IPO準備の現場で「三様監査」という言葉が出てくると、監査役・内部監査・監査法人が定期的に集まり、情報交換の場を持てば足りる、と受け止められることがあります。
しかし、三様監査の本質は、会議体を設けることではありません。
監査役監査、内部監査、監査法人監査という立場の異なる監査機能が、それぞれの独立性と役割を保ったまま、会社全体のリスク認識、監査計画、指摘事項、改善状況を一つにつなぎ合わせる。そうして、監査・統制・ガバナンスの実効性を高めていく仕組みです。
IPO準備会社では、会計監査、内部統制、労務、法務、税務、IT、関連当事者、子会社管理、開示体制といった複数の論点が、同時並行で動いていきます。そのなかで、監査役は取締役の職務執行と内部統制を監視し、内部監査は会社内部から業務・統制・リスクを検証し、監査法人は外部の独立した立場から財務諸表等を監査します。
この三者が分断されている会社では、同じ不備が何度も繰り返し見つかります。
たとえば、こうした状態です。
- 監査法人の指摘が経営会議まで上がってこない
- 内部監査の重大な指摘を、監査役が知らされていない
- 監査役が把握している経営者周辺の取引が、監査法人に共有されない
- J-SOX対応の不備が、会計監査・内部監査・取締役会でばらばらに管理される
こうなると、IPO準備はどうしても「指摘対応の寄せ集め」になってしまいます。
上場会社に求められるのは、問題が起きない会社であることではありません。問題を早期に発見し、適切な人に共有し、経営として優先順位をつけ、改善完了まで追跡できる会社であること。三様監査は、そのための監査機能の連携基盤なのです。
三様監査とは何か
三様監査とは、一般に、監査役監査、内部監査、監査法人による会計監査という三つの監査機能の連携を指します。
監査役会設置会社を前提に語られることが多い言葉ですが、監査等委員会設置会社や指名委員会等設置会社では、監査役を監査等委員会あるいは監査委員会に読み替えて考える必要があります。機関設計によって法的な権限や報告ラインは変わってきます。それでも、監査機能を分断させず、リスク情報を経営・取締役会・監査機能へ適切に流すという本質は変わりません。
| 監査機能 | 主な立場 | IPO準備での役割 |
|---|---|---|
| 監査役監査 | 株主から選任され、取締役の職務執行を監査する機関 | 取締役会、経営者、内部統制、会計監査人、内部監査の状況を監視し、ガバナンス上の重要リスクを把握する |
| 内部監査 | 会社内部の独立的な検証機能 | 業務運用、内部統制、リスク管理、コンプライアンスの状況を検証し、改善提案とフォローアップを行う |
| 監査法人監査 | 外部の独立監査人 | 財務諸表等について監査意見を形成し、財務報告リスクや内部統制上の不備を監査の観点から把握する |
三者は、同じことをしているわけではありません。
むしろ、同じことをしてはいけない、と言うべきでしょう。
監査役は、内部監査の担当者ではありません。内部監査は、監査法人の作業補助部隊ではありません。監査法人は、会社の内部統制を設計してくれるコンサルタントではありません。
三様監査で大切なのは、それぞれの役割を混同せず、重複を避けながらも、重要なリスクを見落とさないことです。
この点について、日本公認会計士協会は、監査役等と監査人は相互信頼を基礎としつつ、緊張感ある協力関係のもとで適切な連携を図ることが求められる、と整理しています。あわせて、会社法上の監査役等の権限、会計監査人の報告義務、金融商品取引法上の監査人から監査役等への通知義務などを踏まえれば、こうした連携が監査の実効性と効率性を高めることになります。
IPO準備で三様監査が重要になる理由
IPO準備は、上場申請の直前に書類を整えれば足りる、という性質のものではありません。
東京証券取引所は、新規上場に向けた準備として、証券会社や監査法人などから指導・助言を受けながら社内体制を整備していく必要があるとし、上場申請には申請直前2期間の監査証明が必要になることを示しています。
また、日本取引所グループは、新規上場ガイドブックを上場準備会社やIPO関係者向けに公表し、上場審査の考え方や手続を体系的に整理しています。
ここで問われるのは、単に監査法人の監査を受けているか、内部監査の担当者がいるか、監査役会が設置されているか、ということではありません。問われるのは、もう一段先の実質です。
- 上場会社として、監査機能が実際に働いているか
- 経営者に不都合な情報が、きちんと監査役へ届くか
- 現場で見つかった内部統制の不備が、監査法人対応やJ-SOX対応と接続されているか
- 会計監査上の論点が、取締役会や監査役会で適切に認識されているか
- 改善事項について、誰の責任で、いつまでに、どの証拠をもって完了したと判断するのか
IPO準備会社にとっての三様監査は、上場審査のための形式ではありません。会社が自らを監視し、外部監査に耐え、取締役会がリスクを把握するための仕組みです。
監査役監査の役割|経営者から独立した監督の目線
監査役は、取締役会に出席して意見を述べるだけの存在ではありません。
監査役は、取締役の職務執行を監査し、必要に応じて業務や財産の状況を調査し、会計監査人の監査の方法と結果の相当性まで確認する立場にあります。会社法上の具体的な権限や義務は機関設計によって異なりますので、最新の条文と自社の機関設計に照らして確認しておくことが欠かせません。
IPO準備における監査役の重要な役割は、経営者に近い場所で起きているリスクを把握し、それを取締役会と監査機能へつないでいくことにあります。
とりわけ、次のような論点は、内部監査だけ、あるいは監査法人だけでは、十分に把握しきれないことがあります。
| 監査役が把握すべき論点 | 三様監査で共有すべき理由 |
|---|---|
| 取締役会での重要な意思決定 | 会計処理、開示、資本政策、関連当事者取引に影響する可能性がある |
| 経営者による例外承認 | 内部統制の形骸化や、経営者による内部統制無効化の兆候になり得る |
| 関連当事者・利益相反取引 | IPO審査、開示、税務、監査上の重要論点になりやすい |
| 重要契約・訴訟・許認可 | 事業継続、リスク情報、会計上の引当・偶発債務に影響する |
| 内部通報・不祥事情報 | 不正リスク、内部統制不備、開示要否に影響する |
| 監査法人からの重要指摘 | 取締役の職務執行、決算体制、内部統制の評価に関係する |
監査役が、内部監査や監査法人からの報告を受け取るだけでは十分とは言えません。監査役自身が、取締役会、経営会議、重要会議、稟議、契約、内部通報、監査法人とのコミュニケーションを通じて、能動的に情報を取りに行く姿勢が求められます。
監査役が「報告を待つ人」になっている会社では、不都合な情報はなかなか上がってきません。だからこそIPO準備では、監査役が会社の重要リスクを早期に把握できるよう、情報経路そのものを設計しておくことが重要になります。
内部監査の役割|会社自身が業務と統制を検証する
内部監査は、会社内部から業務運用、内部統制、リスク管理、コンプライアンスを検証する機能です。
内部監査が弱い会社では、監査法人からの指摘、主幹事証券からの質問、監査役からの指摘、J-SOX評価の不備が、それぞれ別々の課題として処理されていきます。その結果、現場は同じ資料を何度も提出し、管理部門は同じ不備を何度も説明し、経営者は本当に重要な改善事項を見失ってしまいます。
内部監査は、三様監査のなかで次のような役割を担います。
| 内部監査の役割 | 三様監査での意味 |
|---|---|
| 業務フローの実態把握 | 規程上のルールと現場運用のズレを、監査役・監査法人へ共有できる |
| 内部統制の運用確認 | J-SOX対応や会計監査上のリスク把握につながる |
| 指摘事項の改善フォロー | 監査役が改善状況を監督し、監査法人が財務報告リスクを判断する材料になる |
| 部門横断の課題把握 | 経理、法務、人事、IT、営業、子会社の問題を、経営課題として束ねる |
| 不正・コンプライアンスリスクの早期発見 | 経営者・監査役・監査法人への適時共有が必要になる |
ただし、内部監査は監査法人の作業代行ではありません。
日本公認会計士協会は、監査基準報告書610「内部監査人の作業の利用」に関する改正の公表のなかで、わが国では内部監査人が監査人を直接補助することは禁止されてきた、と整理しています。仮に監査法人が内部監査人の作業を利用する場合であっても、内部監査機能の状況、客観性、専門能力、作業の品質などを踏まえて判断する必要があります。
出典:日本公認会計士協会|監査基準委員会報告書610「内部監査人の作業の利用」等の改正について
内部監査の品質が高ければ、監査法人とのコミュニケーションは効率化されていきます。しかし、内部監査が監査法人のためだけに存在するような状態になると、会社自身のリスク発見機能としての価値は失われてしまいます。
監査法人監査の役割|外部の独立した立場から数字の信頼性を見る
監査法人は、会社の味方であると同時に、投資家保護のために独立した立場から財務諸表等を監査する存在です。
IPO準備会社では、監査法人に対して「どう処理すればよいか」「どの統制を作ればよいか」「どの資料を用意すれば監査に通るか」と相談したくなる場面が少なくありません。しかし、監査法人は、会社の内部統制を設計し、運用し、評価調書を作成してくれる存在ではありません。監査法人が監査対象そのものを作ってしまえば、独立性が損なわれてしまうからです。
監査法人の主な役割は、次のとおりです。
| 監査法人の役割 | 三様監査で共有すべき内容 |
|---|---|
| 財務諸表監査 | 重要な会計論点、監査上のリスク、監査修正、未修正事項 |
| 内部統制の理解 | 財務報告に影響する業務プロセス、IT統制、決算統制の状況 |
| 経営者との協議 | 会計方針、見積り、継続企業、関連当事者、偶発債務など |
| 監査役等とのコミュニケーション | 監査計画、重要な監査上の発見事項、内部統制不備、不正リスク |
| 上場後を見据えた対応 | KAM、内部統制報告制度、開示スケジュールへの対応 |
日本公認会計士協会の監査実務指針一覧では、監査役等とのコミュニケーションを扱う監査基準報告書260や、内部統制の不備に関するコミュニケーションを扱う監査基準報告書265などが公表されています。
監査法人との連携で大切なのは、会社が監査法人に依存しすぎないことです。会社として論点を整理し、判断の前提、資料、検討過程を示したうえで、監査法人と協議していく。そうした姿勢が欠かせません。そして、監査法人から指摘された事項は、経理部だけの課題にとどめず、監査役、内部監査、取締役会、必要に応じて主幹事証券対応とも接続していくべきものです。
三様監査で共有すべき情報
三様監査の会議を設けても、共有する情報が曖昧なままでは、形式的な近況報告で終わってしまいます。
三様監査で共有すべきは、単なる監査日程ではありません。監査計画、リスク認識、重要論点、指摘事項、改善状況、未解決事項。こうした実質を中心に据えるべきです。
| 共有項目 | 監査役 | 内部監査 | 監査法人 |
|---|---|---|---|
| 年間監査計画 | 監査役監査計画、重点監査領域 | 内部監査計画、リスク評価、対象部署 | 監査計画、重要な監査領域、監査スケジュール |
| リスク認識 | 経営者、取締役会、関連当事者、内部通報 | 業務フロー、統制不備、現場運用、IT | 重要な虚偽表示リスク、会計上の見積り、不正リスク |
| 指摘事項 | 取締役会・経営への監査上の指摘 | 内部監査指摘、改善提案、フォロー状況 | 監査上の発見事項、内部統制不備、監査修正 |
| 改善状況 | 取締役会・経営者への報告状況 | 改善責任者、期限、証跡、再監査 | 監査上の未解決論点、翌期持越し論点 |
| 不正・コンプライアンス | 内部通報、経営者不正、利益相反 | 規程違反、職務分掌不備、証憑不備 | 不正リスク、経営者確認書、監査手続への影響 |
| J-SOX関連 | 取締役会・監査役会への報告 | 評価範囲、RCM、整備・運用評価、不備管理 | 内部統制監査、評価結果の検討、内部統制不備の共有 |
| 開示関連 | 取締役会決議、重要事実、リスク情報 | 情報収集体制、子会社情報、開示統制 | 財務諸表、注記、KAM、表示・開示チェック |
この表からも分かるとおり、三様監査で共有すべき情報は、監査法人の監査日程だけにとどまりません。
むしろ重要なのは、三者がそれぞれ別の入口から把握したリスクを、一つの経営課題として見える化することです。
三様監査の運用タイミング
三様監査は、年に一度の顔合わせでは機能しません。IPO準備では、少なくとも年度初め、四半期または半期、期末前、期末監査後といった節目で、監査機能の認識を合わせていくことが望ましいでしょう。
| タイミング | 主な目的 | 共有すべき内容 |
|---|---|---|
| 年度初め | 監査計画のすり合わせ | 監査役監査計画、内部監査計画、監査法人監査計画、重点リスク |
| 四半期・半期 | 進捗確認 | 内部監査結果、監査法人の期中レビュー状況、取締役会での重要議案 |
| 内部監査報告後 | 指摘事項の共有 | 内部監査指摘、重要度、改善責任者、改善期限、監査役への報告 |
| 決算前 | 決算・監査リスク確認 | 会計上の見積り、減損、引当金、税効果、関連当事者、後発事象 |
| 期末監査後 | 次期改善事項の整理 | 監査修正、未修正事項、内部統制不備、翌期への課題 |
| 上場申請前 | 申請資料・審査対応の整合 | 監査役監査資料、内部監査資料、監査法人対応状況、未解決リスク |
三様監査の会議では、資料を厚くすることよりも、未解決事項を明確にすることのほうが重要です。
具体的には、次の粒度まで落とし込みたいところです。
- 何が問題なのか
- 誰が対応するのか
- いつまでに対応するのか
- 改善の証跡は何か
- 監査役、内部監査、監査法人のどこで再確認するのか
- 取締役会に報告すべき事項か
ここまで詰めておかなければ、三様監査は「情報共有したことにする会議」になってしまいます。
三様監査とJ-SOX対応の接続
IPO準備会社では、三様監査とJ-SOX対応を切り離して考えるべきではありません。
上場後は、金融商品取引法に基づく内部統制報告制度への対応が必要になります。新規上場会社については、一定の場合に内部統制報告書に係る監査証明が免除される制度がありますが、内部統制報告書の提出義務そのものまで当然に免除されるわけではありません。制度の適用関係は、会社の規模や上場時期、最新の法令に照らして確認しておく必要があります。
J-SOX対応では、経営者評価、内部監査または内部統制評価担当者による評価、監査法人による内部統制監査、監査役等によるモニタリングが関わってきます。ここで三様監査が機能していないと、次のような問題が起こりがちです。
| 問題 | 影響 |
|---|---|
| 内部監査がJ-SOX評価だけに偏る | 業務全体のリスク、法務・労務・税務・コンプライアンスリスクを見落とす |
| 監査法人の指摘がJ-SOX担当だけで止まる | 監査役や取締役会が重要な内部統制不備を把握できない |
| 監査役が評価範囲や不備状況を把握していない | 内部統制報告制度に対する監督機能が弱くなる |
| 不備改善の責任者が不明確 | 同じ不備が翌期以降も繰り返される |
| 監査法人への説明と内部監査資料が不整合 | 監査対応が非効率になり、説明可能性が低下する |
金融庁は、財務報告に係る内部統制の基準・実施基準の改訂を2023年4月に公表し、その後、内部統制報告制度に関するQ&A等も改訂しています。この改訂では、内部統制とガバナンス、全組織的なリスク管理との関係、経営者による内部統制の無効化への対応、監査役等や内部監査人の役割などが、重要な論点として示されています。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について
出典:金融庁|内部統制報告制度に関するQ&A等の改訂について
IPO準備の段階では、J-SOXを上場後の制度対応として後回しにするのではなく、三様監査のなかで、評価範囲、重要プロセス、不備管理、改善フォローを共有していくことが重要です。
三様監査とコーポレートガバナンス・コード
上場後は、コーポレートガバナンスに関する説明責任も生じます。
東京証券取引所は、上場会社のコーポレートガバナンスの状況を投資者へ分かりやすく示すため、コーポレート・ガバナンスに関する報告書の提出を求めています。
出典:日本取引所グループ|コーポレート・ガバナンスに関する報告書
また、コーポレートガバナンス・コード補充原則4-13③に関して、日本取引所グループは、内部監査部門と取締役・監査役との連携を確保する方法の一つとして、内部監査部門から取締役会や監査役会に対して適切に直接報告を行う仕組みを示しています。
出典:日本取引所グループ|CGコード(内部監査部門と取締役・監査役との連携確保)
これは、IPO準備会社にとっても重要な示唆を含んでいます。たとえば、こうした状態です。
- 内部監査の報告先が、管理部門長だけになっている
- 内部監査の重大な指摘が、取締役会に上がらない
- 監査役が、内部監査計画を知らない
- 経営者に不都合な指摘が、握りつぶされる
こうした状態のままでは、上場会社としてのガバナンス説明に耐えにくくなります。
内部監査部門と取締役会・監査役会との報告ラインをどう確保するかは、会社の規模や機関設計によって変わってきます。ただ、重要な内部監査結果が経営者だけに閉じてしまわない仕組みは、IPO準備の段階から検討しておくべきものです。
三様監査でよくある失敗
三様監査を導入しても、運用を誤れば形式化してしまいます。
| 失敗パターン | 何が問題か |
|---|---|
| 年1回の顔合わせだけで終わる | 監査計画、リスク認識、指摘事項の共有が実務に反映されない |
| 監査法人対応だけが中心になる | 内部監査や監査役監査が、外部監査の補助業務のようになる |
| 内部監査の指摘が経営者止まり | 監査役や取締役会が重要な不備を把握できない |
| 監査役が内部監査資料を読んでいない | 業務・統制の実態を把握できず、監査役監査が形式化する |
| 監査法人の指摘事項が経理部だけで管理される | 会計以外の部門横断課題が改善されない |
| 指摘事項管理表が複数存在する | 監査役、内部監査、監査法人、主幹事証券の課題が分断される |
| 改善期限が曖昧 | 指摘事項が翌期以降も未解決のまま残る |
| 監査調書共有の範囲が無秩序 | 守秘義務、独立性、監査品質の観点で問題が生じる |
| 子会社・海外拠点が対象外 | 連結ベースのリスクを見落とす |
| 経営者不正リスクが議題に上がらない | 最も重要なガバナンスリスクが監査機能から抜け落ちる |
三様監査が機能していない会社では、監査機能が「点」として散らばっています。
機能している会社では、監査機能が「線」としてつながっていきます。
IPO準備で目指すべきなのは、会議を増やすことではありません。重要なリスクが、適切な監査機能を通じて、経営判断の場に上がってくる状態をつくることです。
三様監査を実効的にするための設計
三様監査を実効的なものにするには、次の五つを設計しておく必要があります。
1. 役割分担を明文化する
まず、監査役、内部監査、監査法人の役割を明確にします。
- 内部監査は何を監査するのか
- 監査役はどの会議に出席し、どの資料を閲覧するのか
- 監査法人からの報告は誰が受け、誰に共有するのか
- J-SOX評価と内部監査の役割をどう分けるのか
- 監査役会への報告事項は何か
これらが曖昧なままの会社では、三様監査はどうしても属人的になっていきます。
2. 年間監査計画を相互に確認する
三者の監査計画は、完全に一致させる必要はありません。むしろ、すべて一致しているようなら、役割分担が不明確だという裏返しでもあります。
大切なのは、監査対象、監査時期、重点リスク、報告タイミングを、相互に理解しておくことです。
たとえば、監査法人が売上認識を重要監査領域とする場合を考えてみます。内部監査は、販売プロセス、契約管理、請求・入金、返品・値引、システム権限を重点的に見ていくことが考えられます。監査役は、重要契約、取締役会承認、関連当事者取引、経営者による例外承認を確認していくことができます。
同じ売上リスクであっても、三者が見る角度はそれぞれ異なります。
この違いを活かすこと。それが三様監査です。
3. 共通の課題管理表を作る
IPO準備では、課題管理表があちこちで発生します。
- 監査法人の指摘事項
- 内部監査の指摘事項
- 主幹事証券の課題管理表
- 労務監査の指摘事項
- 法務DDの指摘事項
- J-SOX評価の不備一覧
- 取締役会・監査役会での課題
これらが別々に管理されると、経営者は優先順位を判断できなくなります。
三様監査では、少なくとも監査役、内部監査、監査法人に関係する重要課題について、共通の課題管理表を持っておくべきです。
| 管理項目 | 内容 |
|---|---|
| 課題番号 | 監査役・内部監査・監査法人の指摘を統合して管理する |
| 発見者 | 監査役、内部監査、監査法人、主幹事証券、外部専門家など |
| 論点分類 | 会計、内部統制、IT、労務、法務、税務、開示、関連当事者など |
| 重要度 | IPOスケジュール、財務影響、法令違反、開示影響、不正リスクで評価する |
| 原因 | 規程不足、運用不備、システム不備、職務分掌不足、教育不足など |
| 改善責任者 | 部門、役職、担当者 |
| 期限 | いつまでに改善するか |
| 改善証跡 | 規程改訂、承認記録、システム設定、研修資料、再監査結果など |
| 報告先 | 経営会議、取締役会、監査役会、監査法人、主幹事証券など |
| ステータス | 未着手、対応中、改善済み、再確認済み、持越し |
三様監査は、情報共有の場であると同時に、課題の滞留を防ぐための仕組みでもあります。
4. 重要事項のエスカレーションルートを決める
すべての指摘事項を取締役会に上げる必要はありません。
しかし、一定の重要事項については、内部監査部門や管理部門で止めることなく、監査役、代表取締役、取締役会へ報告する基準を、あらかじめ決めておく必要があります。
たとえば、次のような事項は、エスカレーションの対象になり得ます。
| 重要事項 | 報告が必要な理由 |
|---|---|
| 不正または不正の疑い | 会計監査、内部統制、開示、法的責任に影響する |
| 経営者による例外処理 | 内部統制無効化や利益相反の兆候になり得る |
| 重要な会計処理の誤り | 財務諸表、監査意見、上場審査に影響する |
| 内部統制の重要な不備 | J-SOX、監査法人対応、開示責任に影響する |
| 関連当事者取引 | 利益相反、開示、税務、上場審査に影響する |
| 法令違反・行政処分 | 事業継続、リスク情報、IPOスケジュールに影響する |
| 子会社での重大不備 | 連結決算、グループ管理、内部統制に影響する |
三様監査の価値は、不都合な情報を早く経営に上げられるところにあります。良い報告だけが上がってくる三様監査は、ガバナンスではなく、ただの儀式です。
5. 議事録とフォローアップを残す
三様監査の会議は、実施しただけでは意味を持ちません。
議題、共有資料、出席者、確認事項、未解決事項、対応責任者、期限、次回確認事項を、きちんと記録しておく必要があります。
IPO準備では、後から「いつ、誰が、何を認識し、どう対応したか」が問われます。とりわけ、監査法人の指摘事項や内部監査の重大な指摘については、改善完了までの証跡が重要になります。
三様監査の記録は、上場審査のためだけのものではありません。上場後の内部統制報告、監査役監査、会計監査、ガバナンス報告にもつながっていく、会社の財産です。
三様監査は「経営者に不都合な情報」を上げるための仕組みである
IPO準備会社では、成長を止めたくない、投資家に悪い印象を与えたくない、上場スケジュールを遅らせたくない、といった心理が働きます。
その結果、不都合な情報が、遅れて共有されてしまうことがあります。
- 売上計上のルールが曖昧だった
- 未払残業が発覚した
- 関連当事者取引が残っていた
- 子会社の決算資料が信頼できなかった
- システム権限が退職者に残っていた
- 経営者承認で規程外の支出が行われていた
- 主要契約に解約条項やチェンジ・オブ・コントロール条項があった
これらは、早く見つかれば改善できます。
しかし、遅れて見つかると、監査、上場審査、開示、資本政策、事業計画にまで波及してしまいます。
三様監査は、経営者にとって耳の痛い情報を、早く、正確に、適切な場へ上げるための仕組みです。
これは、経営者を縛るための制度ではありません。
むしろ、上場後も資本市場に対して説明できる会社になるために、経営者自身を守る仕組みなのです。
三様監査を「全体最適」にするための実務ポイント
最後に、IPO準備会社が三様監査を設計する際の実務ポイントを整理しておきます。
| 実務ポイント | 確認すべき内容 |
|---|---|
| 三者の役割分担 | 監査役、内部監査、監査法人の役割が混同されていないか |
| 報告ライン | 内部監査の重大指摘が監査役・取締役会へ届くか |
| 監査計画の連携 | 監査役監査計画、内部監査計画、監査法人監査計画が相互に把握されているか |
| リスク認識の共有 | 会計、IT、労務、法務、税務、開示、子会社管理の重要リスクが共有されているか |
| 課題管理 | 三者の指摘事項が共通の管理表で管理されているか |
| 改善フォロー | 指摘事項について責任者、期限、改善証跡、再確認が明確か |
| 監査法人依存の防止 | 会社が主体的に論点整理し、監査法人に丸投げしていないか |
| J-SOXとの接続 | 評価範囲、不備管理、改善状況が三様監査で共有されているか |
| 子会社管理 | 連結グループ全体の監査・統制状況が共有されているか |
| 証跡管理 | 三様監査会議の議事録、資料、フォロー状況が残っているか |
会社の規模が小さい場合、最初から大企業のような監査体制を作り込む必要はありません。大切なのは、規模に応じた現実的な体制であっても、監査機能が分断されず、重要なリスクが経営に届く設計になっているかどうかです。
本記事で参照した主な公式情報
出典:日本取引所グループ|上場スケジュール
出典:日本取引所グループ|新規上場ガイドブック
出典:日本公認会計士協会|監査役等の皆様へ
出典:日本公認会計士協会|監査実務指針等
出典:日本公認会計士協会|監査基準委員会報告書610「内部監査人の作業の利用」等の改正について
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について
出典:金融庁|内部統制報告制度に関するQ&A等の改訂について
出典:日本取引所グループ|CGコード(内部監査部門と取締役・監査役との連携確保)
出典:日本取引所グループ|コーポレート・ガバナンスに関する報告書
出典:e-Gov法令検索|会社法
出典:e-Gov法令検索|金融商品取引法
振り返り|この記事の重要ポイント
| 論点 | 重要な考え方 |
|---|---|
| 三様監査の本質 | 監査役・内部監査・監査法人が、それぞれの役割を保ちながらリスク認識と改善状況を共有する仕組み |
| 監査役の役割 | 取締役の職務執行、内部統制、会計監査人の監査の相当性を監視し、不都合な情報を経営・取締役会へ上げる |
| 内部監査の役割 | 業務運用、内部統制、リスク管理を会社内部から検証し、改善提案とフォローアップを行う |
| 監査法人の役割 | 外部の独立した立場から財務諸表等を監査し、会計・内部統制上の重要リスクを把握する |
| 役割の混同 | 監査役は内部監査人ではなく、内部監査は監査法人の作業補助部隊ではなく、監査法人は会社の内部統制設計者ではない |
| 情報共有 | 監査計画、リスク認識、指摘事項、改善状況、J-SOX論点、開示関連論点を共有する |
| 課題管理 | 監査役、内部監査、監査法人の指摘事項を共通の課題管理表で管理する |
| J-SOXとの接続 | 上場後の内部統制報告制度を見据え、評価範囲、不備管理、改善フォローを三様監査と連動させる |
| ガバナンス報告 | 内部監査部門と取締役会・監査役会との報告ラインは、上場後のガバナンス説明にも関係する |
| IPO準備上の意味 | 三様監査は上場審査の形式対応ではなく、上場後も資本市場に説明できる会社をつくるための監査インフラである |
三様監査体制の整備をご検討の方へ
三様監査は、監査役、内部監査、監査法人を集めて定例会を開けば完成する、というものではありません。
大切なのは、自社の機関設計、事業モデル、内部統制の成熟度、監査法人対応、J-SOX準備、主幹事証券からの指摘事項を踏まえたうえで、どのリスクを、誰が、どのタイミングで把握し、どこへ報告し、どのように改善完了まで管理していくかを設計することです。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、IPO準備を単なる上場手続としてではなく、会計・税務・内部統制・ガバナンス・開示責任を資本市場に耐える水準へ引き上げるプロセスとして捉えています。そのうえで、監査役監査、内部監査、監査法人対応、J-SOX準備、課題管理表の整備まで、一体で整理するご支援を行っています。
監査役・内部監査・監査法人の役割分担が曖昧な場合、監査法人からの指摘事項を部門横断で管理できていない場合、上場後のJ-SOXやガバナンス報告を見据えて監査体制を整えたい場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。