相続税の申告で不動産を評価するとき、多くの方は「路線価で計算すればよい」「固定資産税評価額を使えばよい」と考えがちです。
確かに、相続税・贈与税における土地や家屋の評価は、財産評価基本通達に定められた方法を中心に行います。土地であれば路線価方式または倍率方式、家屋であれば固定資産税評価額を基礎とする評価が基本になります。
ただ、税務調査で実際に問われるのは、計算式を知っているかどうかではありません。
その評価単位の取り方は本当に妥当か。課税時期の現況を正しく見ているか。土地の利用状況、権利関係、賃貸状況、地積、道路付け、不整形、私道、セットバック、空室、親族間の利用といった事情を、きちんと評価に反映できているか。評価減を主張するだけの資料が手元に残っているか。相続開始前後の売買や借入れ、不動産取得の経緯まで踏まえて、通達評価だけで説明しきれるか。
こうした点が、ひとつひとつ確認されます。
不動産評価の調査対応とは、「少しでも低く評価できる方法を探す」ことではありません。「課税時期の事実に基づいて、なぜその評価額になるのかを説明できる状態にしておく」ことだと、私は考えています。
不動産評価の出発点は「時価」と「課税時期の現況」
相続税法では、特別の定めがあるものを除き、相続、遺贈または贈与によって取得した財産の価額は、取得時における時価によるものとされています。出典:e-Gov法令検索|相続税法
その「時価」とは何かを、財産評価基本通達はこう整理しています。課税時期における財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立すると認められる価額である、と。そして財産を評価するにあたっては、その価額に影響を及ぼすべきすべての事情を考慮するものとされています。出典:国税庁|財産評価基本通達 第1章 総則
ここで押さえておきたいのは、相続税評価額は単なる計算結果ではない、という点です。
不動産の評価は、次の順番で考えていく必要があります。
- 課税時期はいつか
- その時点の現況はどうだったか
- 土地の地目、利用状況、権利関係はどうだったか
- 評価単位をどう区切るべきか
- 路線価方式か、倍率方式か
- どの補正や減額要素を適用できるか
- 家屋や賃貸部分をどう評価するか
- 通達評価では説明できない事情があるか
税務調査では、申告書に書かれた評価額そのものだけでなく、その評価額に至るまでの事実認定の過程が確認されます。
なぜ不動産評価は相続税調査で争点になりやすいのか
不動産は、預金や上場株式と違って、評価額が一義的には決まりにくい財産です。
同じ土地であっても、評価単位の切り方、道路との関係、地積、利用状況、貸付状況、不整形地補正、がけ地補正、無道路地評価、私道評価、セットバック、地積規模の大きな宅地の評価などによって、評価額は大きく動きます。
しかも相続税申告の段階では、相続人が現地の状況を十分に把握できていないことも少なくありません。
被相続人が管理していた賃貸借契約が見当たらない。駐車場の利用実態がはっきりしない。親族へ無償で貸している土地を、貸宅地のように扱っている。空室がある賃貸物件を、満室として評価している。登記地目だけで判断し、実際の利用状況を確認していない。土地の一部が道路や私道として使われているのに、それを示す資料がない。
このような状態では、評価額が正しいかどうか以前に、評価の前提となる事実そのものを説明できません。
税務調査では、登記事項証明書、公図、地積測量図、固定資産税課税明細書、路線価図、住宅地図、航空写真、賃貸借契約書、レントロール、入金通帳、現況写真、都市計画関係資料などを突き合わせながら、申告した評価が現況と整合しているかが確かめられます。
評価単位の誤りは、評価額全体を変える
不動産評価で最初に確認したいのが、評価単位です。
宅地の価額は、登記簿上の1筆ごとに評価するのではありません。原則として「1画地の宅地」、すなわち利用の単位となっている1区画の宅地ごとに評価します。出典:国税庁|No.4603 宅地の評価単位
財産評価基本通達でも、宅地は1画地の宅地を評価単位とすると定めています。あわせて、贈与や遺産分割などによる宅地の分割が親族間等で行われた場合に、分割後の画地が宅地として通常の用途に供することができないなど著しく不合理と認められるときは、分割前の画地を1画地として評価するものとされています。出典:国税庁|財産評価基本通達 第2章 第1節 通則
この評価単位の判断を誤ると、その後の路線価、奥行補正、不整形地補正、貸家建付地評価、小規模宅地等の特例の検討にまで影響が及びます。
たとえば、次のような場面では、評価単位が争点になりやすくなります。
- 自宅敷地と月極駐車場が隣接している
- 自宅、貸家、事業用建物の敷地が一体になっている
- 複数筆の土地を一体で利用している
- 1筆の土地の一部を貸宅地、一部を貸家建付地として使っている
- 複数棟のアパートが同一敷地内にある
- 相続後に分筆した土地を、相続時から別画地だったように評価している
- 親族間で不自然な分割を行い、評価減を大きくしている
所有する宅地を自ら使用している場合には、居住用か事業用かを問わず、その全体を1画地の宅地として評価するのが基本です。一方、その土地に他人の権利が存在する場合には、権利の種類や権利者の違いに応じて評価単位を分けることがあります。出典:国税庁|宅地の評価単位
つまり評価単位は、「筆数」ではなく、「利用状況」と「権利関係」で決まるということです。
登記地目ではなく、課税時期の現況を見る
土地の地目も、調査で確認されやすい論点です。
土地は、原則として宅地、田、畑、山林などの地目ごとに評価します。ただし地目の判定は、登記簿に記載された地目ではなく、課税時期の現況によって行います。出典:国税庁|No.4602 土地家屋の評価
この点を見落とすと、評価の出発点そのものがずれてしまいます。
登記上は畑でも、実際には駐車場として使われている。登記上は宅地でも、現況は道路や私道になっている。登記上は雑種地でも、宅地に類似した利用状況にある。登記地目は山林でも、市街地的な宅地化が進んでいる。あるいは、相続開始後に建物を取り壊したために、更地として評価してしまっている。
相続税評価は、あくまで相続開始日現在の現況が基準です。
相続後に更地にした、賃貸をやめた、分筆した、建物を建て替えた、駐車場に変更したといった事後の事情を、相続時の評価にそのまま持ち込むことはできません。
税務調査の場で説明するには、相続開始時点の現況写真、固定資産税関係資料、賃貸借契約、建物の使用状況、現地確認メモといった資料が大切になります。
地積は公簿面積だけで足りるとは限らない
土地の地積も、調査で確認される論点です。
国税庁は、土地の地積は課税時期における実際の面積によって評価するとし、登記簿上の地積と異なる場合には実際の面積で評価することになると説明しています。もっとも、相続税・贈与税の申告にあたって、すべての土地に実測を求めているわけではありません。出典:国税庁|No.4602 土地家屋の評価
実務上は、公簿面積で申告しているケースも少なくありません。
ただし、次のような場合には、地積が争点になる可能性があります。
- 古い登記で、実測面積との差が大きい
- 地積測量図や境界確認資料がある
- 売買時の重要事項説明書に実測面積が記載されている
- 相続後に測量したところ、公簿面積と大きく異なった
- 縄伸び、縄縮みが評価額に大きく影響する
- 共有地や隣接地との境界が曖昧である
公簿面積を使うか、実測面積を使うかは、評価額への影響だけで決めるものではありません。利用できる資料、境界の確定状況、過去の売買資料との整合性まで踏まえて整理する必要があります。
調査で問題になるのは、「実測していなかったこと」そのものではありません。明らかに別の面積資料があるのに、それを無視して評価しているように見える場合です。
路線価方式では、道路付けと補正の根拠が問われる
市街地的形態を形成する地域にある宅地は、原則として路線価方式によって評価します。路線価方式とは、その宅地が面する路線に付された路線価を基に、奥行価格補正などの補正を行って評価する方法です。出典:国税庁|財産評価基本通達 第2章 第2節 宅地及び宅地の上に存する権利
国税庁のタックスアンサーでも、路線価方式は路線価が定められている地域の土地を評価する方法であり、路線価を土地の形状等に応じた各種補正率で補正したうえで、面積を乗じて計算すると説明されています。出典:国税庁|No.4602 土地家屋の評価
路線価方式で調査の対象になりやすいのは、次のような点です。
- どの路線を正面路線としたか
- 側方路線、二方路線、三方・四方路線の影響をどう見たか
- 奥行価格補正率の適用は正しいか
- 間口距離、奥行距離の測り方は妥当か
- 不整形地補正を過大に取っていないか
- 無道路地評価が本当に必要か
- がけ地、土砂災害特別警戒区域、容積率の差異などをどう反映したか
- セットバック部分や私道部分の評価をどう扱ったか
- 特定路線価を申請すべき土地ではないか
補正は、評価額を下げるための自由な調整ではありません。土地の形状、道路との関係、法令上の利用制限、現実の利用可能性を、評価に反映するための仕組みです。
ですから、評価減を主張するのであれば、路線価図、公図、測量図、現況写真、建築制限資料、都市計画資料、道路台帳など、補正の根拠を説明できる資料が欠かせません。
なお、路線価図および評価倍率表は、国税庁の財産評価基準書で確認できます。出典:国税庁|財産評価基準書 路線価図・評価倍率表
倍率方式でも、固定資産税評価額をそのまま使えばよいとは限らない
路線価が定められていない地域の土地は、倍率方式によって評価します。倍率方式では、その土地の固定資産税評価額に一定の倍率を乗じて評価します。出典:国税庁|No.4602 土地家屋の評価
倍率方式は一見すると簡単に見えますが、調査で問題にならないわけではありません。
たとえば、固定資産税評価上の地目や現況が、相続税評価上の現況と一致しているか。宅地、農地、山林、雑種地の区分は正しいか。固定資産税評価額に反映されていない特殊事情はないか。評価倍率表の地域区分を誤っていないか。倍率地域内であっても、宅地比準や造成費控除などの検討が必要な土地ではないか。確認すべき点は意外と多いのです。
倍率方式だから安全、というわけではありません。
特に、市街化調整区域内の雑種地、農地転用見込み地、宅地に隣接する農地、資材置場、駐車場、山林の一部利用などは、単純な倍率計算だけでは説明が不十分になることがあります。
貸宅地は「借地権の存在」を説明できるかが重要
土地を他人に貸していて、その上に借地人の建物が建っている場合には、貸宅地として評価する場面があります。
貸宅地とは、借地権など、宅地の上に存する権利の目的となっている宅地をいいます。借地権の目的となっている宅地の価額は、自用地としての価額から、借地権割合を反映した価額を控除して評価するのが基本です。出典:国税庁|No.4613 貸宅地の評価
調査で確認されるのは、単に「貸している」と説明できるかどうかではありません。
- 借地契約書があるか
- 建物所有を目的とする賃貸借か
- 借地人は誰か
- 地代の支払いがあるか
- 地代の水準はどうか
- 権利金や更新料の授受はあるか
- 借地人名義の建物登記があるか
- 使用貸借ではないか
- 親族間の無償利用ではないか
- 契約書と実際の入金状況が一致しているか
親族に土地を使わせているだけの状態を、安易に貸宅地として評価すると、調査で否認される可能性があります。
貸宅地評価は、土地所有者の自由な使用収益が、借地権等によって制約されていることを前提とします。その制約が契約上も実態上もどの程度存在するのかを、説明できる資料が必要です。
貸家建付地は「実際に貸家の敷地として使われているか」が問われる
賃貸アパートや賃貸ビルの敷地は、貸家建付地として評価することがあります。
貸家建付地とは、貸家の敷地の用に供されている宅地をいい、たとえば土地所有者が建てたアパートやビルなどを他に貸し付けている場合の敷地が、これに当たります。国税庁は、貸家建付地について、借家権の目的となっている家屋の敷地の用に供されている宅地を対象とすると説明しています。出典:国税庁|No.4614 貸家建付地の評価
貸家建付地の評価では、借地権割合、借家権割合、賃貸割合が重要になります。財産評価基本通達は、貸家建付地の価額を、自用地としての価額を基に、これら三つの割合を反映して計算する仕組みとしています。出典:国税庁|財産評価基本通達 貸宅地の評価・貸家建付地の評価
調査で争点になりやすいのは、次のような場面です。
- 相続開始日の時点で空室がある
- 一時的空室といえるかどうか
- 賃貸借契約はあるが、実際の入居実態がない
- 親族が無償または低額で使用している
- 社宅や役員住宅の敷地を、貸家建付地として評価している
- 賃貸物件として募集しているだけで、実際には貸し付けていない
- 賃貸割合の計算に誤りがある
- 複数棟の敷地を一体評価しているが、本来は評価単位を分けるべきである
貸家建付地評価は、賃貸借によって土地所有者の利用が制約されていることを、評価に反映するものです。
ですから、賃貸借契約書、入居状況一覧、家賃入金資料、管理会社資料、募集資料、空室期間の記録などによって、課税時期の賃貸状況を説明できる必要があります。
家屋評価は固定資産税評価額が基本だが、現況確認を軽視できない
家屋の評価は、固定資産税評価額に1.0を乗じて計算した金額、つまり固定資産税評価額と同額によるのが基本です。出典:国税庁|No.4602 土地家屋の評価
ただし家屋についても、調査で確認される事項があります。
- 相続開始日の時点で、建物が存在していたか
- 建築中の家屋ではないか
- 未登記建物はないか
- 附属設備や構築物を別途評価すべきか
- 固定資産税課税明細書に載っていない建物はないか
- 貸家として評価する場合の賃貸割合は正しいか
- 相続後に取り壊された建物を、相続時に存在しなかったものとして扱っていないか
固定資産税評価額を使う場面であっても、現況の確認は欠かせません。
特に、地方の相続や古い物件では、未登記建物、増築部分、倉庫、車庫、附属建物、農業用施設などが、申告から漏れてしまうことがあります。
令和6年以後の分譲マンション評価は従来と異なる
近年、不動産評価で特に注意したい改正が、居住用の区分所有財産、いわゆる分譲マンションの評価です。
令和6年1月1日以後に相続、遺贈または贈与によって取得した居住用の区分所有財産については、国税庁の「居住用の区分所有財産の評価について」に基づき、区分所有補正率を用いて評価する場合があります。出典:国税庁|No.4667 居住用の区分所有財産の評価
従来のように、敷地利用権と区分所有建物を評価して、それで終わり、という理解では足りなくなりました。
特に都市部の高層マンションでは、築年数、所在階、総階数、敷地持分の大小などによって、評価額が変わる可能性があります。
調査対応では、次の資料が必要になります。
- 登記事項証明書
- 固定資産税課税明細書
- 敷地権割合
- 専有部分の床面積
- 総階数、所在階、築年数
- 敷地全体の評価資料
- 区分所有補正率の計算明細
- 賃貸している場合の賃貸借契約、賃貸割合資料
分譲マンションの評価は、制度改正の影響を受けやすい領域です。相続開始日が令和6年1月1日より前か後かによって取扱いが変わりますので、古い知識のまま評価していないか、確認しておきたいところです。
特殊な土地の評価減は「資料があるか」で説明力が変わる
土地の評価では、特殊な事情がある場合に、評価減を検討することがあります。
たとえば、次のような土地です。
- 不整形地
- 間口が狭い土地
- 奥行が長大、または短い土地
- 無道路地
- がけ地を含む土地
- 土砂災害特別警戒区域内の土地
- 容積率の異なる地域にまたがる土地
- セットバックを必要とする土地
- 私道の用に供されている土地
- 都市計画道路予定地内の土地
- 土地区画整理事業施行中の土地
- 造成中の土地
- 埋蔵文化財包蔵地
- 土壌汚染地
- 市街化調整区域内の雑種地
財産評価基本通達には、宅地の評価方法として、奥行価格補正、不整形地、地積規模の大きな宅地、無道路地、間口狭小、がけ地、土砂災害特別警戒区域、容積率の異なる宅地、私道、セットバック、都市計画道路予定地などの評価に関する定めが置かれています。出典:国税庁|財産評価基本通達 財産評価
ただし評価減は、「使いにくい土地だから下げられる」という単純なものではありません。
調査では、評価減の根拠となる客観資料が求められます。
- 測量図
- 現況写真
- 役所調査資料
- 都市計画図
- 道路台帳
- 建築指導課の回答
- 土壌調査報告書
- 埋蔵文化財に関する照会回答
- 造成費見積書
- 鑑定評価書
- 不動産業者の査定書
- 近隣取引事例
- 利用制限を示す条例、指定区域資料
「現地を見れば分かる」という説明だけでは、十分とはいえません。
調査官や審判所、裁判所に説明する場面まで想定すると、評価減の理由を資料として残しておくことが重要です。
鑑定評価額を使えば必ず認められるわけではない
通達評価額よりも不動産鑑定評価額のほうが低い場合、鑑定評価額で申告したいと考えることがあります。
しかし、鑑定評価額があるからといって、当然にその評価額が相続税評価として認められるわけではありません。
相続税評価では、実務上、財産評価基本通達による評価が広く用いられています。通達評価は、個別の土地の厳密な取引価格そのものではなく、大量の財産を公平かつ統一的に評価するための基準です。
鑑定評価を用いる場合には、少なくとも次の点を確認する必要があります。
- なぜ通達評価によることが不合理なのか
- 鑑定評価の前提条件は、課税時期の現況と一致しているか
- 鑑定評価書が、相続税評価の争点に対応しているか
- 評価対象地の範囲、権利関係、利用状況は正しいか
- 取引事例比較法、収益還元法、原価法などの採用理由は明確か
- 評価額が、過度に申告目的へ寄っていないか
- 通達評価との乖離理由を説明できるか
鑑定評価は強力な資料になり得ます。ただ調査対応では、「鑑定書があるから大丈夫」ではなく、「その鑑定が、相続税評価上の事実認定と評価方法の問題に答えているか」が問われます。
通達評価でも総則6項が問題になることがある
不動産評価で特に注意したいのが、財産評価基本通達総則6項の問題です。
財産評価基本通達6項は、この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額について、国税庁長官の指示を受けて評価する旨を定めています。出典:国税庁|財産評価基本通達 第1章 総則
令和4年4月19日の最高裁判決では、相続税の課税価格に算入される不動産の価額を、財産評価基本通達による評価額を上回る価額によるものとすることが、一定の事情の下では租税法上の一般原則としての平等原則に違反しないと判断されています。出典:最高裁判所|令和2年(行ヒ)第283号 相続税更正処分等取消請求事件
この判決は、「不動産を買ったら通達評価が必ず否認される」という意味ではありません。
しかし、次のような事情がある場合には、通達評価だけで説明できるかどうか、慎重な検討が必要です。
- 相続開始の直前に、多額の借入れで不動産を取得している
- 取得価額や鑑定価額と、通達評価額との乖離が著しい
- 相続税負担の減少を目的とした取引であることが、資料上明らかである
- 相続後、短期間で売却している
- 金融機関の資料、稟議書、提案書などに、相続税の圧縮効果が明示されている
- 高齢、重病、相続開始が近い状況で、不動産取得が行われている
調査対応では、通達評価の計算が正しいかだけでなく、不動産取得の目的、資金調達、保有方針、収益性、相続後の売却の有無、さらには家族や会社の意思決定資料まで確認することがあります。
相続開始前後の売買価格は、評価の説明材料にもリスクにもなる
不動産が相続開始の前後に売買されている場合、その売買価格は調査で注目されます。
相続開始の直前に取得した不動産について、取得価額と相続税評価額が大きく乖離している。相続開始の直後に売却した不動産について、売却価額が申告評価額を大きく上回っている。あるいは、親族間、同族会社間、関係会社間で不動産を売買している。
こうした場合、税務署側は、申告した評価額が相続開始時の時価を適切に反映しているかを確認します。
もちろん、相続開始後の売却価格があるからといって、必ずその価格で相続税評価をすべきとは限りません。売却の時点、売却の事情、買主との関係、売急ぎ、瑕疵、開発可能性、市況変動などを検討する必要があります。
ただ、売買価格は客観的な外部資料です。無視することはできません。
調査対応では、次の点を整理しておきます。
- 売買日は、相続開始日からどの程度離れているか
- 売買当事者は第三者か、それとも親族・同族会社か
- 売買に特殊事情があるか
- 売却活動の経緯はどうか
- 査定書、媒介契約、買付証明、重要事項説明書があるか
- 相続税評価額との差額を、どう説明するか
- 総則6項や鑑定評価の問題に発展する可能性があるか
売買価格は、納税者側の主張を支える資料にもなりますが、逆に申告評価の弱点を示す資料にもなり得ます。
小規模宅地等の特例との関係を混同しない
不動産評価では、小規模宅地等の特例と、財産評価そのものとを混同しないことが大切です。
小規模宅地等の特例は、一定の要件を満たす宅地等について、相続税の課税価格に算入すべき価額を減額する制度です。まず不動産そのものの評価単位や評価額を正しく算定したうえで、さらに特例の適用要件を満たすかを検討する、という順序になります。
そこで調査対応では、次の二段階で整理します。
第一に、その土地の相続税評価額が正しいか。第二に、その土地について小規模宅地等の特例を適用できるか。
たとえば、貸付事業用宅地等として特例を適用している場合でも、その前提となる貸付実態が弱ければ、貸家建付地評価と小規模宅地等の特例の双方に影響する可能性があります。
本記事では特例要件の詳細には立ち入りませんが、不動産評価の誤りが、特例適用の判断にまで波及することは、押さえておきたい点です。
税務調査で提出前に確認すべき資料
不動産評価が論点になりそうな場合は、調査の前に、次の資料を整理しておくことが重要です。
- 相続税申告書、財産評価明細書
- 路線価図、評価倍率表
- 登記事項証明書
- 公図、地積測量図、建物図面
- 固定資産税課税明細書、名寄帳
- 現況写真、住宅地図、航空写真
- 賃貸借契約書、更新契約書
- 家賃入金通帳、管理会社資料、レントロール
- 空室期間、募集状況、修繕履歴
- 建築確認資料、建物の使用状況資料
- 都市計画図、道路台帳、セットバック資料
- 農地転用、開発許可、建築制限に関する資料
- 土壌汚染、埋蔵文化財、がけ地等の資料
- 不動産売買契約書、重要事項説明書、査定書
- 相続開始前後の不動産取得、借入れ、売却に関する資料
- 鑑定評価書、不動産業者意見書
- 相続人間の遺産分割協議資料
資料は、ただ集めるだけでは足りません。
評価単位、現況、権利関係、評価方法、補正、特例、時価との関係という順番で、評価の流れに沿って整理しておく必要があります。
修正申告に応じる前に、争点を分ける
税務署から不動産評価の誤りを指摘された場合、修正申告を勧められることがあります。
その際に大切なのは、指摘された内容を一つの問題としてまとめて受け止めるのではなく、次のように切り分けて考えることです。
- 事実認定の誤りなのか
- 評価単位の誤りなのか
- 路線価や倍率の適用誤りなのか
- 補正率の適用誤りなのか
- 賃貸状況や権利関係の誤認なのか
- 小規模宅地等の特例の要件問題なのか
- 通達評価ではなく別評価が必要という問題なのか
- 重加算税につながる隠蔽・仮装の指摘なのか
事実関係に明らかな誤りがある場合には、修正申告が合理的なこともあります。
一方で、評価単位、特殊事情、鑑定評価、総則6項の適用など、評価判断に争いがある場合には、調査官の指摘内容、根拠資料、反論の可能性、不服申立ての見通しを整理してから判断すべきです。
税務署長等の更正などの処分に不服がある場合には、原則として処分の通知を受けた日の翌日から3か月以内に、再調査の請求または審査請求を行うことができます。出典:国税庁|No.7200 税務署長等の処分に不服があるときの不服申立手続
修正申告をするのか、更正を受けて争うのかは、税額だけで決めるべきではありません。証拠関係、評価論点の強さ、附帯税、将来の相続人間の関係、そして専門家としての説明責任まで含めて判断する必要があります。
評価誤りが重加算税に発展する場面
不動産評価に誤りがあるからといって、直ちに重加算税になるわけではありません。
評価単位の判断ミス、補正率の適用誤り、地目認定の誤り、貸家建付地の賃貸割合の誤りなどは、通常、まずは評価判断や資料整理の問題として検討されます。
ただし、次のような場合には、重加算税のリスクを意識しておく必要があります。
- 賃貸借契約書を、実態と異なる内容で作成している
- 空室や自己使用部分を隠して、満室として説明している
- 親族の無償使用を、有償賃貸のように説明している
- 相続開始後の土地利用の変更を、相続開始時から存在したように説明している
- 現況写真や契約資料を、意図的に提出しない
- 調査官から質問された事実について、確認しないまま断定する
- 評価減の根拠資料を、後から不自然に整えている
評価の争いと、事実の隠蔽・仮装は、まったく別のものです。
不利な事実がある場合でも、早い段階で事実を把握し、法令や通達上どう扱うべきかを整理することが、結果的にリスクを抑えることにつながります。
不動産評価は「計算」ではなく「説明可能性」の問題
不動産評価は、単に評価明細書を作成する作業ではありません。
評価対象となる土地・建物について、相続開始時点の現況を確認し、利用状況と権利関係を整理し、評価単位を決め、評価方法を選び、補正や評価減を適用し、その根拠資料を残す。この一連の判断こそが、不動産評価です。
特に次のような場合は、調査の前に専門家とともに整理しておく必要性が高いといえます。
- 相続財産に不動産が多い
- 賃貸物件、駐車場、貸宅地、使用貸借がある
- 親族や同族会社が不動産を使用している
- 相続開始の前後に、不動産の取得、借入れ、売却がある
- 評価額と実勢価格に大きな乖離がある
- 分譲マンション、高層マンションを保有している
- 特殊な土地、利用制限のある土地がある
- 小規模宅地等の特例を適用している
- 相続人間で、不動産の評価について意見が分かれている
- 税務署から、評価額や賃貸状況について質問されている
不動産評価は、相続税額だけでなく、遺産分割、納税資金、将来の売却、二次相続、事業承継にも影響します。
税務調査をきっかけに評価資料を整理することは、過去の申告を守るためだけではありません。今後の財産管理や承継の判断を、落ち着いて進めていくためにも、大きな意味を持ちます。
まとめ|不動産評価は「低くする」より「説明できる」ことが重要
相続税の調査で不動産評価が争点になるのは、評価額が高いか低いかだけが問題になるからではありません。
評価単位、課税時期の現況、地目、地積、路線価、倍率、補正、賃貸状況、権利関係、特殊事情、鑑定評価、総則6項といった、多くの判断が積み重なって評価額が決まるからです。
不動産評価で大切なのは、次の点です。
- 登記ではなく、課税時期の現況を確認する
- 筆数ではなく、利用単位で評価単位を判断する
- 路線価や倍率を、機械的に当てはめない
- 評価減には、根拠資料を用意する
- 貸宅地、貸家建付地は、契約と実態を確認する
- 空室、親族利用、社宅、使用貸借を曖昧にしない
- 鑑定評価を使う場合は、通達評価との関係を整理する
- 相続開始前後の売買、借入れ、不動産取得の経緯を確認する
- 修正申告に応じる前に、争点を分ける
- 重加算税リスクにつながる事実説明を避ける
犬飼公認会計士・税理士事務所では、相続税調査における不動産評価の争点整理、評価明細書と現況資料の突合、貸宅地・貸家建付地・特殊な土地の評価検討、修正申告や更正対応の判断、さらには将来の相続対策・財産管理の見直しまで、事実と証拠に基づいた対応を支援しています。
相続税調査で不動産評価について確認を受けている場合や、申告済みの評価額に不安がある場合は、まず評価明細書、登記資料、固定資産税資料、賃貸借契約、現況資料を整理したうえで、お問い合わせページからご相談ください。
振り返り|不動産評価で確認すべき重要ポイント
| 論点 | 調査で確認されること | 実務上の確認ポイント |
|---|---|---|
| 評価の基準 | 課税時期の時価・現況で評価しているか | 相続開始日時点の利用状況、権利関係、資料を確認する |
| 評価単位 | 1筆ではなく利用単位で評価しているか | 自用地、貸宅地、貸家建付地、駐車場などを区分する |
| 地目 | 登記地目ではなく現況で判定しているか | 宅地、農地、雑種地、山林などの現況資料を残す |
| 地積 | 公簿面積と実測面積に差がないか | 測量図、売買資料、境界資料を確認する |
| 路線価方式 | 道路付けや補正率の適用が正しいか | 路線価図、公図、測量図、現況写真で説明する |
| 倍率方式 | 固定資産税評価額と倍率だけで足りるか | 地目、現況、宅地比準、特殊事情を確認する |
| 貸宅地 | 借地権の存在を説明できるか | 契約書、地代入金、建物登記、権利関係を整理する |
| 貸家建付地 | 実際に貸家の敷地として利用されているか | 賃貸借契約、入居状況、空室期間、家賃入金を確認する |
| 家屋評価 | 固定資産税評価額と現況が一致しているか | 未登記建物、増築、貸家、建築中建物を確認する |
| 分譲マンション | 令和6年以後の評価方法を反映しているか | 区分所有補正率、敷地権割合、階数、築年数を確認する |
| 特殊な土地 | 評価減の根拠資料があるか | セットバック、私道、がけ地、土壌汚染等の資料を集める |
| 鑑定評価 | 通達評価によらない理由を説明できるか | 鑑定書の前提、評価対象、課税時期との整合性を確認する |
| 総則6項 | 通達評価だけで説明できない事情があるか | 取得経緯、借入れ、売却、評価乖離、目的を整理する |
| 調査対応 | 修正申告に応じるべきか判断できるか | 事実誤り、評価判断、特例、重加算税リスクを分けて検討する |