M&Aで財務・税務DDに着手するとき、まず確認すべきは「どの資料を見るか」だけではありません。その前に、そもそも何を取得する取引なのかを見定めておく必要があります。
株式を取得するのか。事業だけを取得するのか。それとも会社分割によって特定の事業・権利義務を承継するのか。この違いによって、財務・税務DDで見るべき焦点は大きく変わってきます。
同じ会社、同じ事業、同じ売上・利益であっても、スキームが変われば、買主が引き継ぐ資産、負債、契約、税務リスク、従業員、許認可、過年度の問題、買収後の管理課題は変わります。
ですから、財務・税務DDは、単に対象会社の決算書を調べる作業ではありません。採用するスキームを前提に、どのリスクが買主に移るのか、どのリスクは売主側に残るのか、どのリスクは契約・価格・クロージング条件で調整すべきなのかを見極めていくプロセスだと考えています。
財務DDは、ディール実行段階で対象会社・対象事業の財務状況を深く確認できる中核的な機会です。税務DDは、過年度の税務リスクにとどまらず、将来のストラクチャー検討にも関わってきます。さらに法務DDでは、取引実行の可否、対価算定への影響、契約上の対応をあわせて検討することが欠かせません。
本記事では、M&A全体の流れを追うのではなく、株式譲渡・事業譲渡・会社分割というスキームの違いによって、財務・税務DDの焦点がどう変わるかに絞って整理します。
なお、会社法上の組織再編・事業譲渡・会社分割の手続、法人税法上の組織再編税制、消費税・登録免許税・不動産取得税等の課税関係は、いずれも個別事情と最新法令の確認が前提となります。本記事は、2026年6月時点の公的情報をもとに、実務上の判断軸を整理したものです。
出典:e-Gov法令検索|会社法、出典:国税庁|企業組織再編関係、出典:中小企業庁|中小M&Aガイドライン
スキームが変わると、DDの問いが変わる
財務・税務DDでよくある誤解は、「どのスキームであっても、対象会社の財務内容を見ればよい」という考え方です。
たしかに、どのスキームであっても、対象事業の収益力、資金繰り、資産負債、税務リスクを確認すること自体は欠かせません。ただ、DDの本質的な問いは、スキームによって変わってきます。
株式譲渡では、買主は対象会社の株式を取得します。対象会社という法人格はそのまま残るため、原則として、その会社が持つ資産、負債、契約、従業員、税務ポジション、過年度の問題は、対象会社の中に残り続けます。買主は「会社ごと」引き受けることになります。
事業譲渡では、買主は特定の事業、資産、契約などを個別に取得します。会社そのものを買うわけではないため、取得するものとしないものを設計しやすい一方で、契約移転、許認可、従業員承継、税務コスト、事業継続性の確認が重みを増します。
会社分割では、会社法上の組織再編により、分割会社の事業に関する権利義務の全部または一部を、承継会社・新設会社へ承継させます。会社分割には吸収分割と新設分割があり、会社法上、吸収分割は株式会社または合同会社がその事業に関して有する権利義務の全部または一部を他の会社に承継させるもの、新設分割は分割により設立する会社に承継させるものとされています。
こうした違いを踏まえると、DDの問いは次のように変わります。
- 株式譲渡では、この会社を丸ごと買ってよいのかが中心になります。
- 事業譲渡では、必要な事業だけを切り出して買えるのかが中心になります。
- 会社分割では、承継させる権利義務の範囲を、法務・税務・会計・実務運用の面から実行可能な形に設計できるかが中心になります。
この違いを曖昧にしたままDDを進めると、調査項目は数多くそろっていても、実行判断には使いにくい報告になってしまいます。
株式譲渡のDD|会社全体を引き継ぐ前提で見る
株式譲渡は、M&Aで最も多く用いられるスキームの一つです。買主は対象会社の株式を取得し、その会社を支配下に置きます。
この場合、対象会社の法人格は変わりません。会社名義の契約、許認可、資産、負債、従業員との雇用契約、税務上の申告主体は、原則としてそのまま残ります。
したがって株式譲渡のDDでは、対象会社の一部分ではなく、会社全体に潜むリスクまで見ていく必要があります。
財務DDの焦点
株式譲渡における財務DDの中心は、対象会社全体の正常収益力、実態純資産、ネットデット、運転資本、簿外債務、偶発債務です。
対象会社の決算書に利益が出ていても、それが買収後も再現できる利益なのかは、また別の問題です。具体的には、次のような点を一つずつ確かめていきます。
- オーナー関連費用が含まれていないか
- 一過性の売上や費用がないか
- 主要取引先への依存が強すぎないか
- 役員報酬、関連当事者取引、私的費用、役員借入金、未払費用、保証債務がないか
- 月次決算や管理資料が、後から説明できる水準で整っているか
株式譲渡では、会社に残っているものは原則として買収後も会社に残ります。ですから財務DDでは、「買収価格にどう反映するか」だけでなく、買収後にその会社を管理できるかというところまで見ておかなければなりません。
とりわけ中小・オーナー企業では、会社の収益力とオーナー個人の信用、営業力、人間関係、経理判断が分離されていないことがあります。株式譲渡でその会社を取得するのであれば、買主は数字だけでなく、その数字を生み出している経営体制そのものを確認する必要があります。
税務DDの焦点
株式譲渡では、対象会社の過年度税務リスクも会社の中に残ります。
過去の法人税、消費税、源泉所得税、役員給与、交際費、寄附金、関連当事者取引、海外取引、税務調査での指摘事項などは、買収後に顕在化する可能性があります。
買主が取得するのは株式であって、対象会社の資産を時価で買い直すわけではありません。そのため、対象会社の中に含み損益、税務上の簿価、繰越欠損金、税効果、過年度処理の問題が残っていれば、その影響を買収後に受けることがあります。
ここで大切なのは、「税務リスクがあるから必ず買収をやめる」という判断ではありません。DDで確認すべきは、税務リスクを次のように仕分けていくことです。
- 追徴税額の可能性を見積もれるもの
- 契約上の補償で手当てすべきもの
- クロージング前に修正申告や整理を求めるべきもの
- リスクの金額や発生可能性が読みにくく、価格だけでは処理しにくいもの
- そもそも対象会社の税務管理体制に重大な問題があるもの
株式譲渡では、過年度税務リスクを対象会社から切り離すことが難しいため、税務DDの結果は、表明保証、補償、特別補償、前提条件、価格調整、クロージング前対応に直結します。
法務・契約面で財務DDと接続すべき点
株式譲渡では、契約そのものは対象会社に残ることが多い一方で、支配権の変更を理由に、重要契約へ解除権や承諾取得義務が発生する場合があります。いわゆるチェンジ・オブ・コントロール条項です。
この条項が、重要取引先、金融機関、フランチャイズ契約、ライセンス契約、賃貸借契約などに含まれていると、財務DDで前提とした売上・利益・資金繰りが崩れる可能性があります。
つまり、株式譲渡の財務DDでは、過去の売上や利益を確認するだけでは足りません。あわせて、次のような論点も押さえておく必要があります。
- その売上を生んでいる契約が、株式譲渡後も維持できるのか
- 借入金の期限の利益喪失や財務制限条項への抵触がないか
- 経営者保証や担保がどのように整理されるのか
- 許認可の届出・承認・更新に支障がないか
こうした法務DDの論点とつながってはじめて、財務数値は実行判断に使える情報になります。
株式譲渡のDDで最も大切なのは、会社全体を引き継いだときに、どのリスクを買主が本当に負うことになるのかを見極めることです。
事業譲渡のDD|必要な事業だけを取得できるかを見る
事業譲渡は、会社そのものではなく、特定の事業、資産、契約、権利義務を個別に取得するスキームです。
買主にとっては、必要な事業・資産を選んで取得しやすいという利点があります。過年度の会社全体の税務リスクや簿外債務を直接引き継がない設計も、検討しやすくなります。
その一方で、事業譲渡は「必要なものだけを買える」反面、必要なものを本当に移せるかが大きな論点になります。
財務DDの焦点
事業譲渡の財務DDでは、対象会社全体ではなく、取得対象となる事業単位の損益、資産、負債、キャッシュフローを切り出して分析します。
ここで壁になりやすいのが、対象会社の決算書が、必ずしも譲渡対象事業の単位で作られていないことです。実務では、次のような状況に直面します。
- 会社全体の売上は分かるが、譲渡対象事業だけの売上が明確でない
- 部門別損益はあるが、共通費の配賦が粗い
- 人件費、家賃、システム費用、管理部門費用が、買収後には別途必要になる
- 売掛金、棚卸資産、前受金、未払費用のうち、どこまでが譲渡対象事業に紐づくのか曖昧である
- 対象事業単体で資金繰りが成り立つか分からない
事業譲渡の財務DDの中心は、切り出した事業が単独で成り立つかにあります。
対象会社全体では利益が出ていても、取得対象事業だけを取り出すと採算が異なることがあります。逆に、対象事業そのものは魅力的でも、これまで会社全体の管理部門、資金繰り、購買力、信用力に支えられていたために、買収後に追加コストが生じることもあります。
ですから事業譲渡の財務DDでは、正常収益力に加えて、スタンドアロンコスト、移転対象資産、必要運転資本、買収後の追加投資、管理体制の再構築費用まで確認しておく必要があります。
税務DDの焦点
事業譲渡では、売主側で資産・負債の譲渡損益が問題となり、買主側では取得資産の税務上の取得価額、減価償却、消費税、登録免許税、不動産取得税などが論点になります。
株式譲渡と異なり、事業譲渡では買主が資産を個別に取得します。譲渡対象に棚卸資産、固定資産、営業権、のれん、不動産、車両、設備、ソフトウェア、契約上の地位などが含まれる場合には、それぞれの税務処理を確認しておかなければなりません。
ここでも重要なのは、単に「税額がいくらか」を計算することではありません。
買主にとっては、取得価額の配分が、買収後の償却費、損益、税務負担に影響します。売主にとっては、譲渡益課税や消費税負担が、譲渡価格の交渉に影響します。不動産や登録資産が含まれる場合には、取引時のコストが想定以上に膨らむこともあります。また、課税資産と非課税資産、課税対象外の項目が混在する場合には、契約書上の対価配分と税務処理の整合性が問われます。
そのため事業譲渡では、税務DDの結果を価格だけで捉えるのではなく、譲渡対象資産の範囲、対価配分、クロージング時の精算、インボイス・消費税処理、買収後の会計税務処理へとつなげていく必要があります。
法務・実務面で財務DDと接続すべき点
事業譲渡で最も注意したいのは、財務上「取得したい」と考えたものが、法務・実務の面でそのまま移転できるとは限らない点です。具体的には、次のような確認が必要になります。
- 重要取引先との契約は、譲渡に相手方の承諾が必要かもしれない
- 許認可は、買主側で新たに取得しなければならないかもしれない
- 従業員は当然に移籍するわけではなく、雇用条件や本人同意、労務対応が論点になる
- リース契約、賃貸借契約、フランチャイズ契約、ソフトウェア利用契約、知的財産ライセンスには、移転制限があるかもしれない
- 主要な仕入先・販売先が移らなければ、財務DDで見た売上・粗利が買収後に再現しないかもしれない
ですから事業譲渡では、財務DDと法務DDを切り離しすぎてはいけません。
財務DDで「この事業は利益が出ている」と判断しても、その利益を支える契約、人材、設備、許認可、システムが移転できなければ、買収後の収益力は大きく変わってしまいます。
事業譲渡のDDで最も大切なのは、買いたい事業を、買収後に本当に運営できる形で取得できるかを確認することです。
会社分割のDD|承継範囲と税務適格性を同時に見る
会社分割は、事業譲渡と同じように、特定の事業・権利義務を切り出す場面で用いられることがあります。
ただし事業譲渡とは異なり、会社法上の組織再編として、分割会社の事業に関する権利義務の全部または一部を、吸収分割承継会社または新設分割設立会社へ承継させる仕組みです。会社分割では、承継対象となる権利義務の設計、債権者保護手続、労働契約承継、税務適格性、会計処理などが、複合的に絡み合います。
出典:e-Gov法令検索|会社法、出典:厚生労働省|会社分割に伴う労働契約の承継等に関する資料
財務DDの焦点
会社分割の財務DDでも、事業譲渡と同様に、切り出される事業単位の収益力、資産、負債、運転資本、キャッシュフローを確認します。
ただし会社分割は、単なる資産売買ではなく、承継対象となる権利義務を分割契約・分割計画で定めます。そのため財務DDでは、次の点が重要になります。
- 承継対象事業の損益を、どこまで独立して把握できるか
- 承継する売掛金、棚卸資産、固定資産、契約、借入、未払費用、引当金は、どの範囲か
- 対象事業に関連する負債や偶発債務を、どこまで承継対象に含めるのか
- 共通部門費、管理費、ITコスト、人件費、設備利用料をどう考えるのか
- 分割後の会社が、単独で事業運営できるだけの資産・人材・契約・資金を備えているか
会社分割は、事業譲渡よりも権利義務の承継設計に柔軟性がある一方で、承継範囲の定義が曖昧だと、買収後に「この債務はどちらの会社が負担するのか」「この契約は本当に承継されているのか」といった問題が生じます。
財務DDでは、承継貸借対照表、承継損益、承継対象資産負債明細、契約一覧、債務一覧、未払・引当項目、関連当事者取引を、整合的に突き合わせて確認する必要があります。
税務DDの焦点
会社分割では、税務上、適格組織再編に該当するかどうかが大きな分かれ目になります。
組織再編税制では、適格組織再編成に該当する場合には、一定の資産・負債を簿価で移転する取扱いとなります。一方、非適格組織再編成に該当する場合には、時価で移転したものとして課税関係が生じることがあります。さらに、繰越欠損金や特定資産譲渡等損失額など、租税回避防止の観点から設けられた制限規定が問題となる場合もあります。
出典:国税庁|企業組織再編関係、出典:国税庁|組織再編税制に関する事前照会に当たって必要な資料
ここで大切なのは、会社分割の税務DDを「適格か非適格か」だけで終わらせないことです。あわせて、次のような点まで見ておく必要があります。
- 税制適格要件を満たすか
- 分割対象事業の継続性をどう説明できるか
- 移転資産・負債の範囲は税務上も整合しているか
- 繰越欠損金や含み損益を利用する意図が疑われないか
- 分割後の事業運営の実態と、当初の説明が整合するか
- 関係会社間取引、資産移転、借入、保証、役員・株主との取引が税務上の問題にならないか
会社分割を使えば税負担を軽くできる、という発想だけで進めるのは危険です。組織再編税制は、形式だけでなく、経済実態、事業継続、支配関係、対価、移転資産の内容まで見ながら判断していくものだからです。
したがって会社分割の税務DDでは、税務メリットだけでなく、そのストラクチャーを後から説明できるかを確認しておく必要があります。
法務・労務・許認可との接続
会社分割は、事業譲渡よりも契約・権利義務の承継を設計しやすい場面があります。とはいえ、すべての問題が自動的に解決するわけではありません。
- 債権者保護手続が必要になる場合があります
- 労働契約の承継については、労働契約承継法や関連手続を確認する必要があります
- 許認可や行政上の地位は、当然に承継されるとは限らず、個別法令の確認が欠かせません
- 契約上、会社分割を理由とする通知・承諾・解除条項が定められている場合があります
- 分割後に残る会社と承継会社の間で、サービス提供、賃貸借、商標利用、システム利用、管理業務委託が必要になることがあります
会社分割のDDで最も大切なのは、切り出す事業が、法務・税務・財務・労務・許認可の面から、分割後も実際に動く形になっているかを確認することです。
形式上は会社分割ができても、分割後に必要な契約、従業員、システム、資金、許認可、管理体制がそろわなければ、買収後の事業運営は不安定なものになります。
3つのスキームを比較するときの判断軸
株式譲渡、事業譲渡、会社分割のどれが優れているかは、一般論で決まるものではありません。
大切なのは、次の順番で考えることです。
- まず、買主が本当に取得したいものは何か。
- 次に、取得したくないリスクは何か。
- そのうえで、そのリスクを価格、契約、クロージング前対応、買収後管理で処理できるか。
- 最後に、そのスキームを税務・法務・会計・実務運用の面から後から説明できるか。
株式譲渡は、会社全体を取得するため、取引手続は比較的シンプルに見えます。しかし、会社の中にある過年度税務リスク、簿外債務、偶発債務、管理体制の弱さまで含めて引き受けることになります。
事業譲渡は、必要な事業だけを取得しやすい反面、契約移転、従業員承継、許認可、税務コスト、スタンドアロンコストを丁寧に確認しなければ、買収後に事業が動かないリスクをはらみます。
会社分割は、事業の切り出しと権利義務の承継を組織再編として設計できる一方で、税務適格性、債権者保護、労働契約、許認可、会計処理、承継範囲の明確化が重要になります。
M&Aのストラクチャリングでは、コスト、時間、リスクという観点から検討することが有用です。この考え方は、DDにもそのまま当てはまります。
DDで確認すべきは、単に「リスクがあるか」ではありません。そのスキームを採用した場合に、どのリスクが、誰に、いつ、どの程度移るのかです。
DD発見事項をどう実行判断に変えるか
スキームごとのDDで見つかった事項は、次のいずれかに整理していく必要があります。
- 価格に反映する事項
- 契約で手当てする事項
- クロージング前に解消すべき事項
- 買収後の管理課題として引き継ぐ事項
- 実行を見送るべき事項
たとえば、株式譲渡で過年度税務リスクが見つかった場合は、価格控除だけで足りるのか、補償条項が必要なのか、クロージング前に修正申告や資料整備を求めるべきなのかを判断します。
事業譲渡で主要契約の移転承諾が未取得であれば、クロージング条件にするのか、譲渡対象から外すのか、価格を見直すのか、移行期間契約で対応するのかを検討します。
会社分割で税務適格性に不確実性が残る場合は、スキームを見直すのか、税務意見を取得するのか、事前照会の要否を検討するのか、非適格となった場合の税負担を価格に織り込むのかを整理します。
このように、DDは「問題点の発見」で終わらせてはいけません。DDの価値は、発見した事項を、実行可否、価格条件、契約条件、前提条件、買収後対応へと変換するところにあります。
中小M&Aガイドラインでも、DD、最終契約、表明保証、経営者保証、クロージング後の支払・手続などが、重要なプロセスとして整理されています。中小M&Aでは、DDを省略したり形式的に済ませたりすると、買収後のトラブルや説明のつかないリスクにつながりやすい点に注意が必要です。
「どのスキームが安全か」ではなく「どのリスクを引き受けるか」
M&Aの検討では、「株式譲渡は危ない」「事業譲渡なら安全」「会社分割なら税務上有利」といった、単純な整理がなされることがあります。
しかし実務上は、そう割り切れるものではありません。
株式譲渡でも、DDを丁寧に行い、価格、表明保証、補償、クロージング前対応を適切に設計すれば、受容可能なリスクに整理できることがあります。事業譲渡でも、契約移転や許認可がうまく進まず、結果として事業価値を毀損してしまうことがあります。会社分割でも、承継範囲や税務適格性の整理が不十分であれば、後から大きな税務・法務・会計上の問題になりかねません。
ですから、大切なのは「安全なスキームを選ぶこと」ではありません。選んだスキームに応じて、DDの焦点を変えることです。
- 株式譲渡では、会社全体を引き受ける覚悟があるか。
- 事業譲渡では、必要な事業を本当に移せるか。
- 会社分割では、承継範囲と税務・法務手続を後から説明できるか。
これらの問いに答えられる状態になってはじめて、DDは実行判断に使えるものになります。
まとめ|スキーム選択はDDの出発点である
財務・税務DDは、対象会社の数字を精査するだけの作業ではありません。
とりわけ株式譲渡、事業譲渡、会社分割を比較する場面では、スキームによって、買主が引き継ぐもの、引き継がないもの、契約で手当てすべきもの、価格に反映すべきもの、買収後に整えるべきものが変わってきます。
だからこそ、DDを始める段階で、次の点を整理しておく必要があります。
- 何を取得したいのか
- 何を取得したくないのか
- どのリスクは価格で調整できるのか
- どのリスクは契約で手当てすべきか
- どのリスクはクロージング前に解消すべきか
- どのリスクは買収後管理で対応できるのか
- どのリスクは、そもそも受け入れるべきではないのか
DDは、リスクをゼロにするための手続ではありません。不確実なM&Aを、後から説明できる判断に近づけるための手続です。
スキームの違いを踏まえた財務・税務DDを行うことで、買主は、単に「買うか、買わないか」ではなく、どの条件なら買えるのか、どの論点を解消すれば進められるのか、どのリスクは受け入れるべきでないのかを判断しやすくなります。
財務・税務DDやスキーム選択でお悩みの方へ
M&Aの検討では、対象会社の決算書や売主の説明を確認するだけでは、判断に必要な材料がそろわないことがあります。
特に、株式譲渡、事業譲渡、会社分割のどれを前提にするかによって、財務DD・税務DDで見るべき範囲、税務コスト、承継リスク、契約条件、クロージング前対応は変わってきます。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、財務・税務DD、M&Aの実行判断、スキーム検討、買収後の管理課題について、数字と事実に基づいて整理するご支援を行っています。
買収を進めるべきか迷っている、DDで何を確認すべきか整理したい、スキームごとの税務・財務リスクを事前に把握しておきたい、という場合は、現在の検討状況や対象会社の概要を整理のうえ、お問い合わせページよりご相談ください。
この記事の振り返り
| 論点 | 株式譲渡 | 事業譲渡 | 会社分割 |
|---|---|---|---|
| 取得するもの | 対象会社の株式 | 特定の事業・資産・契約等 | 事業に関する権利義務の全部または一部 |
| DDの中心 | 会社全体を引き受けてよいか | 必要な事業だけを取得し、運営できるか | 承継範囲を法務・税務・会計上説明できるか |
| 財務DDの焦点 | 正常収益力、実態純資産、簿外債務、ネットデット、運転資本 | 切出損益、スタンドアロンコスト、対象資産負債、必要運転資本 | 承継対象事業の損益、資産負債、共通費、承継範囲 |
| 税務DDの焦点 | 過年度税務リスク、税務ポジション、繰越欠損金、関連当事者取引 | 譲渡損益、消費税、取得価額配分、登録免許税等 | 適格・非適格、簿価・時価移転、繰越欠損金、租税回避リスク |
| 法務・実務上の注意点 | COC条項、金融機関対応、許認可、株主・保証関係 | 契約移転、許認可、従業員承継、取引先承諾 | 債権者保護、労働契約承継、許認可、分割契約・計画 |
| 判断への反映 | 価格調整、表明保証、補償、前提条件 | 譲渡対象範囲、対価配分、クロージング条件、移行対応 | スキーム設計、税務確認、承継範囲明確化、買収後管理 |
| 最も避けるべきこと | 会社全体のリスクを見ないまま株式を取得すること | 移転できない事業を前提に価格を決めること | 税務・法務・実務運用を切り離して会社分割を設計すること |