企業価値・株主価値・買収資金の関係|M&Aファイナンスで混同しやすいEV・株式価値・必要資金

M&Aを検討していると、「企業価値はいくらか」「株式価値はいくらか」「買収価格はいくらか」「実際に必要な資金はいくらか」といった言葉が、ほとんど同じ意味であるかのように使われる場面に出会います。

ただ、M&Aファイナンスの観点に立つと、これらは明確に分けて考えなければなりません。

なかでも注意したいのは、企業価値と買収資金を同じものとして扱ってしまうことです。

企業価値がある金額で評価されているからといって、その金額さえ用意すれば買収できる、とは限りません。逆に、株式取得代金だけを見て「この金額なら買える」と判断しても、対象会社の既存借入や必要運転資金、取引関連費用、買収後の追加投資、金融機関への返済計画まで含めれば、実際に必要となる資金は大きく変わってきます。

買収ファイナンスで肝心なのは、「評価上の価値」から「実際に調達すべき資金」へと、数字を正しくつないでいくことです。

本記事では、M&Aファイナンスの基本として、企業価値・株主価値・買収資金の関係を整理します。なお、DCF法や類似会社比較法、類似取引比較法といった評価手法そのものの詳細には立ち入りません。あくまで、評価された数字を、買収資金の調達・返済原資・金融機関への説明にどうつなぐか、という点に絞ってお話しします。

目次

まず押さえておきたい三つの価値概念

M&Aファイナンスで最初に整理しておきたい価値概念は、次の三つです。

  • 事業価値
  • 企業価値
  • 株主価値

この三つを曖昧にしたまま買収価格や借入額を検討してしまうと、資金計画は大きくずれていきます。

事業価値とは、事業そのものが生み出す価値

事業価値とは、対象会社の本業が将来生み出していく価値のことです。

評価実務では、営業フリー・キャッシュ・フロー、正常収益力、事業用資産、投下資本、成長性、リスクといった要素を踏まえて考えていきます。ここで押さえておきたいのは、事業価値はあくまで事業そのものが生む価値であり、余剰現金や遊休不動産、有価証券などの非事業資産とは切り離して考える、という点です。

企業価値評価の実務では、この事業価値に非事業資産を加えて企業価値をとらえ、そこから有利子負債等を控除して株主価値を求めていく、という流れで考えます。

企業価値とは、事業価値に非事業資産を加えた会社全体の価値

企業価値は、事業価値に非事業資産を加えた、会社全体の価値として整理できます。

ここでいう非事業資産には、事業運営に直接必要のない余剰現金や投資有価証券、遊休資産、非連結子会社株式、税務上の繰越欠損金に係る価値などが含まれることがあります。事業から生じるフリー・キャッシュ・フローを基礎に事業価値を算定し、そこへ非事業資産を加えて企業価値を求める、という考え方です。

ただ、実務の現場では「企業価値」という言葉が、これとは少し違う意味で使われることもあります。

投資銀行やM&Aの実務では、EV、すなわちEnterprise Valueを、簡便に「株式価値+有利子負債等-現金等」と表現することがあります。これは実務上たいへん有用な整理ですが、厳密に見れば、非事業資産や負債同等物の多い会社では注意が必要です。非事業資産、リース債務、退職給付債務、種類株式、新株予約権、非支配株主持分などをどう扱うかによって、評価結果も倍率分析も変わってくるからです。

株主価値とは、株主に帰属する価値

株主価値とは、企業価値から有利子負債等の他人資本や、株主以外に帰属する価値を控除したうえで、最終的に普通株主に帰属する価値です。

簡略化すれば、次のように整理できます。

株主価値 = 企業価値 - 有利子負債等 - 株主以外に帰属する価値

実務では、これに加えて、現金、借入金、役員貸付金・借入金、保険積立金、遊休資産、退職給付債務、リース債務、少数株主持分、種類株式、新株予約権、未払税金、訴訟・偶発債務といった項目の調整が必要になることもあります。

企業価値評価では、企業価値は企業全体の価値を、株主価値は株主に帰属する価値を表すものとして区別します。企業価値から短期・長期の有利子負債、有利子負債同等物、ハイブリッド証券、ストックオプションの価値などを差し引いて株主価値を算定する、という整理を押さえておくことが大切です。

価値評価は、単なる計算作業ではありません。日本公認会計士協会の「企業価値評価ガイドライン」も、評価業務の性格や、評価に際して提供された情報の有用性・利用可能性を検討・分析する必要性に触れています。前提条件の吟味を伴う、専門的な判断の領域だと考えておくのが適切です。

出典:日本公認会計士協会|経営研究調査会研究報告第32号「企業価値評価ガイドライン」の改正について

買収価格は、株主価値を出発点にすることが多い

株式譲渡によるM&Aでは、買主が売主株主に支払う対価は、基本的に株式の取得代金です。

そのため、株式譲渡で直接問題になるのは、企業価値そのものではなく、株主価値です。

たとえば、対象会社に有利子負債がある場合、事業価値や企業価値が高く見えても、その負債を差し引いた後の株主価値は小さくなります。逆に、対象会社に十分な余剰現金や非事業資産があれば、株主価値が押し上げられることもあります。

ここで気をつけたいのは、株式取得代金と、買収に必要な総資金は一致しないという点です。

株式取得代金は、あくまで売主株主に支払う金額です。一方で、買収に必要な総資金には、株式取得代金以外の資金需要も含まれてきます。

買収資金は、株式取得代金だけではない

M&Aファイナンスでいう買収資金は、狭い意味では買収代金を指すこともありますが、実務ではもっと広くとらえる必要があります。

実際に買収を成立させ、買収後の資金繰りまで維持していくには、少なくとも次のような資金需要を検討しておかなければなりません。

資金項目内容見落とした場合のリスク
株式取得代金売主株主へ支払う対価クロージング資金が不足する
対象会社既存借入の返済・借換えチェンジ・オブ・コントロール、金融機関同意、保証解除等に伴う対応買収後の金融取引が不安定になる
取引関連費用FA、弁護士、会計士、税理士、金融機関手数料、登記等想定外の資金流出が生じる
税金・公租公課スキームや取引条件に応じて発生する税負担支払時期に資金繰りが圧迫される
買収後運転資金売掛金、在庫、仕入債務、季節変動等黒字でも資金不足になる
買収後追加投資設備、人材、IT、管理体制、統合対応等買収後の成長施策が止まる
予備資金下振れ、統合遅延、想定外支出への備え早期に追加借入や資金繰り対応が必要になる

買収ファイナンスの実務では、株式取得代金や既存ローンの返済、取引関連費用などを資金使途として、資金調達を組み立てていきます。実際のストラクチャーでも、エクイティ、シニアローン、ブリッジローン、劣後ローンなどを組み合わせ、これらの資金需要を賄っていく形がとられます。

つまり、M&Aファイナンスで確認すべきは、「株式価値はいくらか」だけではないということです。

実際にいくら資金を用意し、それをどう調達し、買収後はどのキャッシュ・フローで返済していくのかまで、一続きで整理しておく必要があります。

企業価値から株主価値へ変換するときの基本式

実務では、次の流れで整理していくと理解しやすくなります。

事業価値 = 対象会社の本業が生み出す価値

企業価値 = 事業価値 + 非事業資産

株主価値 = 企業価値 - 有利子負債等 - 株主以外に帰属する価値

買収に必要な総資金 = 株式取得代金 + 既存借入の返済・借換え資金 + 取引関連費用 + 買収後運転資金 + 追加投資資金 + 予備資金 など

この流れを押さえておくと、よくある混乱を避けやすくなります。

企業価値は、会社全体の価値です。株主価値は、株主に帰属する価値です。そして買収資金は、買主が実際に用意しなければならない資金です。

それぞれよく似ていますが、見ている対象がそもそも違います。

ネットデット調整を誤ると、買収資金がずれる

M&Aの価格交渉では、ネットデット、すなわち純有利子負債の調整が重要になります。

一般的には、ネットデットは次のように考えます。

ネットデット = 有利子負債等 - 現金及び現金同等物

ただし、この式を機械的に当てはめると危険です。

まず、現金のすべてが余剰現金とは限りません。対象会社が通常の事業運営に必要とする最低限の手元資金まで控除してしまうと、買収後に運転資金が不足する、ということが起こり得ます。

次に、有利子負債に含めるべき項目は、借入金だけとは限りません。リース債務、割賦債務、未払役員退職金、退職給付債務、保証債務、未払税金、ファイナンス性のある役員借入金、デットライクアイテムなど、実質的に株主価値を圧縮する項目を、ひとつずつ確認しておく必要があります。

さらに、非事業資産をどこまで株主価値に反映するかも論点になります。余剰現金、遊休不動産、投資有価証券、保険積立金、貸付金などは、事業価値とは別に扱うべきものです。ただし、それが本当に換金可能なのか、担保に入っていないか、税金や解約損が発生しないか、そもそも事業運営に必要な資産ではないか、といった点までは確かめておかなければなりません。

非事業資産や、有利子負債以外の金銭債務を適切に調整しないままだと、EV/EBITDAなどの倍率や株主価値の算定そのものが歪んでしまうことがあります。

貸借対照表の純資産と株主価値は同じではない

中小企業のM&Aでは、「純資産がこれくらいあるのだから、株式価値もこのくらいではないか」と考えられることがあります。

しかし、会計上の純資産と、M&Aにおける株主価値は、同じものではありません。

会計上の純資産は、貸借対照表上の資産と負債の差額として表示されます。純資産の部は株主資本とそれ以外の項目に分けられ、株主資本は資本金、資本剰余金、利益剰余金などから構成されます。この表示については、企業会計基準第5号および企業会計基準適用指針第8号に基づいて整理されています。

出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第5号 貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第8号 貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準等の適用指針

一方、M&Aにおける株主価値は、対象会社の将来収益力、キャッシュ・フロー、非事業資産、含み損益、偶発債務、税務リスク、事業リスク、支配権、流動性、シナジーなど、多くの要素を踏まえて判断されます。

会計上の純資産が厚い会社でも、収益力が乏しければ、株主価値は純資産ほど高く評価されないことがあります。

逆に、貸借対照表上の純資産は小さくても、安定したキャッシュ・フローや独自の顧客基盤、技術、許認可、ブランド、組織能力があれば、株主価値が純資産を上回ることもあります。

M&Aファイナンスで大切なのは、会計上の純資産をそのまま買収資金計画に置き換えてしまわないことです。

株式譲渡では「対象会社の借入は消えない」

株式譲渡による買収では、買主は売主株主に株式取得代金を支払います。

このとき、対象会社の既存借入は、原則として対象会社に残ります。株主が変わっても、対象会社という法人そのものは存続するからです。

ただし、M&Aファイナンスの観点では、ここに注意が必要です。

対象会社の借入契約に、株主変更、代表者変更、保証人変更、担保変更、財務内容の変化などに関する条項がある場合、金融機関との協議が必要になることがあります。売主経営者の個人保証を解除するのであれば、買主側の保証や担保、借換えを求められることもあります。

買収ファイナンスでは、対象会社グループの既存借入を返済し、既存の借入枠を解消することが、貸付実行の前提条件とされることがあります。これは、対象会社グループのキャッシュ・フローを、買収ファイナンスの返済原資として優先的に確保しておくためです。

したがって、株式価値の計算上は「有利子負債を控除したから終わり」というわけにはいきません。

実務では、対象会社の既存借入をどう扱うか、返済するのか、借換えるのか、残すのか、保証や担保はどう変更するのか、金融機関にどう説明するのか、というところまで確認しておく必要があります。

「企業価値が高い会社」でも、買収資金調達が簡単とは限らない

企業価値が高く評価される会社であっても、買収資金の調達が容易とは限りません。

金融機関が見ているのは、評価上の企業価値だけではないからです。融資審査では、債務者評価、融資案件の事情、資金使途・融資形態、返済原資、保全面、他行状況・資金調達余力、融資の狙いといった点が確認されます。

そのため、金融機関に対しては、次のような説明が求められます。

  • なぜこの買収を行うのか
  • 買収対象会社の事業価値はどこから生じているのか
  • 株式取得代金はいくらで、その根拠は何か
  • 対象会社の既存借入やネットデットはどう整理されているのか
  • 買収に必要な総資金はいくらか
  • 自己資金、借入、その他の調達手段をどう組み合わせるのか
  • 返済原資はどの会社の、どのキャッシュ・フローなのか
  • 買収後も既存事業、対象会社、追加投資に必要な資金が残るのか

つまり、企業価値評価は、金融機関への説明の一部にすぎません。M&Aファイナンスで求められるのは、企業価値、株主価値、必要資金、返済原資、資本構成を、一体として説明できる状態にしておくことです。

EV/EBITDA倍率を使うときに注意すべきこと

M&Aの実務では、EV/EBITDA倍率がよく使われます。

EV/EBITDA倍率は、事業価値や企業価値をEBITDAで割り、類似会社や類似取引と比較するための指標です。実務では、EV/EBITDA、EV/EBIT、EV/EBITAなどが事業価値を評価する倍率として一般的に使われ、PER、PBR、PSRなどは株主価値を評価する倍率として整理されます。

ただ、EV/EBITDA倍率を使う場合にも、次の点には注意しておきたいところです。

第一に、EBITDAは返済可能キャッシュ・フローそのものではありません。EBITDAから、税金、運転資金の増加、設備投資、既存借入の返済、必要な手元資金を差し引いていくと、返済に回せる現金は大きく減ることがあります。

第二に、EVと株式取得代金は一致しません。EVを基準に価格を議論していても、最終的な株式取得代金は、現金、借入金、非事業資産、運転資本、価格調整項目によって変わってきます。

第三に、比較対象とする会社や類似取引のEVが、同じ基準で調整されているとは限りません。余剰現金、リース債務、非支配株主持分、種類株式、未払退職給付、特殊な一時損益などの扱いが異なれば、倍率の意味そのものが変わってきます。

EV/EBITDA倍率は便利な指標です。ただ、買収資金調達の判断にあたっては、倍率だけで判断せず、返済原資としてのキャッシュ・フローへ翻訳して考える必要があります。

買収資金調達で見るべき「総資金需要」

企業価値・株主価値を把握できたら、次は総資金需要を整理します。

ここでいう総資金需要とは、クロージング時点だけでなく、買収後しばらくの資金繰りまで含めて、買主が確保しておくべき資金のことです。

特に次の項目は、早い段階で確認しておきたいところです。

株式取得代金

売主に支払う対価です。

価格調整条項、クロージング時の純有利子負債調整、運転資本調整、分割払い、アーンアウト、役員退職金、売主ローンなどがある場合には、支払時期と資金繰りへの影響まで確認しておきます。

既存借入の扱い

対象会社の既存借入を残すのか、返済するのか、借換えるのかを確認します。

既存借入を残す場合でも、代表者保証や担保、金融機関との取引条件が変わる可能性があります。借換えが必要なら、その資金も買収資金計画に含めておきます。

取引関連費用

FA、仲介、弁護士、会計士、税理士、金融機関手数料、担保設定、登記、株主管理、DD、契約、クロージング対応などにかかる費用です。

これらは買収価格には含まれていなくても、実際には現金支出を伴います。

買収後運転資金

対象会社の売掛金、在庫、仕入債務、前受金、未払金、季節変動、締日・支払サイトを確認します。

買収時点では手元現金が十分に見えても、買収後の仕入増加、売上増加、回収遅延、在庫の積み増しによって、新たな資金需要が生じることがあります。

追加投資・統合対応資金

買収後に、設備更新、人材採用、システム整備、管理体制の強化、拠点整備、在庫補充などが必要になるのであれば、その資金も買収ファイナンスの検討に含めておくべきです。

買収時点の資金調達で余力を残しておかないと、買収後に成長投資ができなくなってしまうことがあります。

予備資金

M&Aでは、計画どおりには進まないことを前提に、資金計画を立てておく必要があります。

売上未達、利益率の低下、人材流出、取引先の条件変更、設備故障、税務・法務リスクの顕在化、シナジーの遅延などが起きても、一定期間は資金繰りを維持できるように備えておくことが大切です。

株主価値と買収資金の差を説明できるか

M&Aファイナンスの実務で重要なのは、株主価値と買収資金の差を、自分の言葉で説明できることです。

株主価値は、対象会社の株式そのものの価値です。買収資金は、買収を実行し、買収後の財務を安定させるために、実際に必要となる資金です。

この差が整理できていないと、金融機関や社内関係者への説明が難しくなります。

たとえば、次のような点を説明できる状態にしておきたいところです。

  • 株式取得代金は、どの価値評価に基づいているのか
  • 対象会社の現金は、余剰現金なのか、運転資金として必要な現金なのか
  • 対象会社の借入は、価格調整で織り込まれているのか、それとも別途、借換え資金が必要なのか
  • 買収後の運転資金や追加投資は、買収資金に含めているのか
  • 金融機関から調達する資金は、株式取得代金だけなのか、既存借入返済や運転資金も含むのか
  • 自己資金をどこまで使い、どの程度の手元資金を残すのか

ここが曖昧なまま進めてしまうと、「評価上は説明できる価格だったが、資金調達額が足りない」「融資は受けられたが、買収後の運転資金が不足した」「対象会社の既存借入を見落としていた」「自己資金を入れすぎて追加投資ができない」といった問題が起こりがちです。

買収後の返済原資に接続して、初めて意味を持つ

企業価値、株主価値、買収資金の整理は、それ自体が目的ではありません。

最終的には、返済原資へとつないでいく必要があります。

M&Aファイナンスでは、次の流れが大切です。

  1. 企業価値を把握する
  2. 株主価値を把握する
  3. 買収に必要な総資金を把握する
  4. 自己資金・借入・その他の調達手段を設計する
  5. 買収後キャッシュ・フローから返済可能性を確認する

この流れを飛ばして、「企業価値が高いから借入してもよい」「株式取得代金が払えるから買収できる」と判断してしまうと、買収後の資金繰りに無理が出てきます。

買収後に返済へ回せるキャッシュ・フローは、会計上の利益やEBITDAとは異なります。税金、運転資金、設備投資、既存借入の返済、必要な手元資金を差し引いたうえで、どれだけ返済に回せるのかを見ておく必要があります。

また、対象会社のキャッシュ・フローを買主側借入の返済に充てる場合には、配当可能額、会社法・税務、既存借入契約、担保・保証、グループ内資金移動の制約まで確認しておかなければなりません。

企業価値・株主価値・買収資金を整理するための実務手順

実務では、次の順番で整理していくと、論点が見えやすくなります。

1. まず対象会社の事業価値を確認する

対象会社の本業が、どの程度の収益力・キャッシュ・フローを生むのかを確認します。

ここでは、過去の損益だけでなく、正常収益力、一時的損益、オーナー関連取引、役員報酬、関連会社取引、運転資金、設備投資、税金まで見ていきます。

2. 非事業資産と余剰資産を分ける

現預金、不動産、有価証券、保険積立金、貸付金などを確認し、それが事業に必要な資産なのか、余剰資産なのかを判断します。

ただし、一見余剰に見える資産でも、担保に入っている、換金に時間がかかる、税金が発生する、事業上の信用維持に必要である、といった事情が隠れていることがあります。

3. 有利子負債等を整理する

借入金だけでなく、リース債務、割賦債務、未払金、役員借入金、保証債務、退職給付、未払税金、デットライクアイテムを確認します。

対象会社の借入明細、返済予定表、担保一覧、保証一覧、金融機関別残高、契約条項を確認し、買収後も維持できるのか、借換えが必要かを整理しておきます。

4. 株主価値と株式取得代金を確認する

企業価値から有利子負債等を控除し、非事業資産や価格調整項目を反映した株主価値を把握します。

そのうえで、売主との交渉価格が、どの前提に基づいているのかを確認します。

5. 実際に必要な買収資金を積み上げる

株式取得代金に加えて、既存借入返済、借換え、取引関連費用、税金、運転資金、追加投資、予備資金を積み上げていきます。

この段階で、評価上の株主価値と、実際の資金調達額が異なる理由を、自分の言葉で説明できるようにしておきます。

6. 返済原資と資本構成を確認する

最後に、その買収資金をどう調達するのかを検討します。

自己資金、銀行融資、シニアローン、メザニン、エクイティ、売主ローン、分割払いなどをどう組み合わせるかは、返済原資、担保・保証、株主構成、買収後の投資余力によって変わってきます。

ここまで来て、ようやく「その買収は、財務的に成立するのか」という判断に近づいていきます。

よくある誤解

企業価値がそのまま買収価格になるわけではない

企業価値は、会社全体の価値を示す概念です。

株式譲渡で売主株主に支払う価格は、通常、株主価値を基礎に検討します。有利子負債、現金、非事業資産、デットライクアイテム、価格調整条項によって、企業価値と株式取得代金は異なってきます。

株式取得代金だけ用意すれば足りるわけではない

株式取得代金は、買収資金の一部にすぎません。

実際には、既存借入、保証解除、取引関連費用、買収後運転資金、追加投資、予備資金まで含めて検討する必要があります。

EBITDA倍率を見れば返済可能性が分かるわけではない

EBITDAは有用な指標ですが、返済可能キャッシュ・フローそのものではありません。

税金、運転資金、設備投資、既存債務の返済、必要な手元資金を考慮しなければ、返済計画にはつながりません。

純資産が厚ければ資金調達しやすいとは限らない

純資産は重要な指標ですが、金融機関が重視するのは返済原資です。

資産があっても換金しにくい、担保余力が乏しい、キャッシュ・フローが弱い、既存借入が重い、買収後の計画が説明しにくい、といった場合には、資金調達は難しくなります。

対象会社の借入を価格調整で見たから問題ない、とは限らない

株主価値の計算で有利子負債を控除していても、実務上は、その借入が買収後も残るのか、返済するのか、借換えるのか、保証や担保をどう扱うのかまで確認する必要があります。

価格計算上の控除と、実際の資金繰り上の支払いは、別の問題です。

金融機関に説明できる形にする

企業価値・株主価値・買収資金の整理は、金融機関への説明にも直結します。

金融機関に対して、「対象会社の企業価値は高いです」とだけ伝えても、それでは不十分です。

必要なのは、次のような説明です。

  • 買収の目的は何か
  • 対象会社の事業価値は、何に支えられているのか
  • 株式取得代金は、どの前提で決まっているのか
  • ネットデット、現金、非事業資産、デットライクアイテムはどう整理されているのか
  • 買収に必要な総資金はいくらか
  • 調達手段の組み合わせはどうなっているのか
  • 買収後の返済原資は、どこから生じるのか
  • 既存借入、担保、保証、他行取引はどう変わるのか
  • 買収後の運転資金や追加投資余力は残っているのか

この説明ができない場合、たとえ評価上は妥当な価格であっても、金融機関の目には、資金使途や返済原資が不明確な案件として映ってしまいます。

M&Aファイナンスでは、評価資料を作るだけでは足りません。評価された数字を、資金使途、必要資金、返済原資、担保・保証、資本構成へとつなげていくことが求められます。

まとめ:企業価値は「会社全体の価値」、株主価値は「株主に帰属する価値」、買収資金は「実際に必要な資金」

企業価値、株主価値、買収資金は、似ているようで、それぞれ異なる概念です。

企業価値は、事業価値と非事業資産を含む、会社全体の価値です。株主価値は、企業価値から有利子負債等を控除した、株主に帰属する価値です。そして買収資金は、株式取得代金だけでなく、既存借入の返済・借換え、取引関連費用、運転資金、追加投資、予備資金まで含めて、買主が実際に確保すべき資金です。

M&Aを「買えるか」だけで判断するのではなく、「買った後も返済できるか」「追加投資の余力を残せるか」「金融機関や社内関係者に説明できるか」まで見ていくには、この三つを正しく区別しておく必要があります。

企業価値評価の数字を見ただけでは、買収ファイナンスの判断は終わりません。評価上の価値を、株式取得代金、総資金需要、調達手段、返済原資、買収後の資本構成へとつないで、初めて、実行可能なM&Aかどうかを検討できるようになります。

買収価格、企業価値、株主価値、ネットデット、必要資金、返済原資の関係が整理しきれていないと感じる場合は、早い段階で一度立ち止まってみることをおすすめします。犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&Aを進める前の段階から、買収価格と資金調達構造、返済計画、金融機関への説明に無理がないかを整理するご相談を承っています。買収資金の全体像を確認しておきたい場合は、お問い合わせページからお気軽にご相談ください。

重要事項の振り返り

論点意味M&Aファイナンスでの確認ポイント
事業価値本業が将来生み出す価値正常収益力、営業CF、運転資金、設備投資を確認する
企業価値事業価値に非事業資産を加えた会社全体の価値余剰現金、遊休資産、投資有価証券、非事業資産を整理する
株主価値企業価値から有利子負債等を控除した株主に帰属する価値借入金、リース債務、未払金、種類株式、非支配株主持分等を確認する
株式取得代金売主株主に支払う対価株主価値、価格調整、支払条件、売主との交渉前提を確認する
買収に必要な総資金買収実行と買収後運営に必要な資金株式取得代金、既存借入返済、費用、運転資金、追加投資、予備資金を積み上げる
ネットデット有利子負債等から現金等を控除した概念現金が本当に余剰か、デットライクアイテムを含めるかを確認する
金融機関説明融資判断に必要な第三者向け説明資金使途、返済原資、担保・保証、既存借入、買収後計画を一体で整理する
判断上の注意点価値評価と資金調達は別問題評価額だけでなく、返済可能性と買収後資金繰りまで確認する
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