IPO準備において、関連当事者取引は「金額が大きいかどうか」だけで判断してよい論点ではありません。
経営者個人が所有する会社との取引、親族への業務委託、役員所有不動産の賃借、創業者への貸付、主要株主との取引、関係会社を通じた資金移動、役員が関与する取引先との契約。未上場の段階では、創業期からの信頼関係やスピードを優先するなかで、こうした取引が自然に存在していることが少なくありません。
ここで申し上げておきたいのは、それ自体が直ちに違法・不適切だということではない、という点です。
問題になるのは、取引の必要性、条件の合理性、承認手続、記録、開示、そして利益相反の管理が説明できないときです。上場会社になるということは、経営者や特定株主のための会社から、不特定多数の投資家を受け入れる会社へと変わることを意味します。経営者周辺との取引が残る場合には、その取引が会社や少数株主の利益を害していないことを、第三者に説明できなければなりません。
つまり、関連当事者取引の整理は、単なる法務チェックにとどまりません。資本市場から見て、「会社の利益」と「経営者・主要株主・親族・関係会社の利益」が混同されていないかを確認する、ガバナンス上の重要な論点なのです。
関連当事者取引はなぜIPOで問題になるのか
IPO準備会社では、創業者や経営陣の影響力が強いことが少なくありません。事業を立ち上げる段階では、経営者個人の信用、親族の協力、グループ会社の支援、株主との関係が、事業の成長を支えてきた面もあります。
しかし、上場後はその前提が変わります。
上場会社では、一般投資家、機関投資家、金融機関、役職員、取引先など、多数の利害関係者が会社情報をもとに判断を下します。そのとき、経営者周辺との取引が不透明であれば、次のような疑念を招きかねません。
| 疑念 | 具体的に問われること |
|---|---|
| 会社財産の流出ではないか | 関連当事者に有利な価格、手数料、賃料、報酬、利率になっていないか |
| 経営者の私的利用ではないか | 個人費用、役員貸付、親族取引、私的資産の利用が会社経費に紛れていないか |
| 取引条件が公正か | 第三者と同じ条件で比較できるか、見積書や市場価格の根拠があるか |
| 意思決定が独立しているか | 利害関係者が承認に関与していないか、取締役会で審議されているか |
| 開示が網羅されているか | 関連当事者の範囲、取引金額、残高、条件が漏れなく把握されているか |
| 上場後も継続すべきか | 事業上必要な取引か、解消可能な取引か、代替取引先を確保できるか |
IPO審査において、関連当事者取引は、投資者保護、少数株主保護、内部管理体制、開示体制、ガバナンスの実効性と結びつけて確認されます。東京証券取引所は、上場を検討する会社やIPO関係者に向けて新規上場ガイドブックを公表しており、上場審査の考え方や手続を体系的に整理しています。
関連当事者取引は「禁止」ではなく「説明可能性」が問われる
関連当事者取引は、そのすべてを解消しなければならないわけではありません。
たとえば、親会社や主要株主との共同研究、グループ会社とのシェアードサービス、役員所有不動産の賃借、創業者が保有する知的財産の利用など、事業上の合理性がある取引も存在します。外部の第三者と取引するよりも効率的で、会社にとって有利な場合さえあり得ます。
そのうえで、IPO準備では次の問いに答えられることが求められます。
- その取引は、なぜ必要なのか
- 第三者との取引でも代替できるのか
- 価格や条件は公正か
- 誰が承認したのか
- 利害関係者は意思決定から外れているか
- 契約書、議事録、見積書、評価資料は残っているか
- 会計上・税務上・開示上、どのように処理するのか
- 上場後も継続する場合、投資家にどう説明するのか
関連当事者取引の管理とは、「関係者との取引をなくすこと」ではありません。会社の利益を守るために、取引の必要性・条件・承認・開示を、第三者に説明できる状態にしておくこと。これが本質だと考えています。
関連当事者とは誰か
関連当事者の範囲は、会計、会社法、金融商品取引法開示、上場審査、税務のいずれにおいても完全に同一ではありません。IPO準備では、一つの定義だけで判断せず、広めに洗い出しておくことが重要になります。
会計上、企業会計基準第11号「関連当事者の開示に関する会計基準」は、会社と関連当事者との取引や関連当事者の存在が財務諸表に与えている影響を、財務諸表利用者が把握できるよう、適切な情報を提供することを目的としています。同基準では、関連当事者との取引を、対価の有無にかかわらず、資源もしくは債務の移転または役務の提供を含むものとして整理しています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第11号 関連当事者の開示に関する会計基準
財務諸表等規則では、関連当事者として、親会社、子会社、同一親会社をもつ会社等、その他の関係会社、関連会社、主要株主およびその近親者、役員およびその近親者、親会社の役員およびその近親者などが掲げられています。あわせて、重要な関連当事者取引については、関連当事者ごとに、関係、取引内容、取引金額、取引条件、期末残高などを注記することが求められています。
出典:e-Gov法令検索|財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則
会社計算規則にも、関連当事者との取引に関する注記の定めがあり、重要な取引について、関連当事者の概要、会社との関係、取引内容、取引金額、取引条件、期末残高などが注記対象とされています。
IPO準備の実務では、少なくとも次の範囲を洗い出しておくべきです。
| 区分 | 確認対象 |
|---|---|
| 経営者・役員 | 取締役、監査役、執行役員、重要な使用人、退任役員 |
| 親族 | 配偶者、親、子、兄弟姉妹、二親等内親族、実質的に経済的一体性がある者 |
| 主要株主 | 議決権10%以上保有者、VC、CVC、事業会社株主、創業株主 |
| 経営者・役員が支配する会社 | 代表者、役員、株主、実質支配者となっている会社 |
| 親族が関与する会社 | 親族が役員・株主・実質支配者となっている会社 |
| 親会社・子会社・関連会社 | グループ会社、兄弟会社、持分法会社、共同支配会社 |
| 投資契約上の関係者 | 取締役指名権、拒否権、情報権、優先権を持つ株主 |
| その他の実質関係者 | 名義は第三者でも、関連当事者が条件決定に重要な影響を与える取引先 |
「名義上は第三者だから関係ない」と考えるのは危険です。形式上の契約相手が第三者であっても、実質的に役員、親族、主要株主、関係会社が意思決定や経済的利益に関与している場合には、関連当事者取引として検討が必要になることがあります。
会社法上の利益相反取引との関係
関連当事者取引と会社法上の利益相反取引は、重なる部分はあるものの、同じ概念ではありません。
会社法は、取締役が自己または第三者のために会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき、取締役が自己または第三者のために会社と取引をしようとするとき、あるいは会社が取締役の債務を保証するなど会社と取締役との利益が相反する取引をしようとするときに、重要な事実を開示して承認を受けることを求めています。取締役会設置会社では、会社法365条に基づき、取締役会の承認等が問題となります。
ここで重要なのは、会社法上の承認を得ていればIPO上も問題ない、とは限らない、という点です。
会社法上の承認は、必要な法的手続の一つにすぎません。IPO準備では、それに加えて、取引の経済合理性、価格の公正性、少数株主保護、開示、税務、内部統制、監査法人対応、上場後の継続可否までが問われます。
逆に、会社法上の利益相反取引に明確には該当しない場合でも、会計上・開示上・上場審査上の関連当事者取引として整理が必要になることがあります。たとえば、主要株主や親族会社との取引、親会社グループとの取引、役員の近親者が関与する取引などは、会社法上の直接的な利益相反承認の論点とは別に、関連当事者取引として把握・承認・開示を検討すべきものです。
コーポレートガバナンス・コードが求める関連当事者取引管理
上場後は、コーポレートガバナンス・コードへの対応も重要になります。
東京証券取引所は、実効的なコーポレートガバナンスの実現に資する主要な原則として、コーポレートガバナンス・コードを定めています。プライム市場・スタンダード市場の上場会社はコードの全原則について、グロース市場の上場会社は基本原則について、実施しないものがある場合にはその理由を説明することが求められます。
コーポレートガバナンス・コード原則1-7は、上場会社が役員や主要株主等との関連当事者間取引を行う場合に、会社や株主共同の利益を害することのないよう、またその懸念を惹起することのないよう、取締役会があらかじめ取引の重要性や性質に応じた適切な手続を定め、その枠組みを開示し、手続を踏まえた監視を行うべきであるとしています。
出典:日本取引所グループ|コーポレートガバナンス・コード(2021年6月版)
支配株主を有する会社では、さらに注意が必要です。コーポレートガバナンス・コード補充原則4-8③に関して、日本取引所グループのFAQは、支配株主と少数株主との利益が相反する重要な取引等について、独立性を有する者のみで構成される特別委員会を想定していると説明しています。
出典:日本取引所グループ|コーポレートガバナンス・コードの補充原則4-8③に関するFAQ
IPO準備段階で意識しておきたいのは、上場後に初めて対応するのではなく、関連当事者取引管理規程、取締役会承認手続、利害関係者の議決不参加、監査役・監査等委員会の関与、必要に応じた独立社外役員や外部専門家の関与を、上場前から運用しておくことです。
IPO準備で見落としやすい経営者周辺取引
関連当事者取引は、決算書だけを眺めていても把握できません。契約書、稟議、請求書、振込先、株主名簿、役員履歴、親族関係、経費精算、固定資産台帳、不動産賃貸借契約、知的財産の権利関係まで確認していく必要があります。
IPO準備で特に見落としやすいのは、次のような取引です。
| 取引類型 | よくある論点 |
|---|---|
| 経営者個人への貸付 | 回収可能性、利率、返済条件、取締役会承認、資金使途、私的流用の疑念 |
| 経営者からの借入 | 利率、返済条件、劣後性、資金繰り依存、資本政策との関係 |
| 役員所有不動産の賃借 | 賃料水準、敷金、契約期間、原状回復、第三者賃料との比較 |
| 経営者・親族会社への外注 | 業務実態、委託料の合理性、代替可能性、成果物、契約書 |
| 親族の雇用・報酬 | 業務内容、報酬水準、勤務実態、社内規程との整合 |
| 役員・親族会社との売上取引 | 売上計上の実在性、価格条件、回収条件、依存度 |
| 役員・親族会社からの仕入 | 価格の妥当性、利益移転、相見積、品質・納期の合理性 |
| 会社による役員債務保証 | 会社法上の利益相反、偶発債務、開示、解消方針 |
| 経営者個人資産の会社利用 | 車両、不動産、知的財産、システム、ブランド、ドメイン |
| 経営者が所有する知的財産 | 会社の事業継続性、使用許諾条件、権利移転、開示 |
| 主要株主との取引 | 事業提携、情報提供、価格条件、優先的取扱い、少数株主保護 |
| グループ会社間取引 | 経営指導料、共通費配賦、資金貸借、保証、移転価格、子会社管理 |
これらは、金額が小さいからといって問題がないとは限りません。たとえば、金額は小さくても、会社の主要な知的財産が経営者個人に残っている場合には、事業継続リスクになります。役員所有会社との取引額が小さくても、承認手続がなく、利益相反管理が機能していなければ、ガバナンス上の問題となります。
関連当事者取引を整理する実務ステップ
関連当事者取引の整理は、決算直前に注記を作るだけの作業ではありません。上場準備の早い段階から、洗い出し、評価、方針決定、承認、解消・継続管理、開示準備までを進めていく必要があります。
1. 関連当事者リストを作成する
最初に行うべきは、関連当事者のリスト化です。
役員、監査役、執行役員、主要株主、親会社、子会社、関連会社、役員・主要株主の近親者、そして役員・親族・主要株主が支配または関与する会社を、一覧として整理します。
ただし、単に氏名や会社名を並べるだけでは不十分です。次の情報まで管理しておく必要があります。
| 管理項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名・会社名 | 個人名、法人名、通称、旧姓、商号変更履歴 |
| 関係区分 | 役員、主要株主、親族、関係会社、親会社、子会社など |
| 議決権・持株比率 | 直接保有、間接保有、実質保有 |
| 役職・関与状況 | 代表者、取締役、監査役、従業員、顧問、実質支配者 |
| 会社との取引有無 | 売上、仕入、貸借、保証、賃貸借、業務委託など |
| 取引開始時期 | 創業時から、資金調達時、事業拡大時など |
| 上場後の方針 | 継続、条件変更、解消、第三者移管、未定 |
このリストは、年1回の確認にとどめず、役員就任、株主異動、親族会社設立、新規契約、M&A、子会社設立といったタイミングで更新できる仕組みにしておくべきです。
2. 取引を網羅的に洗い出す
関連当事者リストを作成したら、会計データ、契約書、振込先、請求書、固定資産台帳、稟議、経費精算データと照合していきます。
関連当事者取引は、勘定科目名だけを見ても見つかりません。「業務委託費」「支払手数料」「地代家賃」「役員貸付金」「短期借入金」「未払金」「売掛金」「長期前払費用」「ソフトウェア」「研究開発費」「広告宣伝費」などに紛れていることがあるからです。
特に、次のような確認が有効です。
| 確認方法 | 見つかりやすい取引 |
|---|---|
| 仕訳摘要・取引先マスタ確認 | 親族会社、役員会社、旧商号の取引先 |
| 振込口座名義確認 | 個人名義口座、役員関連法人 |
| 契約書台帳確認 | 不動産賃貸借、業務委託、顧問契約、ライセンス契約 |
| 株主名簿確認 | 主要株主、投資契約上の関係者 |
| 稟議・取締役会議事録確認 | 利益相反承認の有無、条件決定過程 |
| 固定資産台帳確認 | 役員個人からの資産購入、親族会社からの取得 |
| 経費精算確認 | 私的費用、役員周辺支出、交際費 |
| 人事台帳確認 | 親族雇用、役員兼務、顧問料 |
関連当事者取引の把握は、経理部だけで完結するものではありません。法務、人事、総務、経営企画、CFO、監査役、内部監査、そして必要に応じて税理士・弁護士・公認会計士が連携していく必要があります。
3. 取引の必要性と条件の合理性を評価する
洗い出した取引について、次に評価すべきは「継続してよい取引かどうか」です。
判断軸は、単なる金額の大小ではありません。
| 判断軸 | 確認すべきこと |
|---|---|
| 事業上の必要性 | その取引が事業継続・成長に必要か |
| 代替可能性 | 第三者取引に置き換えられるか |
| 価格の合理性 | 市場価格、相見積、鑑定、外部データと比較できるか |
| 条件の公平性 | 支払条件、回収条件、保証、担保、契約期間が一般条件と同等か |
| 利益相反の程度 | 取引相手が役員・主要株主・親族・支配株主か |
| 会社への影響 | 利益、キャッシュフロー、事業継続、資本政策に与える影響 |
| 開示影響 | 有価証券報告書、申請書類、注記、リスク情報で説明が必要か |
| 税務影響 | 寄附金、役員給与、低額譲渡、高額譲渡、移転価格、消費税などの論点がないか |
| 上場後継続性 | 上場会社として継続しても合理的に説明できるか |
たとえば、経営者所有不動産を本社として賃借しているケースを考えてみます。賃料が市場水準で、契約条件も一般的で、取締役会承認や監査役確認があり、代替物件への移転コストも大きいのであれば、必ずしも直ちに解消すべきとは限りません。
一方で、経営者の親族会社へ毎月コンサルティング料を支払っているにもかかわらず、契約書がなく、成果物もなく、相場比較もなく、承認記録もないという場合には、金額が小さくても早期の是正が必要です。
4. 承認手続を整備する
関連当事者取引は、事後的に発見して注記するだけでは不十分です。取引を始める前に、適切な承認手続を通す仕組みを整えておく必要があります。
基本的には、次のような流れを整備します。
| 手続 | 内容 |
|---|---|
| 事前申請 | 取引相手、関係、取引内容、金額、条件、必要性を記載 |
| 利害関係確認 | 役員、主要株主、親族、関係会社との関係を確認 |
| 条件検証 | 市場価格、相見積、第三者評価、過去取引条件を確認 |
| 法務・会計・税務確認 | 会社法、契約、会計処理、税務、開示影響を確認 |
| 監査役・監査等委員会確認 | 利益相反、少数株主保護、承認手続の相当性を確認 |
| 取締役会承認 | 重要な取引について審議・承認し、利害関係者は議決に関与しない |
| 契約締結 | 契約書に取引条件、期間、解除、価格改定、責任範囲を明記 |
| 事後報告 | 実行状況、取引金額、期末残高、条件変更を報告 |
| 年次確認 | 開示対象、継続可否、解消方針を確認 |
会社法上の利益相反取引に該当する場合には、法定の承認手続を確認する必要があります。取締役会設置会社では、取締役会での承認や報告が問題となり、議事録には重要な事実、審議内容、利害関係者の取扱い、承認結果を残しておかなければなりません。
「社長が知っていた」「昔からの取引である」「顧問税理士に聞いた」というだけでは、上場会社水準の承認手続とはいえないのです。
5. 解消・継続・条件変更の方針を決める
関連当事者取引を洗い出した後は、すべてを同じ扱いにするのではなく、分類していきます。
| 分類 | 方針 |
|---|---|
| 解消すべき取引 | 事業上の必要性が乏しい、私的流用の疑念がある、条件が不合理、承認が困難 |
| 条件変更すべき取引 | 取引自体は必要だが、価格、利率、契約期間、支払条件、担保などを見直すべき |
| 継続可能な取引 | 事業上必要で、条件が合理的で、承認・開示・モニタリングが可能 |
| 一時的に残る取引 | 代替先確保、契約終了、資産移転、税務検討のため一定期間が必要 |
| 詳細調査が必要な取引 | 法務、税務、会計、評価、労務、知財などの追加検討が必要 |
IPO準備では、解消する場合にも注意が必要です。
経営者個人への貸付を急いで返済させる。親族会社との契約を急に解除する。役員所有不動産から移転する。知的財産を会社に譲渡する。株式を買い戻す。
これらは一見すると「整理」に見えますが、税務、会計、会社法、資金繰り、事業継続に影響します。特に、低額譲渡・高額譲渡、寄附金、役員給与、みなし配当、自己株式、無償譲渡、債務免除、権利移転などが絡む場合には、安易に処理すると別の問題を生むことがあります。
本記事では個別の税務評価や株式評価の詳細にまでは踏み込みませんが、関連当事者取引の解消は、税務リスクとセットで検討する必要がある、という点だけは申し添えておきます。
上場前に特に整理すべき取引
関連当事者取引のなかでも、IPO準備で特に優先度が高いものがあります。
経営者・役員への貸付金
経営者や役員への貸付金は、IPO準備で厳しく見られやすい取引です。
会社資金の私的利用と見られやすく、回収可能性、利率、返済期限、担保、承認手続、資金使途、過去の経緯が問われます。長期間残っている場合や、返済計画が曖昧な場合には、上場準備上の重大な課題となり得ます。
原則として、上場前に解消する方向で検討すべきことが多い論点です。ただし、返済原資、税務影響、役員報酬との関係、債務免除の有無などを確認せずに処理してしまうと、別の問題が生じる可能性があります。
役員・親族会社への業務委託
役員や親族が関与する会社への業務委託では、業務実態が問われます。
契約書があるか。具体的な成果物があるか。第三者に委託した場合と同程度の報酬か。委託先に実際の遂行能力があるか。経営者個人への利益移転になっていないか。
単に「昔から手伝ってもらっている」「信頼できるから」という説明では足りません。取引を継続する場合には、第三者取引と比較できる資料、契約書、業務報告、検収記録、承認議事録が必要になります。
役員所有不動産の賃借
役員所有不動産を本社、店舗、倉庫、研究施設として利用している場合には、賃料水準と契約条件が重要になります。
近隣相場、不動産鑑定、仲介業者の査定、類似物件の賃料、敷金・保証金、更新料、原状回復、契約期間、解約条件を確認していきます。
この取引は、必ずしも解消が必要とは限りません。事業上必要で、賃料が合理的で、承認・開示が適切であれば、継続可能な場合もあります。ただし、経営者側に過度に有利な条件になっている場合や、契約書が未整備の場合には、早期是正が必要です。
経営者・親族が保有する知的財産
スタートアップやベンチャー企業では、創業者個人がドメイン、商標、特許、著作権、ソースコード、研究成果、ノウハウを保有したまま、会社がそれを事業利用していることがあります。
これは、関連当事者取引であると同時に、事業継続リスクでもあります。
投資家の目線で見れば、会社の成長ストーリーの中核となる知的財産が会社に帰属していない場合、企業価値の前提そのものが揺らぎます。使用許諾契約で足りるのか、会社への譲渡が必要か、譲渡対価をどう評価するか。税務・会計・法務の観点から検討が必要です。
主要株主・CVC・事業会社株主との取引
VC、CVC、事業会社株主、親会社、支配株主との取引も重要です。
資本提携と事業提携が一体となっている場合には、会社にとって合理的な取引なのか、それとも特定株主に有利な取引なのかを整理する必要があります。
特に、支配株主や親会社との取引では、少数株主保護の観点が強く求められます。価格条件、契約期間、解約条件、情報共有、競業制限、独占販売、優先購入権、役員派遣、事業依存度などを確認し、必要に応じて独立社外役員、監査役、特別委員会、外部専門家の関与を検討します。
関連当事者取引の開示に向けた準備
IPO準備では、関連当事者取引を把握するだけでなく、開示に耐える形で整理しておく必要があります。
財務諸表等規則は、重要な関連当事者取引について、関連当事者ごとに、関係、取引内容、種類別取引金額、取引条件および決定方針、期末残高、条件変更があった場合の影響などを注記することを求めています。
出典:e-Gov法令検索|財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則
そのため、IPO準備会社は、次の情報を日常的に管理しておく必要があります。
| 開示・監査対応で必要な情報 | 実務上の準備 |
|---|---|
| 関連当事者の概要 | 氏名、会社名、所在地、資本金、事業内容、持株比率 |
| 会社との関係 | 役員、主要株主、親族、関係会社、親会社、子会社など |
| 取引内容 | 売上、仕入、賃貸借、貸付、借入、保証、業務委託など |
| 取引金額 | 期中取引額、種類別集計、消費税処理 |
| 取引条件 | 価格、利率、支払条件、契約期間、担保、保証 |
| 条件決定方針 | 市場価格、相見積、第三者査定、社内規程、取締役会承認 |
| 期末残高 | 売掛金、買掛金、貸付金、借入金、未払金、未収入金など |
| 条件変更 | 変更理由、変更内容、財務諸表への影響 |
| 貸倒・引当 | 回収可能性、貸倒引当金、貸倒損失、偶発債務 |
| 承認証跡 | 稟議、取締役会議事録、監査役確認、契約書 |
「決算時に思い出して集計する」体制では、上場後の開示には耐えられません。取引を開始した時点から関連当事者判定を行い、会計処理、承認、契約、証憑、開示データがつながる仕組みにしておく必要があります。
関連当事者取引管理規程に入れるべき内容
関連当事者取引を管理するには、規程や申請書を整備するだけでは不十分です。とはいえ、規程がなければ運用は属人的になってしまいます。IPO準備では、関連当事者取引管理規程を整備し、少なくとも次の内容を定めておくべきです。
| 規程項目 | 内容 |
|---|---|
| 目的 | 会社および株主共同の利益を害しないよう、関連当事者取引を管理する |
| 関連当事者の範囲 | 会計基準、財務諸表等規則、会社計算規則、会社法上の利益相反を踏まえて定義 |
| 対象取引 | 売買、賃貸借、貸借、保証、担保、業務委託、役務提供、資産譲渡、知財利用など |
| 申請手続 | 取引開始前の申請、関係性、取引内容、条件、金額、必要性の記載 |
| 条件検証 | 市場価格、相見積、第三者評価、社内基準との比較 |
| 承認権限 | 取締役会、代表取締役、経営会議、監査役確認、特別委員会の関与 |
| 利害関係者の取扱い | 審議・決議からの除外、議事録への記録 |
| 事後報告 | 実行状況、取引金額、期末残高、条件変更の報告 |
| 年次確認 | 役員・主要株主・関係会社へのアンケート、取引データ照合 |
| 開示対応 | 決算注記、有価証券報告書、申請書類、コーポレートガバナンス報告書との連携 |
| 例外管理 | 緊急時取引、少額取引、一般取引条件が明白な取引の扱い |
| 記録保存 | 申請書、承認資料、契約書、見積書、議事録、証憑の保存期間 |
規程を作っただけで、実際には取引申請が出てこない会社もあります。関連当事者取引管理は、経理部だけでなく、経営者、役員、総務、法務、営業、購買、人事、子会社までを巻き込んで運用していく必要があります。
関連当事者取引の整理が遅れると何が起きるか
関連当事者取引の整理を後回しにすると、IPO準備全体に影響が及びます。
| 影響領域 | 起こり得る問題 |
|---|---|
| 監査法人対応 | 関連当事者の網羅性、取引条件、残高、注記の監査で追加手続が発生する |
| 主幹事証券対応 | 経営者周辺取引、利益相反、資金流出、少数株主保護について詳細な説明を求められる |
| 上場審査 | 内部管理体制、ガバナンス、取引の健全性、開示体制の成熟度が問われる |
| 事業計画 | 関連当事者との取引を解消した場合、売上・原価・費用・利益が変動する |
| 資本政策 | 主要株主、親会社、CVCとの取引や契約条件が上場後の株主構成・支配関係に影響する |
| 税務 | 高額・低額取引、寄附金、役員給与、債務免除、みなし配当などが問題になる |
| 開示 | 有価証券届出書、有価証券報告書、関連当事者注記、リスク情報に影響する |
| ガバナンス | 取締役会、監査役、内部監査、三様監査の実効性が問われる |
関連当事者取引は、見つかった瞬間に問題になるのではありません。見つかった後に、会社が事実を整理し、影響を評価し、必要な承認・是正・開示を行えるかどうかが問われます。
「過去からある取引だから仕方ない」で済ませるのではなく、「いつ、誰が、どの条件で、なぜ始め、今後どうするのか」を説明できる状態にしておくこと。これが求められます。
解消すべきか、継続すべきかの判断軸
関連当事者取引を見つけたとき、すぐに「全部やめる」と判断する必要はありません。重要なのは、取引ごとに判断軸を明確にしておくことです。
| 判断項目 | 解消方向に傾く場合 | 継続可能性がある場合 |
|---|---|---|
| 事業上の必要性 | 必要性が乏しい、経営者個人の便宜が中心 | 事業継続上必要で、代替に時間・コストがかかる |
| 条件の合理性 | 市場価格から大きく乖離、根拠資料がない | 相場比較、見積、評価資料により合理性を説明できる |
| 承認手続 | 承認なし、利害関係者が決議に関与 | 事前承認、利害関係者除外、議事録あり |
| 証憑 | 契約書なし、成果物なし、実態不明 | 契約書、検収、請求、支払、成果物が整っている |
| 開示影響 | 説明困難、投資家に不信感を与える | 開示しても合理的に説明できる |
| 税務影響 | 役員給与、寄附金、低額譲渡等のリスクが大きい | 税務上の取扱いを整理済み |
| 少数株主保護 | 特定株主への利益移転の疑念が強い | 会社・少数株主に不利益がないことを説明できる |
| 上場後運用 | 継続的なモニタリングが困難 | 取締役会、監査役、内部監査で管理できる |
判断の結論は、会社の事情によって異なります。ただし、どの結論であっても、検討の過程を残しておく必要があります。解消するなら、いつ、どの方法で、どの影響を見込むのか。継続するなら、なぜ継続が必要で、どの条件で、どのように監視するのか。条件を変更するなら、変更前後の差異と理由を明確にしておくことです。
IPO準備で経営者が向き合うべき不都合な問い
関連当事者取引の整理では、経営者にとって不都合な問いも出てきます。
創業者が会社に貸していたお金は、どの条件で返済するのか。会社が創業者に貸しているお金は、いつ回収するのか。親族会社に支払っている業務委託費は、本当に会社のための費用か。役員所有不動産の賃料は、市場価格と比べて妥当か。経営者個人が持つ知的財産がなければ、会社の事業は継続できるのか。主要株主との契約は、上場後の少数株主に説明できるのか。取締役会は、経営者に不利な取引条件であっても独立して判断できるのか。
これらは、IPO準備を進めるうえで避けて通れない問いです。
上場会社として資本市場から信頼されるためには、「経営者が悪いことをしていない」と主張するだけでは足りません。会社の意思決定が、経営者個人、親族、主要株主、関係会社の利益ではなく、会社と株主共同の利益に基づいていることを、手続と証拠で示す必要があります。
本記事で参照した主な公式情報
出典:日本取引所グループ|新規上場ガイドブック
出典:日本取引所グループ|コーポレート・ガバナンス
出典:日本取引所グループ|コーポレートガバナンス・コードの補充原則4-8③に関するFAQ
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第11号 関連当事者の開示に関する会計基準
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第13号 関連当事者の開示に関する会計基準の適用指針
出典:e-Gov法令検索|会社法
出典:e-Gov法令検索|会社計算規則
出典:e-Gov法令検索|財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則
出典:e-Gov法令検索|企業内容等の開示に関する内閣府令
振り返り|この記事の重要ポイント
| 論点 | 重要な考え方 |
|---|---|
| 関連当事者取引の本質 | 取引そのものが直ちに禁止されるのではなく、必要性・条件・承認・開示を説明できるかが問われる |
| IPOで問題になる理由 | 経営者、親族、主要株主、関係会社への利益移転や少数株主保護の観点から確認される |
| 関連当事者の範囲 | 役員、近親者、主要株主、親会社、子会社、関連会社、役員・親族支配会社などを広めに洗い出す |
| 会社法上の利益相反 | 取締役の競業取引・利益相反取引には承認手続が必要となる場合がある |
| 会計・開示対応 | 関連当事者ごとに、取引内容、金額、条件、期末残高、条件決定方針などを整理する |
| コーポレートガバナンス | 取締役会は取引の重要性・性質に応じた手続を定め、監視・承認を行う必要がある |
| 優先的に確認すべき取引 | 役員貸付、親族会社への委託、役員所有不動産、知的財産、主要株主取引、保証・担保 |
| 解消判断 | すべてを解消するのではなく、事業上の必要性、条件の合理性、承認手続、開示影響で判断する |
| 実務対応 | 関連当事者リスト、取引申請、条件検証、取締役会承認、年次確認、開示データ管理を整備する |
| 経営判断としての意味 | 経営者個人と会社の利益を分離し、投資家から信頼される意思決定体制をつくることが目的である |
関連当事者取引・利益相反管理をご検討の方へ
関連当事者取引の整理は、決算注記を作るためだけの作業ではありません。
経営者個人、親族、主要株主、関係会社との取引を洗い出し、事業上の必要性、取引条件の合理性、会社法上の承認、会計・税務処理、開示、上場後の継続可否までを整理していく必要があります。対応が遅れるほど、監査法人対応、主幹事証券対応、上場審査、開示資料、税務検討は複雑になっていきます。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、IPO準備を単なる上場手続ではなく、資本市場に耐える管理体制・ガバナンス・会計税務基盤を整えるプロセスとして捉え、関連当事者取引の洗い出し、利益相反管理、承認フロー、会計・税務・開示論点の整理を支援しています。
経営者周辺取引をどこまで整理すべきか、取引を解消すべきか継続できるか、監査法人・主幹事証券へどのように説明すべきか。こうした点を早期に確認したい場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。