IPO準備に必要な社内体制|経営者・CFO・経理・法務・人事の役割

IPO準備は、管理部門が主幹事証券会社や監査法人から依頼された資料を集めるだけの作業ではありません。

上場を目指す会社は、事業成長、資本政策、会計監査、内部統制、ガバナンス、労務・法務・税務、そして開示やIRまで、そのすべてを資本市場に説明できる水準へ引き上げていく必要があります。これを実現するには、経営者、CFO、経理、経営企画、法務、人事、内部監査、情報システム、そして現場部門が、それぞれの役割を理解し、同じ目的に向かって動く社内体制が欠かせません。

東京証券取引所も、上場準備にあたっては証券会社や監査法人といった関係者の助言を受けながら社内体制を整えること、そして上場申請までに申請直前2期間分の監査証明が必要になる点に留意すべきことを示しています。あわせて、主幹事証券会社は上場申請の準備段階で、資本政策や社内体制整備への助言、上場手続のサポート、引受審査などを担うとされています。

出典:日本取引所グループ|上場スケジュール
出典:日本取引所グループ|上場関係者と役割

ここで本当に大切なのは、「誰がIPO担当者になるか」ではありません。

会社として、誰が何を判断し、誰が数字を作り、誰がリスクを把握し、誰が社内を動かし、誰が投資家・監査法人・主幹事証券会社に説明するのか。その責任構造をはっきりさせることです。

目次

IPO準備は「CFOプロジェクト」ではなく「経営全体のプロジェクト」である

IPO準備がうまく進まない会社では、しばしば次のような状態が見られます。

経営者は「IPOはCFOに任せている」と考えている。CFOは「経理が数字を締めればよい」と考えている。経理は「監査法人対応で手一杯だ」と感じている。法務は「契約書のレビューを頼まれたときだけ対応すればよい」と考えている。人事は「労務監査は上場直前にまとめて確認すればよい」と考えている。そして現場部門は「IPO準備は管理部門の仕事だ」と考えている。

このような状態では、上場準備は進んでいるように見えても、実際には社内が分断されています。

たとえば、売上の成長ストーリーを描くのは事業部門ですが、その売上が会計上いつ認識されるかを判断するのは経理です。事業計画の人員計画を作るのは経営企画やCFOでも、採用の可能性や労務リスクを確認するのは人事です。資金使途を整理するのはCFOですが、設備投資、研究開発、人材採用、広告宣伝が本当に実行できるかは現場部門の責任になります。契約、許認可、個人情報、知的財産、関連当事者取引を法務が見ていなければ、事業計画やリスク情報の前提そのものが崩れてしまいます。

実務では、主幹事証券会社、監査法人、そして会社側の経営者・IPOプロジェクトリーダー・管理部門担当者が集まってキックオフを行い、ショートレビューの指摘事項や懸念事項、今後のスケジュールを共有する場面があります。ところが、その後の実行段階で社内の役割分担が曖昧なままだと、課題管理表ばかりが膨らみ、実態の改善が追いつかなくなります。

IPO準備は、CFOが一人で背負うものでも、経理が監査法人対応として処理するものでもありません。

経営全体のプロジェクトとして設計しなければ、資本市場に耐えられる会社にはならないのです。

社内体制づくりで最初に決めるべきこと

IPO準備の社内体制を考えるとき、いきなり組織図を描く必要はありません。

まず決めておくべきことは、次の三つです。

決めるべきこと実務上の意味
最終責任者IPOを経営判断として誰が最終責任を持つか
プロジェクト責任者論点・スケジュール・関係者を誰が横断して管理するか
論点オーナー会計、資本政策、内部統制、労務、法務、税務、開示などを誰が主担当として持つか

この三つを曖昧にしたままプロジェクトを始めると、主幹事証券会社や監査法人からの指摘に対して、社内で責任の押し付け合いが起きてしまいます。

「それは経理ではなく法務の論点です」「労務監査は人事が対応しています」「現場から資料が出てきません」「経営者の確認が必要ですが、まだ時間が取れていません」——こうしたやり取りは、IPO準備の現場では決して珍しくありません。けれども外部の関係者から見れば、これは単なる社内事情ではなく、管理体制の未成熟さとして映ります。

社内体制づくりの出発点は、担当者を増やすことではなく、責任の所在を明確にすることにあります。

経営者の役割|IPOを「会社の変革」として主導する

IPO準備における経営者の役割は、単に上場方針を承認することではありません。

経営者は、IPOをなぜ目指すのか、どの市場の投資家に何を説明するのか、調達した資金をどの成長投資に使うのか、そして上場後にどのような会社として評価されたいのかを、自らの言葉で示す必要があります。

IPOの本質を、投資家に対する自社株式のマーケティングと捉えるなら、経営者自身が会社の魅力、成長の源泉、そして成長を阻害する要因を理解し、重要な意思決定を行うことが欠かせません。

経営者が担うべき役割は、少なくとも次のとおりです。

領域経営者が担うべき役割
IPO目的資金調達、信用力、人材採用、組織化、株主構成などを踏まえ、上場の目的を明確にする
成長ストーリー事業の魅力、競争優位、収益構造、KPI、投資方針を説明する
資本政策創業者、VC、役職員、将来株主の利害を踏まえ、希薄化や支配権を判断する
組織変革属人的な経営から、会議体・権限・規程・内部統制による運営へ移行させる
リスク対応労務、法務、税務、コンプライアンス、不正リスクを隠さず是正する姿勢を示す
外部対応主幹事証券会社、監査法人、取引所、投資家に対して会社を代表して説明する

経営者が最も避けたいのは、「IPO実務はよく分からないのでCFOに任せている」という姿勢です。

もちろん、経営者が会計基準や内部統制文書の細部まですべて理解する必要はありません。しかし、事業計画の前提、業績が未達となったときの打ち手、主要なリスク、資本政策の考え方、ガバナンスの整備方針について、経営者自身が説明できない状態では、上場後の投資家対応にも耐えられません。

IPO準備とは、経営者が会社の説明責任を引き受けていく過程でもあります。

その意味で、経営者はスポンサーではなく、プロジェクトの実質的なオーナーなのです。

CFOの役割|数字・資本政策・外部関係者を接続する

IPO準備においてCFOは、単なる財務責任者ではありません。

事業計画、資金繰り、資本政策、月次決算、予実管理、監査法人対応、主幹事証券会社対応、開示準備、投資家説明——これらを横断してつなぐ、中核の機能を担います。

ただし、ここでいうCFOは「経理に詳しい人」だけを指すわけではありません。IPOプロジェクトを動かすCFOには、会社のビジネス、経営戦略、組織、人材、現場業務、そして資本市場の目線を理解し、経営者と管理部門と外部関係者をつなぐ力が求められます。IPOプロジェクトのリーダーは、会計や法務の知識だけでなく、企業の魅力や成長の源泉、成長を阻害する要因を理解し、重要な意思決定を支えられる人材であることが大切です。

CFOが担うべき役割は、次のように整理できます。

領域CFOの役割
事業計画売上、利益、人員、投資、資金繰りを一体で設計する
資本政策株主構成、調達ラウンド、SO、公募・売出し、希薄化を管理する
予実管理月次で計画の進捗を把握し、差異の原因と改善策を経営会議に上げる
監査対応会計方針、監査論点、監査法人の指摘事項を整理し、経理と連携する
主幹事対応審査質問、資料提出、内部管理体制の改善、資本政策協議を統括する
開示準備Iの部、有価証券届出書、リスク情報、成長可能性資料の整合性を確認する
社内調整経理、経営企画、法務、人事、現場部門を横断して論点を管理する

CFOが弱い会社では、IPO準備は二つの方向に崩れていきます。

一つは、経理実務に偏りすぎるパターンです。監査対応や決算資料は進んでいるものの、成長ストーリー、KPI、資本政策、投資家説明が弱くなってしまいます。

もう一つは、資金調達や投資家対応に偏りすぎるパターンです。魅力的なストーリーは語れても、月次決算、会計方針、内部統制、労務・法務リスクが追いつかず、審査や監査で足元をすくわれます。

CFOの仕事は、攻めと守りを切り分けることではありません。成長戦略を数字で説明し、その数字が監査・開示・内部統制に耐えられる状態を作ること。それがCFOの役割です。

経理の役割|記帳部門から「数字の信頼性」を支える中核へ

IPO準備では、経理部門の役割が大きく変わります。

未上場の段階では、税務申告や年次決算が中心で、月次決算も経営者向けの管理資料に近い位置づけで運用している会社が少なくありません。しかしIPO準備に入ると、経理は記帳・支払・請求管理だけの部門ではなくなります。

月次決算、会計方針、監査対応、開示の基礎資料、予実管理、内部統制、連結決算、会計上の見積り。これらを支える中核の部門へと変わっていきます。

そもそも月次決算は、毎月の営業成績や財政状態を明らかにし、経営者が数字から会社の現状を把握し、月次予算との対比から次の打ち手を見つけるための仕組みです。IPO準備では、この月次決算が、経営判断、資金繰り、監査対応、予実管理、投資家説明のすべての土台になります。

経理が担うべき役割は、次のとおりです。

領域経理の役割
月次決算売上、原価、経費、引当、減価償却、未払計上を適時・正確に締める
会計方針収益認識、見積り、減損、引当金、税効果、連結範囲を整理する
監査対応監査資料、リードシート、証憑、質問回答、修正事項の管理を行う
決算早期化属人化を排除し、最終成果物から逆算して決算プロセスを設計する
開示基礎資料Iの部、有価証券届出書、有価証券報告書、決算短信の基礎資料を整える
内部統制決算・財務報告プロセスの統制、承認、証跡、職務分掌を整備する

とりわけ重要なのは、経理部門が「枝を見る視点」から「森を見る視点」へと変わることです。決算早期化を実現している会社では、経理担当者の全員が有価証券報告書や決算短信といった最終成果物を把握し、そこから逆算して決算・開示業務を組み立てています。反対に、単体決算、連結決算、開示業務が縦割りになると、手待ち、手戻り、重複が生まれ、決算の工数はかえって増えてしまいます。

IPO準備における経理は、単に数字を作る部門ではありません。投資家に説明できる数字を、毎月、途切れることなく作り続ける部門なのです。

経営企画の役割|事業計画とKPIを経営管理に落とし込む

IPO準備では、経営企画の役割も重要になります。

事業計画は、単なる売上・利益の予測ではありません。事業を通じて達成したい定性的・定量的な目標に対して、どのような経営資源や事業施策が必要かという仮説を立て、その目標達成と仮説検証の方法・手順・指標まで定めるものです。

経営企画が担うべき役割は、次のとおりです。

領域経営企画の役割
中期計画市場環境、競争優位、事業戦略、収益構造を整理する
KPI設計成長ドライバーを数値化し、財務数値との関係を明確にする
予算策定売上、利益、人員、投資、資金繰りを部門別に設計する
予実管理月次で差異分析を行い、経営会議・取締役会に報告する
資金使途IPO時の調達資金を成長投資に結びつけて説明する
成長可能性資料投資家に説明するビジネスモデル、市場、競争力、リスク、進捗を整理する

グロース市場を目指す会社では、成長可能性の説明は上場時で終わるものではありません。グロース市場の上場会社には、「事業計画及び成長可能性に関する事項」について、新規上場日の開示に加え、少なくとも1事業年度に1回以上、進捗状況を反映した最新の内容で開示することが求められます。

出典:日本取引所グループ|事業計画及び成長可能性に関する事項の開示

したがって経営企画は、「IPO審査用の事業計画」を作るのではなく、上場後も説明し続けられる経営管理の仕組みそのものを作る必要があります。

計画は、作ることよりも、毎月検証することのほうが難しいものです。経営企画は、その検証の仕組みを担う部門だといえます。

法務の役割|契約・許認可・知財・情報管理を事業継続リスクとして見る

IPO準備における法務の役割は、契約書のチェックにとどまりません。

上場審査や投資家説明の場面では、会社の事業が法的に継続できるか、主要な契約に重大なリスクがないか、許認可が維持されているか、知的財産が適切に帰属しているか、個人情報や秘密情報が管理されているか、関連当事者取引や利益相反が適切に処理されているか——こうした点が問われます。

法務デュー・ディリジェンスは、一般に、事業や資産、法人などの法的な問題点・リスクを調査・分析するプロセスであり、M&Aだけでなく、IPOを含むエクイティ・ファイナンスの引受審査などでも行われます。

法務が担うべき役割は、次のとおりです。

領域法務の役割
契約管理重要契約、解約条項、Change of Control条項、独占契約、競業避止等を確認する
許認可事業継続に必要な許認可、届出、更新期限、名義、要件充足を確認する
知的財産特許、商標、著作権、ソフトウェア、職務発明、外部委託成果物の帰属を整理する
関連当事者役員、株主、親族、関係会社との取引を把握し、承認・開示・解消方針を整理する
コンプライアンス反社排除、個人情報、下請法、景表法、業法、海外規制等のリスクを確認する
開示連携リスク情報、訴訟、規制変更、契約依存度を開示資料へ反映する

法務リスクやコンプライアンスリスクは、法務部門のなかだけに存在するわけではありません。財務、経理、人事、生産、流通など、会社のあらゆる部門に潜んでいます。制度や文書を整備するだけでは真のコンプライアンスは達成できず、不都合な情報こそ、経営陣に正確かつ迅速に共有される仕組みが重要になります。

IPO準備で法務が弱い会社は、上場の直前になって「実は重要契約に解約リスクがある」「許認可の名義が適切でない」「外部委託先との知財帰属が曖昧だ」「関連当事者取引が残っている」といった問題が表面化しやすくなります。

法務は、事業のブレーキ役ではありません。事業の成長を、投資家に説明できるリスク管理のもとで継続させる役割を担っています。

人事の役割|採用・労務・報酬制度を上場会社水準へ引き上げる

IPO準備における人事の役割は、採用や給与計算だけではありません。

成長戦略を実行するには、人員計画、採用計画、評価制度、報酬制度、労務管理、社会保険、労働時間管理、ハラスメント対応、内部通報、ストック・オプションなど、整えるべき領域が幅広く存在します。

なかでも労務リスクは、IPO準備で見落とされやすい領域です。労務監査は法律上当然に義務付けられているものではありませんが、主幹事証券会社や監査法人がIPO準備会社に対して、社会保険労務士による労務監査を受けるよう進言し、その結果として実施されるケースが多いとされています。

人事が担うべき役割は、次のとおりです。

領域人事の役割
人員計画事業計画と連動した採用人数、職種、時期、採用コストを設計する
労働時間管理勤怠、残業、36協定、管理監督者性、裁量労働制等を確認する
未払賃金リスク未払残業、固定残業代、休日労働、深夜労働のリスクを把握する
社会保険加入状況、資格取得、扶養、業務委託との区分を確認する
規程整備就業規則、賃金規程、育児介護、ハラスメント、内部通報等を整える
報酬制度役員報酬、従業員報酬、SO、株式報酬と資本政策の整合性を確認する
組織開発管理職育成、権限委譲、評価制度、コンプライアンス教育を進める

IPO準備では、採用計画が事業計画を支える一方で、人件費が利益計画や資金繰りに大きく影響します。採用が遅れれば売上計画は未達となり、逆に採用を急げば人件費が先行します。さらに労務リスクが発覚すれば、引当金、偶発債務、リスク情報、審査スケジュールにまで影響が及びます。

人事は、単に人を採る部門ではありません。成長戦略を実行可能にし、上場会社としての労務コンプライアンスを支える部門です。

内部監査の役割|会社が自ら検証する機能を持つ

IPO準備が進むと、内部監査機能の整備が必要になります。

内部監査は、形式的に監査報告書を作る部門ではありません。会社の業務、リスク、内部統制、コンプライアンス、改善状況を、経営者や取締役会に報告するための機能です。

内部監査では、ガバナンス、リスクマネジメント、コントロールが重要な領域となり、職務分掌、リスクへの対応、RCM、不正リスク、取締役会や経営者への報告などが扱われます。

内部監査が担うべき役割は、次のとおりです。

領域内部監査の役割
年間計画リスクに基づいて監査対象、頻度、手続を決める
業務監査販売、購買、在庫、経費、給与、資金、契約、情報管理を確認する
内部統制監査承認、証憑、職務分掌、IT権限、決算プロセスの運用状況を確認する
改善提案不備の原因、影響、改善策、再発防止策を整理する
フォローアップ指摘事項が実際に改善されたかを確認する
監査役・監査法人連携三様監査の一部として、リスク認識や監査結果を共有する

IPO準備会社では、内部監査の担当者が経理や総務を兼務していることも少なくありません。ただし兼務の場合には、独立性や自己監査の問題が生じやすくなる点に注意が必要です。

大切なのは、最初から大企業のような内部監査部門を作ることではありません。自社の規模やリスクに応じて、誰が、どの業務を、どの頻度で、どの基準で確認し、誰に報告し、どのように改善を追っていくのか。それを明確にすることです。

内部監査は、上場審査のための形式ではありません。会社が自らリスクを見つけ、改善できる組織になるための機能です。

現場部門の役割|IPO準備を「管理部門の都合」にしない

IPO準備で最も軽視されやすいのが、現場部門の役割です。

営業、開発、製造、カスタマーサクセス、マーケティング、店舗運営、物流といった現場部門は、IPO準備の外側にいるわけではありません。むしろ、内部統制、KPI、事業計画、リスク情報の多くは、現場から生まれてきます。

業務フローを理解する目的は、適切な内部統制の整備だけでなく、全体最適化にもあります。各業務は単独で存在しているわけではなく、一連の業務フローの一部です。自分の担当業務が全体のどこに位置づけられるかを理解することが、そのまま全体の効率化につながります。

現場部門が担うべき役割は、次のとおりです。

領域現場部門の役割
KPI管理受注、解約、稼働率、顧客単価、粗利、在庫、納期などを正確に把握する
業務フロー販売、購買、在庫、契約、請求、検収、返品、値引などの流れを可視化する
証憑管理契約書、発注書、検収書、請求書、稟議、承認履歴を整える
予実差異売上未達、原価増、採用遅延、開発遅延の原因を説明する
リスク把握顧客依存、外注先依存、品質問題、情報漏えい、法令違反リスクを共有する
改善対応内部監査や主幹事証券会社からの指摘事項を実務に落とし込む

現場部門がIPO準備を「管理部門に言われたからやる作業」と捉えてしまうと、実務はなかなか前に進みません。

たとえば、売上計上に必要な検収書が現場で回収されない。契約の締結前にサービス提供が始まってしまう。値引の承認が口頭で済まされる。在庫管理が担当者の経験頼みになっている。KPIの定義が部門ごとに食い違っている。

これらはすべて、会計、内部統制、事業計画、開示、投資家説明に影響します。

IPO準備は、現場を縛るための管理強化ではありません。現場の成長を、再現可能な仕組みへと変えていくための取り組みです。

情報システムの役割|データと権限を管理する

近年のIPO準備では、情報システム部門の役割も大きくなっています。

会計システム、販売管理システム、人事労務システム、経費精算システム、ワークフロー、クラウドストレージ、CRM、SFA、BIツール。会社の重要な情報の多くは、こうしたシステムの上に存在しています。

情報システムが担うべき役割は、次のとおりです。

領域情報システムの役割
アクセス権限入退社、異動、職務分掌に応じた権限付与・削除を管理する
変更管理システム設定、マスタ変更、会計処理への影響を管理する
ログ管理重要データへのアクセス履歴、変更履歴を確認できるようにする
データ連携販売、会計、人事、経費、在庫などのデータ整合性を確保する
外部委託管理クラウドサービス、開発委託、保守委託の契約・権限・セキュリティを確認する
情報セキュリティ個人情報、営業秘密、未公表の重要情報を管理する

IPO準備では、IT統制が決算、内部統制、情報管理、開示体制に直結します。情報システム部門を単なるヘルプデスクと位置づけるのではなく、内部統制の重要な担い手として巻き込んでいく必要があります。

監査役・取締役会の役割|経営者を監督する仕組みを作る

IPO準備では、経営者の強いリーダーシップが欠かせません。

しかし上場会社としては、その経営者の意思決定を監督し、牽制する仕組みも同時に必要になります。取締役会、監査役、社外役員、内部監査、監査法人の連携が機能しなければ、資本市場から信頼される会社にはなりません。

監査役は、取締役の職務執行、会計監査、内部統制を監視する、重要なガバナンス機能を担います。監査役の監査には、会計監査、業務監査、適法性監査、内部統制監査といった観点があり、会計監査人との違いを理解したうえで、監査計画や監査調書を整える必要があります。

東京証券取引所は、コーポレートガバナンス・コードを、実効的なコーポレートガバナンスの実現に資する主要な原則を取りまとめたものと説明しています。プライム市場・スタンダード市場の上場会社は全原則について、グロース市場の上場会社は基本原則について、実施しないものがある場合にはその理由を説明することが求められます。

出典:日本取引所グループ|コーポレート・ガバナンス・コード

IPO準備の段階で大切なのは、上場直前に社外役員を形式的に入れることではありません。

取締役会で何を議論するのか。経営会議と取締役会をどう分けるのか。予実差異や重要なリスクは、どの会議体に上がるのか。監査役はどの資料を見て、どのように意見を述べるのか。内部監査と監査役、監査法人の情報共有はどう行うのか。

こうした運用を、上場の前から一つひとつ積み上げていく必要があります。

社内プロジェクト体制の基本形

IPO準備の社内体制は、会社の規模、業種、上場市場、グループ構成、成長ステージによって変わります。したがって、唯一の正解となる組織図は存在しません。

ただし実務上は、次のような体制が基本の形になります。

役割主担当主な責任
最終責任者代表取締役・経営者IPO目的、成長戦略、上場判断、重要意思決定
プロジェクト責任者CFO・管理担当役員全体進行、論点管理、主幹事・監査法人対応
事業計画・KPI経営企画・事業責任者成長ストーリー、予算、KPI、予実管理
会計・監査経理月次決算、会計方針、監査対応、開示基礎資料
資本政策CFO・経営者株主構成、SO、資金調達、公募・売出し設計
法務・契約法務・外部弁護士契約、許認可、知財、関連当事者、コンプライアンス
労務・人事人事・社労士労務監査、勤怠、規程、採用、人員計画
内部統制CFO・経理・業務部門業務フロー、規程、職務分掌、IT統制
内部監査内部監査担当監査計画、実施、報告、改善フォロー
IT統制情報システム権限管理、ログ、変更管理、情報セキュリティ
開示・IRCFO・経営企画・経理Iの部、成長可能性資料、リスク情報、上場後IR
監督・牽制取締役会・監査役重要意思決定、監督、監査、リスク審議

この表で大切なのは、「主担当」と「関与部門」を切り分けて考えることです。

たとえば、月次決算の主担当は経理ですが、売上計上には営業や現場部門が関わります。労務監査の主担当は人事ですが、人員計画は経営企画や事業部門と連動します。資本政策はCFOが管理しますが、ストック・オプションは人事、会計、税務、法務にも影響を及ぼします。

IPO準備では、一つの論点がいくつもの部門にまたがります。だからこそ、縦割りの担当表ではなく、横断的な論点管理が必要になるのです。

課題管理表は「一覧」ではなく「意思決定の道具」にする

IPO準備では、ショートレビュー、主幹事証券会社のチェック、内部統制評価、労務監査、法務DD、税務レビューなどを通じて、数多くの課題が出てきます。

ここで作成する課題管理表を、単なる一覧表にしてしまってはいけません。

課題管理表では、次のような情報を管理する必要があります。

管理項目確認すべき内容
課題内容何が問題なのか
発見経路監査法人、主幹事、内部監査、法務、人事、税務など、どこから出たか
影響範囲会計、税務、法務、労務、内部統制、開示、審査、資本政策への影響
重要度IPOスケジュール、監査意見、審査、投資家説明への影響度
責任者誰が解決の責任を持つか
関与部門誰の協力が必要か
対応方針解消、是正、開示、説明、継続管理のいずれか
期限いつまでに完了すべきか
経営判断要否経営会議・取締役会決議が必要か
完了確認実際に運用されているか、証跡が残っているか

内部統制の不備改善においても、どの不備が改善済みで、どれが改善の途上にあるのかを経営者へ適時に報告し、定期的に更新していく管理表を作ることが、改善管理のうえで有効です。

課題管理表の目的は、課題を並べることではありません。経営者が優先順位を判断でき、社内が期限を守って改善でき、外部の関係者に説明できる状態を作ること。そこにあります。

J-SOXを見据えた体制は上場前から準備する

上場後には、財務報告に係る内部統制報告制度、いわゆるJ-SOX対応が必要になります。

金融庁は、企業会計審議会による内部統制基準・実施基準の改訂を踏まえ、内部統制報告制度に関するQ&A等を改訂しています。また、改訂された基準および実施基準は、2024年4月1日以後に開始する事業年度における、財務報告に係る内部統制の評価および監査から適用されます。

出典:金融庁|内部統制報告制度に関するQ&A等の改訂について
出典:金融庁・企業会計審議会|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について

上場後3年間の監査証明免除の取扱いがある場合でも、内部統制報告書の提出義務そのものが免除されるわけではない点には、注意が必要です。

したがって、J-SOXは「上場してから始めるもの」ではありません。上場の前から、主要な業務フロー、全社統制、決算・財務報告プロセス、IT統制、内部監査、改善管理を運用できる体制を整えておく必要があります。

外部専門家を使う前に、社内の意思決定体制を整える

IPO準備では、監査法人、主幹事証券会社、弁護士、税理士、公認会計士、社会保険労務士、証券代行、印刷会社、システムベンダーなど、実に多くの外部関係者が関わります。

しかし、外部の専門家が社内の意思決定そのものを代わってくれるわけではありません。

監査法人は、会計監査を行います。主幹事証券会社は、上場準備の助言や引受審査を行います。弁護士は、法務リスクや契約の整理を支援します。社労士は、労務監査や労務管理の整備を支援します。税理士・会計士は、税務・会計・内部管理体制の整理を支援します。

なお、日本公認会計士協会は、上場会社等の財務書類に係る監査証明業務を行う監査法人または公認会計士について、上場会社等監査人名簿への登録が必要となる「上場会社等監査人登録制度」を運営しています。上場会社等は、監査証明業務の契約を締結するにあたり、その監査法人等が登録されているかを確認する必要があります。

出典:日本公認会計士協会|上場会社等監査人登録制度

専門家を活用することは、もちろん重要です。しかし、社内に判断軸がないまま外部専門家を使ってしまうと、論点はかえって分断されます。

会計は監査法人任せ。法務は弁護士任せ。労務は社労士任せ。資本政策は証券会社任せ。事業計画は経営企画任せ。

この状態では、会社として一貫した説明ができません。

外部専門家を本当に有効に使うためには、社内にCFOまたはプロジェクト責任者がいて、経営者が最終判断を行い、各部門がそれぞれの論点を自分のものとして持っている。そうした体制が前提になります。

社内体制が弱い会社で起こる典型的な問題

IPO準備の社内体制が弱いと、次のような問題が起こりがちです。

問題表面的な症状本質的な原因
月次決算が遅い監査資料が間に合わない経理だけでなく現場証憑・承認・システムが未整備
予実差異を説明できない主幹事証券会社への回答が曖昧になる事業計画とKPIが現場管理に落ちていない
労務リスクが後から発覚未払残業・勤怠不備が見つかる人事がIPO論点として労務を管理していない
契約リスクが未整理重要契約、許認可、知財の確認が遅れる法務が事業継続リスクとして関与していない
内部統制が形式的規程はあるが運用されていない現場部門が業務フローを自分事にしていない
内部監査が形だけ指摘後の改善が進まない経営者に改善状況が報告されていない
開示資料が整合しないIの部、事業計画、リスク情報の記載がズレるCFO・経営企画・法務・経理の連携が弱い
IPOが延期する審査・監査・業績・リスクが重なる経営全体で優先順位を判断できていない

これらの問題は、ある担当者一人の能力不足から生じているわけではありません。社内体制の設計が足りていないことから生じています。

IPO準備で問われるのは、優秀な担当者がいるかどうかではありません。会社として、重要な情報が集まり、判断され、改善され、説明される仕組みがあるかどうかです。

小規模会社は「全部門を置く」よりも「機能を漏らさない」

スタートアップや成長企業では、すべての専門部署を社内に置くことが難しい場合があります。

経理は一人、法務は兼務、人事も総務との兼任、内部監査はまだ専任者がおらず、CFOも外部人材——そうした会社は少なくありません。

このとき大切なのは、上場会社のような部署名を並べることではありません。必要な機能を、漏らさず押さえておくことです。

必要機能社内に専任者がいない場合の考え方
CFO機能外部CFO・会計士を活用しつつ、経営者が判断責任を持つ
経理機能記帳の外注だけでなく、月次決算・監査対応の内製化を進める
法務機能顧問弁護士に依頼するだけでなく、社内に契約管理の責任者を置く
人事労務機能社労士の支援を受けつつ、勤怠・規程・労務リスクの社内管理を行う
内部監査機能兼務・外部委託を使う場合も、独立性と報告先を明確にする
IT統制機能システム管理者と経理・CFOが連携し、権限・データ・ログを管理する
開示機能印刷会社任せにせず、社内で開示情報を集約・承認する仕組みを作る

小規模な会社では、最初から完成形を作る必要はありません。

ただし、「まだ小さいから不要だ」と考えるのは危険です。小さい会社ほど、経営者や一部の管理担当者に情報が集中しやすく、属人的な処理が残りやすいからです。

IPO準備では、会社の規模に応じた現実的な体制を作りながら、上場会社として必要な機能を段階的に整えていくことが大切です。

IPO準備の社内体制は、上場後の開示責任につながる

IPO準備の社内体制は、上場審査のためだけに作るものではありません。

上場後は、有価証券報告書、決算短信、適時開示、内部統制報告書、IR資料、株主総会資料、コーポレート・ガバナンス報告書など、継続的な開示が求められます。

金融商品取引法の開示制度は、投資者が十分に投資判断を行えるよう資料を提供するため、有価証券届出書をはじめとする各種開示書類の提出を発行者等に義務付け、事業内容や財務内容などを正確、公平かつ迅速に開示し、投資者の保護を図る制度とされています。

出典:証券取引等監視委員会|開示検査について

つまり、上場後の開示は、CFOや経理だけで作れるものではありません。

決算数値は経理が作ります。業績予想は経営企画が作ります。リスク情報は法務・人事・現場が集めます。資本政策はCFOと経営者が判断します。適時開示は経営判断と連動します。IRは、投資家との対話として経営者が担います。

IPO準備の社内体制とは、こうした上場後の説明責任を、いわば先取りして作っておくものなのです。

相談前に整理すべきこと

IPO準備の社内体制を整える前に、まずは自社の現状を棚卸ししておく必要があります。

次の問いに答えられるかどうか、確認してみてください。

確認項目自社で整理すべき問い
経営者IPO目的、成長戦略、資本政策、上場後の説明責任を自ら説明できるか
CFO会計、事業計画、資本政策、主幹事・監査法人対応を横断管理できるか
経理月次決算、監査対応、会計方針、開示基礎資料を安定して作れるか
経営企画事業計画とKPIが、毎月の予実管理に落ちているか
法務重要契約、許認可、知財、関連当事者、個人情報を整理できているか
人事労務監査、勤怠、未払残業、社会保険、人員計画を管理できているか
内部監査独立した立場で業務・内部統制を検証し、改善フォローできるか
現場部門業務フロー、証憑、承認、KPI、リスクを自分事として管理できているか
ITアクセス権限、ログ、マスタ変更、データ連携を管理できているか
取締役会・監査役重要事項、予実差異、リスク、内部統制を実質的に審議・監督しているか

これらの問いに対する答えが曖昧であるなら、IPO準備を進める前に、社内体制そのものを再設計する必要があります。

IPO準備の社内体制に不安がある場合は、機能単位で整理する

IPO準備は、部門を増やせば進むというものではありません。

経営者がIPOの目的を示し、CFOが全体を横断し、経理が数字の信頼性を支え、経営企画が事業計画とKPIを運用し、法務・人事がリスクを発見・是正し、内部監査が自ら検証し、現場部門が業務フローと証憑を整える。

こうした機能がつながって初めて、会社は資本市場に説明できる状態へと近づいていきます。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、IPO準備に必要な社内体制について、会計・税務・資本政策・内部統制・月次決算・開示・監査対応を横断して整理します。特定の部門だけを強化するのではなく、経営者、CFO、経理、経営企画、法務、人事、内部監査、現場部門の役割と優先順位を明確にし、自社にとって現実的な準備計画へと落とし込むことを重視しています。

「IPO準備を誰が主導すべきか分からない」「CFO候補や管理部門の体制が十分か確認したい」「月次決算・内部統制・労務・法務・資本政策のどこから整えるべきか整理したい」「主幹事証券会社や監査法人に相談する前に、自社の論点を棚卸ししたい」——このような段階にあるなら、早めに社内体制の現在地を可視化しておくことで、準備の手戻りや属人化を減らしやすくなります。

IPO準備に必要な社内体制や役割分担について、自社の状況を整理したい場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。

この記事の振り返り

重要論点振り返り
IPO準備の本質管理部門の作業ではなく、資本市場に説明できる会社へ変える経営プロジェクト
経営者の役割IPO目的、成長戦略、資本政策、リスク対応、上場後の説明責任を主導する
CFOの役割事業計画、資本政策、月次決算、監査対応、主幹事対応、開示を横断管理する
経理の役割記帳部門ではなく、月次決算・会計方針・監査対応・開示基礎資料を担う中核
経営企画の役割事業計画とKPIを月次の予実管理に落とし込み、成長可能性の説明を支える
法務の役割契約、許認可、知財、関連当事者、情報管理を事業継続リスクとして整理する
人事の役割採用、人員計画、労務監査、勤怠、未払賃金、報酬制度を上場会社水準へ整える
内部監査の役割業務、内部統制、リスク、改善状況を会社自ら検証し、経営に報告する
現場部門の役割KPI、業務フロー、証憑、承認、リスク情報を正確に管理する
情報システムの役割アクセス権限、ログ、変更管理、データ連携、セキュリティを統制する
取締役会・監査役の役割経営者の意思決定を監督し、重要リスクや内部統制を実質的に審議する
課題管理一覧表ではなく、責任者、期限、影響範囲、経営判断要否を管理する道具にする
J-SOX上場後に始めるのではなく、上場前から業務フロー・評価・改善管理を整える
外部専門家活用専門家に任せきりにせず、社内の意思決定体制と論点オーナーを明確にする
小規模会社の考え方部署名をそろえるより、IPOに必要な機能を漏らさず段階的に整える
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