VCや事業会社から資金調達を受けた会社では、投資契約や株主間契約に加え、種類株式の発行要項、サイドレター、役員派遣に関する合意、情報提供に関する合意など、さまざまな取り決めが積み重なっていることがあります。
資金調達を行った当時、これらの契約はいずれも、会社を成長させるために必要なものだったはずです。投資家はリスクを引き受けて資金を提供し、会社はその資金をもとに、採用、開発、広告、設備投資、海外展開、M&Aといった次の一手を進めていきます。投資家が見返りとして一定の権利を求めること自体は、決して不自然なことではありません。
ところが、IPO準備が本格化してくると、過去に結んだ投資契約・株主間契約は、それまでとは別の意味を帯び始めます。
未上場の段階であれば、限られた株主のあいだで合意された権利にすぎません。しかし上場会社になれば、不特定多数の投資家が株主として加わります。特定の投資家だけに強い拒否権や情報権、取締役指名権、優先的な経済的権利が残っていると、上場後の株主平等やガバナンス、開示、公正な価格形成との関係が問われることになります。
つまり、IPO準備における投資契約・株主間契約の整理は、単なる契約書レビューにとどまりません。資本政策、株主構成、ガバナンス、開示体制、主幹事証券による審査、取引所審査、そして上場後の投資家対応にまで直結する、経営課題そのものです。
この点は、行政の側でも意識されています。スタートアップ投資契約ガイドラインは、投資家とスタートアップ企業が結ぶ投資契約等の意義を確認し、契約当事者が留意すべき事項を整理したものとして位置づけられています。投資契約の実務は投資環境の変化に応じて見直されていくものであり、令和7年には増補版も策定されました。
投資契約・株主間契約は「資金調達の条件」で終わらない
投資契約とは、一般に、投資家が会社へ出資する際の条件を定める契約です。出資額や発行株式、払込条件、資金使途、表明保証、クロージング条件、経営者の義務、契約違反時の取扱いといった事項が盛り込まれます。
一方の株主間契約は、株主同士が会社運営や議決権の行使、株式譲渡、役員選任、情報提供、将来のエグジットなどについて取り決める契約です。会社の運営をめぐって株主間で結ばれる契約であり、公序良俗や強行法規に反しない限り、議決権の行使や株式譲渡に関する合意も有効と整理されます。
ただし、契約である以上、その効力にはおのずと限界があります。
株主間契約は、原則として契約の当事者間を拘束するにとどまります。当事者である株主が株式を第三者に譲渡した場合、その譲受人に対して、契約内容を当然に主張できるとは限りません。また、契約に反する議決権行使がなされたとしても、会社法上はその議決権行使自体が有効に扱われる可能性があります。議決権を確保する手段として、株主間契約にはなお不確実さが残る——この点は、押さえておきたいところです。
そして、この不確実さこそが、IPO準備の局面で問題になってきます。
上場会社に求められるのは、特定の株主間の私的な合意によって会社運営が事実上左右される状態ではありません。取締役会、株主総会、監査役・監査等委員会、内部監査、開示体制が、制度として機能している状態です。
なぜIPO準備で投資契約・株主間契約が問題になるのか
IPOとは、未上場会社の株式を、不特定多数の投資家が売買できる状態にすることです。上場後の株式は不特定多数の投資者の投資対象となるため、上場会社にはその信頼を確保できる体制が求められます。また、上場審査の基準には、形式基準と実質基準の二つがあります。
上場申請後の審査は、新規上場申請のための有価証券報告書、いわゆる「Ⅰの部」「Ⅱの部」の記載内容をもとに進みます。これらに対して取引所から送付される質問事項への回答や、ヒアリングを通じて、審査が行われます。
この過程で、投資契約・株主間契約は、次のような観点から確認されていきます。
- 特定の株主が、経営判断を実質的に支配していないか
- 取締役会が、自律的に意思決定できる状態にあるか
- 株主平等や少数株主保護に反する権利が残っていないか
- 上場後の開示前情報が、特定株主へ優先的に提供される構造になっていないか
- 優先株式や種類株式が、上場時に適切に整理されるか
- 株式の自由な流通や、上場時の売出しに支障がないか
- M&A、資金調達、役員選任、事業譲渡などについて、過去の拒否権が会社の成長戦略を縛っていないか
こうして見ていくと、契約を「過去の資金調達の資料」として保管しているだけでは足りないことがわかります。IPO準備では、契約の内容に加えて、いまも有効な条項、終了条件、修正の要否、解除・終了に向けた交渉の状況まで、ひと通り整理しておく必要があります。
拒否権|投資家保護の権利が、上場準備では経営判断の制約になる
投資契約・株主間契約では、一定の重要事項について投資家の事前承諾を必要とする条項が置かれることがあります。いわゆる拒否権、事前承諾権、同意権です。
対象となる事項としては、たとえば次のようなものが典型です。
- 定款変更
- 募集株式・新株予約権の発行
- M&A、合併、会社分割、事業譲渡
- 重要な資産の取得・処分
- 借入、担保設定、保証
- 役員の選任・解任
- 予算・事業計画の変更
- 関連当事者取引
- 配当、自己株式取得
- IPO、M&Aその他エグジット方針の変更
株主間契約においても、定款変更や募集株式の発行、取締役・監査役の選任または解任、合併、株式交換、株式移転、会社分割、事業譲渡などを、事前協議・承認事項として設計することが考えられます。
未上場の段階では、これらの拒否権は投資家保護の意味を持ちます。投資家は少数株主として経営を直接支配できる立場にないため、出資後に会社が大きく方針を変えたり、不利な資本政策に踏み切ったりすることを防ぐ必要があるからです。
ところがIPO準備に入ると、拒否権が過剰に残っていることが問題になります。
取締役会が重要事項を審議しても、最終的には特定投資家の同意がなければ前に進められない。資金調達のたびに既存投資家の承諾が要り、機動的な資本政策が取れない。事業計画の変更やM&A、役員体制、上場市場の選択までもが、特定投資家の個別の利害によって左右される。こうした状態では、上場会社としての意思決定プロセスを、対外的に説明することが難しくなります。
そのため拒否権の整理では、単に「条項があるかどうか」を見るだけでは不十分です。次のような点まで踏み込んで確認する必要があります。
- どの事項が対象になっているか
- 誰の同意が必要とされているか
- 同意が得られない場合の効果は何か
- その権利は上場申請前に消滅するのか
- 上場時に自動的に終了するのか
- 終了しないとすれば、上場後の株主平等・ガバナンスと整合するのか
情報権|上場前の投資家対応が、上場後の情報管理リスクに変わる
VCをはじめとする投資家は、投資先の状況を把握するために、情報提供権を求めることがあります。
対象となるのは、月次試算表や事業計画、予実差異、KPI、資金繰り、取締役会資料、株主総会資料、監査法人とのやり取り、重要契約、採用計画、資本政策表など、多岐にわたります。
未上場の段階では、情報権は投資家によるモニタリングや経営支援に資する面があります。VCは投資先の成長段階に応じて支援ニーズを把握し、時には社外取締役として経営を支えることもあります。
しかし上場会社になると、未公表の重要情報を特定の株主へ優先的に提供する行為は、開示や公平性、インサイダー情報管理の観点から、慎重に整理しなければなりません。
金融商品取引法に基づくディスクロージャー制度は、有価証券の発行・流通市場において、一般投資者が十分に投資判断を行えるよう資料を提供することを目的としています。有価証券届出書等の提出を義務づけ、公衆の縦覧に供することで、事業内容や財務内容などを正確・公平かつ適時に開示し、投資者の保護を図る仕組みです。
出典:財務省関東財務局|企業内容等開示(ディスクロージャー)制度の概要
ですから、IPO準備会社は、投資家への情報提供を「上場前からの慣行」として、なんとなく続けてしまってはいけません。
上場後も残る情報権がある場合には、未公表の決算情報や業績見通し、M&A、資金調達、重要契約、主要KPIといった情報が、特定株主に先に渡る構造になっていないかを確認する必要があります。上場後も一定の情報提供を続ける必要があるのであれば、法令や取引所規則、インサイダー情報管理規程、フェアディスクロージャーの考え方との整合まで、あわせて点検しておくべきです。
取締役指名権・オブザーバー権|支援と支配の境界を整理する
株主間契約では、投資家が取締役を指名できる権利や、取締役会にオブザーバーとして参加できる権利が定められることがあります。
未上場会社では、投資家が取締役として経営に加わり、事業戦略や採用、資金調達、ガバナンス、M&A、次回ラウンドといった場面で会社を支えることがあります。これは、成長企業にとって有効に働く場合があります。
ただしIPO準備では、取締役会そのものの構成と機能が問われます。
取引所は、実効的なコーポレートガバナンスの実現に資する主要な原則として、コーポレートガバナンス・コードを定めています。プライム市場・スタンダード市場の上場会社は全原則について、グロース市場の上場会社は基本原則について、実施しないものがある場合にはその理由を説明することが求められます。
特定の投資家が契約上、取締役を指名し続ける構造になっていると、取締役会が全株主に対して責任を負う機関として機能しているのか、それとも特定投資家の利害を優先する構造になっていないかが問われます。オブザーバー権についても同様です。取締役会資料には未公表の重要情報が含まれるため、情報管理の観点からも慎重な検討が欠かせません。
整理しておきたい論点は、次のとおりです。
- 投資家が指名した取締役は、上場申請前に退任するのか、上場後も継続するのか
- 社外取締役、独立役員、監査役・監査等委員との関係をどう設計するのか
- オブザーバーとしての参加は、上場前のどの時点まで認めるのか
- 取締役会資料の提供範囲は適切か
- 利益相反取引や関連当事者取引の審議から、除外すべき場面はないか
- 投資家が指名した役員がいる場合、Ⅰの部やガバナンスの説明でどう記載するのか
投資家からの支援を否定する必要はまったくありません。大切なのは、上場準備の段階で、その支援が「契約上の支配」と映る状態を残さないことです。
優先権・種類株式|経済的権利を上場時にどう整理するか
VC投資では、普通株式ではなく優先株式が用いられることがあります。優先株式には、残余財産分配権や優先配当、普通株式への転換、希薄化防止、みなし清算、取得請求権、取得条項といった内容が組み込まれることがあります。
優先株式は、未上場段階の不確実性を前提に、投資家のリスクを調整するための有効な手段です。会社法上も、普通株式以外の有価証券として種類株式、新株予約権、新株予約権付社債などが認められており、資金調達やインセンティブ設計、M&A、事業承継といった場面で活用されています。
一方で上場時には、上場後の株式の流通性、株主平等、投資家への説明といった観点から、優先株式や種類株式の整理が問題になります。
たとえば転換権付優先株式は、転換社債と同じように普通株式へ転換できる性質を持ちますが、取締役の選定など会社支配にかかわる権利が付随していることがあります。また、転換権付証券の価値は企業価値の動きに連動するため、単純な簿価や債券的なDCFでは評価が難しい場合があります。
IPO準備で確認しておきたい点は、次のとおりです。
- 上場前に普通株式へ転換される設計になっているか
- 転換比率は明確か
- 端数処理に問題はないか
- 残余財産分配権やみなし清算条項が、上場後も残らないか
- 優先配当や取得請求権が、上場後の資本政策を制約しないか
- 種類株主総会、定款変更、取得条項の発動など、必要な会社法手続が整理されているか
- 転換後の発行済株式数、潜在株式、希薄化、ストック・オプションとの関係が、資本政策表に反映されているか
優先株式の整理は、法務だけで完結するものではありません。会計や税務、株主構成、上場時の価格形成、既存株主の売出し、上場後の流通株式比率にまで影響が及びます。
譲渡制限・先買権・共同売却権|株式の流動性と出口設計に影響する
株主間契約では、株式譲渡について、先買権、譲渡制限、共同売却権、売渡請求、買取請求、ドラッグアロングといった条項が定められることがあります。
これらの条項は、未上場段階では株主構成の安定に役立ちます。見知らぬ第三者へ株式が移ることを防ぎ、投資家や創業者に一定の出口機会を確保し、M&A時の意思決定を円滑にする、といった目的があるからです。
株主間契約の設計としては、株式を第三者へ譲渡しようとする株主が他の株主に通知し、他の株主が同一またはより有利な条件で買い取ることを請求できる先買条項や、一定の場合に株式の買取り・売渡しを求める条項などが想定されます。
ところがIPOでは、株式が市場で自由に売買されることが前提になります。未上場段階の譲渡制限や先買権が上場後も残っていると、上場株式としての流動性や取引の公正性と整合しづらくなります。
とりわけ注意したいのは、次のような条項です。
- 上場後も特定株主が、株式譲渡に同意権を持つ条項
- 売出しに参加できる株主を制限する条項
- 上場後の株式売却について、他の株主に先買権を残す条項
- M&A時に、創業者や投資家へ売却を強制する条項
- 特定投資家が一定の条件で、会社または創業者へ株式の買取りを請求できる条項
これらは、上場前に終了または修正しておく必要がある場合が多い領域です。もっとも、ロックアップや継続保有、上場直後の需給安定に関する合意など、上場時のファイナンス実務上、別途求められる制約もあります。ですから、「譲渡制限はすべてなくす」と単純に考えるのではなく、上場会社として不適切な制限はどれで、上場時の実務上なお必要な制限はどれか——そこを切り分けて整理することが大切です。
上場時終了条項|契約が自動終了するだけでは足りない
投資契約・株主間契約には、「IPO時に終了する」「上場時に効力を失う」といった、上場時終了条項が置かれていることがあります。
この条項があると、会社側はつい安心しがちです。しかし実務では、「上場時終了条項があるから問題ない」とは限りません。
まず、終了の時点が問題になります。終了するのが「上場日」なのか、「上場承認日」なのか、「上場申請日」なのか、あるいは「取締役会で上場申請を決議した日」なのか。どこを終了時点とするかによって、上場審査中に権利が残るかどうかが変わってきます。
次に、終了する条項の範囲です。情報権、拒否権、役員指名権、優先引受権、譲渡制限、共同売却権、買取請求権、表明保証、補償、秘密保持、競業避止、反社会的勢力排除、紛争解決条項——このうちどれが終了し、どれが残るのかを確認しておく必要があります。
さらに、実際に終了させるための手続が必要になる場合もあります。投資家の同意書や終了確認書、覚書、サイドレターの解除、定款変更、種類株式の転換、株主名簿・新株予約権原簿の整理、取締役の退任、オブザーバー権の消滅確認などです。
上場時終了条項は、契約書に書かれているだけでは不十分だということです。上場申請前に、主幹事証券や弁護士、公認会計士・税理士、監査法人と連携しながら、終了の実効性まで確認しておく必要があります。
投資契約は、開示・審査資料にも影響する
投資契約・株主間契約は、IPO審査における確認資料にもなります。
上場申請では、事業内容、株主構成、資本政策、関連当事者、重要契約、リスク情報、ガバナンス、内部管理体制が、一体のものとして確認されます。実務上は、新規上場申請のための有価証券報告書、定款、株券等の分布状況表、上場申請者に係る各種説明資料、取締役会議事録、経営上の重要な契約などが、申請関連資料として扱われます。
投資契約・株主間契約は、こうした開示・説明の次のような部分に影響します。
- 主要株主の状況
- 資本政策の推移
- 新株予約権・潜在株式
- 種類株式の内容と転換
- 上場前後の株主構成
- 関連当事者取引
- 重要な契約
- 経営上のリスク
- ガバナンス体制
- 資金使途と投資家との合意
- 上場後に残る制限や義務
また、契約の内容によっては、主要株主の異動や支配関係の変更を契機に、取引先との契約上の承諾、届出、解除事由が問題になることもあります。M&Aの実務では、主要株主の異動が事前承認事由・届出事由・解除事由とされている契約がないかを、法務デュー・ディリジェンスで確認します。IPO準備でも同じように、株主構成や上場時の売出しに伴う契約上の影響を確認しておくべきです。
どの契約を、いつ、どの順番で整理すべきか
投資契約・株主間契約の整理は、申請期に入ってから着手したのでは、間に合わないことがあります。
上場準備では、上場申請までに申請直前2期間分の監査証明が必要になる点に留意し、証券会社や監査法人といった関係者の助言を受けながら、社内体制を整えていくことが求められます。
契約の整理も、管理体制の整備と同じく、前倒しで進めるのが基本です。目安としては、N-3期からN-2期にかけて棚卸しを始め、N-2期のうちに論点を洗い出し、N-1期には上場会社水準のガバナンスと資本政策に整合する状態へ近づけておく——このくらいの段取りが望ましいといえます。
整理の順番は、次のように考えています。
1. 契約をすべて集める
投資契約、株主間契約、株式引受契約、種類株式要項、定款、サイドレター、覚書、取締役指名に関する合意、情報提供に関する合意、ストック・オプション関連契約、創業株主間契約、M&A関連契約を、まずは一か所に集めます。
2. 現在も有効な条項を抽出する
契約全体ではなく、いまも効力を持つ条項に絞って確認します。すでに終了した条項、上場時に終了する条項、上場後も残る条項を、それぞれ分けて整理します。
3. IPOに影響する条項を分類する
拒否権、情報権、取締役指名権、オブザーバー権、優先引受権、希薄化防止、譲渡制限、先買権、共同売却権、ドラッグアロング、買取請求権、みなし清算、上場義務、M&A義務、上場時終了条項に分類していきます。
4. 資本政策表に反映する
優先株式の転換、新株予約権、潜在株式、ストック・オプション、投資家持分、創業者持分、役職員持分、上場時の公募・売出し後の株主構成を、資本政策表に反映します。
5. 修正・終了・確認書取得の要否を決める
条項ごとに、修正するのか、終了させるのか、上場申請前に確認書を取得するのか、それとも上場承認前で足りるのかを判断します。
6. 会社法・税務・会計・開示の影響を確認する
種類株式の転換、自己株式の取得、株式譲渡、組織再編、役員退任、報酬・ストック・オプションにかかわる場合は、会社法上の手続、税務、会計処理、開示への影響まで確認します。
7. 主幹事証券・監査法人・弁護士と目線を合わせる
契約整理は、法務だけの問題ではありません。主幹事証券は上場適格性、監査法人は会計・開示、弁護士は契約・会社法、公認会計士・税理士は資本政策・会計・税務・開示の基礎資料という、それぞれの観点から確認していきます。
放置すると何が問題になるのか
投資契約・株主間契約の整理を後回しにすると、IPO準備全体に影響が及びます。
主幹事証券審査で追加対応が生じる
過去の投資契約の全容が把握できていないと、主幹事証券から追加資料の提出や契約条項の説明、終了確認書の取得、投資家との再交渉を求められることがあります。
取引所審査でガバナンスの説明が難しくなる
特定投資家の拒否権や役員指名権が残っていると、会社の意思決定が上場会社として自律しているのかを、うまく説明できなくなります。
上場時ファイナンスの条件に影響する
優先株式の転換、潜在株式、売出し制限、ロックアップ、譲渡制限が未整理のままだと、公募・売出し、株主構成、流動性、価格形成に影響します。
開示上の説明が複雑になる
重要契約、資本政策、種類株式、リスク情報、関連当事者取引の説明が、込み入ったものになります。説明できるだけでなく、説明したうえで投資家が納得できる状態に整えておく必要があります。
投資家との関係悪化につながる
上場直前になって突然契約変更を求めると、投資家との信頼関係を損なうおそれがあります。投資家の側にも、ファンドの投資委員会やLPへの説明、内部承認といった事情があります。だからこそ、早い段階で論点を共有しておくことが大切です。
経営者が確認すべき問い
投資契約・株主間契約を整理するとき、経営者には次のような問いと向き合うことが求められます。
- 現在の株主構成を、上場後の一般投資家に説明できるか
- 特定の投資家だけに、強い権利が残っていないか
- 取締役会は、特定株主の承認待ちではなく、自律的に意思決定できるか
- 上場後に未公表情報を特定株主へ優先提供する構造が残っていないか
- 優先株式、種類株式、潜在株式は、資本政策表に正しく反映されているか
- 上場時終了条項は、終了時点・終了範囲・手続まで確認できているか
- 投資家との契約整理を、法務だけでなく会計・税務・開示・ガバナンスへ接続できているか
- 投資家に対して、なぜ権利の整理が必要なのかを説明できるか
これらは、契約書を読めば自動的に答えが出るような問いではありません。会社が上場後に、どのような株主構成、意思決定体制、開示体制で資本市場と向き合っていくのか——その経営判断そのものを問うものです。
投資契約の整理は、投資家との対立ではなく、上場会社への移行である
投資契約・株主間契約の整理というと、投資家から権利を取り上げる交渉のように受け止められることがあります。
しかし、その本質はそうではありません。
未上場会社では、投資家保護のために、個別の契約で一つひとつ権利を設計する必要があります。これに対して上場会社では、金融商品取引法、取引所規則、会社法、コーポレートガバナンス・コード、開示制度、株主総会、取締役会、監査、内部統制によって、投資家保護の仕組みが制度として整えられています。
つまり上場準備における契約整理とは、私的契約による投資家保護から、資本市場制度による投資家保護へと移行していく作業にほかなりません。
この移行が十分に行われていなければ、会社は「上場できるか」という以前に、「上場後も多様な投資家から信頼される会社か」を問われることになります。
IPOを目指す会社は、投資契約・株主間契約を、過去の資金調達の名残として扱うのではなく、これから向き合う資本市場への備えと捉え、早めに棚卸しを行い、説明できる状態に整えておくべきだと考えます。
相談前に整理しておきたいこと
投資契約・株主間契約は、弁護士にだけ確認を依頼すれば片づく論点ではありません。契約条項の法的有効性に加えて、資本政策、会計処理、税務、株主構成、開示、監査法人対応、主幹事証券対応、そして上場後のIRまで、ひと続きのものとして考えていく必要があります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、IPOを単なる上場申請手続としてではなく、成長戦略、資本政策、会計・税務、内部管理体制、開示責任を接続する経営課題として整理するご支援を行っています。
たとえば、次のような段階にある会社のお力になれます。
- 過去の投資契約・株主間契約がIPO準備に与える影響を整理したい
- 優先株式、拒否権、情報権、取締役指名権、譲渡制限を、資本政策表と照合したい
- 主幹事証券や監査法人からの指摘事項について、会計・税務・資本政策の観点も含めて整理したい
- 上場時に終了させるべき権利と、残してよい条項とを切り分けたい
- 投資家との権利整理を、上場後の説明責任に耐える形で進めたい
こうした段階であれば、まずは投資契約、株主間契約、定款、資本政策表、株主名簿、種類株式・新株予約権の発行資料をもとに、現状の論点を棚卸しすることが有効です。
お問い合わせページから、現在のご状況とご相談内容をお知らせください。
この記事の振り返り
| 論点 | 上場準備で問題になる理由 | 確認すべきポイント |
|---|---|---|
| 投資契約 | 資金調達時の条件が、上場時の資本政策・開示・審査に影響する | 現在も有効な条項、終了条件、修正要否 |
| 株主間契約 | 株主間の私的合意が、上場会社の意思決定・株主平等と衝突し得る | 拒否権、議決権拘束、譲渡制限、当事者範囲 |
| 拒否権 | 特定投資家が経営判断を実質的に制約する可能性がある | 対象事項、同意権者、終了時点、上場後残存の有無 |
| 情報権 | 上場後の未公表重要情報の管理、公平開示に影響する | 提供資料、提供頻度、上場後の存続可否 |
| 取締役指名権 | 取締役会の自律性、独立性、ガバナンス説明に影響する | 指名権の終了時期、社外役員構成、利益相反 |
| オブザーバー権 | 取締役会資料に含まれる未公表情報の管理が問題になる | 上場申請前後の参加可否、秘密保持、情報遮断 |
| 優先株式・種類株式 | 上場後の株主平等、流動性、価格形成、資本政策に影響する | 普通株式転換、転換比率、端数処理、定款変更 |
| 希薄化防止条項 | 将来の資金調達や上場時ファイナンスを制約する可能性がある | 上場前終了、転換後株式数、潜在株式の反映 |
| 譲渡制限・先買権 | 上場株式の流通性や売出しに影響する | 上場時終了条項、ロックアップとの区別 |
| 共同売却権・ドラッグアロング | M&AやIPOの出口設計に影響する | IPO時の終了、M&A時の発動条件、既存株主への影響 |
| 買取請求権 | 会社の資金繰り、資本政策、会計・税務に影響する | 発動条件、価格算定、上場前解消の要否 |
| 上場時終了条項 | 条項があっても、終了時点・終了範囲が不明確だと審査対応に残る | 上場申請日、承認日、上場日、終了確認書 |
| 開示・審査対応 | 重要契約、資本政策、株主構成、リスク情報として説明が必要になる | Ⅰの部、主幹事証券質問、取引所審査資料 |
| 整理の時期 | 申請期に着手すると投資家交渉・会社法手続が間に合わない可能性がある | N-3・N-2期から棚卸し、N-1期で安定運用 |
| 専門家連携 | 法務だけでなく、会計・税務・開示・資本政策にまたがる | 弁護士、会計士・税理士、主幹事証券、監査法人の役割分担 |