現預金・借入金・担保・保証の確認|M&A財務DDで金融債務と資金制約を見落とさないための実務視点

M&Aの財務デューデリジェンスにおいて、現預金と借入金の確認は、一見すると単純な作業に思えるかもしれません。現預金はいくらあるのか。借入金はいくら残っているのか。差し引きしたネットデットはいくらで、買収価格から控除すべき金額はいくらになるのか。

しかし、実務で問われるのはそれだけにとどまりません。その現預金は、本当に買収後も自由に使える資金なのか。借入金は、株主が変わることで期限の利益喪失や事前承諾の対象とならないか。対象会社の資産に担保は付いていないか。売主経営者の個人保証は解除されるのか。対象会社が第三者や関係会社の債務を保証していないか。財務制限条項や配当制限によって、買収後の経営自由度が縛られることはないか。

こうした点を確認しないままM&Aを進めてしまうと、買収価格の妥当性だけでなく、クロージングの実行可能性、買収後の資金繰り、金融機関への対応、売主との責任分担にまで、大きな影響が及びます。

現預金・借入金・担保・保証の確認は、単なる残高チェックではありません。M&Aにおいては、「対象会社をどのような金融債務・資金制約とともに引き継ぐのか」を把握し、それを価格、契約、クロージング条件、買収後の管理へと落とし込むための、重要な財務DDなのです。

目次

現預金・借入金の確認は、ネットデット分析の出発点になる

あらためて確認しておきたいのは、ネットデットが、企業価値から株式価値へと橋渡しするための重要な調整項目だという点です。一般的には、有利子負債から現預金等を差し引いて考えます。

ただし、財務DDの場面では、単純な貸借対照表の残高だけで判断してはいけません。実務では、現預金のうち買主が自由に使えるもの、事業運営に必要な最低現預金、制約のある現金、有利子負債、未払利息、ファイナンスリース債務、未払法人税、リストラ引当金、年金債務、保証債務などを丁寧に分けて整理し、それぞれを価格調整や契約条件にどう反映するかを検討していきます。

つまり、現預金と借入金を見る目的は、次の3つに整理できます。

確認目的内容
価格判断株式価値から控除・加算すべきネットデット、デットライクアイテム、キャッシュライクアイテムを把握する
実行判断借入契約、担保、保証、財務制限条項、金融機関承諾の要否を確認し、クロージング可能性を判断する
買収後管理資金繰り、返済負担、最低現預金、金融機関対応、内部管理体制を把握する

現預金・借入金のDDを「残高確認」で終わらせてしまうと、価格に反映すべき債務性の負担や、クロージング前に解消しておくべき金融上の制約を、見落としてしまうおそれがあります。

まず確認すべきは、すべての銀行口座を把握できているか

現預金の確認で最初に見るべきなのは、残高の多寡ではありません。対象会社が保有するすべての銀行口座を、漏れなく把握できているかどうかです。

決算書や試算表に載っている普通預金、当座預金、定期預金だけを眺めていても十分とはいえません。実際には、休眠口座、経営者だけが把握している口座、補助簿に反映されていない口座、関係会社との資金移動に使われている口座、借入金の返済専用口座、担保に入っている預金などが存在することがあるためです。

財務DDでは、少なくとも次の資料を突き合わせていきます。

確認資料確認する内容
総勘定元帳会計上の預金勘定の残高と入出金の流れ
銀行別残高一覧金融機関別・口座別の残高
通帳・入出金明細実際の資金移動、関連当事者取引、異常な出金
残高証明書基準日時点の実在性
銀行取引一覧借入、預金、担保、保証、口座振替の全体像
取締役会議事録・稟議書借入、担保提供、保証、資金移動の承認状況

ここで大切なのは、会計帳簿の残高と銀行側の実在残高が一致しているかどうかだけではありません。すべての口座が会計帳簿に反映されているか、資金移動に説明可能性があるか、関連当事者との間に不自然な資金の出入りがないか。こうした点まで踏み込んで確認することが求められます。

現預金は「自由に使える現金」と「使えない現金」に分けて見る

貸借対照表に現預金として表示されていても、その全額を買収後に自由に使えるとは限りません。

ネットデット分析では、現預金を有利子負債から控除することがあります。しかし、買主が自由に使えない現金まで控除の対象にしてしまうと、株式価値を過大に見積もることになってしまいます。

特に注意したい現預金は、次のとおりです。

区分確認ポイント
担保預金借入金や保証債務の担保として差し入れられていないか
拘束性預金契約上、自由な引出しが制限されていないか
定期預金解約制限、担保設定、満期、解約損失の有無
補助金・助成金関連資金使途制限や返還義務がないか
税金・社会保険料の支払予定資金近い時期に支払が予定されていないか
子会社・支店・海外口座の資金親会社が自由に使える資金か
顧客預り金・前受金見合い資金実質的に第三者に帰属する性質がないか
最低必要現預金事業を継続するために必要な手元資金か

なかでも特に重要になるのが、最低必要現預金です。

対象会社が日々の支払を続けていくには、給与、仕入、外注費、家賃、税金、社会保険料、借入返済などに備えた一定の資金が欠かせません。その資金まで「余剰現金」として価格に反映してしまうと、買収後すぐに追加の資金が必要になることもあります。

M&Aの財務DDでは、現預金を「あるか・ないか」で捉えるのではなく、「自由に使えるか」「事業に必要か」「価格に反映すべきか」という観点で分けて見ていく必要があるのです。

基準日後の現預金変動を見落とさない

財務DDで確認する現預金残高は、多くの場合、直近の決算日、あるいは直近の月次試算表を基準にしています。しかしM&Aでは、DD基準日、最終契約締結日、クロージング日が一致しないのが通常です。その間に、現預金は大きく動きます。

確認しておきたい主な変動は、次のとおりです。

変動内容買収判断への影響
配当の実施売主への価値流出として価格調整・Leakage論点になり得る
役員貸付・役員借入返済関連当事者取引、クロージング前整理、税務リスクに影響する
借入金の返済・新規借入ネットデット、資金繰り、金融機関対応に影響する
設備投資支払事業計画、資金需要、未払設備代金に影響する
税金・社会保険料の支払未払税金、資金繰り、税務DDに影響する
通常外の役員報酬・賞与Leakage、正常収益力、関連当事者取引に影響する
関係会社への資金移動回収可能性、資金流出、グループ取引リスクに影響する

クロージング時点のネットデットを用いて価格調整を行う場合には、譲渡日時点の現預金と有利子負債を正確に把握することが重要になります。財務DDの実務でも、譲渡日のネットデット水準を買収価格に反映する考え方が用いられ、最低必要現預金については、通常運転資本との関係を踏まえて個別にその定義を検討する必要があります。

したがって、DDの時点で現預金が多く見えても、それがクロージング時点でそのまま残っているとは限りません。基準日後の資金移動を丁寧に追うことは、価格調整と契約上の誓約事項を検討するうえで欠かせない作業なのです。

借入金は「残高」よりも「契約条件」を見る

借入金の確認では、まず残高を把握します。ただし、財務DDで本当に重要になるのは、その残高の先にある契約条件です。

借入金は、貸借対照表上では短期借入金、1年内返済長期借入金、長期借入金などとして表示されます。しかし、貸借対照表だけでは、返済条件、担保、保証、財務制限条項、期限の利益喪失事由、そして株主変更時の承諾の要否までは見えてきません。

財務DDでは、少なくとも次の資料を確認します。

確認資料確認する内容
借入金一覧表金融機関別、契約別、残高、返済期日、金利、担保・保証
金銭消費貸借契約書借入条件、期限の利益喪失事由、財務制限条項
返済予定表元本返済、利息支払、短期資金需要
担保設定契約書担保目的物、被担保債権、極度額、解除条件
保証契約書保証人、保証範囲、根保証か個別保証か
銀行残高証明書基準日時点の借入残高確認
金融機関との約定書・変更契約条件変更、返済猶予、リスケジュールの有無
財務報告資料金融機関提出資料、試算表、資金繰り表、事業計画

借入契約は、対象会社の資金繰りだけでなく、M&Aそのものの実行可否にも影響します。

たとえば、株式譲渡によって支配株主が変わる場合、金融機関への事前通知や承諾が必要になることがあります。借入契約上のチェンジ・オブ・コントロール条項や期限の利益喪失事由に該当するおそれがあるときは、クロージング前に金融機関との調整を済ませておかなければなりません。

シニアローン契約などでは、貸付実行の前提条件、強制期限前返済、表明保証、コベナンツ、期限の利益喪失事由、担保・保証といった論点が、いずれも重要になってきます。

財務制限条項は、買収後の経営自由度を左右する

借入契約のなかで見落としやすいのが、財務制限条項です。

財務制限条項とは、借入人である会社に対して、一定の財務指標や行為制限を守るよう求める条項を指します。これに違反すると、期限の利益喪失、追加担保、条件変更、返済要求、さらには金融機関との再交渉が必要になることがあります。

よく確認しておきたい条項は、次のとおりです。

条項確認ポイント
純資産維持条項純資産が一定額を下回っていないか
利益維持条項営業利益・経常利益・EBITDA等の赤字禁止や水準維持
DSCR・借入倍率返済能力や財務レバレッジに関する制約
追加借入制限買収後の資金調達や設備投資に制約がないか
配当制限買収後の資金回収やグループ資金管理に制約がないか
担保提供制限新たな資金調達時の担保設定に制約がないか
組織再編・事業譲渡制限合併、会社分割、事業譲渡、重要資産処分に承諾が必要か
株主変更・支配権変更M&Aそのものが承諾対象又は期限の利益喪失事由にならないか
情報開示義務月次試算表、決算書、事業計画、資金繰り表の提出義務

買収後に成長投資を行うつもりでいても、既存の借入契約が追加借入や設備投資を制限していれば、計画どおりに動けなくなる可能性があります。

また、対象会社の業績が悪化していて、すでに財務制限条項に抵触しているような場合、財務DD上は単なる「注意事項」では済みません。金融機関から期限の利益喪失を主張されるリスク、返済条件の見直し、追加担保の要求、資金繰りの悪化までを視野に入れて検討する必要があります。

借入金の使途と資金繰りを見る

借入金は、残高と契約条件だけでなく、何に使われたのかも確認します。

同じ借入金でも、設備投資に使われたもの、運転資金に使われたもの、赤字補填に使われたもの、役員や関係会社への資金流出に使われたものでは、その意味合いは大きく異なります。

確認しておきたい観点は、次のとおりです。

観点確認する意味
設備資金か運転資金か事業活動に必要な借入か、資金繰り補填かを判断する
赤字補填か正常収益力や事業継続性に問題がないかを確認する
借換えが続いているか実質的な返済能力に問題がないかを見る
短期借入依存か運転資金が恒常的に不足していないかを把握する
関係会社資金かグループ内資金循環や回収不能リスクを確認する
オーナー関連資金か法人と個人の資金関係が混同していないかを見る

資金繰りが厳しい会社では、借入金の残高そのものよりも、今後の返済予定と営業キャッシュフローの関係こそが重要になります。

表面上は黒字であっても、売掛金の回収が遅い、在庫が増えている、設備投資が重い、税金や社会保険料の支払が遅れている、借入返済が一時期に集中しているといった状況があれば、買収後すぐに追加資金が必要になることもあります。

この論点は、資金繰り・最低現預金・追加資金需要の検討や、再生型M&A・債務超過会社のDDとも、密接につながってきます。

担保は、対象会社の資産を自由に使えるかを左右する

担保の確認は、単に「借入金に担保が付いているか」を見るだけでは足りません。担保は、対象会社の資産の処分可能性、借換えの可否、追加の資金調達、事業譲渡、会社分割、そしてクロージング手続にまで影響を及ぼします。

主な担保には、次のようなものがあります。

担保の種類確認ポイント
不動産担保土地・建物の抵当権、根抵当権、共同担保、極度額、抹消可否
預金担保定期預金、拘束預金、担保差入書、相殺権
売掛債権担保債権譲渡登記、通知・承諾、回収口座の管理
棚卸資産担保ABL、在庫管理、担保対象範囲
動産担保機械設備、車両、動産譲渡登記
有価証券担保投資有価証券、子会社株式、保険積立金
保険金請求権担保火災保険、生命保険、解約返戻金
知的財産担保特許権、商標権、著作権等の担保設定

特に中小M&Aでは、不動産に根抵当権が設定されているケースが少なくありません。根抵当権は、一定の範囲の債務を極度額まで担保する仕組みであり、対象となる借入金を完済しただけでは、自動的に抹消されないことがあります。

事業譲渡で不動産を承継の対象に含める場合には、担保の解除と担保抹消登記が、クロージングの前提になることがあります。中小M&Aガイドライン第3版でも、金融機関からの借入金や不動産等への担保設定がある場合には、担保解除や担保抹消登記の手続について、取引金融機関との事前調整が必要になることがあるとされています。

出典:中小企業庁|中小M&Aガイドライン(第3版)

株式譲渡と事業譲渡で、担保の見方は変わる

担保の確認は、取引スキームによって見方が変わります。

株式譲渡では、対象会社の法人格はそのまま残ります。そのため、対象会社が負っている借入金、担保、保証、金融機関との契約関係は、原則としてその会社に残り続けます。買主は、株主としてその会社を取得するため、対象会社が負担する金融債務や担保制約を、そのまま引き継いで管理していくことになります。

一方、事業譲渡では、承継する資産・負債を選択できます。ただしその場合、不動産、設備、契約、許認可、従業員、借入金、担保の扱いを、一つひとつ個別に整理しなければなりません。担保付き資産を承継するのであれば、担保権者である金融機関の同意や、抹消の手続が必要になることがあります。

取引スキーム担保・借入の見方
株式譲渡借入金・担保・保証関係は対象会社に残るため、買収後の管理リスクとして確認する
事業譲渡承継対象資産に担保が付いていれば、解除・抹消・同意取得がクロージング上の論点になる
会社分割承継対象債務、担保、債権者保護手続、契約上の承諾要否を確認する
合併権利義務の包括承継により、金融債務や保証関係の承継影響を確認する

法務DDでは、担保権の有効性、登記、契約上の承諾、チェンジ・オブ・コントロール条項を確認します。財務DDでは、それらがネットデット、価格調整、資金繰り、クロージング条件にどう影響するのかを整理していきます。

保証には「誰が誰の債務を保証しているか」という視点が欠かせない

保証の確認では、単に「保証があるか」を見るだけでは不十分です。重要なのは、誰が、誰の、どの債務を、どの範囲で保証しているのか、という点です。

M&Aで問題になる保証は、大きく次の3つに分かれます。

保証の種類内容買収判断への影響
売主経営者による対象会社借入の保証オーナー経営者が対象会社の借入金を個人保証しているクロージング前後の解除・変更・承継が必要
対象会社による第三者債務の保証対象会社が関係会社、親会社、役員等の債務を保証している簿外債務・偶発債務・デットライクアイテムになり得る
第三者による対象会社債務の保証関係会社、親族、グループ会社等が対象会社の債務を保証している買収後の保証継続可否、解除交渉、代替担保が問題になる

中小M&Aで特に重要になるのが、売主経営者の個人保証です。

対象会社の株式が買主へ移転しても、金融機関との保証契約が自動的に解除されるとは限りません。旧経営者の保証が残ったままでは、売主にとって大きな不安が残ります。反対に、買主側が新たな保証を求められる場合には、買収後の資金調達やリスク負担に影響が及びます。

中小M&Aガイドライン第3版では、M&A後の引継ぎ作業として、リース契約・賃貸借契約・金銭消費貸借契約等の名義変更、経営者保証の解除、保証人の変更が挙げられており、クロージング前にリース会社、賃貸人、取引金融機関等との協議・交渉を開始することが多いとされています。

出典:中小企業庁|中小M&Aガイドライン(第3版)

経営者保証は、M&A・事業承継の実行可能性に直結する

経営者保証は、単なる金融実務の論点ではありません。M&A・事業承継の実行可能性そのものに、直接かかわってきます。

旧経営者の保証が解除されない。新経営者に保証が求められる。金融機関が保証解除の条件を明確にしない。借入金の借換えが必要になる。保証解除がクロージング条件に入っていない。保証人変更の協議が後回しにされている。こうした状態のまま進めてしまうと、最終段階で、売主・買主・金融機関の間に大きな認識の食い違いが生じます。

経営者保証に関するガイドラインは、中小企業の経営者保証について、法的拘束力はないものの、主たる債務者、保証人、対象債権者によって自発的に尊重されることが期待される、自主的・自律的な準則として位置づけられています。あわせて、経営者保証に依存しない融資のためには、法人と経営者の関係を明確に区分・分離すること、財務基盤を強化すること、財務状況を正確に把握し適時適切に情報開示することなどが、重要な観点として示されています。

出典:全国銀行協会|経営者保証に関するガイドライン

また、金融庁の資料によれば、2024年度の新規融資件数に占める「経営者保証に依存しない融資件数」の割合は、民間金融機関全体で52.9%に達しています。そのうえで、M&A・事業承継時には、主たる株主等が変更になることを金融機関が把握した場合に、どうすれば経営者保証の解除可能性が高まるかなどを事業者に説明すること等を金融機関に求める対応が示されています。

出典:金融庁|金融仲介機能の発揮に向けたプログレスレポート

したがって、M&AのDDでは、経営者保証を「売主と銀行の話」として後回しにしてはいけません。クロージング条件、価格条件、借換え方針、買収後の資金調達方針にかかわる論点として、早い段階から整理しておく必要があります。

対象会社が第三者の債務を保証していないか

買主側にとって特に注意が必要なのが、対象会社が第三者の債務を保証しているケースです。

対象会社が、親会社、関係会社、オーナー個人、兄弟会社、取引先、協力会社などの借入金を保証していることがあります。この保証が決算書上に十分表示されていない場合、買収後に、予期しない支払義務が顕在化するおそれがあります。

確認しておきたい資料は、次のとおりです。

確認資料確認する内容
保証契約書保証先、保証人、保証範囲、極度額、保証期間
金融機関取引一覧対象会社が保証人となっている債務の有無
取締役会議事録保証提供の承認状況
関係会社取引一覧グループ内保証、債務引受、資金支援
勘定科目内訳書未払金、仮受金、関係会社債権債務
注記・附属明細偶発債務、保証債務の開示
税務申告書・別表関係会社取引、寄附金、貸倒、債務免除リスク

対象会社が第三者の債務を保証している場合には、それをネットデットやデットライクアイテムに含めるべきか、表明保証・補償で手当てすべきか、あるいはクロージング前の解除を条件にすべきかを検討します。

金額が確定していれば価格調整に反映しやすいのですが、発生の可能性が不確実な保証債務については、単純な価格控除ではなく、補償や前提条件として整理するほうが適切な場合もあります。

金融機関対応は、クロージング条件として設計する

借入金、担保、保証の論点は、DD報告書に書き留めるだけでは意味がありません。必要な対応を、クロージング条件として具体的に落とし込んでいく必要があります。

典型的なクロージング前の対応は、次のとおりです。

論点クロージング前対応の例
借入金返済売主側で完済する、買収代金から返済する、買主側で借換えを行う
金融機関承諾株主変更、代表者変更、組織再編、担保変更について事前承諾を取得する
担保解除不動産担保、預金担保、株式担保等を解除し、必要に応じて登記抹消を行う
経営者保証解除旧経営者保証を解除し、新保証、代替担保、借換えの要否を整理する
関係会社保証解除対象会社が第三者債務を保証している場合、クロージング前に解除する
財務制限条項違反免除、変更契約、借換え、返済方針を確認する
関連当事者債権債務役員借入金、役員貸付金、関係会社貸付金を精算する

ここで大切なのは、「クロージング後に対応すればよい」と安易に考えないことです。

金融機関の承諾が必要な事項、担保解除が必要な事項、そして旧経営者保証の解除が売主の譲渡意思を左右するような事項は、クロージング前に手当てしておかなければ、取引そのものが止まってしまう可能性があります。

買収契約には、現預金・借入金・担保・保証をどう反映するか

DDで金融債務や保証関係を確認したら、それらを買収契約へと反映していきます。主な反映の方法は、次の5つです。

1. 価格調整

ネットデット、デットライクアイテム、最低必要現預金、制約のある現金、未払利息、未払税金、未払設備代金などを、価格に反映します。

たとえば、譲渡日における現預金、有利子負債、最低必要現預金、投資用不動産、退職給付制度に係る未積立債務、未払法人税等、設備支払手形・未払金などを、買収価格の算定要素として整理する方法があります。

2. 表明保証

売主に対して、借入金、担保、保証、未開示債務、金融機関契約、財務制限条項違反、関連当事者取引が正確に開示されていることを、表明保証してもらいます。

表明保証は、DDで見つけられなかったリスクを、無制限に売主へ転嫁するためのものではありません。ただし、金融債務・担保・保証の開示漏れは買主に重大な影響を与えるため、契約上の手当てが重要になります。

3. 誓約事項

契約締結からクロージングまでの間、対象会社に、通常の事業運営から外れる資金流出をさせないようにします。

たとえば、次のような事項です。

  • 新規借入を行わない
  • 新たな担保を設定しない
  • 新たな保証を提供しない
  • 配当や自己株式取得を行わない
  • 役員・株主・関係会社への資金流出を行わない
  • 通常外の設備投資や資産処分を行わない
  • 金融機関契約に違反しない

4. クロージング前提条件

重要な金融債務・担保・保証について、クロージングまでに完了しておくべき事項を定めます。

たとえば、金融機関承諾の取得、担保解除、保証解除、借入返済、借換え、関連当事者債権債務の精算などです。

5. 補償

保証債務、未開示借入、未払債務、税務リスク、財務制限条項違反などが買収後に顕在化した場合に、売主が一定の範囲で補償する条項を検討します。

特に、金額が確定していないものの発生の可能性があるリスクについては、価格調整よりも補償条項で対応するほうが、実務的な場合があります。

現預金・借入金・担保・保証のDDでよくある見落とし

現預金が多いことを、安心材料と捉えてしまう

現預金が多くても、それが自由に使える資金とは限りません。担保預金、最低必要現預金、使途制限資金、税金や社会保険料の支払予定資金、顧客預り金見合い資金などであれば、余剰現金とはいえないのです。

借入残高だけを見て、契約条件を見ない

借入金の残高が分かっても、財務制限条項、期限の利益喪失事由、株主変更時の承諾要否、担保・保証の内容まで確認しなければ、M&A実行上のリスクは見えてきません。

経営者保証の解除を後回しにする

売主経営者の保証解除が整理されないままクロージングへ進むと、売主側の不安や、後の紛争の原因になります。金融機関との交渉には時間がかかるため、できるだけ早い段階で論点として取り上げておくべきです。

対象会社による第三者保証を見落とす

対象会社が関係会社やオーナー個人の債務を保証している場合、買主は想定外の偶発債務を引き継いでしまう可能性があります。貸借対照表の借入金残高だけでは把握できないため、契約書・議事録・金融機関資料を確認する必要があります。

担保解除をクロージング直前に確認する

担保解除には、金融機関承諾、返済、抹消登記、司法書士対応が必要になることがあります。不動産や事業用資産を承継する場合、クロージング直前にこうした事情が発覚すると、スケジュールに影響します。

運転資本とネットデットを二重に調整する

未払費用、買掛金、未払税金、滞留債務などについては、通常運転資本に含めるのか、それともデットライクアイテムとしてネットデット側で調整するのかを整理しておく必要があります。同じ項目を二重に控除してしまうと、価格調整が過大になってしまいます。

他DDとの接続も必要になる

現預金・借入金・担保・保証の確認は、財務DDだけで完結するものではありません。

接続するDD接続する論点
法務DD借入契約、担保契約、保証契約、COC条項、財務制限条項、期限の利益喪失事由
税務DD未払税金、滞納税金、役員貸付金、債務免除、関連当事者取引、源泉所得税
労務DD未払賞与、未払残業代、退職給付、社会保険料未払
ビジネスDD資金繰り、季節性、設備投資、運転資本需要、金融機関依存
PMI・買収後管理資金管理、銀行対応、借換え、保証解除、月次資金繰り管理

たとえば、借入契約のCOC条項は法務DDの論点ですが、違反時に返済が必要になれば、財務DD上の資金需要として跳ね返ってきます。未払税金は税務DDの論点ですが、確定債務であれば、ネットデットやデットライクアイテムに反映される可能性があります。未払残業代は労務DDの論点ですが、金額の見積りが可能であれば、価格・補償・買収後管理に影響します。

財務DDの役割は、こうした他DDの発見事項を受け取り、それが買収価格、契約条件、クロージング対応、買収後の資金管理にどう影響するのかを整理することにあります。

経営者が確認しておきたい問い

専門家にDDを依頼する場合でも、経営者ご自身で確認しておきたい問いがあります。

この現預金は、買収後に自由に使える資金か。最低必要現預金を控除しても、余剰現金といえる金額はいくらか。借入金の返済予定は、買収後のキャッシュフローで無理なく対応できるか。株主変更や代表者変更によって、金融機関の承諾が必要にならないか。財務制限条項に抵触していないか。対象会社の資産に担保が付いていないか。担保解除や抹消登記は、クロージング前に完了できるか。売主経営者の個人保証は解除されるのか。買主又は新経営者が、新たな保証を求められるのか。対象会社が第三者の債務を保証していないか。関連当事者との貸付金・借入金は整理されているか。価格で調整すべきもの、契約で手当てすべきもの、クロージング前に解消すべきものは、それぞれ切り分けられているか。

これらに答えられない状態では、現預金や借入金の残高を眺めていても、買収後の資金リスクを十分に把握できているとはいえません。

現預金・借入金・担保・保証の確認は、買収後の資金管理の入口でもある

M&Aでは、クロージングできるかどうかだけでなく、クロージングした後に会社を安定して運営していけるかが重要になります。

借入返済が重い。保証解除が進まない。金融機関との関係が不安定である。担保余力が少ない。資金繰り表が作成されていない。月次決算が遅い。オーナーと会社の資金関係が整理されていない。関係会社間の資金移動が不透明である。こうした問題は、買収価格だけでは解決できません。

買収後の資金管理、銀行対応、会計管理、内部統制、月次モニタリングへと、丁寧に引き継いでいく必要があります。

現預金・借入金・担保・保証のDDは、守りの確認であると同時に、買収後の財務管理を設計していくための入口でもあるのです。

金融債務・担保・保証に不安がある場合は、早い段階で整理する

現預金、借入金、担保、保証は、M&Aの最終段階で問題化しやすい論点です。

価格交渉が進んだ後になって、実は担保解除が必要だったと分かる。クロージング直前に、金融機関の承諾が必要だと判明する。旧経営者保証の解除条件が整理されていなかった。対象会社が関係会社の債務を保証していた。借入契約の財務制限条項に抵触していた。こうした問題は、買収意欲が高まっている局面ほど、かえって見落とされやすくなります。

大切なのは、早い段階で金融債務の全体像を把握し、価格で調整すべきもの、契約で手当てすべきもの、クロージング前に解消すべきもの、そして買収後に管理すべきものを、しっかりと切り分けておくことです。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&A財務DD、現預金・借入金・担保・保証の確認、ネットデット分析、金融債務に関する価格調整や契約条件への反映について、ご相談をお受けしています。

対象会社の銀行取引、借入契約、担保、経営者保証、資金繰りを、買収判断にどう反映すべきか整理したいとお考えの方は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページより、お気軽にご相談ください。

振り返り|現預金・借入金・担保・保証の確認で押さえておきたいポイント

論点重要な考え方
現預金の確認残高だけでなく、すべての口座、実在性、自由使用可能性、基準日後変動を見る
最低必要現預金事業継続に必要な資金は、余剰現金として扱わない
拘束性のある現金担保預金、使途制限資金、顧客預り金見合い資金は価格反映に注意する
借入金の確認残高だけでなく、返済条件、金利、期限、契約条項、金融機関承諾の要否を見る
財務制限条項純資産、利益、借入倍率、配当、追加借入、組織再編制限等を確認する
担保不動産担保、預金担保、売掛債権担保、動産担保等が資産処分やクロージングに与える影響を見る
経営者保証旧経営者保証の解除、新保証の要否、金融機関協議の進め方を早期に整理する
第三者保証対象会社が関係会社やオーナー等の債務を保証していないか確認する
契約反映価格調整、表明保証、誓約事項、前提条件、補償に落とし込む
他DDとの接続法務DD、税務DD、労務DD、ビジネスDDと接続して総合判断する
買収後管理資金繰り、銀行対応、保証解除、担保管理、月次資金管理へ引き継ぐ
実行判断金融債務と資金制約を、買う・やめる・条件を変える判断に変換する
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