M&Aの税務デューデリジェンスは、買収価格を調整するためだけの作業ではありません。
対象会社の過年度申告、税務調査の履歴、消費税の処理、源泉徴収、役員給与、関係会社取引、未納税金、偶発債務。これらを一つひとつ確認していく作業は、買収後に税務調査を受けたとき、「なぜその会社をその条件で引き受けたのか」「どの税務リスクを把握していたのか」「把握したリスクにどう対応したのか」を説明できる状態を整える準備でもあります。
中小企業庁の中小M&Aガイドラインでも、デュー・ディリジェンスは、対象企業の各種リスク等を精査するために、主に譲受け側がFAや士業等の専門家へ依頼して実施する調査と位置づけられています。
出典:中小企業庁|中小M&Aガイドライン(第3版)
税務調査の場面では、「M&Aのときに専門家が見ていたはずだ」「売主から問題ないと聞いていた」という説明だけでは足りません。税務上問われるのは、対象会社の申告内容が、帳簿、契約、請求書、資金移動、意思決定、そして取引の実態と整合しているかどうかです。
M&Aを検討する会社にとって、税務DDは、買うか買わないかを判断するための確認であると同時に、買った後にその会社を守れるかどうかを確かめる作業でもあるのです。
税務DDで見るべきものは「税額」だけではない
税務DDというと、法人税の過少申告リスクや未払税金の有無を確認する作業だと思われがちです。しかし、実務の現場では、それだけでは十分とは言えません。
確認すべき対象は、大きく三つの層に分けて整理できます。
一つ目は、すでに発生している税務債務です。未納の法人税や消費税、源泉所得税の納付漏れ、地方税、延滞税、加算税などがここに含まれます。
二つ目は、過去の申告に潜んでいる否認リスクです。売上の計上時期、棚卸資産、役員給与、交際費、外注費、仕入税額控除、課税区分、関係会社取引、貸倒損失など、税務調査が入れば追加課税につながりかねない論点です。
三つ目は、買収後の経営に影響する税務属性と将来リスクです。繰越欠損金、含み損益、グループ法人税制、組織再編の適格性、買収後の役員報酬設計、消費税の届出状況、海外取引、移転価格、そして税務調査中の未解決論点などが該当します。
この三層を切り分けて整理しておかないと、思わぬところで問題が表面化します。「未納税金はなかったが、過年度の消費税処理に大きなリスクが残っていた」「繰越欠損金を評価に織り込んだものの、買収後に利用できるかの検討が足りなかった」「関係会社取引の整理ができておらず、買収後の税務調査で寄附金と認定された」。いずれも、実際に起こり得る事態です。
株式譲渡では、対象会社の過去がそのまま残る
M&Aの形態によって、税務リスクの引き受け方は変わってきます。
株式譲渡では、対象会社そのものが存続します。株主が入れ替わるだけで、対象会社の申告内容、税務調査リスク、未納税金、過年度の処理は、原則としてそのまま対象会社に残ります。買主は、法的には株主として対象会社を取得する立場ですが、経済的には過去の税務リスクも含めて会社を引き受けることになります。
一方、事業譲渡では、承継する資産・負債・契約の範囲を個別に定めることができます。ただし、税務上は別の論点が生じます。移転資産の時価、消費税の課税関係、棚卸資産、固定資産、営業権、従業員の転籍、源泉徴収、債務引受、許認可、補助金の返還など、検討すべき項目は多岐にわたります。
合併や会社分割といった組織再編になると、さらに専門的な判断が求められます。税務上の適格要件、資産・負債の引継ぎ、繰越欠損金、含み損益、支配関係の継続など、論点はより複雑になります。
ですから、税務DDではまず「どのスキームで何を引き受けるのか」を確認し、そのうえで税務調査リスクを読んでいく必要があります。株式譲渡の感覚のまま事業譲渡を見れば、移転資産の課税関係を見落とします。逆に、事業譲渡の感覚で株式譲渡を見れば、対象会社に残る過年度リスクを過小評価してしまいます。
過年度申告書は、税務リスクの入口である
税務DDで最初に確認すべき資料は、過年度の申告書です。
法人税申告書、地方税申告書、消費税申告書、勘定科目内訳明細書、法人税の別表、固定資産台帳、税務調整の明細、繰越欠損金の管理表、税額控除・特別償却の適用資料。こうした書類を一通り確認していきます。
ここで見るべきなのは、税額が多いか少ないかという点ではありません。確認したいのは、次のような観点です。
- 売上規模に対して、所得が不自然に低くなっていないか
- 役員給与や役員借入金に、不可解な増減がないか
- 消費税の課税売上割合や仕入税額控除に、異常が見られないか
- 税務調整が、毎期同じ形式で機械的に処理されていないか
- 過年度の調査指摘事項が、翌期以降も繰り返されていないか
- 繰越欠損金や税額控除が、買収価値に織り込まれていないか
- 減価償却、貸倒損失、棚卸資産、役員退職給与といった高リスク項目がないか
法人の帳簿書類は、原則として確定申告書の提出期限の翌日から7年間の保存が義務づけられています。青色繰越欠損金が生じた事業年度などでは、10年間の保存が必要となる場合もあります。
出典:国税庁|No.5930 帳簿書類等の保存期間
M&Aの現場では、対象会社が「資料は古くて残っていない」と説明することがあります。しかし、保存義務のある期間の資料が十分に残っていないのであれば、そのこと自体が税務調査リスクにほかなりません。資料がないということは、税務調査で説明ができないということだからです。
繰越欠損金は「使える前提」で評価しない
買収対象会社に繰越欠損金がある場合、買主としては、その将来の利用可能性を企業価値評価に織り込みたくなるものです。しかし、繰越欠損金については、「数字として残っている」ことと「買収後に安全に使える」ことを分けて考える必要があります。
青色申告書を提出した事業年度に生じた欠損金は、一定の要件のもとで、各事業年度開始日前10年以内に開始した事業年度のものが繰越控除の対象となります。ただし、平成30年4月1日前に開始した事業年度に生じた欠損金については、繰越期間は9年です。
出典:国税庁|No.5762 青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除
税務DDで確認すべきなのは、欠損金の残高だけではありません。次の点を併せて見ておく必要があります。
- 欠損金が生じた事業年度に、青色申告書を提出しているか
- その後、連続して確定申告書を提出しているか
- 青色申告承認の取消しリスクがないか
- 欠損金の発生原因が、正常な事業損失なのか、架空費用や異常損失なのか
- 買収スキームや組織再編によって、欠損金の利用制限が生じないか
- 評価上、欠損金の税効果を過大に織り込んでいないか
とりわけ、買収後に事業内容を大きく変える場合、休眠会社を買収する場合、あるいは繰越欠損金の利用を主目的としたように見える取引では、慎重な検討が欠かせません。繰越欠損金は、買収価格を押し上げる材料になる一方で、税務調査では利用目的、事業実態、支配関係、組織再編の経緯が確認されやすい項目でもあるからです。
税務調査履歴は、単なる過去情報ではない
税務DDでは、過去の税務調査の履歴を必ず確認しておきたいところです。
ここで確認すべきは、調査があったかどうかだけではありません。次のような点まで踏み込んで見ていきます。
- いつ、どの税務署または国税局が、どの税目・どの期間を調査したのか
- 是認で終わったのか、修正申告をしたのか、更正を受けたのか
- 過少申告加算税、無申告加算税、不納付加算税、重加算税が課されたのか
- 指摘事項は一過性のものだったのか、継続的な処理の問題だったのか
- 調査後に、社内ルールや会計処理を改善したのか
- 同じ論点が、現在も残っていないか
- 税務代理人との間に、見解の対立や説明不足がなかったか
税務調査の結果、修正申告を行った場合には、不服申立てはできないものの、更正の請求はできる旨が、国税庁のFAQでも説明されています。これは、調査終盤の判断が、その後の争い方に影響することを意味します。
出典:国税庁|税務調査手続に関するFAQ(一般納税者向け)
買主にとって重要なのは、対象会社が過去にどのような判断をしてきたかです。調査での指摘に対し、十分な検討を経ないまま修正申告していたとすれば、その論点が買収後の会計処理や税務方針に影響を及ぼすことがあります。反対に、過去に是認された処理であっても、取引の実態や法令が変わっていれば、将来も同じ扱いが認められるとは限りません。
未納税金・滞納・納税証明は、必ず確認する
税務DDでは、未納税金の確認を軽く見てはいけません。
対象会社が負担すべき税目は、法人税、地方法人税、法人住民税、法人事業税、消費税、源泉所得税、固定資産税、事業所税、印紙税など、複数にわたります。申告書の上では税額が計上されていても、実際の納付が遅れている場合があります。納付書、ダイレクト納付、口座振替、電子納税の記録、納税証明書、未払法人税等の内訳。こうした資料に当たって、納付の状況を確かめる必要があります。
特に注意したいのが、源泉所得税です。源泉所得税は、支払う側が徴収して納付する仕組みです。そのため、給与や報酬の支払時点で納付漏れがあると、対象会社に直接的な負担が生じてしまいます。
源泉徴収義務者は、給与や税理士・弁護士等への報酬を支払う際、その都度、所得税および復興特別所得税を差し引き、原則として支払月の翌月10日までに国へ納める必要があります。
出典:国税庁|No.2502 源泉徴収義務者とは
対象会社が、役員報酬、外注費、専門家報酬、原稿料、講演料、退職金、非居住者への支払を行っている場合には、源泉徴収の漏れがないかを丁寧に確認します。M&A後の税務調査で源泉漏れが判明すると、対象会社が本税、延滞税、不納付加算税を負担することになり、受給者から回収できないまま損失として残ってしまうケースもあります。
消費税は、税務DDで大きな差額が出やすい
M&Aの税務DDで見落とされやすく、しかも金額のインパクトが大きいのが消費税です。
消費税は、法人税のように所得の大小だけで判断できるものではありません。課税売上、非課税売上、不課税取引、輸出免税、課税仕入れ、仕入税額控除、課税売上割合、届出、インボイスの保存。これらの処理ミスが、そのまま税額に跳ね返ってきます。
税務DDでは、次のような点を確認していきます。
- 課税売上と非課税売上の区分が正しいか
- 不動産賃貸、医療、金融、保険、土地取引などの非課税売上があるか
- 輸出免税や海外取引に必要な証憑が整っているか
- 仕入税額控除の帳簿・請求書の保存要件を満たしているか
- インボイス制度開始後の登録番号、適格請求書、経過措置を管理しているか
- 簡易課税、課税事業者の選択、課税期間の特例といった届出の状況が正しいか
- 高額な設備投資や不動産取得に伴う還付申告があるか
- 消費税の還付を前提とした資金繰りや評価がされていないか
仕入税額控除を受けるには、原則として、課税仕入れ等の事実を記載した帳簿および請求書等の保存が求められます。インボイス制度のもとでは、一定の事項が記載された帳簿および適格請求書等の保存が、仕入税額控除の要件となります。
出典:国税庁|No.6496 仕入税額控除をするための帳簿及び請求書等の保存
出典:国税庁|No.6498 適格請求書等保存方式(インボイス制度)
M&Aの対象会社には、急成長している会社、資金繰りのために還付申告をしている会社、海外取引やEC取引を手がけている会社などがあります。こうした場合には、消費税処理の誤りが、買収後の税務調査で表面化しやすくなります。
役員給与・オーナー経費は、買収後に問題化しやすい
オーナー企業のM&Aでは、役員給与、役員賞与、役員退職金、代表者貸付金、代表者借入金、個人利用資産、家族従業員の給与、交際費、私的支出が、重要な確認項目になります。
買収前のオーナー企業では、オーナーと会社との距離が近く、会社の支出と個人の支出の境界が曖昧になっていることがあります。買収後に外部株主や新たな経営陣が入ると、その曖昧さが、税務調査だけでなく、法務・労務・内部管理の問題にもつながっていきます。
法人が役員に支給する給与のうち、定期同額給与、事前確定届出給与、一定の業績連動給与のいずれにも該当しないものは、原則として損金の額に算入されません。また、これらに該当する給与であっても、不相当に高額な部分は損金に算入できません。
出典:国税庁|No.5211 役員に対する給与(平成29年4月1日以後支給決議分)
税務DDでは、次の資料を確認します。
- 株主総会議事録、取締役会議事録
- 役員報酬の決議、報酬規程
- 事前確定届出給与の届出書と、実際の支給額
- 役員退職金規程、退職慰労金の決議、功績倍率の資料
- 役員貸付金・借入金の契約書、返済履歴、利息計算
- 役員個人名義の資産を会社が使用している場合の契約
- 会社所有の車両、社宅、保険、交際費の利用実態
- 親族従業員の勤務実態、給与水準、出勤記録
とりわけ、M&Aの直前に役員退職金を支給する場合には、慎重な確認が必要です。買収価格と役員退職金の関係、退職の実態、分掌変更、支給の決議、金額の相当性。これらを一つずつ確かめます。売主側では「長年の功労に報いる支給」と考えていても、税務調査では、会社にとっての損金性、役員個人の退職所得該当性、さらには買収対価の一部ではないかという視点から確認されることがあるためです。
関係会社取引は、買収後に説明者がいなくなる
M&Aで特に注意したいのが、関係会社取引です。
買収前の対象会社が、オーナーの別会社、親族会社、海外子会社、関連会社、個人事業、あるいは役員個人との間で取引を行っている場合、その取引が買収後も続くとは限りません。取引の経緯を理解している担当者やオーナーが退任してしまうと、税務調査の場で説明ができなくなることがあります。
確認すべき取引としては、次のようなものが挙げられます。
- 経営指導料、業務委託料、ロイヤリティ、ブランド使用料
- 不動産賃料、設備使用料、車両使用料
- 役員貸付金、関連会社貸付金、債務保証、保証料
- 売上・仕入・外注・在庫の移動
- 人件費の負担、出向者給与の負担、賞与・退職金の負担
- 債権放棄、貸倒処理、増資、DES、債務免除益
- 無償支援、低額譲渡、高額買取、利益移転
- 海外関連者との取引、移転価格文書、費用配賦
法人が金銭その他の資産または経済的利益を贈与・無償で供与した場合には、その名目にかかわらず、寄附金に該当し得ます。また、国外関連者に対する寄附金は、その全額が損金に算入されません。
出典:国税庁|No.5281 寄附金の範囲と損金不算入額の計算
海外の関連者との取引では、移転価格の観点も欠かせません。国税庁は、移転価格税制について、国外関連者との取引を通じた海外への所得移転に対処し、適正な国際課税の実現を図る制度であると説明しています。
出典:国税庁|移転価格税制に関する事前確認の申出及び事前相談について
関係会社取引で重要なのは、価格の妥当性だけではありません。そもそも役務の提供が本当にあったのか、誰が便益を受けたのか、契約書と実態が一致しているのか、資金の移動を説明できるのか。こうした点まで確認しておく必要があります。
売上・棚卸・外注費は、財務DDと税務DDをつなげて見る
財務DDでは、正常収益力、運転資本、純有利子負債、実態純資産、EBITDA調整などを確認します。税務DDでは、申告書や税務調整を確認します。
しかし、税務調査リスクを読むうえでは、この二つを切り分けすぎてはいけません。
売上の期ずれ、架空売上、循環取引、押込み販売、検収基準の曖昧さは、財務DDでは収益認識や正常収益力の問題として現れます。一方、税務DDでは、売上の計上時期、売上除外、消費税の課税売上の問題になります。
棚卸資産の過大・過少計上、滞留在庫、未成工事、仕掛品、原価の付替えは、財務DDでは実態純資産や運転資本の問題です。税務DDでは、売上原価、棚卸資産、期末処理、重加算税リスクの問題となります。
外注費、業務委託費、紹介料、販売手数料は、財務DDでは費用構造や利益率の問題です。税務DDでは、損金性、源泉徴収、消費税の仕入税額控除、架空外注、反面調査の問題につながります。
M&Aの調査では、数字の分析にとどまらず、契約、請求書、納品、検収、入出金、在庫、担当者の説明をつなげて確認することが求められます。決算書の数値がきれいに整っていても、取引の実態を説明できなければ、買収後の税務調査では弱い資料になってしまうのです。
不正・粉飾・架空取引は、税務リスクとしても見る
M&Aでは、売主側に、会社を良く見せたいという心理が働くことがあります。すべての案件で不正を疑うべきだという意味ではありません。それでも、税務DDでは、会計不正や粉飾の兆候にも目を配っておく必要があります。
注意したい兆候としては、次のようなものがあります。
- 売上高は伸びているのに、入金が遅れている
- 売掛金の回収サイトが長期化している
- 期末直前の売上が大きい
- 特定の取引先との取引だけ、利益率が異常である
- 仕入先と販売先が重なっている
- 在庫が増えているのに、実地棚卸の資料が乏しい
- 外注費や紹介料の相手先が不明確である
- 役員や従業員の個人口座が、取引に関与している
- 契約書の日付、請求日、検収日、入金日が不自然である
- 過去の税務調査で、重加算税を示唆されたことがある
法人税の重加算税について、国税庁の事務運営指針では、課税標準等または税額等の計算の基礎となる事実の全部または一部を隠蔽し、または仮装した場合の取扱基準が示されています。
出典:国税庁|法人税の重加算税の取扱いについて(事務運営指針)
M&Aで見つかった不正や粉飾は、企業価値の問題であると同時に、税務調査リスクでもあります。架空売上によって利益を過大に見せていた場合には、仮装経理の問題が生じることがあります。架空の外注費やキックバックで利益を圧縮していた場合には、過少申告、源泉、消費税、重加算税の問題が浮上します。
「買収後に整理すればよい」と先送りにすると、証拠が散逸し、関係者の記憶も曖昧になっていきます。発見した時点で、資料の保全、事実の確認、会計処理、税務対応、契約上の補償を、それぞれ分けて整理しておくべきです。
税務DDの発見事項は、契約条件に反映しなければ意味がない
税務DDでリスクを見つけても、それを買収条件に反映しなければ、実務上の効果は限られたものになります。
反映の方法としては、次のようなものが考えられます。
- 買収価格の調整
- クロージング前の修正申告または納付
- 売主による特別補償
- 表明保証への具体的な記載
- 補償期間・補償上限・免責金額の調整
- エスクローやホールドバック
- クロージング前提条件への、資料提出・税務処理改善の追加
- 税務調査対応への、売主の協力義務
- 買収後に判明した過年度税務債務について、負担者の明確化
- 関係会社取引の解消または契約の再締結
- 役員貸付金、未払金、個人費用の精算
ただし、すべてを契約で解決できるわけではありません。売主が補償すると契約していても、売主に資力がなければ回収はできません。補償期間が短ければ、税務調査が後から来たときに保護されないこともあります。表明保証が抽象的であれば、実際の税務否認の場面で争点になります。
税務DDの役割は、リスクを見つけることにとどまりません。見つけたリスクを、「価格で受けるのか」「売主に是正してもらうのか」「契約で手当てするのか」「買収を見送るのか」という意思決定につなげていくことにあります。
売主側の税務DDは、売却前の防御策になる
税務DDは、買主だけのものではありません。売主側も、売却前にセルサイドDDを行うことで、税務調査リスクとM&Aの交渉リスクを減らすことができます。
売主側があらかじめ確認しておきたいのは、次のような点です。
- 過年度の申告書と、元帳・証憑が整合しているか
- 過去の税務調査の指摘事項が、再発していないか
- 役員給与、役員退職金、オーナー経費に、説明のつかない処理がないか
- 消費税の課税区分、仕入税額控除、インボイスの保存が整っているか
- 源泉所得税の納付漏れがないか
- 関係会社取引の契約書、価格、役務提供の実態を説明できるか
- 代表者貸付金・借入金、仮払金、仮受金を整理できているか
- 未払税金、滞納、納税証明に問題がないか
- 買主に開示すべき税務リスクを把握しているか
売却の直前になって慌てて資料を整えると、かえって説明が不自然になることがあります。税務DDで指摘される前に、月次の管理、証憑の保存、契約書の整備、役員取引の整理を進めておくことが大切です。
M&Aは、会社の過去を買主に見せる手続でもあります。税務調査に耐えられない処理は、買主のDDにも耐えにくいと考えておくべきでしょう。
買収後に税務調査を受けた場合、DD資料をどう使うか
買収後に対象会社が税務調査を受けたとき、M&A時のDD資料は重要な手掛かりになります。ただし、DD報告書そのものを調査官に見せれば解決する、というものではありません。
調査対応で求められるのは、DDで把握した論点について、基礎資料に立ち戻って説明することです。手元に揃えておきたい資料としては、次のようなものがあります。
- 過年度申告書
- 総勘定元帳、補助元帳
- 契約書、請求書、納品書、検収書
- 通帳、入出金明細、送金記録
- 株主総会・取締役会の議事録
- 税務調査履歴、修正申告書、更正通知書
- DD時の質問リスト、売主の回答、開示資料
- 株式譲渡契約書、表明保証、補償条項
- クロージング前後の会計処理の変更資料
- 買収後の再発防止策
調査官に対しては、「M&Aのときに問題ないと聞いていた」ではなく、「当時この資料を確認し、この取引についてこう理解し、この会計処理・税務処理を継続または変更した」と説明できることが重要です。
また、調査で指摘を受けた場合には、それが過年度の誤りなのか、買収後の処理の問題なのか、売主補償の対象か、修正申告に応じるべきか、更正を待つべきかを、それぞれ切り分けて判断する必要があります。税務調査への対応とM&A契約への対応は、切り離さず、同時に整理していくことが求められます。
税務DDで専門家を付けずに進めるリスク
M&Aの現場では、時間が限られているために、税務DDが簡略化されることがあります。小規模な案件では、買主自身や仲介者のチェックだけで済ませてしまうこともあります。
しかし、税務DDを専門家なしで進めるリスクは、単なる知識不足にとどまりません。
- 申告書と元帳のつながりを見落とす
- 消費税の課税区分や届出のリスクを見落とす
- 源泉所得税の納付漏れを見落とす
- 役員給与や役員退職金の税務リスクを見落とす
- 関係会社取引を「グループ内だから問題ない」と誤解する
- 繰越欠損金を利用できる前提で評価してしまう
- 過去の税務調査の指摘事項の意味を読み違える
- 契約条項に税務リスクを反映できない
- 買収後の税務調査で、DD時の確認不足が表面化する
専門家の役割は、リスクを大げさに見せることではありません。限られた時間と資料のなかで、どこに追徴リスクがあり、どこは資料の追加で確認でき、どこは契約で手当てし、どこが買収判断に影響するのかを切り分けることにあります。
M&Aでは、完璧な情報が揃うことは多くありません。だからこそ、確認できた事実、確認できなかった事実、売主の説明に依存している事項、専門家として追加検討が必要な事項を、明確に分けておく必要があるのです。
相談前に整理しておきたい資料
M&A・税務DD・税務調査リスクについてご相談いただく際には、次の資料を整理しておくと、論点の把握が早くなります。
- 過去3期から5期分の法人税・地方税・消費税の申告書
- 勘定科目内訳明細書、法人税の別表、消費税の計算資料
- 総勘定元帳、固定資産台帳、売掛金・買掛金の明細
- 税務調査履歴、修正申告書、更正通知書、加算税通知書
- 納税証明書、未払税金の内訳、源泉所得税の納付書
- 役員報酬の決議、事前確定届出給与、役員退職金の資料
- 関係会社取引の一覧、契約書、請求書、送金資料
- 主要取引先・仕入先との契約書、売上・仕入のフロー
- 消費税の届出書、インボイスの登録・保存体制の資料
- 繰越欠損金、税額控除、特別償却の管理資料
- M&Aの基本合意書、株式譲渡契約書案、事業譲渡契約書案
- DD報告書、質問リスト、売主の回答、開示資料リスト
- 買収後の経営方針、役員体制、関係会社取引の継続予定
資料がすべて揃っていなくても、ご相談自体は可能です。ただし、資料がない場合には、「問題がない」と判断するのではなく、「確認できないリスク」として整理しておく必要があります。
犬飼公認会計士・税理士事務所へのご相談について
M&A・デューデリジェンスで見つかる税務調査リスクは、単なる税額計算の問題ではありません。
過年度申告、税務調査履歴、未納税金、消費税、源泉所得税、役員給与、関係会社取引、繰越欠損金、不正・粉飾の兆候、契約上の補償。これらを一体で整理しておかなければ、買収後に「想定外の税務リスク」として表面化してしまうことがあります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&Aを単なる取引実行の場面としてではなく、対象会社の数字と実態を確認し、買収後の税務調査にも説明できる状態を整える実務判断として支援しています。
買収前に対象会社の税務リスクを把握したい場合、売却前に自社の税務論点を整理したい場合、あるいはDDで指摘された事項を契約条件や買収後の管理体制にどう反映すべきか迷っている場合には、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。
本記事の振り返り
| 論点 | 税務DDで確認すべきこと | 税務調査・M&A判断への影響 |
|---|---|---|
| 過年度申告 | 法人税・地方税・消費税申告書、別表、内訳明細 | 申告内容と会計処理・取引実態の整合性を確認する |
| 税務調査履歴 | 調査対象期間、税目、指摘事項、加算税、修正申告 | 同じ論点が継続していないか、買収後の説明責任に影響する |
| 未納税金 | 納税証明、未払税金内訳、納付書、滞納状況 | 買収後の偶発債務・資金流出リスクになる |
| 繰越欠損金 | 残高、発生年度、青色申告、連続申告、利用制限 | 企業価値評価に織り込む場合は利用可能性を慎重に見る |
| 消費税 | 課税区分、仕入税額控除、インボイス、届出、還付 | 処理ミスが直接税額に影響し、追徴額が大きくなりやすい |
| 源泉所得税 | 給与、報酬、役員賞与、退職金、非居住者支払 | 納付漏れは対象会社の直接負担となり、不納付加算税にもつながる |
| 役員給与 | 定期同額給与、事前確定届出給与、過大役員給与 | オーナー企業のM&Aで買収後に問題化しやすい |
| 役員退職金 | 退職の実態、支給決議、金額算定、買収対価との関係 | 売却直前の支給は税務調査・契約交渉の重要論点になる |
| 関係会社取引 | 契約、価格、役務提供、資金移動、便益 | 寄附金、移転価格、利益移転として否認される可能性がある |
| 外注費・紹介料 | 役務提供実態、相手先、請求書、支払先 | 架空外注、源泉漏れ、仕入税額控除否認につながる |
| 売上・棚卸 | 計上時期、検収、在庫、未成工事、売掛金回収 | 財務DDと税務DDをつなげて見る必要がある |
| 不正・粉飾 | 架空売上、循環取引、資金還流、証憑改ざん | 重加算税、仮装経理、買収価格調整、補償条項に影響する |
| 契約反映 | 表明保証、補償、価格調整、エスクロー、CP | 見つけたリスクを取引条件に反映しなければ実効性が弱い |
| 買収後調査 | DD資料、売主回答、契約書、基礎資料 | 「DDで見た」ではなく、事実と証拠に基づく説明が必要 |
| 再発防止 | 月次管理、証憑保存、関係会社取引ルール | M&A後の税務調査リスクを管理体制で下げる |