税務DDの報告書には、「追加課税の可能性」「税務上の取扱いに不確実性あり」「繰越欠損金の利用可否は要検討」といった記載が並びます。
しかし、買主が本当に知りたいのは、税務論点の数ではありません。買主が知りたいのは、次のような点です。
- その問題によって、買収後にいくら支出する可能性があるのか
- 買収価格を見直すべきなのか
- 売主の表明保証や補償で手当てできるのか
- クロージング前に修正申告や取引整理を求めるべきなのか
- 買収後に管理すれば足りるのか
- それとも、取引そのものを見送るべきなのか
第7テーマでは、税務DDを「過去の申告書を確認する作業」ではなく、対象会社に内在する税務リスクと税務属性を把握し、M&Aの条件と実行判断へ変換するプロセスとして整理します。
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」も、DDを財務・法務・ビジネス・税務等の実態を調査する工程として位置づけています。客観的な資料に基づいてM&Aの実行可否を検討し、実行する場合には譲渡額、表明保証、補償等を調整する。そして、買収後のPMIに役立つ情報を取得するところまでが、DDの役割として示されています。
出典:中小企業庁|中小M&Aガイドライン(第3版)
税務DDで整理すべき4つの問い
税務DDの論点は多岐にわたりますが、買収判断という観点から眺めると、次の4つの問いに集約できます。
過去の税務処理による負担が、買収後に顕在化しないか
株式譲渡では、対象会社の法人格自体は変わりません。そのため、対象会社に内在する過年度の税務リスクは、株主が交代しても対象会社に残ります。
買収後に税務調査を受け、過去の申告処理について追加納税が必要となれば、実際に資金を支出するのは買収後の対象会社です。買主は、株式を取得することによって、その経済的影響を間接的に引き受けることになります。
したがって税務DDでは、「過去に申告したか」だけを見るのではありません。「その申告内容を、事実・証憑・法令に照らして説明できるか」まで踏み込んで確認します。
法人税以外の税目に見落としがないか
税務DDでは、どうしても法人税が中心になりがちです。しかし、法人税だけを確認すれば十分とは限りません。
消費税の課税区分や仕入税額控除、役員給与・外注費・非居住者への支払に係る源泉所得税、印紙税、固定資産税、事業所税、関税など、対象会社の事業内容によって重要な税目は変わってきます。
利益が出ていない会社であっても、消費税や源泉所得税のリスクは発生し得ます。調査範囲は、税目を一律に並べて決めるものではありません。取引規模、商流、役員・株主との関係、海外取引、過去の税務調査履歴から、重点を定めていく必要があります。
繰越欠損金や税効果を、本当に価値として見込めるか
対象会社に多額の繰越欠損金や繰延税金資産があると、それを将来の税負担軽減につながる「価値」として評価したくなります。
しかし、帳簿や申告書に残高が記載されていることと、買収後に実際に利用できることは同じではありません。
申告の継続性、利用期限、所得見込み、控除制限、支配関係の変化、組織再編、グループ通算制度への加入・離脱。こうした要素によって、利用可能性は変わります。税効果会計上の繰延税金資産についても、会計上計上されているからといって、その全額を買収価値へ機械的に加算できるわけではありません。
税務上の加減算項目や繰越欠損金は、財務DDにおける繰延税金資産・負債の検討や、事業計画上の税負担にも関わってきます。財務DDと税務DDを分断せずに確認する必要があるのは、このためです。
発見事項を、価格・契約・買収後管理のどこで処理するか
税務リスクが発見されたとしても、そのすべてを買収価格から控除するわけではありません。処理の場所は、リスクの性質によって分かれます。
- 金額を合理的に見積もれる過年度税務債務であれば、価格への反映を検討できる
- 顕在化の有無や金額が不確実であれば、表明保証や特別補償による対応が考えられる
- クロージング前に修正申告、関連当事者債権債務の精算、契約書の整備などが可能であれば、前提条件や誓約事項として整理できる
- 過年度の追加負担ではなく、申告体制や証憑管理の弱さであれば、買収後の管理課題として引き継ぐことになる
DD報告書では、検出事項を列挙するだけでは足りません。直ちに対応すべき事項、契約締結またはクロージングまでに対応すべき事項、表明保証等で手当てすべき事項、買収後に管理すべき事項へ、優先順位を付けることが重要です。
第7テーマの推奨読書順
第7テーマは、次の順番で読むことを想定しています。
7-1 → 7-2 → 7-3 → 7-4 → 7-5 → 7-6
まず税務DDの目的と守備範囲を押さえ、次に主要税目と周辺税目を確認する。そのうえで、過年度税務リスク、税務属性、属人的・特殊な取引へ進んでいく構成です。
すでに具体的な懸念がある場合には、必要な記事から読んでいただいても構いません。ただし、個別論点を価格や契約へ反映するのであれば、最初に7-1で税務DD全体の位置づけを確認しておくと、判断がぶれにくくなります。
7-1. 税務DDは何を確認するのか
税務DDの入口となる記事です。
財務DDとの違い、過年度申告の確認、潜在税務債務、現在の税務ポジション、買収後の税負担、ストラクチャーへの影響。税務DDの守備範囲を、こうした観点から整理します。
税務DDは、過去の誤りを探すだけの手続ではありません。対象会社の現在の税務状態を把握し、過去の税務調査や申告書からリスクを分析する。そのうえで、将来の取引設計や管理体制に必要な情報を集めるプロセスです。
「税務DDを依頼すると何が分かるのか」「財務DDとどこまで一体で行うべきか」が明確でない場合は、最初にこのコラムを確認してください。
7-2. 法人税・地方税リスクの見方
法人税・地方税は、税務DDの中心となる領域です。
会計上の利益から税務上の所得へどのように調整されているか。申告書別表の加減算が継続的に整合しているか。損金算入時期や税額控除に誤りがないか。こうした点を確認していきます。
このコラムでは、税法を網羅的に解説することはしません。申告書と決算書をどのようにつなげて読み、否認リスクや追加税負担の可能性を把握するかを整理します。
「法人税申告書は顧問税理士が作成しているので問題ないのではないか」「決算書上の税金費用と申告税額がなぜ違うのか」。そう感じている場合に読んでいただきたい記事です。
7-3. 消費税・源泉所得税・その他税目のDD論点
法人税以外の税目を確認する記事です。
消費税では、売上・仕入の課税区分、非課税取引、輸出免税、仕入税額控除、インボイス制度への対応などが論点になります。源泉所得税では、役員・従業員への支払、外注費、士業報酬、非居住者・外国法人への支払などを確認します。
これらの税目は、赤字会社であっても納税義務が生じます。そして取引件数が多いほど、小さな処理誤りが累積していくことがあります。
「法人税以外に何を調べるべきか」「消費税や源泉所得税まで税務DDの対象に含めるべきか」を判断したい場合に確認してください。
7-4. 税務調査・過年度処理・更正リスク
過去の税務処理が買収後に問題化する可能性を整理する記事です。
過去の税務調査の対象年度・税目・指摘事項、修正申告や更正の内容、同じ処理がその後も継続していないか、税務当局との見解相違が未解決のまま残っていないか。こうした点を確認します。
重要なのは、「過去に税務調査を受けたか」だけではありません。過去の指摘事項から対象会社の税務処理の傾向を読み取り、未調査年度や未修正事項へ検討を広げていくことです。
税務調査対応中の会社、過去に多額の修正申告を行った会社、申告処理の変更理由が明確でない会社。こうした対象会社を検討している場合は、優先して読むべきコラムです。
7-5. 繰越欠損金・税効果・グループ通算の確認
対象会社の税務属性を、買収価値としてどこまで見込めるかを整理する記事です。
繰越欠損金については、残高だけを見るわけにはいきません。発生年度、申告状況、利用期限、控除制限、将来所得、株主や支配関係の変化、組織再編との関係まで確認していきます。
また、会計上の繰延税金資産と税務上の繰越欠損金を混同しないことも大切です。税効果会計上の回収可能性と、M&Aにおける経済的価値は、分けて考える必要があります。
グループ通算制度を適用している対象会社や、買収後に通算グループへの加入を予定している案件では、単体申告だけを前提とした分析では足りません。
「繰越欠損金が多いので買収価格を上げてもよいか」「繰延税金資産をそのまま価値として扱えるか」を判断したい場合に確認してください。
7-6. 関連当事者・オーナー取引・海外取引の税務リスク
通常の申告書レビューだけでは見えにくい、属人的・特殊な取引を確認する記事です。
役員・株主への貸付金や借入金、オーナー所有不動産の賃貸、親族会社への外注費、役員給与、寄附金、私的費用、海外子会社との取引、移転価格、非居住者・外国法人への支払などを取り上げます。
関連当事者やオーナーとの取引は、税務リスクであると同時に、正常収益力、実態純資産、資金繰り、買収後の取引継続性にも影響します。だからこそ、税務DDだけで完結させず、財務DD・法務DDと連携して確認する必要があります。
中小・オーナー企業、関係会社間取引が多い会社、海外子会社を持つ会社の買収を検討している場合に、特に重要なコラムです。
課題が明確な場合の読み方
税務DDの範囲をどこまで広げるべきか分からない場合は、7-1から読み始めてください。
法人税申告書の処理や地方税への影響が気になる場合は、7-1の後に7-2へ進みます。消費税や源泉所得税まで確認すべきか迷っている場合は、続けて7-3を確認してください。
過去の税務調査や修正申告が懸念事項となっている場合は、7-2と7-3で税目ごとの基本構造を確認したうえで、7-4へ進むと整理しやすくなります。
対象会社が多額の繰越欠損金や繰延税金資産を計上している場合は、7-5を優先します。ただし、繰越欠損金の正確性は法人税申告の適正性を前提とするものです。7-2と切り離して判断しないことが重要です。
オーナー個人、親族会社、海外子会社との取引が多い場合は、7-6を早い段階で確認してください。これらの取引は、税目別の分析だけではなく、取引関係者の全体像から把握する必要があります。
税務DDの発見事項は、5段階で判断へ変換する
税務DDで論点が見つかったとき、最初から「価格を下げる」「補償を求める」と決めてしまうのは避けたいところです。次の順番で整理していきます。
- 事実の確定:取引、申告書、契約書、証憑、税務調査資料から事実を確定する
- 論点の特定:どの税目のどの取扱いが問題となり、どの事業年度に影響するかを整理する
- 定量化:本税、加算税、延滞税、地方税、会計上の税金費用など、合理的に見積もれる範囲を金額に落とす
- 処理方法の決定:価格調整、表明保証、補償、前提条件、クロージング前対応、買収後管理のどこで処理するかを決める
- 実行判断:情報不足や制度解釈の不確実性を踏まえてもリスクを管理できるかを検討し、買う、条件を変える、追加調査を行う、見送るという判断へつなげる
金額や顕在化可能性を合理的に見積もれない税務リスクを、価格だけで処理しようとすると、買主・売主のいずれかに過度な負担が偏ることがあります。その場合には、リスク項目を特定した表明保証や補償、追加資料の提出、クロージング前の是正などを組み合わせて検討します。
契約条項への具体的な反映は、第10テーマ「DD発見事項の実行判断・価格・契約への反映」で詳しく扱います。
税務DDは、財務・法務・ビジネスDDと接続して読む
税務リスクは、税務申告書だけから発生するものではありません。
- 売上計上の誤りがあれば、法人税だけでなく消費税にも影響する
- 役員や親族会社への支払があれば、正常収益力、役員給与、寄附金、源泉所得税が接続する
- 未払費用の計上漏れがあれば、財務DD上の実態純資産と、法人税上の損金算入時期の双方に影響する
- 海外子会社との取引があれば、移転価格、源泉税、現地税務、事業計画上の利益配分を一体で検討する必要がある
財務DDと税務DDは、潜在税務債務、税務上の加減算項目、繰越欠損金、関係会社・オーナー取引などで情報が重なります。資料依頼や質問を別々に行うのではなく、発見事項を相互に共有しながら進める。そのほうが、数字と税務処理の不整合を把握しやすくなります。
ストラクチャー別の承継範囲や組織再編税制への接続は、第8テーマで扱います。法務DDとの契約上の接続は第11テーマ、価格・補償・Go/No-Go判断への変換は第10テーマで確認してください。
2026年7月時点の制度上の留意
税務DDでは、対象会社が申告した当時の法令だけでなく、買収後に適用される制度も確認する必要があります。
連結納税制度から移行したグループ通算制度は、2022年4月1日以後に開始する事業年度から適用されています。制度開始・加入・離脱の場面では、時価評価や欠損金の持込み・利用など、M&Aに直接関係する論点が生じます。
出典:国税庁|No.5900 グループ通算制度の概要
また、防衛特別法人税は、2026年4月1日以後に開始する事業年度から申告・納付の対象となります。対象会社の事業年度、買収時期、事業計画上の実効税率を確認する際には、この影響も考慮する必要があります。
出典:国税庁|防衛特別法人税が創設されました
税効果会計については、企業会計基準委員会が2026年7月7日に「税効果会計に係る会計基準の適用指針」を最終改正しています。繰延税金資産・負債や税金費用を確認する場合には、対象会社が採用する会計基準と、決算日現在の最新の基準・税法を照合する必要があります。
出典:企業会計基準委員会|税効果会計に係る会計基準の適用指針
制度の名称や税率だけを更新しても、税務DDの結論が自動的に最新になるわけではありません。対象会社の決算期、取引日、申告年度、グループ加入日、組織再編日。どの時点の制度を適用するのかまで確認することが重要です。
税務DDの価値は、リスクを「判断できる形」にすることにある
税務リスクが一つもない会社は、現実にはほとんどありません。
重要なのは、リスクを見つけたこと自体ではありません。そのリスクについて、事実関係、根拠資料、適用法令、対象年度、想定税額、顕在化可能性、買収後の管理可能性を整理することです。
- 受け入れられるリスクであれば、理由を明確にして受容する
- 価格に反映すべきリスクであれば、二重調整を避けながら金額へ落とし込む
- 契約で手当てすべきリスクであれば、対象項目と責任範囲を具体化する
- クロージング前に解消できるリスクであれば、実施期限と完了確認方法を決める
- 買収後に管理するリスクであれば、申告体制、証憑管理、関連当事者管理、海外子会社管理へ引き継ぐ
税務DDは、税務専門家だけが理解していればよい調査ではありません。買主の経営者、経営企画、財務・経理、法務、事業責任者が、税務リスクを自社のM&A判断として理解し、後から説明できる状態にする。そのためのプロセスです。
対象会社の税務リスクについて、どの税目・年度を調査すべきか。繰越欠損金をどこまで価値として見込めるか。発見事項を価格・契約・クロージング前対応へどう振り分けるか。こうした点を整理する必要がある場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所のお問い合わせページからご相談ください。
申告書の形式的な確認にとどまらず、決算数値、取引実態、証憑、税務処理、契約条件、買収後の管理可能性をつなげ、実行判断に利用できる形で論点を整理します。
振り返り|第7テーマで確認する税務DDの論点
| 確認したい課題 | 次に読む詳細コラム | 実行判断との接点 |
|---|---|---|
| 税務DDの目的・範囲を理解したい | 7-1. 税務DDは何を確認するのか | 調査スコープ、資料依頼、専門家関与の判断 |
| 法人税・地方税の過年度リスクを確認したい | 7-2. 法人税・地方税リスクの見方 | 潜在税務債務、価格、修正申告、補償 |
| 法人税以外の税目を見落としたくない | 7-3. 消費税・源泉所得税・その他税目のDD論点 | 追加納税、源泉漏れ、クロージング前是正 |
| 税務調査や過年度処理が買収後に問題化しないか知りたい | 7-4. 税務調査・過年度処理・更正リスク | 特別補償、表明保証、追加調査、撤退判断 |
| 繰越欠損金・税効果を価値として見込めるか判断したい | 7-5. 繰越欠損金・税効果・グループ通算の確認 | バリュエーション、事業計画、ストラクチャー |
| オーナー企業・関連会社・海外取引のリスクを把握したい | 7-6. 関連当事者・オーナー取引・海外取引の税務リスク | 正常収益力、実態純資産、契約、買収後管理 |