中小企業やオーナー企業のM&Aでは、決算書に並ぶ数字だけを追っても、対象会社の実態をつかみきれないことがあります。
もちろん、売上高、営業利益、純資産、借入金、そして税務申告書の内容は、いずれも重要な情報です。
ただ、中小・オーナー企業の財務・税務DDで本当に確かめたいのは、その数字がどのような経営体制、取引関係、オーナーの関与、資金繰り、税務処理、内部管理の上に成り立っているか、という点です。
同じ利益水準に見える会社でも、その中身は大きく異なります。買収後にオーナーが退任した途端に売上が落ちる会社もあれば、経理担当者が代わるだけで月次決算が止まってしまう会社もあります。逆に、決算書の見栄えは芳しくなくても、オーナー関連費用や一過性の費用を整理してみると、実態としては安定した収益力を備えた会社も存在します。
中小・オーナー企業のDDは、いわゆる「粗探し」ではありません。買収後も再現できる収益力と、引き継ぐことになるリスクとを、丁寧に切り分けていくための作業です。
この点は、中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも整理されています。DDは主に譲受側が財務・法務・ビジネス・税務などの実態を調査する工程であり、譲渡対価の精査、実態を踏まえた事業改善、最終契約条件の調整、そしてPMIに資する情報取得などに関わる、重要なプロセスと位置づけられています。
中小・オーナー企業のDDでは「会社」と「オーナー」を分けて見る
中小・オーナー企業の大きな特徴は、会社とオーナーの距離が近いことにあります。
経営方針、営業、人事、仕入、資金繰り、銀行対応、重要取引先との関係、さらには経理判断や税務判断に至るまで、オーナーが深く関わっているケースは決して珍しくありません。
これ自体は、必ずしも悪いことではありません。むしろ、オーナーの信用力、営業力、現場を見る力によって、会社が強くなっている例は数多くあります。
ただ、M&Aの場面では、ここを慎重に見ておく必要があります。買収するのはあくまで「会社」ですが、その価値の一部がオーナー個人に依存している場合、その価値が買収後も残るとは限らないからです。
財務・税務DDでは、たとえば次のような問いを置いてみることが有効です。
- この売上は、会社の仕組みから生まれているのか。それとも、オーナー個人の営業力や人間関係に支えられているのか。
- この利益は、買収後も再現できるのか。それとも、オーナー報酬、家族役員、関連会社取引、私的費用、未計上コストを調整すると、見え方が変わってくるのか。
- この資金繰りは、会社単独で成り立っているのか。それとも、オーナー借入、個人保証、個人資産の担保提供、関連当事者からの資金支援によって支えられているのか。
- この税務処理は、後から説明できるものか。それとも、過去からの慣行として続いているだけで、買収後に税務リスクとして表面化しかねないものか。
中小・オーナー企業のDDは、この「会社の実力」と「オーナーに紐づいた要素」を分けるところから始まります。
財務DDで見るべき第一の論点は、正常収益力である
中小・オーナー企業の買収判断で最も重要なのは、決算書上の利益そのものではなく、買収後も再現できる正常収益力です。
正常収益力を見極めるには、単に一過性の損益を除くだけでは足りません。
オーナー企業の損益計算書には、事業運営に欠かせない費用、オーナー個人に近い費用、買収後には発生しなくなる費用、そして逆に買収後に新たに必要となる費用が、入り混じっていることがあります。
たとえば、役員報酬が実態より高めに設定されていれば、決算書上の利益は低く見えます。
反対に、オーナーが営業、採用、経理、銀行対応までをほぼ無償に近い形で担っている場合は、買収後に後任人材や管理体制を整えるための追加費用が必要になります。つまり、決算書上の利益が、実態より高く見えすぎている可能性があるのです。
家族役員や親族従業員への給与、オーナー所有不動産への賃料、関連会社への外注費、オーナー個人が負担している費用、あるいは会社が負担している私的色彩のある費用なども、正常収益力の調整対象になり得ます。
ここで大切なのは、こうした費用を「どうせ足し戻せるもの」と短絡的に捉えないことです。
オーナー関連費用の中には、買収後には不要になるものもあります。一方で、オーナーが担っていた機能を買主側で代替するために、むしろ追加のコストが必要になるものもあるからです。
そこで財務DDでは、オーナー関連費用を次のように分類して考えていきます。
- 事業に不要で、買収後には削減できる費用
- 事業には必要だが、現在はオーナーや親族が特殊な条件で担っている費用
- 買収後には、適正な外部価格や人件費に置き換えるべき費用
- 税務上の妥当性や証憑の確認が必要な費用
- 価格調整ではなく、契約やクロージング前の整理で対応すべき費用
正常収益力の分析は、単なる利益の修正作業ではありません。買収後にその会社をどのような体制で運営すれば、どれだけの利益が残るのかを見極める作業なのです。
売上と粗利は「取引先との関係性」まで掘り下げる
中小・オーナー企業では、主要取引先との関係がオーナー個人に依存していることがあります。
長年の付き合い、地域内での信用、個人的な紹介、口頭での合意、柔軟な納期対応、そしてオーナー同士の信頼関係。こうしたものに支えられて売上が維持されている場合、その売上が買収後も続くとは限りません。
財務DDでは、売上高の推移や粗利率だけでなく、その背景まで確認していきます。
- 主要取引先への集中度は高くないか
- 取引条件は契約書で明確になっているか
- 価格改定や値引きの決定権は、誰が握っているか
- 粗利率の変動は、原価上昇、販売価格、外注費、歩留まり、在庫評価のどれに起因しているか
- 取引先は、オーナー退任後も取引を続ける意向があるか
- 買収後に商流やブランド名が変わった場合、売上に影響しないか
とりわけ注意したいのは、対象会社の売上が「会社の仕組み」ではなく「オーナーの顔」で維持されている場合です。
このとき、売上のすべてを否定する必要はありません。ただし、買収後の引継期間、キーマンの残留、取引先への説明、トップ面談、表明保証、クロージング条件、買収後の営業体制といった具体策に落とし込んでおく必要があります。
売上の継続性に不安がある場合、それは単にバリュエーションを下げる論点にとどまりません。
場合によっては、アーンアウト、段階取得、一定期間の経営関与、重要取引先からの同意取得、あるいは取引継続を前提条件とするなど、契約や実行条件の設計そのものに関わってきます。
関連当事者取引は、損益・資産・税務を横断して見る
オーナー企業では、会社とオーナー、親族、関連会社、資産管理会社との間で取引が行われていることがあります。
関連当事者取引そのものが、ただちに問題になるわけではありません。
ただしM&Aでは、その取引の実態、価格の妥当性、継続可能性、税務上の説明可能性、そして買収後の整理方法を確認しておく必要があります。
財務DDでは、関連当事者取引を損益だけでなく、貸借対照表や資金繰りにまで広げて見ていきます。
- オーナー所有不動産を会社が借りている場合、その賃料は相場から見て妥当か。買収後も同じ条件で借りられるか
- 会社がオーナーへ貸付けをしている場合、その回収可能性はあるか
- オーナー借入がある場合、クロージング時に返済するのか、それとも残すのか
- 関連会社への売上や仕入は、実態のある取引か
- 関連会社を経由することで、利益や費用が対象会社から移転していないか
- 関連当事者との契約書、請求書、入出金記録は整っているか
関連当事者取引の確認は、正常収益力、実態純資産、ネットデット、税務リスク、契約条件のいずれにも、同時に影響します。
たとえば、オーナー借入はネットデットに含めるべき場合があります。オーナー貸付金が回収不能であれば、実態純資産を減額する要因になります。オーナー不動産への賃料が低すぎれば、買収後の費用増加要因となります。関連会社との取引価格が不自然であれば、税務リスクや移転価格の観点からの検討が必要になることもあります。
ですから、関連当事者取引は、単に一覧表を作って終わりではありません。「買収後に、会社単独で事業が成り立つか」という観点から整理することが欠かせません。
経理体制と月次決算は、買収後の管理可能性に直結する
中小・オーナー企業のDDで見落とされやすいのが、経理体制です。
決算書と税務申告書が作成されているからといって、経営判断や買収後の管理に使える数字が、毎月きちんと整っているとは限りません。
年次決算は顧問税理士が整えていても、月次では在庫、未払費用、減価償却、売上原価、部門別損益が十分に反映されていない、ということもあります。
財務DDでは、次の点を確認します。
- 月次決算は、いつ締まるか
- 月次試算表と年次決算の間に、どの程度の差異があるか
- 売掛金、買掛金、在庫、借入金、未払費用の残高確認は行われているか
- 会計処理が、税務申告の目的に偏っていないか
- 経理担当者は誰で、どの業務をどこまで理解しているか
- 会計ソフト、販売管理、在庫管理、給与計算は連携しているか
- 社長しか分からない処理、あるいは顧問税理士しか分からない処理が残っていないか
この論点は、買収価格だけでなく、買収後の管理体制にも直結します。
買収後に月次決算が遅れれば、資金繰り、予実管理、銀行対応、税務申告、グループ管理が、いずれも後手に回ってしまいます。
特に、買主が複数拠点や子会社の管理を行っている場合、対象会社の管理水準が買主側の求める水準に届かないことがあります。
この場合、DDの発見事項は「減額交渉の材料」にとどまりません。買収後に経理体制を整えるための人員、システム、外部専門家、月次報告のルール、承認フローの整備コストとして捉える必要があります。
税務DDでは、過年度リスクと買収後の税務負担を分ける
中小・オーナー企業の税務DDでは、過去の税務処理の妥当性と、買収後の税務負担の両方を確認します。
過年度の税務リスクとしては、法人税、消費税、源泉所得税、印紙税、固定資産関連の税目などが対象になります。
なかでも、オーナー関連費用、役員給与、役員退職金、交際費、寄附金、貸付金、棚卸資産の評価、外注費、消費税の区分、インボイス対応、源泉徴収漏れといった項目は、中小企業で確認の頻度が高い論点です。
役員退職金については、国税庁のタックスアンサーでも考え方が示されています。退職した役員に対して支給する退職金のうち、業務従事期間、退職の事情、同業種・同規模法人の支給状況などからみて相当と認められる金額は、原則として、その額が確定した事業年度に損金へ算入されるとされています。分掌変更に伴う退職金についても、役員としての地位や職務内容が激変し、実質的に退職したのと同様の事情があるかどうかが問われます。
出典:国税庁|No.5203 使用人が役員へ昇格したとき又は役員が分掌変更したときの退職金
オーナーの退任時に役員退職慰労金を支給する設計を行う場合、税務DDでは、その金額が税務上説明できるか、支給時期はいつか、株式譲渡対価との関係をどう整理するか、そして買主・売主のどちらが負担する経済効果になるかを確認します。
これは単なる税務処理の話ではなく、売買価格、クロージング前の対応、最終契約、資金繰りにまで関わる論点です。
消費税については、インボイス制度の開始後、仕入税額控除の要件や経過措置の確認も重要になります。国税庁は、インボイス制度を令和5年10月1日から開始した制度として説明しており、仕入税額控除のためには原則としてインボイスの保存が必要で、インボイスのない仕入れや経費については、原則として仕入税額控除ができないとしています。
免税事業者等からの課税仕入れに係る仕入税額控除の経過措置については、令和8年度税制改正に関する国税庁の公表内容で、令和8年10月1日以後に開始する課税期間から、控除可能割合などの見直しが示されています。実際のDDでは、対象会社の課税期間、仕入先の構成、簡易課税制度の選択状況、インボイスの保存状況を、現行制度に照らして確認していくことになります。
税務DDで大切なのは、「過去に申告しているから大丈夫」と考えないことです。
税務申告書は重要な資料ですが、申告書が存在することと、税務リスクがないことは、同じではありません。
ここで確認したいのは、次のような点です。
- 過去の処理は、後から説明できるか
- 税務調査で指摘され得る事項はないか
- 買収後も、同じ処理を続けられるか
- 買収ストラクチャーや契約条件に反映すべき税務リスクはないか
- 税務リスクが顕在化した場合、売主補償でどこまで回収できるか
税務DDは、単に税額を計算する作業ではありません。買収後に承継するリスクと、契約によって売主に残すべきリスクとを、丁寧に切り分けていく作業です。
経営者保証・担保・オーナー借入は、財務DDと契約条件をつなぐ論点である
中小・オーナー企業では、経営者保証がM&Aの重要な論点になります。
経営者保証とは、中小企業が金融機関から融資を受ける際に、経営者個人が会社の連帯保証人となることをいいます。中小企業庁は、経営者保証には資金調達を円滑にする面がある一方で、思い切った事業展開、早期の事業再生、円滑な事業承継を妨げる要因にもなっていると整理しています。
また中小企業庁は、経営者保証ガイドラインのポイントとして、これが法的拘束力を持つものではないものの、関係者が自発的に尊重・遵守することを期待された自主的なルールであり、経営者保証を解除するかどうかの最終判断は金融機関に委ねられる、と説明しています。あわせて、法人と経営者の明確な区分・分離、財務基盤の強化、金融機関への適時適切な財務情報の開示という3つの要件を示しています。
そのため、DDで経営者保証を確認するときは、単に「保証があるかどうか」を見るだけでは足りません。
- 誰が、どの借入について保証しているか
- 個人資産が担保に入っていないか
- 買収後に保証を解除するのか、それとも買主側へ移行するのか
- 金融機関との協議を、いつ、誰が行うのか
- 保証解除ができなかった場合、それでもクロージングするのか
- 解除や移行を、クロージング条件、誓約事項、補償条項、解除条項に組み込む必要があるか
中小M&Aガイドラインでも、譲受側の義務として保証の解除または移行が位置づけられています。その上で、保証の解除・移行をクロージング条件とすることや、実現しなかった場合に備えて契約解除条項・補償条項などを盛り込む方向で調整すべき場面が示されています。
経営者保証は、法務・金融・財務・契約が交差する論点です。
「クロージング後に銀行と話せばよい」と軽く扱ってしまうと、売主に保証が残ってしまう、買主が想定外の保証負担を負う、金融機関対応が遅れる、といった問題につながりかねません。
財務DDでは、借入一覧、返済予定、担保、保証、財務制限条項、そして金融機関との関係を整理し、最終契約でどう扱うべきかまで見通しておくことが大切です。
株式・資産・契約の帰属は、財務DDだけで完結しない
中小・オーナー企業では、会社の事業に使われている資産が、必ずしも会社名義とは限りません。
- 土地建物が、オーナー個人の名義になっている
- 車両や機械の一部が、親族会社の名義になっている
- 重要な屋号、ドメイン、電話番号、商標、許認可、取引口座が、会社以外に紐づいている
- 長年の慣行で契約書がなく、口頭の合意のまま取引が続いている
こうした論点は、財務DDだけでは判断できません。法務DD、税務DD、場合によっては不動産、労務、IT、許認可についての専門的な確認が必要になります。
財務DDでは、これらを「事業に必要な経営資源」として洗い出します。そして、会社の貸借対照表に載っているかどうかではなく、買収後に買主がその経営資源を使い続けられるかどうかを確認します。
株式譲渡であれば、会社の法人格はそのまま残るため、契約や許認可は継続しやすくなります。その反面、簿外債務や偶発債務も引き継ぎやすくなります。
事業譲渡であれば、承継する対象を選べるため、簿外債務や偶発債務を切り離しやすくなります。その一方で、資産、契約、許認可、従業員、取引先を個別に移転する作業が必要になります。
この点は中小M&Aガイドラインでも整理されています。株式譲渡は手続が比較的シンプルである一方、法人格に変動がないため、簿外債務・偶発債務のリスクが比較的高くなりやすいこと。事業譲渡は承継対象となる財産を選択できる一方で、その財産の特定、対抗要件の具備、許認可の取得などが必要になること。こうした違いが示されています。
したがって、対象会社が中小・オーナー企業である場合、スキームの選択とDDは切り離せません。DDで見つかった論点に応じて、株式譲渡で進めるのか、事業譲渡に切り替えるのか、あるいはクロージング前に資産や契約を整理するのかを判断していくことになります。
DDで見つかった事項は、4つに分けて判断する
中小・オーナー企業のDDでは、多くの発見事項が出てきます。
そのすべてを同じ重さで扱おうとすると、かえって判断ができなくなります。
大切なのは、発見事項を次の4つに分類することです。
1. 価格に反映すべき事項
正常収益力の調整、過大な運転資本の不足、回収不能債権、不良在庫、過大なネットデット、修繕・設備更新の負担などは、買収価格に反映すべき場合があります。
ただし、単純に減額すればよいというものではありません。価格調整で扱うのか、基準運転資本で扱うのか、クロージング時のネットデットで調整するのか、それとも将来の不確実性として別途扱うのかを、整理しておく必要があります。
2. 契約で手当てすべき事項
過年度の税務リスク、簿外債務、偶発債務、関連当事者取引、重要契約の継続、経営者保証、オーナー借入、未解決の労務問題などは、表明保証、補償、誓約事項、前提条件、解除条項に反映していくことがあります。
中小M&Aガイドラインでも、DDによって客観的な資料に基づく検討が可能になり、M&A実行の可否の検討や、譲渡額・表明保証・補償などの最終契約条件の調整を通じて、M&A成立後のトラブル防止につながると整理されています。
3. クロージング前に整理すべき事項
経営者保証の解除・移行、オーナー借入の返済、会社貸付金の回収、不要資産の売却、関連当事者取引の契約化、重要取引先からの同意取得、役員退職慰労金の決定などは、クロージング前に整理すべき事項になり得ます。
ここを曖昧にしたまま進めると、買収後に、売主・買主のどちらが負担するのかが不明確になってしまいます。
4. 買収後の管理課題として引き継ぐ事項
月次決算の遅れ、経理担当者の属人化、会計システムの未整備、部門別損益の未整備、証憑管理の弱さ、在庫管理の不備などは、価格や契約だけでは解決しません。
これらは、買収後の管理体制の整備として引き継いでいく論点です。
本シリーズではPMIの詳細までは踏み込みませんが、財務・税務DDの段階で、買収後にどの管理課題が残るのかを把握しておくことには、大きな意味があります。
「DDを簡略化する」ことと「何も見ない」ことは違う
中小M&Aでは、取引規模や予算の制約から、上場会社の大型M&AのようなフルスコープのDDを行うことが難しい場合があります。
中小M&Aガイドラインでも、この点に触れられています。中小M&Aの実務では、本格的なDDを行わず、数年分の税務申告書の確認や経営者へのヒアリングなどで済ませてしまうことがある一方、DDは譲渡側・譲受側の双方にとって重要なプロセスであり、予算の制約がある場合でも、検討対象を絞るなどの工夫によって調査内容を検討することが望ましい、とされています。
大切なのは、「DDをしない」ことではなく、「重点を絞ってDDをする」ことです。
中小・オーナー企業で最低限おさえておきたい重点領域は、次のように考えると整理しやすくなります。
- 正常収益力に影響する、オーナー関連費用
- 主要取引先・主要仕入先への依存
- 関連当事者取引と、オーナー貸借
- 資金繰り、借入、担保、経営者保証
- 税務申告、税務調査、消費税、源泉所得税
- 簿外債務・偶発債務の兆候
- 経理体制、月次決算、証憑管理
- 買収後に残るキーマンと、管理体制
すべてを深掘りできない場合でも、買収判断に直結する論点から、優先順位をつけて見ていくことができます。
中小・オーナー企業のDDで避けたい誤解
中小・オーナー企業のM&Aでは、次のような誤解が起こりやすくなります。
顧問税理士がいるから、税務リスクはない
顧問税理士が関与していることは重要ですが、それだけで税務リスクがないとはいえません。
税務申告のために整えられた数字と、買収判断に使う数字とでは、そもそも目的が異なります。
DDでは、申告書の存在だけでなく、処理の根拠、証憑、税務調査の履歴、関連当事者取引、そして買収後の税務影響まで確認していきます。
黒字だから、資金繰りも問題ない
利益が出ていても、売掛金の回収が遅い、在庫が膨らんでいる、設備更新が必要、借入返済が重い、オーナーからの資金支援で回っている、といった状況はあり得ます。
財務DDでは、利益だけでなく、運転資本、キャッシュフロー、最低限必要な現預金、追加の資金需要まで確認する必要があります。
オーナーが引き継ぐと言っているから大丈夫
オーナーの協力は重要ですが、口頭での意向だけでは不十分です。
引継期間、業務内容、報酬、競業避止、取引先への説明、従業員対応、経営関与の範囲を明確にしておかなければ、買収後に認識のずれが生じてしまいます。
経営者保証は、買収すれば自然に外れる
経営者保証の解除・移行は、最終的には金融機関の判断に左右されます。
買収契約上でどう位置づけるか、クロージング条件とするか、金融機関との協議をいつ行うかを、事前に整理しておく必要があります。
表明保証を厚くすれば十分
表明保証や補償は重要ですが、売主が個人である場合、補償の実効性に限界があることもあります。
重大なリスクについては、価格調整、クロージング前の整理、エスクロー、分割払い、前提条件、そして撤退の判断まで含めて検討する必要があります。
買収判断に使えるDDにするための実務視点
中小・オーナー企業の財務・税務DDは、精密なレポートを作ること自体が目的ではありません。
目的は、買主が次のような判断をできる状態にすることです。
- この会社の収益力は、買収後も再現できるか
- この価格で買う合理性はあるか
- 価格を変えるべきか
- 契約で手当てすべきリスクは何か
- クロージング前に整理しなければならない事項は何か
- 買収後に、管理体制として引き継ぐ課題は何か
- リスクを受け入れてでも、進めるべきか
- それとも、ここで止まるべきか
そのためには、DDの発見事項を単なるチェック項目として並べるのではなく、判断への影響ごとに整理していくことが欠かせません。
特に中小・オーナー企業では、数字と人、契約、税務、資金、管理体制が、密接に絡み合っています。財務DDだけで完結しない論点も少なくありません。
たとえば、主要取引先との関係はビジネスDDや法務DDとも接続します。未払残業代や退職給付は労務DDと、会計システムや販売管理の弱さはIT DDと、許認可や契約承継は法務DDと、それぞれつながっていきます。
財務・税務DDは中心的な役割を担いますが、孤立して行うものではありません。DD全体の結果を、最終的な実行判断へと統合していくことが重要です。
相談前に整理しておきたい資料と論点
中小・オーナー企業のM&Aを検討している場合、財務・税務DDに入る前に、少なくとも次の資料や論点を整理しておくと、検討の精度が高まります。
- 過去数期分の決算書・税務申告書
- 直近の月次試算表
- 売上・粗利の内訳資料
- 主要取引先・主要仕入先の一覧
- 借入金一覧、返済予定、担保、保証の状況
- 関連当事者との取引一覧
- オーナー貸付金・オーナー借入金の明細
- 役員報酬、親族給与、役員退職慰労金の検討状況
- 固定資産台帳、賃貸借契約、リース契約
- 税務調査の履歴と指摘事項
- 消費税・源泉所得税・インボイス対応の状況
- 経理体制、月次決算の締め日、会計システム
- 買収後に、オーナーがどの程度関与する予定か
- 買収後に残る従業員・キーマン・取引先との関係
これらは、単に専門家へ渡すための資料ではありません。買主自身が、何を引き継ぎ、何を変え、何を条件とすべきかを考えるための材料になります。
中小・オーナー企業のDDは、守りであり、攻めの準備でもある
中小・オーナー企業のM&Aでは、対象会社の魅力が、決算書の外側にあることが多くあります。
- 長年の信用
- 地域での知名度
- 職人の技術
- 少数精鋭の従業員
- 特定顧客との強い関係
- オーナーの営業力
- 柔軟な現場対応
- 大企業にはない、意思決定の速さ
こうした強みは、数字だけでは見えてきません。
しかし同時に、リスクもまた数字の外側にあります。オーナーへの依存、経理の属人化、契約書の未整備、保証・担保、関連当事者取引、税務リスク、そして買収後の管理体制です。
財務・税務DDは、これらを冷静に切り分けるためのプロセスです。
リスクがあるからといって、ただちに撤退するわけではありません。受け入れるリスク、価格で調整するリスク、契約で手当てするリスク、クロージング前に整理するリスク、買収後に管理するリスク。これらを分けて考えることが大切です。
中小・オーナー企業のDDは、買収を止めるためのものではありません。後から説明できる形で、納得して前に進むためのものです。
中小・オーナー企業のM&Aで財務・税務DDを検討されている方へ
中小・オーナー企業のM&Aでは、決算書や税務申告書を確認するだけでは、買収後に残る課題を十分に把握できないことがあります。
正常収益力、関連当事者取引、経営者保証、役員報酬・退職慰労金、税務リスク、経理体制、資金繰り、そして買収後の管理課題まで整理しておくことで、「買うべきか」「条件を変えるべきか」「契約で何を手当てすべきか」を、より冷静に判断しやすくなります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、財務・税務DDを単なるチェック作業としてではなく、M&Aの実行判断に使える「数字と論点の整理」として支援しています。
中小・オーナー企業の買収を検討しており、対象会社の数字や税務リスクをどこまで確認すべきか整理したいとお考えの場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。
振り返り|中小・オーナー企業の財務・税務DDで押さえるべき論点
| 論点 | 確認すべきこと | 実行判断への影響 |
|---|---|---|
| 正常収益力 | オーナー関連費用、一過性損益、買収後に必要な代替コスト | 買収価格、事業計画、バリュエーション前提 |
| 売上・粗利 | 主要取引先、商流、価格条件、オーナー依存 | 売上継続性、取引先同意、引継条件 |
| 関連当事者取引 | オーナー貸借、親族・関連会社取引、不動産賃貸 | 価格調整、税務リスク、クロージング前整理 |
| 経理体制 | 月次決算、証憑管理、会計システム、担当者依存 | 買収後管理、追加人員・外部支援の必要性 |
| 税務DD | 法人税、消費税、源泉所得税、役員報酬・退職金、税務調査履歴 | 補償、表明保証、税務引当、契約条件 |
| 経営者保証 | 保証人、担保、金融機関対応、解除・移行の可否 | クロージング条件、誓約事項、解除条項 |
| 簿外債務・偶発債務 | 未払残業代、訴訟、保証債務、契約上の負担 | 補償、価格調整、撤退判断 |
| オーナー引継ぎ | 引継期間、役割、報酬、競業避止、取引先説明 | 買収後の売上維持、キーマンリスク対応 |
| 他DDとの接続 | 法務、労務、IT、ビジネス、許認可 | 総合的なGo/No-Go判断 |
| DD結果の使い方 | 価格、契約、クロージング前対応、買収後課題への分類 | 後から説明できるM&A判断 |