財務デューデリジェンス(財務DD)で損益計算書を確認すると、売上高、売上総利益、営業利益、EBITDAといった全社ベースの数字が見えてきます。
しかし、M&Aの実行を判断するうえで本当に知りたいのは、全社の売上や利益がいくらか、という一点だけではありません。
たとえば、どの事業や部門が利益を稼いでいるのか。どの顧客に依存しているのか。どの製品やサービスが利益を生んでいるのか。売上の増加は数量が増えた結果なのか、それとも単価が上がった結果なのか。粗利率の変化は、製品ミックスの変化によるものか、原価上昇によるものか、あるいは値引きによるものか。そして、買収後も同じ収益構造を維持できるのか。
こうした論点は、財務諸表の表面を眺めるだけではなかなか見えてきません。
財務DDの実務では、売上高や粗利益の分析を、製品別・顧客別・地域別、販売数量と単価、月次推移などに分解しながら、EBITDAやその他の損益項目がどのような要因で動いたのかを把握していきます。損益構造やトレンドの把握と、正常収益力の分析は、いわば表裏一体の関係にあるからです。
そのため、DDの依頼資料としても、主要得意先別の売上実績、セグメント別・製品群別・地域別・拠点別・得意先別に売上高や損益を確認できる資料、販売単価を「単価×数量」に分解した資料などが、重要な意味を持ちます。
本記事では、財務DDにおけるKPI、部門別損益、顧客別・製品別収益の見方を整理します。単なる分析項目の列挙ではなく、「買うべきか、条件を変えるべきか、契約で手当てすべきか、買収後に管理すべきか」という実行判断につなげる観点から、順に見ていきます。
財務DDでKPIを見る目的
KPIとは、事業を運営するうえで重要な指標を指します。
ただし、財務DDでKPIを見る目的は、対象会社が使っている管理指標をそのまま紹介することではありません。ここで重要なのは、そのKPIが財務数値をきちんと説明できているかどうかです。
たとえば売上が伸びているなら、顧客数が増えたのか、単価が上がったのか、取引頻度が増えたのか。粗利率が下がっているなら、原価率が上がったのか、値引きが増えたのか、低採算製品の構成比が増えたのか。人件費率が上がっているなら、採用が増えたのか、残業が増えたのか、それとも稼働率が下がったのか。解約率が上がっているなら、将来の売上にどの程度の影響が及ぶのか。受注残が増えているなら、それは売上化できる案件なのか、採算は確保できているのか。
KPIは、こうした財務数値の「理由」を探るための指標です。逆にいえば、KPIが財務諸表と結びつかない場合、そのKPIは買収判断には使いにくい資料ということになります。
たとえば、顧客数は増えているのに売上が伸びていないなら、顧客単価の低下や休眠顧客の増加が疑われます。売上は伸びているのに粗利が伸びていないなら、値引き、原価上昇、低採算製品へのシフト、外注依存の増加といった要因が考えられます。稼働率は高いのに利益が出ていないなら、価格設定、原価管理、間接費の配賦、歩留まり、外注費などを確認する必要があります。
財務DDで見るべきKPIは、見栄えのよい経営指標ではありません。損益、キャッシュ、運転資本、そして将来計画の妥当性を説明できる指標こそが、確認に値する指標です。
KPIを見る前に確認すべきこと
KPI分析では、いきなり指標の良し悪しを判断してはいけません。まず確認すべきは、そのKPIがどのように作られているか、という点です。
同じ「顧客数」でも、契約中の顧客数なのか、売上が発生した顧客数なのか、登録顧客数なのか、休眠顧客を含むのかによって、意味は大きく変わります。同じ「受注残」でも、契約済みの案件なのか、内示を含むのか、キャンセルの可能性があるのか、採算が確定しているのかによって、買収判断への使い方は変わってきます。同じ「稼働率」でも、人員ベースなのか、設備ベースなのか、売上可能時間ベースなのか、社内管理上の定義を確かめなければなりません。
KPI分析では、少なくとも次の点を確認します。
ひとつは、定義です。対象会社がその指標を何と定義しているかを確認します。名称が同じでも、会社によって集計の対象は異なります。
次に、データの出所です。会計システム、販売管理システム、在庫管理システム、CRM、Excel、現場での集計など、その数字がどこから作られているのかを確認します。
そして、会計数値との整合性です。顧客別売上や製品別売上の合計が会計上の売上高と一致するか。KPIの対象期間が会計期間と一致しているか。返品、値引、割戻、キャンセルがきちんと反映されているか。こうした点を照らし合わせます。
さらに、継続性も欠かせません。過年度から同じ定義で作られているか。途中でシステムや集計方法が変わっていないか。変更があるなら、その影響額を説明できるか。
最後に、経営での利用実態です。資料は作られているものの実際には使われていないのか。経営会議や部門会議で実際に確認されているのか。責任者がその数値の意味を自分の言葉で説明できるのか。
KPIは、数字そのものよりも、その数字が作られ、使われている仕組みのほうが重要です。この確認を怠ると、管理資料の体裁は整っていても、買収判断には使えない分析になってしまいます。
KPIは「財務数値への橋渡し」として使う
財務DDでは、KPIを独立した資料として眺めるのではなく、財務数値への橋渡しとして使います。
売上高であれば、KPIは次のような分解に使われます。
- 売上高 = 顧客数 × 顧客単価
- 売上高 = 販売数量 × 販売単価
- 売上高 = 契約件数 × 月額単価 × 継続月数
- 売上高 = 稼働時間 × 時間単価
- 売上高 = 受注件数 × 平均案件単価 × 売上化率
粗利であれば、次のような視点になります。
- 粗利 = 売上高 - 変動原価
- 粗利率 = 製品ミックス × 各製品の粗利率
- 粗利率 = 顧客別単価 - 顧客別対応コスト
- 粗利率 = 内製比率・外注比率・歩留まり・仕入条件の影響
販管費であれば、次のような見方になります。
- 人件費 = 人員数 × 平均単価
- 営業費 = 顧客数・案件数・拠点数との関係
- 管理費 = 部門数・拠点数・システム数との関係
- 外注費 = 内製能力・業務量・専門人材不足との関係
このように分解していくと、単に「売上が増えた」「利益率が下がった」という説明にとどまらず、「なぜそうなったのか」までを確認できます。
M&Aで重要なのは、過去の数字そのものではなく、買収後に再現できる収益力です。KPIは、過去の実績を将来の判断へつなぐための、いわば中間言語の役割を果たします。
部門別損益を見る意味
部門別損益は、会社全体の利益の内訳を把握するための資料です。
しかし財務DDでは、単に「どの部門が黒字で、どの部門が赤字か」を見るだけでは十分とはいえません。大切なのは、全社の利益がどの部門から生まれているのか、赤字部門が全社利益をどの程度圧迫しているのか、そして買収後にその部門構成を維持すべきなのかを判断することです。
会社全体では黒字でも、実際には一部の部門だけが利益を生み、他の部門が赤字を出している、ということは珍しくありません。逆に、ある部門が赤字に見えても、共通費の配賦方法によって赤字になっているだけで、直接の採算は悪くない、というケースもあります。
財務DDで部門別損益を見るときは、次のような観点が重要になります。
部門の区分が事業の実態に合っているか。会計上の部門コードと、経営管理上の部門区分は一致しているか。部門別売上は、外部売上と内部売上に分けられているか。共通費の配賦基準は合理的か。本社費、管理部門費、IT費用、人件費、賃料などが、どの部門に配賦されているか。部門間取引の価格は妥当か。赤字部門は一過性の要因によるものなのか、それとも構造的な赤字なのか。買収後に廃止・統合・縮小できる部門なのか。あるいは、買収目的にとって重要な部門なのか。
部門別損益は、正常収益力の分析にもつながっていきます。全社利益をそのまま見るのではなく、収益性の高い部門と低い部門、買収後に維持すべき部門と切り離しを検討すべき部門を整理することで、買収判断の精度は確実に高まります。
ただし、部門別損益をもとにした詳細な事業戦略の判断は、ビジネスDDの領域です。財務DDでは、財務数値としての採算性、共通費の配賦、買収後の管理可能性を中心に確認し、事業戦略上の評価はビジネスDDと接続したうえで判断します。
部門別損益で見落としやすい共通費
部門別損益でとりわけ注意したいもののひとつが、共通費です。
営業利益が高く見える部門でも、本社費、経理・人事・総務、IT、経営管理、物流、研究開発、品質管理といった共通費が十分に配賦されていない場合があります。
特に、カーブアウトや一部事業の譲受では注意が必要です。売主グループ内では当然のように利用していた管理部門、システム、ブランド、購買機能、資金調達機能、営業支援機能が、買収後には使えなくなることがあるからです。その場合、過去の部門別損益には、買収後に必要となるスタンドアロンコストが反映されていない可能性があります。
そのため財務DDでは、部門別損益に表示された利益をそのまま信じるのではなく、次のように見ていきます。
表示されている利益は、直接費だけを控除した利益なのか、それとも共通費を配賦したあとの利益なのか。買収後に追加で必要となる管理費用はないか。現状の配賦基準は、売上、人数、床面積、工数、利用実態などに照らして合理的か。配賦されていない費用があるなら、それを正常収益力にどう反映すべきか。
部門別損益は、見方を誤ると「儲かっている事業」に見えてしまいます。しかし、買収後に必要となる管理コストを反映すると、採算性が大きく変わることがあるのです。
顧客別収益を見る意味
顧客別収益を見る目的は、顧客ごとの売上規模を確認することだけではありません。
財務DDでは、顧客別に次のような点を確認します。売上の集中度、主要顧客への依存度、顧客別の粗利率、顧客別の取引条件、入金サイト、値引・割戻・返品、契約期間と解約可能性、買収による取引継続への影響、関連当事者やグループ会社との取引、そして滞留債権や回収リスク。
売上高が安定していても、少数の大口顧客に依存している場合は、買収後のリスクが高くなります。特定顧客との取引継続が不確実であれば、過去の売上はそのまま将来の収益力を示すものとはいえません。
また、顧客別の売上と顧客別の利益は、必ずしも一致しません。大口顧客ほど値引きが大きく、対応コストも重く、実際には低採算である、ということもあります。逆に小口顧客であっても、標準的な条件で継続的に購入しており、回収も安定しているなら、収益の質は高いといえます。
顧客別分析では、「売上の大きい顧客」ではなく、「買収後も利益とキャッシュを生む顧客」を見極めることが重要です。
顧客別分析は、契約と法務DDにも接続する
顧客別分析は、財務DDだけで完結するものではありません。
主要顧客との契約にチェンジ・オブ・コントロール条項がある場合、株主の変更によって契約の解除や承諾の取得が必要になることがあります。財務DDでは、売上依存度の高い顧客を特定したうえで、その顧客との契約継続の可能性を法務DDへつないでいく必要があります。
実務のうえでも、買収によって取引継続が難しくなる主要顧客の存在や、親会社向けの売上が高単価で維持される前提になっているといったケースは、重要なディール・イシューになり得ます。
たとえば、売上の大きい顧客が対象会社の親会社やグループ会社である場合、買収後も同じ価格・数量・条件で取引が続くとは限りません。グループからの離脱によって取引量が減少するのであれば、過去の売上や粗利を正常収益力としてそのまま使うことは、慎重に判断すべきです。
このような場合、財務DDでは顧客別の売上・粗利への影響額を整理し、法務DDでは契約上の継続可否や解除リスクを確認します。そして最終的には、価格条件、前提条件、表明保証、補償、クロージング前の対応へとつなげていきます。
製品別・サービス別収益を見る意味
製品別・サービス別の分析では、売上構成と粗利率の変化を確認します。
全社の売上が伸びていても、高採算の製品が減り、低採算の製品が増えているなら、将来の収益力はむしろ低下している可能性があります。逆に、売上全体は横ばいでも、高採算製品の構成比が増えていれば、利益構造は改善している可能性があります。
財務DDでは、製品別に売上高、販売数量、単価、粗利率、原価構成、値引、返品、保証費用、在庫回転、ライフサイクルを確認します。製品別の売上高・粗利益分析では、売上の増減の内容を製品別に見ながら、構成の変化や製品別の増減傾向を把握し、さらに売上の種類に応じた収益性、すなわち粗利率を分析していくことが重要になります。
ここでとりわけ注意したいのが、製品ミックスです。
全社の粗利率が低下している場合でも、すべての製品の採算が悪化しているとは限りません。高採算製品の売上構成比が下がり、低採算製品の構成比が上がっただけ、ということもあります。この場合、問題は原価管理ではなく、販売構成や営業戦略のほうにある可能性があります。
逆に、全社の粗利率が維持されていても、特定の製品の採算が急速に悪化している場合があります。全体の平均では見えない採算の悪化が、買収後に顕在化することもあるのです。
製品別分析では、売上だけでなく「後から発生する費用」も見る
製品別分析で見落としやすいのが、売上のあとに発生する費用です。
具体的には、返品、値引、販売奨励金、リベート、保証費用、クレーム対応費、アフターサービス費、リコール関連費用、廃棄損、不良在庫、陳腐化、保守・更新対応などが挙げられます。
製品別の粗利率が高く見えても、こうした後発の費用を考慮すると、実態としては低採算である、ということがあります。特に、保証やクレームの多い製品、返品率の高い製品、滞留在庫になりやすい製品は、売上時点の粗利だけで判断すると危険です。
そこで財務DDでは、製品別の売上・粗利に加えて、売上値引、売上割戻、返品、製品保証、クレーム、在庫評価、廃棄実績などを確認します。これらは、正常収益力、実態純資産、運転資本、偶発債務、買収後管理といった複数の論点にまたがってくるものです。
数量・単価分析で売上変動を分解する
売上高の増減は、数量と単価に分解して見る必要があります。
売上が増えている場合でも、数量が増えたのか、単価が上がったのかで、その意味は異なります。数量が増えているなら、需要の拡大、顧客の増加、シェアの拡大、販売チャネルの拡大が背景にあるかもしれません。単価が上がっているなら、価格改定、製品ミックスの改善、インフレの転嫁、高付加価値化が背景にあるかもしれません。
反対に、売上が減っている場合も、数量減なのか単価下落なのかで、打ち手は変わってきます。数量が減っているなら、顧客の離脱、需要の縮小、競争力の低下、供給能力の不足、解約の増加が疑われます。単価が下落しているなら、値引き、競争の激化、低価格品へのシフト、販売条件の変更が疑われます。
財務DDでは、数量と単価を分解することで、その売上変動が一過性のものなのか、構造的なものなのかを判断します。
特に事業計画では、数量の成長と単価の上昇が同時に織り込まれている場合があります。その場合は、過去の実績、受注の状況、価格改定の実績、顧客別の契約条件、そしてビジネスDDの市場見通しと照らし合わせながら、計画の前提が妥当かどうかを確かめる必要があります。
管理区分の整合性を確認する
KPI、部門別、顧客別、製品別の分析でもっとも重要なのは、管理区分の整合性です。
管理資料は、会計帳簿とは異なる目的で作られていることがあります。たとえば、営業部門の資料は受注ベースで作られ、会計は売上計上ベースで作られている。製品別売上は出荷ベースで集計され、会計上の売上は検収ベースで計上されている。顧客別売上には返品や値引きが反映されていない。部門別損益には共通費が配賦されていない。こうしたずれは、実務ではしばしば見られます。
そこで財務DDでは、次のような整合性を確認します。
管理資料の合計が、会計上の売上高・売上原価・粗利と一致するか。一致しないなら、その差異の内容を説明できるか。管理区分は、期間を通じて一貫しているか。年度の途中で部門区分、製品区分、顧客区分が変更されていないか。同じ顧客や製品が複数の区分にまたがっていないか。関係会社取引や内部取引が混ざっていないか。返品、値引、割戻、リベートがどこで反映されているか。そして、売上総額と純売上の違いが整理されているか。
管理区分が整理されていなければ、部門別・顧客別・製品別の分析は、かえって誤った判断を導きかねません。財務DDでは、管理資料をそのまま使うのではなく、会計数値との橋渡しを行ったうえで、分析に耐える資料かどうかを見極める必要があります。
収益認識との関係にも注意する
顧客別・製品別・期間別に売上を分析するときは、収益認識のタイミングにも注意が必要です。
営業資料の上では受注済みでも、会計上はまだ売上になっていない、ということがあります。出荷済みであっても、検収が完了していなければ、売上計上のタイミングは異なります。月額契約、保守契約、ライセンス、工事、役務提供、ロイヤルティなどでは、取引の形態によって売上の計上時期が変わってきます。
企業会計基準委員会(ASBJ)は、企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」および企業会計基準適用指針第30号を公表しており、2020年には改正後の基準等も公表されています。対象会社がどの基準・方針にもとづき、どの時点で収益を認識しているかは、顧客別・製品別・月次分析の前提になります。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」等の公表
出典:企業会計基準委員会|改正企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」等の公表
特に、管理資料と会計資料とで売上の計上時点が異なる場合には、KPIと財務数値を単純に比較してはいけません。財務DDでは、受注、出荷、検収、請求、入金、売上計上という一連の流れを確認したうえで、どの数字をどの目的に使うべきかを整理していきます。
上場会社と非上場会社で資料の見方は変わる
上場会社や有価証券報告書の提出会社では、公開情報からある程度の事業情報、セグメント情報、リスク情報、財務情報を確認できる場合があります。EDINETは、有価証券報告書等の開示書類について、提出から公衆縦覧までを電子化したシステムです。
ただし、公開情報があるとしても、それがM&Aの判断に必要な粒度を備えているとは限りません。セグメント情報は公表の単位が粗く、DDで見たい部門別・顧客別・製品別の採算までは分からないことがあります。また、公開情報は過去の制度開示であり、買収後の管理課題やクロージング時点の実態までを直接示すものではありません。
一方、非上場会社では公開情報が限られるため、管理資料、月次資料、販売管理資料、ヒアリング、税務申告書、契約書、銀行資料などの重要性が高くなります。その分、資料の定義、整合性、作成体制を、ひとつひとつ丁寧に確認していく必要があります。
KPI・部門別・顧客別・製品別分析を実行判断に変える
KPIや管理資料の分析は、報告書に表を載せるための作業ではありません。最終的には、M&Aの実行判断へと変換していく必要があります。
発見した事項は、少なくとも次のように整理します。
まず、正常収益力に反映すべきものです。低採算顧客への依存、製品ミックスの悪化、値引きの増加、オーナー依存による売上、関連当事者取引などは、買収後に再現できる利益を見直す要因になります。
次に、価格条件に反映すべきものです。主要顧客の離脱可能性、低採算部門の構造的な赤字、製品別の在庫リスク、将来の保証費用、追加の管理コストなどは、価格目線に影響します。
さらに、契約条件に反映すべきものです。主要顧客との契約継続、チェンジ・オブ・コントロール条項、関係会社取引の解消、未開示のクレーム・リコール、重要な管理資料の不整合などは、表明保証、補償、前提条件、クロージング前の対応へとつながっていきます。
そして、買収後の管理課題に反映すべきものです。部門別損益が作成できない、顧客別の採算が見えない、製品別の粗利が管理されていない、KPIと会計数値がつながらない。こうした状況であれば、買収後に管理体制を整える必要があります。
財務・税務DDで検出されたリスクについては、買収価格への反映、契約書上でのリスク限定、ストラクチャーの変更、買収の中止といった対応が考えられます。定量化が可能で顕在化の可能性が高いものは価格調整へ、定性的なものはリスク金額の試算や表明保証条項への反映を検討していくことになります。
また、中小M&Aガイドラインでも、DDは財務・法務・ビジネス・税務等の実態を調査し、譲渡対価の精査やM&A実行の可否、最終契約条件の調整、M&A成立後のトラブル防止、PMIに資する情報の取得に役立つ、重要なプロセスとして整理されています。
出典:中小企業庁|中小M&Aガイドライン(第3版)―第三者への円滑な事業引継ぎに向けて―
KPIや管理資料の分析も、こうした実行判断への変換まで行って、はじめて意味を持ちます。
買主が確認すべき実務上の問い
財務DDでKPI・部門別・顧客別・製品別の資料を見るときには、次のような問いを手元に置いておくと、判断に使いやすくなります。
- このKPIは、どの財務数値を説明するための指標か。
- KPIの定義は明確か。過年度から同じ定義で作成されているか。
- KPIの出所は、会計システムか、業務システムか、Excelか。
- KPIと売上・粗利・費用・キャッシュは、きちんとつながっているか。
- 部門別損益の合計は、全社損益と一致するか。
- 共通費は合理的に配賦されているか。
- 買収後に追加で必要となる管理費やスタンドアロンコストはないか。
- 主要顧客への売上・粗利の依存はどの程度か。
- 主要顧客との契約は、買収後も継続するか。
- 製品別の粗利率は安定しているか。製品ミックスの変化はないか。
- 数量増と単価上昇を、分けて説明できるか。
- 返品、値引、割戻、保証、クレーム、在庫評価は反映されているか。
- 管理資料の不整合は、単なる作成ミスか、それとも管理体制上の問題か。
- 発見した事項は、価格、契約、クロージング前対応、買収後管理のどこに反映すべきか。
これらの問いに答えられない場合、KPIや管理資料をそのまま買収判断に使うことは、慎重に考えるべきです。
まとめ|財務諸表の外側に、収益構造の本質がある
財務DDでは、決算書や試算表の数字を確認するだけでは十分とはいえません。
全社の売上や利益は、あくまで対象会社の「結果」を示すものです。M&Aで重要なのは、その結果が、どの部門、どの顧客、どの製品、どのKPIから生まれているのかを理解することにあります。
KPIは、財務数値の理由を説明するために使います。部門別損益は、会社全体では見えない採算構造を把握するために使います。顧客別収益は、売上の集中度、継続可能性、取引条件、回収リスクを確認するために使います。製品別収益は、製品ミックス、粗利率、在庫、返品、保証費用、将来の採算を確認するために使います。
ただし、管理資料は万能ではありません。会計帳簿との整合性、定義の一貫性、作成体制、利用の実態を確認しなければ、かえって誤った判断につながってしまいます。
財務DDで目指すべきなのは、資料を多く集めることではありません。収益構造を分解し、再現できる利益を見極め、発見した事項を価格・契約・買収後管理へとつないでいくことです。
KPI・部門別・顧客別・製品別の分析は、財務諸表だけでは見えない対象会社の実態を、実行判断に使える形へと変えていく、重要なプロセスなのです。
KPIや管理資料の読み方に不安がある場合
対象会社から部門別損益、顧客別売上、製品別粗利、KPI資料は開示されているものの、それらが会計数値とどうつながっているのか分からない。売上は伸びているが、どの顧客・製品・部門が利益を支えているのか整理できていない。管理資料を、買収価格、契約条件、買収後の管理課題にどう反映すべきか判断したい。
このような段階では、財務DDの視点から、管理資料の信頼性と収益構造を早めに整理しておくことが大切です。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&Aの検討段階における財務・税務DD、KPI・部門別・顧客別・製品別資料の分析、正常収益力や買収判断に向けた論点整理について、ご相談をお受けしています。
対象会社の管理資料をそのまま受け入れるのではなく、後から説明できる判断材料として整理しておきたい、という場合は、お問い合わせページよりご相談ください。
参考情報・出典
- 出典:中小企業庁|中小M&Aガイドライン(第3版)―第三者への円滑な事業引継ぎに向けて―
- 出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」等の公表
- 出典:企業会計基準委員会|改正企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」等の公表
- 出典:金融庁|EDINETについて
本記事の振り返り
| 重要論点 | 財務DDで確認すべきこと | 実行判断へのつながり |
|---|---|---|
| KPI | 定義、出所、会計数値との整合性、継続性、経営での利用実態 | 売上・粗利・費用・キャッシュの変動要因を説明できるかを判断する |
| 部門別損益 | 部門区分、共通費配賦、内部取引、本社費、スタンドアロンコスト | 収益部門・赤字部門・買収後管理課題を把握し、正常収益力や価格に反映する |
| 顧客別収益 | 主要顧客依存、顧客別粗利、取引条件、契約継続、回収状況 | 顧客離脱リスク、価格条件、表明保証、法務DDへの接続に影響する |
| 製品別収益 | 製品ミックス、粗利率、数量・単価、返品、保証、在庫リスク | 見かけの売上成長と実態の採算性を切り分ける |
| 数量・単価分析 | 売上変動が数量要因か単価要因かを分解する | 成長の再現性、価格改定余地、事業計画の妥当性を判断する |
| 管理区分の整合性 | 管理資料の合計が会計帳簿と一致するか、差異を説明できるか | 管理資料を買収判断に使えるか、追加確認が必要かを判断する |
| 他DDとの接続 | 顧客契約、COC条項、労務、IT、事業性、税務論点との関係 | 財務DDだけで判断せず、総合DDとして価格・契約・買収後管理に反映する |
| 買収後管理 | 買収後も同じ粒度でKPI・部門別・顧客別・製品別管理ができるか | PMI詳細論点に接続しつつ、DD段階で管理上の優先課題を把握する |