相続税の申告で見落としやすい財産は、不動産だけではありません。
預貯金、生命保険、有価証券、投資信託、死亡退職金、貸付金、家族名義の預金、ネット銀行、ネット証券、暗号資産。こうした金融資産は、金額が数字ではっきり見えるぶん、一見すると整理しやすい財産のように思えます。
しかし実務の現場では、金融資産こそ「名義だけでは判断できない」「資料を見なければ分からない」「税務調査で確認されやすい」領域です。
通帳の残高を見ただけでは、誰が資金を出したのか、誰が管理していたのか、過去に贈与があったのか、保険料を誰が負担していたのか、死亡の前後に資金の移動があったのかまでは分かりません。
相続税申告では、形式上の名義と実質的な所有者、契約関係、資金の流れ、受取人、評価時点、そして申告後に説明できるかどうかを、あわせて確認していく必要があります。
相続税の対象となる財産には、本来の相続財産だけではなく、死亡退職金や、被相続人が保険料を負担していた生命保険契約の死亡保険金など、相続税法上、相続または遺贈により取得したものとみなされる財産も含まれます。
出典:国税庁|No.4105 相続税がかかる財産
この第十二テーマでは、生命保険・金融資産・名義財産を、単なる「残高の確認」や「非課税枠の活用」としてではなく、家族関係、贈与履歴、遺産分割、納税資金、財産評価、税務調査リスクまで含めた実務判断として整理していきます。
このテーマで理解できること
最初に押さえていただきたいのは、金融資産については「誰の名義か」だけでなく、「誰の財産といえるか」を確認する必要がある、という点です。
被相続人名義の預金であれば、当然に相続財産として確認します。しかし、子や孫、配偶者の名義になっている預金であっても、資金の原資が被相続人であり、通帳や印鑑の管理も被相続人が行っていて、名義人が自由に使える状態になかった場合には、実質的に被相続人の財産として相続税の対象になる可能性があります。
親族名義の財産については、贈与の意思、受贈の意思、名義変更、管理の状況、その後の収益が誰に帰属していたのか。こうした点を確認する視点が欠かせません。
生命保険についても同じです。
保険証券に書かれた契約者、被保険者、受取人だけを見れば足りる、というわけではありません。生命保険の税務では、保険料を誰が負担したのか、誰が保険金を受け取るのか、契約者の変更や受取人の変更があったのかを確認する必要があります。
生命保険税務は、相続税法だけでなく、所得税、贈与税、保険法、約款、会社関係資料まで関係することがあります。なかでも、保険料負担者と受取人の関係が重要になります。
さらに、有価証券や投資信託については、相続開始日時点の残高だけでなく、評価方法、配当・利息、外貨換算、売却の予定、相続後の譲渡所得まで関係してきます。
上場株式は、原則として課税時期の最終価格を基礎に評価します。ただし一定の場合には、課税時期の属する月、その前月、その前々月の月平均額との比較も必要になります。
出典:国税庁|No.4632 上場株式の評価
このテーマ全体を読み進めていただくことで、「金融資産をどう申告するか」だけでなく、「金融資産をどう説明できる状態にしておくか」までを理解していただけるはずです。
金融資産は、相続対策の三つの軸すべてに関係する
相続対策は、相続税を減らすことだけを目的にすると、判断を誤ります。
実務では、相続争いの防止、納税資金の確保、相続税額の軽減。この三つを一体で考える必要があります。そして生命保険や金融資産は、この三つの軸すべてに関係してきます。
生命保険は、死亡保険金の非課税枠だけでなく、納税資金や代償分割の原資として機能することがあります。その一方で、受取人の指定によって、相続人の間に不公平感が生まれたり、遺留分や特別受益をめぐる感情的な対立が生じたりすることもあります。
預貯金や有価証券は、相続税の納税資金として使いやすい財産です。しかし同時に、相続開始前後の出金、家族名義口座への移動、贈与履歴との整合性が問題になることもあります。
貸付金や未収金は、相続人から見ると「どうせ回収できないもの」と感じられることもありますが、税務上は財産性の確認が必要です。
反対に、借入金や保証債務については、相続財産から控除できるかどうかを判断するために、確実な債務といえるか、被相続人が負担すべきものかを確認しなければなりません。相続税を計算する際には、一定の債務を遺産総額から差し引くことができますが、保証債務などは個別の判断が必要になります。
出典:国税庁|No.4126 相続財産から控除できる債務
金融資産は、税額計算だけでなく、家族間の納得、納税資金、税務調査への対応、相続後の資産管理に直結します。このテーマでは、それぞれの財産を個別に整理しながら、最終的には申告全体の品質へとつなげていきます。
推奨する読む順番
このテーマは、生命保険から入り、保険税務、死亡退職金、名義預金、金融資産評価、債権債務、デジタル資産、相談前の資料整理へと進む構成になっています。
まず確認したいのは、生命保険を相続対策に使う前提です。保険は、非課税枠の有無だけでなく、受取人、納税資金、遺産分割、代償資金と関係します。ですから、はじめに12-1で「保険を相続対策に使うとはどういうことか」を押さえておくとよいでしょう。
次に、12-2で生命保険金にかかる税金の分岐を確認します。契約者、被保険者、受取人、保険料負担者の関係によって、相続税、贈与税、所得税のいずれが問題になるかが変わってくるためです。
その後、12-3で死亡退職金、弔慰金、小規模企業共済など、死亡後に支払われる金銭の取扱いを確認します。死亡退職金も、相続税法上のみなし相続財産や非課税枠と関係します。相続人が受け取る退職手当金等には、一定の非課税限度額が設けられています。
出典:国税庁|No.4117 相続税の課税対象になる死亡退職金
続いて、12-4で名義預金を扱います。ここは税務調査でも重要な論点です。家族名義の預金がある場合には、生前贈与の証拠、管理の状況、通帳・印鑑、資金の原資、運用収益の帰属を確認する必要があります。
12-5では、上場株式、投資信託、債券、外貨建資産などの金融資産評価を整理します。非上場株式は第十一テーマで詳しく扱いますので、ここでは主に証券口座や金融商品全般を対象とします。
12-6では、貸付金、未収金、債務を扱います。家族や同族会社への貸付金、被相続人の借入金、保証債務、債務免除などは、金融資産と会社関係資産の接点になりやすい論点です。
12-7では、ネット銀行、ネット証券、暗号資産、ポイント、電子マネーなど、近年見落としが増えているデジタル資産を確認します。暗号資産については、売却または使用による利益が所得税の確定申告に関係することもあります。相続税申告だけでなく、相続後の取扱いも含めた整理が必要です。
出典:国税庁|暗号資産等に関する税務上の取扱い及び計算書について
そして最後に、12-8で金融資産の相談前に整理すべき資料を確認します。通帳、残高証明、取引履歴、保険証券、契約者変更履歴、証券会社資料、贈与履歴などを、どの順番で確認していくべきかを整理する記事です。
12-1. 生命保険を相続対策に使う前に確認すべきこと
生命保険を相続対策として検討されている方は、まずこのコラムからお読みいただくことをおすすめします。
生命保険は、相続税の非課税枠だけで判断するものではありません。受取人を誰にするかによって、納税資金の確保、代償分割の原資、相続人間の公平感、二次相続への影響が変わってきます。
死亡保険金の受取人が相続人である場合には、一定の非課税限度額があります。ただし、相続人以外の方が取得した死亡保険金には、その非課税の適用はありません。
出典:国税庁|No.4114 相続税の課税対象になる死亡保険金
このコラムでは、保険を「節税商品」として見るのではなく、納税資金、分割、家族関係を調整するための財産として考える入口を整理します。
12-2. 生命保険金の相続税・贈与税・所得税の基本
生命保険金にどの税金がかかるのか分からない、という方は、このコラムを読むと全体像が整理しやすくなります。
生命保険は、契約者、被保険者、受取人、保険料負担者の組み合わせによって課税関係が変わります。相続税になるのか、贈与税になるのか、所得税になるのか。それは、保険証券の表面的な名義だけでなく、誰が保険料を負担したかを確認して判断します。
また、契約者の変更や受取人の変更がある場合には、変更した時点と保険金を受け取る時点の両方で整理が必要です。
このコラムでは、生命保険税務の基本的な見取り図を示します。
12-3. 死亡退職金・弔慰金・小規模企業共済の取扱い
会社役員、会社員、個人事業主、同族会社の関係者の相続では、死亡退職金や弔慰金、小規模企業共済が問題になることがあります。
これらは、預金残高のように、相続開始日時点で通帳に載っているとは限りません。死亡後に会社や共済から支払われるため、財産調査で見落としやすい財産です。
死亡退職金は、受取人、会社規程、支給の確定時期、非課税枠、同族会社の財務状況、納税資金と関係します。このコラムでは、死亡後に支払われる金銭を相続税申告でどう確認すべきかを整理します。
12-4. 名義預金と税務調査で確認されるポイント
家族名義の預金がある方、過去に子や孫へ預金を移している方、贈与契約書や贈与税申告書が十分に残っていない方には、このコラムをお読みいただきたいと思います。
名義預金は、相続税申告で特に確認されやすい論点です。通帳の名義が子や孫であっても、資金の原資が被相続人であり、管理も被相続人が行っていた場合には、実質的に被相続人の財産と判断される可能性があります。
このコラムでは、名義、原資、管理、贈与の意思、収益の帰属、そして税務調査での説明可能性を、どのように整理していくかを扱います。
なお、生前贈与を実行する段階での証拠化については、第4テーマの「名義預金・名義株式と贈与の証拠」で扱います。この12-4では、相続税申告時の認定と調査対応に重点を置きます。
12-5. 有価証券・投資信託・未上場株式以外の金融資産評価
証券口座、上場株式、投資信託、債券、外貨建資産を保有されている方は、このコラムが入口になります。
金融商品は、相続開始日時点の残高を確認するだけでは足りません。評価時点、評価方法、配当・利息、外貨換算、証券会社の資料、相続後の売却予定を確認する必要があります。
このコラムでは、非上場株式を除く金融資産の評価と資料整理を扱います。非上場株式や同族会社株式については、第十一テーマで、会社法、会計、株主構成、事業承継とあわせて詳しく扱います。
12-6. 貸付金・未収金・債務の相続税評価
家族や同族会社への貸付金がある方、被相続人が会社に資金を貸していた方、保証債務や借入金がある方は、このコラムをご確認ください。
相続税申告では、預貯金や証券のように目に見える財産だけでなく、貸付金、未収金、立替金といった債権も確認します。反対に、借入金、未払費用、一定の債務は債務控除の対象になり得ます。
ただし、貸付金については、回収可能性、契約書、返済履歴、同族会社の財務状況を確認する必要があります。債務についても、被相続人が負担すべき確実な債務かどうかが重要です。
このコラムでは、金融資産と債務の境界を整理します。
12-7. デジタル資産・ネット銀行・証券口座の相続実務
ネット銀行、ネット証券、暗号資産、電子マネー、ポイント、スマートフォンアプリを利用されている方には、このコラムが役立ちます。
デジタル資産は、紙の通帳や郵便物が残らないため、相続人がその存在を把握できないことがあります。ログイン情報、メール、アプリ、二段階認証、年間取引報告書、ウォレット情報など、相続発生後に確認すべき情報が数多くあります。
このコラムでは、デジタル資産を「見えない財産」として放置せず、財産調査、相続税評価、資料の保全、相続後の管理へとつなげるための視点を整理します。
12-8. 金融資産の相談前に整理すべき資料
このテーマの最後にお読みいただきたい、まとめの記事です。
金融資産のご相談では、通帳、残高証明、取引履歴、保険証券、契約者変更履歴、証券会社資料、贈与履歴、借入金資料、ネット口座の情報などが必要になります。
ただし、最初からすべての資料を完璧に集める必要はありません。重要なのは、どの金融機関に口座があるのか、誰の名義なのか、相続開始の前後に大きな資金移動があるのか、家族名義の財産や贈与履歴があるのか。この全体像を整理することです。
このコラムでは、専門家に相談する前に何を確認し、どの資料を優先して準備すべきかを、具体的に整理します。
このテーマを読むときに注意したい論点の切り分け
生命保険については、12-1と13-2の役割を分けて読むことが大切です。12-1は、生命保険を相続税・遺産分割・受取人指定の観点から整理する入口です。13-2は、生命保険や死亡退職金を納税資金としてどう使うかに焦点を当てます。
名義財産については、4-6、12-4、14-7を混同しないようにしてください。4-6は、生前贈与を実行する段階で証拠をどう残すかを扱います。12-4は、相続税申告時に家族名義の預金をどう確認するかを扱います。14-7は、税務調査で名義預金や贈与履歴がどのように確認されやすいかを扱います。
有価証券については、12-5と第十一テーマの非上場株式を分けて考えます。証券会社で保有する上場株式や投資信託は12-5で扱いますが、同族会社株式や取引相場のない株式は、会社支配、株主判定、決算書、役員貸付金、事業承継まで関係するため、第十一テーマで扱います。
貸付金については、12-6と11-8が接続します。12-6では相続税申告上の債権債務として整理し、11-8では同族会社の財務や自己株式の取得、非上場株式評価との関係を深掘りします。
相続発生前と相続発生後を分けずに考える
金融資産の整理は、相続が発生してからだけの作業ではありません。
生前贈与をするのであれば、贈与契約、振込記録、受贈者による管理、贈与税申告の有無を残しておく必要があります。令和6年1月1日以後の暦年課税贈与については、相続税の課税価格に加算される期間が、相続開始前7年以内へと見直されています。
出典:国税庁|No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)
相続時精算課税を使う場合も、令和6年1月1日以後の贈与については、特定贈与者ごとに年間110万円の基礎控除が設けられるなど、制度選択の前提が変わっています。
ただし、相続時精算課税は、選択後の相続税計算に大きく関係する制度です。単年度の贈与税だけを見て判断すべきものではありません。
出典:国税庁|No.4103 相続時精算課税の選択
生命保険を使う場合も、契約の時点だけでなく、将来の保険料負担、契約者変更、受取人変更、相続人間のバランス、そして二次相続まで見据える必要があります。
金融資産は、動きやすい財産です。だからこそ、相続が発生する前にどのように移転し、相続が発生した後にどのように説明できるのかを、一体で考えることが重要になります。
相続税申告では「期限内に出すこと」と「説明できること」の両方が必要
相続税の申告は、原則として、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内に行います。申告期限までに申告しなかった場合や、実際より少ない額で申告した場合には、加算税や延滞税がかかることがあります。
出典:国税庁|No.4205 相続税の申告と納税
金融資産は、資料の取得に時間がかかることがあります。残高証明書、取引履歴、保険会社への契約照会、証券会社の資料、暗号資産取引所の履歴、過去の贈与税申告書、家族名義口座の確認。相続開始後に初めて調べ始めると、想像以上に時間を要することがあります。
また、資料が集まったからといって、それだけで判断が終わるわけではありません。
通帳の入出金から、それが贈与なのか、生活費なのか、預け替えなのか、名義財産なのかを確認していく。保険料の引落しから、契約者と保険料負担者が一致しているかを確認していく。こうした作業が必要になります。
このテーマでは、申告期限に間に合わせるだけでなく、申告した後に説明できる相続税申告を目指すための視点を重視しています。
金融資産・保険・名義財産の整理に不安がある方へ
金融資産の相続税申告は、通帳の残高を足し上げる作業ではありません。
生命保険の受取人、死亡退職金の支給関係、家族名義預金の実質判断、有価証券の評価、貸付金の回収可能性、債務控除、デジタル資産の所在、過去の贈与履歴。これらを確認したうえで、相続人間の分割、納税資金、税務調査での説明可能性までつなげて整理する必要があります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、金融資産・保険・名義財産を、相続税申告の一項目としてだけでなく、財産評価、贈与履歴、遺産分割、納税資金、申告後のリスクと接続して確認しています。
家族名義の預金がある。過去の贈与の資料が十分に残っていない。保険の契約者変更や受取人の指定に不安がある。証券口座やネット資産が多く、全体像を把握できない。
そのような場合は、資料がすべて揃う前であっても、論点の整理からご相談いただくことが有効です。
金融資産の整理に不安をお持ちの方は、いま手元にある通帳、保険証券、証券会社の資料、贈与に関するメモ、借入金の資料などをもとに、犬飼公認会計士・税理士事務所へご相談ください。どの資料を追加で確認すべきか、どの論点を優先して整理すべきかを、相続税申告全体の流れの中で一緒に確認してまいります。
このテーマの振り返り
| 振り返り項目 | 重要な視点 |
|---|---|
| このテーマの対象 | 生命保険金、死亡退職金、預貯金、有価証券、名義預金、貸付金、債務、デジタル資産を扱う |
| 中心メッセージ | 金融資産は名義だけで判断せず、資金原資、管理、受取人、契約関係、みなし財産を確認する |
| 生命保険 | 非課税枠だけでなく、受取人、保険料負担者、納税資金、遺産分割との関係を見る |
| 名義預金 | 子や孫の名義でも、実質的に被相続人の財産かどうかを確認する |
| 有価証券 | 残高だけでなく、評価方法、配当・利息、外貨換算、相続後の売却も意識する |
| 貸付金・債務 | 回収可能性、債務控除、同族会社との貸借関係を確認する |
| デジタル資産 | ネット銀行、ネット証券、暗号資産、ポイント、電子マネーの所在を把握する |
| 読む順番 | 12-1から12-8まで、生命保険、名義財産、金融資産評価、資料整理へ進む |
| 他テーマとの接続 | 贈与、遺産分割、納税資金、申告実務、税務調査と密接に関係する |
| 相談前に大切なこと | 完璧な資料収集よりも、口座・契約・資金移動・贈与履歴の全体像を早めに整理する |