株式交換・株式交付・株式対価M&Aと資金調達|現金を使わない買収が、必ずしも安全とは限らない理由

M&Aの資金調達を考えるとき、多くの買主はまず「現金をどう用意するか」「銀行からいくら借りられるか」から検討を始めます。

その一方で、現金を使わず、あるいは現金支出を抑えながら買収する方法として、株式交換、株式交付、その他の株式対価M&Aが選択肢に挙がることがあります。株式を対価にすれば、買収代金を全額現金で支払う必要はありません。自己資金を温存し、借入を抑え、買収後の運転資金や追加投資の余力を残しやすくなる可能性があります。

ただ、ここで誤解してはならないことがあります。株式対価M&Aは、「資金調達が不要になる方法」ではありません。

現金支出が減る代わりに、買主は自社の株式を相手に渡すことになります。つまり、売主や対象会社の株主が、買収後は買主グループの株主になるということです。これは資金調達の問題であると同時に、株主構成、経営権、希薄化、説明責任、税務、会計、そして将来の資本政策をも左右する問題なのです。

買収ファイナンスの観点で本当に問うべきは、「現金を使わずに買えるか」ではありません。その株式対価によって、買収後の資本構成に無理は生じないか。既存株主に説明できるか。金融機関に説明できるか。売主が受け取る株式に、納得するだけの価値と流動性があるか。将来の追加調達や経営権に悪影響は出ないか。問われるのは、こうした点です。

本稿では、株式交換・株式交付・株式対価M&Aについて、会社法手続や税務判定の細部ではなく、買収資金調達と資本構成への影響に絞って整理します。

目次

株式対価M&Aは「現金を使わない買収」ではなく「株式を使った資本構成の設計」である

株式対価M&Aの本質は、買収対価を現金ではなく、買主側の株式で支払う点にあります。

現金買収であれば、買主は手元資金や借入で買収代金を用意し、売主は現金を受け取って取引から離れる、というのが基本的な流れです。

これに対して株式対価M&Aでは、売主や対象会社の株主は、買主側の株式を受け取ります。取引が終わった後も、買主グループの成長やリスク、株価、配当、出口に関わり続ける立場になるわけです。

そのため、株式対価M&Aを検討するときには、次のような問いが重要になります。

  • 買主の株式に、売主が受け取るに足る価値があるか
  • 買主の既存株主は、希薄化を受け入れられるか
  • 売主が株主として残ることが、経営上プラスに働くか
  • 議決権割合や拒否権によって、経営の自由度が制限されないか
  • 株式対価によって、金融機関から見た財務の安全性は高まるか
  • 買収後の追加借入や追加増資に支障が出ないか
  • 税務・会計上の処理が、資金繰りや純資産にどう影響するか

資本戦略は、会社の成長期や再生の局面で、その将来を大きく左右する重要な戦略です。増資、種類株式、新株予約権、自己株式といった手段は、いずれも資金調達や株主構成の設計に深く関わります。

株式対価M&Aもまた、単なるM&Aスキームではなく、買収と同時に行う資本戦略の一つとして捉えるべきものです。

株式交換・株式交付・株式対価M&Aの違い

まず、用語を整理しておきましょう。

株式交換

株式交換とは、株式会社がその発行済株式の全部を、他の株式会社または合同会社に取得させる制度です。実務上は、完全子会社となる会社の株主がその株式を完全親会社となる会社に移転し、対価として完全親会社の株式その他の財産を受け取ることで、完全親子会社関係をつくる手法として使われます。制度としては、完全親子会社関係を創設するためのものと位置づけられます。

出典:e-Gov法令検索|会社法

株式交換が検討されるのは、対象会社を100%子会社化したい場合です。

買主が自社株式を交付すれば、現金支出を抑えながら完全子会社化できる可能性があります。ただし、対象会社の全株主を取り込むことになるため、反対株主への対応、端数処理、株式交換比率、既存株主の希薄化、税務・会計処理といった論点が重くのしかかります。

株式交付

株式交付は、令和元年の会社法改正で導入された制度です。株式会社が他の株式会社を子会社とするために、その会社の株式を譲り受け、譲渡人に対して自社株式を交付する仕組みを指します。なお、令和元年会社法改正は、原則として令和3年3月1日から施行されています。

出典:法務省|会社法の一部を改正する法律について

株式交換とは異なり、株式交付は必ずしも100%子会社化を目的とするものではなく、対象会社を子会社化するための制度です。すでに子会社である会社をさらに買い増す目的では使えないなど、制度上の制約もあります。

買収ファイナンスの観点からは、対象会社を完全子会社にしない場合でも、現金対価を抑えつつ支配権を取得できる選択肢になり得ます。

株式対価M&A

株式対価M&Aは、より広い概念です。

株式交換や株式交付といった会社法上の制度にとどまらず、第三者割当増資、現物出資、株式譲渡と新株発行の組み合わせ、持株会社化、株式と現金を組み合わせた対価設計など、買収対価として株式を利用する取引を幅広く含みます。

したがって、株式対価M&Aを検討するときは、単に「株式を渡す」と一括りにするのではなく、どの制度を使うのか、誰が株主になるのか、どの程度の支配権を取得するのか、現金部分を残すのか、税務・会計上どう扱われるのか、これらを切り分けて考える必要があります。

現金対価との違いは「資金負担」だけではない

株式対価M&Aの分かりやすいメリットは、買収時の現金支出を抑えられる点にあります。

現金買収では、買収代金そのものに加え、関連費用、税金、借換資金、運転資金、追加投資資金まで含めて、資金を準備しなければなりません。買収代金が大きくなるほど、自己資金を使い切るリスクや、借入が過多になるリスクが高まります。

その点、株式対価を使えば、買収代金の全部または一部を株式で支払うため、買収時の現金支出を抑えることができます。

ただし、その代わりに次のようなコストが生じます。

  • 既存株主の持分比率が下がる
  • 既存株主の議決権割合が下がる
  • 売主または対象会社株主が、新たな株主として加わる
  • 将来の配当や出口価値を、新株主と分け合うことになる
  • 株主間契約や投資契約が必要になる場合がある
  • 追加増資や資本政策の自由度が下がる場合がある
  • 株式価値についての説明責任が重くなる
  • 株価下落や業績未達のときに紛争化する可能性がある

つまり、現金対価が「資金を支払って買う」方法であるのに対し、株式対価は「将来の会社価値の一部を渡して買う」方法だということです。

どちらが有利かは、単純な資金負担の比較だけでは決まりません。買収後のキャッシュ・フロー、借入余力、株主構成、経営権、将来の成長余力、既存株主への説明、そして売主との関係まで含めて判断する必要があります。

株式対価は借入を減らせるが、金融機関への説明が不要になるわけではない

株式対価M&Aでは、買収代金の現金部分を抑えられるため、銀行借入を減らせる可能性があります。これは買収ファイナンスの上で、大きな意味を持ちます。

借入が少なければ、買収後の返済負担は軽くなります。財務コベナンツに抵触するリスクも下がり、手元資金を運転資金や追加投資に回しやすくなります。金融機関の側から見ても、過大なレバレッジを避けた買収として評価される余地が生まれます。

とはいえ、株式対価にしたからといって、金融機関への説明が不要になるわけではありません。

金融機関は融資審査において、債務者評価、融資案件の事情、資金使途・融資形態・返済原資、保全、他行の状況や資金調達余力、そして融資の狙いを確認します。

株式対価M&Aの場合も、金融機関は次のような点を確認します。

  • 買収後の事業計画は現実的か
  • 対象会社のキャッシュ・フローは安定しているか
  • 買主の既存事業への影響はないか
  • 株式対価によって、既存株主構成はどう変わるか
  • 売主が株主として残ることに、経営上のリスクはないか
  • 買収後の借入返済に悪影響はないか
  • 追加投資や運転資金の余力は残るか
  • 株式発行によって、自己資本はどう変化するか
  • 会計上ののれん、純資産、自己資本比率はどう変わるか
  • 既存の融資契約上、新株発行や組織再編に承諾が必要ではないか

現金買収であれば、金融機関は「いくら貸して、何で返すか」を中心に見ます。

これに対して株式対価M&Aでは、それに加えて「株主構成が変わった後も、経営が安定し、返済原資が維持されるか」までを見るのです。

金融機関にとって、株式対価は安心材料にもなりますが、説明が不足すれば、かえって不安材料にもなり得ます。

株式交換は、完全子会社化と引き換えに株主構成を大きく変える

株式交換は、対象会社を完全子会社化するための代表的な株式対価スキームです。

現金を使わずに、あるいは現金支出を抑えて100%子会社化できる可能性があります。対象会社をグループ内に完全に取り込みたい場合、少数株主を残したくない場合、買収後の統合を進めたい場合には、有効な選択肢になります。

ただし、買収ファイナンスの観点からは、次の点を慎重に見ておかなければなりません。

株式交換比率が、買収価格そのものになる

株式交換では、対象会社の株主にどれだけの買主株式を交付するかが、実質的な買収価格になります。

現金買収であれば「何円で買うか」が明確です。ところが株式交換では、「何株を交付するか」「交換比率をどう決めるか」が、価格決定の中心に来ます。

買主が上場会社であれば市場株価を参照できますが、それでも株価変動のリスクは残ります。買主が非上場会社であれば、自社株式の価値をどう説明するかが、大きな問題になります。

売主から見れば、受け取る株式に流動性がなければ、現金と同じ価値があるとは言えません。買主から見れば、自社株式を過小に評価して交付すれば売主が納得せず、逆に過大に評価して交付すれば既存株主に不利が及びます。

企業価値評価において、価格とは売り手と買い手の交渉で決まる値段であり、一方で価値は前提条件によって変わり得る概念です。

株式交換では、この「価値」と「価格」のズレが、現金買収以上に重要な意味を持ってきます。

完全子会社化で統合は進めやすくなるが、対象会社の負債は残る

株式交換によって対象会社を完全子会社化しても、対象会社の既存借入が消えるわけではありません。

対象会社は子会社として存続し、その借入、担保、保証、契約上の義務も、原則として対象会社に残ります。買主が直接借入を引き受けない場合であっても、グループ全体として対象会社の返済力を管理していく必要があります。

金融機関は、対象会社が完全子会社化された後に、親会社による支援が期待できるのか、親会社の信用力はどの程度あるのか、対象会社の資金繰り管理はどう変わるのか、といった点を見ています。

既存株主の希薄化は避けられない

株式交換で買主株式を交付すれば、買主の発行済株式数は増えます。

その結果、既存株主の持分比率、議決権割合、1株当たり利益、将来配当の取り分が変わります。買主が非上場会社であれば、経営権や同族株主構成に影響することもあります。

既存株主にとって、株式交換は「現金を使わずに買収できる便利な方法」ではなく、「自分たちの会社の持分を一部渡して買収する方法」にほかなりません。

ですから、株式交換を使う場合には、買収後の株主構成表を必ず作成し、議決権割合、拒否権、少数株主リスク、将来の追加調達への影響を確認しておく必要があります。

株式交付は、現金負担を抑えて子会社化できるが、完全子会社化とは異なる

株式交付は、株式交換よりも柔軟に使える場面があります。

株式交換が完全子会社化を前提とするのに対し、株式交付は対象会社を子会社化するために用いられる制度です。そのため、対象会社の全株式を取得しなくても、支配権の取得を目的とした株式対価M&Aに使える可能性があります。

M&A実務の上でも、株式交換や株式交付は、株式取得型のストラクチャーとして位置づけられます。

買収ファイナンス上のメリットは、現金対価を抑えながら支配権を取得できる点です。自己資金を温存し、借入を抑え、買収後の追加投資余力を残しやすくなる可能性があります。

ただし、株式交付にも注意すべき点があります。

100%取得ではないため、少数株主が残る

株式交付では、対象会社を完全子会社化しない設計もあり得ます。

その場合、対象会社には少数株主が残ります。少数株主が残ると、配当方針、情報提供、重要事項の意思決定、将来の追加取得、グループ内取引、利益移転、統合施策などに、制約が生じることがあります。

買収後に少数株主が残る場合には、対象会社のキャッシュ・フローを、親会社の返済原資としてどこまで使えるのかも、慎重に見ておかなければなりません。

金融機関に対して「対象会社の利益で返済します」と説明する場合でも、その利益を配当・貸付・経営指導料・グループ内資金移動として実際に使えるかどうかは、また別の問題です。

売主が、買主株主として残る

株式交付では、対象会社の株主が買主株式を受け取ります。

これは、売主が買収後も買主グループの株主になることを意味します。事業上の協力関係が続く場合にはプラスに働くこともありますが、経営方針に対立があれば、リスクにもなり得ます。

売主が単に現金化したいだけであれば、流動性の低い株式対価を好まないかもしれません。反対に、売主が買主グループの成長に参加したいと考えている場合には、株式対価が有効に機能することもあります。

このように、株式交付では、売主の出口意向と買主の資本政策が一致しているかどうかが重要になります。

税務上の特例は資金繰りに影響するが、制度要件の確認が欠かせない

株式交付については、一定の要件を満たす場合、個人株主が株式交付親会社の株式を受け取った部分について、譲渡がなかったものとみなされる課税の特例があります。ただし、交付を受けた株式交付親会社株式の価額割合が80%に満たない場合や、株式交付の直後に株式交付親会社が一定の同族会社に該当する場合などは、この特例から除かれます。

出典:国税庁|No.1545 株式等を対価とする株式の譲渡に係る譲渡所得等の課税の特例

この特例は、売主側の税務キャッシュアウトに影響します。

売主が現金対価を受け取る場合には、原則として株式譲渡益に対する課税が問題になります。個人の株式等の譲渡所得等は、上場株式等と一般株式等に区分され、申告分離課税の対象となります。

出典:国税庁|No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)

株式対価によって売主側の課税が繰り延べられる可能性があれば、売主にとって取引を受け入れやすくなる場合があります。

ただし、税務メリットを前提に交渉を進めるのであれば、制度要件を満たすか、売主が個人か法人か、現金部分があるか、同族会社要件に該当しないか、将来の株式譲渡時にどう課税されるか、これらを個別に確認する必要があります。

株式対価M&Aでも、必要資金はゼロにならない

株式対価M&Aは、買収代金の現金支出を抑える手法です。

しかし、買収に必要な資金そのものがゼロになるわけではありません。

次のような資金は、株式対価M&Aであっても発生し得ます。

専門家費用

株式交換・株式交付では、法務、税務、会計、バリュエーション、DD、登記、開示、株主対応など、さまざまな場面で専門家費用が必要になります。

株式対価は、現金買収よりもストラクチャー、比率算定、株主説明、税務判定が複雑になることがあります。そのため、専門家費用が軽くなるとは限りません。

端数処理・現金調整

株式交換や株式交付では、交付株式数の端数処理、一部現金対価、価格調整、補償金、反対株主への対応などに、現金が必要になる場合があります。

「株式対価」とは言っても、完全に現金ゼロで済むとは限らないのです。

対象会社の運転資金

株式対価によって買収代金を抑えられたとしても、対象会社の運転資金は別の問題です。

売掛金の回収、在庫、仕入債務、従業員給与、税金、既存借入の返済、設備更新資金が必要であれば、買収後にも現金支出は発生します。

買収代金を株式で抑えたにもかかわらず、買収後の運転資金を見落としてしまうと、結局は追加借入や親会社支援が必要になりかねません。

既存借入の借換え・保証変更

株式交換や株式交付によって支配株主が変わる場合、対象会社の既存借入契約で、金融機関の承諾が必要になることがあります。

チェンジ・オブ・コントロール条項、財務制限条項、担保・保証の変更、代表者保証の見直し、親会社保証の要否などを、確認しておかなければなりません。

場合によっては、買収資金そのものは不要でも、既存借入の借換資金が必要になることもあります。

買収後の追加投資

株式対価M&Aでは、現金を温存できる点がメリットです。

しかし、その温存した資金をどう使うのかまで、あらかじめ設計しておく必要があります。設備更新、人材採用、IT投資、管理体制の整備、営業統合、在庫補充など、買収後に必要となる資金を織り込んでおかなければ、買収後の成長計画は実行できません。

株式対価は、買主の株主構成を変える

株式対価M&Aで最も重要な論点は、株主構成です。

現金買収では、買主の株主構成は原則として変わりません。借入を使えば負債は増えますが、既存株主の持分比率は維持されます。

一方、株式対価M&Aでは、買主の株式を売主または対象会社株主に交付するため、既存株主の持分比率が下がります。

この希薄化は、単なる数字の問題にとどまりません。

  • 議決権割合が変わる
  • 重要決議の可決可能性が変わる
  • 特別決議の支配ラインが変わる
  • 少数株主権の行使可能性が変わる
  • 株主総会の運営が変わる
  • 役員選任や配当方針に影響する
  • 将来の事業承継・相続・株式集約に影響する
  • 追加増資や第三者割当の余地が変わる

非公開会社では、株式の分散や少数株主の存在が、事業承継やM&Aの障害になることがあります。少数株主には、帳簿閲覧、株主総会に関する権利、組織再編等に関する訴えなど、さまざまな権利が認められています。

したがって、非上場会社が株式対価M&Aを使う場合には、売主を株主として迎えることが長期的に許容できるかどうかを、慎重に確認しておく必要があります。

買収の時点では友好的であっても、その後に業績が下振れした場合、追加投資が必要になった場合、配当方針が変わった場合、将来売却を検討する場合などに、株主間の利害が対立することがあります。

株式対価M&Aでは、「買収が成立するか」だけでなく、「その株主構成で経営を続けられるか」までを見ておかなければなりません。

非上場会社の株式対価M&Aは、評価と流動性の説明が難しい

上場会社が自社株式を対価にする場合、その株式には市場価格があります。株価変動のリスクはありますが、一定の流動性があり、売主にとっては換金の可能性があります。

これに対して、非上場会社が自社株式を対価にする場合には、売主が受け取る株式の価値と流動性が、大きな問題になります。

非上場株式には、市場価格がありません。売主がその株式を将来売却できるとは限りません。配当がなければ、売主は株式を持ち続けても現金収入を得られない可能性があります。

そのため、非上場会社の株式対価M&Aでは、次のような点を説明する必要があります。

  • 買主株式の評価額をどう算定したか
  • 対象会社株式の評価額と交換比率は妥当か
  • 売主が受け取る株式に、どのような権利があるか
  • 配当方針はどうなるか
  • 将来の売却・買取・出口をどう設計するか
  • 譲渡制限株式の場合、売主は自由に譲渡できるか
  • 種類株式を使う場合、普通株主との優劣関係はどうなるか
  • 株主間契約で、どのような権利義務を定めるか

非上場会社の場合、株式対価は「現金の代わり」にはなりにくいことがあります。

売主が現金化を重視しているのであれば、非上場株式を対価として提示しても、受け入れられない可能性があります。反対に、売主が買主グループの成長に参加したい場合や、段階的な承継を望む場合には、有効に機能する可能性がありますが、その場合でも出口の設計は欠かせません。

種類株式・新株予約権を組み合わせる場合の注意点

株式対価M&Aでは、普通株式だけでなく、種類株式や新株予約権を組み合わせることもあります。

種類株式や新株予約権は、資金調達、インセンティブ、M&A、事業承継など、さまざまな場面で活用されます。

たとえば、売主に普通株式を渡すと経営権への影響が大きすぎる場合には、議決権制限株式や優先株式を検討することがあります。また、将来の業績達成に応じて追加的な経済的利益を渡したい場合には、新株予約権的な設計を検討することもあります。

しかし、これらはいずれも高度な資本政策です。

種類株式を使う場合には、残余財産分配権、配当優先権、議決権、取得請求権、取得条項、転換条件、拒否権、上場・売却時の取扱いを、丁寧に整理しておく必要があります。

新株予約権を使う場合には、行使条件、行使価格、行使期間、希薄化、会計・税務、既存株主への説明、将来の資本政策への影響を、確認しておく必要があります。

買収ファイナンスの観点からは、種類株式や新株予約権を使えば設計は柔軟になる一方で、金融機関や既存株主への説明はかえって難しくなります。

特に金融機関は、株式の種類や契約条件そのものよりも、それが将来のキャッシュ・フロー、経営権、返済順位、配当制限、追加調達の余力にどう影響するかを見ています。

税務上の有利・不利だけで、株式対価を選んではいけない

株式対価M&Aでは、税務上の課税繰延べが大きな関心事になります。

確かに、一定の要件を満たす株式交換、株式移転、株式交付では、対象会社株主側の譲渡損益課税が繰り延べられる場合があります。国税庁も、株式移転について、一定の場合に旧株の譲渡がなかったものとみなす特例を示しています。

出典:国税庁|No.1527 株式移転により株式を譲渡した場合の譲渡所得等の特例

課税繰延べが使えれば、売主の税務キャッシュアウトを抑えられ、交渉の上で有利に働くことがあります。

しかし、税務上有利だからといって、株式対価M&Aが常に最適だとは限りません。

買収ファイナンスの観点からは、次の点を確認する必要があります。

  • 税務上の要件を、本当に満たしているか
  • 現金部分がある場合、どこまで課税が生じるか
  • 売主が個人か法人かで、税務影響がどう変わるか
  • 同族会社要件や支配関係の要件に該当しないか
  • 将来、売主が受け取った株式を売却するとき、どう課税されるか
  • 税務メリットを得るために、不自然な株主構成になっていないか
  • 税務メリットよりも、経営権・資本政策の制約のほうが重くならないか

税務上の繰延べは、キャッシュ・フロー上のメリットになり得ます。

しかしそれは、あくまで「税金を今は払わない」という効果であって、「買収後の事業が返済原資を生む」こととは別の話です。

税務メリットを返済計画の中心に据えすぎると、事業としての買収妥当性を見誤ることになります。

会計処理は、純資産・のれん・自己資本比率に影響する

株式対価M&Aでは、会計処理も重要な論点になります。

企業結合に該当する取引については、企業結合会計基準の適用が問題になります。ASBJの企業結合会計基準は、企業結合に関する会計処理および開示を定めることを目的としています。

出典:ASBJ|企業会計基準第21号 企業結合に関する会計基準

また、事業分離等に関する会計基準は、合併や株式交換などの企業結合における結合当事企業の株主に係る会計処理などを定めています。

出典:ASBJ|企業会計基準第7号 事業分離等に関する会計基準

買収ファイナンスの観点で、会計処理について特に見ておくべきなのは、次の点です。

のれんが発生するか

株式対価であっても、買収価格が対象会社の識別可能純資産を上回れば、のれんが発生する可能性があります。

現金を支払っていないからといって、買収価格が低いとは限りません。交付した株式の価値が買収対価として評価されるため、過大な株式交付を行えば、実質的には高値での買収になります。

のれんが大きい買収では、それを将来の収益・キャッシュ・フローで回収できるのかを、説明する必要があります。

純資産と自己資本比率がどう変わるか

株式を発行すれば、会計上は資本金や資本剰余金などの純資産項目が増える可能性があります。

純資産の部は、大きく株主資本とそれ以外に分けられ、株主資本は資本金、資本剰余金、利益剰余金などから構成されます。

株式対価M&Aによって自己資本が厚く見える場合もありますが、その一方でのれんや無形資産が増えれば、金融機関の見方は単純ではなくなります。

金融機関は、形式的な自己資本比率だけでなく、返済原資としての営業キャッシュ・フロー、実体としての純資産、のれんの回収可能性、買収後の収益安定性までを確認します。

EPS・ROE・ROICに影響する

株式対価によって発行済株式数が増えれば、1株当たり利益が低下する可能性があります。

また、自己資本が増えればROEに影響し、投下資本が増えればROICにも影響します。M&Aは、資本コストを上回るリターンを実現できなければ、長期的な企業価値の向上にはつながりません。

現金支出を抑えられるからといって、投資効率が高いとは限りません。

株式対価M&Aでは、「借入を抑えたから安全」ではなく、「交付した株式価値に見合うリターンを得られるか」という視点で見る必要があります。

金融機関に説明すべき内容

株式対価M&Aでは、金融機関に対して、通常の買収資金融資とは少し異なる説明が求められます。

借入額が少ない場合でも、金融機関は買収後の財務構造を見ています。

説明すべき主な内容は、次のとおりです。

1. なぜ株式対価を使うのか

単に「現金が足りないから株式で払う」という説明では、十分とは言えません。

金融機関に対しては、次のように説明できる必要があります。

  • 手元資金を、買収後の運転資金として残すため
  • 過大な借入を避けるため
  • 売主に、買収後の成長に参加してもらうため
  • 対象会社との統合を、円滑に進めるため
  • 買収後の財務耐久力を維持するため
  • 現金対価よりも、資本構成上合理的であるため

株式対価を選ぶ理由が、買収目的と資金計画にしっかり結びついていなければなりません。

2. 株式価値と交換比率の妥当性

金融機関は、株式交換比率や株式交付価額そのものを評価する専門家ではありません。

しかし、過大な株式発行によって既存株主が希薄化し、経営不安や紛争が生じれば、返済原資に影響が及びます。

そのため、買主株式と対象会社株式の評価、交換比率の根拠、現金部分の有無、売主との合意形成プロセスを、説明しておく必要があります。

3. 買収後の株主構成

買収後に誰が何%の議決権を持つのかを、示しておく必要があります。

金融機関は、支配株主が誰なのか、経営の意思決定が安定するか、少数株主が重要な権利を持つか、売主が経営に関与するか、といった点を見ています。

4. 対象会社の既存借入と金融機関の同意

株式対価で買収しても、対象会社の借入は残ります。

支配株主の変更により既存金融機関の承諾が必要か、担保・保証はどうなるか、代表者保証は解除・変更されるか、親会社保証を求められるか、これらを確認する必要があります。

5. 買収後の返済原資

最終的には、買収後のキャッシュ・フローで説明することになります。

株式対価によって借入が減ったとしても、対象会社が赤字であれば、買主グループの資金繰りを圧迫します。逆に、対象会社が安定したキャッシュ・フローを生むのであれば、株式対価で借入を抑えた分だけ、返済余力が高まる可能性があります。

6. 下振れ時の対応

株式対価M&Aでは、業績が下振れしたときに、売主株主との関係が問題になることがあります。

売主が受け取った株式の価値が下がる。期待したシナジーが出ない。配当できない。追加投資が必要になる。こうした局面では、株主間契約、追加の資金負担、議決権行使、株式買取請求、出口条件が問題になります。

金融機関に対しても、下振れ時に資金繰りが耐えられるかどうかを、説明しておく必要があります。

株式対価M&Aが向きやすい場面・向きにくい場面

株式対価M&Aは、すべての買収に向いているわけではありません。

向きやすい場面

株式対価M&Aが検討しやすいのは、次のような場合です。

  • 買主株式に、一定の価値・信用・流動性がある
  • 売主が、買収後の成長に参加する意向を持っている
  • 現金支出を抑え、買収後の投資に資金を残したい
  • 過大な借入を避けることが重要である
  • 買収後も、売主の協力が必要である
  • 買主と対象会社の事業シナジーを共有しやすい
  • 株主構成の変化を、既存株主に説明できる
  • 将来の出口や株式買取の設計ができる

向きにくい場面

反対に、次のような場合は、慎重に検討すべきです。

  • 買主株式の価値を説明できない
  • 買主株式に流動性がない
  • 売主が現金化を強く希望している
  • 既存株主が、希薄化を受け入れにくい
  • 経営権が不安定になる
  • 対象会社に少数株主が残ることが、問題になる
  • 税務上の特例要件が不確実である
  • 株式対価を使う理由が、「資金が足りない」だけである
  • 買収後の事業計画が楽観的である
  • 金融機関に、株主構成・返済原資を説明できない

特に中小・非上場のM&Aでは、売主が現金対価を希望することが多く、買主株式を対価として受け入れてもらうには、高い説明力が求められます。

株式対価M&Aで失敗しやすい考え方

株式対価M&Aで失敗しやすいのは、次のような考え方です。

「現金を使わないから安全」と考える

現金支出を抑えられても、過大な株式を交付すれば、既存株主の利益を大きく損ないます。

また、株式対価で買収した対象会社が、想定どおりのキャッシュ・フローを生まなければ、買主グループ全体の経営資源を消耗することになります。

安全性は、現金支出の少なさではなく、買収後の財務耐久力で判断すべきものです。

「借入しないから、銀行対応は関係ない」と考える

株式対価で買収資金を借り入れない場合でも、対象会社や買主に既存借入があれば、金融機関への対応は必要です。

支配権の変更、株主構成の変更、組織再編、親会社支援、担保・保証、既存借入の継続可否は、いずれも金融機関の関心事項です。

「税務上有利だから選ぶ」と考える

税務上の課税繰延べは重要ですが、税務メリットだけでスキームを選ぶべきではありません。

税務上有利であっても、売主が流動性のない株式を受け取ることに不満を持つ、既存株主が希薄化を受け入れない、金融機関が経営の安定性を不安視する、といったことは起こり得ます。

「株式価値は後で説明すればよい」と考える

株式対価M&Aでは、買主株式の価値こそが買収対価です。

価値評価が曖昧なまま進めてしまうと、後になって売主、既存株主、税務当局、金融機関との間で、説明が難しくなります。

相談前に整理しておきたい資料

株式交換・株式交付・株式対価M&Aを検討する場合、相談の前に次の資料を整理しておくと、財務面の検討が進めやすくなります。

  • 買主の決算書・月次試算表
  • 買主の借入明細
  • 買主の株主名簿
  • 買主の種類株式・新株予約権の有無
  • 買主の資本政策表
  • 対象会社の決算書・月次資料
  • 対象会社の借入明細
  • 対象会社の株主名簿
  • 対象会社の事業計画
  • 想定する株式交換比率・株式交付割合
  • 現金対価を併用する場合の現金部分
  • 買収後の株主構成表
  • 買収後の連結またはグループ資金繰り表
  • 買収後の借入返済計画
  • 買収後の追加投資計画
  • 売主の希望条件
  • 金融機関への説明資料
  • 税務上の特例適用見込み
  • 会計処理の初期整理

なかでも特に重要なのは、買収後の株主構成表と資金繰り表です。

株式対価M&Aでは、現金支出を抑える効果だけに目を向けると、判断を誤ります。株主構成がどう変わり、借入がどれだけ残り、対象会社のキャッシュ・フローをどう使い、買収後の追加投資をどう行うのか。これらを一体として整理しておく必要があります。

株式対価M&Aは、資金繰りの問題を資本政策に移し替える手法である

株式交換・株式交付・株式対価M&Aは、買収時の現金支出を抑える、強力な選択肢です。

ただし、それは資金繰りの問題が消えるという意味ではありません。

現金で払わない代わりに、買主の株式を渡します。借入を抑えられる代わりに、既存株主の持分が薄まります。売主に現金を渡さない代わりに、売主を株主として迎えます。買収時の資金負担を軽くする代わりに、買収後の資本構成とガバナンスが複雑になります。

この構造を理解しないまま株式対価M&Aを選んでしまうと、買収資金は用意できても、買収後の経営が難しくなります。

株式対価M&Aを検討するときには、次の問いに答えられる必要があります。現金支出を抑える必要が、本当にあるのか。株式を渡す相手を、株主として迎えられるのか。既存株主に、希薄化を説明できるのか。買収後の返済原資は十分か。金融機関は納得するか。税務・会計上の処理が、資金繰りにどう影響するか。将来の追加投資や追加調達に、支障はないか。

株式対価M&Aは、資金調達の代替手段ではなく、買収後の会社の形を決める、資本構成の選択なのです。

株式対価M&A・買収資金調達でお悩みの方へ

株式交換・株式交付・株式対価M&Aを検討する際には、現金対価を抑えられるかどうかだけでなく、買収後の株主構成、既存株主の希薄化、金融機関への説明、税務・会計処理、対象会社の既存借入、買収後の返済原資まで、一体として確認する必要があります。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&Aを「買えるか」だけでなく、「買った後も資金繰り・返済・投資余力・株主構成まで含めて成立するか」という観点から、買収資金調達と資本構成の整理を支援しています。

株式対価を使うべきか、現金対価や借入と組み合わせるべきか、金融機関にどう説明すべきか。こうした点に不安がある場合は、できるだけ早い段階でご相談ください。

お問い合わせページから、現在検討しているスキーム、買主・対象会社の株主構成、想定する対価、既存借入の状況をお知らせいただければ、初回の面談で確認すべき財務論点を整理しやすくなります。

振り返り|株式交換・株式交付・株式対価M&Aと資金調達の重要論点

論点確認すべきこと買収ファイナンス上の意味
株式対価の本質現金ではなく買主株式を対価にする理由資金負担を抑える代わりに株主構成を変える
株式交換完全子会社化が必要か100%取得と引き換えに既存株主の希薄化が生じる
株式交付子会社化で足りるか、制度要件を満たすか100%取得でなくても株式対価を使える可能性がある
現金対価との違い現金支出、借入、希薄化、経営権のバランス借入負担と株主構成のどちらを重く見るかを判断する
希薄化既存株主の議決権・経済的持分がどう変わるか既存株主への説明責任と将来の経営権に影響する
売主の株主化売主が買主株主として残ることを許容できるか買収後の協力関係にも紛争リスクにもなり得る
非上場株式の評価買主株式の価値と流動性を説明できるか売主が対価として受け入れるか、税務・金融機関説明に影響する
税務特例課税繰延べの要件を満たすか売主側の税務キャッシュアウトと交渉条件に影響する
会計処理のれん、純資産、自己資本比率、EPSへの影響金融機関評価・既存株主説明・投資回収判断に影響する
既存借入支配権変更や株式発行に金融機関同意が必要か借入をしない買収でも金融機関対応が必要になる
必要資金専門家費用、端数処理、運転資金、追加投資を見込んでいるか株式対価でも現金需要は残る
判断軸現金支出削減だけでなく資本構成全体で判断しているか「買えるか」ではなく「買った後も耐えられるか」を検証する
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