海外に預金口座がある。海外の証券会社に株式や投資信託を預けている。海外不動産を相続した。相続人の一部が海外に住んでいる。被相続人が長年海外で生活していた。外国籍の配偶者や子が相続人に含まれている。
こうした事情がひとつでも絡むと、相続税調査で確認される範囲は一気に広がります。
国際相続の難しさは、「海外に財産があるかどうか」だけにとどまりません。誰が日本の相続税の納税義務者になるのか。国外財産まで課税対象に含まれるのか。その財産は相続税法上どこの財産と判定されるのか。外貨建て財産をどの為替レートで換算するのか。外国で課された税金を日本の相続税から控除できるのか。海外の相続手続が終わっていない段階で、日本の申告期限に間に合うのか。これらの論点が、いくつも重なり合って立ち上がってきます。
加えて近年は、国外財産調書、財産債務調書、国外送金等調書、CRSに基づく金融口座情報の自動的交換などにより、税務当局が国外資産の存在を把握し得る情報環境が整ってきました。相続人の側が「海外の財産だから分からないはずだ」「日本に送金していないのだから関係ない」と考えていると、調査の場で説明が大きく崩れてしまうことがあります。
国際相続の税務調査に備えるには、税額計算に入る前の段階が肝心です。事実関係、法的帰属、財産所在地、評価根拠、外貨換算、海外手続、情報提出義務を、ひとつずつ順番に整理しておく必要があります。
まず押さえておきたい結論
国際相続・国外財産の相続税調査で、最初に確認すべきことは次の5つです。
| 確認事項 | 実務上の意味 |
|---|---|
| 誰が相続税の納税義務者か | 日本国内財産だけが対象か、国外財産まで対象かが変わる |
| 財産は相続税法上どこに所在するか | 海外口座、外国株式、外国不動産、保険、貸付金などで判定基準が異なる |
| 評価額と為替換算を説明できるか | 海外評価書、残高証明、売買実例、外貨換算レートの保存が必要 |
| 外国で課された税金をどう扱うか | 日本の相続税から控除できる税金か、単なる費用・現地税務かを分ける |
| 国外財産調書・CRS等との整合性はあるか | 過去の調書、海外送金、金融口座情報と相続税申告の整合性が確認される |
国際相続では、国籍だけで結論が決まることはありません。
日本に住所があるか、過去に日本に住所を有していたか、在留資格は何か、被相続人がどこに住所を有していたか、取得した財産が国内財産か国外財産か。こうした要素の組み合わせによって、相続税の課税範囲は変わってきます。
国際相続は「海外財産がある相続」だけではない
国際相続というと、海外不動産や海外預金の相続を思い浮かべる方が多いかもしれません。ただ、税務調査で問題になる国際相続は、それだけにとどまりません。
たとえば、次のような場合にも国際相続の論点が含まれます。
| 状況 | 主な確認論点 |
|---|---|
| 日本在住の被相続人が海外口座を保有していた | 国外財産の申告漏れ、国外財産調書との整合性 |
| 海外在住の親が亡くなり、日本在住の子が相続した | 子の納税義務者区分、国外財産の課税対象性 |
| 相続人の一部が海外在住 | 納税管理人、申告書への署名・資料収集、遺産分割の実行 |
| 外国籍の被相続人または相続人がいる | 国籍、在留資格、住所、過去の日本居住歴の確認 |
| 海外不動産を相続した | 財産所在地、現地評価、日本円換算、現地税との関係 |
| 外国法人株式・海外証券口座がある | 発行法人の所在地、残高証明、配当・売却履歴、国外財産調書 |
| 海外信託・ジョイント口座・共同名義口座がある | 実質的権利者、受益権の評価、名義と実質の確認 |
相続税は、相続や遺贈によって取得した財産のうち、金銭に見積もることができる経済的価値のあるものを課税対象とします。現金、預貯金、有価証券、不動産はもちろん、貸付金、特許権、著作権なども含まれます。
出典:国税庁|No.4105 相続税がかかる財産
ですから、「海外にあるから日本の相続税とは無関係」とは限りません。むしろ海外財産は、国内財産よりも資料収集・評価・換算・法的帰属の説明が難しく、調査で争点になりやすい領域だといえます。
納税義務者の判定が出発点になる
国際相続でまず確認すべきは、「その相続人が日本の相続税について、どの範囲で納税義務を負うか」という点です。
相続税の納税義務者は、大きく分けると次のように整理できます。国内財産・国外財産のいずれも課税対象となる無制限納税義務者と、原則として日本国内にある財産が課税対象となる制限納税義務者です。
| 区分 | 課税対象となる財産の範囲 |
|---|---|
| 無制限納税義務者 | 国内財産、国外財産、相続時精算課税適用財産 |
| 制限納税義務者 | 国内財産、相続時精算課税適用財産 |
| 特定納税義務者 | 相続時精算課税適用財産 |
国税庁は、相続税の納税義務者の範囲を、居住無制限納税義務者、非居住無制限納税義務者、制限納税義務者、特定納税義務者に分けて説明しています。無制限納税義務者に該当すれば国内財産・国外財産のいずれも課税対象となり、制限納税義務者に該当すれば国内財産および相続時精算課税適用財産が課税対象になります。
出典:国税庁|No.4138 相続人が外国に居住しているとき
ここで押さえておきたいのは、次の点です。
海外に住んでいる相続人であっても、一定の場合には国外財産まで日本の相続税の対象になります。
日本に住んでいる相続人であっても、一時居住者に該当し、被相続人の区分によっては国外財産が課税対象外となる場合があります。
外国籍であっても、日本国内財産を取得すれば日本の相続税の対象になることがあります。
相続財産を取得していなくても、相続時精算課税適用財産があれば、相続税の課税関係が生じることがあります。
つまり国際相続では、「日本人か外国人か」「日本に住んでいるか海外に住んでいるか」という単純な分け方では足りないのです。
住所の判定は、住民票だけでは決まらない
相続税の納税義務者区分では、「住所」の有無が重要な意味を持ちます。
ここでいう住所は、単なる住民票上の住所や一時的な滞在場所ではなく、生活の本拠を指します。国税庁は、所得税の居住者・非居住者の区分に関する説明のなかで、「住所」とは個人の生活の本拠をいい、生活の本拠かどうかは客観的事実によって判定するとしています。
出典:国税庁|No.2875 居住者と非居住者の区分
相続税でも同じく、住所の判断では形式だけでなく実態が問われます。調査に備えるには、少なくとも次の事情を整理しておく必要があります。
| 確認項目 | 調査で見られるポイント |
|---|---|
| 滞在日数 | 日本と海外の滞在割合、出入国履歴 |
| 住居 | 自宅、賃貸物件、家族の住居、海外住居の状況 |
| 家族関係 | 配偶者・子の居住地、生活実態 |
| 職業・役員関係 | 勤務先、役員職、業務遂行場所 |
| 資産管理 | 預金、証券、不動産、保険、生活資金の管理地 |
| 社会的関係 | 住民登録、在留資格、医療保険、年金、運転免許 |
| 将来の居住意思を裏付ける事実 | 単なる主観ではなく、実際の生活拠点の継続性 |
「海外に住んでいたことにしたい」「日本に住所がなかったことにしたい」といった説明は、客観資料と合わなければ通用しません。反対に、日本に住民票が残っているからといって、必ず日本に生活の本拠があると断定されるわけでもありません。
税務調査では、住民票、在留カード、パスポート、航空券、海外賃貸契約、公共料金、勤務契約、役員登記、銀行取引、家族の居住状況などを組み合わせて、生活の本拠がどこにあったかを確認していきます。
「一時居住者」「外国人被相続人」「非居住被相続人」を軽く見ない
外国籍の方や在留資格を有する方が関係する相続では、「一時居住者」「外国人被相続人」「非居住被相続人」といった用語が登場します。
これらは、国外財産まで相続税の対象になるかどうかを左右する、重要な概念です。
国税庁は「一時居住者」を、相続開始時に出入国管理及び難民認定法別表第一の在留資格を有し、その相続開始前15年以内に日本国内に住所を有していた期間の合計が10年以下である人と説明しています。「外国人被相続人」「非居住被相続人」についても、相続開始時の住所、在留資格、過去10年以内の日本住所の有無などによって定義しています。
出典:国税庁|No.4138 相続人が外国に居住しているとき
実務では、次のような誤解がしばしば起きます。
| 誤解 | 実際に確認すべきこと |
|---|---|
| 外国籍だから国外財産は日本で課税されない | 相続人・被相続人の住所、在留資格、過去の日本居住歴を確認する |
| 日本在住だから必ず全世界財産が課税対象 | 一時居住者該当性、被相続人の区分を確認する |
| 海外在住の日本人だから日本の相続税は関係ない | 日本国籍、過去10年以内の日本住所、被相続人の区分を確認する |
| 海外に送金していないから日本では申告不要 | 財産取得時点の納税義務者区分と財産所在地を確認する |
国際相続の調査対応では、相続人ごとに納税義務者区分を判定していきます。相続人全員をまとめて「海外居住者」「外国人」「日本人」と扱ってしまうと、課税対象財産の範囲を誤るおそれがあります。
財産所在地の判定を誤ると、申告範囲が崩れる
制限納税義務者の場合は、日本国内にある財産が相続税の課税対象になります。そこで重要になるのが、相続税法上、その財産が国内財産か国外財産かという判定です。
財産所在地は、感覚で判断できるものではありません。
たとえば、海外の証券口座にある外国株式は、「口座が海外にあるのだから国外財産だ」と考えたくなります。しかし株式の場合、財産所在地の判定は、原則として発行法人の本店または主たる事務所の所在によります。海外の証券口座で保有していても、日本法人の株式であれば、日本国内財産と判定される可能性があるのです。
国税庁は、相続税における財産所在地について、財産の種類ごとに判定基準を示しています。動産はその所在、不動産はその不動産の所在、預金は受入れをした営業所または事業所の所在、株式は発行法人の本店または主たる事務所の所在、貸付金債権は債務者の住所または本店等の所在、といった具合です。
出典:国税庁|No.4138 相続人が外国に居住しているとき
主な財産所在地の考え方は、次のとおりです。
| 財産の種類 | 相続税法上の所在判定の考え方 |
|---|---|
| 現金・動産 | その動産の所在 |
| 不動産・不動産上の権利 | その不動産の所在 |
| 預金・貯金 | 受入れをした営業所・事業所の所在 |
| 生命保険金等 | 契約した保険会社の本店・主たる事務所の所在 |
| 退職手当金等 | 支払者の住所または本店・主たる事務所の所在 |
| 貸付金債権 | 債務者の住所または本店・主たる事務所の所在 |
| 社債・株式・出資 | 発行法人・出資先法人の本店・主たる事務所の所在 |
| 投資信託・外国投資信託等 | 信託の引受けをした営業所・事業所の所在 |
| 特許権・商標権等 | 登録をした機関の所在 |
| 国債・地方債 | 日本国債・地方債は国内、外国公債はその外国 |
| その他の財産 | 被相続人の住所による |
調査では、「どこの口座にあるか」だけでなく、「何の財産か」「誰に対する権利か」「発行体・債務者・保険会社・信託引受機関はどこか」が確認されます。
海外口座・外国株式・海外不動産は、資料の粒度が問われる
国外財産の申告で多いのは、海外預金、外国株式、海外不動産です。
これらは申告漏れが起きやすいだけでなく、評価根拠が弱くなりやすい財産でもあります。
| 財産 | 調査で確認されやすい資料 |
|---|---|
| 海外預金 | 残高証明、月次明細、口座開設書類、入出金履歴、利息明細 |
| 外国株式・投資信託 | 証券会社残高証明、取引報告書、配当明細、銘柄別数量、時価資料 |
| 海外不動産 | 登記資料、固定資産税資料、鑑定評価書、現地評価書、賃貸契約、管理費資料 |
| 海外生命保険 | 保険証券、契約者・被保険者・受取人、保険料負担者、解約返戻金資料 |
| 外国法人株式 | 発行法人資料、株主名簿、財務諸表、評価根拠、議決権・持分割合 |
| 海外信託・ジョイント口座 | 信託契約、受益者情報、口座権限、死亡時の権利移転関係 |
海外の資料は、日本の申告書にそのまま転記できる形では出てきません。現地語、現地通貨、現地会計基準、現地評価制度に基づく資料を、日本の相続税申告で説明できる形に整え直す必要があります。
税務調査では、「海外の書類だから分からない」という説明では足りません。少なくとも、誰の財産か、相続開始日時点でいくらか、日本円換算の根拠は何か、現地でどのような手続が進んでいるのか。これらを説明できる状態にしておく必要があります。
国外財産の評価は、日本の評価ルールを出発点にする
国外財産の評価では、「現地の相続税評価額をそのまま使えばよい」と考えると危険です。
国税庁の財産評価基本通達は、国外にある財産の価額についても、原則として通達に定める評価方法により評価するとしています。そして通達の定めによって評価できない財産については、通達に定める評価方法に準じ、または売買実例価額、精通者意見価格等を参酌して評価することを定めています。
出典:国税庁|財産評価基本通達 第1章総則 5-2 国外財産の評価
また、国外財産である土地について、外国で相続税に相当する税が課された場合でも、その外国税の計算の基礎となった価額を、常に日本の相続税法上の時価としてよいとは限りません。ただし、その価額が鑑定評価に基づくなど、課税時期における時価として合理的に算定された価額であれば、その価額により評価して差し支えないとされています。
出典:国税庁|国外財産の評価――国外で相続税に相当する税が課せられた場合
つまり国外財産の評価では、次のように考える必要があります。
| 評価資料 | そのまま採用できるか |
|---|---|
| 現地の固定資産税評価額 | 日本の相続税上の時価として合理的か検討が必要 |
| 現地の相続税申告評価額 | 特例適用後の価額でないか、時価性を確認する |
| 鑑定評価書 | 評価時点、評価目的、評価者資格、評価方法を確認する |
| 売買契約書 | 相続開始日に近い取引か、第三者間取引かを確認する |
| 現地ブローカー査定 | 精通者意見価格として利用できるか、根拠資料を確認する |
| 課税時期後の売却価額 | 課税時期現在の価額として補正できるか検討する |
国外財産の評価では、「数字」そのものよりも、「なぜその数字を相続開始日時点の時価といえるのか」が問われます。
外貨建て財産は、換算レートを残しておく
海外預金、外国株式、外国不動産、海外保険などは、外貨建てで表示されます。相続税申告では、これを日本円へ換算しなければなりません。
国税庁は、相続税や贈与税を計算する場合の外貨について、原則として、納税義務者の取引金融機関が公表する課税時期における最終の対顧客直物電信買相場、いわゆるTTBまたはこれに準ずる相場により邦貨換算するとしています。相続の場合の課税時期は、被相続人が死亡した日です。
出典:国税庁|No.4665 外貨(現金)の邦貨換算
調査で問題になるのは、換算結果そのものだけではありません。
どの金融機関のレートを使ったのか。死亡日のレートがない場合、どの日のレートを使ったのか。複数通貨の換算を、同じ基準で行っているか。海外評価書の評価日と相続開始日がずれていないか。相続人ごとに別々のレートを使っていないか。
こうした点を説明できるよう、換算レートの画面保存、金融機関の公表資料、計算表を残しておくべきです。
なお、国外財産そのものの評価に用いる外貨換算と、外国で課された相続税相当額を外国税額控除として扱う場合の換算は、同じ論点ではありません。相続税法基本通達では、在外財産に対する相続税額の控除について、外国で課された相続税に相当する税額を、その納付すべき日における対顧客直物電信売相場により邦貨換算することなどが示されています。
出典:国税庁|相続税法基本通達 第20条の2《在外財産に対する相続税額の控除》関係
資産はTTB、外国税額控除の対象税額は通達上の換算基準で確認する。このように、何を換算しているのかを分けて整理しておく必要があります。
外国税額控除は「外国で税金を払えば何でも控除」ではない
海外財産を相続した場合、現地でも相続税、遺産税、州税、登録税、印紙税、不動産移転税、プロベート費用などが発生することがあります。
このとき、「外国で税金を払ったのだから、日本の相続税から控除できる」と考えるのは危険です。
相続税法上の在外財産に対する相続税額の控除は、相続または遺贈により日本国外にある財産を取得し、その財産について、その地の法令により相続税に相当する税が課された場合に問題になります。控除額には限度があり、日本の相続税額から無制限に控除できるわけではありません。
出典:国税庁|相続税法基本通達 第20条の2《在外財産に対する相続税額の控除》関係
調査に備えては、次のように整理します。
| 現地で発生した負担 | 日本の相続税での確認ポイント |
|---|---|
| 外国の相続税・遺産税 | 相続税に相当する税か、控除限度額内か |
| 不動産移転税・登録税 | 相続税相当額ではなく取得手続費用等として扱うべきか |
| プロベート費用・弁護士費用 | 債務控除・取得費・手続費用として扱えるか個別検討 |
| 所得税・キャピタルゲイン税 | 相続税相当税ではない可能性がある |
| 固定資産税 | 相続開始時点の未払税か、相続後の費用かを分ける |
外国税額控除は、二重課税を調整する重要な制度です。しかし、現地で支払ったすべての税・費用を、日本の相続税から控除できる制度ではありません。現地税の性質、課税対象、納税義務者、課税時期、対象財産、そして日本の相続税計算における課税価格との対応関係を確認する必要があります。
海外手続が終わっていなくても、日本の申告期限は進む
国際相続では、海外の相続手続が長期化することがあります。
米国のプロベート、海外不動産の名義変更、現地金融機関の相続手続、外国裁判所の認証、現地税務申告。これらが終わらないまま、日本の相続税申告期限が近づいてくることも珍しくありません。
日本の相続税の申告と納税は、原則として、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に行います。
出典:国税庁|No.4205 相続税の申告と納税
ここで注意したいのは、海外手続の完了を待てばよいとは限らない、という点です。
海外不動産の正式な名義変更が終わっていない。海外金融機関から最終残高証明が届いていない。現地の遺産税額が確定していない。遺産分割が海外の手続上まだ完了していない。
こうした場合でも、日本の申告期限に向けて、判明している情報、合理的な評価資料、未確定事項、後日修正が必要となる可能性を整理しておかなければなりません。
「海外手続が未了だから申告しなかった」という対応は、無申告加算税、延滞税、そして資料提出時の説明不足につながる可能性があります。
海外居住相続人がいる場合は、納税管理人と連絡体制を整える
相続人が日本国内に住所を有しない場合で、日本で相続税の申告・納税が必要になるケースでは、納税管理人の届出が必要になることがあります。
国税庁は、日本国内に住所がない人が、相続または遺贈により課税対象となる財産を取得し、相続税の申告をする必要がある場合には、納税管理人を定めて、納税地の所轄税務署長に申告し納税する必要があると説明しています。
出典:国税庁|No.4138 相続人が外国に居住しているとき
海外居住相続人がいる場合、実務では次のような問題が起こります。
| 問題 | 調査対応上のリスク |
|---|---|
| 相続人と連絡が取れない | 申告内容の確認、資料提出、質問対応が遅れる |
| 海外住所が不明確 | 納税義務者区分、納税管理人、送達に影響する |
| 署名書類が揃わない | 遺産分割協議書、申告添付資料に不備が出る |
| 海外財産の資料を持つ相続人が協力しない | 申告漏れ、評価誤り、調査時の説明不足につながる |
| 海外相続人が日本の税制を理解していない | 納税資金、申告期限、資料提出への協力が得られにくい |
国際相続では、税務調査の前に、相続人間の情報共有体制を作っておくことが大切です。海外相続人がいる場合には、連絡先、住所、本人確認資料、納税管理人、提出書類の翻訳、署名手続、送金経路を、早めに確認しておく必要があります。
国外財産調書は、相続税調査の重要な入口になる
国外財産調書は、国際相続の調査対応において非常に重要な意味を持ちます。
国外財産調書そのものは相続税申告書ではありません。しかし、過去に提出された国外財産調書と相続税申告書の内容が合わなければ、税務署は当然その差異を確認してきます。
国税庁は、居住者の方(ただし非永住者を除く)で、その年の12月31日において価額の合計額が5,000万円を超える国外財産を有する方は、国外財産の種類、数量、価額などを記載した国外財産調書を、その年の翌年6月30日までに提出しなければならないと説明しています。
出典:国税庁|No.7456 国外財産調書の提出義務
また、国外財産調書制度には、提出がある場合の過少申告加算税等の5%軽減措置、提出がない場合等の5%加重措置、一定の書類提示がない場合の軽減不適用・加重割合10%への引上げ、そして偽りの記載や正当な理由のない不提出に対する罰則が設けられています。
出典:国税庁|No.7456 国外財産調書の提出義務
相続税調査では、次のような不整合が確認されやすくなります。
| 国外財産調書の内容 | 相続税調査での確認点 |
|---|---|
| 生前の国外預金が記載されていた | 相続税申告で同口座が漏れていないか |
| 海外証券口座の残高が毎年記載されていた | 死亡日時点の残高、取引履歴、配当収入は反映されているか |
| 国外不動産が記載されていた | 相続税申告で評価されているか、評価根拠はあるか |
| 調書の記載額と相続税評価額が大きく異なる | 評価時点・評価方法・為替換算の違いを説明できるか |
| 調書が未提出だった | 提出義務の有無、不提出理由、加算税への影響を確認する |
なお、相続開始年分の国外財産調書については、相続または遺贈により取得した国外財産を記載しないで提出できる取扱いがあります。この場合、提出義務の判定でも、その相続国外財産を除外して判定します。
出典:国税庁|No.7456 国外財産調書の提出義務
この取扱いを知らないまま、相続年の国外財産調書と相続税申告書の関係を整理しないでいると、調査の場で説明が混乱してしまいます。
財産債務調書との整合性も確認される
国外財産がある方は、財産債務調書の提出義務にも注意が必要です。
令和6年分の財産債務調書について、国税庁は提出義務者を次のように示しています。所得税の確定申告書を提出する必要がある方などで、退職所得を除く各種所得金額の合計額が2,000万円を超え、かつ、その年12月31日において価額3億円以上の財産または価額1億円以上の有価証券等を有する方。あるいは、その年12月31日において価額10億円以上の財産を有する居住者の方です。提出期限は翌年6月30日です。
出典:国税庁|財産債務調書及び国外財産調書のお知らせ
財産債務調書は、国外財産だけでなく国内財産も含めた、財産・債務の全体像を示す資料です。
相続税調査では、生前の財産債務調書に記載されていた財産が、相続税申告に反映されているかが確認されます。とりわけ、海外証券、外国法人株式、海外不動産、国外貸付金、暗号資産、海外保険などは、財産債務調書と相続税申告の両方で整合性が問われます。
CRS・国外送金等調書により、海外資産は「見えない財産」ではなくなっている
国際相続の調査対応では、税務当局がどのような情報を把握し得るのかを理解しておく必要があります。
CRSは、非居住者に係る金融口座情報を税務当局間で自動的に交換するための国際基準です。国税庁は、日本を含む各国がCRSの実施を約束し、各国税務当局が自国所在の金融機関等から非居住者の金融口座情報の報告を受け、租税条約等の情報交換規定に基づいて、その非居住者の居住地国の税務当局に情報を提供すると説明しています。
出典:国税庁|共通報告基準(CRS)に基づく自動的情報交換に関する情報
また国税庁は、国外への送金および国外から受領した送金の金額が100万円を超えるものについて、送金者・受金者の氏名、住所、取引金額などを記載した国外送金等調書を、金融機関が税務署に提出する制度を説明しています。
出典:国税庁|Ⅲ 適正・公平な課税・徴収
こうした背景があるため、次のような説明は調査で通用しにくくなっています。
海外口座だから税務署は分からない。日本に送金していないから申告しなくてよい。海外証券会社の資料は日本の税務調査と関係ない。被相続人本人しか口座を知らなかったから仕方がない。
調査官は、国外財産調書、財産債務調書、国外送金等調書、CRS情報、金融機関照会、過去の所得税申告、配当・利息・送金履歴などを手掛かりに、国外財産の存在を確認します。
納税者の側に必要なのは、隠すことではなく、情報の流れを先に整理しておくことです。
国外転出(相続)時課税も見落とさない
国際相続では、相続税だけでなく、所得税の国外転出(相続)時課税が関係することがあります。
国税庁は、相続開始時点で1億円以上の有価証券等、未決済信用取引等または未決済デリバティブ取引を所有等している一定の居住者が亡くなり、非居住者である相続人等が相続または遺贈により対象資産の全部または一部を取得した場合に、国外転出(相続)時課税が適用されることがあると説明しています。
出典:国税庁|No.1468 相続又は遺贈により非居住者に資産が移転した場合の譲渡所得等の特例(国外転出(相続)時課税)
これは相続税そのものではなく、被相続人側の所得税・譲渡所得の問題です。しかし、相続税申告と同じ時期に整理すべき論点であり、非居住者である相続人が有価証券等を取得する場合には、準確定申告、納税猶予、対象資産の範囲、時価評価を確認する必要があります。
相続税だけを見ていると、この論点を見落としてしまうことがあります。
国際相続の調査で争点になりやすい典型論点
国際相続・国外財産の相続税調査では、次のような論点が争点になりやすくなります。
| 論点 | 調査での確認内容 |
|---|---|
| 国外財産の申告漏れ | 海外口座、海外証券、海外不動産、海外保険が申告されているか |
| 納税義務者区分の誤り | 国内財産のみか、国外財産まで対象か |
| 財産所在地の誤り | 口座所在地、発行法人所在地、債務者所在地などの判定 |
| 住所判定 | 生活の本拠、滞在日数、家族、職業、資産管理の実態 |
| 外貨換算誤り | 相続開始日のTTB等を使っているか、レート資料があるか |
| 海外不動産評価 | 現地評価額を日本の時価として説明できるか |
| 海外口座の実質所有者 | 名義人と資金原資・管理者・収益帰属が一致しているか |
| 海外信託・共同名義口座 | 実質的権利者、受益権、死亡時の承継関係 |
| 外国税額控除 | 相続税に相当する税か、控除限度額内か |
| 国外財産調書との不整合 | 生前の調書と相続税申告の内容が合っているか |
| CRS・国外送金情報との不整合 | 海外金融口座・送金履歴と申告内容が一致するか |
| 重加算税リスク | 意図的な除外、虚偽説明、資料隠しがないか |
ここで重要なのは、国外財産の申告漏れがそのまま重加算税になるわけではない一方で、虚偽説明や資料隠し、後付け資料の作成、質問に対する不正確な回答は、重加算税リスクを高め得るということです。
調査対応では、申告漏れの有無だけでなく、なぜ漏れたのか、誰が把握していたのか、どの資料が存在していたのか、税理士にどの情報を提供していたのかを整理しておく必要があります。
調査通知を受けたら、最初に作るべき整理表
国際相続の調査通知を受けたとき、いきなり海外資料を集め始めるのは得策ではありません。まずは、相続人・被相続人・財産を対応させた整理表を作ることをおすすめします。
| 整理項目 | 記載すべき内容 |
|---|---|
| 被相続人 | 国籍、死亡時住所、過去10年の日本住所、在留資格、職業 |
| 相続人 | 国籍、住所、過去の日本住所、在留資格、被相続人との関係 |
| 納税義務者区分 | 無制限、制限、特定納税義務者のいずれか |
| 財産一覧 | 国内財産、国外財産、相続時精算課税適用財産 |
| 財産所在地 | 相続税法上の所在判定 |
| 評価資料 | 残高証明、鑑定書、取引履歴、現地評価資料 |
| 外貨換算 | 通貨、レート、換算日、金融機関 |
| 現地税 | 税目、納税者、課税対象、納付日、税額 |
| 調書関係 | 国外財産調書、財産債務調書、国外送金等調書との関係 |
| 未確定事項 | 海外手続未了、評価未了、現地税額未確定 |
| 説明方針 | 事実、資料、法令判断、修正申告要否 |
この整理をしないまま調査に臨むと、質問への回答が断片的になってしまいます。
その財産は誰のものですか。その口座はどこの支店で開設されましたか。その株式の発行法人はどこですか。死亡日時点の残高はいくらですか。なぜこの為替レートを使ったのですか。外国で払った税金は何税ですか。国外財産調書に記載されていた財産が、相続税申告にない理由は何ですか。
こうした質問に、資料と時系列に基づいて回答できる状態を作ること。それが、国際相続の調査対応の出発点になります。
修正申告を検討する前に、争点を切り分ける
国外財産について税務署から指摘を受けたとき、すぐに修正申告を出すべきとは限りません。まずは、何が問題になっているのかを切り分けることが先です。
| 争点 | 確認すべきこと |
|---|---|
| 申告漏れ | 財産が存在し、相続税の課税対象に含まれるか |
| 納税義務者区分 | 国外財産まで課税対象になる相続人か |
| 財産所在地 | 国内財産か国外財産かの判定は正しいか |
| 評価誤り | 評価方法、評価時点、資料根拠に誤りがあるか |
| 為替換算誤り | レート、換算日、通貨、金融機関資料に誤りがあるか |
| 外国税額控除 | 控除できる税か、限度額計算に誤りがあるか |
| 調書不備 | 国外財産調書・財産債務調書の提出義務や記載漏れがあるか |
| 加算税 | 単なる誤りか、隠蔽・仮装と評価され得る事情があるか |
納税者に不利な事実がある場合でも、早い段階で正確に把握しておくことが重要です。曖昧な説明やその場しのぎの回答は、後の調査結果、加算税、不服申立ての場面で、不利な記録として残ってしまう可能性があります。
相談前に準備しておきたい資料
国際相続・国外財産の税務調査について専門家に相談する際は、次の資料を可能な範囲で整理しておくと、論点の把握が早くなります。
| 資料 | 確認目的 |
|---|---|
| 相続税申告書一式 | 申告財産、課税価格、控除、添付資料の確認 |
| 被相続人の戸籍・住民票除票 | 相続関係、死亡時住所の確認 |
| 相続人の住所・国籍・在留資格資料 | 納税義務者区分の確認 |
| パスポート・出入国履歴 | 住所・生活本拠の判断資料 |
| 海外口座の残高証明 | 死亡日時点の残高確認 |
| 海外口座の入出金明細 | 資金原資、送金、名義財産の確認 |
| 海外証券口座明細 | 銘柄、数量、時価、配当、売買履歴の確認 |
| 海外不動産資料 | 登記、評価、賃貸、管理費、現地税の確認 |
| 外貨換算表 | 使用レート、換算日、金融機関資料の確認 |
| 国外財産調書 | 生前の国外財産情報との整合性確認 |
| 財産債務調書 | 生前の全体財産との整合性確認 |
| 国外送金資料 | 相続前後の資金移動の確認 |
| 現地相続税・遺産税資料 | 外国税額控除の可否確認 |
| 海外弁護士・会計士資料 | 海外手続の状況確認 |
| 遺産分割協議書・遺言書 | 財産取得者と法的帰属の確認 |
| 税務署からの指摘事項メモ | 調査官の問題意識の把握 |
資料が不足している場合でも、どの資料が不足しているのかを把握すること自体に意味があります。
国際相続では、海外の金融機関や専門家から資料を取得するだけで、数週間から数か月かかることも珍しくありません。調査通知を受けてから初めて資料収集を始めると、説明のタイミングそのものを失ってしまうことがあります。
まとめ|国際相続は「海外だから分からない」ではなく、説明設計が必要
国際相続・国外財産の税務調査では、国内相続よりも確認すべき事項が多くなります。
それでも、論点を分けて考えれば、整理すべき順番は明確です。
まず、被相続人と相続人の住所、国籍、在留資格、過去の日本居住歴を確認します。次に、相続人ごとに納税義務者区分を判定します。そのうえで、各財産の所在地、評価額、外貨換算、現地税、調書との整合性を確認していきます。海外手続が未了の場合には、未確定事項を明示し、合理的な評価・申告方針を検討します。税務署から指摘を受けた場合には、申告漏れ、評価誤り、所在地判定、納税義務者区分、外国税額控除、加算税リスクを分けて検討します。
国際相続で最も危ういのは、「海外の財産だから日本では分からない」「現地の手続が終わっていないから申告できない」「外国籍だから相続税は関係ない」といった思い込みです。
税務調査では、後から説明できるかどうかが問われます。
どの財産を、誰が、いつ、どの根拠で取得したのか。その財産は国内財産か国外財産か。相続税の課税対象に含めるべき相続人か。評価額と為替換算の根拠は何か。外国で課された税金は、日本の相続税から控除できるものか。過去の国外財産調書や送金情報と矛盾しないか。
これらを資料と時系列で説明できる状態に整えること。それこそが、国際相続の税務調査対応にほかなりません。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、国外財産を含む相続税申告、海外居住相続人がいる相続、国外財産調書・財産債務調書との整合性確認、外国税額控除、海外資料を用いた説明資料の作成、相続税調査での論点整理まで、事実・証拠・税法判断を一体で整理しています。
海外資産がある相続、海外居住者が関係する相続、調査通知を受けて国外財産の説明に不安がある方は、相続税申告書、国外財産調書、海外口座資料、海外不動産資料、相続人の住所・国籍・在留資格資料を整理したうえで、お問い合わせページからご相談ください。
振り返り|国際相続・国外財産の税務調査対応
| 論点 | 重要ポイント | 確認すべき資料 |
|---|---|---|
| 納税義務者区分 | 国内財産だけか、国外財産まで対象かを最初に判定する | 相続人情報、住所、国籍、在留資格、過去の居住歴 |
| 住所判定 | 生活の本拠を客観的事実で判断する | 住民票、パスポート、出入国履歴、住居資料、勤務資料 |
| 一時居住者 | 在留資格と過去15年以内の日本住所期間を確認する | 在留カード、住民票履歴、入出国資料 |
| 財産所在地 | 口座所在地だけでなく財産種類ごとの判定が必要 | 口座資料、発行法人資料、契約書、登記資料 |
| 海外預金 | 死亡日時点残高と入出金履歴を確認する | 残高証明、月次明細、送金資料 |
| 外国株式 | 発行法人所在地、数量、時価、配当を確認する | 証券口座明細、取引報告書、残高証明 |
| 海外不動産 | 現地評価を日本の相続税上の時価として説明できるか | 登記、鑑定評価書、固定資産税資料、売買実例 |
| 外貨換算 | 原則として相続開始日のTTB等で換算する | 金融機関公表レート、換算表 |
| 外国税額控除 | 相続税に相当する税か、控除限度額内かを確認する | 現地納税通知、申告書、納付証明 |
| 海外手続未了 | 日本の申告期限は原則10か月で進む | 海外弁護士資料、手続進行表、未確定事項メモ |
| 納税管理人 | 日本に住所がない相続人の申告・納税体制を整える | 納税管理人届出書、海外相続人連絡先 |
| 国外財産調書 | 生前の国外財産情報と相続税申告の整合性が問われる | 国外財産調書、合計表、記載明細 |
| 財産債務調書 | 生前の全体財産と相続税申告の差異を確認する | 財産債務調書、財産一覧 |
| CRS | 海外金融口座情報が税務当局間で交換され得る | 海外金融機関資料、居住地国届出 |
| 国外送金等調書 | 100万円超の国外送金・受領情報が調査の入口になり得る | 送金依頼書、受取明細、送金目的資料 |
| 国外転出時課税 | 非居住者が有価証券等を相続する場合に所得税論点が生じ得る | 有価証券明細、時価資料、準確定申告資料 |
| 修正申告判断 | 申告漏れ、評価誤り、所在地判定、加算税を分けて検討する | 指摘事項メモ、根拠資料、説明資料 |
| 重加算税リスク | 虚偽説明・資料隠し・後付け資料作成を避ける | 当時資料、提出資料、質問対応メモ |
| 専門家相談 | 海外資料・税法・相続手続を横断して整理する必要がある | 申告書一式、海外資料、相続人情報、調査通知 |