税務・会計・法務・許認可を踏まえてスキームを見直す|M&Aの実行前に確認すべき横断論点

M&Aのスキームは、最初に決めた形のまま最後まで進むとは限りません。

検討の初期には、「株式譲渡で進める」「事業譲渡で一部事業だけを切り出す」「会社分割を使う」「合併で統合する」といった方針を、いったん置くことになります。ただし、その方針はあくまで仮説にすぎません。税務、会計、法務、許認可、契約承諾、資金調達、そしてDDで見つかったリスク。こうした要素を踏まえていくと、当初のスキームを修正すべき場面は決して少なくありません。

たとえば株式譲渡は、手続が比較的シンプルに見えます。しかし、法人格を丸ごと引き継ぐ以上、簿外債務、税務リスク、許認可違反、契約違反、労務問題までもが、そのまま対象会社に残ります。

事業譲渡はリスクを切り分けやすい一方で、契約移転、従業員対応、許認可、資産移転、消費税、実行手続の負担が重くなります。会社分割は事業承継に向く場面がありますが、債権者保護、労働承継、税制適格性、会計処理、許認可の確認が欠かせません。合併は包括承継の利便性がある反面、不要なリスクまで取り込んでしまう可能性があります。

つまりスキーム選択とは、「どの形式が有名か」「手続が簡単そうか」で決めるものではありません。M&Aの目的を達成するために、どのリスクを引き受け、どのリスクを遮断し、どのコストを負担し、どのスケジュールなら実行できるのか。これらを見極めていく判断作業です。

会社法は、合併、会社分割、株式交換、株式移転といった組織再編行為や、事業譲渡等について、その手続と効力を定めています。

出典:e-Gov法令検索|会社法

また法人税法は、組織再編成に関する課税関係や欠損金等の取扱いを含め、法人税の計算ルールを定めています。

出典:e-Gov法令検索|法人税法

本記事では、各制度の細かな手続そのものではなく、中小・中堅企業がM&Aの全体設計のなかで「このスキームのまま進めてよいか」「どの時点で見直すべきか」を判断するための軸を整理していきます。

目次

スキームは「最初に決めるもの」ではなく「検証しながら更新するもの」

M&Aの初期段階では、相手方、価格、対象範囲、支払条件、スケジュールを整理するために、スキームをいったん仮置きします。

ただし、仮置きしたスキームは、新しい情報がそろうたびに見直す必要があります。

見直しのきっかけスキームに与える影響
株主構成の確認株式譲渡で全株取得できるか、スクイーズアウトや株式交換等が必要か
資産・負債の確認法人格ごと取得するか、事業・資産だけを取得するか
税務DD適格・非適格、譲渡益課税、みなし配当、繰越欠損金、消費税等の影響
会計検討のれん、PPA、共通支配下取引、事業分離会計、連結範囲への影響
法務DD契約承諾、許認可、労務、訴訟、偶発債務、COC条項への対応
許認可確認株式譲渡で維持できるか、事業譲渡・分割で再取得が必要か
資金調達確認借入条件、金融機関承諾、財務制限条項、担保設定との整合性
PMI方針完全統合するか、子会社として残すか、段階的に統合するか

実務では、守秘義務契約、DD、買収契約交渉、クロージング準備、クロージングという流れのなかで、DDの結果や許認可対応を踏まえながら条件を固めていきます。

そのため、基本合意や意向表明の段階でスキームを記載したとしても、それが最終確定というわけではありません。DDで発見されたリスクが軽微であれば、買い手がそのまま許容することもあります。一方で、契約条項、支払条件、価格調整、スキーム変更、さらには取引中止まで含めて、対応を検討しなければならない場面もあります。

スキームの見直しは、検討が迷走していることを意味しません。むしろ、当初の仮説を事実で検証し、実行後に後悔しにくい形へ修正していく。そのための大切なプロセスです。

税務:税負担だけでなく「誰に、いつ、どの所得が発生するか」を見る

スキームの見直しにおいて、最も早い段階から確認しておきたいのが税務です。

税務は、単に「税金が高いか安いか」という問題ではありません。誰に課税されるのか、どの時点で課税されるのか、どの所得区分になるのか。そして将来の償却・損金算入・繰越欠損金にどう影響するのか。ここまで含めて判断していく必要があります。

売り手側の税務を見る視点

売り手側では、まず「誰が売却益を得るのか」を確認します。

株式譲渡であれば、売却する株主に譲渡所得または譲渡益が生じます。事業譲渡であれば、原則として売り手会社に譲渡益が生じ、株主が直接売却代金を受け取るわけではありません。会社分割や合併では、適格・非適格の判定、株主課税、対象資産の含み損益の扱いが問題となります。

中小企業では、オーナー個人が株主であり、会社と経営者個人の資産・負債が密接に結びついているケースも少なくありません。売り手自身は「会社を売る」と考えていても、実際には株主が株式を売るのか、会社が事業を売るのか、あるいは自己株式取得を使うのか。その違いによって、手取りもリスクも大きく変わってきます。

とりわけ、役員退職慰労金、不動産、役員貸付金・借入金、経営者保証、親族株主の整理を同時に行う場合には、M&A価格だけを見ていても判断はできません。

買い手側の税務を見る視点

買い手側では、取得後の税務上のメリット・デメリットも見ておきます。

株式譲渡では、対象会社の法人格が残るため、対象会社の税務リスクもそのまま残ります。また、買い手が支払った株式取得価額は、原則として対象会社の個別資産の税務上の取得価額に直接反映されるわけではありません。

事業譲渡では、買い手が個別資産を取得することになるため、資産の取得価額、減価償却、資産調整勘定、消費税、登録免許税、不動産取得税などを検討します。その一方で、対象会社の繰越欠損金は引き継げません。

組織再編では、適格組織再編成か非適格組織再編成かによって、資産・負債の移転価額、譲渡損益、株主課税、繰越欠損金、含み損益の扱いが変わります。国税庁の法人税基本通達でも、組織再編成の日、適格合併等の判定、従業者や主要な資産負債等に関する取扱いが示されています。

出典:国税庁|法人税基本通達 第1章第4節 組織再編成

ここで大切なのは、「税務上有利だから、このスキームにする」と短絡的に考えないことです。税務上の繰延べやメリットがあったとしても、法務上の承諾取得が難しい、許認可が承継できない、PMIの観点では法人格を残したほうがよい、金融機関の承諾が得られない――こうした事情が重なることは、実務では珍しくありません。

税務はスキーム選択の重要な要素ではありますが、それ単独で結論を出すものではないのです。

会計:のれん・PPA・共通支配下取引・事業分離を事前に読む

会計上の影響は、買い手の財務諸表、金融機関への説明、取締役会での説明、そして将来の業績管理に直結します。

中小・中堅企業では、M&Aの実行時に会計処理を後回しにしてしまいがちです。しかし、実行後になって、のれん、減損、PPA、連結範囲、資本取引の処理が想定外のものになると、買収後の経営管理に影響が及びます。

企業結合会計基準は、企業結合に関する会計処理と開示を定めており、企業結合に該当する取引については、共同支配企業の形成や共通支配下の取引も含めて同基準を適用するものとしています。

出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第21号 企業結合に関する会計基準

また事業分離等会計基準は、会社分割や事業譲渡などで事業を分離する企業の会計処理、合併や株式交換などの企業結合における株主側の会計処理等を定めています。

出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第7号 事業分離等に関する会計基準

買収会計になるのか、共通支配下取引になるのか

会計上は、同じ合併・会社分割・株式交換であっても、取得に該当するのか、共通支配下の取引に該当するのか、あるいは共同支配企業の形成に該当するのかによって、処理が異なります。

たとえば、外部から対象会社を買収する場合には、取得企業を識別し、取得原価を識別可能な資産・負債へ配分したうえで、その差額をのれんまたは負ののれんとして認識するかどうかを検討します。企業結合取引では、取得原価を識別可能な資産・負債の時価へ配分し、差額をのれんまたは負ののれんとして識別するPPAが重要になります。

一方、同一の企業グループ内での再編であれば、共通支配下取引として帳簿価額を基礎に処理する場面があります。企業結合会計では、企業集団内の企業結合を独立企業間の企業結合と区別し、共通支配下の取引として会計処理を定めています。

会計処理がスキームを変えることがある

会計処理は、税務のようにキャッシュアウトを伴うとは限りません。それでも、次のような形で経営判断に影響を及ぼします。

  • のれんが多額に発生する
  • 取得後に減損リスクが高い
  • PPAで顧客関連資産、技術、ブランド等の無形資産を識別する必要がある
  • 連結範囲や持分法適用の判断が変わる
  • 子会社化か事業取得かで財務指標が変わる
  • 金融機関との財務制限条項に影響する
  • 投資回収計画と会計上の利益がずれる
  • 上場会社・監査対象会社では開示や監査対応が必要になる

買い手が「株式取得で手早く買う」と考えていても、買収後に多額ののれんや減損リスクを抱えることになるのであれば、取得対象範囲、価格、支払条件、PMI計画を見直す必要があります。

売り手側でも同様です。事業譲渡や会社分割によって譲渡損益がどのように表示されるか、残る会社の財務諸表がどう見えるか、金融機関にどう説明するか。これらを確認しておかなければなりません。

会計は「決算時の処理」ではなく、スキーム選択の段階で読むべき判断材料なのです。

法務:リスクを承継するのか、遮断するのかを決める

法務面では、スキームごとに「権利義務をどのように移すか」が大きく異なります。

株式譲渡では、対象会社そのものは変わらず、株主だけが入れ替わります。契約や許認可は、形式上はそのまま残ることもあります。ただし、支配権変更条項、チェンジ・オブ・コントロール条項、金融機関承諾、取引先への通知、業法上の届出が必要となる場合があります。

事業譲渡では、対象となる資産・契約・従業員・許認可を、個別に移していく必要があります。移したいものを選べる反面、個別承諾や名義変更がボトルネックになりやすいのが実情です。

会社分割や合併では、包括承継の効果があるため、個別移転の手続を軽減できる場合があります。とはいえ、債権者保護、労働承継、許認可、契約上の承諾、反対株主への対応などは、やはり確認が必要です。

法務DDでは、発見されたリスクを踏まえて、そもそも取引を実行すべきか、当初のストラクチャーのままでよいかを判断します。重大な偶発債務や許認可の問題が見つかった場合には、株式譲渡から会社分割・事業譲渡へ変更し、リスクを切り離すことが検討されることもあります。

リスク遮断を目的にスキームを変える場面

スキームの見直しが必要になる典型例として、次のような場合が挙げられます。

  • 対象会社に過去の税務リスクがある
  • 労務未払い、社会保険、退職給付、ハラスメント等の潜在リスクがある
  • 環境汚染、製品保証、訴訟、行政処分リスクがある
  • 許認可違反や名義貸しに近い状態がある
  • 主要契約に解除権や承諾条項がある
  • 不要な事業、不動産、借入、保証が対象会社に残っている
  • 関係会社取引や個人資産との境界が曖昧である
  • 株主構成が複雑で、全株取得が難しい

こうした場合、買い手は「法人格を丸ごと取得すること」が本当に合理的なのかを、あらためて検討します。リスクが限定的で、価格や契約で対応できるのであれば、株式譲渡を維持することもあります。一方、リスクの金額化が難しく、発生可能性も読みにくい場合には、対象事業だけを事業譲渡や会社分割で切り出すほうが合理的なこともあります。

ただし、事業譲渡や会社分割にすれば、すべてのリスクを遮断できるわけではありません。詐害行為、会社分割における債権者保護、労働承継、事実上の事業継続性、契約上の責任など、また別の論点が出てきます。リスク遮断を目的にスキームを変更する場合ほど、法務・税務・会計を一体で確認しておくべきです。

許認可:株式譲渡なら維持できるとは限らず、事業譲渡なら移せるとも限らない

許認可は、M&Aのスキームを大きく左右します。

許認可といっても、その性質は制度ごとにさまざまです。会社に付いているもの、事業所に付いているもの、人員・設備・管理体制に付いているもの、株主・役員構成に影響されるもの。それぞれ前提が異なります。

そのため、「株式譲渡なら許認可はそのまま」「事業譲渡なら許認可は移せない」と単純化してしまうのは危険です。

株式譲渡では、許認可の名義人は変わらないため、形式上は維持されることがあります。ただし、支配株主や役員の変更、外資規制、反社会的勢力の排除、財務要件、人的要件、事前届出・事後届出によって、手続が必要になる場合もあります。

事業譲渡では、許認可が自動的に移るわけではなく、買い手側で新規取得や変更届、承認が必要になる場合があります。許認可が取得できるまで営業できないのであれば、クロージング日、契約上の前提条件、移行期間、TSA、売り手による一時的な営業継続まで含めて設計する必要があります。

会社分割・合併では、個別の法令によって、許認可の承継、届出、承認、再取得の要否が分かれます。包括承継だからといって、許認可も当然に承継できるとは限らないのです。

許認可は初期段階で一覧化する

許認可が重い業種では、スキームを決める前に、次の事項を一覧化しておきます。

  • 許認可・届出・登録・認定の名称
  • 名義人
  • 所管官庁
  • 対象事業・対象拠点
  • 株主変更・役員変更時の手続
  • 合併・分割・事業譲渡時の承継可否
  • 事前相談の要否
  • 標準処理期間
  • 営業停止期間の有無
  • クロージング前に完了すべき事項
  • クロージング後で足りる事項

この一覧がないまま基本合意や最終契約へ進んでしまうと、契約締結後になって「許認可が間に合わない」「承認が得られない」「事業譲渡では営業を開始できない」といった問題が起こります。

外国投資家が関与する場合には、外為法上の対内直接投資等・特定取得の事前届出や事後報告についても確認が必要です。財務省は対内直接投資審査制度に関する情報を公表しており、日本銀行の外為法Q&Aでは、事前届出免除制度や事後報告等の考え方も整理されています。

出典:財務省|対内直接投資審査制度について
出典:日本銀行|外為法Q&A(対内直接投資・特定取得編)

また、一定規模の株式取得では、公正取引委員会への事前届出が必要となる場合があります。公正取引委員会は、株式取得に関して、取得会社側の国内売上高合計額、株式発行会社側の国内売上高、取得後の議決権保有割合などに基づく届出要件を公表しています。

出典:公正取引委員会|株式取得の届出制度

中小・中堅企業のM&Aであっても、相手方が外国資本である、業種規制がある、一定規模の企業グループが関与する、主要取引先が上場会社・大企業である――こうした場合には、許認可・規制対応がクロージング条件の中心になることがあります。

契約承諾:COC条項と第三者承諾はクロージング条件に直結する

スキームを見直す際に見落とされやすいのが、契約承諾です。

対象会社が、重要な取引先、仕入先、販売代理店、金融機関、フランチャイズ本部、賃貸人、システムベンダー、ライセンサーと契約している場合、M&Aによって契約の承諾・通知・解除権が問題となります。

株式譲渡では、契約当事者そのものは変わりません。ただし、支配権変更条項があれば、株主が変わるだけで通知・承諾・解除権が発生することがあります。

事業譲渡では、契約の相手方から個別の承諾を取得しなければ、契約を移転できない場合があります。

会社分割・合併では、包括承継の効果がある場合でも、契約条項や個別法令によって承諾・通知が求められることがあります。

重要契約については、買い手が承諾取得を売り手の義務とし、クロージングの前提条件にするよう求めることがあります。一方、売り手にとっては、承諾取得の遅延や拒否によってクロージングが不確実になりかねません。そのため、対象を重要契約に絞る、努力義務にとどめる、前提条件から外すといった交渉が必要になります。

契約承諾は「全部取る」か「取らない」ではない

契約承諾の実務判断では、次のように分類していきます。

  • 絶対に承諾が必要な契約
  • 承諾がなくても法的には移転できるが、関係維持上は通知すべき契約
  • 解除されると事業継続に重大な影響がある契約
  • 代替先があり、承諾未取得でも致命的ではない契約
  • クロージング前に取得すべき契約
  • クロージング後の対応で足りる契約

この分類によって、スキーム、クロージング条件、誓約事項、補償、価格調整、支払留保の設計が変わってきます。

たとえば、主要取引先の承諾が取れなければ事業価値が大きく下がる場合、買い手としてはクロージングの前提条件にしたいはずです。一方で売り手は、M&Aの情報が取引先に漏れるリスクを避けたい場合があります。こうしたときは、承諾取得のタイミング、開示範囲、説明者、そして承諾が得られなかった場合の対応を、慎重に設計します。

契約承諾の論点は、法務だけにとどまりません。情報管理、取引先対応、価格、クロージング条件にまで直結しています。

資金調達:スキームが金融機関の判断を変える

買い手側では、スキームによって必要資金、借入条件、担保、金融機関の承諾が変わります。

株式譲渡では、買い手が売り手株主に買収代金を支払い、対象会社の既存借入はそのまま残ります。対象会社に経営者保証がある場合には、保証解除や借換えをどう行うかが課題となります。

事業譲渡では、買い手が売り手会社に事業譲渡代金を支払います。取得した資産を担保にできる場合もありますが、許認可や契約承諾が未了だと、金融機関が資金実行に慎重になることがあります。

会社分割では、承継する資産・負債、債権者保護、金融機関承諾、担保の付替え、既存借入の取扱いが問題となります。

合併では、被合併会社の債務を包括的に取り込むことになるため、金融機関や債権者への説明が重要になります。とりわけ債務超過会社を合併する場合には、会社法上の手続や債権者保護の観点から、特に慎重な検討が求められます。債務超過会社を被合併法人とする合併では、簡易合併を使えない場合や、債権者保護上の対応が問題となることがあります。

買収ファイナンスを利用する場合には、SPA上の前提条件よりも、ローン契約上の前提条件のほうが厳しくなることもあります。買い手が「契約上は実行できる」と考えていても、金融機関が資金を実行できなければ、クロージングはできません。買収ファイナンスでは、初期検討、本格検討、関連契約のドキュメンテーション、実行・クロージングという流れのなかで、資金実行の条件を詰めていく必要があります。

スキーム選択では、税務・法務だけでなく、「その日に資金が動くか」「金融機関が承諾するか」「保証・担保を解除できるか」までを確認しておくことが欠かせません。

売り手側から見たスキーム見直し

売り手にとってスキームの見直しは、価格だけの問題ではありません。手取り、責任、引継ぎ、そして残る会社の状態にまで影響します。

売り手が守るべきもの

売り手が確認しておきたい主な論点は、次のとおりです。

  • 税引後手取りは、どのスキームでどう変わるか
  • 会社に資金が入るのか、株主に資金が入るのか
  • 売却後に、会社・個人にどの責任が残るか
  • 経営者保証は解除されるか
  • 個人所有の不動産や関連当事者取引はどう処理するか
  • 従業員・取引先には、どのタイミングで説明するか
  • 少数株主・親族株主への説明ができるか
  • クロージング後に、ポストクロージング事項が残りすぎないか
  • 売り手会社に残る資産・負債・税務申告を処理できるか

事業譲渡の場合、売り手会社は譲渡後も残ります。その残る会社に、借入、税務債務、不要資産、従業員、取引先、清算手続が残ることもあります。株式譲渡であれば会社ごと移るため、一見すると手離れは良いように見えます。しかし、表明保証、補償、経営者保証、退職慰労金、引継ぎ義務が残る場合があります。

売り手側では、「高く売れるか」だけでなく、「売却後にどこまで責任・手続・関係者対応が残るか」までを見据えてスキームを判断します。

買い手側から見たスキーム見直し

買い手にとってスキームの見直しは、投資仮説を守るための作業です。

買い手が守るべきもの

買い手が確認しておきたい主な論点は、次のとおりです。

  • 買収目的を達成するために必要な資産・契約・人材・許認可を取得できるか
  • 不要な負債・偶発債務・税務リスクを引き受けすぎていないか
  • 取得後の支配レベルは十分か
  • PMIを進めやすい法人格・組織設計になっているか
  • 主要取引先・従業員が離脱しないか
  • 金融機関の資金実行条件を満たせるか
  • のれん・PPA・減損リスクを説明できるか
  • DD発見事項を価格・契約・スキームに反映できているか
  • 撤退ラインを超えていないか

買い手にとって最も避けたいのは、取得後に「欲しかったものが取れていない」「不要なリスクだけが残った」という状態です。

たとえば、買収の目的が顧客基盤の獲得であるにもかかわらず、主要な顧客契約が移転できないのであれば、株式譲渡に変える、承諾取得をCPにする、価格を見直す、あるいは取引自体を保留する、といった判断が必要になります。

買収の目的が人材・技術の獲得であるにもかかわらず、キーパーソンが残らないのであれば、スキームだけでなく、雇用条件、インセンティブ、経営への関与、PMI計画まで見直さなければなりません。

M&Aは、成立そのものが目的ではありません。買収の目的を実現できるかどうかが重要なのです。

DD後にスキームを見直す実務フレーム

スキームの見直しは、感覚で進めると混乱します。実務では、DD後に次の順序で整理していきます。

1. 発見事項を分類する

まず、DDで見つかった論点を分類します。

  • 価格に反映すべき論点
  • 契約で保護すべき論点
  • クロージング前に解消すべき論点
  • スキーム変更で対応すべき論点
  • PMIへ引き継ぐ論点
  • 撤退を検討すべき論点

軽微な未払費用であれば、価格調整で足りるかもしれません。主要な許認可の承継が不可能であれば、スキーム変更が必要かもしれません。違法状態や重大な偶発債務であれば、撤退も視野に入れます。

2. 現行スキームで対応できるかを確認する

次に、当初のスキームのままで対応できるかを見ます。

  • 価格変更で足りるか
  • 表明保証・補償で足りるか
  • 誓約事項でクロージング前に解消できるか
  • CPを追加すれば対応できるか
  • 支払留保やエスクローで対応できるか
  • PMIで管理できるか

契約交渉では、リスクをゼロにすることを目指すのではなく、どのリスクを引き受けるかを見極めることが重要です。

3. スキーム変更が必要かを判断する

現行スキームでは対応できない場合に、スキーム変更を検討します。

  • 株式譲渡から事業譲渡へ変更する
  • 株式譲渡から、会社分割後の株式譲渡へ変更する
  • 事業譲渡から会社分割へ変更する
  • 合併ではなく、完全子会社化にとどめる
  • 一括取得ではなく、段階取得にする
  • 一部の資産・負債を対象外にする
  • クロージング前に、不要資産・関連当事者取引を整理する
  • 外資・競争法・業法対応のため、実行時期を変更する

スキームを変更する際には、税務・会計・法務・許認可・資金調達・PMIを、もう一度横断的に確認します。ある論点を解決するために別の重大なリスクを生んでしまうのであれば、その変更は合理的とはいえません。

4. 条件変更または撤退を判断する

スキーム変更でも対応できない場合には、条件変更または撤退を検討します。

  • 価格を下げる
  • 補償を強化する
  • CPを追加する
  • 支払条件を変更する
  • 対象範囲を縮小する
  • クロージングを延期する
  • 相手方の是正対応を待つ
  • 取引を中止する

条件変更や撤退は、M&Aの失敗ではありません。むしろ、当初の想定と異なる事実が見つかったにもかかわらず、条件を変えずに進めてしまうほうが危険です。

スキーム見直しで作成すべき資料

後から説明できる判断にするためには、スキーム見直しの過程を資料として残しておくことが大切です。

少なくとも、次の資料を作成します。

  • 当初想定スキームの整理
  • 代替スキームの比較表
  • 税務影響の概要
  • 会計影響の概要
  • 法務DD発見事項一覧
  • 許認可・届出・承認一覧
  • 主要契約承諾一覧
  • 金融機関・資金調達条件の整理
  • クロージング条件一覧
  • 未解消事項と対応方針
  • 最終判断メモ

中小企業庁の中小M&Aガイドラインでも、中小M&Aに先立つ「見える化」「磨き上げ」の一環として、株式・事業用資産等の整理・集約が、重要な準備事項として位置づけられています。

出典:中小企業庁|中小M&Aガイドライン

また中小PMIガイドラインでは、狭義のPMIだけでなく、M&A成立前の「プレPMI」や成立後の継続的な取組まで含めて、PMIのプロセスが整理されています。スキームの見直しは、成立後の運営を見据えたプレPMIの入口でもあるのです。

出典:中小企業庁|中小PMIガイドライン

スキームを見直すべき典型場面

実務上、特にスキームの見直しを検討すべき場面は、次のとおりです。

1. 許認可が事業価値の中心にある場合

医療、介護、建設、運送、産廃、人材、金融、教育、フランチャイズ、食品、酒類、通信、電気、警備など、許認可・届出・登録が事業継続の前提となる業種では、スキーム選択を許認可から逆算します。

許認可が移らない、取得まで時間がかかる、役員・株主の変更で承認が必要、外資規制がある――こうした場合には、株式譲渡、会社分割、事業譲渡、合併のうち、どれが現実的かを早期に見直します。

2. 偶発債務・税務リスクが重い場合

過去の税務処理、未払残業代、訴訟、環境債務、製品保証、行政処分リスクがある場合には、株式譲渡で法人格ごと取得することが妥当なのかを、あらためて検討します。

リスクを価格や補償で受け止めるのか、対象事業だけを切り出すのか、それとも取引を見送るのか。これらを比較します。

3. 主要契約の承諾が不確実な場合

主要な顧客・仕入先・ライセンス契約・賃貸借・金融機関契約にCOC条項や譲渡制限がある場合には、契約承諾をCPにするか、スキームを変更するかを検討します。

承諾を取得しないまま進める場合には、解除されたときの価格調整、補償、支払留保、PMI対応を整理しておきます。

4. 売り手会社に不要資産・不要負債が多い場合

株式譲渡で進めると、買い手が不要な不動産、関係会社、役員貸借、投資有価証券、遊休資産、借入、保証まで引き受けてしまうことがあります。

この場合には、クロージング前に整理するのか、事業譲渡・会社分割で必要な事業だけを切り出すのかを検討します。

5. 買収後の統合方針が変わった場合

当初は完全統合を想定していたものの、対象会社のブランド、従業員、取引先関係を残したほうがよいと分かった場合には、合併ではなく子会社化にとどめるという判断があります。

逆に、管理体制や内部統制を早期に統合しなければリスクが高い場合には、段階取得ではなく、支配権取得や完全子会社化を優先することもあります。

「税務・会計・法務・許認可」の優先順位は案件ごとに変わる

スキームの見直しでは、すべての論点を同じ重さで扱おうとすると、かえって判断ができなくなります。案件ごとに、どの論点が実行の可否を左右するのかを見極めることが必要です。

税務コストが大きくても、許認可が承継できなければ実行できません。許認可がクリアできても、主要契約が解除されれば事業価値は毀損します。契約承諾が取れても、税務リスクが価格を超えるのであれば、進めるべきではありません。税務上は有利でも、会計上ののれんや減損リスクを説明できなければ、社内承認は難しくなります。リスクを遮断できても、PMIで必要な人材・契約・システムを取得できなければ、買収の目的は達成できません。

そこでスキームの見直しでは、次の順序で考えると整理しやすくなります。

まず、M&Aの目的の達成に不可欠なものを特定する。次に、その取得・承継を妨げる法務・許認可・契約上の障害を確認する。そのうえで、税務・会計・資金調達のコストを比較する。最後に、契約条件とクロージング条件で残るリスクを管理する。

この順序を誤ると、「税務上はよいが事業が移らない」「手続は簡単だがリスクを取り込みすぎる」「価格は合ったがクロージングできない」といった状態に陥ってしまいます。

スキーム見直しの最終判断で確認すべきこと

最終的にスキームを決める前には、経営者・株主・取締役・金融機関・専門家に対して、次の問いを説明できるかを確認します。

  • なぜ当初のスキームから変更するのか
  • 変更しない場合、どのリスクが残るのか
  • 変更後のスキームで、M&Aの目的は達成できるのか
  • 売り手・買い手それぞれの税務影響は把握できているか
  • 会計処理、のれん、PPA、連結影響は説明できるか
  • 許認可・契約承諾は、クロージングまでに満たせるか
  • 金融機関の資金実行条件と矛盾しないか
  • 契約上の表明保証、補償、誓約、CPで管理できるか
  • 未解消事項はPMIへ引き継げるか
  • 撤退ラインを超えていないか

これらの問いに答えられないまま最終契約へ進んでしまうと、M&A成立後に「なぜこの形にしたのか」を説明できなくなります。

スキームは、契約書に書く形式ではありません。M&Aの目的・リスク・条件・実行後の運営をつなぐ、いわば設計図なのです。

スキームの見直しを自社だけで抱え込まない

税務・会計・法務・許認可が交差するスキーム判断は、社内だけで完結させにくい領域です。

特に中小・中堅企業では、管理部門の人員が限られ、過去の契約書や許認可資料が整理されていないこともあります。そこに株主関係、経営者保証、個人所有資産、金融機関対応、従業員説明が絡んでくると、形式的なスキーム比較だけでは、実行判断には耐えられません。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&Aのスキームを、税務だけ、会計だけ、価格だけで見るのではなく、DD発見事項、契約条件、クロージング条件、資金、そしてPMIへの引継ぎまで含めて整理いたします。

すでに相手方からスキーム案を提示されている場合でも、その形が自社にとって合理的とは限りません。基本合意の前、DDの後、最終契約の前。そのいずれの段階であっても、「このスキームで本当に進めてよいか」を一度立ち止まって確認する価値があります。

税務・会計・法務・許認可のどこにボトルネックがあるのか、価格や契約条件で対応できるのか、スキーム変更や撤退の判断まで含めて整理したい場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。

この記事の振り返り

論点確認すべき判断軸
スキームの位置づけ初期段階のスキームは仮説であり、DD・税務・会計・法務・許認可の結果で見直す
税務誰に、いつ、どの所得が発生するか。適格・非適格、譲渡益、みなし配当、繰越欠損金、消費税を確認する
会計取得、共通支配下取引、事業分離、のれん、PPA、連結影響、減損リスクを事前に読む
法務権利義務を承継するのか、リスクを遮断するのか。偶発債務、労務、訴訟、契約違反を確認する
許認可株式譲渡・事業譲渡・会社分割・合併で、承継・届出・承認・再取得の要否が異なる
契約承諾COC条項、譲渡制限、金融機関承諾、主要契約承諾をクロージング条件にするか判断する
資金調達スキームにより必要資金、担保、金融機関承諾、ローン実行条件が変わる
売り手側の視点税引後手取り、保証解除、残る会社、親族・少数株主説明、ポストクロージング事項を確認する
買い手側の視点買収目的に必要な資産・契約・人材・許認可を取得できるか、不要リスクを負いすぎないかを確認する
DD後対応発見事項を価格、契約、CP、スキーム変更、PMI、撤退要因に分類する
スキーム変更株式譲渡から事業譲渡・会社分割へ、合併から子会社化へ、段階取得へ変更する選択肢を比較する
最終判断なぜそのスキームを選んだのかを、株主・取締役・金融機関・相手方に後から説明できる状態にする

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次