M&Aの買収資金を借入で調達するとき、最も大切な問いは「いくら借りられるか」ではありません。本当に確認すべきなのは、買収後に、どの会社の、どの現金で、その借入を返済していくのか、という点です。
対象会社が黒字であること、売上が伸びていること、EBITDAが一定の水準にあること、企業価値評価のうえで買収価格に合理性があること。いずれも、たしかに重要な要素です。
ただ、それらが揃っているだけでは、返済原資の説明としてはまだ足りません。借入の返済は、利益ではなく現金で行うからです。
会計上の利益が出ていても、売掛金の回収が遅れ、在庫が増え、設備投資が必要になり、税金や既存借入の返済が重なれば、買収借入の返済に回せる現金は限られてきます。
この記事では、M&Aファイナンスの観点から、対象会社のキャッシュ・フローを返済原資としてどう見るべきかを整理します。財務デューデリジェンスの詳細な手続やPMI全体の管理論には踏み込みすぎず、買収資金の調達、返済計画、金融機関への説明に必要な視点に絞ってお話しします。
返済原資とは何か
返済原資とは、借入金の元本返済と利息の支払いに充てられる資金の源泉を指します。M&Aファイナンスでは、主に次のような資金が返済原資として検討されます。
| 返済原資の候補 | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 対象会社の営業キャッシュ・フロー | 対象会社の本業から生じる現金 | 税金、運転資金、設備投資、既存借入返済を差し引く必要がある |
| 買主の既存事業キャッシュ・フロー | 買主側の既存事業から生じる現金 | 既存事業の運転資金・投資余力を圧迫しないか確認が必要 |
| 対象会社からの配当 | 対象会社の利益を買主に移転する方法 | 分配可能額、資金繰り、既存契約、税務上の影響を確認する必要がある |
| グループ内貸付・経営指導料等 | 対象会社から買主側へ資金を移す方法 | 契約・税務・実態・金融機関との合意が必要 |
| 資産売却による資金 | 不要資産・非事業資産の売却資金 | 売却可能性、担保、税金、事業への影響を確認する必要がある |
| リファイナンス | 買収後実績を踏まえた借換え | 初期返済計画の代替ではなく、将来の選択肢として見るべき |
この中で中心になるのは、対象会社または買主グループが継続的に生み出すキャッシュ・フローです。
買収ファイナンスは、対象会社グループが生み出すキャッシュ・フローを返済原資とする点では通常のコーポレートローンと共通します。ただ、レバレッジが高くなりやすいため、ローン契約では借入人の活動を制約・監視する条項が多くなる傾向があります。
つまり、金融機関が見ているのは、単に黒字か赤字かではありません。確認しているのは、おおむね次の三点です。
- 買収後に発生する現金が、借入返済に耐えられるか
- その現金が、返済に使える形で買主側に届くか
- 返済を終えてもなお、事業継続と成長投資に必要な資金が残るか
利益と返済原資は同じではない
M&Aの検討では、対象会社の営業利益、経常利益、EBITDAがよく確認されます。これらはいずれも重要な指標であり、対象会社の収益力を把握するうえで、利益指標を無視することはできません。
しかし、利益はそのまま返済原資になるわけではありません。たとえば営業利益が出ていても、次のような資金流出があれば、返済に回せる現金は大きく減ってしまいます。
- 売掛金の回収が遅い
- 在庫を積み増す必要がある
- 仕入先への支払サイトが短い
- 設備更新が近い
- 法人税等の支払いがある
- 既存借入の返済が残っている
- 買収後に人材採用やシステム整備が必要になる
- 季節要因で一時的に資金需要が膨らむ
特にEBITDAは、M&AやLBOの議論でよく使われる指標ですが、返済可能額そのものではありません。EBITDAには設備投資や税金などの支払いが反映されていないため、実際に有利子負債の返済へ充てられる金額は、通常EBITDAより小さくなります。多額の設備投資を継続的に必要とする事業では、この点に特に注意が必要です。
ですから、M&Aファイナンスでは、利益を確認したうえで、そこから返済に使える現金へと変換していく作業が欠かせません。
返済に使えるキャッシュ・フローの基本構造
返済原資として見るべきキャッシュ・フローは、大きく次のように整理できます。
返済に使えるキャッシュ・フロー = 営業活動から生じる現金 - 法人税等の支払い - 運転資金の増加 - 維持更新のための設備投資 - 既存債務の返済 - 事業継続に必要な最低手元資金 - 買収後に必要な追加投資・統合対応資金
これは厳密な会計基準上の算式ではなく、M&Aファイナンスで返済可能性を考えるための、実務上の整理だとお考えください。
会計上のキャッシュ・フロー計算書では、現金の動きを営業活動・投資活動・財務活動の三つに区分して把握します。連結キャッシュ・フロー計算書等の作成基準でも、企業集団の一会計期間における資金の状況を報告するために作成するものと位置づけられ、ここでいう資金は現金及び現金同等物を指します。
もっとも、中小企業や非上場会社では、正式なキャッシュ・フロー計算書が作成されていないことも少なくありません。その場合でも、損益計算書、貸借対照表、借入明細、資金繰り表、税務申告書、月次試算表などから、返済原資としてのキャッシュ・フローを組み立てて確認していくことになります。
営業キャッシュ・フローを見るときの注意点
対象会社のキャッシュ・フローを見る出発点は、本業から現金を生み出せているかどうかです。ここで見るべきは単年の利益ではなく、継続的な営業キャッシュ・フローです。
具体的には、次のような点を確認していきます。
- 一時的な特需で利益が出ているだけではないか
- 役員報酬やオーナー関連取引を調整すると、収益力はどう変わるか
- 売掛金の回収条件は安定しているか
- 在庫は過大ではないか
- 買掛金や未払金で一時的に資金繰りを支えていないか
- 粗利率や固定費構造に変化はないか
- 主要取引先への依存が強すぎないか
財務デューデリジェンスでは、対象会社の過去の損益およびキャッシュ・フローの実績を把握し、現在の財務状況を評価し、リスクを特定し、将来計画の基礎となる情報を得ることが目的になります。
とはいえ、本記事の主眼は財務DDの手続そのものではありません。大切なのは、財務DDで把握した情報を、返済計画へどうつなげるかです。売上や利益の分析で止まらず、返済に使える現金がどれだけあるのかまで落とし込んでいく必要があります。
税金を差し引いた後で見る
返済原資を考えるうえで、税金を軽視することはできません。
営業利益やEBITDAを起点に返済余力を見ていると、税金の支払いをつい見落としがちです。しかし、法人税、地方法人税、法人住民税、法人事業税、消費税などの支払いは、実際の資金繰りに確実に影響します。
特に注意したいのは、次のような場面です。
- 買収後に役員報酬や管理費の水準が変わる
- 税務上の損金算入時期と、会計上の費用認識がずれる
- 消費税の納付タイミングが資金繰りに影響する
- 過去の繰越欠損金を前提にしているが、買収スキームによっては利用制限が生じる可能性がある
- 対象会社の税務リスクが、買収後に顕在化する可能性がある
税金は、評価上の企業価値にも、返済原資にも影響します。「税引前の利益では返せそう」に見えても、税引後の現金で見ると余裕がない、ということは珍しくありません。金融機関へ返済計画を説明する際も、税引後で返済可能かどうかを確認しておく必要があります。
運転資金の増減を必ず見る
対象会社のキャッシュ・フローを見るうえで、運転資金は非常に重要です。運転資金とは、売掛金、在庫、買掛金、未払金、前受金など、日々の営業活動に伴って必要になる資金を指します。
会計上の利益が出ていても、売掛金や在庫が増えれば、その分の資金は外へ出ていきます。反対に、買掛金や未払金が増えているだけで、一時的に資金繰りがよく見えていることもあります。
M&Aでは、買収後に売上拡大を目指すケースがあります。その場合、売上が伸びるほど、先に仕入れ、在庫、人件費、外注費が増え、売掛金の回収は後から来ます。成長している会社ほど運転資金が増えやすい、という点に注意が必要です。
確認したいのは、次のような点です。
- 売上債権の回収サイトが長くなっていないか
- 回収遅延や滞留債権はないか
- 在庫は実際に販売可能か
- 不良在庫や長期滞留在庫はないか
- 仕入債務の支払条件は、買収後も維持できるか
- 季節変動により、資金需要が一時的に膨らむ時期はないか
- 買収後の成長計画に伴い、追加運転資金が必要にならないか
買収後の運転資金を織り込まない返済計画は、実務上かなり危険です。
黒字でも資金が足りなくなる典型的な理由は、利益と資金繰りのズレにあります。M&Aでは、このズレが買収借入の返済負担によってさらに大きくなります。
設備投資を差し引いた後で見る
設備投資もまた、返済原資を考えるうえで欠かせません。設備投資は、大きく二つに分けられます。
一つは、既存事業を維持するために必要な維持更新投資です。もう一つは、買収後の成長や統合のために必要な追加投資です。
返済原資を考えるときは、少なくとも維持更新投資は差し引いて見ておく必要があります。たとえば、次のような状況です。
- 設備が老朽化している
- 工場・店舗・車両・機械・システムの更新が近い
- 安全・品質・法令対応のための投資が必要である
- 過去の投資が抑制されており、買収後に更新需要が顕在化する
- 買収後に管理体制やITシステムを整える必要がある
こうした場合、表面上の利益やEBITDAに比べて、返済に回せる現金は小さくなります。
対象会社のキャッシュ・フローを返済原資として見るとき、「設備投資をしなければ返済できる」という計画は慎重に扱うべきです。設備投資を先送りすれば短期的に返済はできても、事業の競争力や安全性が損なわれれば、将来の返済原資そのものが弱くなってしまうからです。
既存債務の返済を忘れない
対象会社に既存借入がある場合、その返済もまた、買収後のキャッシュ・フローを圧迫します。
株式譲渡で対象会社を買収する場合、対象会社の既存借入は原則として対象会社に残ります。株主が変わっても、対象会社という法人はそのまま存続するためです。
ただし、M&Aファイナンスでは、既存借入をそのまま残せるとは限りません。次のような事情が生じることがあります。
- 金融機関の同意が必要になる
- 売主経営者の個人保証を解除する必要がある
- 担保を差し替える必要がある
- チェンジ・オブ・コントロール条項がある
- 買収ファイナンスの貸付人が、既存金融債権者の排除を求める
- 対象会社の既存借入枠を解消すると、運転資金が不足する
買収ファイナンスでは、対象会社グループのキャッシュ・フローを返済原資として確保するため、対象会社グループ会社の既存借入金の返済や、既存借入枠の解消が条件となることがあります。
一方で、対象会社が従来、当座貸越やコミットメントラインで運転資金を調達していた場合、それをすべて解消すると、買収後の運転資金が不足してしまうこともあります。そのため、買収ファイナンスの実行時に、運転資金用の借入枠を同時に設定するケースもあります。
既存借入をどう扱うかは、返済原資の見方に直結します。株式取得代金だけでなく、対象会社の既存借入返済、借換え、保証解除、運転資金枠の再設定まで含めて確認しておく必要があります。
配当で返済する場合の注意点
対象会社のキャッシュ・フローを買主側の借入返済に使う場合、対象会社から買主へ資金を移す必要があります。その代表的な方法の一つが配当です。
しかし、対象会社に利益が出ているからといって、自由に配当できるとは限りません。株式会社が株主へ金銭等を分配するときは、会社法上の分配可能額の範囲内で行う必要があります。会社法第461条では、剰余金の配当や自己株式の取得などにより株主へ交付する金銭等の帳簿価額の総額が、その効力発生日における分配可能額を超えてはならないとされています。
さらに、会社法上は配当できるとしても、それだけで十分というわけではありません。あわせて、次のような点を確認しておく必要があります。
- 対象会社の資金繰りに余裕があるか
- 配当後も運転資金が足りるか
- 既存借入契約に配当制限がないか
- 買収ファイナンスのローン契約で制限されていないか
- 税務上の影響はどうなるか
- 少数株主がいる場合、配当方針をどう考えるか
- 買収後の投資計画との整合性はあるか
対象会社からの配当を返済原資として説明する場合、「利益があるから配当できる」という単純な説明では足りません。分配可能額、資金繰り、契約上の制限、税務、そして対象会社の成長投資余力をあわせて確認していく必要があります。
グループ内の資金移動は簡単ではない
買収後、対象会社の現金を買主側へ移す方法としては、配当のほかにも、グループ内貸付、経営指導料、ロイヤルティ、業務委託料、合併、会社分割などが検討されることがあります。
ただし、これらはいずれも慎重に扱うべきものです。次のような点に注意が必要です。
- 実態のない経営指導料を設定していないか
- 税務上、適正な対価といえるか
- 対象会社の少数株主や債権者の利益を害しないか
- 既存借入契約や買収ファイナンス契約に違反しないか
- 対象会社の資金繰りを不当に圧迫しないか
- グループ内取引が、将来の金融機関への説明に耐えうるか
買収ファイナンスでは、対象会社グループのキャッシュ・フローが借入人や保証人の外へ流出することを防ぐため、インターカンパニー・ローンの制限、関係会社間取引の制限、預金口座開設の制限などが設けられることがあります。
対象会社のキャッシュ・フローを返済原資にする場合、「対象会社が稼いでいるから返せる」というだけでは不十分です。対象会社が稼いだ現金を、どの法人から、どの法人へ、どの根拠で、どのタイミングで移すのか。そこまで説明できる必要があります。
DSCRで返済余力を見る
M&Aファイナンスでは、返済余力を確認する指標としてDSCRが使われることがあります。
DSCRはDebt Service Coverage Ratioの略で、元利金の返済に充てられるキャッシュ・フローが、返済すべき元利金に対してどれだけ余裕があるかを示す指標です。基本的な考え方は、次のとおりです。
DSCR = 返済に使えるフリー・キャッシュ・フロー ÷ 元利金返済額
DSCRが高いほど返済余力があると考えられ、反対に低い場合には、計画どおりに返済するための余裕が乏しいことを意味します。
買収ファイナンスの実務でも、DSCRは、ローンの元利金返済に充てられるキャッシュ・フローが、その年に支払うべきローン元利金に対してどの程度余裕があるかを示す財務指標として整理されます。ここでいうフリー・キャッシュ・フローは、事業継続に必要な運転資本と設備投資を再投資した後に残る余剰資金を意味します。
ただし、DSCRも万能ではありません。次のような点には注意が必要です。
- 計算に使うキャッシュ・フローが楽観的すぎないか
- 設備投資を過小に見積もっていないか
- 運転資金の増加を織り込んでいるか
- 税金を織り込んでいるか
- 買収後の一時費用を除外しすぎていないか
- 返済初期の資金繰りを確認しているか
- 対象会社の現金を返済に使える、法的・契約的な経路があるか
DSCRは、返済可能性を説明するための有用な指標です。しかし、前提となるキャッシュ・フローの質が低ければ、DSCRの数字だけがよく見えても意味がありません。
金融機関は「事業性」と「返済可能性」を見る
金融機関に対して返済原資を説明する際には、単に数字を並べるだけでは足りません。
金融機関は、債務者評価、案件事情、資金使途、融資形態、返済原資、保全、他行の状況、資金調達余力などを踏まえて融資判断を行います。
また、金融庁は、地域金融機関に対し、地域企業の真の経営課題を把握したうえで、資金使途に応じた適切なファイナンスや経営支援を組織的・継続的に実施することを求めています。金融仲介の取組状況を評価するKPIにおいても、担保・保証に過度に依存せず、中小企業・小規模事業者の事業性評価や生産性向上に向けた経営支援に取り組む方向性が示されています。
出典:金融庁|金融仲介の取組状況を客観的に評価できる指標群(KPI)について
さらに、金融仲介機能に関する直近のプログレスレポートでも、事業性融資の審査においては、事業の実態や将来性を踏まえたうえで、事業キャッシュ・フローによる返済可能性を検証することが重要とされています。
こうした流れを踏まえると、買収資金の融資を相談する際には、次のような説明が必要になります。
- 対象会社の事業は、なぜ買収後も継続してキャッシュ・フローを生むのか
- 過去のキャッシュ・フローは、どの程度再現性があるのか
- 買収後の運転資金や設備投資を織り込んでも返済できるのか
- シナジーを織り込まなくても、最低限の返済はできるのか
- 買収後、誰がどのように対象会社の資金繰りを管理するのか
- 対象会社から買主側へ資金を移す経路は、説明できるのか
- 下振れした場合、どのような対応余地があるのか
金融機関対応は、融資を引き出すためのテクニックではありません。第三者に説明できる返済原資を、数字と事業理解にもとづいて整理していく作業です。
返済原資として見るべき主な確認項目
対象会社のキャッシュ・フローを返済原資として見る場合、少なくとも次の項目を確認します。
1. 過去の営業キャッシュ・フロー
対象会社が過去にどれだけ本業から現金を生み出していたかを見ます。
単年度ではなく、複数期間で見ることが重要です。単発の大型案件、一時的なコスト削減、補助金、資産売却益、役員報酬の過少計上などにより、一時的によく見えていないかを確認します。
2. 正常収益力
対象会社の利益が、買収後も継続する実力なのかを確認します。次のような視点で見ていきます。
- オーナー経営者の特殊な営業力に依存していないか
- 親族や関係会社との取引条件が、通常と異なっていないか
- 買収後に退任する役員の報酬を調整すると、利益はどうなるか
- 人件費や外注費は適正な水準か
- 必要な修繕費や広告費を先送りしていないか
正常収益力を見誤ると、返済原資の前提そのものが崩れます。
3. 運転資金の構造
売上が増えるほど資金が必要になる会社なのか、それとも売上が増えても資金が残りやすい会社なのかを確認します。
売掛金、在庫、買掛金の動きは、業種や取引条件によって大きく異なります。M&A後に売上を伸ばす計画を立てる場合は、売上増加に伴う追加運転資金も同時に見込んでおく必要があります。
4. 設備投資・維持更新投資
過去の設備投資が少ない会社では、買収後に更新投資が集中することがあります。
買収前の利益が高く見えていても、それが必要投資を先送りした結果であれば、そのまま返済原資として見ることはできません。設備の年齢、修繕履歴、今後の更新予定、法令対応、安全対策、IT投資を確認します。
5. 税金・社会保険・未払債務
税金や社会保険料の未払がある場合、それは将来のキャッシュ・アウトです。
未払税金、未払消費税、未払社会保険料、未払賞与、未払退職金、未払残業代、役員借入金などは、返済原資の見積りに影響します。
6. 既存借入と返済予定
対象会社の既存借入について、金融機関別、借入目的別、返済期間別、担保・保証別に整理します。あわせて、次の点を確認します。
- 買収後も残る返済なのか
- クロージング時に返済するのか
- 買収借入に借換えるのか
- 代表者保証をどう扱うのか
- 担保余力はあるのか
ここが曖昧なままでは、買収後の返済負担を正しく把握できません。
7. 配当・資金移動の実行可能性
対象会社で現金が生じても、それを買主側の借入返済に使えるとは限りません。
配当可能額、既存借入契約、少数株主、税務、会社法、資金繰り、金融機関との合意を確認します。
8. 下振れ時の耐久力
返済原資を見るときは、計画どおりに進む場合だけでなく、下振れした場合も確認します。たとえば、次のような状況です。
- 売上が伸びない
- 粗利率が下がる
- 回収が遅れる
- 設備投資が増える
- 主要取引先を失う
- シナジーが遅れる
- 人材採用コストが増える
こうした場合でも、資金繰りと返済が維持できるかを確認します。
返済原資の説明が弱い買収案件の特徴
次のような案件では、金融機関への説明が難しくなりやすい傾向があります。
- 対象会社の利益は出ているが、営業キャッシュ・フローが弱い
- EBITDAを返済原資として説明しているが、設備投資や税金を差し引いていない
- 対象会社の資金を買主側の借入返済に使う経路が整理されていない
- 買収後の運転資金が見込まれていない
- 既存借入や保証の扱いが未整理である
- シナジーが実現しないと、返済計画が成り立たない
- 事業計画の売上成長が楽観的で、根拠が弱い
- 買収後の管理体制が不十分で、月次でキャッシュ・フローを追えない
- 自己資金を使い切り、予備資金が残らない
- 金融機関向け資料では返済可能に見えるが、実際の資金繰り表では余裕がない
特に注意したいのは、金融機関向けの見栄えを意識して、返済計画を逆算で作ってしまうことです。
中小企業の資金繰り実務では、債務償還年数などの金融機関目線を意識するあまり、現実の売上や資金繰りと乖離した計画が作られてしまうことがあります。売上計画が未達になると、黒字の計画が崩れ、資金繰りも一気に悪化します。
M&Aファイナンスでも、これは同じです。借入額を成立させるために返済原資を作るのではなく、現実の返済原資から借入可能額を考える、という順序が大切です。
買収後のキャッシュ・フローをどう金融機関に説明するか
金融機関に説明する際には、次の順番で整理すると伝わりやすくなります。
1. 買収目的を説明する
まず、なぜその会社を買収するのかを説明します。
返済原資の説明は、単なる数字ではありません。買収目的と事業上の合理性があって初めて、数字に説得力が出ます。
2. 対象会社の事業理解を示す
対象会社がどのように売上を立て、どのように利益を出し、どのタイミングで現金を回収するのかを説明します。
金融機関は、買主が対象会社の事業と資金繰りをどこまで理解しているかを見ています。
3. 過去実績を正常化する
過去の損益、営業キャッシュ・フロー、運転資金、設備投資、税金、既存借入返済を整理します。
一時的な要因やオーナー関連取引があれば調整し、買収後も再現可能なキャッシュ・フローを示します。
4. 買収後の資金繰りを示す
買収後の売上、粗利、固定費、税金、運転資金、設備投資、返済スケジュールを、資金繰りとして示します。
損益計画だけでは足りません。月次、少なくとも四半期単位で、資金が不足しないかを確認します。
5. 返済原資と返済スケジュールを対応させる
どのキャッシュ・フローで、どの借入を、いつ返済するのかを示します。あわせて、次の点を確認します。
- 返済初期に余裕があるか
- 繁忙期・閑散期に資金が足りるか
- 設備投資の時期と返済の時期が重ならないか
- 税金支払いの時期と返済の時期が重ならないか
この対応関係が重要です。
6. 下振れ時の対応を示す
計画どおりに進まなかった場合の対応策も説明します。
予備資金、追加借入余力、投資時期の調整、役員報酬の調整、コスト削減、リファイナンスの余地、売主条件の変更など、現実的な対応可能性を整理します。
返済原資が不足する場合の選択肢
対象会社のキャッシュ・フローを検討した結果、返済原資が十分でない場合もあります。
そのときは、「融資が難しい」で終わらせるのではなく、買収条件や資金調達構造を見直します。主な選択肢は、次のとおりです。
- 買収価格を見直す
- 自己資金の投入額を増やす
- 借入額を減らす
- 返済期間や据置期間を見直す
- 売主の分割払いを検討する
- アーンアウトを検討する
- メザニンやエクイティを組み合わせる
- 買収後の追加投資時期を調整する
- 既存借入の借換え条件を見直す
- 買収自体を一時停止する
- 撤退判断を行う
重要なのは、返済原資が弱いまま、借入だけで解決しようとしないことです。
返済原資に対して借入額が過大であれば、買収後の経営自由度が失われます。追加投資もできなくなり、金融機関への報告も苦しくなります。
M&Aを前向きに進めるためにこそ、返済原資に合わせた資金調達構造を設計する必要があります。
対象会社のキャッシュ・フローを見るときの実務資料
返済原資を検討するためには、少なくとも次の資料を確認しておきたいところです。
- 決算書
- 勘定科目内訳書
- 税務申告書
- 月次試算表
- 資金繰り表
- 借入金明細
- 返済予定表
- 担保・保証一覧
- 売掛金・買掛金・在庫の明細
- 主要取引先別の売上・粗利
- 設備投資履歴と今後の更新予定
- 役員報酬、役員貸付金・借入金の明細
- 税金・社会保険料の納付状況
- 賃貸借契約、リース契約、重要契約
- 買収後の事業計画
- 買収資金の調達案
これらの資料がすべて揃わない場合でも、入手できる資料から仮説を立て、不足している資料を明確にし、判断できる範囲と判断できない範囲を分けておくことが大切です。
資料が不足している会社ほど、返済原資の見極めは慎重に行う必要があります。
返済原資を見ることは、買収判断そのものを見直すことでもある
対象会社のキャッシュ・フローを返済原資として見る作業は、単なる融資審査への対応ではありません。それは、買収そのものが財務的に成立するかを確認する作業でもあります。
確認すべきは、次のような問いです。
- 対象会社は、本当に買収後も現金を生み出すのか
- 買収価格は、そのキャッシュ・フローに対して高すぎないか
- 借入額は、返済原資に対して過大ではないか
- 自己資金を使った後も、既存事業の資金繰りは守れるか
- 買収後に必要な追加投資を行えるか
- 対象会社から買主側へ資金を移す経路はあるか
- 金融機関、株主、社内関係者に説明できるか
これらを確認していくと、買収条件を見直すべきか、資金調達構造を変えるべきか、買収後の計画を修正すべきか、あるいはいったん立ち止まるべきかが見えてきます。
M&Aファイナンスでは、「買えるか」よりも「買った後も返せるか」が重要です。そして「返せるか」を判断するためには、対象会社の利益ではなく、返済に使えるキャッシュ・フローを見る必要があります。
まとめ:返済原資は、利益ではなく「使える現金」で見る
対象会社が黒字であることは、M&Aファイナンスにおいて重要です。しかし、黒字であることと、買収借入を返済できることは、同じではありません。
返済原資として見るべきなのは、対象会社が本業から生み出す現金から、税金、運転資金、設備投資、既存債務の返済、必要な手元資金、買収後の追加投資を差し引いた後に残る現金です。さらに、その現金を買主側の返済に使える法的・契約的・実務的な経路があるかどうかも、あわせて確認しなければなりません。
返済原資を見極めることは、金融機関に説明するためだけの作業ではありません。買収価格、必要資金、借入額、資本構成、買収後の投資余力、金融機関対応を、一体として見直すための土台です。
対象会社の利益は出ているものの、返済原資としてどこまで見てよいか分からない場合。買収後の運転資金や設備投資を織り込むと、返済計画に不安がある場合。金融機関に説明できるキャッシュ・フロー計画を整理したい場合。こうしたときは、犬飼公認会計士・税理士事務所のお問い合わせページからご相談ください。買収を進める前の段階で、返済原資・借入余力・資本構成・買収後の資金繰りを整理しておくことで、条件を見直すべき点と、前向きに進められる点とを区別しやすくなります。
重要事項の振り返り
| 論点 | 重要な考え方 | 確認すべきポイント |
|---|---|---|
| 返済原資 | 借入の元利返済に充てられる現金 | 利益ではなく、返済に使えるキャッシュ・フローを見る |
| 営業キャッシュ・フロー | 本業から生じる現金 | 一時的要因、正常収益力、売掛金・在庫・買掛金の動きを確認する |
| 税金 | 返済前に発生する実際の資金流出 | 法人税等、消費税、過去の税務リスク、繰越欠損金の扱いを確認する |
| 運転資金 | 売上増加や取引条件により必要となる資金 | 売掛金、在庫、仕入債務、季節変動、追加運転資金を確認する |
| 設備投資 | 事業継続・成長のために必要な投資 | 維持更新投資、老朽設備、IT投資、買収後の追加投資を確認する |
| 既存債務 | 対象会社に残る借入や返済負担 | 借入明細、返済予定、担保、保証、借換えの要否を確認する |
| 配当可能性 | 対象会社の現金を買主側に移せるか | 分配可能額、契約制限、税務、資金繰り、少数株主を確認する |
| DSCR | 返済余力を示す指標 | 返済に使えるFCFと元利金返済額の関係を見る |
| 金融機関説明 | 融資判断に耐える説明 | 資金使途、返済原資、事業理解、下振れ時の対応を整理する |
| 判断の分岐 | 買収条件や調達構造の見直し | 価格見直し、借入額調整、売主条件、メザニン・エクイティ活用を検討する |