海外子会社や海外親会社、海外兄弟会社、海外販売会社、海外製造会社、海外持株会社などとの取引がある法人では、税務調査の場面で「移転価格」が論点になることがあります。
移転価格税制という言葉だけを見ると、大規模な多国籍企業だけが関わる専門論点のように思われるかもしれません。確かに、移転価格税制は高度な国際税務の領域です。ただ、実務で本当に問われるのは、「大企業かどうか」ではありません。「国外関連者との取引価格を、後から説明できる状態にしているかどうか」です。
たとえば、次のような取引です。
- 海外子会社に商品を販売している
- 海外親会社からロイヤルティや管理料を請求されている
- 海外関連会社に業務委託料を支払っている
- 海外子会社に貸付けをしている
- 海外グループ会社のために保証をしている
- 海外出向者の給与を、どちらの法人が負担しているのか整理しきれていない
- 海外関連会社との取引だけ、利益率が極端に低い
こうした取引がある場合、税務調査では「請求書があるか」「送金しているか」といった確認だけでは足りません。なぜその価格なのか。どちらの法人がどの機能を果たしているのか。どちらがどのリスクを負っているのか。契約書と実態は一致しているのか。第三者間の取引と比べて合理的といえるのか。こうした点が、ひとつずつ確認されていきます。
移転価格税制について、国税庁は次のように説明しています。国外関連者との取引を通じた海外への所得移転に対処し、適正な国際課税を実現するための制度であり、法人と国外関連者との取引価格が独立企業間価格と異なることで日本の課税所得が減少している場合に、その取引が独立企業間価格で行われたものとみなして所得を計算する仕組みである、というものです。
出典:国税庁|移転価格税制に関する事前確認の申出及び事前相談について
本記事では、移転価格税制の細かな経済分析そのものではなく、税務調査対応という観点から、何が問題になり、どの資料を整え、どのように判断していくべきかを整理していきます。
移転価格税制は「海外との取引価格」を見直す制度である
移転価格税制の中心にあるのは、国外関連者との取引価格です。
ここでいう国外関連者とは、単なる「海外の取引先」ではありません。外国法人であって、自社との間に持株関係、実質的支配関係、またはそれらが連鎖する関係があるものを指します。
国税庁の用語解説では、持株関係について、一方が他方の発行済株式等の50%以上を直接または間接に保有する親子関係や、同一の者がそれぞれ50%以上を直接または間接に保有する兄弟関係が示されています。実質的支配関係についても、役員兼務などによって事業方針を実質的に決定できる関係が例示されています。
出典:国税庁|用語の解説
そのため、移転価格税制の調査では、まず次の点を確認しておく必要があります。
- 相手先は外国法人か
- 資本関係はどのようになっているか
- 直接保有だけでなく、間接保有や兄弟会社関係はないか
- 役員、取引、人材、資金、技術、情報などの面で、実質的な支配関係はないか
- 単なる海外取引先として扱ってきたが、実は国外関連者に該当しないか
ここを取り違えると、そもそも移転価格税制の対象となる取引そのものを把握できません。特に、海外子会社だけでなく、海外親会社の別子会社、海外合弁会社、海外持株会社を経由した関係、実質的に経営判断を左右している取引先などは、見落としが起きやすい領域だといえます。
移転価格税制は「税金を減らす意図」だけを問題にするものではない
移転価格税制の難しさは、納税者側に明確な租税回避目的があったかどうかだけで結論が決まるわけではない、という点にあります。
たとえば、こうしたケースを考えてみてください。
- 海外子会社を支援するために、販売価格を下げた
- 現地市場を開拓するために、当面は低い利益率を受け入れた
- グループ本社の方針でロイヤルティ料率を決めている
- 海外関連会社が赤字なので、管理料の請求を止めた
- 海外子会社の資金繰りを考慮して、貸付利率を低く設定した
いずれも、経営判断としては一定の理由があるかもしれません。ただ、税務調査で問われるのは別の角度です。その理由が独立した第三者同士でも成り立つものか。日本法人の所得が国外へ移転していないか。価格設定の根拠が、資料として残っているか。こうした点が確認されます。
ですから、移転価格対応では「悪意はなかった」という説明だけでは不十分です。求められるのは、その取引条件が独立企業間価格として合理的であること、少なくともそのように判断した過程を資料で説明できることです。
税務調査で移転価格が問題になる理由
関連会社間では市場価格が働きにくい
独立した第三者同士であれば、価格は通常、交渉を経て決まります。売手は高く売りたい、買手は安く買いたいという利害の対立があるため、そこに一定の市場原理が働きます。
ところが、親子会社や兄弟会社の間では、必ずしも同じ力学が働くとは限りません。グループ全体の利益を優先し、どちらか一方の利益を、意図的にであれ結果的にであれ厚くすることができてしまうからです。
そのため税務調査では、関連会社間の取引について「グループ内で決めた価格だから正しい」とは見てもらえません。むしろ「独立した企業同士であれば、同じ条件で取引したか」という視点から確認されます。
OECDの移転価格ガイドラインも、関連企業間取引について、独立企業間価格原則を国際的な基準と位置づけています。OECDは、このガイドラインを、関連企業間の国境を越えた取引価格に関する独立企業間原則の適用指針であり、税務当局と多国籍企業の双方にとっての国際的な基準となるものと説明しています。
出典:OECD|OECD Transfer Pricing Guidelines for Multinational Enterprises and Tax Administrations 2022
一つの取引が複数国の課税に影響する
移転価格の指摘は、日本側の法人税だけで完結するものではありません。
たとえば、日本法人が海外子会社へ安く販売していたと判断されれば、日本側では売上が増額されます。しかし、相手国側で海外子会社の仕入額が減額されなければ、グループ全体としては、同じ利益に二重で課税される可能性が出てきます。
逆のパターンもあります。日本法人が海外親会社へ高い管理料やロイヤルティを支払っていたと判断されれば、日本側では費用が否認される一方、相手国ではそれが収益として課税されたままになることがあります。
このように、移転価格課税には国際的な二重課税のリスクがつきまといます。国税庁は、相互協議について、租税条約の規定に適合しない課税を受け、または受けるに至ると認められる場合に、条約締結国の税務当局間で解決を図るための協議手続であると説明しています。
出典:国税庁|相互協議
移転価格調査では、追徴税額だけでなく、二重課税、相互協議、相手国側の対応、そして将来年度への影響まで見据えて判断する必要があります。
契約書だけでは実態を説明できない
移転価格の調査において、契約書はもちろん重要です。ただ、契約書があるというだけでは十分とはいえません。
- 契約書上は販売会社とされているが、実際には販売リスクを負っていない
- 契約書上は研究開発委託とされているが、実際には日本法人が重要な開発判断をしている
- 契約書上はロイヤルティの支払とされているが、使用している無形資産の範囲が曖昧である
- 契約書上は管理サービスとされているが、具体的な役務提供の内容や便益を説明できない
こうした場合には、契約書の名称ではなく、実際の機能、リスク、資産、意思決定、成果物、費用負担、取引の流れが確認されます。
税務調査で問われるのは、「契約書にそう書いてある」ことではありません。「実態としてもそうなっている」と説明できることです。
利益率だけでなく、その背景が問われる
移転価格調査では、利益率が低いこと自体が、直ちに否認の理由になるわけではありません。市場開拓期、為替変動、原材料高、競争環境、事業撤退、製品不具合、物流混乱など、利益率が下がる理由はいくらでもあり得ます。
しかし、その理由を資料で説明できなければ、調査の場では「海外関連者との価格設定に問題があるのではないか」と見られやすくなります。
特に、次のような状態には注意が必要です。
- 日本法人だけが継続的に低利益である
- 海外関連会社だけが安定して利益を得ている
- 価格改定の理由が記録されていない
- 赤字の原因を、事業別・製品別・取引先別に説明できない
- 国外関連取引と非関連者取引の利益率を比較できない
- 海外関連会社への支払が増えているのに、成果物や便益が整理されていない
移転価格の調査では、数字そのものだけでなく、その数字の背景を説明できるかどうかが問われます。
移転価格調査でまず整理すべき5つの軸
1. 国外関連者の範囲
最初に整理すべきは、どの海外法人が国外関連者に該当するか、という点です。
海外子会社だけでなく、海外親会社、海外兄弟会社、海外孫会社、合弁会社、そして実質的に支配関係のある会社も確認します。組織図、資本関係図、役員兼務、取引依存、資金援助、技術供与、主要人員の兼務などを、ひととおり整理しておく必要があります。
税務調査では、法人税申告書の別表、勘定科目内訳書、海外送金、契約書、グループ会社一覧、組織再編の履歴などから、国外関連者との取引が把握されることがあります。
2. 国外関連取引の範囲
次に、国外関連者との取引を網羅的に洗い出します。対象となり得る取引は、たとえば次のようなものです。
- 商品の販売
- 原材料・部品の仕入れ
- 製造委託、販売委託、業務委託
- 管理サービス、研究開発委託
- ロイヤルティ、商標・技術・ノウハウの使用許諾
- 貸付金・借入金、保証料
- 出向者給与負担、費用配賦
- 無償または低額の役務提供
- 事業譲渡、機能移転、無形資産移転
移転価格調査では、取引金額が大きいものだけが見られるわけではありません。利益移転の可能性がある取引、無形資産が関係する取引、価格設定の根拠が弱い取引、赤字や低利益と関係する取引なども注目されます。
3. 価格設定の考え方
国外関連取引ごとに、価格をどのように決めたかを整理します。
- 第三者向け価格を参考にしたのか
- 原価に一定の利益を加算したのか
- 再販売価格から逆算したのか
- 営業利益率を一定水準に保つようにしたのか
- 利益を機能・リスクに応じて分けたのか
- DCFなど将来キャッシュ・フローを基礎にしたのか
- グループ本社が定めたポリシーに従ったのか
ここで大切なのは、価格設定の結論だけではありません。価格を決めた時点で、どの資料を見て、どのような前提に立ち、誰が判断したのか。それを説明できるかどうかが問われます。
価格改定があった場合には、改定前後の理由、稟議、会議資料、交渉記録、予算、実績、為替、原価、販売数量、競争環境なども確認の対象になります。
4. 機能・リスク・資産の分担
移転価格では、どの法人がどの機能を果たし、どのリスクを負い、どの資産を使用しているかが重要になります。
- 日本法人が研究開発を行っているのか
- 海外子会社が販売リスクを負っているのか
- 在庫リスクはどちらが持つのか
- 信用リスク、為替リスク、製品保証リスクはどちらにあるのか
- 重要な無形資産は、どちらが開発・維持・管理しているのか
- 価格決定権はどちらにあるのか
- 重要な意思決定は誰が行っているのか
契約書上の記載と実態が異なる場合、税務調査では実態が重視されます。契約書、業務フロー、職務権限表、稟議書、会議資料、メール、実績データ、KPI、担当者の説明を突き合わせながら、機能・リスク・資産の分担を整理していく必要があります。
5. 資料整備とローカルファイル
移転価格調査では、資料整備が極めて重要な意味を持ちます。
国税庁の公表情報によれば、平成28年度税制改正により、国別報告事項、事業概況報告事項、ローカルファイルを税務署に提供または作成・保存する制度が整備されました。ローカルファイルについては、一の国外関連者との前事業年度の国外関連取引の合計額が50億円以上、または無形資産取引の合計額が3億円以上である法人について、確定申告書の提出期限までに作成または取得し、保存することとされています。
また、移転価格事務運営要領では、調査で移転価格文書の提示または提出を求める場合、ローカルファイルについては45日を超えない範囲内、その他の重要と認められる書類については60日を超えない範囲内で期日を指定して提示または提出を求めることが示されています。
出典:国税庁|移転価格事務運営要領 第3章 調査
ここで誤解してはいけないのは、「同時文書化義務がないから、移転価格対応は不要」というわけではない、という点です。取引金額が基準未満であっても、移転価格税制の対象となる国外関連取引であれば、調査で説明を求められる可能性があります。
そして、ローカルファイルは、税務調査が始まってから短期間で形だけ整えられるものではありません。取引の実態、機能・リスク、価格設定、比較対象、財務情報を整合的に説明するには、平時からの資料整備が欠かせません。
独立企業間価格の算定では「最も適切な方法」が問われる
移転価格税制では、独立企業間価格の算定方法を機械的に選べばよい、というものではありません。取引内容、当事者の機能、負担するリスク、使用資産、比較対象取引の有無、データの信頼性などを踏まえて、最も適切な方法を選定する必要があります。
国税庁の移転価格事務運営要領では、最も適切な方法を選ぶにあたり、国外関連取引の内容等を的確に把握し、比較対象取引の有無等を検討することが示されています。あわせて、独立価格比準法は価格を直接比較できるという長所がある一方、DCF法については、比較対象取引を見いだすことが困難で利益分割法を適用できない場合に有用となり得るものの、不確実な要素を用いるため、複数の候補があるときはDCF法以外の候補から最も適切な方法を選定するよう留意するとされています。
出典:国税庁|移転価格事務運営要領 第4章 独立企業間価格の算定等における留意点
実務上は、次のような観点で検討していきます。
- 独立第三者との同種取引があるか
- 比較対象取引の条件は十分に類似しているか
- 製品、サービス、地域、市場段階、取引規模、契約条件に差異はないか
- 日本法人と海外法人の、どちらを検証対象とするのが合理的か
- 売上総利益率で見るべきか、営業利益率で見るべきか
- 無形資産の貢献をどう評価するか
- 単年度で見るのか、複数年度で見るのか
- 赤字や異常値をどう扱うか
ですから、移転価格対応において、「この利益率なら大丈夫」「この料率なら一般的」といった感覚的な説明は危険です。どの方法を採用し、なぜその方法が最も適切なのかを説明できることが求められます。
移転価格調査でよく問題になる取引
棚卸資産の売買
棚卸資産をめぐっては、次のような取引が典型です。
- 海外製造子会社から仕入れる
- 海外販売子会社へ販売する
- 海外倉庫を経由する
- 海外関連会社との間で製品・部品を融通する
こうした取引では、販売価格、仕入価格、粗利率、在庫リスク、販売リスク、保証リスク、物流費、為替リスクが確認されます。
特に、日本法人の利益率が低く、海外販売会社や海外製造会社に利益が偏っている場合には、価格設定の合理性が問題になりやすくなります。
グループ内役務提供・管理料
海外親会社から管理料を請求される場合や、日本法人が海外子会社へ管理サービスを提供する場合には、実際に役務提供があったか、その役務が受け手に便益をもたらしているか、費用配賦基準が合理的か、といった点が確認されます。
単に「本社費」「マネジメントフィー」「サポートフィー」として請求書があるだけでは不十分です。
- どの部署が何をしたのか
- どの会社が便益を受けたのか
- 株主活動にすぎないものが含まれていないか
- 配賦基準は売上、人数、工数、使用量などの実態に合っているか
- 同じ役務について二重請求になっていないか
この整理ができていないと、損金性、寄附金、移転価格のいずれの観点からも問題になり得ます。
ロイヤルティ・無形資産
商標、ブランド、技術、ノウハウ、ソフトウェア、特許、営業秘密などの使用料は、移転価格調査における重要な論点です。
- 料率は合理的か
- 使用している無形資産の範囲は明確か
- 無形資産の開発・維持・保護・活用に、誰が関与しているか
- 日本法人が独自に価値を高めていないか
- 契約上の権利者と、実際の価値創出者が一致しているか
- 比較対象となるライセンス取引はあるか
無形資産は市場価格を見つけにくく、事後的に価値が大きく変動することもあります。そのため調査では、契約時点の事業計画、予測、技術の独自性、利益貢献、そして実績との乖離が見られます。
貸付金・保証料・金融取引
海外関連会社への貸付けや、グループ会社の借入に対する保証も、移転価格上の論点になります。
- 利率は合理的か
- 借手の信用力をどう評価したか
- 返済能力を確認したか
- 担保や保証の有無をどう反映したか
- 保証料を収受すべき取引ではないか
- 実質的に資本拠出や金融支援になっていないか
金融取引では、法人税、源泉所得税、移転価格、寄附金、外貨建取引の換算が交差します。契約書と送金明細だけでなく、資金使途、返済計画、信用格付け、利率設定の根拠まで整理しておくことが重要です。
海外出向・人材移動
海外出向者の給与負担は、法人税、源泉所得税、移転価格が絡み合う複合論点です。
- 出向者は、どちらの法人のために働いているのか
- 出向先が給与を負担すべきか
- 給与較差補填金は、どちらが負担すべきか
- 出向者が、日本法人の無形資産やノウハウを海外子会社へ移転していないか
- 海外子会社に対する役務提供として、対価を収受すべきではないか
出向契約書、給与負担契約、職務内容、指揮命令系統、出向期間、出張報告、評価者、成果物を整理しておく必要があります。
事業再編・機能移転
事業の組み替えがあった場合も、注意が必要です。
- 海外子会社に製造機能を移した
- 海外販売会社に販売機能を移した
- 日本法人が研究開発機能を縮小した
- グループ内で商流を変更した
- M&A後に、海外子会社との取引条件を変更した
こうした場合には、単なる価格設定だけでなく、機能・リスク・無形資産・利益機会の移転が問題になります。従前は日本法人が得ていた利益が海外へ移転しているのであれば、その移転に対価が必要だったのではないか、という点が確認されることがあります。
ローカルファイルは「税務調査用の作文」ではない
ローカルファイルを、調査で求められたときに提出するための資料とだけ考えてしまうと、その本質を見失います。
ローカルファイルの目的は、国外関連取引について、独立企業間価格をどのように算定し、その価格が合理的であると判断したのかを説明することにあります。
そのためには、少なくとも次の情報が必要になります。
- 法人・グループの概要
- 国外関連者の概要
- 国外関連取引の内容
- 契約書・取引条件
- 取引金額
- 機能・リスク・資産の分析
- 無形資産の使用状況
- 価格設定方針
- 採用した算定方法
- 比較対象取引または比較対象会社
- 財務情報
- 差異調整
- 結論とその根拠
ここで大切なのは、申告書の数値、契約書、会計帳簿、管理会計、事業説明、実際の業務フローが、互いに一致していることです。
たとえば、次のような不一致は、調査での説明を難しくします。
- ローカルファイル上では「海外販売会社は限定的なリスクのみを負う」としているのに、実際には在庫リスクや信用リスクを負っている
- ローカルファイルでは「日本法人が重要な無形資産を保有」としているのに、ロイヤルティを海外親会社へ支払っている
- 契約書では「コストプラス方式」としているのに、実際の利益率が大きく乖離している
- グループポリシーで料率が決まっているが、日本法人の実態に合っていない
こうしたずれがあると、調査の場で筋の通った説明をすることが難しくなります。
移転価格調査で調査官が確認する視点
移転価格調査では、調査官の側も、通常の法人税調査とは異なる視点で確認を進めます。
申告書や元帳だけでなく、事業内容、グループ構造、海外関連者の損益、商流、契約書、価格設定資料、ローカルファイル、国別報告事項、マスターファイル、海外送金、海外子会社の財務情報、メールや稟議などを確認することがあります。
国別報告事項について、移転価格事務運営要領では、課税上の問題の把握および統計のために使用し、国別報告事項等のみに基づいて独立企業間価格の算定を行うことはできないとされています。
出典:国税庁|移転価格事務運営要領 第2章 国別報告事項、事業概況報告事項及びローカルファイル
つまり、国別報告事項だけで直ちに課税されるわけではありません。それでも、国別の売上、利益、税額、従業員数、資産などの情報は、移転価格リスクを把握するための入口になります。
税務調査で重要なのは、調査官に対して、ただ資料を出すことではありません。資料を出した結果、どの論点が明らかになり、どの説明が必要になるのかを見通しておくことです。
移転価格の指摘を受けたときに考えるべきこと
移転価格について指摘を受けた場合、すぐに修正申告へ応じるべきかどうかは、慎重に判断する必要があります。
確認しておきたいのは、次の点です。
- 指摘対象の国外関連取引は何か
- 対象年度はどこまでか
- 調査官が問題にしているのは、価格か、取引実態か、資料不備か
- 独立企業間価格の算定方法について、税務署側の考え方は何か
- 納税者側が採用した方法との違いはどこにあるか
- 比較対象取引や比較対象会社の選定に問題はないか
- 日本側で修正すると、相手国側で二重課税が生じないか
- 相互協議を検討すべきか
- 加算税や延滞税の影響はどうなるか
- 将来年度の価格設定をどう見直すか
移転価格の修正は、単年度の税額だけで終わらないことがあります。過年度、将来年度、相手国、グループポリシー、契約書、会計処理、M&A、金融機関への説明にまで影響が及ぶこともあります。
ですから、調査終盤で安易に修正申告を提出するのではなく、事実関係、算定方法、資料、二重課税、相互協議の可能性を整理したうえで判断することが大切です。
相互協議・事前確認という選択肢
移転価格税制では、将来の予測可能性を高め、二重課税を避けるために、相互協議や事前確認が重要な役割を果たします。
相互協議は、移転価格課税等によって租税条約に適合しない課税が生じる場合に、税務当局間で解決を図る手続です。国税庁のガイダンスでは、相互協議を、租税条約締約国等の税務当局間で解決を図る協議手続であり、主に租税条約の規定に適合しない課税や、独立企業間価格の算定方法等に係る事前確認を対象とするものと説明しています。
出典:国税庁|相互協議手続に関するガイダンス(Q&A)1.相互協議の概要
また、日本で移転価格課税等の更正または決定を受けた者が相互協議の申立てを行った場合には、一定の要件のもとで、当該更正等により納付すべき法人税等および加算税の一定額を限度として、納税の猶予を受けられる制度もあります。
出典:国税庁|相互協議手続に関するガイダンス(Q&A)4.移転価格課税等に係る納税の猶予制度
一方、事前確認、いわゆるAPAは、将来の国外関連取引について、独立企業間価格の算定方法等をあらかじめ税務当局に確認しておく制度です。事前確認の申出は、確認対象事業年度のうち最初の事業年度開始の日までに行う必要があります。
出典:国税庁|移転価格税制に関する事前確認の申出について
事前確認を行うかどうかは、取引規模、継続性、相手国、二重課税リスク、社内負担、審査期間、将来の事業計画などを踏まえて判断します。すべての会社に必要な制度ではありませんが、継続的で高額、かつ高リスクな国外関連取引がある場合には、選択肢として検討する価値があります。
2025年以降の簡素化・合理化アプローチにも注意する
近年の移転価格税制では、OECD・G20のBEPS包摂的枠組みにおける議論も、実務に影響を及ぼしています。
国税庁は、いわゆる「利益B」と呼ばれる移転価格税制の適用に係る簡素化・合理化アプローチについて、我が国では当面の間実施しない一方、日本法人の国外関連者が所在する国・地域で実施される可能性があることから、日本の税務上の取扱いをFAQとして整理しています。
出典:国税庁|移転価格税制の適用に係る簡素化・合理化アプローチに関するFAQ
これは、日本側で直ちに新制度が適用されるという意味ではありません。ただ、海外販売会社や海外関連者の所在国で新たなアプローチが導入されれば、相手国側の課税やグループ内の価格設定に影響する可能性があります。
国際税務の世界では、日本の税制だけを見ていれば十分、という場面は少なくなってきています。海外子会社所在地国の制度変更もまた、将来の調査対応や価格設定に影響してくるのです。
税務調査前に整えておくべき資料
移転価格税制の調査対応では、調査通知を受けてから慌てて資料を集めるのでは間に合わないことがあります。少なくとも、次の資料は平時から整理しておきたいところです。
- グループ組織図、資本関係図
- 国外関連者一覧、国外関連取引一覧
- 契約書、請求書、送金明細
- 取引フロー図
- 製品・サービスの説明資料
- 価格設定ポリシー、価格改定資料
- 稟議書、会議資料
- 事業計画、予算と実績
- セグメント別損益、関連会社別損益
- 機能・リスク分析
- 無形資産に関する資料
- ローカルファイル、マスターファイル、国別報告事項
- 別表十七(四)等の申告添付資料
- 海外子会社の財務諸表
- 相手国側の申告・税務調査状況
ただし、資料を集めるだけでは不十分です。どの資料が、どの論点を説明するためのものなのかを、あわせて整理しておく必要があります。
移転価格対応で避けるべき進め方
税務調査で移転価格が問題になったとき、避けたい対応がいくつかあります。
まず、海外関連会社との取引を「昔からそうしている」と説明するだけでは不十分です。過去から続いていることは、独立企業間価格として合理的であることの説明にはなりません。
次に、グループ本社が決めた価格だから仕方がない、という説明も危険です。日本法人として、その価格で日本の所得計算を行うことが適切かどうかが、改めて問われるからです。
また、契約書を後から整えるだけでも足りません。契約書と実態が一致しているか、その実態を裏付ける資料があるかが重要になります。
さらに、調査官に求められた資料を、意味づけのないまま大量に提出することも避けるべきです。移転価格の資料は専門性が高く、提出した資料の一部が、かえって誤解を招いてしまうこともあります。資料を出す前に、それがどの論点に関連する資料なのか、どう説明するのかを確認しておく必要があります。
移転価格調査を税理士なしで対応するリスク
移転価格調査は、通常の法人税調査と比べても、専門性の高い領域です。
税理士なしで対応するリスクは、単に「税法が難しい」ということにとどまりません。本当の難しさは、論点が複数同時に動くことにあります。
- 国外関連者に該当するか
- 国外関連取引を網羅できているか
- 独立企業間価格の算定方法は妥当か
- 比較対象取引の選定に問題はないか
- ローカルファイルの提出期限に対応できるか
- 調査官からの質問に、どこまで回答すべきか
- 提出資料が、将来の重い指摘につながらないか
- 修正申告に応じると、二重課税が発生しないか
- 相互協議や事前確認を検討すべきか
- 将来年度の価格設定をどう見直すか
これらは、単なる書類作成ではなく、事実認定、経済分析、税法判断、交渉、将来管理までを含んだ実務判断です。
専門家が関与する意味は、税務署とのやり取りを代行することだけではありません。取引の実態を整理し、資料を整え、論点を切り分け、どこを受け入れ、どこを説明し、どこを争うべきかを判断する。そこにこそ意味があります。
移転価格対応は、調査後の仕組みづくりまで含めて考える
移転価格調査は、調査が終わればそれで終わり、というものではありません。
指摘を受けた取引については、将来年度の価格設定を見直す必要があります。契約書、価格改定手続、稟議、月次損益、セグメント管理、海外子会社との情報共有、ローカルファイルの作成体制も、あわせて見直すべきでしょう。
特に、海外取引が続いている場合、過年度だけ修正しても、同じ問題が翌期以降も繰り返される可能性があります。調査対応を一時的な危機対応で終わらせず、次のような仕組みに落とし込んでいくことが大切です。
- 国外関連者一覧を毎期更新する
- 国外関連取引を、勘定科目別・相手先別に管理する
- 価格改定時には、稟議と根拠資料を残す
- 海外子会社別の利益率を、月次または四半期で確認する
- ロイヤルティ・管理料・金融取引の根拠資料を保存する
- 出向者の職務内容と費用負担を整理する
- ローカルファイルを、申告後ではなく取引設計の段階から意識する
- M&Aや組織再編の前に、移転価格リスクを確認する
移転価格対応は、税務調査のためだけの作業ではありません。海外事業の利益管理、グループ経営、M&A、資金調達、事業承継にも、深く関わってくるものです。
犬飼公認会計士・税理士事務所へのご相談について
海外子会社・海外親会社・海外関連会社との取引がある場合、税務調査では、取引価格、契約書、送金、会計処理、機能・リスク、無形資産、ローカルファイル、そして相手国側の課税関係まで、複数の論点を同時に整理する必要があります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、税務調査で指摘された事項に場当たり的に対応するのではなく、取引実態、価格設定、資料整備、説明方針、修正申告の要否、将来の管理体制まで含めて、後から説明できる状態を整えることを大切にしています。
海外関連者との取引価格に不安がある、税務署から移転価格に関する資料提出を求められている、あるいは海外子会社との取引を今後も続けるために価格設定や資料管理を整えておきたい。そうした場合には、できるだけ早い段階で論点を整理しておくことが重要です。
移転価格税制を含む国際取引の税務調査対応について、専門家とともに確認したいという方は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。
本記事の振り返り
| 確認すべき事項 | 税務調査で問われること | 整理しておくべき資料・判断軸 |
|---|---|---|
| 国外関連者の範囲 | 海外取引先が移転価格税制の対象となる国外関連者に該当するか | 資本関係図、組織図、役員兼務、実質支配関係 |
| 国外関連取引の範囲 | どの取引が移転価格の対象になるか | 取引一覧、契約書、請求書、送金明細、別表十七(四) |
| 価格設定 | なぜその価格・料率・利益率なのか | 価格設定ポリシー、稟議書、比較資料、価格改定資料 |
| 機能・リスク・資産 | どちらの法人が何を行い、どのリスクを負っているか | 業務フロー、職務分掌、契約書、会議資料、実態説明資料 |
| 無形資産 | 技術・ブランド・ノウハウ等の価値がどちらに帰属するか | 研究開発資料、ライセンス契約、ロイヤルティ算定資料 |
| ローカルファイル | 独立企業間価格の算定根拠を説明できるか | ローカルファイル、比較対象分析、財務情報、算定方法 |
| 調査対応 | 資料提出・質問対応・修正申告判断をどう進めるか | 論点整理表、提出資料一覧、説明メモ、専門家レビュー |
| 相互協議・事前確認 | 二重課税や将来年度の不確実性にどう対応するか | 租税条約、相互協議検討資料、APA検討資料 |
| 再発防止 | 調査後も同じ論点を繰り返さない体制があるか | 月次管理、価格改定ルール、契約管理、海外子会社別損益 |