医療機関にとって、人材は単なる経費ではありません。
受付が患者さんの第一印象をつくり、看護師や医療技術職が診療を支え、医療事務が請求と収入をつなぎます。そして事務長や幹部スタッフが、院長の意思決定を現場へと落とし込んでいきます。このどれか一つが機能しなくなるだけで、待ち時間や患者対応、診療効率、レセプト、離職、人件費、そして資金繰りにまで影響が及びます。
ところが実際の人材課題は、「採用できない」「スタッフ同士の仲が悪い」「問題のある職員がいる」といった、個別の出来事として処理されがちです。
本来であれば、採用基準、労働条件、院内ルール、教育、評価、役割分担、情報共有、労務リスク、人件費管理を、一つの流れとして捉える必要があります。採用・育成・定着を安定させるには、院長の感覚や相性だけに頼るのではなく、再現できる「仕組み」と「基準」が欠かせません。
このテーマでは、医療機関の「ヒト」の問題を7つの論点に分け、自院の課題をどこから整理すべきかをご案内します。
このテーマで理解できること
第7テーマで扱うのは、求人方法や労働法の知識だけではありません。次のような論点を、順を追って整理していきます。
- 採用前に何を決めておくべきか
- 雇用後のルールを、どこまで書面化すべきか
- スタッフをどのように育て、評価し、定着につなげるか
- 院長、事務長、幹部スタッフが、それぞれ何を担うか
- 院内の情報共有を、患者対応へどうつなげるか
- ハラスメント、メンタル不調、休職、解雇等の問題に、どう備えるか
- 人件費を、削減対象と投資のどちらとして見るべきか
これらを一つずつ整理し、最終的には、自院の人員構成と組織運営を数字と事実で説明できる状態を目指します。
医療需要が存在していても、必要な職種を確保できなければ、診療機能を拡張することはできません。ヘルスケア分野では、高齢化や医療の高度化によって需要が見込まれる一方、生産年齢人口の減少による労働供給の制約が、中期的な課題になると整理されています。
したがって人材管理は、日常の労務事務にとどまるものではなく、外来強化、在宅医療、自由診療、分院、DX、承継・M&Aといった将来戦略の前提そのものだと考えています。
人材課題は一本の流れとして考える
医療機関の人材課題は、次のような順序でつながっています。
採用基準が曖昧であれば、入職後のミスマッチが増えます。職務内容や労働条件が曖昧であれば、「聞いていた仕事と違う」「誰が担当するのか分からない」といった不満につながります。
院内ルールが整っていなければ、注意、評価、休職、復職、退職への対応が、担当者ごとにばらついてしまいます。教育と評価が属人的であれば、スタッフは成長の実感を得にくく、優秀な人ほど自分の将来を描けなくなります。
院長と幹部の役割分担が曖昧であれば、院長が細かな判断まで抱え込み、スタッフは指示待ちになりがちです。情報共有が弱ければ、患者さんへの説明、予約、検査、会計、クレーム対応の質が安定しません。
その結果として、離職、残業、人材紹介料、教育のやり直し、診療枠の制限が生じ、人件費率と生産性が悪化していきます。
「採用」「労務」「コミュニケーション」「人件費」を、それぞれ別々の問題として処理している限り、同じ問題が形を変えて繰り返されます。
制度と現場運営の両方を外さない
人材管理には、法令上守るべき事項と、自院の診療方針に合わせて設計すべき事項があります。
たとえば、常時10人以上の労働者を使用する事業場には、就業規則を作成し、労働基準監督署へ届け出る義務があります。モデル就業規則は2025年12月にも改訂されているため、過去に作成した規則をそのまま使い続けるのではなく、現行法と実際の運用に照らして確認しておく必要があります。
出典:厚生労働省|モデル就業規則について
労働条件の明示についても、2024年4月から、就業場所・業務の変更の範囲、有期契約の更新上限、無期転換に関する事項などが追加されました。求人票、労働条件通知書、雇用契約書、就業規則の内容に食い違いがないかを、あらためて確認しておきたいところです。
出典:厚生労働省|令和6年4月から労働条件明示のルールが改正されます
育児・介護休業法については、2025年4月と10月に段階的な改正が施行され、柔軟な働き方の措置や、個別の意向聴取・配慮など、事業主に求められる対応が拡充されています。女性職員や子育て世代が多い医療機関では、規程だけでなく、シフトや代替要員を含めた実際の運用が問われます。
出典:厚生労働省|法改正のポイント|育児休業制度特設サイト
さらに2026年10月1日からは、カスタマーハラスメントと、求職者等に対するセクシュアルハラスメントについても、事業主による防止措置が義務化されます。患者さんやご家族からの言動が問題となり得る医療現場では、職員間のハラスメントだけでなく、外部からスタッフを守る体制も整えておく必要があります。
出典:厚生労働省|職場におけるハラスメントの防止のために
こうした制度は改正が続きますので、実際の対応にあたっては、最新の法令や行政資料に加え、自院の就業規則、雇用形態、これまでの運用実態を確認することが欠かせません。
推奨する読む順番
初めから体系的に整えたい場合は、次の順番で読み進めることをおすすめします。
まず7-1で採用の入口を整え、7-2で雇用後のルールを確認します。次に7-3で教育・評価・定着の仕組みを考え、7-4で院長、事務長、幹部スタッフの役割を分けていきます。
そのうえで、7-5で日常の情報共有と患者対応を整えます。問題が表面化したときの対応は7-6で確認し、最後に7-7で人件費と生産性を数字へ接続します。
推奨順:7-1 → 7-2 → 7-3 → 7-4 → 7-5 → 7-6 → 7-7
ただし、すでに労務問題が発生している場合は7-6から、人件費の増加に悩んでいる場合は7-7から読み始めていただいても構いません。
7-1. 医療機関の採用基準と面接で確認すべきこと
採用後のミスマッチや早期離職が続いている医療機関に向けて、採用の入口を整理する記事です。
採用では、応募者の印象や受け答えだけでなく、任せる役割、必要な経験、勤務条件、自院の診療方針、求める行動を、あらかじめ明確にしておく必要があります。条件が曖昧なまま採用してしまうと、入職後に、仕事内容、勤務時間、責任範囲をめぐる認識の違いが生じます。
この詳細コラムでは、求人票、採用基準、面接、職務内容、試用期間を、一つの流れとして捉えます。個別の応募者を評価するための記事ではなく、自院が採用前に何を決めておくべきかを確認していただくための記事です。
7-2. 就業規則・雇用契約・院内ルールを整える
採用したスタッフとの関係を、口約束や慣習だけで運営している医療機関に向けた記事です。
労働条件通知書、雇用契約書、就業規則、服務規律、各種労使協定には、それぞれ異なる役割があります。書類が存在していても、実態と合っていなければ、注意、評価、休職、副業、退職、解雇等の場面で、判断の根拠として機能しません。
この詳細コラムでは、規程を作ること自体ではなく、採用時の説明、院内での周知、実際の運用を一致させるという視点を扱います。
労働法上の最終的な判断は個別の事実に左右されますが、まずは「何も決めていない」「決めているが周知していない」という状態を解消することが、労務管理の出発点になります。
7-3. スタッフ教育・評価・定着の仕組みをつくる
採用しても育たない、教育担当者によって教え方が違う、評価への不満から離職が起きている、といった医療機関に向けた記事です。
教育と評価は、給与を決めるためだけに行うものではありません。自院が期待する患者対応、業務品質、チーム行動を具体的に伝え、本人が次に何を身につけるべきかを確認するための仕組みです。
この詳細コラムでは、OJT、研修、評価基準、定期面談、フィードバック、スタッフ満足を、採用後の一連の管理として整理します。
職員の能力や意欲だけに問題を求めるのではなく、教える内容、評価する基準、面談の機会が、組織として設計されているかどうかを確認していきます。
7-4. 院長・事務長・幹部スタッフの役割分担
院長が、採用、クレーム、シフト、物品購入、業者対応、経理確認まで、すべてを抱えている医療機関に向けた記事です。
組織が一定の規模を超えると、院長がすべての情報を把握し、すべての判断を行う運営には限界が生じます。一方で、事務長や主任を置くだけでは、組織化は進みません。
重要なのは、誰が決めるのか、誰が実行するのか、誰が報告を受けるのか、そしてどこから院長の判断が必要になるのかを、切り分けておくことです。事務長が十分に機能しない背景には、役割の定義や、院長との分担が曖昧なままになっている、という事情がしばしばあります。
この詳細コラムでは、院長、事務長、幹部スタッフ、外部専門家の役割と、会議体、権限委譲、報告経路の基本を整理します。
7-5. 院内コミュニケーションと患者対応を改善する
院内の雰囲気、情報共有、スタッフ間の連携が、患者対応にも影響している医療機関に向けた記事です。
コミュニケーション不足とは、単に会話の時間が少ない、ということではありません。次のような状態を指しています。
- 伝える内容が曖昧である
- 重要情報の優先順位が共有されていない
- 注意や意見を言いにくい
- 院長とスタッフの認識がずれている
- 職種間で必要な情報が止まっている
こうした状態が重なると、予約、検査、処方、会計、患者説明、クレーム対応にミスが生じます。院長とスタッフが、同じ出来事を違う前提で理解していることを認識し、その差を日常的に埋めていく必要があります。
この詳細コラムでは、会議、声かけ、申し送り、患者説明、クレーム予防を通じて、院内コミュニケーションを業務の仕組みとして整える視点を扱います。
7-6. ハラスメント・メンタル不調・休職・解雇対応の注意点
ハラスメントの申告、メンタル不調の診断書、長期欠勤、復職希望、退職勧奨、解雇等の問題を抱えている医療機関に向けた記事です。
この領域で避けたいのは、院長の怒りや同情、好き嫌いによって対応を決めてしまうことです。
事実確認、関係者の分離、診断書の確認、休職規程、復職判断、改善指導、面談記録、通知文書など、判断の過程を残しておく必要があります。とりわけ解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には無効となるため、「問題があるから辞めてもらう」という単純な処理はできません。
出典:厚生労働省|労働契約(契約の締結、労働条件の変更、解雇等)
メンタルヘルス対策についても、厚生労働省は、セルフケア、管理監督者によるケア、事業場内産業保健スタッフ等によるケア、事業場外資源によるケアという枠組みを示しています。
出典:厚生労働省|職場におけるメンタルヘルス対策
この詳細コラムでは、個別紛争の結論を示すのではなく、問題が起きたときに確認すべき手続、資料、記録、専門家連携を整理します。
7-7. 人件費と生産性を医療機関経営でどう見るか
人件費が高いのか、それとも必要な採用投資なのかを判断できない医療機関に向けた記事です。
人件費率が高いからといって、直ちに過剰人員とは限りません。反対に、人件費率が低くても、院長が事務を抱え、スタッフが疲弊し、患者対応が悪化しているのであれば、持続可能な体制とはいえません。
人件費は、職種別人員、診療体制、患者数、診療単価、残業、採用費、教育期間、離職コストと組み合わせて見る必要があります。診療所経営では、雇用の安定、チーム形成、生産性、人件費の適正化を、一つの問題として捉えることが大切です。
この詳細コラムでは、人件費を単なる削減対象としてではなく、患者さんへの提供価値と収益構造を支える投資として捉え、月次で確認すべき数字を整理します。
自院の課題に応じた読み分け
採用しても短期間で辞めてしまう
まず7-1で採用基準と面接を確認し、次に7-2で労働条件と院内ルールを見直します。そのうえで、7-3で入職後の教育、評価、面談が設計されているかを確認します。
早期離職を「最近の若い人は続かない」と捉えるだけでは、原因は見えてきません。採用時の期待、入職後の説明、教育、職場環境を、それぞれ分けて確認する必要があります。
院長がすべてを抱えている
7-4で院長、事務長、幹部スタッフの役割を整理し、7-5で報告と情報共有の仕組みを確認します。
院長の負担を減らすには、単に仕事を渡すのではなく、判断基準、報告期限、権限の範囲までを明確にしておく必要があります。
院内の雰囲気が悪く、患者対応にも影響している
7-3で教育・評価の基準を、7-5で日常のコミュニケーションと患者対応を確認します。
特定のスタッフの性格だけを原因とするのではなく、業務分担、情報の流れ、注意の方法、会議の運用に問題がないかを見ていくことが大切です。
休職者や問題行動のあるスタッフへの対応に困っている
7-2で規程と雇用上のルールを確認し、7-6で事実確認、記録、休職、復職、退職・解雇に関する判断過程を整理します。
問題が深刻化している場合には、対応を進める前に、社会保険労務士、弁護士、産業医その他の専門家へ相談すべき場面があります。
人件費が増え、利益が残らない
7-7で人件費と生産性を確認したうえで、第2テーマの「2-3. 人件費率・材料費・委託費から見る医療機関のコスト構造」、第5テーマの「5-3. 予算と予実管理で医療機関の経営を改善する」「5-5. 採用・人件費を事業計画に織り込む」へと進むと、財務面の理解が深まります。
人材課題を数字へつなげる
人材管理は、感情や印象だけでは改善できません。次のような情報を確認していきます。
- 毎月の人件費総額と人件費率
- 職種別の常勤換算人数
- 採用費と人材紹介料
- 残業時間
- 入職者数と離職者数
- 教育期間
- 休職者数
- スタッフ1人当たりの医業収益
- 患者数、待ち時間、クレーム
- 院長の診療外業務時間
こうした情報を、同じ期間、同じ前提で確認すると、問題の位置が見えやすくなります。
たとえば、人件費率の上昇が採用によるものなのか、それとも患者数の減少によるものなのかで、取るべき対応は変わってきます。残業が増えている場合も、人員不足、シフト設計、教育不足、業務分担のいずれが原因なのかを、分けて考えなければなりません。
数字だけでスタッフを評価するのではなく、組織の状態を客観的に確認するために数字を使う、という姿勢が大切です。
相談前に整理しておきたい資料
人材課題について専門家へ相談するときは、悩みだけでなく、事実と資料を整理しておくと、検討がスムーズに進みます。
まず、職種、雇用形態、入職日、所定労働時間が分かるスタッフ一覧を用意します。次に、求人票、労働条件通知書、雇用契約書、就業規則、賃金規程、育児・介護休業規程、休職規程、各種労使協定を確認します。
あわせて、勤怠記録、賃金台帳、残業時間、採用費、離職履歴、人件費の月次推移も必要になります。
組織運営については、院長、事務長、主任等の役割、会議の開催状況、承認事項、報告経路を整理しておきます。
問題が発生している場合には、面談記録、注意・指導の記録、診断書、本人との連絡履歴を、時系列でまとめておきます。後から記憶に頼って再構成するのではなく、当時の記録を残しておくことが重要です。
第7テーマと他のテーマとの関係
第7テーマは、人材問題だけで完結するものではありません。
採用人数と給与水準は、第5テーマの事業計画・予実管理に影響します。人件費率と職種別生産性は、第2テーマの経営指標、第3テーマの管理会計とつながります。院長、事務長、幹部の権限分担は、第10テーマの内部統制にも関係します。
医療法人の役員と職員の役割を整理する場合は、第8テーマの法人運営・ガバナンスもあわせて確認する必要があります。
承継・M&Aでは、雇用契約、就業規則、未払残業、休職者、労務紛争、キーパーソン、院長依存度が確認されます。そのため、第14テーマの承継前整備、第15テーマのデューデリジェンスとも直接つながっています。
人材管理を整えることは、現在のスタッフを管理するためだけではありません。採用、成長投資、分院、承継を自ら選べる医療機関になるための、基盤づくりでもあります。
人材課題を「ヒトだけの問題」にしないために
人材問題は、労務だけでなく、会計、財務、経営計画と結びつけて考える必要があります。
何人採用できるかは、希望ではなく資金繰りで決まります。どの職種を採用するかは、患者数、診療単価、稼働率、院長の時間配分によって変わります。
給与改定や賞与は、人材確保だけでなく、年間利益、社会保険料、納税、借入返済への影響まで見なければなりません。事務長や幹部スタッフを置くかどうかは、その給与額だけでなく、院長の診療時間、内部管理、分院や承継への効果を含めて判断します。
守るべき労務ルールを整えたうえで、人員配置と人件費を月次の数字へつなぐ。これが、医療機関における「守りを仕組みに、攻めを戦略にする」人材管理です。
人材・組織と経営数字を一体で整理したい方へ
採用、離職、院内不和、人件費は、それぞれ別の問題に見えても、実際には同じ組織構造から生じていることがあります。
就業規則を整えるだけでは、人件費の許容額は分かりません。人件費率を見るだけでは、現場に必要な人数は決められません。採用計画を作るだけでは、入職後の教育や定着は改善しません。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、月次決算、人件費構造、採用計画、資金繰り、予実管理、組織上の役割分担をつなぎ、院長・理事長が判断に使える材料を整理します。労働法上の個別判断が必要な場合には、社会保険労務士や弁護士等との連携を前提に、財務・経営面から論点を切り分けていきます。
- 「採用すべきか、人件費を抑えるべきか判断できない」
- 「院長依存から組織経営へ移行したい」
- 「離職や労務問題が経営数字にどう影響しているか確認したい」
- 「分院、承継、M&Aに向けて人材管理を整えたい」
このような課題をお持ちの方は、お問い合わせページから、現在の状況をご相談ください。
第7テーマの振り返り
| 整理する論点 | 最初に読む詳細コラム | その次に確認する論点 |
|---|---|---|
| 採用ミスマッチを減らす | 7-1. 医療機関の採用基準と面接で確認すべきこと | 労働条件、試用期間、入職後教育 |
| 雇用と院内ルールを整える | 7-2. 就業規則・雇用契約・院内ルールを整える | 周知、運用、休職・副業・解雇 |
| スタッフを育て、定着させる | 7-3. スタッフ教育・評価・定着の仕組みをつくる | OJT、評価、面談、成長機会 |
| 院長依存を減らす | 7-4. 院長・事務長・幹部スタッフの役割分担 | 権限委譲、会議体、報告経路 |
| 院内連携と患者対応を改善する | 7-5. 院内コミュニケーションと患者対応を改善する | 情報共有、患者説明、クレーム予防 |
| 労務トラブルに備える | 7-6. ハラスメント・メンタル不調・休職・解雇対応の注意点 | 手続、記録、規程、専門家連携 |
| 人材と経営数字をつなぐ | 7-7. 人件費と生産性を医療機関経営でどう見るか | 職種別人員、採用投資、離職コスト、予実管理 |