助成金・雇用・賃上げ支援|人件費増加を制度活用と経営判断で考える

助成金・雇用・賃上げ支援は「人件費をどう増やすか」のテーマである

助成金、採用支援、人材育成支援、賃上げ促進税制。こうした制度を調べていると、どうしても「いくら受けられるのか」「税額控除はいくらになるのか」「どの助成金なら使えるのか」といった点に目が向きがちです。

しかし、雇用や賃上げに関する制度を経営判断として捉えるなら、最初に考えるべきことはそこではありません。

人を雇うのか。雇用を維持するのか。非正規雇用から正社員化を進めるのか。教育訓練に投資するのか。賃金制度を見直すのか。最低賃金や採用市場の動きに合わせて処遇を上げるのか。育児・介護・治療との両立支援を進めるのか。

これらはいずれも、人件費と労務管理の構造そのものを変える判断です。

助成金や税額控除は、その判断を後押しする制度ではあります。ただし、会社が負う人件費そのものを消してくれるわけではありません。給与、賞与、社会保険料、労働保険料、採用費、教育訓練費、労務管理コストは、制度の入金や税額控除よりも先に発生します。

したがって、この第4テーマで扱う中心の論点は、制度名の一覧ではありません。「人材にお金をかけるという判断を、会社の利益計画・資金繰り・税務・労務管理にどう接続するか」です。

このテーマで理解できること

このテーマでは、助成金と補助金の違い、雇用関係助成金の選び方、労務管理と証拠書類、賃上げ促進税制、そして人件費増加後の利益計画・資金計画を、順を追って整理していきます。

雇用関係助成金の一覧を見ると、雇用調整、産業雇用安定、特定求職者雇用開発、トライアル雇用、人材確保、65歳超雇用、キャリアアップ、両立支援、人材開発など、目的の異なる制度が並んでいます。これは、助成金が「雇用に関する行動」を支援する制度であることを示すものです。つまり、会社が実際に行う採用・雇用維持・処遇改善・教育訓練と切り離して選ぶ性質のものではありません。
出典:厚生労働省|雇用関係助成金一覧

また、中小企業向けの賃上げ促進税制は、青色申告書を提出している中小企業者等が一定の要件を満たして給与等の支給額を増加させた場合に、その増加額の一部を法人税または所得税から税額控除できる制度です。
出典:中小企業庁|中小企業向け「賃上げ促進税制」

一方で、令和8年度税制改正により、賃上げ促進税制の上乗せ措置等には変更が生じています。教育訓練費に係る上乗せ措置は、令和7年度末をもって廃止された旨が案内されています。制度は年度や適用事業年度によって確認すべき資料が変わりますから、古い理解のまま判断を進めることは避けたいところです。
出典:中小企業庁|中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック

このテーマを読み進めていただくと、次のような判断軸が整理できます。

  • 助成金と補助金は、何が違うのか
  • 雇用関係助成金は、どの人材施策に対応するのか
  • 助成金を申請する前に、就業規則・雇用契約・勤怠・賃金台帳をどう整えるべきか
  • 賃上げ促進税制は、税額控除だけで判断してよいのか
  • 人件費が増えた後も、利益と資金繰りは成立するのか
  • 制度を活用した後、月次で何を確認すべきか

このテーマで先に押さえるべき考え方

助成金や賃上げ税制は、「制度の要件を満たすかどうか」だけでなく、「その会社が人件費を増やしても継続できるかどうか」という視点から見ていきます。

雇用関係助成金の中には、正社員化、賃金規定の改定、職場定着、育児・介護との両立、人材開発など、会社の人事制度や労務管理そのものに踏み込むものがあります。キャリアアップ助成金では、有期雇用労働者等の正社員化、賃金規定等の改定、賞与・退職金制度の導入、社会保険適用時の処遇改善などが整理されています。両立支援等助成金では、男性育休、介護離職防止、育児休業の取得・職場復帰、柔軟な働き方の制度整備などが扱われています。
出典:厚生労働省|雇用関係助成金一覧

つまり助成金は、「申請書を出す制度」というより、会社の雇用管理を変える制度だといえます。

ここで重要になるのが、日常の労務管理です。就業規則、労働条件通知書・雇用契約書、労働時間管理、36協定、年次有給休暇の管理、健康診断、賃金台帳、勤務表・タイムカード。これらは助成金に限らず、労務リスク、M&A、金融機関への説明、月次管理にも関わってきます。労務管理の点検では、労務関連規程、労働時間管理、労使協定、有給休暇、健康診断、賃金台帳、勤務表・タイムカード、社会保険・労働保険の加入状況などが確認の対象になります。

また、人件費の増加は、会計・資金繰りの問題でもあります。中小企業が売上や利益、雇用を守っていくためには、経営課題を会計によって可視化し、資金繰り、月次決算、予算管理、部門別業績管理へと段階的に取り組むことが欠かせません。

制度を使う前に、まず自社の数字と管理体制を確認する。この順序が、第4テーマ全体の土台になります。

このテーマの読み進め方

第4テーマは、次の順番で読み進めていただくと理解しやすくなります。

まず、助成金と補助金の違いを押さえます。次に、採用・雇用維持・人材育成の場面で、どのような助成金を検討するのかを整理します。そのうえで、助成金の活用に必要な労務管理と証拠書類を確認します。続いて、賃上げ促進税制を、税額控除だけでなく収益計画や資金繰りと結びつけて考えます。最後に、人件費が増えても利益を出せる構造を、粗利、価格、生産性、月次管理の面から確認します。

読み順としては、4-1 → 4-2 → 4-3 → 4-4 → 4-5 を基本としてください。ただし、すでに課題がはっきりしている場合は、途中から読んでいただいても構いません。

助成金と補助金の違いが曖昧なら4-1、採用や教育訓練を予定しているなら4-2、労務書類に不安があるなら4-3、賃上げ促進税制を検討しているなら4-4、人件費増加後の利益や資金繰りが心配なら4-5が入口になります。

4-1. 助成金と補助金の違い

最初に読んでいただきたい記事です。

助成金と補助金は、どちらも公的支援制度として語られます。しかし、制度の目的、審査の考え方、実務管理、資金効果は、それぞれ異なります。

補助金は、設備投資や新事業といった政策目的に沿った事業計画を審査し、採択後に補助事業を実行する制度が中心です。これに対して雇用関係助成金は、採用、雇用維持、処遇改善、教育訓練、両立支援など、日常の雇用管理や労務管理と密接につながっています。

「返済不要だから同じようなもの」と捉えていると、必要な準備を誤ります。助成金では、就業規則、雇用契約、勤怠、賃金台帳、社会保険・労働保険、対象者の雇用区分など、日常管理の整合性が問われるからです。

このコラムでは、助成金と補助金を同じものとして考えている方が、まず制度の性格の違いを整理できるようにしています。

4-2. 採用・雇用維持・人材育成で使う助成金の判断軸

次に読んでいただきたい記事です。

人を雇うとき、育てるとき、定着させたいとき、どの助成金を検討すべきか。この問いに対して、制度名の暗記ではなく、人材施策との対応関係から整理していきます。

たとえば、採用支援なのか、正社員化なのか、職場定着なのか、教育訓練なのか、あるいは育児・介護との両立なのか。目的によって、見るべき制度は変わります。雇用関係助成金のパンフレットでは、キャリアアップ助成金、両立支援等助成金、人材開発支援助成金など、各制度の案内資料が整理されています。
出典:厚生労働省|雇用関係助成金パンフレット

ただし助成金は、「採用したから使える」「研修したから使える」と単純に考えられるものではありません。制度ごとに、実施前の計画、対象労働者、労働条件、支給申請期限、賃金支払実績、教育訓練記録などを確認していく必要があります。

このコラムでは、採用・雇用維持・人材育成を予定している会社が、制度を探す前に自社の人材施策を整理できるようにしています。

4-3. 助成金活用に必要な労務管理と証拠書類

第4テーマの中で、最も実務管理に近い記事です。

助成金は、申請の段階で書類をそろえればよい制度ではありません。日常の労務管理の結果として、申請に耐えられる証拠書類が残っていることが前提になります。

  • 就業規則と実際の運用が異なっている
  • 雇用契約書の内容と給与計算が合っていない
  • 勤怠記録と賃金台帳に整合性がない
  • 研修を実施したものの、受講者・時間・内容・費用の記録が残っていない
  • 対象労働者の雇用区分が曖昧である
  • 社会保険・雇用保険の加入状況に不備がある

このような状態であれば、制度活用以前に、会社の管理体制そのものに課題があるといえます。

このコラムでは、助成金を検討する会社が、就業規則、雇用契約、出勤簿、賃金台帳、労働時間管理、教育訓練記録などをどう位置づけるべきかを整理します。

4-4. 賃上げ促進税制を使う前に考えるべきこと

賃上げ促進税制を検討している場合に読んでいただきたい記事です。

賃上げ促進税制は、給与等の支給額を増加させた場合に税額控除を受けられる制度です。ただし、税額控除だけを見て賃上げを判断するのは危険だと考えています。

賃上げは、翌期以降の固定費構造を変えます。基本給を上げれば、残業代、賞与、社会保険料、退職金制度、そして採用市場での給与水準にも影響が及びます。加えて税額控除は、給与の支払日に現金が入る制度ではなく、法人税または所得税の申告を通じて税負担を軽減する制度です。

さらに、賃上げ促進税制には、適用期間、対象法人、給与等支給額、控除対象雇用者給与等支給増加額、控除限度、繰越税額控除、上乗せ要件など、確認すべき事項が数多くあります。制度改正によって上乗せ措置の内容も変わりますので、適用事業年度ごとに最新の資料を確認しておく必要があります。
出典:中小企業庁|中小企業向け「賃上げ促進税制」

このコラムでは、賃上げを税制だけで判断せず、継続的な人件費増加、税務申告、控除限度、赤字時の扱い、そして資金繰りとの関係から整理していきます。

4-5. 人件費増加を支える利益計画と資金計画

第4テーマの最後に読んでいただきたい記事です。

助成金や賃上げ税制を使うかどうかにかかわらず、人件費を増やした後に利益が残らなければ、会社は継続的な賃上げや雇用維持を続けられません。

人件費の増加を支えるのは、売上そのものではなく粗利です。粗利率が低い会社では、同じだけ人件費が増えても、必要となる売上増加額は大きくなります。採用によって人件費が増える場合であれば、採用費、教育期間、立ち上がりまでの赤字も見込んでおく必要があります。

事業計画とは、達成したい定性的・定量的な目標に対して、必要な経営資源や施策の仮説を定め、目標達成と仮説検証の方法・手順・指標を定めるものです。人件費計画も同様に、単なる給与総額の見積りにとどめず、粗利、価格、生産性、資金繰り、月次KPIと結びつけて設計していきます。

このコラムでは、人件費率、粗利率、価格改定、労働生産性、月次管理を通じて、制度活用後も利益を出せる構造を確認します。

このテーマで特に注意したいこと

助成金・雇用・賃上げ支援において最も避けたいのは、「制度が使えるから先に実行する」という順序です。

本来の順序は、その逆になります。

まず、会社としてどのような人材施策が必要なのかを決めます。次に、その施策を実行できる労務管理体制があるかどうかを確認します。そのうえで、対象となる助成金や税制優遇があるかを調べます。さらに、給与・賞与・法定福利費・教育訓練費・採用費を含めた資金計画を作ります。そして最後に、実行後の月次管理と効果検証を行います。

この順序を守らないと、助成金は受けられても管理負担だけが残り、税額控除を受けても人件費負担に耐えられず、結果として資金繰りを圧迫しかねません。

令和8年度の雇用保険料率では、一般の事業について、労働者負担5/1,000、事業主負担8.5/1,000、合計13.5/1,000とされています。人件費の増加を考える際には、給与額だけでなく、社会保険料・労働保険料等の会社負担も含めた総額で判断していく必要があります。
出典:厚生労働省|令和8年度 雇用保険料率のご案内

また、最低賃金は地域別に改定されます。令和7年度の地域別最低賃金額および発効日が公表されていますので、採用時給、パート・アルバイトの賃金、既存従業員とのバランスを検討する際には、最新の地域別最低賃金を確認しておきたいところです。
出典:厚生労働省|地域別最低賃金の全国一覧

制度の活用は、賃金を上げる理由にはなりません。賃金を上げる理由は、採用、定着、生産性、職務価値、事業成長、最低賃金への対応、組織の維持にあります。制度は、その判断を補助するものです。

専門家に相談すべきタイミング

助成金や賃上げ税制は、制度名を見つけてから相談するよりも、実行前に相談していただいた方が判断しやすい領域です。

とりわけ、次のような場合には、税務・会計・財務・労務を横断して確認する必要があります。

  • 採用人数を増やす予定がある
  • 非正規雇用から正社員化を進めたい
  • 賃金規定や手当を見直したい
  • 教育訓練制度を作りたい
  • 賃上げ促進税制の適用を見込んでいる
  • 助成金と税制優遇を併用できるか確認したい
  • 就業規則や雇用契約書に不安がある
  • 勤怠管理や賃金台帳の整合性に不安がある
  • 人件費が増えた後の資金繰りを確認したい
  • 金融機関に人件費増加の理由を説明する必要がある

このテーマは、社会保険労務士だけ、税理士だけ、経理担当者だけで完結する論点ではありません。制度の要件、労務管理、税務申告、資金繰り、月次決算、金融機関への説明をつなげたうえで判断していく必要があります。

このテーマを読み終えた後に進むべきテーマ

第4テーマを読み終えたら、自社の課題に応じて別のテーマへ進んでいただくと、理解がさらに深まります。

助成金と補助金の違い、税制優遇や融資との違いを整理したい場合は、第2テーマ「制度情報の読み解きと制度選択」へお進みください。

人件費増加に伴う資金繰りや金融機関への説明を整理したい場合は、第8テーマ「融資・保証・資金調達との比較」へ進むと、資金使途、返済原資、資金繰り表との関係が見えてきます。

制度活用後の証憑管理、会計処理、税務申告、月次管理を深めたい場合は、第11テーマ「会計・税務・証憑管理・効果検証」へ進むと、実行後の管理という視点が補完されます。

助成金や賃上げ税制は、単独で完結する制度ではありません。会社の人材戦略、利益計画、資金計画、管理体制に接続して初めて、経営判断としての意味を持ちます。

主な参照情報

本記事は、2026年7月17日時点で確認できる公的情報および実務資料をもとに、助成金・雇用・賃上げ支援というテーマの全体像を整理したものです。実際の制度適用、助成金の申請、税額控除、労務管理、社会保険・労働保険、最低賃金については、最新の公式情報と個別の事情をあわせてご確認ください。

振り返り|第4テーマで整理する判断論点

確認する論点このテーマでの位置づけ次に読む記事
助成金と補助金の違い雇用関係助成金を補助金と同じ感覚で扱わないための入口4-1
採用・雇用維持・人材育成人材施策と制度の対応関係を整理する4-2
労務管理と証拠書類申請時ではなく日常管理が重要であることを確認する4-3
賃上げ促進税制税額控除を賃上げ判断の一部として位置づける4-4
人件費と利益計画人件費増加後も利益を出せる構造を確認する4-5
資金繰り給与・賞与・法定福利費を現金支出として見込む4-4、4-5
月次管理実行後に粗利、人件費率、資金残高を確認する4-5、11-1、11-6
専門家相談税務・労務・資金繰りを横断して判断する全体

助成金や賃上げ税制は、制度を知るだけでは十分ではありません。

自社がなぜ人件費を増やすのか。その負担をどの粗利で支えるのか。どの証拠書類で説明できるのか。そして実行後、どの数字で検証するのか。ここまで整理して、初めて経営判断になります。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、雇用関係助成金や賃上げ促進税制そのものの確認にとどまらず、人件費増加後の利益計画、資金繰り、月次管理、税務申告、金融機関への説明まで含めた整理を支援しています。

人材投資や賃上げを進めたいものの、制度活用・資金繰り・税務・労務管理をどの順番で確認すべきか迷っている場合は、お問い合わせページからご相談ください。