IPOの準備を進めていくと、「有価証券届出書」や「目論見書」という言葉に必ず行き当たります。ただ、これらを単なる提出書類や印刷物として捉えてしまうと、IPO準備の本質を見誤ることになりかねません。
有価証券届出書と目論見書は、投資家がその会社の株式を取得するかどうかを判断するための情報開示です。言い換えれば、会社が資本市場に対して、自社の事業、財務、成長可能性、リスク、ガバナンス、資本政策を正式に説明するための文書だといえます。
そもそもIPOとは、未上場会社の株式を不特定多数の一般投資家に開放し、株式市場で売買できるようにすることを指します。その際、会社は「公募」と「売出し」を通じて、株式を投資家に取得してもらうことになります。公募は会社に資金が入る新株発行であり、売出しは既存株主が保有株式を売却する取引です。投資家から見れば同じIPO株式の取得でも、会社・既存株主・資本政策に与える意味は大きく異なります。
だからこそ、発行開示は「書類作成」の問題ではなく、「投資家に説明できる会社になっているか」が問われる局面なのです。
発行開示とは何か
発行開示とは、有価証券の募集や売出しが行われる場面で、投資家に投資判断の材料を提供するための開示制度です。
金融商品取引法の開示制度は、有価証券の発行市場と流通市場の双方において、投資家が十分に投資判断を行えるだけの資料を確保することを目的としています。具体的には、有価証券届出書をはじめとする開示書類の提出を発行者等に義務づけ、これを公衆縦覧に供します。そうすることで、発行者の事業内容や財務内容等を正確に、公平に、そして迅速に開示し、投資家保護を図る——これが制度の根幹にある考え方だといえます。
IPOにおける発行開示は、主に上場時の公募・売出しと結びついています。
会社が新株を発行して投資家に取得してもらう場合、投資家は「この会社に資金を投じる価値があるか」を判断します。既存株主が株式を売り出す場合も、投資家は「この価格でこの会社の株式を取得してよいか」を見極めます。
その判断材料として、会社は有価証券届出書を提出し、目論見書を通じて投資家に情報を届けるわけです。
発行開示の中心にあるのは、株式取得を促すための美しいストーリーではありません。投資家が事業の魅力とリスクを自ら判断できるだけの情報を、正確に、過不足なく、制度に従って提供すること。そこにこそ、発行開示の本質があります。
有価証券届出書とは何か
有価証券届出書とは、有価証券の募集または売出しを行う際に、発行者等が財務局等に提出する開示書類です。
IPOの場合、有価証券届出書には、上場時の公募・売出しに関する情報と、発行会社そのものに関する情報が記載されます。実務上はEDINETを通じて提出され、投資家をはじめとする市場参加者が閲覧できる状態に置かれます。
有価証券届出書は、大きく見ると次の2つの情報で構成されています。
ひとつは、証券情報です。これは、発行または売出しの対象となる株式に関する情報を指します。具体的には、募集株式数、売出株式数、発行価格・売出価格、仮条件、申込期間、払込期日、引受人、手取金の使途などが含まれます。
もうひとつは、企業情報です。こちらは、発行会社の事業内容、沿革、経営方針、リスク情報、財政状態・経営成績、キャッシュ・フロー、設備、株式の状況、大株主、役員、コーポレート・ガバナンス、財務諸表、監査報告などに関する情報です。
整理すると、有価証券届出書には、募集または売出しに関する事項である証券情報と、発行会社の商号、企業集団、経理の状況その他事業内容に関する重要事項を記載する必要がある、というのが実務上の基本になります。
この構造を理解すると、有価証券届出書が単なる「上場時の申請書類」ではないことが見えてきます。
有価証券届出書は、いわば会社の資本市場向け説明資料の集大成です。上場審査で整えた事業説明、資本政策、財務諸表、監査対応、内部管理体制、リスク情報、ガバナンス情報が、投資家向けの正式な開示情報として結晶化したもの。そう捉えると、その重みが理解しやすくなります。
目論見書とは何か
目論見書は、有価証券の募集・売出しに際して、投資家に交付または提供される投資判断資料です。
有価証券届出書が当局へ提出され、公衆縦覧される正式な開示書類であるのに対し、目論見書は、投資家が実際に投資判断を行う場面で手に取る文書だといえます。
IPOにおける目論見書には、会社の事業内容、リスク情報、財務情報、募集・売出しの条件、資金使途、株式の状況など、投資判断に必要な情報が記載されます。
有価証券届出書と目論見書は、内容面で密接に結びついています。目論見書は、有価証券届出書とは別に自由に作る営業資料ではありません。金融商品取引法の開示制度のもとで、投資家に誤解を与えないよう、届出書の内容と整合したものとして作成されます。
ここで意識しておきたいのは、目論見書が「会社をよく見せるパンフレット」ではないという点です。
投資家が見ているのは、成長可能性だけではありません。次のような観点から、会社を多面的に見極めようとします。
- どのようなリスクがあるか
- 財務諸表は監査を受けているか
- 資金使途は具体的か
- 株主構成はどうなっているか
- ストック・オプションや新株予約権による希薄化はどうか
- 業績の変動要因は何か
- 経営管理体制は上場後も耐えられるか
目論見書は、会社の魅力と同時に、投資家が負うリスクを理解するための資料でもあるのです。
有価証券届出書と目論見書の違い
有価証券届出書と目論見書は、どちらも投資家保護のための開示文書ですが、果たす役割は異なります。
有価証券届出書は、法令に基づいて提出される開示書類です。発行者が、募集・売出しの内容と企業情報を正式に開示するものといえます。
これに対して目論見書は、投資勧誘の場面で投資家に提供される説明資料です。投資家が、株式取得の判断をするために実際に読む資料です。
つまり、有価証券届出書は「制度上の正式な開示書類」、目論見書は「投資家に届けられる投資判断資料」と整理することができます。
ただし、実務の感覚としては、両者を分断して考えるべきではありません。有価証券届出書の記載が不十分であれば、目論見書の説明も自ずと不十分になります。目論見書で伝える内容が届出書と整合していなければ、投資家に誤解を与えるリスクが生じます。
IPO準備会社が意識すべきなのは、「届出書を作る担当」と「目論見書を作る担当」を分けることではありません。会社として、投資家に何をどう説明するのかを、ひとつの軸に統一しておくことです。
募集と売出しを分けて理解する
IPO時の発行開示を理解するうえで、募集と売出しの違いは非常に重要です。
募集とは、新たに発行される有価証券を投資家に取得してもらうための勧誘を指します。IPOで新株を発行して投資家に取得してもらう公募は、会社に資金が入る取引です。
一方の売出しは、すでに発行された有価証券を投資家に取得してもらうための勧誘です。IPOで創業者、VC、既存株主などが保有株式を売却する場合は、会社ではなく売却株主に資金が入ります。
第一項有価証券における募集・売出しでは、50名以上を相手方とする取得勧誘・売付け勧誘が重要な判定要素になります。もっとも、少人数私募、適格機関投資家向け勧誘、総額や有価証券の種類に応じた届出免除・通知制度など、個別に確認すべき論点が伴います。そのうえで、IPOの公募・売出しは、通常、有価証券届出書の提出を前提に進むものと考えておくのが妥当でしょう。
この違いは、単なる用語の差ではありません。
公募を増やせば、会社の成長資金は増えます。その一方で、発行済株式数が増えるため、既存株主の持株比率は希薄化します。
売出しを増やせば、既存株主は株式を現金化できます。ただし、創業者やVCがどの程度売却するかによって、投資家からの見え方は変わってきます。上場後の経営へのコミットメント、安定株主比率、流通株式比率、需給にも影響が及びます。
そのため、発行開示は資本政策と切り離して考えることができません。「公募でいくら調達するか」「売出しで誰がどれだけ売るか」「調達資金を何に使うか」「上場後の株主構成をどうするか」——これらはすべて、有価証券届出書の証券情報に表れる経営判断なのです。
証券情報で問われること
有価証券届出書の証券情報では、上場時のファイナンスそのものが説明されます。
投資家は、ここで次のような点を確認します。
- どの株式が、どの条件で、どの程度発行・売出しされるのか
- 会社に入る資金はいくらか
- 既存株主が売却する株式はどの程度か
- 手取金は何に使われるのか
- 引受証券会社はどこか
- 株式の需給や希薄化にどのような影響があるか
なかでも特に重要なのが、資金使途です。
IPOで調達する資金が、単に「運転資金」や「成長投資」といった抽象的な説明にとどまっていると、投資家は会社の成長ストーリーを検証しにくくなります。
資金使途は、事業計画と接続していなければなりません。たとえば、採用に使うのであれば、どの事業の成長に必要な人員なのか。設備投資に使うのであれば、どの収益機会に結びつくのか。研究開発に使うのであれば、どのプロダクトや技術ロードマップに関係するのか。借入返済に使うのであれば、成長投資と財務体質改善のバランスをどう考えるのか。こうした具体性が問われます。
投資家は、調達額そのものよりも、「その資金によって企業価値がどう高まるのか」を見ています。したがって資金使途は、財務部門だけで決めるものではありません。事業計画、KPI、採用計画、投資計画、資金繰り、資本政策と一体で設計すべき論点なのです。
企業情報で問われること
有価証券届出書の企業情報では、会社そのものが説明されます。
ここでは、事業の内容、沿革、関係会社、従業員、経営方針、経営環境、対処すべき課題、事業等のリスク、経営成績、財政状態、キャッシュ・フロー、設備投資、株式の状況、大株主、ストック・オプション、役員、コーポレート・ガバナンス、関連当事者、財務諸表など、実に多岐にわたる情報が記載されます。
企業情報で大切なのは、単に項目を埋めることではありません。問われるのは、全体としての整合性です。
- 事業説明と財務数値が整合しているか
- 成長戦略と資金使途が整合しているか
- リスク情報と事業計画が整合しているか
- 株主構成と資本政策が整合しているか
- 役員体制とガバナンス説明が整合しているか
- 財務諸表と経営成績の分析が整合しているか
投資家は、開示書類を項目ごとに切り離して読むわけではありません。「この会社は何で稼いでいるのか」「なぜ今後も成長できるのか」「どのリスクを負っているのか」「経営者は数字を説明できているか」「上場後も信頼できる開示ができるか」——こうした観点から、開示全体の整合性を見ているのです。
監査報告は発行開示の信頼性を支える
IPOの発行開示において、財務諸表と監査報告は極めて重要な位置を占めます。
投資家は、会社の帳簿や証憑を直接確認することはできません。投資家が頼りにするのは、開示された財務諸表と、それに対する監査報告です。
そのため、IPO準備では、上場直前に財務諸表を整えるだけでは足りません。上場申請前の段階から、監査法人の監査に耐えられる会計処理、決算体制、内部統制、証憑管理、会計上の見積り、連結管理を整えておく必要があります。
IPO準備の実務では、直前々期、直前期、申請期にかけて、監査法人、主幹事証券、取引所がそれぞれ関与し、会社は管理体制の整備・運用・改善を進めていきます。基本的な管理体制は直前々期末までに整備し、直前期には上場会社と同水準の管理体制を一定期間運用しておくことが重要になります。
発行開示の品質は、最後に開示書類を整えれば確保できるものではありません。たとえば、次のような状態では、有価証券届出書に記載する財務情報の信頼性が揺らいでしまいます。
- 月次決算が遅い
- 決算数値が後から大きく変わる
- 会計方針が文書化されていない
- 重要な見積りの根拠が残っていない
- 関連当事者取引が整理されていない
- ストック・オプションや新株予約権の発行履歴が不明確である
- 内部統制が属人的で、証憑や承認記録が不足している
監査報告は、発行開示における信頼の基盤です。そして、その基盤を作るのは、ほかでもない日々の会計処理と決算体制なのです。
リスク情報は、会社を弱く見せるための記載ではない
有価証券届出書で投資家が重視する項目のひとつが、事業等のリスクです。
リスク情報は、会社にとって不利な情報の羅列ではありません。投資家が、その会社に投資することでどのような不確実性を負うのかを理解するための情報です。
成長企業であれば、リスクがまったくないということは通常あり得ません。たとえば、次のようなリスクが考えられます。
- 特定顧客への依存
- 特定サービスへの依存
- 赤字継続や資金需要
- 技術開発の不確実性
- 人材採用の難しさ
- 法規制の変更
- 情報セキュリティ
- 労務管理
- 知的財産
- 関連当事者取引
- 競争環境
- 海外展開
- M&Aや資本提携
こうしたリスクをどう認識し、どう管理し、どのような影響があり得るのかを説明すること。そこにリスク情報の意味があります。
リスク情報を薄く書けば、会社が安全に見えるわけではありません。むしろ投資家からは、「この会社は自社のリスクを把握できているのか」と見られかねません。
かといって、リスクを過剰に羅列すればよいというものでもありません。投資判断にとって重要なリスクを、自社の事業構造、財務構造、成長戦略、内部管理体制と結びつけて説明する必要があります。
リスク情報は、法務部門だけで作るものでも、主幹事証券や弁護士に任せきるものでもありません。経営者自身が、自社の成長可能性と不確実性を同時に理解し、投資家に説明するための経営情報なのです。
IPO時の有価証券届出書では、制度改正にも注意が必要
有価証券届出書の記載事項は、制度改正によって変わります。
たとえば、IPO時に提出される有価証券届出書では、ストック・オプション保有者等の個人情報の記載が、かねてより論点となってきました。金融庁は、2024年4月1日施行の改正により、新規公開時に提出される有価証券届出書における個人情報の記載を見直しています。具体的には、使用人に付与された株式等については全体数の開示を求めつつ氏名・住所の記載を不要とし、役員についても住所の記載を不要としました。その一方で、大量保有報告書提出義務がある場合や所有株式数上位10名に含まれる場合には、引き続き一定の記載を求める、という整理が示されています。
出典:金融庁|「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案に対するパブリックコメントの結果等について
また、金融庁は企業内容等開示ガイドライン等を公表しています。発行開示・継続開示に関する実務上の留意事項は、最新のガイドラインや関連府令にあたって確認しておく必要があります。
出典:金融庁|企業内容等開示ガイドライン等、その他関連する告示・様式
IPO準備は、数年単位で進むことも珍しくありません。準備を始めた時点の制度、ショートレビュー時点の制度、上場申請時点の制度、上場後の制度が、同じとは限らないわけです。
とりわけ有価証券届出書は、資本政策、ストック・オプション、重要な契約、人的資本、サステナビリティ、ガバナンス、リスク情報など、制度改正の影響を受けやすい領域を含んでいます。古い書式や過去の上場事例だけを参考にしていると、現行制度に合わない記載や不足が生じかねません。
訂正届出書・訂正目論見書が必要になる場面
IPOの発行開示では、有価証券届出書を一度提出すればそれで終わり、というわけにはいきません。
上場承認後、仮条件の決定、ブックビルディング、公開価格の決定と、条件が段階的に確定していきます。その過程で、有価証券届出書や目論見書の記載内容を修正する必要が生じます。
実務では、想定価格を前提としたファイナンス内容や資金使途が、仮条件や公開価格の決定に応じて修正され、訂正届出書や訂正目論見書として反映されていきます。
このプロセスで重要なのは、単なる数字の差し替えではないという点です。価格が変われば、手取金が変わります。手取金が変われば、資金使途の金額が変わる可能性があります。さらに、売出株式数やオーバーアロットメントの内容によって、株主構成や需給の見え方も変わってきます。
加えて、上場承認日以降に事業や業績へ重要な変化があれば、開示内容の更新や修正が必要になることもあります。
そのため発行開示の実務では、提出直前だけでなく、提出後の訂正対応まで見据えた体制が求められます。経理、財務、法務、証券会社、監査法人、印刷会社、弁護士、経営陣——関係者が、どの情報が変わったらどの記載に影響するのかを、あらかじめ把握しておかなければなりません。
有価証券届出書は、Ⅰの部とは役割が違う
IPO準備の現場では、「Ⅰの部」と有価証券届出書が混同されることがあります。
Ⅰの部は、取引所の上場審査において提出される申請書類です。上場審査のために、事業内容、リスク、管理体制、資本政策、財務情報などを説明する資料といえます。
一方の有価証券届出書は、金融商品取引法上の発行開示書類です。投資家が株式取得を判断するための情報を開示する資料です。
両者には重なる情報が多くあります。しかし、目的は異なります。Ⅰの部は、上場会社としての適格性を審査するための資料であり、有価証券届出書は、投資家に対して投資判断情報を提供するための資料です。
したがって、Ⅰの部で整理した内容は有価証券届出書にも活かされますが、そのまま移せばよいというものではありません。審査担当者に説明する情報と、不特定多数の投資家に開示する情報とでは、読み手、責任、表現、網羅性、リスクの示し方が異なるからです。
IPO準備会社は、上場審査向けの説明と、投資家向けの開示の両方を見据えて準備を進める必要があります。
有価証券届出書は、会社の「数字の説明力」を映す
有価証券届出書では、財務諸表だけでなく、経営成績や財政状態の分析、キャッシュ・フロー、設備投資、資金使途、リスク情報など、数字に基づく説明が求められます。
ここで問われるのは、決算書が作れるかどうかだけではありません。
- なぜ売上が伸びたのか
- なぜ利益率が変化したのか
- どの費用が増えたのか
- キャッシュ・フローはなぜ増減したのか
- 事業計画と実績はどのように結びついているのか
- 将来の成長に必要な投資は何か
- 調達資金はどのタイミングで使うのか
これらを説明できるかどうかが、まさに問われるのです。
月次決算や予実管理が機能していない会社では、過去の数字を整理することはできても、数字の背景を説明することが難しくなります。
決算早期化を実現している会社では、経理担当者全員が有価証券報告書や決算短信等の最終成果物を把握し、その最終成果物から逆算して決算・開示業務を組み立てています。いわば「森を見る視点」が根づいているのです。
IPO準備においても、これは同じことがいえます。有価証券届出書を作る段階で慌てて数字を説明しようとしても、月次で数字を見てこなければ、背景分析はどうしても浅くなってしまいます。
発行開示に耐える会社とは、日常的に数字を見て、差異を分析し、事業の動きと言葉で結びつけられる会社なのです。
発行開示で見落としやすい実務論点
IPO準備会社が発行開示でつまずく原因は、制度そのものの理解不足だけではありません。むしろ、開示に必要な基礎情報が社内に散在していることが、しばしば問題になります。
たとえば、次のような論点です。
- 株主名簿と資本政策表が一致していない
- 過去の第三者割当増資や新株予約権発行の資料が十分に残っていない
- ストック・オプションの付与対象者、行使条件、退職者の扱いが整理されていない
- 関連当事者取引の把握が不十分である
- 主要契約の一覧と契約条件が整理されていない
- 取締役会議事録と実際の意思決定が対応していない
- 資金使途と事業計画の前提がずれている
- リスク情報の作成が法務部門任せになっている
- 経理の数値と経営企画のKPIが一致していない
- 監査法人への提出資料と開示資料の前提が異なる
これらは、いずれも有価証券届出書の作成段階で表面化しやすい問題です。
しかし本来は、上場直前に発見すべきものではありません。資本政策、株式報酬、会計方針、契約管理、取締役会運営、月次決算、予実管理、内部統制を整備していく段階で、早めに整理しておくべき論点なのです。
発行開示は、主幹事証券や印刷会社に任せきるものではない
有価証券届出書や目論見書の作成には、主幹事証券、監査法人、弁護士、印刷会社など、多くの専門家が関与します。
しかし、開示の主体はあくまで会社です。
会社の事業を説明するのは会社です。会社の数字を説明するのも会社です。リスクを認識し、開示内容に責任を持つのも会社です。資金使途を決めるのも会社であり、資本政策の結果を引き受けるのも会社です。
専門家は、論点を整理し、制度に照らして確認し、記載の整合性を高める支援をします。けれども、会社の実態そのものを作ることはできません。
発行開示を専門家に任せきりにすると、形式的には整った書類ができても、経営者自身が投資家に説明できない内容になってしまうリスクがあります。
IPO準備会社に必要なのは、「開示書類を作ってもらう」という姿勢ではありません。
- 自社が投資家に何を説明できるのか
- どの数字に自信を持てるのか
- どのリスクを認識しているのか
- どの資本政策を選んだのか
- どの成長投資に資金を使うのか
- 上場後も継続して説明できる体制があるのか
これらを、会社自身が整理しておく姿勢です。
経営者が確認すべき発行開示の判断論点
IPO時の有価証券届出書・目論見書を見据えるなら、経営者は早い段階で次の論点を確認しておきたいところです。
- 自社のIPOは、公募による成長資金調達を重視するのか、それとも既存株主の売出しも大きな目的とするのか
- 調達資金の使途は、事業計画、KPI、投資計画、人員計画、資金繰りと整合しているか
- 株主構成、ストック・オプション、新株予約権、種類株式、VC持分は、上場時に投資家へ説明できる状態か
- 過去の資本取引について、決議、契約、払込、評価、税務、会計処理の資料が揃っているか
- 財務諸表は、監査に耐える決算体制から作成されているか
- 事業等のリスクは、会社の実態に即して整理されているか
- 主要契約、許認可、関連当事者、労務、税務、コンプライアンス上の重要論点は把握されているか
- 有価証券届出書と目論見書の内容について、経営者自身が投資家に説明できるか
- 提出後に仮条件や公開価格が決定した場合、資金使途や証券情報の修正に対応できる体制があるか
- 上場時の発行開示で説明した内容を、上場後の有価証券報告書、決算短信、適時開示、IRで継続して説明できるか
この確認は、上場承認の直前に行うものではありません。IPOを検討し始めた段階から、発行開示を見据えて、事業計画、資本政策、会計、内部統制、法務・労務・税務リスクを整理していく必要があります。
発行開示を見れば、IPO準備の成熟度が分かる
有価証券届出書と目論見書は、IPO準備の最終成果物のひとつです。そこには、会社の準備状況がそのまま表れます。
事業計画が甘ければ、資金使途や成長説明は弱くなります。資本政策が整理されていなければ、株主構成や希薄化の説明に無理が出ます。月次決算が弱ければ、財務数値の分析は浅くなります。内部統制が未整備であれば、監査対応や開示体制に不安が残ります。法務・労務・税務リスクが未整理であれば、リスク情報や偶発債務の説明が後手に回ります。そしてガバナンスが形式的であれば、上場後の説明責任に耐えられません。
有価証券届出書は、会社をよく見せるための書類ではありません。会社の実態を、資本市場に向けて説明するための書類です。
だからこそ、発行開示を見据えたIPO準備では、「どのように書くか」よりも先に、「何を説明できる会社になるか」を考える必要があるのです。
有価証券届出書・目論見書の準備でお困りの方へ
IPO準備における有価証券届出書・目論見書の対応は、開示書類だけの問題ではありません。
事業計画、資本政策、株主構成、ストック・オプション、資金使途、月次決算、会計方針、監査法人対応、内部統制、法務・労務・税務リスク、ガバナンス——これらが一体となって、発行開示の内容を形づくっています。
上場時に投資家へ何を説明するのか。その説明を支える数字と根拠資料は揃っているのか。発行開示に耐える管理体制を、どの順番で整えるべきか。これらを早い段階で整理しておくことが、上場準備の手戻りを減らし、資本市場に対する説明可能性を高めることにつながります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、IPOを単なる上場手続ではなく、会社を資本市場に耐える経営体へ引き上げるプロセスとして捉え、会計・税務・財務・内部管理体制・開示準備の観点から論点整理を支援しています。
有価証券届出書や目論見書の作成段階に入る前に、資本政策、資金使途、決算体制、監査論点、開示体制を一度整理しておきたい場合は、当事務所HPのお問い合わせページよりお気軽にご相談ください。
この記事の振り返り
| 論点 | 重要なポイント |
|---|---|
| 発行開示 | IPO時の公募・売出しに際し、投資家が株式取得を判断するための情報を提供する制度 |
| 有価証券届出書 | 証券情報と企業情報を正式に開示する金融商品取引法上の書類 |
| 目論見書 | 投資勧誘の場面で投資家に提供される投資判断資料 |
| 募集 | 新たに発行される株式を投資家に取得してもらう勧誘で、会社に資金が入る |
| 売出し | 既存株主が保有株式を投資家に売却するもので、売却株主に資金が入る |
| 証券情報 | 募集・売出しの条件、株式数、価格、引受人、資金使途などを説明する |
| 企業情報 | 事業内容、リスク、財務諸表、株主構成、ガバナンス、監査報告などを説明する |
| 監査報告 | 財務情報の信頼性を支える重要な要素であり、早期から監査対応に耐える体制が必要 |
| リスク情報 | 投資家が不確実性を理解するための情報であり、会社の実態に即した説明が必要 |
| 訂正届出書・訂正目論見書 | 仮条件や公開価格の決定などに応じて、開示内容を修正するために必要となる |
| 経営上の意味 | 有価証券届出書・目論見書は、開示書類ではなく、会社が資本市場に対して説明できる状態かを映す最終成果物 |