
貸付金・借入金台帳残高推移、利率、返済条件、相殺予定
不動産賃貸借資料所有者、賃料、相場、契約期間、更新条件
経費精算資料旅費、交際費、車両、保険、会員権、私的費用
税務申告書・別表役員給与、寄附金、交際費、源泉、国外関連者
源泉所得税資料納付書、支払調書、租税条約届出書
海外子会社申告書現地税務申告、未払税金、税務調査
移転価格文書ローカルファイル、価格方針、機能リスク分析
APA・相互協議資料事前確認、税務当局との協議状況
CFC検討資料経済活動基準、租税負担割合、受動的所得
税務調査資料指摘事項、修正申告、更正、未解決事項
買収後方針資料オーナー退任、契約継続、組織再編、海外管理方針

資料が不足している場合、DD報告書では「未入手」と記載するだけにとどめず、その不足によってどの判断ができないのかを明確にしておきます。

まとめ|属人的な取引を、買収判断に使える論点へ変換する

関連当事者・オーナー取引・海外取引は、税務DDの中でも、とりわけ実務判断の難しい領域です。

理由はシンプルで、税法だけでは結論が出ないからです。取引の実態、価格の合理性、契約の有無、買収後の継続可能性、正常収益力への影響、実態純資産への影響、源泉税、移転価格、CFC、さらには法務DD、ビジネスDD、買収後管理にまで接続して判断していく必要があります。

関連当事者取引があること自体は、必ずしも問題ではありません。問われるのは、その取引が開示され、説明され、第三者取引との比較ができ、買収後の扱いが整理されているかどうかです。

オーナー取引があること自体も、必ずしも問題ではありません。問われるのは、会社と個人の境界が曖昧なまま、買収後も税務・資金・契約のリスクとして残ってしまわないかです。

海外取引があること自体も、必ずしも問題ではありません。問われるのは、国外関連者取引、源泉税、移転価格、CFC、現地税務調査について、買主が後から説明できる資料と管理体制を持てるかどうかです。

M&A税務DDの役割は、これらのリスクをゼロにすることではありません。受け入れられるリスク、価格で調整すべきリスク、契約で手当てすべきリスク、クロージング前に整理すべきリスク、そして進めるべきでないリスク——これらを切り分けることこそが、その役割です。

関連当事者取引、オーナー貸付・借入、不動産賃貸、役員給与、寄附金、移転価格、海外子会社取引が買収判断にどう影響するのかを整理したい場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所のお問い合わせページからご相談ください。申告書の確認にとどまらず、数字、契約、証憑、税務処理、買収後の管理可能性をつなげて、価格・契約・実行判断に使える形で論点を整理いたします。

振り返り|関連当事者・オーナー取引・海外取引の税務DD論点

論点DDで確認すべきこと実行判断への反映
関連当事者マップ役員、株主、親族会社、関係会社、海外法人の範囲未開示リスク・追加調査範囲を判断
関連当事者取引売上、仕入、外注、賃料、貸付、保証、役務提供正常収益力・契約条件へ反映
オーナー取引会社と個人の資金・資産・費用の混在買収後に残る負担と消える費用を分ける
役員給与定期同額給与、事前確定届出給与、過大役員給与税務リスクと買収後人件費を整理
役員退職慰労金支給根拠、金額、退職実態、源泉徴収ネットデット・クロージング条件へ反映
経済的利益社宅、車両、保険、旅費、私的費用源泉漏れ・損金不算入・正常収益力調整
役員貸付金契約、利率、返済実績、回収可能性実態純資産控除・クロージング前返済
役員借入金返済予定、利息、資本性、相殺予定ネットデット・価格調整へ反映
資産賃貸オーナー所有不動産、賃料水準、契約継続事業継続・法務DD・価格へ反映
寄附金リスク無償供与、低額譲渡、高額取引、債務免除損金不算入・補償・価格調整
移転価格国外関連者、価格方針、利益率、文書化概算リスク・契約手当・買収後管理
海外子会社実体、管理支配、取引内容、現地申告CFC・現地税務・ストラクチャー判断
源泉税利子、配当、使用料、役務対価、租税条約届出潜在債務・補償・クロージング前対応
資料不足契約書、取引明細、税務資料、現地資料の不足DD制約として価格・契約・撤退判断へ反映
買収後管理関連当事者承認、移転価格ポリシー、源泉税管理DD報告書で終わらせず管理課題へ引継ぐ
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