M&Aの財務デューデリジェンス(財務DD)では、対象会社から実にさまざまな資料が開示されます。決算書、試算表、月次損益、部門別資料、予算実績管理資料、KPI資料といったものです。
ただ、財務DDで本当に問われるのは、これらの資料を受け取ることそのものではありません。その資料を、買収判断にどこまで使えるのかを見極めることです。
同じ営業利益であっても、会計方針が一貫している会社の利益と、毎期の処理方針が変わっている会社の利益とでは、持つ意味が違います。
同じ月次試算表でも、毎月同じ締め方で作られているものと、決算前にまとめて大きく修正されるものとでは、信頼性が異なります。
同じ部門別損益でも、会計帳簿と整合している管理資料と、現場がExcelで独自に作っただけの資料とでは、財務DDでの使い方そのものが変わってきます。
財務DDでは、対象会社の内部統制や主要業務プロセスの整備状況を初期段階で把握しておくことが、ひとつの出発点になります。そこから、開示情報の信頼性や、重点的に作業すべき領域が見えてくるからです。
本記事では、財務DDにおける「会計方針・月次決算・管理資料の信頼性」をテーマに取り上げます。対象会社の資料をどのように読み、どのような場合に追加確認が必要となり、そこで見えた発見事項を実行判断・価格条件・契約条件・買収後管理へどう接続していくのかを整理していきます。
財務DDでは「数字そのもの」より先に「数字が作られる仕組み」を見る
財務DDでは、売上高、粗利、営業利益、EBITDA、純資産、運転資本、ネットデットといった数値を分析していきます。
ただ、その前提として確認しておかなければならないことがあります。そもそも、その数字が信頼できるプロセスから作られているのか、という点です。
決算書や試算表は、会社の事業活動を一定の会計ルールに基づいて集計した結果にすぎません。ですから、会計方針、経理体制、締め処理、残高確認、証憑管理、承認フロー、会計システム、管理資料の作成方法――こうした土台のどこかが不安定であれば、表示されている数字もまた、慎重に扱う必要が出てきます。
ここで大切なのは、対象会社の資料をただ疑うことではありません。資料の信頼性を見極めたうえで、どの数字はそのまま分析に使えるのか、どの数字は補正が必要なのか、どの数字は追加資料やインタビューで確認すべきなのかを整理していくことです。
財務DDの目的は、対象会社を監査することではありません。買収判断に必要な範囲で、数字の利用可能性を見極めることにあります。
会計方針は、正常収益力と実態純資産を左右する
会計方針とは、会社が会計処理を行う際に採用している考え方や処理ルールのことです。
財務DDでは、その会計方針が「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」や会社の実態に照らして合理的か、過年度から一貫しているか、そしてM&A判断に影響するような処理がないかを確認していきます。
なかでも、次のような領域は、正常収益力や実態純資産に直結します。
| 確認領域 | 財務DDで見るポイント |
|---|---|
| 売上計上基準 | いつ売上を認識しているか、契約・納品・検収・請求・入金との関係はどうか |
| 原価計上基準 | 売上との対応関係、未計上原価、外注費・仕入計上のタイミング |
| 棚卸資産評価 | 棚卸方法、評価損、滞留在庫、不良在庫、原価計算の妥当性 |
| 貸倒引当金 | 滞留債権、貸倒実績、回収可能性、担保・保証の有無 |
| 固定資産・減価償却 | 償却方法、耐用年数、除却漏れ、遊休資産、修繕費との区分 |
| 引当金・未払費用 | 賞与、退職給付、製品保証、訴訟、資産除去債務、未払費用の網羅性 |
| 関連当事者取引 | 役員・株主・関係会社との取引条件、費用・収益の移転可能性 |
| 税務処理との関係 | 会計処理と税務処理の差異、申告調整、過年度税務リスク |
たとえば、売上を請求書発行時に計上している会社と、検収完了時に計上している会社とでは、同じ月次売上でも意味が変わってきます。
在庫評価損をほとんど計上していない会社であれば、帳簿上の利益や純資産が、実態より大きく見えている可能性があります。
賞与や未払費用を決算時にだけまとめて計上している会社では、月次損益が実態より良く見える月と、悪く見える月とが生じることになります。
収益認識については、企業会計基準委員会が企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」および企業会計基準適用指針第30号を公表しています。対象会社がどの会計基準・会計方針に基づいて売上を計上しているのかを確認することは、ここでの重要な作業になります。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」等の公表
一方で、中小企業の場合、上場会社向けの高度な会計基準をそのまま適用しているとは限りません。中小企業庁は、中小企業の実態に配慮した会計ルールとして「中小企業の会計に関する基本要領」を公表しており、経理人員や開示範囲といった実情を踏まえた会計処理が想定されています。
ですから財務DDでは、単に「上場会社と同じ会計処理かどうか」を見るのではありません。対象会社の規模、適用している会計ルール、会計方針の一貫性、そして買収判断への影響――この四つを合わせて確認していくことになります。
会計方針で確認すべきなのは「正しいか」だけではない
会計方針の確認というと、つい「会計基準に合っているか」「税務上問題がないか」という発想になりがちです。
もちろん、それも重要です。ただ、M&Aの財務DDでは、それだけでは足りません。会計方針が買収判断にどう影響するのかまで、確認しておく必要があります。
たとえば、売上計上基準に問題があれば、正常収益力の修正が必要になる可能性があります。棚卸資産の評価に問題があれば、実態純資産や運転資本に影響します。未払費用や引当金の計上が不十分であれば、ネットデットや買収後負担に響いてきます。会計上の処理と税務上の処理にずれがあれば、税務DDで追加確認すべき事項が生じます。
つまり、会計方針の確認とは、会計処理の適否を確かめるだけの作業ではありません。その処理を前提にしたとき、買収価格、契約条件、表明保証、補償、クロージング前対応、買収後管理に何が影響してくるのかを整理する作業なのです。
月次決算は「早いか」だけでなく「同じ前提で締まっているか」を見る
M&Aの検討では、直近の業績が重要になります。そのため財務DDでは、過年度の決算書だけでなく、進行期の月次試算表や月次損益を確認することが一般的です。
ただし、月次資料を見るときに本当に問われるのは、月次決算が存在するかどうかではありません。次の点を確認していく必要があります。
| 確認項目 | 財務DDでの意味 |
|---|---|
| 締め時期 | 月次資料が経営判断に間に合うタイミングで作成されているか |
| 締め範囲 | 売上、原価、人件費、在庫、固定資産、借入金、税金等まで反映されているか |
| 月次修正 | 決算時に大きな修正が入っていないか |
| 前提の一貫性 | 毎月同じルールで締めているか |
| 残高確認 | 預金、売掛金、在庫、借入金などの残高確認が行われているか |
| 証憑管理 | 請求書、契約書、納品書、検収書、通帳等と紐づくか |
| 管理資料との整合性 | 部門別損益、KPI、予実管理資料と会計数値がつながるか |
月次決算が遅い会社であっても、それだけで直ちに買収不可、というわけではありません。ただ、月次が遅い理由は確認しておくべきです。
- 資料回収が遅いのか
- 経理担当者が不足しているのか
- 会計処理が属人的なのか
- 売上・在庫・原価の確定に時間がかかるのか
- 月中の数値は速報値で、決算時に大きく変わるのか
理由によって、財務DD上の意味は変わってきます。
たとえば、月次損益が速報値としては有用でも、在庫評価や未払費用が反映されていないのであれば、正常収益力の分析では補正が必要になります。
売上だけは早く見えていても、原価や外注費が遅れて計上される会社では、月次粗利をそのまま信じるわけにはいきません。
賞与、退職給付、固定資産、税金、引当金が期末にだけ計上される会社であれば、月次営業利益は経営実態より良く見えている可能性があります。
財務DDで見るべき月次決算とは、単に「毎月試算表があるか」ではありません。その月次数字が、買収判断に使える程度に、早く、同じ前提で、後から大きく動かない形で作られているか――そこを見ていくことになります。
管理資料は「便利な資料」だが、会計帳簿と一致するとは限らない
対象会社からは、会計帳簿以外にも、さまざまな管理資料が開示されることがあります。たとえば、次のようなものです。
- 部門別損益、拠点別損益
- 顧客別売上、製品別粗利、案件別採算
- KPI推移、予算実績差異、受注残
- 稼働率、解約率、資金繰り表
- 販売管理システムや在庫管理システムから出力された資料
これらは、財務DDにとって非常に有用です。財務諸表だけでは見えてこない事業構造、収益源泉、採算性、顧客依存、買収後の管理課題が浮かび上がってくるからです。
ただし、管理資料には注意も必要です。管理資料は、必ずしも会計帳簿と一致しているとは限らないのです。
たとえば、現場部門が営業管理のために作成している資料と、会計上の売上・原価が一致していないことがあります。部門別損益では共通費が配賦されていないこともあります。顧客別売上が販売管理システムベースで作られており、会計上の売上計上時期とずれている場合もあります。案件別粗利が見積原価ベースで、実際原価とは異なっていることもあります。
財務DDでは、こうした管理資料を否定するのではなく、その利用目的と限界を確認していきます。具体的には、次のような点です。
- 管理資料は何のために作られているのか
- 誰が作っているのか
- どのシステムから出力されているのか
- 会計帳簿とどの勘定でつながるのか
- 会計数値との不一致がある場合、その差額は説明できるのか
- 経営会議や現場で実際に使われているのか
買収判断に使うには、こうした管理資料と会計資料の橋渡しが欠かせません。
会計資料の信頼性を見るための5つの階層
財務DDでは、資料の信頼性を一つの観点だけで判断しないほうがよいでしょう。次の5つの階層に分けて確認していくと、論点を整理しやすくなります。
1. 証憑レベル
まず、取引の根拠となる資料があるかを確認します。契約書、注文書、納品書、検収書、請求書、領収書、通帳、銀行明細、在庫表、給与台帳、固定資産台帳などです。
証憑がないからといって、直ちにその取引が存在しないとは限りません。ただ、取引の実在性、期間帰属、金額、相手先、条件を確認する手段は、どうしても弱くなります。
とりわけ、売上、在庫、売掛金、未払費用、関連当事者取引、役員貸借、外注費などは、証憑レベルでの確認が重要になります。
2. 帳簿レベル
次に、証憑が会計帳簿にどう反映されているかを確認します。
- 仕訳入力のルールはあるか
- 摘要は適切か
- 補助科目や部門コードは使われているか
- 勘定科目の使い方は一貫しているか
- 手入力や振替仕訳が多すぎないか
- 未確定の仮勘定や未整理残高が残っていないか
帳簿レベルでの問題は、正常収益力、実態純資産、運転資本、税務DDのいずれにも影響します。
3. 月次決算レベル
次に、毎月の締めがどこまで行われているかを見ます。
売上だけが締まっているのか、原価も締まっているのか。在庫、未払、引当、減価償却、借入利息、税金関係まで月次で反映されているのか。決算整理仕訳は月次に入っているのか。月次と年次決算との差異はどの程度か。
ここでの確認によって、月次推移分析や進行期業績分析にどこまで依拠できるかが決まってきます。
4. 管理資料レベル
次に、管理資料が会計数値と整合しているかを確認します。
- 部門別損益の合計が全社損益と一致するか
- 顧客別売上の合計が会計上の売上と一致するか
- KPI資料の対象期間と会計期間は一致しているか
- 予実管理資料の実績値は試算表と一致しているか
- 資金繰り表の残高は預金残高と整合しているか
管理資料は、経営判断に近い資料である一方で、作成方法が明文化されていないことも少なくありません。だからこそ、数字の定義を確認しておく必要があります。
5. 内部管理・承認レベル
最後に、数字を作る体制そのものを確認します。
- 誰が入力し、誰が確認しているのか
- 承認権限はあるか
- 職務分掌は機能しているか
- 会計システムへのアクセス権限は適切か
- マスタ変更は管理されているか
- 月次レビューは行われているか
- 経営会議で数字が検討されているか
上場会社等では、財務報告に係る内部統制報告制度の対象となる場合があります。金融庁は、2023年4月7日に、財務報告に係る内部統制の評価および監査に関する基準・実施基準の改訂に関する意見書を公表しています。
出典:金融庁|「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」の公表について
非上場会社や中小企業がこの制度の対象でない場合でも、内部統制の考え方そのものは、財務DDで資料の信頼性を判断するうえで参考になります。
ただし財務DDでは、上場会社と同水準の内部統制を求めるわけではありません。あくまで買収判断に必要な範囲で、数字の作成プロセスとリスクを評価していきます。
財務DDで確認すべき主な資料
会計方針、月次決算、管理資料の信頼性を確認するには、決算書だけを見ても十分ではありません。
財務DDの依頼資料としては、会計方針変更の有無、月次決算資料、損益管理資料、KPIモニタリング資料、予算実績差異分析資料、経理規程、会計システム概要図、重要会議体の議事録などが重要になります。
実務上は、次のような資料を確認対象とします。
| 確認目的 | 主な確認資料 |
|---|---|
| 会計方針の把握 | 会計方針一覧、決算書注記、経理規程、税務申告書、会計処理マニュアル |
| 会計方針変更の把握 | 会計方針変更資料、過年度決算書、監査・税務調査・顧問税理士コメント |
| 月次決算の確認 | 月次試算表、月次PL、月次BS、月次推移表、決算整理仕訳一覧 |
| 締め処理の確認 | 月次締めチェックリスト、残高確認資料、棚卸資料、未払計上資料 |
| 管理資料の確認 | 部門別損益、顧客別売上、製品別粗利、KPI資料、予実管理資料 |
| システム確認 | 会計システム概要図、販売管理・在庫管理・給与システムの概要 |
| 内部チェック確認 | 承認フロー、職務分掌、稟議一覧、会議体資料、内部監査資料 |
| 外部確認 | 監査報告書、税務調査資料、金融機関提出資料、資金繰り表 |
これらの資料がすべて揃っていなければDDができない、という意味ではありません。むしろ、資料がどこまで整っているか自体が、対象会社の管理体制を示す重要な情報になります。
信頼性に注意すべきサイン
会計方針・月次決算・管理資料を確認する際、次のようなサインが見られる場合には、慎重な追加確認が必要です。
- 決算時に月次数字が大きく変わる
- 月次試算表はあるが、在庫・未払・引当が反映されていない
- 売上計上基準が契約や商流と一致していない
- 会計方針の変更理由が説明できない
- 同じ取引が、月によって異なる勘定科目で処理されている
- 部門別損益の合計が全社損益と一致しない
- 顧客別売上と会計上の売上に差異がある
- 予算実績管理資料の実績値が試算表と一致しない
- 手入力のExcel管理が多く、元データとのつながりが不明である
- 銀行勘定調整表が作成されていない
- 売掛金・在庫・未払金の残高確認が定期的に行われていない
- 経理担当者が一人に集中しており、チェック体制がない
- 会計処理の判断が、経営者や特定担当者の記憶に依存している
- 不明勘定、仮払金、仮受金、役員貸付金、役員借入金が長期間残っている
これらは、必ずしも不正や粉飾を意味するものではありません。中小企業では、人員制約や経理体制の未整備によって、こうした状況が生じることもあります。
ただし、買収判断の場面では、次のように整理しておく必要があります。
- その問題は、数字の正確性に影響するのか
- 正常収益力の補正が必要なのか
- 実態純資産に影響するのか
- 運転資本やネットデットに影響するのか
- 税務リスクにつながるのか
- 契約で手当てすべきなのか
- 買収後に管理体制を整えれば対応可能なのか
- そもそも追加調査なしには判断できないのか
会計不正や粉飾決算については、取引スキームを熟知した人物が内部統制の欠陥を突いて行う場合もあり、取引の詳細を不正実行者以外が把握していないケースもあります。
ですから財務DDでは、資料の表面だけでなく、その資料が作られるプロセスと、牽制の有無まで確認しておくことが重要になります。
「資料が信頼できない」とき、直ちに撤退すべきなのか
資料の信頼性に問題があるからといって、直ちにM&Aを中止すべきとは限りません。重要なのは、問題の性質を切り分けることです。
大きく分けると、次のように整理できます。
| 区分 | 内容 | 主な対応 |
|---|---|---|
| 補足資料で確認できる問題 | 月次資料は粗いが、年次決算や証憑で確認できる | 追加資料、インタビュー、補正分析 |
| 数値修正が必要な問題 | 会計方針や締め処理により利益・純資産がずれている | 正常収益力、実態純資産、運転資本の修正 |
| 範囲拡張が必要な問題 | 特定科目や特定取引の信頼性が低い | 追加DD、法務・税務・IT DDとの連携 |
| 契約で手当てすべき問題 | 金額が不確実、将来顕在化する可能性がある | 表明保証、補償、前提条件、クロージング前対応 |
| 買収後管理課題となる問題 | 数字は概ね把握できるが管理体制が弱い | 買収後の月次決算、経理体制、管理資料整備 |
| 撤退検討が必要な問題 | 重要資料が入手できず、主要数値の合理性が判断できない | 条件変更、追加調査、取引中止の検討 |
財務・税務DDで検出されたリスク要因については、買収価格に反映する方法、買収契約書上でリスクを限定する方法、ストラクチャー変更によってリスクを切り離す方法、そして買収自体を中止する方法などが考えられます。
つまり、資料の信頼性に問題がある場合の対応は、「買う」「買わない」の二択ではありません。どこまで確認できたのか、未確認部分はどこか、どのリスクは定量化できるのか、どのリスクは契約や買収後対応で手当てできるのか――こうした点を整理していくことが重要になります。
会計方針・月次決算・管理資料は、価格条件にも契約条件にも影響する
会計方針や月次決算の信頼性は、財務DD報告書の中だけで完結する論点ではありません。
たとえば、売上計上基準の変更によって過去利益が実態より高く見えている場合には、正常収益力の修正を通じて価格目線に影響します。棚卸資産の評価が不十分であれば、実態純資産や運転資本調整に影響します。未払費用や引当金の計上漏れがあれば、ネットデットや補償の検討対象になります。
月次決算が遅く、買収後もタイムリーな数字が出ないようであれば、PMIの詳細論点まで深追いはしないとしても、買収後の管理課題として認識しておく必要があります。
管理資料が会計帳簿と整合しない場合には、部門別採算、事業計画、シナジー検討、買収後モニタリングといった前提そのものが揺らいでしまいます。
中小M&Aガイドラインでも、DDは最終契約条件の調整やM&A成立後のトラブル防止に資するプロセスとして位置づけられています。
会計方針・月次決算・管理資料の信頼性は、単なる会計論点ではありません。買収価格、契約条件、クロージング対応、買収後管理に直結する、実行判断の論点なのです。
買主が確認すべき実務上の問い
財務DDで会計資料の信頼性を確認する際には、次の問いを持って資料に向き合うと、判断に使いやすくなります。
- この数字は、誰が、どの資料をもとに、いつ作ったものか
- 会計帳簿、管理資料、税務申告書、銀行資料の間で整合しているか
- 月次と年次で、重要な差異はないか
- 会計方針は過年度から一貫しているか
- 会計方針の変更がある場合、理由と影響額は説明できるか
- 管理資料の定義は明確か
- 部門別・顧客別・製品別の資料は、全社損益とつながっているか
- 未払、引当、在庫、減価償却、税金など、月次で反映されていない項目はないか
- 経理処理に属人化や牽制不足はないか
- 買収後に同じ資料を継続的に作成できるか
- DDで発見された資料上の問題は、価格・契約・買収後管理のどこに反映すべきか
これらの問いに答えられない場合には、その数字をそのまま買収判断に使うのは、慎重であるべきです。
一方で、追加資料やインタビューによって合理的に補えるのであれば、リスクを整理したうえで検討を進められることもあります。
財務DDにおける「信頼できる数字」とは何か
財務DDにおいて、信頼できる数字とは、完全無欠な数字という意味ではありません。
M&Aには、常に情報制約があります。時間も限られています。売主側がすべての資料を完璧に整えているとは限りませんし、中小企業では、月次決算や管理資料が十分に整備されていないこともあります。
それでも、買収判断に使う数字には、一定の説明可能性が求められます。
- なぜ、その売上なのか
- なぜ、その粗利率なのか
- なぜ、その費用が発生しているのか
- なぜ、月次と年次で差が出るのか
- なぜ、その資産・負債が残っているのか
- なぜ、その管理資料を経営判断に使っているのか
- 買収後も、同じ前提で数字を確認できるのか
財務DDでは、こうした問いに対して、事実、証憑、会計方針、管理資料、インタビューを組み合わせながら説明できる状態を目指していきます。
まとめ|資料の信頼性を確認することは、M&A判断の土台を整えること
会計方針、月次決算、管理資料の信頼性は、財務DDの前提となる重要な論点です。
決算書の数字がある。月次試算表がある。部門別資料がある。KPI資料もある。――それだけでは、買収判断に使えるとは限りません。
重要なのは、その数字がどの会計方針に基づき、どの締め処理で、どのシステムから、誰の確認を経て、どの管理目的で作られているか、という点です。
会計方針に一貫性がなければ、正常収益力の分析が揺らぎます。月次決算が後から大きく変わるなら、進行期業績の判断には慎重さが求められます。管理資料が会計帳簿と整合していなければ、部門別採算や事業計画の前提を確認し直す必要があります。内部チェックが弱ければ、会計不正や誤謬のリスクだけでなく、買収後の管理体制整備も課題になります。
財務DDで大切なのは、対象会社の数字をただ疑うことではありません。その数字をどこまで使えるか、どこから補正すべきか、どこを追加確認すべきか、どの論点を価格・契約・買収後管理に反映すべきか――そこを整理していくことです。
M&Aにおいて、会計資料の信頼性を確認する作業は、一見すると守りの作業に見えるかもしれません。しかし実際には、後から説明できる買収判断を行い、買収後に管理できる会社として引き継いでいくための、攻めの判断基盤なのです。
会計資料の信頼性に不安がある場合
- 対象会社から月次試算表や管理資料は開示されているものの、どこまで信じてよいか分からない
- 売主説明と会計数値は合っているように見えるが、会計方針や締め処理に不安がある
- 部門別損益やKPI資料をもとに買収判断を進めてよいか迷っている
- DDで見つかった会計処理・管理体制の問題を、価格条件や契約条件にどう反映すべきか整理したい
こうした段階では、早めに財務・税務DDの視点から、資料の信頼性と実行判断への影響を整理しておくことが重要です。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&A検討段階における財務・税務DD、会計方針・月次決算・管理資料の初期分析、買収判断に向けた論点整理について、ご相談をお受けしています。
対象会社の数字をそのまま受け入れるのではなく、後から説明できる判断材料として整理しておきたいという場合は、お問い合わせページよりご相談ください。
参考情報・出典
- 出典:中小企業庁|中小M&Aガイドライン(第3版)―第三者への円滑な事業引継ぎに向けて―
- 出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」等の公表
- 出典:金融庁|「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」の公表について
- 出典:中小企業庁|中小会計要領について
- 出典:中小企業庁|中小企業の会計に関する基本要領
本記事の振り返り
| 重要論点 | 財務DDで確認すべきこと | 実行判断へのつながり |
|---|---|---|
| 会計方針 | 売上、原価、在庫、引当、減価償却などの処理方針と一貫性 | 正常収益力、実態純資産、税務DD、価格条件に影響する |
| 月次決算 | 締め時期、締め範囲、決算修正、同じ前提での継続性 | 進行期業績、直近トレンド、買収後管理可能性の判断につながる |
| 管理資料 | 部門別、顧客別、製品別、KPI、予実管理と会計帳簿の整合性 | 収益構造、採算性、事業計画、買収後モニタリングに影響する |
| 証憑・帳簿 | 契約書、請求書、通帳、補助簿、仕訳の根拠 | 数字の実在性、期間帰属、金額の妥当性を確認する基礎になる |
| 内部チェック体制 | 誰が作成し、誰が確認し、どの承認を経ているか | 誤謬・不正リスク、追加DD、契約手当、買収後体制整備につながる |
| 資料不足・不整合 | 不足資料や差異がどの判断に影響するか | 追加確認、補正分析、価格調整、表明保証、撤退判断の検討材料になる |
| 買収後管理課題 | 買収後も同じ粒度・タイミングで数字を確認できるか | PMI詳細論点に接続しつつ、DD段階で管理上の優先課題を把握できる |