M&Aで金融機関に買収資金の相談をするとき、まず整理すべきなのは「いくら借りられるか」ではありません。最初に必要なのは、「何に、いくら、いつ、誰へ支払うのか」を、自分の言葉で説明できる状態をつくることです。
買収資金の資金使途が曖昧なままでは、金融機関は融資の妥当性を判断できません。同じ「買収資金」でも、買収代金なのか、既存借入の借換えなのか、専門家費用なのか、買収後の運転資金なのか、設備投資なのかによって、金融機関が見るポイントは変わります。必要な証憑も、返済原資の説明も、それぞれ異なってきます。
M&Aの資金計画で危ういのは、買収代金だけを見て「必要資金」を考えてしまうことです。実際には、買収を完了させるための資金と、買収後に会社を回していくための資金は、まったくの別物です。前者だけを調達できても、後者を見落とせば、買収した直後に資金繰りが詰まります。
買収資金の説明は、単なる内訳表ではありません。その買収が、資金使途、調達源泉、返済原資、買収後の資金繰り、既存借入、担保・保証、契約条件まで含めて一つの計画として成立していることを、第三者に説明するための土台です。
資金使途とは「融資金の行き先」ではなく「買収判断の前提」である
金融機関にとって資金使途は、もともと融資金が何に使われるのかを確認するための項目です。ただし、M&Aではそれだけでは足りません。
買収資金の資金使途は、買収目的と一体で説明される必要があります。なぜその会社を買うのか。その買収によって何を取得するのか。その取得のために、なぜその金額が必要なのか。そして、買収後にどのキャッシュ・フローで返済していくのか。金融機関は、これらを切り離さず、一連の流れとして見ています。
通常の設備資金であれば、取得する設備、見積書、投資効果、返済原資を比較的整理しやすい場合があります。これに対して買収資金は、株式取得代金や事業譲受代金そのものが、すぐに目に見える設備や在庫に変わるわけではありません。
特に株式譲渡では、買主が支払うのは対象会社の株式取得代金です。しかし金融機関が実質的に見たいのは、その株式を取得することで買主が支配することになる事業、資産、収益力、キャッシュ・フローです。つまり、資金使途としては「株式を買うため」であっても、融資判断上の説明は「対象会社の事業を取得し、買収後の事業キャッシュ・フローを基礎に返済するため」と整理しておく必要があります。
買収ファイナンスでは、調達の側にエクイティ、シニアローン、ブリッジローン、メザニンなどが並び、使途の側に株式取得代金、既存ローン返済、取引関連費用などが並ぶ形で整理されることがあります。これは、金融機関が「何で調達し、何に使うのか」を、つねに対応関係で見ていることの表れです。
金融機関が資金使途を重視する理由
金融機関が資金使途を確認するのは、単に融資金の流用を防ぐためだけではありません。資金使途によって、融資の性格、返済期間、返済原資、保全、必要書類、実行条件まで変わってくるからです。
たとえば株式取得代金であれば、対象会社の株式を取得することで、どのような事業・資産・収益力を支配することになるのかが問われます。事業譲受代金であれば、取得する資産・契約・許認可・従業員・承継債務の範囲が問われます。既存借入の借換えであれば、既存金融機関の同意、期限前返済、担保・保証の解除、借換え後の返済計画が問われます。買収後の運転資金であれば、売掛金、在庫、仕入債務、人件費、季節変動を踏まえた資金繰りが問われます。
資金使途の説明が曖昧だと、金融機関の側にはこうした疑問が残ります。
- この融資金は本当に買収に必要なのか
- 買収代金と関連費用が混ざっていないか
- 対象会社の既存借入をどう扱うのか
- 買収後すぐに追加資金が必要になるのではないか
- 自己資金を少なく見せるために、必要額を過大にしていないか
- 逆に、借入額を小さく見せるために、必要資金を過小にしていないか
事業性融資では、資金使途のエビデンス確認が欠かせません。融資金が説明どおりの目的に使われなければ、返済原資の前提そのものが崩れてしまうからです。実務上も、書類が改ざんされていないことを確認するために、契約書や証憑の原本確認が重視されています。
M&Aでも考え方は同じです。資金使途の説明は、「資金の行き先」を示すだけでなく、「その資金が買収後の返済可能性につながっているか」を確認するための入口になります。
買収資金の資金使途は大きく分けて整理する
買収資金の資金使途は、最初から細かく羅列するよりも、まず大きな区分に分けて整理したほうが説明しやすくなります。基本的には、次のような区分で考えます。
| 区分 | 主な内容 | 金融機関に説明すべきポイント |
|---|---|---|
| 買収対価 | 株式取得代金、事業譲受代金、持分取得代金 | 何を取得する対価か、価格の前提は何か、契約上いつ誰に支払うか |
| 既存借入・保証の整理 | 対象会社借入の借換え、期限前返済、保証差替え、担保解除 | 既存金融機関の同意、返済額、解除手続、買収後の借入構造 |
| 取引関連費用 | FA報酬、DD費用、弁護士費用、税務・会計費用、登記・印紙・手数料 | 買収実行に不可欠な費用か、見積・契約・請求根拠はあるか |
| 買収後運転資金 | 売掛金回収までの資金、在庫、仕入、人件費、当面の固定費 | 買収後に資金ショートしないか、資金繰り表に反映されているか |
| 買収後追加投資 | 設備更新、IT、人材採用、管理体制整備、店舗・工場修繕 | 買収目的を実現するために必要か、返済計画と両立するか |
| 予備資金 | 価格調整、想定外支出、業績下振れへの備え | 必要性と水準に合理性があるか、過大・過小でないか |
ここで大切なのは、すべてを「買収資金」と一括りにしないことです。買収対価、借換え、関連費用、運転資金、追加投資では、それぞれ意味が異なります。金融機関にとっても、返済期間や審査の見方が変わってきます。
ご自身が買い手であれば、この区分を分けて考えることで、自社の買収計画のどこに資金不足が生じやすいかを把握しやすくなります。
株式取得代金を説明する場合
株式譲渡による買収では、最も分かりやすい資金使途が株式取得代金です。とはいえ、金融機関に「株式取得代金です」とだけ伝えても、それでは説明として足りません。
株式はあくまで法的な取得対象にすぎず、金融機関が実質的に見ているのは、その株式の背後にある対象会社の事業、資産、負債、収益力、キャッシュ・フローだからです。
株式取得代金を説明するときは、少なくとも次の点を整理しておきます。
- 取得する株式の割合
- 取得後の支配関係
- 売主に支払う金額
- 価格決定の前提
- 対象会社の純有利子負債
- 対象会社の現預金
- 価格調整条項の有無
- 対象会社の既存借入・担保・保証
- 買収後に対象会社からどのようにキャッシュ・フローを把握し、返済原資として説明するか
特に、企業価値、株式価値、実際の買収資金の違いは、あらかじめ整理しておく必要があります。
対象会社に借入金がある場合、株式取得代金だけを見ていると、買収資金が小さく見えてしまうことがあります。しかし、対象会社の借入は買収後も残ります。買主グループ全体で見れば、株式取得代金に加えて、対象会社の既存借入を含めた財務負担を背負うことになります。
ですから金融機関には、「売主に支払う株式代金」と「買収後にグループ全体で負担する有利子負債」を分けて説明する必要があります。ここを混同すると、金融機関の目には「実際のレバレッジが見えていない計画」と映ってしまいます。
事業譲受代金を説明する場合
事業譲渡による買収では、資金使途は株式取得よりも細かくなります。
事業譲渡では、対象会社の法人格そのものを取得するのではなく、特定の事業に関する資産、契約、在庫、設備、顧客関係、場合によっては従業員や許認可に関係する権利義務を取得します。そのぶん、「何を取得するための代金なのか」を、より具体的に説明する必要があります。
事業譲受代金を説明するときは、次の点を整理します。
- 取得する資産の範囲
- 承継する負債の有無
- 在庫・固定資産・無形資産の評価
- 売掛金・買掛金を承継するか
- 従業員、契約、許認可の移転可能性
- 消費税や登録免許税等の取引コストの有無
- 譲受後に必要となる運転資金
事業譲渡では、承継するものとしないものを選べる一方で、かえって資金需要が見えにくくなることがあります。
たとえば、事業譲受代金だけを調達できても、仕入資金、在庫資金、人件費、移転費用、システム切替費用、契約切替に伴う一時費用が、別途必要になることがあります。金融機関には、取得資産の代金だけでなく、譲受後に事業を立ち上げ直すための運転資金を、分けて説明することが大切です。
M&Aでは、選ぶストラクチャーによって、取得する事業の範囲、リスクの切り離し方、買収手法、会計・税務・法務上の影響が変わります。したがって資金使途も、スキームごとに整理しておく必要があります。
既存借入の返済・借換えを説明する場合
買収資金の説明で特に見落とされやすいのが、対象会社の既存借入です。
株式譲渡では、対象会社の法人格はそのまま残るため、既存借入も原則として残ります。ただし、買収によって株主や支配関係が変わることで、既存金融機関との関係に変化が生じる可能性があります。
融資契約や銀行取引約定書の内容によっては、株主変更、代表者変更、組織再編、事業譲渡、担保変更、保証人変更について、金融機関への通知や承諾が必要になることがあります。買収ファイナンスでは、対象会社グループの既存借入金を返済し、既存の借入枠を解消することが前提条件として整理される場合も少なくありません。また、既存借入の返済は期限前弁済となることが多く、相手方金融機関の承諾、関連する保証・担保の解除、清算金等の費用負担を確認しておく必要があります。
この論点を資金使途から外してしまうと、買収後に想定外の資金需要が生じます。
既存借入の整理には、主に次のようなパターンがあります。
- 対象会社の既存借入をそのまま維持する
- 買主側または対象会社側で借換える
- 買収資金の一部で既存借入を返済する
- 売主側の個人保証を解除し、買主側保証または別の保全に切り替える
- 担保を解除または差し替える
どの方法を採るかによって、金融機関への説明内容は大きく変わります。
「対象会社の借入は対象会社の問題」と切り離して考えることはできません。買収後は、対象会社の借入返済もグループ全体のキャッシュ・フローに影響します。買収資金を融資する金融機関にとっても、対象会社の既存借入は、返済原資の競合、担保余力、保証負担、資金繰りリスクに直結します。
中小M&Aの現場では、譲り渡し側の経営者保証を譲り受け側へ移行する想定だったにもかかわらず、実際には移行されないなど、最終契約に定めた事項の不履行をめぐるトラブルも指摘されています。最終契約におけるリスクや対応策、経営者保証の扱いは、中小M&Aガイドライン(第3版)でも、重要な論点として整理されています。
関連費用を「その他」で処理しない
M&Aでは、買収代金以外にも多くの関連費用が発生します。FA報酬、仲介手数料、財務DD費用、税務DD費用、法務DD費用、契約書の作成・レビュー費用、登記費用、印紙税、登録免許税、専門家への成功報酬、融資手数料、保証料、担保設定費用などです。
これらを資金計画上「その他」とまとめてしまうと、金融機関の目には不明瞭に映ります。
関連費用は、買収を成立させるために必要な費用です。ただし、すべてが金融機関にとって融資対象として見やすいわけではありません。費用の性質、金額の確度、支払時期、証憑の有無によって、見方は変わってきます。
関連費用を説明するときは、少なくとも次のように分けておくと整理しやすくなります。
- 契約済み、または見積取得済みの費用
- 成功報酬など、クロージング時に確定する費用
- 税金・登記費用など、制度上発生する費用
- 融資実行に伴って発生する費用
- 買収後に発生する管理・統合関連費用
特に成功報酬や専門家費用は、買収価格とは別に現金支出が生じます。買収代金だけを融資対象として考えていると、クロージングの段になって資金不足が生じることがあります。
M&Aのストラクチャリングでは、取引時のコストとして、専門家費用、税務・会計・法務・ビジネスDDの費用、株主総会やTOB関連のコストなどが生じ得ます。さらに取引後にも、利払い、配当、労働条件の統一などに伴うコストが生じ得ます。
金融機関には、「買収価格を支払うための資金」と「買収取引を実行するための費用」を、分けて示すべきです。
買収後運転資金は、資金使途として必ず別枠で考える
買収資金の資金使途で最も危ういのは、買収後の運転資金を見落とすことです。
買収が完了したあとも、対象会社は日々の事業を続けます。売掛金の回収までの期間、仕入の支払、人件費、外注費、在庫、家賃、税金、社会保険料など、通常の資金繰りはそのまま続いていきます。
むしろ買収直後は、平常時よりも資金需要が増えることがあります。
- 取引先の支払条件が変わる
- 売主経営者の信用で成り立っていた取引条件が見直される
- 在庫を積み増す必要がある
- 従業員の処遇変更や採用費が発生する
- 管理体制や会計システムを整える必要がある
- 買収後の設備修繕が必要になる
- 対象会社の資金繰りが、想定より悪いことが判明する
こうした資金需要は、PMIの細かな論点ではありません。買収ファイナンスの観点から見て、買収直後に会社を回していくために必要となる、現実の資金需要です。
金融機関には、買収後の運転資金を買収代金に混ぜず、別枠で説明したほうがよいでしょう。買収代金が売主に支払う資金であるのに対し、運転資金は買収後に対象会社や買主グループの事業運営に使う資金です。資金の行き先も、支払う時期も、返済原資への影響も異なります。
日本政策金融公庫の「事業承継・集約・活性化支援資金」でも、事業承継・集約を行うために必要な設備資金・運転資金、事業承継・集約を契機として必要となる設備資金・運転資金、PMIの取組みに必要な設備資金・運転資金などが、資金の使いみちとして整理されています。
出典:日本政策金融公庫|事業承継・集約・活性化支援資金・日本政策金融公庫|事業承継・集約・活性化支援資金(中小企業事業)
公的融資制度を利用できるかどうかは、個別審査や制度要件によります。それでも実務の感覚として、買収後の設備資金・運転資金を買収資金計画にあらかじめ含めて整理しておくという発想は、とても重要です。
追加投資を「買った後で考える」にしない
買収後の追加投資も、資金使途として事前に検討しておくべきものです。
M&Aでは、対象会社を買っただけで買収目的が実現するとは限りません。むしろ買収後に、設備更新、IT投資、人材採用、管理体制の整備、営業強化、在庫拡充、拠点改修などが必要になることがあります。
この追加投資を織り込まずに買収資金を組むと、買収後にこうした問題が起こります。
- 返済負担が重く、必要な投資ができない
- 追加借入を申し込もうにも、すでに借入余力が乏しい
- 対象会社の改善が進まず、返済原資が計画どおりには増えない
- 買収目的を実現できないまま、借入返済だけが残る
金融機関の側から見ても、買収後の追加投資をまったく見込んでいない計画は、慎重に見られます。買収後に成長させるための資金が必要なはずなのに、資金計画にその余地がない。そうなると、「本当に買収後の事業運営まで見ているのか」という疑問につながるからです。
追加投資の説明では、単に「今後投資します」と述べるのではなく、買収目的との関係を示すことが大切です。
- どの投資が、買収後の収益力やキャッシュ・フロー改善に必要なのか
- どの投資は、返済が進んでからでもよいのか
- どの投資は、買収直後に行わなければ事業継続に支障があるのか
- どの投資は、金融機関への説明上、別途、設備資金として検討すべきなのか
買収資金の調達では、買収代金を抑えることだけでなく、買収後の投資余力を残しておくことも重要になります。
証憑は「金融機関に出す書類」ではなく、資金計画の裏付けである
金融機関に資金使途を説明するときには、証憑が必要になります。
証憑とは、資金使途の根拠となる資料のことです。単なる一覧表では足りません。金融機関は、融資金が実際に何へ使われるのかを確認する必要があるからです。
買収資金で想定される証憑には、次のようなものがあります。
- 基本合意書、または意向表明書
- 株式譲渡契約書案、事業譲渡契約書案、最終契約書
- 価格算定資料
- 対象会社の決算書、月次試算表、資金繰り表
- 対象会社の借入明細、返済予定表、残高証明
- 既存金融機関からの返済予定額、期限前返済条件、担保・保証解除に関する資料
- 専門家報酬の見積書、契約書、請求予定
- 登記・登録・印紙・税金等の試算資料
- 買収後の資金繰り表
- 設備投資・修繕・IT投資等の見積書
- 自己資金の確認資料
- 社内決裁資料、取締役会議事録、株主承認資料(必要となる場合)
ここで重要なのは、証憑と資金計画が一致していることです。
たとえば、資金使途一覧には「株式取得代金」と書いてあるのに、契約書では役員退職金や価格調整が別に定められている。資金計画には運転資金が入っているのに、資金繰り表ではその必要性が示されていない。借換え資金を含めているのに、既存借入の残高や期限前返済条件が確認できていない。こうした状態では、金融機関も判断に困ってしまいます。
証憑は、金融機関のためだけに用意するものではありません。買主自身が、買収に必要な資金を取り違えないための資料でもあります。
資金使途と返済原資を切り離してはいけない
資金使途の説明で最も大切なのは、返済原資との接続です。金融機関にとっては、資金使途が明確であっても、返済原資を説明できなければ融資判断は難しくなります。
- 株式取得代金であれば、取得後に支配する対象会社のキャッシュ・フローが、返済原資にどうつながるのか
- 事業譲受代金であれば、譲受事業からどの程度の営業キャッシュ・フローが生まれるのか
- 既存借入の借換えであれば、借換え後の返済負担がどのように軽減、あるいは平準化されるのか
- 運転資金であれば、売掛金の回収や事業収益によって、どのように資金が戻ってくるのか
- 追加投資であれば、その投資が収益改善や事業継続にどうつながるのか
この対応関係が見えないと、資金使途はただの支出項目の羅列になってしまいます。
とりわけ、買収代金そのものはキャッシュ・フローを生みません。キャッシュ・フローを生むのは、買収によって取得・支配する事業のほうです。
ですから金融機関に説明する際は、資金使途ごとに、返済原資との関係を整理しておきます。
- この資金は何に使うのか
- その支出は買収目的の実現に必要なのか
- その支出によって、どのキャッシュ・フローが維持・増加するのか
- 返済は、どの事業の、どの資金から行うのか
- 下振れした場合でも、返済の可能性は残るのか
この順番で説明できると、金融機関との対話は、単なる融資相談ではなく、買収判断そのものの財務検証になっていきます。
資金使途と調達源泉は必ず対応させる
買収資金の説明では、資金使途だけでなく、調達源泉もセットで示す必要があります。資金使途の合計額に対して、どの資金で賄うのかを明確にしておきます。
- 自己資金
- 銀行融資
- 政府系金融機関からの融資
- 信用保証協会付き融資
- シニアローン
- メザニン
- 出資
- 売主の分割払い
- 売主ローン
これらの調達源泉は、それぞれ性質が異なります。
自己資金は返済義務こそありませんが、手元の流動性を減らします。銀行融資は経営権を希薄化させない一方で、返済義務が生じます。メザニンは銀行融資だけでは不足する場合の選択肢になり得ますが、コストや契約条件が重くなることがあります。出資は返済義務を軽減できる反面、議決権、経営権、株主間契約、出口といった問題が生じます。売主の分割払いは初期の資金負担を軽くしますが、売主との信用関係や未払債務が残ります。
金融機関には、「全体でいくら必要で、そのうち銀行融資でいくら、自己資金でいくら、その他の資金でいくらを賄うのか」を示す必要があります。
この対応が曖昧だと、買主が自らどこまでリスクを負うのか、借入にどこまで依存するのか、買収後の資本構成がどうなるのかが、金融機関からは見えません。
資金使途の説明は、そのまま資本構成の説明でもあるのです。
スキーム別に資金使途の説明は変わる
M&Aのスキームによって、金融機関に説明すべき資金使途は変わってきます。
株式譲渡では、株式取得代金、対象会社の既存借入、保証・担保、株主変更に伴う金融機関の同意、買収後の配当・資金移動の可能性が重要になります。
事業譲渡では、取得資産、承継負債、消費税、契約移転、許認可、従業員、譲受後の運転資金が重要になります。
会社分割では、承継する資産・負債、債権者保護手続、既存借入、担保・保証、税務・会計上の影響が、資金調達に関係してきます。
合併では、包括承継、既存債務、債権者保護、買収後の財務状態、債務超過会社を含む場合の説明責任が問題になります。
株式交換・株式交付・株式対価M&Aでは、現金支出を抑えられる一方で、株主構成、希薄化、税務・会計処理、金融機関への説明の仕方が変わります。
本記事では、スキームの細かな税務・法務までは踏み込みません。それでも、金融機関に資金使途を説明する段階では、どのスキームで買うのか、そのスキームによって何に資金が必要になるのかを、整理しておかなければなりません。
「M&A資金」と一括りにしているかぎり、説明はどうしても浅くなります。
- 株式を買う資金なのか
- 事業を買う資金なのか
- 既存借入を整理する資金なのか
- 買収後に事業を回す資金なのか
- 買収後の成長投資なのか
ここを分けることが、金融機関への説明の出発点になります。
融資実行のタイミングとクロージング条件も説明対象になる
買収資金は、いつ必要になるのかも重要です。
買収代金は通常、クロージング時に支払われます。関連費用も、クロージング時、あるいはその前後に発生します。既存借入の返済や担保・保証の解除も、クロージングと同時、または直前直後に行われることがあります。買収後の運転資金や追加投資は、クロージング後に段階的に必要になることがあります。
つまり資金使途は、金額だけでなく、時期も分けて整理しておくべきものです。
金融機関にとっては、融資実行の前提条件も重要です。
- 買収契約上の前提条件は満たされるのか
- ローン契約上の前提条件は満たされるのか
- 担保設定や保証契約は、融資実行日までに整うのか
- 既存金融機関の承諾は取得できるのか
- 自己資金や出資は、先に払い込まれるのか
買収ファイナンスでは、株式譲渡契約のクロージング条件と、ローン契約上の貸付実行条件がずれてしまうと、買収契約上は代金の支払義務があるのに融資が実行されない、という重大なリスクが生じ得ます。
したがって資金使途の説明では、支払時期、融資実行時期、契約条件、クロージング条件を、互いに整合させておく必要があります。
金融機関に伝えるべき資金使途の整理方法
金融機関に説明する際は、次の順番で整理していくと実務的です。
第一に、買収目的を整理します。なぜ買うのか。何を取得するのか。買収後にどのように事業を維持・成長させていくのか。ここの説明がないと、資金使途はただの支出明細になってしまいます。
第二に、買収スキームを整理します。株式譲渡なのか、事業譲渡なのか、会社分割なのか、合併なのか。スキームによって資金の行き先が変わります。
第三に、必要資金を区分します。買収対価、既存借入の整理、関連費用、運転資金、追加投資、予備資金に分けていきます。
第四に、各資金使途の証憑を揃えます。契約書案、見積書、借入明細、資金繰り表、価格算定資料、専門家費用の見積などを用意します。
第五に、調達源泉と対応させます。自己資金、銀行融資、政府系融資、出資、メザニン、売主条件などを、資金使途に対応づけます。
第六に、返済原資と接続します。買主の既存事業、対象会社、シナジー、運転資金の回収、投資効果のどこから返済していくのかを説明します。
第七に、下振れ時の対応を示します。計画未達、運転資金の増加、追加投資の発生、既存借入の条件変更があった場合に、資金繰りがどこまで耐えられるのかを確認します。
この順番で整理しておけば、金融機関に対して「借りたい金額」ではなく、「買収を実行し、買収後もきちんと返済できる資金計画」を提示しやすくなります。
説明してはいけない資金使途の見せ方
買収資金の説明で避けたいのは、資金使途を実際より小さく見せることです。
借入額を抑えたいという気持ちは自然なものです。しかし、必要資金を過小に見せてしまうと、買収後に資金不足が発生します。金融機関にとっても、あとから追加融資を求められるほうが、かえって不安なのです。
逆に、資金使途を曖昧なまま大きく見せることも問題です。「余裕を見て多めに借りたい」という説明だけでは、金融機関も判断できません。予備資金が必要な場合でも、どのリスクに備えるのか、どの程度の金額が合理的なのかを、資金繰り表や下振れシナリオで説明する必要があります。
特に避けたいのは、次のような見せ方です。
- 買収代金と運転資金を混ぜて説明する
- 関連費用を「その他」とだけ記載する
- 既存借入の返済や保証解除を後回しにする
- 契約書上の支払条件と資金計画が一致していない
- 対象会社の利益だけを根拠に返済可能と説明する
- 買収後の追加投資を織り込まない
- 自己資金の投入額を曖昧にする
- 証憑のない金額を資金使途に含める
金融機関が求めているのは、きれいな計画ではありません。説明できる計画です。
近時の金融実務では、資金使途の説明力がより重要になる
近ごろの金融実務では、担保や保証だけに依存するのではなく、事業の将来性や、金融機関との対話を重視する方向性が強まっています。
令和8年5月25日からは「事業性融資の推進等に関する法律」が施行され、事業の将来性に基づく融資を進めるための有用な選択肢として、企業価値担保権が導入されました。金融庁も、事業性融資に取り組むうえで重要となる、事業者と金融機関の信頼関係やコミュニケーションのあり方、企業価値担保権の活用などについて、基本的な考え方を整理しています。
出典:金融庁|事業者と金融機関の信頼関係に基づく事業性融資に関する基本的な考え方(案)に対するパブリック・コメントの結果等の公表について
これは、買収資金が簡単に借りやすくなる、という意味ではありません。むしろ、買収目的、資金使途、返済原資、買収後の事業運営、リスク対応について、これまで以上に深い対話が求められるようになる、ということです。
事業の将来性を見てもらうためには、資金の使い道が曖昧であってはいけません。どの資金が、どの事業価値を守り、どのキャッシュ・フローを生み、どの返済原資につながるのか。それを説明できる必要があります。
経営者保証についても同じです。経営者保証ガイドラインでは、3つの要件として、法人と経営者の資産・お金のやり取りが明確に区分されていること、法人のみの資産・収益力で返済可能な財務基盤があること、金融機関へ適時適切に財務情報を開示していることが挙げられています。
出典:中小企業庁|経営者保証
買収資金の資金使途を整理することは、単に融資の申込資料を作る作業ではありません。法人として説明可能な財務管理体制を示すことにも、つながっていきます。
専門家に相談すべきタイミング
買収資金の資金使途は、金融機関に相談する直前になって、慌てて作るものではありません。
本来は、買収価格を提示する前、少なくとも基本合意やDDに進む段階で、資金使途の仮説を持っておくべきものです。
というのも、資金使途を整理してみると、買収条件そのものを見直す必要が出てくることがあるからです。
- 買収代金が高すぎる
- 自己資金の投入額が不足している
- 買収後の運転資金を見落としている
- 対象会社の既存借入の返済条件が重い
- 売主の個人保証の解除に時間がかかる
- 関連費用を含めると資金不足になる
- 追加投資を織り込むと返済余力が足りない
こうした問題は、金融機関に正式に相談してから判明すると、その後の交渉やクロージングに大きな影響を与えます。
専門家の役割は、融資が通るように見せることではありません。買収対価、必要資金、証憑、返済原資、既存借入、買収後の資金繰りを整理し、金融機関にきちんと説明できる状態にすることです。
買収資金の資金使途を分解していくと、その買収に潜む無理が見えてくることもあります。しかし、それは決して悪いことではありません。むしろ、買う前に無理が見えるからこそ、価格を見直す、調達構造を変える、自己資金を増やす、売主条件を交渉する、追加投資の時期を調整する、あるいは買収をいったん止める、といった選択肢を持つことができるのです。
相談導線
買収資金の資金使途は、「株式取得代金をいくら借りたいか」という単純な話ではありません。
買収代金、既存借入、関連費用、運転資金、追加投資、予備資金を分け、契約書や証憑と整合させ、調達源泉や返済原資につなげて説明していく必要があります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&Aを検討している買主側の立場から、買収資金の必要額の整理、資金使途の分解、金融機関向け説明資料の前提整理、返済計画、買収後の資金繰りまでを、一体で検討する支援を行っています。
金融機関に相談する前に、買収資金の内訳をどう整理すべきか、買収後に資金不足が生じないか、資金使途と返済原資の説明に無理がないか――こうした点を確認しておきたい場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所のホームページのお問い合わせページより、お気軽にご相談ください。
この記事の振り返り
| 論点 | 重要な考え方 | 確認すべき資料・観点 |
|---|---|---|
| 資金使途の基本 | 「何に使うか」だけでなく「買収後に返済できる構造か」を説明する | 買収目的、スキーム、必要資金一覧 |
| 株式取得代金 | 株式の背後にある事業・資産・負債・CFを説明する | 株式譲渡契約、価格算定資料、対象会社資料 |
| 事業譲受代金 | 取得する資産・承継する負債・譲受後運転資金を分ける | 事業譲渡契約、資産明細、承継負債、許認可 |
| 既存借入の整理 | 対象会社借入、保証、担保、金融機関同意を買収資金計画に含める | 借入明細、残高証明、返済予定、保証・担保資料 |
| 関連費用 | 「その他」にまとめず、買収実行に必要な費用として分解する | FA契約、DD見積、弁護士・税理士費用、登記・税金試算 |
| 買収後運転資金 | 買収代金とは別に、事業を回すための資金を確保する | 資金繰り表、売掛・在庫・買掛、人件費、季節変動 |
| 追加投資 | 買収目的を実現するために必要な投資を事前に織り込む | 設備・IT・人材・修繕等の見積、投資計画 |
| 証憑 | 金融機関のためだけでなく、自社の資金計画の裏付けとして整理する | 契約書案、見積書、請求書、社内決裁資料 |
| 調達源泉との対応 | 資金使途ごとに、自己資金・借入・出資等の調達源泉を対応させる | 調達源泉と資金使途の対応表 |
| 返済原資との接続 | 資金使途ごとに、どのCFから返済するかを説明する | 買主CF、対象会社CF、買収後計画、下振れ時対応 |