退職所得・退職手当の源泉徴収|退職所得控除・受給申告書・役員退職金の調査対応

退職金は、給与や賞与と違って、支払う機会そのものが多くありません。そのうえ、一度の金額が大きくなりやすい支払いです。だからこそ、普段の給与計算では問題が起きていない会社でも、退職金を支給するそのときにだけ、源泉徴収のミスが表面化することがあります。

税務調査では、もう一歩踏み込んだ確認が行われます。「退職金として支払った」「退職所得として源泉徴収した」という処理結果そのものは、出発点にすぎません。実際に問われるのは、もっと具体的な事実です。

その支払いは本当に退職に基因するものなのか。退職所得の受給に関する申告書をきちんと受けていたか。勤続年数の計算は正しいか。短期退職手当等や特定役員退職手当等に該当しないか。同じ年に他の退職金は支給されていないか。役員退職金であれば、退職の実態や支給決議があるか。こうした一つひとつが確認されていきます。

退職所得は、退職所得控除や2分の1課税によって、給与所得とは異なる計算が行われるのが一般的です。ただし、その優遇的な計算を使えるかどうかは、帳簿上どの勘定科目で処理したかでは決まりません。支払いの性質、申告書の有無、勤続年数、そして退職の実態によって決まってくるものです。

本稿では、退職金を支払う法人・個人事業主の方が、税務調査の場で後から無理なく説明できるよう、あらかじめ整えておきたい実務判断を整理します。役員退職給与の法人税上の損金算入や過大性については、別の機会に詳しく取り上げることとし、ここでは支払時の源泉徴収と、その前提となる退職所得の判断に焦点を絞ります。

目次

退職金の源泉徴収は「支払時の事務処理」だけで終わらない

退職金の源泉徴収は、給与ソフトに金額を入力して税額を出せば完了、という単純な作業ではありません。

実際には、退職金を支払う前に、少なくとも次の5つを順番に確認しておく必要があります。

確認順序確認する内容誤ると起きる問題
1その支払いが退職所得に該当するか給与・賞与として源泉徴収すべきものを退職所得として処理してしまう
2退職所得の受給に関する申告書を受けているか20.42%源泉徴収すべきものを退職所得控除ありで計算してしまう
3勤続年数・退職所得控除額は正しいか源泉徴収税額が過少または過大になる
4短期退職手当等・特定役員退職手当等に該当しないか本来使えない2分の1課税を適用してしまう
5複数退職金・過去退職金・死亡退職金・非居住者退職金など特殊事情がないか控除額の重複、支払調書・源泉徴収票の誤りにつながる

この順序を飛ばして、いきなり税額だけを計算してしまうと、後日の調査で「なぜその税額になったのか」をうまく説明できなくなります。

退職手当等を役員や使用人に支払うときは、所得税および復興特別所得税を源泉徴収し、原則として翌月10日までに納付しなければなりません。ここでいう退職手当等には、本来の退職手当のほか、退職したことに基因して支払われる功労金なども含まれる点に注意が必要です。

出典:国税庁|No.2732 退職手当等に対する源泉徴収

まず「退職所得に該当する支払いか」を確認する

退職所得とは、退職手当や一時恩給、その他の退職により一時に受ける給与、そしてこれらの性質を持つ給与に係る所得をいいます。

退職所得として課税される退職手当等は、「退職しなかったとしたなら支払われなかったもので、退職したことに基因して一時に支払われることとなった給与」と整理されます。逆に、退職に際して、あるいは退職後に使用者等から支払われるものであっても、計算基準などから見て在職者に支払われる賞与等と同じ性質のものであれば、退職所得ではなく給与所得として扱われます。

出典:国税庁|No.2725 退職所得となるもの

裁判例の考え方を見ても、退職所得に当たるかどうかは実質面から判断されています。具体的には、退職、すなわち勤務関係の終了によって初めて給付されること、従来の勤務に対する報償または労務対価の後払いという性質を持つこと、一時金として支払われること、といった要素です。

つまり、退職所得かどうかは、支払いに付けた名称では決まらないということです。

支払名目退職所得になり得るか
退職金退職に基因し、一時金として支給されるなら退職所得になり得る
退職慰労金実質的に退職手当等であれば退職所得になり得る
功労金退職に基因して支払われるものなら退職手当等に含める
退職後賞与在職中の賞与と同性質なら給与所得
未払給与の精算給与所得
役員退職慰労金退職の実態、支給決議、金額の相当性を確認する
死亡退職金所得税ではなく相続税の対象となる場合がある

税務調査では、「退職金規程に基づいているか」という点だけで終わりません。「退職しなければ支払われなかったものか」「退職後も実質的に勤務や経営への関与が続いていないか」「金額の計算根拠は何か」といった点まで確認されます。

退職後に支払う給与・賞与は、退職所得とは限らない

退職後に何らかの支払いをしたからといって、それがそのまま退職所得になるわけではありません。

たとえば、退職後に支給期が到来した給与、在職中の残業代の追加払い、在職期間に対応する通常賞与の後払いなどです。これらは退職したことに基因するものとはいえず、給与所得として処理すべき場合があります。

退職者に対して退職後に支給期が到来する給与等を支払う場合や、在職中の給与等の追加払を行う場合でも、それが在職者に支払われるものと同じ性質であれば、退職手当等には該当しません。給与等として源泉徴収することになります。

出典:国税庁|No.2739 退職後に支給される給与等の源泉徴収

ここは、調査で誤りが見つかりやすい部分です。

支払内容判断の方向性
退職月の未払給与給与所得
退職前勤務分の残業代給与所得
在職者と同じ基準で計算した賞与給与所得
退職金規程に基づく一時金退職所得になり得る
退職に伴う功労金実質により退職所得になり得る
退職勧奨に応じた割増退職金退職に基因する一時金であれば退職所得になり得る

退職所得として源泉徴収していたものが、調査で給与所得と認定されると、影響は源泉徴収税額の不足だけにとどまりません。給与支払報告、社会保険、さらには法人税上の役員給与・賞与処理にまで波及することがあります。

「退職所得の受給に関する申告書」の有無で源泉徴収税額は大きく変わる

退職金の源泉徴収において、最も基本的でありながら、最も見落とされやすい書類があります。「退職所得の受給に関する申告書」です。

退職者からこの申告書の提出を受けている場合は、退職所得控除額を控除して退職所得の金額を計算し、退職所得の源泉徴収税額の速算表によって税額を求めます。

一方、この申告書の提出を受けていない場合は、退職手当等の支給額に20.42%を乗じて源泉徴収します。国内で退職手当等の支払を受ける居住者は、本来この申告を行う必要があり、申告がなければ20.42%の税率による源泉徴収が行われることになります。

出典:国税庁|A2-29 退職所得の受給に関する申告(退職所得申告)

申告書の有無源泉徴収の扱い
申告書あり退職所得控除額を控除し、退職所得の源泉徴収税額表で計算
申告書なし支給額に20.42%を乗じて源泉徴収
記載内容に誤りあり源泉徴収不足が生じる可能性がある
複数退職金の記載漏れ退職所得控除額の重複適用が問題になる

実務では、退職金支給日の直前に申告書を回収し、内容の確認が十分でないまま支払ってしまう、ということが起こりがちです。しかし、税務調査で見られるのは「申告書があるかどうか」だけではありません。

記載内容、勤続年数、過去に受けた退職手当等、同一年中の他の退職手当等、障害者退職への該当性などが、あわせて確認されます。申告書が形式的に存在していても、記載内容に誤りがあれば、結局は源泉徴収不足が問題になってしまいます。

退職所得の基本計算

退職所得の基本的な計算は、一般退職手当等であれば、おおむね次の流れで進みます。

計算段階内容
1退職手当等の収入金額を確認する
2勤続年数を計算する
3退職所得控除額を計算する
4収入金額から退職所得控除額を控除する
5原則として残額の2分の1を課税退職所得金額とする
6退職所得の源泉徴収税額表により所得税・復興特別所得税を計算する

退職所得控除額は、原則として、勤続年数20年以下であれば「40万円×勤続年数」、20年を超える場合は「800万円+70万円×(勤続年数-20年)」で計算します。勤続年数に1年未満の端数があるときは、1年に切り上げます。

出典:国税庁|No.2732 退職手当等に対する源泉徴収

勤続年数退職所得控除額
20年以下40万円 × 勤続年数
20年超800万円 + 70万円 ×(勤続年数-20年)

ただし、退職所得控除額は、この表だけで割り切れないこともあります。過去に退職金を受け取っている場合、同一年中に複数の退職金がある場合、短期退職手当等や特定役員退職手当等がある場合などです。こうしたケースでは、単純な計算では済まないことがあります。

勤続年数は「退職金規程上の支給対象期間」と常に一致するわけではない

勤続年数は、退職所得控除額に直接影響します。1年未満の端数は切り上げるため、わずか数か月の差であっても、税額に響いてくることがあります。

調査で見られやすいのは、たとえば次のようなケースです。

ケース確認すべき点
中途入社・中途退職入社日・退職日、端数切上げ
休職期間がある勤続期間に含めるか
出向期間がある出向元・出向先で勤務期間をどう扱うか
転籍がある転籍前後の退職金負担・勤務期間の通算
過去に退職金を受けたその退職金の計算基礎となった期間との重複
企業年金・一時金がある同一年中または過年度分との関係
使用人から役員に就任使用人期間と役員期間の区分
法人成り・事業承継個人事業時代の勤務期間を含められるか

勤続年数とは、その退職者が引き続き勤務した期間の年数を指します。会社の退職給与規程で定める支給対象期間と、当然に一致するとは限りません。出向や復帰、過去に支給済みの退職金がある場合には、退職所得控除額の計算はどうしても複雑になります。

そのため、税務調査で説明するには、退職金計算書だけでは足りません。入社辞令、退職辞令、出向契約、転籍同意書、過去の退職金支給資料、企業年金資料まで、さかのぼって確認しておく必要があります。

短期退職手当等は、2分の1課税の扱いに注意する

退職所得は、一般には退職所得控除後の残額の2分の1を課税対象とします。ところが、勤続年数が短い場合には、この2分の1課税が制限されます。

短期退職手当等とは、役員等以外の者として勤務した期間によって計算した勤続年数が5年以下の人が、その短期勤続年数に対応する退職手当等として受けるものをいいます。ただし、特定役員退職手当等に該当するものは除かれます。

短期退職手当等については、収入金額から退職所得控除額を控除した残額のうち、300万円を超える部分に2分の1課税を適用しません。この取扱いは、令和4年1月1日以後に支払うべき退職手当等について適用されています。

出典:国税庁|No.2740 勤続年数が5年以下の者に対する退職手当等(短期退職手当等)(令和4年1月1日以後)

区分退職所得の計算
控除後残額が300万円以下(収入金額-退職所得控除額)×1/2
控除後残額が300万円超150万円+{収入金額-(300万円+退職所得控除額)}

この制度は、短期間の勤務に対する高額退職金について、長期勤務の退職金と同じ優遇計算をそのまま当てはめないために設けられたものです。退職金額が大きいほど、短期退職手当等に該当するかどうかで源泉徴収税額は大きく動きます。

特定役員退職手当等は、2分の1課税が使えない

役員等としての勤続年数が5年以下の人が、その役員等勤続年数に対応する退職手当等を受ける場合、その退職手当等は「特定役員退職手当等」に該当する可能性があります。

特定役員退職手当等については、退職所得控除額を控除した残額を2分の1にしません。結果として、一般退職手当等よりも課税退職所得金額が大きくなります。

特定役員退職手当等とは、役員等勤続年数が5年以下である人が、その役員勤続年数に対応する退職手当等として支払を受けるものをいいます。これについては、退職所得控除後の残額を2分の1とする措置はありません。

出典:国税庁|No.2737 役員等の勤続年数が5年以下の者に対する退職手当等(特定役員退職手当等)

区分2分の1課税
一般退職手当等原則あり
短期退職手当等300万円超部分はなし
特定役員退職手当等なし

役員就任期間が短い会社では、ここを誤りやすくなります。

とくに、使用人として長く勤務した後に役員となり、役員期間が5年以下で退職するようなケースでは、使用人期間対応分と役員期間対応分の区分が問題になります。退職金規程、役員就任日、使用人退職金の打切支給の有無、役員退職慰労金規程を、丁寧に確認しておかなければなりません。

同じ年に複数の退職金がある場合は、申告書の記載が重要になる

退職者が、同じ年に2か所以上から退職手当等を受け取ることがあります。

たとえば、次のような場面です。

複数退職金が生じる場面
勤務先退職金と企業年金一時金会社退職金と確定給付企業年金の一時金
親会社・子会社間の転籍転籍前法人と転籍後法人から支給
出向元・出向先で負担調整支払者または負担者が複数
使用人退職金と役員退職慰労金同一年に区分して支給
過去退職金と本年退職金過去に打切支給を受けている

こうした場合は、退職所得控除額の二重控除を避けるために、すでに支払われた他の退職手当等を「退職所得の受給に関する申告書」に記載しておく必要があります。

国税庁の質疑応答事例では、同一年中に2か所から退職手当の支給を受けたケースが取り上げられています。後で支給された退職手当の支払者に対して、支払済みの退職手当等を記載しないまま申告書を提出したため源泉徴収不足が生じた場合、その徴収不足税額を確定申告で精算することはできない、という整理が示されています。

出典:国税庁|退職所得の受給に関する申告書に支払済の退職手当を記載しないで提出した場合の是正方法

これは実務上、非常に重要なポイントです。

「本人が確定申告すればよい」という整理で片付けられない場合がある、ということだからです。支払者側の源泉徴収義務として、申告書の記載内容を確認し、支払済みの他の退職手当等がないかどうかを見ておく必要があります。

役員退職金は、源泉徴収と法人税判断を分けて整理する

役員退職金では、2つの判断が同時に重なります。

1つは、受給者側の所得税としての判断です。退職所得として源泉徴収してよいかどうか、という点です。もう1つは、法人側の法人税としての判断です。役員退職給与が損金に算入されるか、不相当に高額な部分がないか、という点になります。

この2つは関連はしていますが、同じものではありません。

判断領域主な確認内容
源泉所得税退職所得該当性、受給申告書、勤続年数、特定役員退職手当等
法人税退職の実態、支給決議、支給時期、不相当に高額な部分、損金算入時期
会社法・法人運営株主総会・取締役会決議、退職慰労金規程、支給限度額

法人が退職した役員に支給する退職金のうち、その役員の業務に従事した期間、退職の事情、同業種同規模法人の役員退職金の支給状況などから見て相当と認められる金額は、原則として、その退職金の額が確定した事業年度に損金算入されます。

出典:国税庁|No.5203 使用人が役員へ昇格したとき又は役員が分掌変更したときの退職金

また、損金算入の時期についても考え方が示されています。退職した役員に対する退職給与の損金算入時期は、株主総会の決議等によってその額が具体的に確定した日の属する事業年度とされています。

出典:国税庁|法人税基本通達 第7款 退職給与

このように、役員退職金では、源泉徴収税額が正しくても、法人税上の損金算入が別の論点として問題になることがあります。反対に、法人税上の退職給与処理ばかりを検討していると、退職所得の受給申告書や特定役員退職手当等の源泉計算を誤り、源泉所得税の指摘につながることもあります。

役員退職金の金額的な相当性は、役員の業務従事期間、退職の事情、同業・類似規模法人の支給状況などを総合的に勘案して判断する領域です。実務では、功績倍率法や1年当たり平均額法といった考え方が参照されることがあります。

分掌変更・打切支給は「退職と同様の事情」を説明できるかが重要

役員退職金で、とりわけ問題になりやすいのが分掌変更や打切支給です。代表取締役から非常勤取締役になる、会長や相談役になる、使用人兼務役員から専任役員になる、といったケースが典型です。

これらの場合、現実には会社を完全に離れているわけではありません。だからこそ、「本当に退職したのか」「退職と同様の事情があるといえるのか」が問われます。

税務調査では、次のような点が確認されます。

確認事項見られる理由
代表権の有無経営判断への関与が残っていないか
常勤・非常勤勤務実態が大きく変わったか
報酬額の変化実質的に退職したといえる程度の減額か
決裁権限重要な意思決定に関与していないか
出社頻度退職後も日常業務に従事していないか
肩書会長・相談役等の実態
社内外への説明取引先、金融機関、従業員への立場
議事録・稟議分掌変更の事実と時期
退職慰労金規程支給基準・計算根拠
支払時期未払計上か実際支払か

退職せず引き続き在職する人への支払いが退職所得に該当するかどうかは、限定的に判断すべきものとされています。退職の事実があったのと同様の事情のもとで支給されたといえるかどうかが、重要な分かれ目です。

この領域は、単なる給与計算の話にとどまりません。会社法上の決議、法人税上の損金算入、所得税上の退職所得該当性が重なり合うため、調査が入る前に資料を整えておくことが欠かせません。

死亡退職金は、所得税ではなく相続税の対象になる場合がある

死亡退職金は、通常の退職所得とは異なる整理が必要になります。

死亡退職によって支払う退職手当等のうち、相続税の課税対象となるものは、所得税の課税対象とはなりません。そのため、所得税および復興特別所得税の源泉徴収は不要です。

出典:国税庁|No.2732 退職手当等に対する源泉徴収

被相続人の死亡によって、本来その被相続人に支給されるべきであった退職手当金・功労金、その他これらに準ずる給与を受け取る場合についても、整理が示されています。死亡後3年以内に支給が確定したものは、相続または遺贈により取得したものとみなされ、相続税の課税対象になります。

出典:国税庁|No.4117 相続税の課税対象になる死亡退職金

なお、死亡退職金については、所得税の「退職所得の源泉徴収票」ではなく、相続税法上の「退職手当金等受給者別支払調書」の提出が必要になる場合があります。

出典:国税庁|死亡による退職の場合

支払類型所得税・源泉徴収上の扱い
生存退職金退職所得として源泉徴収を検討
死亡後3年以内に支給確定した死亡退職金相続税対象となり、所得税の源泉徴収不要
死亡後3年経過後に支給確定したもの所得税の一時所得等の検討が必要
弔慰金実質や金額基準により退職手当金等とされる部分に注意

死亡退職金は、源泉所得税だけの問題ではありません。相続税、遺族への支払順位、退職金規程、弔慰金規程といった論点が関係してきます。資産税の調査にもつながりうるため、支給決議と受給者の確定時期を、あらかじめ明確にしておくことが重要です。

退職所得の源泉徴収票・特別徴収票にも注意する

退職金を支払った場合は、源泉徴収税額の計算だけでなく、「退職所得の源泉徴収票・特別徴収票」の作成・交付・提出についても確認しておく必要があります。

退職手当等の支払をしたときは、すべての受給者について、退職所得の源泉徴収票等を作成・提出することになります。なお、令和7年12月31日以前に支払うべき退職手当等については、税務署や市区町村への提出義務があるのは、法人の役員等に対するものに限られていました。

出典:国税庁|No.7421 「退職所得の源泉徴収票」の提出範囲と提出枚数等

また、退職所得の源泉徴収票等は、退職後1か月以内に、すべての受給者へ交付する必要があります。

出典:国税庁|その他の注意事項

書類実務上の確認
退職所得の受給に関する申告書支払前に受領、記載内容確認
退職所得の源泉徴収票・特別徴収票受給者へ交付、提出範囲を確認
退職所得に係る納付書翌月10日または納期特例期限までに納付
退職手当金等受給者別支払調書死亡退職金で相続税対象の場合に確認
支給決議・退職金計算書調査時の説明資料

令和8年以後については、退職所得の源泉徴収票等の提出範囲が従来よりも広がっています。過年度の資料を参考にして処理している会社では、提出漏れが起きやすいため、注意が必要です。

納付期限と不納付加算税のリスク

退職手当等から源泉徴収した所得税および復興特別所得税は、原則として、実際に支払った月の翌月10日までに納付します。

ただし、例外があります。給与の支給人員が常時10人未満で一定の要件を満たし、納期の特例の承認を受けている源泉徴収義務者は、給与や退職金等から源泉徴収した所得税および復興特別所得税を、年2回にまとめて納付できます。納付期限は、1月から6月分が7月10日、7月から12月分が翌年1月20日です。

出典:国税庁|No.2505 源泉所得税及び復興特別所得税の納付期限と納期の特例

この納付が漏れると、不納付加算税や延滞税が問題になります。

源泉所得税は、所得の支払時に納税義務が成立し、同時に確定する性質を持っています。納期限までに納付されていなければ、税務署は納税の告知を行います。

不納付加算税について、国税庁の事務運営指針は、ひとつの目安を示しています。税法の不知・誤解、あるいは事実誤認に基づくものは、法定納期限までに納付しなかったことについての「正当な理由」には当たらない、というものです。

出典:国税庁|源泉所得税及び復興特別所得税の不納付加算税の取扱いについて(事務運営指針)

「退職金はめったにない支払いだった」「申告書を回収していなかった」「担当者がすでに退職していた」。こうした事情だけでは、源泉徴収義務者側の説明として十分とはいえない可能性があります。

税務調査で確認される資料

退職所得・退職手当の源泉徴収について、調査官は源泉徴収簿だけを見て終えるわけではありません。退職の事実、支給根拠、計算過程、納付状況を、横断的に確認していきます。

資料確認される内容
退職届・退職辞令退職日、退職事由
雇用契約書・役員就任資料使用人か役員か、勤務関係
退職金規程支給対象者、計算基準
役員退職慰労金規程役員退職金の支給根拠
株主総会・取締役会議事録支給決議、金額確定時期
退職金計算書支給額、勤続年数、控除額
勤続年数の算定資料入社日、休職、出向、転籍、過去支給
退職所得の受給に関する申告書申告書の有無、記載内容
過去の退職金支給資料退職所得控除の重複確認
同一年中の他の退職手当等の資料複数退職金の調整
源泉徴収税額計算表税額計算の根拠
納付書・徴収高計算書納付期限、納付額
退職所得の源泉徴収票・特別徴収票交付・提出の確認
死亡退職金の支払調書相続税対象支払いの整理
出向・転籍契約退職給与負担調整、勤続期間通算
企業年金・中退共等の資料複数一時金の確認
分掌変更後の勤務実態資料役員退職の実態確認

税務調査で本当に重要なのは、これらの資料が単に存在することではありません。資料同士が、互いに矛盾していないことです。

たとえば、議事録の上では退職しているのに、その後も代表印を使って契約書に署名している。退職後は非常勤と説明しているのに、実際には毎日出社して、従前どおり決裁している。退職金計算書では勤続30年としているのに、過去に打切支給した退職金の計算基礎期間と重複している。こうした食い違いがあると、源泉徴収だけでなく、法人税上の退職給与性まで問題になってきます。

調査で問題になりやすい処理

退職所得・退職手当の源泉徴収のなかでも、とくに問題になりやすい処理を整理すると、次のとおりです。

問題になりやすい処理調査上のリスク
受給申告書を受けずに退職所得控除ありで計算20.42%源泉徴収との差額が問題になる
退職後賞与を退職所得として処理給与所得として源泉徴収不足
勤続年数の端数を切り捨て退職所得控除額の誤り
短期退職手当等の判定漏れ2分の1課税の過大適用
特定役員退職手当等の判定漏れ役員期間対応分の税額不足
複数退職金の記載漏れ退職所得控除額の重複適用
過去打切支給分を考慮していない勤続期間・控除額の誤り
死亡退職金を通常の退職所得として処理所得税・相続税・支払調書の誤り
役員が退職後も実質的に経営関与退職所得該当性・法人税損金性の争点
退職金の支給決議が不明確金額確定時期・損金算入時期の説明が弱い
源泉徴収後の納付漏れ不納付加算税・延滞税
源泉徴収票の提出範囲を旧制度のまま処理法定調書提出漏れ

これらは、単発の計算ミスというより、退職金を支給する際の社内手続が整理されていないことから生じます。退職金は金額が大きいため、わずかな判断の誤りでも、源泉所得税・法人税・住民税・相続税にまで波及していきます。

源泉徴収漏れが判明したときの整理

退職金の源泉徴収漏れが判明したとき、すぐに「本人に確定申告してもらおう」という対応へ飛びつくのは避けたいところです。

源泉徴収義務は、あくまで支払者側にあります。まずは、次の順序で落ち着いて整理していきます。

整理項目確認内容
支払日いつ支払ったか、納期限はいつか
支払額税引前金額、現物支給の有無
退職所得該当性給与所得・賞与ではないか
申告書の有無支払時までに受けていたか
勤続年数入社日、退職日、過去支給、出向・転籍
退職手当等の区分一般、短期、特定役員
複数退職金同一年・前年以前の退職手当等
本来税額正しい源泉徴収税額
納付済額既に納付した額
不足額追加納付すべき源泉所得税
附帯税不納付加算税、延滞税の可能性
受給者対応源泉徴収票の訂正、本人申告との整合性
将来対応退職金支払チェックリストの整備

とくに、退職所得の受給に関する申告書の記載漏れや、複数退職金の処理誤りは、支払者側が源泉徴収義務を負う問題として扱われます。調査官から指摘を受けた後、本人の確定申告だけで済むと考えてしまうと、判断を誤る可能性があります。

退職金支給前に作るべきチェックリスト

退職金については、支給後にあわてて資料を整えるより、支給前に確認しておいたほうが安全です。最低限、次のようなチェックリストを手元に用意しておくと、調査時の説明力は大きく変わってきます。

チェック項目確認内容
退職日退職届・辞令・議事録と一致しているか
退職事由自己都合、会社都合、定年、死亡、分掌変更
支給根拠退職金規程、役員退職慰労金規程、個別決議
支払日源泉徴収・納付期限の起点
退職所得該当性退職に基因する一時金か
受給申告書支払時までに受領しているか
勤続年数1年未満端数切上げ、休職、出向、転籍
過去退職金打切支給や企業年金一時金がないか
同一年中の他の退職金他社・年金基金・役員退職金等
区分判定一般、短期、特定役員
障害者退職退職所得控除額の加算の有無
死亡退職所得税対象か相続税対象か
源泉税額速算表、20.42%、端数処理
納付方法翌月10日、納期特例の適用
源泉徴収票交付・提出範囲・提出期限
役員退職金決議、退職実態、金額相当性
分掌変更実質退職と同様の事情を説明できるか
出向・転籍負担調整と勤続期間の整合性
住民税退職所得に係る特別徴収の確認

退職金は、給与計算担当者だけで完結させられる支払いではありません。人事、経理、法務、役員会、そして顧問税理士が、同じ前提に立って確認しなければ、資料同士がどうしても矛盾しやすくなります。

専門家に相談すべき場面

退職金の源泉徴収は、一般的な使用人退職金であれば、定型的な処理で済むこともあります。しかし、次のような場合は、税務調査で争点になりやすいものです。支給の前、あるいは調査対応のさなかに、専門家へ相談しておくことが望ましいといえます。

状況相談すべき理由
役員退職金を支給する退職実態、決議、過大性、特定役員退職手当等を確認する必要がある
代表者が会長・相談役として残る分掌変更が実質退職といえるか検討が必要
高額退職金を支給する法人税・源泉所得税の双方で説明資料が必要
勤続年数が5年以下短期退職手当等・特定役員退職手当等の判定が必要
同一年に複数の退職金がある退職所得控除額の調整が必要
出向・転籍を経て退職する勤続期間、退職給与負担調整、法人間精算が絡む
過去に打切支給がある控除額の重複や勤続期間の計算が問題になる
死亡退職金を支給する所得税ではなく相続税・支払調書を確認する必要がある
非居住者に退職金を支払う国内源泉所得、選択課税、租税条約を確認する必要がある
税務調査で源泉漏れを指摘された納税告知、不納付加算税、源泉徴収票訂正を整理する必要がある

退職金は、単なる節税の手段ではありません。長年の勤務、役員としての職責、会社の意思決定、そして支払者の源泉徴収義務が重なり合う、重みのある支払いです。税務調査で問われるのは、金額の大きさそのものではなく、その支給の理由と根拠を資料で説明できるかどうかにあります。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、退職金の支給前確認から、役員退職金の資料整理、退職所得の源泉徴収税額の検証、退職所得の受給に関する申告書の確認、複数退職金・出向転籍・死亡退職金の整理、さらには税務調査での説明方針まで、一体として検討しています。

退職金の支給を予定している場合、あるいは税務調査で退職金・役員退職金・源泉所得税について確認を受けている場合は、お問い合わせページから、現在の状況をお聞かせください。支給前であれば、後から無理なく説明できる形に整えておく余地があります。すでに支給した後であっても、資料関係と税額への影響を整理することで、現実的な対応方針を一緒に検討できます。

重要ポイントの振り返り

論点実務で押さえるべきポイント
退職所得該当性名称ではなく、退職に基因する一時金かどうかで判断する
退職後給与在職中給与・賞与と同性質なら給与所得として源泉徴収する
受給申告書支払時までに受けていない場合は20.42%源泉徴収
申告書の記載誤り複数退職金の記載漏れは源泉徴収不足につながる
退職所得控除額勤続年数20年以下は40万円×年数、20年超は800万円+70万円×超過年数
勤続年数1年未満の端数は切り上げる
出向・転籍勤続期間通算、過去支給、負担調整を確認する
短期退職手当等勤続年数5年以下の場合、300万円超部分に2分の1課税を適用しない
特定役員退職手当等役員等勤続年数5年以下の対応部分は2分の1課税なし
役員退職金源泉徴収と法人税上の損金算入・過大性は分けて検討する
分掌変更実質的に退職したと同様の事情を資料で説明する
死亡退職金相続税対象となるものは所得税の源泉徴収不要
源泉徴収票交付・提出範囲と期限を確認する
納付期限原則翌月10日、納期特例承認があれば年2回納付
不納付加算税税法の不知・誤解・事実誤認だけでは正当な理由になりにくい
税務調査対応退職の事実、支給根拠、計算根拠、納付状況を一体で整理する
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