M&Aの最終契約に登場する「表明保証」は、契約書のなかでも特に重みのある条項です。
ところが実務の現場では、言葉の難しさのわりに、その意味が十分に理解されないまま交渉が進んでしまう場面に何度も出会います。
たとえば、こんな受け止め方です。
- 専門家が入れている条項なのだから、問題はないだろう
- 一般的な契約書に入っている定型文だろう
- DDをしたのだから、表明保証は念のためのものだろう
- 売り手としては、それほど細かく見なくても大丈夫だろう
こうした感覚のまま進んでしまうと、いざM&Aの後に問題が起きたときに、思い描いていたリスク分担と、契約上の責任とがずれていた、という事態になりかねません。
表明保証は、単なる契約書上の形式ではありません。対象会社に関する情報の真実性・正確性を確認し、DDで確認できた事項、確認しきれなかった事項、売り手が責任を負う事項、買い手が引き受ける事項を整理していく、M&Aにおけるリスク配分の中核に位置するものです。
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも、表明保証条項は、一定の時点において契約に関する事項が真実かつ正確であることを表明し保証する条項とされ、違反時の損害賠償・解除等の補償規定が通常あわせて設けられるものと整理されています。そして、潜在的なリスクを契約当事者間で分担する機能を担うものと位置づけられています。
この記事では、株式譲渡契約書、いわゆるSPAを中心に、M&Aにおける表明保証の役割、確認すべき内容、売り手・買い手それぞれの視点、そしてDDや補償条項との関係を、経営判断に使える形で整理していきます。
表明保証とは何か
表明保証とは、契約当事者が相手方に対して、一定の事項が真実かつ正確であることを表明し、その内容を保証する条項です。
M&Aでは、主に売り手が、対象会社に関する事項について表明保証します。たとえば、売り手が本当に対象会社株式を保有していること、対象会社の財務諸表が一定の前提で作成されていること、重大な税務リスクがないこと、重要な契約や許認可に問題がないこと、未開示の訴訟や労務紛争がないことなどです。
買い手側も、契約締結権限、代金支払能力、必要な社内承認、資金調達の見込みといった事項について表明保証することがあります。
ここで大切にしたいのは、表明保証は「会社に一切問題がない」と言い切る条項ではない、という点です。そうではなく、一定の範囲、一定の時点、一定の前提のもとで、どの事項について誰がリスクを負うのかを明確にする条項なのです。
表明保証の対象は、広げようと思えばどこまでも広げられます。反対に、限定しすぎれば、買い手にとって実効性のない条項になってしまいます。だからこそ表明保証は、定型文を入れるかどうかという話ではなく、対象会社の実態、DDの深度、価格、補償、開示事項、クロージング条件との関係のなかで設計していくべきものです。
表明保証が重要になる理由
M&Aでは、売り手と買い手の間に大きな情報格差があります。
売り手は、対象会社の過去の取引、従業員、契約、税務、取引先、資金繰り、経営者個人との関係まで、よく知っています。一方の買い手は、限られた期間のDDで対象会社を調査することになります。資料を確認し、ヒアリングを行い、専門家の助言を受けても、対象会社のすべてを完全に把握できるわけではありません。
とりわけ中小・中堅企業では、管理体制や資料整備が上場会社ほど整っていないことも珍しくありません。契約書が十分に保管されていない。取引の経緯が経営者や担当者の記憶に頼っている。過去の労務管理や税務処理の確認に限界がある。株主名簿や議事録、許認可、個人所有資産との関係が整理されていない。こうした状態では、DDだけでリスクを完全に見切ることは、どうしても難しくなります。
そこで意味を持ってくるのが、表明保証です。
買い手にとっては、DDで確認しきれない情報について、売り手に一定の責任を持ってもらうための手段になります。売り手にとっては、どの範囲まで責任を負い、どの事項は開示済みとして責任の対象外にするのかを整理する手段になります。
つまり表明保証は、売り手を一方的に縛る条項でも、買い手を完全に守りきる条項でもありません。M&Aに伴う情報格差を前提に、リスクをどう分け合うかを定める条項なのです。
表明保証はDDの代わりではない
表明保証を理解するうえで、まず押さえておきたいのは、表明保証はDDの代わりにはならない、ということです。
買い手が十分なDDを行わないまま「表明保証で守られるから大丈夫」と考えるのは、危険な発想です。仮に表明保証違反があったとしても、損害の発生、因果関係、請求期間、責任上限、免責事項、売り手の支払能力など、補償請求をめぐっては多くの論点が残ります。
さらに、売り手に資力がなければ、契約上は請求できても、実際には回収できないこともあります。中小M&Aでは、売却後に売り手経営者が引退する場合もあり、補償請求が本当に機能するかどうかは、契約書の文言だけでは判断できません。
中小企業庁のガイドラインでも、DDによって客観的資料に基づいた検討が可能になり、M&Aを実行すべきかの判断、譲渡額・表明保証・補償等の調整、PMIに資する情報取得につながると整理されています。逆に、DDが十分になされない場合には、最終契約における表明保証の範囲や、補償額・補償期間等の負担増加につながり得るとも示されています。
買い手は、DDで確認すべきことを確認したうえで、それでもなお残るリスクを表明保証や補償で処理する。この順序で考えるべきです。
これは売り手にとっても同じです。DD対応を十分に行わず、資料開示や説明が不十分なまま契約段階に進むと、買い手は不安を契約条項で埋めようとします。その結果、表明保証の範囲が広がり、補償期間が長くなり、責任上限が重くなっていく、ということが起こり得ます。
表明保証は、DDを省くための道具ではありません。DDで何が分かり、何が分からなかったのかを、契約に落とし込むための道具なのです。
表明保証が担う3つの役割
表明保証には、大きく3つの役割があります。
1. 情報の真実性を確認する役割
まず、対象会社に関する重要な情報が真実かつ正確であることを確認する役割です。
買い手は、対象会社の過去と現在をすべて知っているわけではありません。売り手が提供した資料や説明を前提に、価格、スキーム、契約条件、PMIを検討していきます。
だからこそ、重要な前提事実について、売り手が「この事項は真実である」と表明することに意味が生まれます。
たとえば、売り手が対象株式を適法に保有していること、対象会社が有効に存続していること、財務諸表が一定の基準に従って作成されていること、重大な未払税金がないこと、重要な契約違反がないことなどです。
これらが誤っていれば、買い手の判断の前提そのものが崩れてしまいます。
2. リスク分担を明確にする役割
次に、M&Aに伴う潜在リスクを、誰が負担するのかを明確にする役割です。
たとえば、クロージング後に過去の未払残業代が発覚した場合、それは買い手が引き受けるべきリスクなのか、売り手が補償すべきリスクなのか。過去の税務処理に問題があり、追徴課税が発生した場合、誰が負担するのか。重要契約について、実は契約相手方の承諾が必要だったとき、どう扱うのか。
表明保証は、こうしたリスクを契約上整理していく起点になります。
株式譲渡では、対象会社の法人格はそのまま残るため、簿外債務や偶発債務のリスクは、原則として対象会社側に残ります。その意味で、買い手は対象会社を取得した後にリスクを抱え込む可能性があります。実務上は、DDを実施したうえで、財務状態等に関する表明保証と補償条項を株式譲渡契約に定めることで、潜在債務リスクを担保していくことになります。
3. クロージング判断の前提にする役割
表明保証は、クロージングの前提条件とも関わってきます。
契約締結時には正しかった表明保証が、クロージング時点では正しくなくなっている場合、買い手はそのまま取引を実行してよいかを判断しなければなりません。
たとえば、サイニング後クロージング前に、重大な訴訟が発生した。重要取引先との契約が解除された。許認可に重大な問題が生じた。財務状態が大きく悪化した。
こうした場合に、表明保証の正確性をクロージング条件にしていれば、買い手はクロージングを拒絶する、条件変更を求める、補償を追加する、といった判断ができるようになります。
表明保証は、クロージング後の補償だけでなく、クロージング前に「本当に実行してよいか」を判断するための基準にもなるのです。
表明保証で確認される主な事項
表明保証の内容は案件ごとに異なりますが、M&Aの株式譲渡契約では、主に次のような事項が問題になります。
株式・株主に関する表明保証
株式譲渡の場合、最も基本になるのは、売り手が本当に対象株式を保有しているか、という点です。
確認すべき視点としては、売り手が適法かつ有効に株式を保有しているか、第三者の担保権や譲渡制限に問題がないか、名義株や実質株主の問題がないか、株主名簿と実態が一致しているか、株券発行会社の場合は株券の発行・保管・交付に問題がないか、少数株主や所在不明株主が取引に影響しないか、といったものが挙げられます。
中小企業では、創業時から株主構成が変わっていないように見えても、過去の名義借り、相続、贈与、譲渡、増資、株券発行の有無などが、十分に整理されていないことがあります。
株式の帰属に問題があると、M&Aの対象そのものが揺らいでしまいます。したがって、株式に関する表明保証は、単なる形式条項ではなく、取引の土台と言えます。
財務諸表・会計に関する表明保証
財務諸表に関する表明保証では、対象会社の決算書や試算表が、一定の会計方針に従って作成されているか、重要な点で対象会社の財政状態や経営成績を適切に示しているかが問題になります。
買い手は、財務諸表を前提に価格を判断します。収益力、純資産、借入、運転資本、設備投資、資金繰りを見て、買収後の事業計画を描いていきます。
そのため、売上の前倒し計上、費用の未計上、貸倒懸念債権、棚卸資産の評価、固定資産の減損、退職給付、未払賞与、未払残業代、リース債務、関連当事者取引などが、表明保証や補償の対象として問題になってきます。
ただし、財務諸表に関する表明保証を過度に広く定めると、売り手が意図せず重い責任を負ってしまうことがあります。とりわけ中小企業では、会計処理が必ずしも上場会社水準で整っているとは限りません。どの財務諸表を、どの会計方針を前提に、どの重要性の範囲で保証するのか。ここを丁寧に確認しておく必要があります。
税務に関する表明保証
税務に関する表明保証では、税務申告が適切に行われているか、納付すべき税金が納付されているか、税務調査や更正リスク、過去の組織再編や関連当事者取引に関する税務処理に問題がないかが問題になります。
税務リスクは、クロージング後に税務調査等で顕在化することがあります。買い手からすれば、取得後に過去の税務リスクが現れたとき、その負担を誰が負うのかを、あらかじめ契約で整理しておく必要があります。
一方、売り手からすると、税務に関する表明保証が広すぎれば、売却後も長期間にわたって不安定な責任を背負い続けることになります。
税務については、表明保証だけでなく、補償期間、税務調査対応、追徴税額・延滞税・加算税の負担、買い手の協力義務、売り手への通知義務まで含めて確認しておきたいところです。
契約・取引先に関する表明保証
対象会社が締結している重要契約も、表明保証の主要な対象です。
重要な取引基本契約、賃貸借契約、フランチャイズ契約、ライセンス契約、借入契約、リース契約、業務委託契約などについて、契約が有効に存続しているか、重大な債務不履行がないか、M&Aによって解除・承諾・届出が必要にならないかを確認していきます。
特に注意したいのが、チェンジ・オブ・コントロール条項です。中小企業庁のガイドラインでは、チェンジ・オブ・コントロール条項とは、株主の異動や支配権の変動等により、契約相手方に解除権が発生すること等を定める条項と説明されています。
この条項がある場合、単に「契約は有効に存続している」と表明保証するだけでは足りません。M&A実行により承諾が必要になるのか、クロージング前に承諾を取得するのか、承諾取得をクロージング条件にするのか、取得できない場合は補償で対応するのか。そこまで検討しておく必要があります。
許認可・法令遵守に関する表明保証
対象会社の事業に許認可が必要な場合、その許認可が有効に維持されているか、取消事由や更新上の問題がないか、M&Aに伴う届出・承認・再取得の要否がないかを確認します。
株式譲渡では法人格が変わらないため、許認可が当然に維持されるように見える場合があります。しかし、業種や許認可の内容によっては、株主変更、役員変更、支配権変更、事業所変更などに伴い、届出・承認・再取得が必要になることもあります。
表明保証では、許認可が有効であることだけでなく、M&Aによってその許認可に影響が生じないか、という視点を欠かさないことが大切です。
労務に関する表明保証
労務リスクは、中小M&Aで特に重要になります。
未払残業代、社会保険加入、労働時間管理、就業規則、雇用契約書、退職金、ハラスメント、労使紛争、従業員の定着、キーパーソン依存などが、しばしば問題になります。
労務に関する表明保証では、労働関係法令を遵守していること、重大な労務紛争がないこと、未払賃金等の債務がないこと、社会保険・労働保険の手続が適切に行われていることなどが対象になります。
もっとも、「労務上の問題は一切存在しない」という広い表明保証は、売り手にとって非常に重いものになります。買い手としても、すべてを表明保証に頼るのではなく、DDで確認したうえで、重要性のある論点を補償やPMI対応に分けて整理していくのが現実的です。
訴訟・紛争・偶発債務に関する表明保証
訴訟、紛争、クレーム、行政調査、将来発生し得る損害賠償債務なども、表明保証の対象になります。
現在係属している訴訟だけでなく、将来紛争化する可能性のある重大なクレームや通知、未解決の事故、取引先との対立、従業員とのトラブルなどがないかを確認していきます。
偶発債務は、貸借対照表に明確に表れないことがあります。だからこそ、表明保証と補償が重要になります。
ただし偶発債務については、売り手が把握していないリスクまで無制限に保証するのか、売り手の認識している範囲に限定するのか、重要性の基準を設けるのか。その設計次第で、リスク負担は大きく変わってきます。
資産・負債に関する表明保証
対象会社が保有する不動産、設備、在庫、売掛金、知的財産、システム、車両、保証金、借入金、担保、保証、リース債務などについても、表明保証が問題になります。
中小企業では、会社で使っている不動産や設備が、実は経営者個人や関連会社の所有であることがあります。あるいは、会社の借入に経営者個人保証や担保が付いていることもあります。
これらは、価格、クロージング条件、補償、成立後の事業継続に影響します。
表明保証では、単に資産の存在を確認するだけでなく、誰の所有なのか、担保や権利制限がないか、事業継続に必要な利用権限があるか、関連当事者との関係が整理されているか、というところまで確認しておく必要があります。
情報開示に関する表明保証
最後に重要になるのが、開示事項に関する表明保証です。
買い手に提供した資料が真実かつ正確か。重要な事項に虚偽や漏れがないか。契約締結までに開示すべき事項を開示しているか。
この表明保証は、個別の財務・税務・法務項目を補完する役割を持ちます。ただし、範囲が広すぎれば売り手にとって重く、抽象的すぎれば買い手にとって実効性が弱まります。
情報開示に関する表明保証は、開示資料、VDR、Q&A、DDレポート、開示例外リストとの関係を明確にしておくことが肝心です。
表明保証と「開示事項」はセットで見る
表明保証を確認するときに、必ず一緒に見ておきたいのが開示事項です。
売り手が表明保証する内容について例外がある場合、それを契約上の開示事項として整理することがあります。実務上は、ディスクロージャー・スケジュール、開示別紙、例外事項リストなどと呼ばれることもあります。
たとえば、売り手が「重大な訴訟は存在しない」と表明保証する場合でも、実際に軽微とは言えない紛争があるなら、その内容を開示事項として明記しておく必要があります。
開示事項として適切に記載された事項については、通常、その範囲では表明保証違反にならない、または補償対象から除外される、という設計がとられます。
ここで誤解してはならないのは、開示事項は「売り手が責任を逃れるための細工」ではない、ということです。むしろ、買い手がリスクを認識したうえで、価格に反映するのか、補償を求めるのか、クロージング条件にするのか、PMIで対応するのかを判断するための材料です。
売り手にとっては、すでに分かっているリスクを正しく開示しないと、後で表明保証違反や補償請求につながる可能性があります。
買い手にとっては、開示事項を受け取っただけで安心してはいけません。その開示事項が、価格、補償、前提条件、PMIにどう反映されているかまで確認する必要があります。
表明保証と補償条項の関係
表明保証は、それ単独で完結するものではありません。実際に重要になるのは、表明保証に違反した場合にどうなるのか、という点です。
その処理を定めるのが、補償条項です。
具体的には、次のような点が補償条項で決まっていきます。
- 表明保証違反があった場合、売り手が買い手に損害を補償するのか
- 補償対象となる損害の範囲はどこまでか
- 補償請求できる期間はいつまでか
- 売り手の責任上限はいくらか
- 少額の損害でも請求できるのか、一定額を超えた場合にのみ請求できるのか
- 税務リスクや労務リスクは特別扱いするのか
- 売り手が知っていた事項と知らなかった事項で扱いを変えるのか
表明保証の範囲が広くても、補償の責任上限が低ければ、買い手の保護は限定されます。反対に、表明保証の範囲が限定されていても、特定のリスクについて特別補償が設けられていれば、買い手はそのリスクについて一定の保護を受けられます。
売り手としては、表明保証の文言だけでなく、補償条項とセットで責任範囲を確認する必要があります。買い手としても、表明保証があるというだけでなく、実際に補償請求できる仕組みになっているかを確認しておくべきです。
表明保証とクロージング条件の関係
表明保証は、クロージング条件とも密接に関係します。
最終契約では、表明保証が契約締結時点だけでなく、クロージング時点でも真実かつ正確であることを、クロージングの前提条件とすることがあります。
この設計によって、サイニング後クロージング前に重大な問題が発生した場合、買い手はそのまま取引を実行せず、条件変更や解除を検討できる場合があります。
ただし、あらゆる表明保証違反でクロージングを止められるようにすると、取引の安定性が損なわれてしまいます。そのため、重要性のある違反に限定するのか、重大な悪影響がある場合に限定するのか、軽微な違反は補償で処理するのかを整理しておく必要があります。
これは売り手にとっても重要なポイントです。軽微な事項までクロージング拒絶の理由にされてしまうと、契約締結後の不安定性が高まります。
表明保証は、クロージング後の補償だけでなく、クロージング前の実行判断にも関わる条項なのです。
表明保証と価格の関係
表明保証は、価格とも関係します。
DDで発見されたリスクについて、買い手は価格を下げるのか、補償を求めるのか、表明保証を強化するのか、クロージング条件にするのかを検討します。
たとえば、過去の税務処理にリスクがある場合、その金額がある程度見積もれるのであれば、価格に反映することが考えられます。一方、発生可能性や金額が不確実であれば、表明保証や特別補償で対応することになります。
売り手からすると、価格を下げたにもかかわらず、同じリスクについて広い表明保証と補償まで求められれば、二重に負担する形になってしまいます。
買い手からすると、価格に反映したつもりでも、想定より大きな損害が発生すれば、それでは足りなくなることもあります。
そのため、DD発見事項ごとに、価格で処理したのか、契約で処理したのか、クロージング条件で処理したのかを整理しておく必要があります。
表明保証を価格交渉と切り離して考えてしまうと、M&A全体のリスク配分が見えなくなってしまいます。
売り手側が確認すべき表明保証のポイント
売り手側が表明保証を見るときは、「どこまで責任を負うのか」を慎重に確認する必要があります。
特に重要なのは、次の観点です。
表明保証の範囲が広すぎないか
「対象会社に関して一切の問題がない」といった広すぎる表明保証は、危険です。
中小企業では、過去のすべての取引や管理状況を、完全に確認できないこともあります。売り手が知らなかった事項まで無制限に保証するのか、売り手が認識している範囲に限定するのか、重要性のある事項に限定するのか。ここを確認しておくべきです。
どの時点の事実を保証するのか
表明保証は、契約締結時点だけなのか、クロージング時点も含むのか。過去の一定期間に関する事項なのか。将来にわたる事項まで含まれていないか。
時点が曖昧なままだと、売り手の責任も不明確になってしまいます。
認識限定があるか
売り手の「知る限り」「認識する限り」といった限定を設けるかどうかは、交渉上、重要なポイントです。
もっとも、認識限定を付ければ常に安全というわけではありません。誰の認識を基準にするのか、どの程度調査したうえでの認識なのかが問題になります。経営者だけなのか、役員や担当者も含むのか。単なる主観的認識なのか、合理的に調査すれば知り得た事項も含むのか。
認識限定は便利な言葉である一方、曖昧なまま使うと、かえって紛争の原因になります。
重要性の基準があるか
軽微な事項まで表明保証違反になると、売り手の責任が過大になります。一方で、重要性の基準を入れすぎれば、買い手にとって実効性が弱くなります。
どの項目に重要性限定を入れるのか。金額基準を設けるのか。定性的な重要性も含むのか。この整理が必要です。
開示事項が適切に整理されているか
売り手が把握している例外事項は、開示事項として契約に反映しておく必要があります。
開示したつもりでも、契約上は開示事項に入っていなければ、後から表明保証違反とされる可能性があります。反対に、広すぎる開示をすれば、買い手から信頼性を疑われたり、価格や補償で不利になったりすることもあります。
開示事項は、隠すためのものではなく、正しくリスクを整理するためのものです。
補償期間・責任上限・免責が設定されているか
売り手にとって最も気になるのは、表明保証違反時の責任が、どこまで続くのかという点でしょう。
補償期間が長すぎないか。責任上限が設定されているか。少額請求を除外する仕組みがあるか。税務や労務など特定リスクだけ別扱いになっていないか。故意・重過失の場合の例外がどう定められているか。
表明保証の文言だけでなく、補償条項まで確認しなければ、実質的な責任範囲は見えてきません。
買い手側が確認すべき表明保証のポイント
買い手側にとっては、「取得後に想定外のリスクを抱え込まないこと」が重要です。
DDで確認した論点が契約に反映されているか
DDで重要な指摘が出ているにもかかわらず、表明保証、補償、前提条件、価格調整に反映されていなければ、リスクを把握しただけで終わってしまいます。
買い手は、DDレポートとSPAを照合し、重要論点がどこで処理されているかを確認すべきです。
対象会社の価値の前提となる事項が入っているか
買い手が何を目的に買収するのかによって、重要な表明保証は変わります。
顧客基盤を重視するなら、重要な顧客との契約や取引継続が重要になります。技術や知財を重視するなら、知的財産の帰属や侵害リスクが重要です。許認可事業なら、許認可の有効性が重要です。人材や組織を重視するなら、労務、キーパーソン、雇用契約が重要になります。
表明保証は、一般的な項目を網羅するだけでは足りません。買収目的に照らして、何が価値の前提なのかを反映しておく必要があります。
簿外債務・偶発債務への対応が十分か
株式譲渡では、対象会社の法人格がそのまま残るため、買い手は対象会社の過去のリスクを引き受けることになります。中小企業庁のガイドラインでも、株式譲渡は手続が比較的シンプルである一方、法人格に変動がないため、未払残業代等の簿外債務や、現時点では未発生だが将来的に発生し得る偶発債務リスクが比較的高くなりやすいと整理されています。
買い手は、これらのリスクについて、表明保証だけでなく、補償、価格調整、前提条件、特別補償、場合によってはスキーム変更まで含めて検討すべきです。
表明保証違反時に実際に回収できるか
表明保証違反があっても、売り手に資力がなければ、補償請求は実効性を欠きます。
売り手が個人の場合、売却代金を受領した後に資産を処分してしまう可能性もあります。法人売り手の場合でも、売却後に清算や組織再編が行われることがあります。
買い手は、補償請求権の有無だけでなく、責任上限、支払原資、エスクロー、分割払いとの相殺、保証、表明保証保険などを含めて検討する必要があります。
表明保証で交渉になりやすい論点
表明保証は、売り手・買い手の利害がぶつかりやすい条項です。なかでも次の論点は、交渉になりやすいところです。
「知っている限り」に限定するか
売り手は、知らない事項まで責任を負いたくないと考えます。買い手は、売り手が知らなかったというだけで責任を免れられると困ります。
そのため、認識限定を入れる項目と入れない項目とを分けることがあります。
たとえば、売り手の株式保有、対象会社の有効な設立・存続、契約締結権限などは、通常、売り手が明確に責任を負うべき事項です。一方、第三者からの潜在的な請求や、すべての従業員の個別事情などは、認識限定が議論されることがあります。
重要性限定を入れるか
売り手は、軽微な違反まで責任を負うことを避けたいと考えます。買い手は、重要性限定が重なりすぎると、実際には請求できない条項になることを懸念します。
「重要な」「重大な」「重要な悪影響を及ぼす」といった文言は、一見便利ですが、曖昧に使うと後で解釈が問題になります。
いつまで責任を負うか
表明保証の責任期間も、重要な論点です。
一般的な表明保証については一定期間で終了し、税務や労務など特定のリスクはより長い期間とすることがあります。ただし、どの期間が適切かは、リスクの性質、金額、調査可能性、売り手の立場によって変わってきます。
買い手が知っていた事項を請求できるか
買い手がDDで把握していた事項について、後から表明保証違反として請求できるかどうかは、実務上、重要な論点です。
売り手は、買い手が知っていたリスクについて後から請求するのは不当だと考えます。買い手は、売り手が表明保証した以上、知っていたかどうかにかかわらず請求できるべきだと考えることがあります。
この論点は、契約上で明確に整理しておかないと、後で争いになりやすい部分です。
表明保証保険を使うか
一定の案件では、表明保証保険が検討されることもあります。
中小企業庁のガイドラインでも、表明保証保険は、表明保証違反があった場合に売り手または買い手が被る損害を填補する保険であり、表明保証や補償の範囲に関する交渉が円滑化する場合もあると説明されています。ただし、購入にあたっては、通常、DDレポート等を保険会社に提出し、引受審査を経る必要があるとされています。
表明保証保険は有用な場合もありますが、すべてのリスクを保険で移転できるわけではありません。保険の対象外事項、免責、保険金額、保険料、DDの深度、保険会社の審査対応まで含めて判断する必要があります。
表明保証を確認するときの実務的な順番
表明保証は、条項を上から順に読むだけでは、なかなか理解しにくいものです。実務上は、次の順番で確認していくと、論点が整理しやすくなります。
1. 買収目的から重要事項を確認する
まず、買い手が何を取得したいのか、売り手が何を引き継がせたいのかを確認します。
買収目的に照らして重要な事項が、表明保証に入っていなければ、意味がありません。
2. DD発見事項と照合する
次に、DDで見つかった事項と表明保証を照合します。
DDで指摘された論点が、表明保証、開示事項、補償、前提条件、価格調整、PMI課題のどこに反映されているかを確認します。
3. 売り手が保証できる事項かを確認する
売り手が本当に保証できる事項なのかを確認します。
保証できない事項を無理に表明保証すれば、売り手にとって過大な責任になります。買い手にとっても、履行可能性の低い条項は実効性がありません。
4. 開示事項を確認する
表明保証の例外として、何が開示されているかを確認します。
開示事項が具体的か。重要な事項が漏れていないか。広すぎる包括開示になっていないか。開示事項が価格や補償に反映されているか。こうした点を見ていきます。
5. 補償条項と合わせて責任範囲を確認する
表明保証違反があった場合に、どの範囲で補償されるのかを確認します。
表明保証の範囲、補償対象、責任期間、責任上限、免責、請求手続を一体で見なければ、実質的なリスク配分は見えてきません。
6. クロージング条件との関係を確認する
表明保証がクロージング条件になっているかを確認します。
違反があった場合、クロージングを止められるのか、補償で処理するのか、条件変更するのかを整理します。
7. 最終的に説明できるかを確認する
最後に、自社の意思決定者、株主、金融機関、関係者に対して、次のように説明できるかを確認します。
- どのリスクを売り手が負うのか
- どのリスクを買い手が引き受けるのか
- 価格に反映したリスクは何か
- 契約で保護したリスクは何か
- 開示済みとして受け入れたリスクは何か
- クロージング前に解消すべきリスクは何か
- 成立後に管理するリスクは何か
この説明ができないまま契約に進んでしまうと、表明保証は「読んだが理解していない条項」になってしまいます。
表明保証で避けたい進め方
表明保証をめぐって避けたいのは、次のような進め方です。
- 定型文だからと、内容を確認しない
- DD結果と表明保証を照合しない
- 開示事項を十分に整理しない
- 売り手が保証できない事項まで広く保証する
- 買い手が表明保証に頼り、DDを軽く済ませる
- 表明保証違反時の補償範囲を確認しない
- 責任期間や責任上限を見落とす
- 買い手が知っていた事項の扱いを曖昧にする
- 税務・労務・許認可・契約承諾などの特定リスクを、個別に検討しない
- 契約締結を急ぎ、表明保証を最終局面の形式確認にしてしまう
表明保証は、契約書のなかに入っていればよい、というものではありません。M&A全体の判断材料として機能しているかどうかが、何より重要です。
表明保証は「相手を疑う条項」ではなく「後から説明できる判断のための条項」である
表明保証の交渉では、売り手が「疑われている」と感じたり、買い手が「もっと広く保証してほしい」と求めたりして、感情的な対立が生じることがあります。
しかし、表明保証は本来、相手方を疑うための条項ではありません。
M&Aは、限られた時間と情報のなかで、会社の将来に関わる大きな判断を行う取引です。売り手と買い手とでは、持っている情報量が違います。DDにも限界があります。契約締結後に、新たな事実が判明することもあります。
だからこそ、整理しておくべきことがあります。どの事実を前提にするのか。どのリスクを誰が負担するのか。どの事項は開示済みとして買い手が受け入れるのか。どの事項は売り手が責任を負うのか。どの事項は価格や補償で調整するのか。
これらを一つひとつ整理していく必要があります。
表明保証は、M&Aを進めるための形式ではなく、後から説明できる判断をするための条項なのです。
表明保証の確認に不安がある場合は
表明保証は、法務だけの論点に見えますが、実際には財務、税務、会計、労務、許認可、契約、株主、PMIまで関わってきます。
「この表明保証は一般的なのか」ではなく、次のような視点で確認していくことが大切です。
- この案件で、この範囲まで保証してよいのか
- DDで見つかった論点が、契約に反映されているのか
- 開示事項として整理すべきものが、漏れていないか
- 補償やクロージング条件と整合しているか
- この条件で、最終判断をしてよいのか
犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&Aの検討段階から、財務・税務・会計・契約条件・実行判断に関する論点を、経営者が判断に使える形で整理する支援を行っています。
表明保証や補償条項の意味が分からない、DDで見つかった論点がSPAに反映されているか不安がある、契約締結前に数字・税務・実行判断の観点から論点を整理したい。そうした場合は、お問い合わせページから現在の状況をお聞かせください。
まとめ:表明保証で確認すべき重要事項
| 確認項目 | 見るべきポイント | 判断上の意味 |
|---|---|---|
| 表明保証の役割 | 情報の真実性確認、リスク分担、クロージング判断 | 契約条項ではなく、M&A全体のリスク配分を定める |
| DDとの関係 | DDで確認できた事項・未確認事項が反映されているか | DDの代替ではなく、DD結果を契約に落とし込む |
| 株式・株主 | 株式保有、譲渡制限、名義株、株主名簿、担保権 | 取引対象そのものの有効性に関わる |
| 財務・会計 | 財務諸表、簿外債務、運転資本、関連当事者取引 | 価格・価格調整・補償に影響する |
| 税務 | 申告、納税、税務調査、過去取引、組織再編 | クロージング後に顕在化しやすいリスクを整理する |
| 契約・COC | 重要契約、契約違反、承諾・届出・解除条項 | 取引継続やクロージング条件に影響する |
| 許認可 | 有効性、更新、届出、承認、再取得の要否 | 事業継続可能性に直結する |
| 労務 | 未払残業代、社会保険、労務紛争、就業規則 | 中小M&Aで顕在化しやすいリスクを確認する |
| 訴訟・偶発債務 | 紛争、クレーム、行政調査、潜在債務 | 金額化しにくいリスクを契約でどう扱うか決める |
| 開示事項 | 表明保証の例外、DD開示、VDR、Q&Aとの関係 | 売り手責任と買い手受入リスクを分ける |
| 補償条項 | 期間、上限、免責、請求手続、特別補償 | 表明保証違反時の実効性を左右する |
| クロージング条件 | 表明保証の正確性を実行条件にするか | 契約締結後に実行を止める判断軸になる |
| 売り手側の視点 | 過大な責任、認識限定、重要性限定、開示漏れ | 売却後の想定外責任を防ぐ |
| 買い手側の視点 | DD結果の反映、リスク回収可能性、価値前提 | 取得後に想定外リスクを抱え込まない |
| 最終判断 | 価格・DD・表明保証・補償・PMIの整合性 | 後から説明できるM&A判断につながる |