LBOや買収ファイナンスの場では、「対象会社のキャッシュ・フローを返済原資にする」という言い回しが、しばしば当たり前のように使われます。
一見すると、対象会社が利益を出してさえいれば、その利益で買収借入を返していけばよいように思えます。けれども実務は、そこまで単純ではありません。
対象会社が黒字であること。手元に現預金があること。安定して営業を続けていること。
これらはいずれも大切な要素ですが、それだけで「買収借入を返済できる」と言い切ることはできません。
本当に確かめるべきは、対象会社が事業を続けるために必要な資金をきちんと残したうえで、税金・運転資金・設備投資・既存借入・将来の追加投資を差し引いてもなお、買収借入の返済に回せるキャッシュ・フローが残るかどうかです。
加えて、対象会社で生まれたキャッシュを、借入人であるSPCや買主側へ、適法かつ無理のない形で移せるかどうかも確認しなければなりません。
この記事では、「対象会社キャッシュ・フローで借入を返す」という言葉が実務上どのような意味を持つのかを、LBO・買収ファイナンスのリスク構造として整理していきます。
「対象会社のキャッシュ・フローで返す」とはどういうことか
LBOでは、買収のために設立されたSPCや買収主体が借入を行い、その資金で対象会社株式を取得する、という形が典型です。
このとき、法的な借入人はあくまでSPCや買収主体です。ところが、SPC自体は通常、事業を持たず、独自の営業キャッシュ・フローを生み出しません。
そのため、借入の返済原資は、買収後に対象会社グループが生み出すキャッシュ・フローに依存することになります。買収ファイナンスでは、この対象会社グループのキャッシュ・フローを返済原資として貸付けが行われます。だからこそ、対象会社グループの財務書類、偶発債務、既存借入、保証、重要契約、税務申告、法令遵守といった事項が、ローン契約上の重要な確認ポイントになるのです。
ここで意識しておきたいのは、借入人と返済原資を切り分けて考えることです。
借入人はSPCであっても、返済原資は対象会社グループの事業から出てくる。借入契約は買収主体が締結していても、実質的な返済負担は対象会社グループのキャッシュ・フローにかかってくる。買収代金は売主に支払われますが、その後の返済は、買収後の会社が将来生み出すキャッシュ・フローでまかなわれる。
つまりLBOにおける借入は、単に買収者の信用で借りるものではありません。買収後の対象会社グループが、その借入を背負っていけるかどうかを問う構造なのです。
利益と返済可能キャッシュ・フローは違う
「対象会社が黒字なら返済できる」という理解は、危ういものだと感じています。
返済に充てられるのは、会計上の利益そのものではありません。実際に手元へ残り、しかも返済に回しても事業運営に支障が出ないキャッシュです。
概念的には、次のように整理できます。
| 見るべき項目 | 返済原資を見るうえでの意味 |
|---|---|
| 営業利益・EBITDA | 事業の稼ぐ力を見る入口 |
| 法人税等 | 利益が出ても、税金支払後でなければ返済原資にならない |
| 運転資金増減 | 売掛金・在庫が増えれば、利益が出ていても現金は残らない |
| 設備投資・修繕投資 | 事業維持に必要な投資を削りすぎると、将来の稼ぐ力を傷める |
| 既存借入の返済 | 対象会社側の既存債務が、先にキャッシュを使うことがある |
| 最低限必要な手元資金 | 突発支出や季節変動に備える資金を残す必要がある |
| 買収借入の返済 | 上記を差し引いた後に、初めて検討できる返済原資 |
企業価値評価や投資判断の場面では、フリー・キャッシュ・フローという考え方がよく用いられます。これは、税引後営業利益に非資金費用を足し戻し、そこから運転資本への投資や設備投資などを差し引いて把握する考え方です。
買収ファイナンスでも発想自体は近いものですが、実務ではさらに踏み込んで、「そのキャッシュを、いつ、どの会社から、どの方法で、どの借入返済に充てられるのか」というところまで見ていきます。
ですから返済原資の検討では、損益計算書だけでは足りません。貸借対照表、キャッシュ・フロー、借入明細、返済予定表、資金繰り表、設備投資計画、税務支払予定、既存契約上の制約までを、一体として確認する必要があります。
「余剰キャッシュ・フロー」は余った現金ではない
LBOでは、「余剰キャッシュ・フロー」という言葉が使われることがあります。
これは、単に「現預金残高が多い」という意味ではありません。事業継続に必要な支出、税金、運転資金、設備投資、既存債務の返済、最低限残しておくべき手元資金、こうしたものを考慮したうえで、なお借入返済に回せると判断されるキャッシュを指します。
ローン契約では、余剰キャッシュ・フローが生じた場合に、その一定割合を強制的に期限前弁済へ充てる、いわゆるキャッシュ・スウィープが定められることがあります。その際には、何をもって「余剰」と見るのか、事業運営上必要な最低現預金をいくら残すのかが、交渉のテーマになります。
この考え方は、買主側にとっても重要です。
金融機関が「余剰キャッシュがあるなら返済に回してほしい」と考えるのは、自然なことです。一方で、買主や対象会社の立場から見れば、返済を急ぎすぎることで、設備更新、人材採用、システム投資、在庫確保、営業強化に充てる資金が足りなくなることもあります。
そのため、余剰キャッシュ・フローを考えるときには、次のような問いが欠かせません。
これは返済に回してよいキャッシュなのか。事業を維持するために残すべきキャッシュなのか。成長のために投資すべきキャッシュなのか。それとも、不測の下振れに備えて留保しておくべきキャッシュなのか。
「返済できるだけ返す」という設計は、金融機関から見れば回収の安全性を高めます。しかしその一方で、対象会社の成長余力を削ってしまうこともあります。買収ファイナンスでは、返済スピードと事業の耐久力のバランスをどう取るかが、大きな論点になります。
対象会社のキャッシュは自動的に買主へ移るわけではない
対象会社にキャッシュがあっても、それをそのままSPCや買主の借入返済へ使えるとは限りません。
対象会社とSPCは、別の法人です。対象会社の資金をSPC側へ移すには、何らかの法的・会計的・税務的なルートが必要になります。
主な方法は、次のとおりです。
| 資金移動の方法 | 主な検討事項 |
|---|---|
| 配当 | 分配可能額、会社法上の手続、税務、少数株主、既存契約上の制限 |
| グループ内貸付 | 貸付の合理性、利息、返済可能性、配当規制の潜脱リスク、税務 |
| 経営指導料・業務委託料 | 実態のある役務提供、金額の合理性、税務上の説明可能性 |
| 合併 | 債権者保護、税務・会計処理、既存契約、許認可、少数株主 |
| 保証・担保提供 | 取締役の善管注意義務、少数株主、債権者保護、金融機関の同意 |
配当について言えば、会社法上、剰余金の配当等には分配可能額規制などの制約があります。具体的な配当の可否や手続は、対象会社の純資産、剰余金、自己株式、直近決算、臨時計算書類、会社機関設計などによって変わってきますので、個別に確認していく必要があります。
また、配当ではなく、対象会社からSPCへ貸付を行うという方法も考えられます。ただしその場合は、配当手続を経ないまま実質的に配当を行っていると評価されるリスクなどを、あらかじめ整理しておく必要があります。
したがって、「対象会社に資金があるから返済できる」という見方は、十分とは言えません。
正しくは、「対象会社に資金があり、その資金を、事業運営に支障なく、法務・税務・契約上も問題のない方法で、借入人側へ移せるかどうか」を確認することです。
配当で返済する場合に見るべきこと
対象会社からSPCへ配当を行い、その配当を原資にSPCが買収借入を返済する。この構造は、LBOにおいて重要な検討対象になります。
ただし、配当にはいくつもの制約が伴います。
第一に、会社法上の分配可能額の制約です。利益が出ていても、分配可能額が不足していれば、配当できない場合があります。
第二に、税務上の取扱いです。配当を受ける側が法人である場合、法人税法上の受取配当等の益金不算入制度を適用できるかどうかが問題になります。もっとも、持株比率、保有期間、配当の種類、関係会社区分などによって取扱いは変わりますので、現行の法令・通達と個別の事実に基づいて確認することが欠かせません。
第三に、少数株主の問題です。対象会社が100%子会社でない場合、特定の株主であるSPCにだけ都合よく資金を上げることはできません。少数株主が存在するときには、配当、保証、担保提供、合併、グループ内取引のいずれについても、対象会社取締役の善管注意義務や少数株主保護の観点を確認しておく必要があります。
第四に、既存借入や重要契約上の制限です。対象会社の既存ローン契約、リース契約、補助金関連契約、重要取引契約などに、配当制限、追加借入制限、担保提供制限、支配権変更条項といった条項が含まれている場合、買収後の資金移動に影響が及びます。
配当は、対象会社からSPCへキャッシュを上げる方法として、分かりやすいものです。けれども、最も自由な方法というわけではありません。法務・税務・契約・少数株主・金融機関対応を、一体として確認していく必要があります。
グループ内貸付で返済する場合に見るべきこと
対象会社からSPCへ貸付を行い、SPCがその資金で買収借入を返済する。こうした方法も考えられます。
ただし、この方法もまた、慎重な検討を要します。
対象会社から見れば、SPCへの貸付は資金の流出にほかなりません。その貸付が対象会社自身の利益につながるのか、返済される見込みがあるのか、適正な利息が付されているのか、取締役として合理的に説明できるのか。これらが問われることになります。
とりわけ、SPCが対象会社株式を取得するために借りた資金、その返済に充てる目的で、対象会社がSPCへ貸付を行う場合には、実質的に対象会社の資金を買収借入の返済に回すことになります。
対象会社が100%子会社であり、グループ全体の資金管理として合理性がある場合と、少数株主や既存債権者が存在する場合とでは、検討の重さが大きく変わってきます。
税務の面でも、利率、契約条件、回収可能性、寄附金・役務提供・移転価格に類する論点、同族会社間取引としての合理性など、確認すべき点は少なくありません。
グループ内貸付は、資金移動の形式としては使いやすそうに見えます。しかし、配当規制を回避するための形式的な貸付になっていないか、対象会社の財務を傷めないか、金融機関や税務当局に説明できるか。こうした点をきちんと確かめておく必要があります。
合併で資金の壁をなくすという考え方
LBOでは、買収後にSPCと対象会社を合併させることがあります。
合併によって、借入人であるSPCと、キャッシュ・フローを生み出す対象会社とを一体化すれば、両者の間にある資金移動の壁は小さくなります。
また、SPCの貸付人から見ると、対象会社の事業キャッシュ・フローや資産により近い位置に立てるため、構造的劣後の問題をやわらげることができます。
ただし、合併は単なる内部整理ではありません。会社法上の組織再編手続、債権者保護手続、反対株主への対応、税務上の適格・非適格の判定、会計処理、許認可、重要契約上の承諾、金融機関の同意など、確認すべき事項が幅広く存在します。会社法では、合併、会社分割、株式交換、株式移転といった組織再編について、利害関係者への影響を踏まえた手続が定められています。
税務の面でも、その組織再編が適格組織再編に該当するのか、非適格組織再編として時価譲渡課税などが生じるのか、繰越欠損金の引継ぎや使用制限があるのか。こうした点によって、買収後の資金繰りが左右されます。現行の法人税法および関連通達に基づいて確認していくことが必要です。
つまり合併は、「返済しやすくするための便利な手続」ではなく、法務・税務・会計・金融機関対応を伴う再設計だと捉えるべきものです。
合併によって資金移動の壁をなくすことが合理的な場合もあります。とはいえ、手続コスト、税務コスト、債権者対応、少数株主、許認可、既存契約を見ないまま選択してよいものではありません。
構造的劣後を理解する
LBOで見落としやすいのが、構造的劣後です。
SPCが対象会社株式を保有しているだけの状態では、SPCの貸付人は、対象会社の事業資産や営業キャッシュ・フローへ直接アクセスできるわけではありません。
対象会社には、対象会社自身の債権者がいます。仕入先、従業員、税務当局、リース会社、既存金融機関、保証先、取引先などです。対象会社のキャッシュ・フローは、まず対象会社自身の債務や事業運営のために使われます。
そのうえで残った資金が、配当などを通じてSPCへ上がっていく、という順序になります。
そのためSPCの貸付人は、対象会社の直接債権者に比べると、構造上どうしても後順位の立場に置かれます。買収ファイナンスでは、この構造的劣後をやわらげるために、買収後早期の合併、対象会社グループによる保証・担保提供、100%子会社化、既存金融債権者の整理などが検討されます。
この論点は、金融機関にとっても、買主にとっても重要です。
金融機関から見れば、対象会社のキャッシュ・フローで返済してもらう以上、そのキャッシュ・フローにどこまでアクセスできるのかが問題になります。
買主から見れば、金融機関が担保・保証・合併・既存借入返済を求めてくる理由は、まさにここにあります。
担保や保証を、単に金融機関側からの要求と受け止めるのではなく、対象会社キャッシュ・フローを返済原資とする構造から必然的に生じる論点として理解しておくことが大切です。
既存借入・既存借入枠が問題になる理由
対象会社に既存借入がある場合、買収借入の返済原資は、その既存借入の返済とも競合します。
買収ファイナンスでは、対象会社グループが生み出すキャッシュ・フローによる返済を優先的に確保するため、対象会社グループの既存借入金を返済し、当座貸越やコミットメントラインといった既存借入枠を解消することが求められることがあります。
ただ、ここにも注意すべき点があります。
対象会社が、日常的に当座貸越や短期借入で運転資金を回している場合、既存借入枠をすべて解消してしまうと、買収後の運転資金が足りなくなる可能性があります。実務では、既存借入を返済するだけでなく、買収後に必要な運転資金枠をどう確保するかまで設計しておかなければなりません。
とくに中小企業では、季節資金、賞与資金、納税資金、仕入資金、外注費の支払などに、短期借入や当座貸越を使っていることが少なくありません。
既存借入を「邪魔な債務」として一律に消してしまうのではなく、事業運営に欠かせない金融取引まで消してしまわないか。この点を、丁寧に確認する必要があります。
税金・運転資金・設備投資を差し引かない返済計画は危うい
買収ファイナンスの返済計画でありがちな誤りが、営業利益やEBITDAから単純に借入返済額を差し引いてしまうことです。
しかし、対象会社の事業を維持していくには、返済以外にも資金が要ります。
法人税、消費税、源泉所得税、社会保険料。売掛金を回収するまでの運転資金。在庫増加に伴う資金。仕入条件の変更による資金負担。設備の更新、修繕、システム投資。採用、教育、管理体制の整備。そして、買収後に発生する統合コスト。
これらを差し引く前の数値を返済原資として見てしまうと、計画は過大なものになります。
とくに、対象会社のキャッシュ・フローを返済原資とする場合、返済計画は次の順序で見ていく必要があります。
- 事業が通常どおり継続するために必要な支出
- 税金・社会保険料など、避けられない支出
- 運転資金の増減
- 維持投資・修繕投資
- 対象会社の既存借入返済
- 買収後に必要な追加投資
- 最低限必要な現預金
- その後に残る、買収借入の返済可能額
この順序を取り違えると、金融機関向けの返済計画としては体裁が整っていても、買収後の会社は資金不足に陥ってしまいます。
安易な売上計画や利益計画から逆算して債務償還年数を整えると、実態とかけ離れた返済計画になりかねません。資金繰りの裏づけを欠いた計画は、返済猶予を受けても資金繰りが回らない、という状況につながり得ます。
LBOでは、借入が大きくなる分だけ、計画の甘さがそのまま資金繰りに直結します。
金融機関が見ているのは「説明できる返済原資」か
金融機関は、対象会社のキャッシュ・フローを返済原資として見るとき、単に「利益が出ているか」だけを確認しているわけではありません。
主に見ているのは、次のような点です。
| 金融機関が見る視点 | 確認される内容 |
|---|---|
| 事業の安定性 | 売上・利益・主要取引先・業界環境・季節変動 |
| キャッシュ・フローの質 | 利益が現金化されているか、運転資金に吸収されていないか |
| 既存債務 | 対象会社側の既存借入、保証、担保、リース、偶発債務 |
| 資金移動可能性 | 配当、貸付、合併、保証・担保提供が可能か |
| 買収後管理 | 月次管理、資金繰り管理、予算実績管理、報告体制 |
| 下振れ耐性 | 売上減少、利益率低下、投資増加時にも返済できるか |
| 保全 | 担保、保証、株式担保、財務コベナンツ、情報提供義務 |
銀行融資の審査では、債務者評価、融資案件の事情、資金使途、返済原資、保全、他行の状況や資金調達余力、融資の狙いといった事項が、順に確認されていきます。
LBO・買収ファイナンスでは、ここに対象会社グループの実態確認が加わります。
つまり金融機関対応とは、融資を引き出すための交渉ではありません。対象会社キャッシュ・フローを返済原資とする前提が、第三者にもきちんと説明できる水準まで整理されているかどうかを、確かめる作業なのです。
財務コベナンツが重くなる理由
対象会社キャッシュ・フローで借入を返す構造では、金融機関は買収後の財務状況を継続的にモニタリングします。
そのためローン契約には、財務コベナンツが設定されることがあります。代表的なものとしては、レバレッジ・レシオ、債務償還年数、DSCR、純資産維持、利益水準、情報提供義務などが挙げられます。
買収ファイナンスは、通常のコーポレート・ローンに比べてレバレッジが高く、リスクも大きくなりやすいため、経済条件やコベナンツも厳しくなりがちです。
コベナンツは、単なる契約上の数字ではありません。
違反すれば、金融機関との協議、追加担保、返済条件の見直し、配当制限、追加借入制限、場合によっては期限の利益喪失のリスクにつながります。
また、コベナンツを守ろうとするあまり、対象会社が本来必要な投資を先送りしてしまうこともあります。これは短期的には財務指標を守る行動に見えても、中長期的には対象会社の競争力を損なう可能性があります。
ですから買収前に見るべきなのは、コベナンツを形式的に満たすかどうかだけではありません。
事業運営に必要な投資を続けながら、保守的な前提でもコベナンツを守れるか。下振れ時に、早期に金融機関へ説明できる管理体制があるか。対象会社の経営陣が、買収後の財務制約をきちんと理解しているか。
ここまで確認して、ようやく返済計画は実務に耐えるものになります。
中小M&Aでも同じ問題が起こる
中小M&Aでは、LBOという言葉を使わないことも多いと思います。
しかし実質的には、同じ問題が起こります。
買主が銀行から借入を行い、買収後の対象会社の利益や役員報酬、配当、グループ内の資金移動によって返済していく。対象会社の既存借入を引き継ぐ。売主の経営者保証を解除、あるいは移行する。対象会社の運転資金や設備更新資金を、買収後に確保する。
これらはいずれも、「対象会社キャッシュ・フローで借入を返す」という構造に近い論点です。
中小企業庁の中小M&Aガイドライン第3版では、最終契約の不履行などのトラブルや、譲り渡し側の経営者保証の扱いをめぐる問題についても、注意が促されています。
また経営者保証については、法人と経営者の資産・お金のやり取りを明確に区分すること、法人のみの資産や収益力による返済可能性、金融機関への適時適切な財務情報の開示などが、重要な観点とされています。
中小M&Aでは、買収金額がそれほど大きくなくても、買主にとっては重い財務判断になることがあります。対象会社のキャッシュ・フローを返済に使う前提であれば、規模にかかわらず、資金繰り、既存借入、保証、担保、運転資金、設備投資、金融機関への説明を、一体として見ていかなければなりません。
買収前に確認すべき返済原資のチェックポイント
対象会社キャッシュ・フローで借入を返す設計を検討する際には、少なくとも次の点を確認しておきたいところです。
対象会社のキャッシュ・フローは安定しているか
売上、粗利率、固定費、主要取引先、季節変動、受注残、解約リスク、価格転嫁力を確認します。
過去の利益だけでなく、実際に営業キャッシュ・フローが出ているかどうかを見ます。
利益は現金化されているか
売掛金が増えていないか、在庫が膨らんでいないか、仕入債務の支払が先送りされていないかを確認します。
利益が出ていても、それが運転資金に吸収されている場合には、返済原資になりにくくなります。
税金・社会保険料・納税資金は織り込まれているか
法人税、消費税、源泉所得税、社会保険料などの支払タイミングを確認します。
税金は、利益計画上の費用であるだけでなく、資金繰り上の大きな支出でもあります。
維持投資・修繕投資は控除されているか
対象会社が、設備、店舗、車両、システム、人材、在庫に継続的な投資を必要とする場合には、その資金を差し引いたうえで返済可能額を見ます。
投資を止めれば一時的に返済原資は増えますが、将来の稼ぐ力を毀損する可能性があります。
対象会社の既存借入はどうなるか
既存借入を残すのか、借り換えるのか、一括返済するのか、担保・保証をどう整理するのかを確認します。
既存借入枠を解消する場合は、買収後の運転資金枠を別途確保できるかどうかも重要です。
対象会社からSPC・買主へ資金を移せるか
配当、貸付、経営指導料、合併など、どの方法で資金を上げるのかを確認します。
会社法、税務、契約、少数株主、取締役責任の観点を整理しておきます。
下振れ時にも返済できるか
売上減少、粗利率の悪化、運転資金の増加、設備投資の前倒し、シナジーの遅延、主要取引先の離脱などを想定します。
計画どおりに進む場合だけでなく、悪く転んだときにどこまで耐えられるかが重要です。
対象会社キャッシュ・フローで返す構造の本質
対象会社キャッシュ・フローで買収借入を返すということは、買収後の対象会社が生み出す将来キャッシュ・フローを、買収の時点で先に使っている、ということです。
これは、成長機会を前向きに実行するための、有効な手段になり得ます。
しかし同時に、対象会社の将来キャッシュ・フローに返済負担を乗せることでもあります。
返済原資を過大に見積もれば、買収後の資金繰りが苦しくなります。配当・貸付・合併の制約を見落とせば、対象会社に資金があってもSPCが返済できない、という事態が起こります。既存借入や保証を整理しなければ、金融機関対応が難しくなります。設備投資や運転資金を軽んじれば、返済はできても、事業の成長余力が失われていきます。コベナンツを甘く見れば、買収後の経営の自由度が想定以上に制約されます。
LBOは、資金調達を楽にする仕組みではありません。対象会社のキャッシュ・フローを、どこまで返済に使えるのかを、厳密に問う構造なのです。
まとめ|返済原資は「ある」だけでなく「使える」必要がある
対象会社キャッシュ・フローで借入を返すという言葉を、単に「対象会社が稼いだ利益で返す」と理解してはいけません。
実務では、次の順序で考えていく必要があります。
対象会社は本当にキャッシュを生んでいるか。そのキャッシュは、税金・運転資金・設備投資・既存借入を差し引いてもなお残るか。対象会社の事業を傷めずに、返済へ回せるか。そのキャッシュを、SPCや買主側へ移せるか。会社法、税務、契約、少数株主、既存金融機関との関係に問題はないか。そして、下振れ時にも資金繰りとコベナンツを維持できるか。
この整理ができていないまま、買収価格や借入可能額だけを見て進めてしまうと、買収そのものは成立しても、買収後の会社が耐えられない、という事態になりかねません。
買収ファイナンスで本当に重要なのは、借りられるかではなく、返せるかです。さらに正確に言えば、返しながら事業を維持・成長させられるか、ということです。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&Aを検討する段階から、対象会社キャッシュ・フロー、返済原資、既存借入、配当可能性、買収後の資金繰り、金融機関への説明、資本構成を、一体として整理する支援を行っています。対象会社の利益や現預金を前提に買収借入を検討しているものの、実際にどこまでを返済原資として見てよいか判断しきれない、という場合には、お問い合わせページからご相談ください。
振り返り
| 論点 | 確認すべきこと |
|---|---|
| 対象会社CFで返す意味 | 法的な借入人と、実質的な返済原資が異なることを理解する |
| 利益と返済原資 | 会計上の利益ではなく、税金・運転資金・投資後のキャッシュを見る |
| 余剰キャッシュ・フロー | 事業継続に必要な資金を残した後の、返済可能額として考える |
| 配当 | 分配可能額、会社法手続、税務、少数株主、契約制限を確認する |
| グループ内貸付 | 配当規制の潜脱リスク、貸付の合理性、税務上の説明可能性を確認する |
| 合併 | 資金移動の壁を下げられる一方、会社法・税務・会計・契約対応が必要 |
| 構造的劣後 | SPCの貸付人は、対象会社の直接債権者より後順位になりやすい |
| 既存借入 | 返済・借換え・担保解除・運転資金枠の再確保を一体で見る |
| コベナンツ | 借入後の経営自由度、投資余力、金融機関報告に影響する |
| 最終判断 | 借りられるかではなく、返しながら事業を維持・成長できるかを見る |