海外子会社への出向、海外赴任、海外法人への転籍、そして海外親会社から日本法人への受入出向。これらは人事の現場では「人の異動」として処理されます。しかし、税務調査の場面では、それだけで話が片づくことはありません。
調査官が見ているのは、「誰がどこに勤務していたか」という事実関係だけではないからです。実務上、確認されるのはおおむね次のような点です。
- 誰との雇用関係が残っていたのか
- 誰の指揮命令を受けていたのか
- 給与や賞与、手当をどの法人が負担すべきだったのか
- 日本法人が負担した金額は、自社の事業上必要な費用なのか、それとも海外子会社への支援なのか
- 出向者は日本の居住者なのか、非居住者なのか
- 日本で源泉徴収すべき給与・役員報酬・賞与が含まれていないか
- 海外子会社から受け取った負担金は、単なる給与立替精算なのか、役務提供の対価なのか
- 出向者の活動によって、海外で日本法人の恒久的施設、いわゆるPEが認定されるリスクはないか
- 海外関連者との取引として、移転価格や国外関連者寄附金の問題が潜んでいないか
海外出向・転籍・海外赴任の税務調査対応は、法人税、源泉所得税、国際税務、移転価格、人事労務、会計処理が交差する領域です。後から説明できる状態を整えておくには、給与計算だけを見ていては足りません。出向契約、社内稟議、業務内容、指揮命令関係、費用負担、源泉徴収、相手国課税までを、一体のものとして整理しておく必要があります。
海外出向は「給与をどこで払ったか」だけでは判断できない
海外出向で最初に整理すべきなのは、支払口座や給与明細ではありません。まず確認したいのは、法律関係と実態です。
海外勤務者の給与について、1年以上の予定で海外の支店や子会社に転勤・出向する場合は、一般的に所得税法上の非居住者と推定されます。そして、非居住者が国外勤務によって得た給与には、原則として日本の所得税は課税されません。
出典:国税庁|No.1920 海外勤務と所得税額の精算
ただし、税務調査は「1年以上の予定だったか」だけで終わるものではありません。出向命令、赴任期間、帰任予定、家族帯同の有無、日本国内の住居、国内勤務の有無、役員としての地位、給与計算期間、賞与査定期間など、さまざまな要素を見ながら、日本で課税・源泉徴収すべき部分がないかが確認されます。
とりわけ、次のようなケースでは注意が必要です。
- 年の途中で海外赴任した
- 赴任後も日本法人から給与や賞与を支給している
- 日本法人の役員の地位を残したまま海外子会社に常勤している
- 海外子会社の給与水準が低いため、日本法人が差額を補填している
- 留守宅手当、在外手当、支度料、家族渡航費を日本法人が負担している
- 出向者の個人所得税を会社が負担している
- 海外子会社から日本法人へ給与負担金が送金されている
- 出向契約書がなく、給与負担の根拠が稟議や慣行だけになっている
こうした場合には、給与の支払先、会計処理、源泉徴収、法人税上の損金性、海外子会社との取引価格、そしてPEリスクが、一つの論点として連なってきます。
出向・転籍・海外赴任を混同しない
人事の現場では、海外出向、転籍、海外赴任といった言葉が、やや曖昧なまま使われることがあります。しかし、税務調査では、この三つの違いが重要な意味を持ちます。
出向は、一般に出向元との雇用関係を残したまま、出向先で勤務する形です。出向元との雇用関係が残るため、出向元が一定の給与較差補填や留守宅手当を負担することについて、合理性を説明できる場合があります。
転籍は、出向元との雇用関係を終了し、転籍先との雇用関係に移る形です。この場合、転籍後の給与は、原則として転籍先が負担すべきものです。日本法人が転籍後も給与や手当を負担しているなら、その支出が日本法人の事業に直接関係するのか、それとも海外法人への経済的利益の供与なのかを、きちんと説明しなければなりません。
海外赴任は、実務上の呼称です。出向、転勤、駐在、長期出張、転籍までを含んで使われることがあります。したがって、「海外赴任者です」と説明するだけでは、税務上の判断には足りません。
税務調査では、次の順番で整理していくことになります。
- まず、雇用契約が誰との間にあるか
- 次に、指揮命令権が誰にあるか
- さらに、給与・賞与・手当を誰が負担すべきか
- そのうえで、実際の支払と会計処理が、その関係に合っているか
この整理がないまま、日本法人が「海外赴任者だから本社で一部負担している」と説明しても、費用負担の合理性は十分には伝わりません。
居住者・非居住者の判定は源泉徴収の出発点になる
海外出向者の源泉徴収を考えるうえで、居住者・非居住者の判定は出発点になります。
役員や使用人が海外の支店などに1年以上の予定で転勤した場合には、一般的に所得税法上の非居住者となり、1年未満であれば居住者となるとされています。非居住者となった使用人の海外勤務に対する給与等は、国内源泉所得に該当しないため、原則として源泉徴収は不要です。
出典:国税庁|No.2517 海外に転勤する人の年末調整と転勤後の源泉徴収
ただし、非居住者になれば日本での税務が一切なくなる、というわけではありません。国内にある不動産の貸付け、国内資産の譲渡、国内勤務に対応する賞与、内国法人の役員報酬などは、日本での課税・源泉徴収・確定申告の対象になり得ます。
非居住者が国内源泉所得を有する場合、所得税法上、日本では国内源泉所得のみが課税対象となります。
出典:国税庁|No.2878 国内源泉所得の範囲
また、海外勤務中に国内不動産所得などがある場合には、確定申告が必要になることがあり、納税管理人の選任が求められる場面もあります。
出典:国税庁|No.1926 海外勤務中に不動産所得などがある場合
出典:国税庁|No.1923 海外勤務と納税管理人の選任又は解任
税務調査では、出国日、帰国日、給与支給日、賞与支給日、計算期間、国内勤務期間が、細かく確認されます。給与台帳だけでなく、辞令、出入国日、赴任命令、帰任命令、賞与査定期間、就業記録までを合わせて確認しておく必要があります。
出国時・帰国時の年末調整を見落とさない
年の途中で海外に出向する場合、出国前の年末調整が問題になります。
1年以上の予定で海外に転勤することになった居住者については、一定の要件を満たす場合、給与等の支払者は、その居住者が海外に出国する日までに年末調整を行う必要があります。
出典:国税庁|No.2517 海外に転勤する人の年末調整と転勤後の源泉徴収
一方、非居住者だった海外勤務者が帰国し、帰国後に居住者となった場合はどうでしょうか。この場合、帰国後に支給期が到来する給与等については、たとえ非居住者期間の勤務に対応する部分が含まれていたとしても、原則として総額を居住者に対する給与等として源泉徴収する取扱いが示されています。
出典:国税庁|No.2518 海外出向者が帰国したときの年末調整
ここで問題になりやすいのが、賞与です。
賞与の査定期間に日本勤務と海外勤務が混在している場合、支給時点の居住者・非居住者判定だけでなく、国内勤務に対応する部分があるかどうかを確認しなければなりません。非居住者となった後に国内で賞与が支払われ、その計算期間内に日本勤務期間が含まれているときは、日本勤務期間に対応する金額について、20.42%の源泉徴収が必要となる場合があります。
出典:国税庁|No.2517 海外に転勤する人の年末調整と転勤後の源泉徴収
税務調査では、「賞与の支給日は出国後だから日本では課税しない」といった単純な説明では足りません。査定期間、国内勤務日数、海外勤務日数、支給規程、賞与計算資料をもとに、国内源泉所得部分の有無を説明できる状態にしておく必要があります。
役員としての地位が残っている場合は源泉徴収リスクが高い
海外出向で特に注意したいのが、役員です。
日本国内の会社に勤めている給与所得者が、1年以上の予定で海外の支店などに転勤すると、一般的には非居住者になります。非居住者が受け取る給与は、勤務地が外国であれば、原則として日本の所得税は課税されません。しかし、内国法人の役員として国外で勤務した場合、その役員報酬は日本国内で生じたものとされ、20.42%の税率で源泉徴収の対象になります。
出典:国税庁|No.1929 海外で勤務する法人の役員などに対する給与の支払と税務
もっとも、役員であっても、海外支店の支店長など、使用人として常時海外で勤務している場合には、その勤務に対する給与について源泉徴収の必要はないとされています。
出典:国税庁|No.1929 海外で勤務する法人の役員などに対する給与の支払と税務
そのため、税務調査では、肩書だけでなく、職務内容そのものが確認されます。
- 日本法人の取締役としての職務を継続しているのか
- 海外子会社の役員として、現地法人の職務を行っているのか
- 日本法人の使用人として、海外拠点に常時勤務しているのか
- 日本法人の取締役会・経営会議・決裁に、どの程度関与しているのか
- 日本法人から支払われる金額は、役員報酬なのか、使用人給与なのか、給与較差補填なのか
この区分が曖昧なまま給与を支給していると、源泉徴収漏れ、役員給与の損金不算入、海外子会社への寄附金、移転価格の問題が、同時に生じてしまう可能性があります。
給与較差補填金は認められる余地があるが、無制限ではない
海外出向では、出向先国の給与水準、為替、生活環境、社会保険、教育費、住宅費などの違いから、出向元法人が給与較差を補填することがあります。
出向元法人が出向先法人との給与条件の較差を補填するために出向者へ支給した給与は、出向期間中であっても、出向者と出向元法人との雇用契約が維持されていることから、出向元法人の損金の額に算入されます。また、出向先法人が海外にあるため、出向元法人が支給する留守宅手当も、給与較差補填金として取り扱われます。
出典:国税庁|No.5241 出向者に対する給与の較差補てん金の取扱い
この取扱いは重要ですが、実務上、「海外赴任者への支払いなら何でも日本法人の損金になる」という意味ではありません。
給与較差補填金として説明するには、少なくとも次の点を整理しておく必要があります。
- 出向元との雇用関係が残っていること
- 出向先との給与条件の差があること
- 補填額の算定方法があること
- 給与規程、出向規程、海外赴任規程に基づいていること
- 特定の役員や特定の出向者だけに、恣意的に支給していないこと
- 海外子会社が本来負担すべき費用まで、日本法人が肩代わりしていないこと
- 給与較差補填、留守宅手当、在外手当、税金補填、住宅補助、教育費補助を混同していないこと
給与較差補填金の説明が弱いと、海外子会社に対する経済的利益の供与、すなわち寄附金や移転価格の問題として見られることがあります。
海外子会社が負担すべき給与を日本法人が負担していないか
海外出向者が海外子会社の業務に従事している場合、その給与・賞与・手当のうち、海外子会社が負担すべき部分がないかを確認しておく必要があります。
日本法人がいったん給与を支給し、海外子会社から給与負担金を受け取る処理そのものは、珍しいものではありません。ただ、その場合でも、給与負担金の算定根拠、出向契約、請求書、送金資料、会計処理が一致していることが前提になります。
出向者が出向先法人において役員となっている場合、出向先法人が支出する役員に係る給与負担金については、その役員に対する給与として出向先法人の株主総会等の決議がされていること、出向契約等において出向期間および給与負担金の額があらかじめ定められていることなどが重要になります。
出典:国税庁|No.5245 出向先法人が支出する給与負担金に係る役員給与の取扱い
また、給与負担金として支出した金額が、出向元法人が出向者に支給する給与の額を超える場合、その超える部分については給与負担金としての性格はないとされます。合理的な理由がなく、適正な金額の範囲内でないときには、出向元法人に対する寄附金として取り扱われることがあります。
出典:国税庁|No.5245 出向先法人が支出する給与負担金に係る役員給与の取扱い
海外子会社との間では、国内出向以上に説明が難しくなります。海外子会社が出向者の業務上の便益を受けているにもかかわらず、日本法人が負担したままにしている場合、国外関連者寄附金の問題が生じ得ます。
法人が国外関連者に対して支出した寄附金の額は、その全額が損金の額に算入されません。
出典:国税庁|No.5281 寄附金の範囲と損金不算入額の計算
税務調査で確認されるのは、支払名目ではなく、誰のための支出か、という点です。「グループ全体のため」「将来の海外展開のため」といった説明だけでは、個別支出の損金性を支える資料としては弱い場合があります。
留守宅手当・在外手当・支度料・家族渡航費は性質を分ける
海外赴任者への支給項目は、どうしても多くなりがちです。税務調査では、手当の名称よりも、その性質が確認されます。
留守宅手当は、海外勤務に伴って日本に残る家族や生活基盤を維持するために支給されることがあります。一定の条件のもとで給与較差補填金として扱われる余地はありますが、その前提として、出向元との雇用関係、支給基準、金額算定の合理性が必要です。
在外手当は、海外勤務地の物価、生活水準、生活環境、為替などを考慮して支給されるものです。ただし、所得税上の非課税取扱いは、居住者である海外勤務者に関する規定との関係で検討する必要があります。1年以上の海外出向で非居住者となる場合には、そもそも日本での課税関係そのものが変わってきます。
支度料や赴任旅費は、海外赴任に伴う移動・準備のための費用です。通常必要と認められる範囲を超える一律支給、実態と結びつかない渡し切り支給、役員だけへの特別支給などについては、給与課税や役員給与の問題が生じる可能性があります。
家族渡航費は、海外赴任の円滑な遂行のために必要なものとして説明できる場合があります。ただし、対象者、頻度、金額、規程、実際の渡航記録を保存しておくことが欠かせません。
これらをすべて「海外赴任手当」と一括処理していると、税務調査では説明が難しくなります。支給項目ごとに、何のための支給か、誰が負担すべきか、給与課税されるのか、会社の損金となるのかを、丁寧に整理しておく必要があります。
税金を会社が負担する場合はグロスアップに注意する
海外赴任では、いわゆるタックス・イコライゼーションやタックス・プロテクションとして、会社が本人の所得税・住民税・外国税を負担することがあります。
この場合、会社が本人の税金を負担すること自体が、本人に対する経済的利益、すなわち給与として扱われる可能性があります。給与等その他の源泉徴収の対象となるものの支払額が税引手取額で定められている場合には、その税引手取額を税込みの金額に逆算し、逆算した金額を源泉徴収の対象となる支払額として、源泉徴収税額を計算することとされています。
出典:国税庁|法第181条から第223条まで(源泉徴収)共通関係
税務調査で問題になりやすいのは、次のような処理です。
- 会社が本人の所得税を立替金として処理しているが、実際には回収していない
- 海外赴任者の日本の予定納税や確定申告税額を、会社が負担している
- 外国税を会社が負担しているが、給与課税・損金処理・外国税額控除の検討が整理されていない
- グロスアップ計算をせず、手取額だけで源泉徴収している
- 出向者ごとに税負担条件が異なり、社内規程や契約書に根拠がない
税金補填は、金額が大きくなりやすく、源泉所得税の不納付加算税や納税告知につながることがあります。給与計算担当だけでなく、税務担当、海外人事、外部専門家が、早めに確認しておきたい論点です。
海外子会社からの給与負担金が「役務提供対価」と見られることがある
日本法人が出向者に給与を支払い、海外子会社から給与負担金を受け取る場合、その負担金は、単なる立替精算として処理されることが多いでしょう。
しかし、海外税務当局の視点では、日本法人が海外子会社に対して、人材を通じた経営支援、技術支援、管理支援を行っていると見られることがあります。そうなると、給与負担金が単なる給与立替ではなく、日本法人から海外子会社への役務提供対価であると評価される可能性が出てきます。
この評価が進むと、次のようなリスクが生じます。
- 海外子会社側で源泉税やサービス税が問題になる
- 海外で日本法人のPEがあると認定される
- 日本法人側で収益認識や移転価格の説明が必要になる
- 海外子会社側で損金算入が制限される
- 二重課税が生じる
- 相互協議や外国税額控除の検討が必要になる
PEについては、日本の制度でも、事業を行う一定の場所、一定の建設工事等、契約締結代理人等が類型として示されています。租税条約に国内法と異なる定めがある場合には、条約上のPE規定が関係してきます。
出典:国税庁|No.2883 恒久的施設(PE)(令和元年分以後)
海外出向におけるPEリスクは、相手国の国内法と租税条約によって結論が変わります。そのため、日本法人側では、少なくとも次の点を資料化しておく必要があります。
- 出向は海外子会社の要請に基づくものか
- 出向者の雇用契約・指揮命令権はどこにあるか
- 出向者の業務評価は誰が行うか
- 出向者の行為に関する責任とリスクは誰が負うか
- 出向者が日本法人の契約締結権限を海外で行使していないか
- 海外子会社の事業判断を、日本法人が直接行っていると見られる状態ではないか
- 給与負担金が給与立替精算なのか、技術支援・経営支援・管理サービスの対価なのか
「海外子会社に人を出しているだけ」という説明では足りません。出向者が何をしていたのか、誰のために働いていたのかを、契約書と実態の両面から説明できることが求められます。
移転価格と国外関連者寄附金の両方を見る
海外出向者が海外子会社に対して、技術支援、営業支援、管理支援、経営指導を行っている場合、その活動は海外関連者との取引として、移転価格の検討対象になり得ます。
移転価格の観点では、独立企業間であれば、その役務提供に対して対価を収受するのか、いくらが相当なのかを検討します。一方、対価を取らずに支援している場合には、国外関連者寄附金として全額損金不算入が問題になることもあります。
この違いは、単なる税務分類の問題ではありません。実務上は、次のように整理しておく必要があります。
- 出向者の活動が、海外子会社のための役務提供なのか
- 日本法人自身の利益のための活動なのか
- グループ統括活動なのか
- 株主活動として、対価を取らない性質のものなのか
- 海外子会社に便益がある場合、対価設定や費用配賦が行われているか
- 対価設定が、独立企業間価格として説明できるか
- 出向者の人件費、旅費、手当、税金補填を、どの法人がどの範囲で負担しているか
移転価格を取り巻く環境変化や文書化制度の整備を踏まえ、移転価格ガイドブックが公表されています。海外出向に伴う役務提供・費用配賦・経営支援についても、移転価格文書化の対象取引と関連する可能性があります。
出典:国税庁|移転価格ガイドブック~自発的な税務コンプライアンスの維持・向上に向けて~
税務調査では、移転価格の詳細な経済分析まで求められない規模の会社であっても、「なぜ日本法人が負担したのか」「なぜ海外子会社からこの金額を受け取ったのか」は確認されます。グループ間取引では、価格の妥当性以前に、取引の存在、役務内容、便益、費用負担の根拠を説明できるかどうかが、出発点になります。
海外から日本への受入出向では短期滞在者免税と源泉徴収に注意する
海外親会社や海外関連会社から日本法人へ人材を受け入れる場合も、税務調査の対象になります。
日本で勤務する非居住者に対する給与は、国内源泉所得に該当し得ます。非居住者等に対して国内源泉所得を支払う者は、原則として所得税および復興特別所得税を源泉徴収する必要があります。さらに、国内源泉所得を国外で支払う場合であっても、支払者が国内に住所・居所・事務所等を有するときは、国内で支払ったものとみなして源泉徴収が必要になることがあります。
出典:国税庁|No.2884 非居住者等に対する源泉徴収・源泉徴収の税率
出典:国税庁|No.2885 非居住者等に対する源泉徴収のしくみ
一方で、租税条約に基づき、短期滞在者免税が適用される場合があります。ただし、短期滞在者免税は、183日以下という滞在日数だけで判断するものではありません。条約ごとの要件、雇用主、報酬の負担者、PEの有無、届出書の提出などが関係してきます。
短期滞在者等が租税条約に基づいて源泉徴収税額の免除を受けるためには、所定の租税条約に関する届出を、原則として入国後最初に報酬または給与の支払を受ける日の前日までに提出する手続があります。
出典:国税庁|A3-9 租税条約に関する届出(自由職業者・芸能人・運動家・短期滞在者の報酬・給与に対する所得税及び復興特別所得税の免除)
税務調査では、「海外親会社が給与を払っているから日本法人には関係ない」という説明では済まないことがあります。日本法人が受入出向者の業務便益を受けている場合には、給与負担、源泉徴収、租税条約届出、グロスアップ、日本法人の費用負担の有無が確認されます。
調査前に整理しておくべき資料
海外出向・転籍・海外赴任の税務調査では、資料が分散しがちです。人事部、経理部、海外事業部、現地法人、給与計算代行会社、税理士、社会保険労務士、現地アドバイザーと、情報が各所に分かれていることがあります。
調査前には、少なくとも次の資料を整理しておきたいところです。
- 出向命令書、赴任辞令、帰任辞令
- 出向契約書、転籍契約書、雇用契約書
- 海外赴任規程、給与規程、役員報酬規程、出向者取扱規程
- 社内稟議、取締役会議事録、株主総会決議、役員報酬決議
- 出向者の職務内容、組織図、業務報告、指揮命令関係を示す資料
- 給与台帳、賞与計算資料、源泉徴収簿、年末調整資料
- 出国日、帰国日、赴任期間、国内勤務期間、海外勤務期間の一覧
- 給与較差補填金、留守宅手当、在外手当、支度料、家族渡航費、税金補填の計算資料
- 海外子会社への請求書、給与負担金の計算書、送金資料、会計仕訳
- 海外子会社側の負担処理、現地給与明細、現地税務申告資料
- 租税条約届出書、短期滞在者免税の判定資料
- 納税管理人届出、海外勤務中の国内源泉所得に関する資料
- 現地でPEや源泉税の指摘を受けた場合の通知書、現地アドバイザーの意見書
- 移転価格文書、役務提供契約、費用配賦資料
ここで大切なのは、資料を集めることそのものではありません。調査官に説明できるように、取引フローと人の動きを一覧化しておくことです。
- 誰が、いつ、どこへ、どの身分で赴任したのか
- 誰が給与を支払い、誰が負担したのか
- どの金額を、どの税区分・会計科目で処理したのか
- 日本で源泉徴収した金額と、しなかった金額の理由は何か
- 海外子会社との間で、費用精算・役務提供・寄附金・移転価格のどれとして整理したのか
この流れを説明できないと、個々の支出が正しくても、調査対応では不利になりかねません。
指摘を受けたときは、税目ごとに分解して判断する
海外出向に関する指摘を受けた場合、すぐに修正申告へ応じる前に、指摘内容を分解しておく必要があります。
- 法人税の問題なのか
- 源泉所得税の問題なのか
- 非居住者判定の問題なのか
- 役員給与の問題なのか
- 給与較差補填金の問題なのか
- 海外子会社への寄附金の問題なのか
- 移転価格の問題なのか
- 相手国課税との二重課税の問題なのか
- 単なる資料不足なのか、それとも実態と処理が違うのか
たとえば、日本法人が海外子会社へ請求していなかった給与負担について、調査官から「海外子会社への寄附金ではないか」と指摘されたとします。この場合、確認すべきことは、単なる追徴税額だけではありません。
- 出向者の業務内容は、誰のためのものだったのか
- 日本法人が負担すべき合理的理由はあるのか
- 給与較差補填金として整理できる部分はあるのか
- 海外子会社に対する役務提供として、対価を認識すべきだったのか
- 過年度だけでなく、今後の請求・契約をどう直すのか
- 相手国での課税や源泉税に影響しないか
- 重加算税が問題になるような隠蔽・仮装の事実があるのか
海外で租税条約に適合しない課税を受けた場合や、二重課税が生じる場合には、相互協議が問題になることもあります。相互協議は、租税条約に適合しない課税を排除するため、条約締結国の税務当局間で解決を図る協議手続です。
出典:国税庁|相互協議
ただし、相互協議は万能ではありません。申立期限、対象条約、対象課税、相手国手続、国内不服申立てとの関係、証拠資料を、慎重に確認しておく必要があります。
専門家を付けずに対応するリスク
海外出向の調査対応を専門家なしで進めるリスクは、「税務署との交渉が不安」という心理的な問題にとどまりません。
そこには、構造的なリスクがあります。
- 居住者・非居住者の判定を、単純化してしまう
- 役員と使用人の源泉徴収の違いを、見落とす
- 賞与の国内勤務対応部分を、確認しない
- 給与較差補填金と海外子会社負担金を、混同する
- 税金補填のグロスアップを、見落とす
- 海外子会社への無償支援を、寄附金・移転価格の観点から整理しない
- PEリスクを「海外の話」として、切り離してしまう
- 現地課税と日本税務の整合性を、確認しない
- 調査官への説明が断片的になり、後から不利な記録が残る
海外出向の調査では、人事担当者が「制度上そうなっています」と説明し、経理担当者が「前任者からその科目で処理しています」と説明し、海外事業部が「現地のために必要でした」と説明する、といったことが起こりがちです。しかし、それらを税法上の判断に結びつける資料がなければ、調査対応としては弱くなってしまいます。
専門家が関与する意味は、税務署とのやり取りを代行することだけではありません。事実関係を時系列で整理し、契約・支払・会計処理・源泉徴収・法人税・移転価格・相手国課税をつなげて、説明可能な判断へと組み立てていく。そこにこそ、専門家が関わる本当の意味があります。
調査後は海外人事と経理のルールを作り直す
海外出向・転籍・海外赴任の税務調査は、調査が終わればそれで終わり、というものではありません。同じ処理が翌期以降も続いている場合、将来のリスクはそのまま残ります。
調査後に見直しておきたいのは、次のような点です。
- 海外出向開始時に、税務チェックリストを作成する
- 出向契約書に、出向期間、職務内容、指揮命令、給与負担、税金負担、費用精算を明記する
- 給与較差補填金、留守宅手当、在外手当、支度料、家族渡航費を区分して規程化する
- 役員としての地位が残る場合、源泉徴収と役員給与の確認フローを設ける
- 賞与計算期間と国内勤務期間を記録する
- 非居住者になる出向者について、出国時年末調整、納税管理人、国内源泉所得の確認を行う
- 海外子会社への請求・送金・会計処理を月次で確認する
- 海外子会社が負担すべき人件費を、日本法人が負担したままにしない
- 移転価格文書や役務提供契約と、海外人事制度を接続する
- 現地課税リスクがある国について、現地専門家と事前確認する
海外出向は、会社の成長、海外展開、グループ経営に欠かせない制度です。しかし、税務上の整理が後回しになると、調査の場面で「なぜ日本法人が負担したのか」「なぜ源泉徴収しなかったのか」「なぜ海外子会社からこの金額を受け取ったのか」を、説明できなくなってしまいます。
守るべきは、単なる税額ではありません。会社の説明責任、海外子会社との関係、将来の調査対応、そして経営判断の透明性です。
犬飼公認会計士・税理士事務所へのご相談について
海外出向・転籍・海外赴任に関する税務調査では、給与明細や出向契約書だけを見ても、全体像はつかめません。居住者・非居住者、源泉徴収、給与較差補填金、役員報酬、海外子会社負担、国外関連者寄附金、移転価格、PEリスクを、同時に整理していく必要があります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、税務調査で指摘された事項にその場で反応するのではなく、出向者の事実関係、契約、給与負担、会計処理、源泉徴収、海外子会社との取引、そして将来の管理体制まで含めて、後から説明できる状態を整えることを重視しています。
海外赴任者の給与・手当の処理に不安がある場合、海外子会社への給与負担金や役務提供の整理ができていない場合、税務調査で源泉徴収・寄附金・移転価格を確認されている場合には、早い段階で論点を分解しておくことが大切です。
海外出向・転籍・海外赴任を含む税務調査対応について、専門家と一緒に整理したい方は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。
本記事の振り返り
| 確認事項 | 税務調査で問われること | 整理すべき資料・判断軸 |
|---|---|---|
| 出向・転籍・海外赴任の区分 | 雇用関係が残っているか、誰の指揮命令下で勤務しているか | 出向契約書、転籍契約書、赴任辞令、雇用契約書 |
| 居住者・非居住者判定 | 1年以上の海外勤務予定か、実態として国内住所があるか | 出国日、帰国日、赴任期間、住居、家族帯同資料 |
| 出国時年末調整 | 非居住者となる前に年末調整を行っているか | 源泉徴収簿、年末調整資料、出国日資料 |
| 帰国時処理 | 帰国後に支給される給与・賞与を適切に処理しているか | 帰任日、支給日、賞与査定期間、給与台帳 |
| 使用人給与 | 非居住者の海外勤務給与に日本の源泉徴収が必要か | 勤務場所、勤務内容、支給日、国内勤務対応部分 |
| 役員報酬 | 内国法人の役員としての報酬に源泉徴収が必要か | 役員地位、職務内容、取締役会資料、報酬決議 |
| 賞与 | 査定期間内に国内勤務期間が含まれていないか | 賞与規程、計算期間、国内勤務日数、按分計算 |
| 給与較差補填金 | 日本法人が負担する合理性があるか | 給与水準比較、出向規程、計算資料、支給基準 |
| 留守宅手当・在外手当等 | 手当の性質を区分して説明できるか | 海外赴任規程、支給明細、算定根拠、対象者一覧 |
| 税金補填・グロスアップ | 会社が本人税金を負担した場合の給与課税を処理しているか | 税金補填契約、グロスアップ計算、源泉徴収資料 |
| 海外子会社負担金 | 給与立替精算か、役務提供対価か | 請求書、送金資料、出向契約、業務内容 |
| 国外関連者寄附金 | 海外子会社が負担すべき費用を日本法人が負担していないか | 費用負担基準、便益分析、社内稟議、契約書 |
| 移転価格 | 役務提供・費用配賦の対価が説明できるか | 役務提供契約、移転価格資料、費用配賦表 |
| PEリスク | 出向者の活動により海外で日本法人のPEが認定されないか | 指揮命令関係、権限範囲、業務評価、現地契約 |
| 受入出向 | 短期滞在者免税・租税条約届出・源泉徴収を確認しているか | 租税条約届出書、滞在日数、給与負担資料 |
| 調査対応 | 税目ごとに指摘内容を分解して判断しているか | 論点整理表、時系列表、提出資料リスト |
| 再発防止 | 海外人事と経理の処理ルールを仕組みにできているか | 海外出向チェックリスト、月次確認、規程整備 |