移転価格文書化とローカルファイル|海外子会社取引を税務調査で説明できる資料整備

海外子会社との取引がある会社では、価格そのものを決める前に、まず確認しておきたい問いがあります。

「この価格を、後からきちんと説明できるか」という問いです。

移転価格税制では、国外関連者との取引価格が独立企業間価格に沿っているかどうかが問われます。ただ、税務調査で実際に問われるのは、「利益率が何%か」という一点だけではありません。

どの取引を対象にしたのか。誰がどの機能を果たしているのか。誰がリスクを負っているのか。どの算定方法を選び、比較対象をどう選んだのか。そして、契約書、会計処理、実際の業務運営、申告書の記載が、互いに矛盾なくつながっているのか。

こうした点を体系的に説明するための資料が、移転価格文書です。なかでも、個別の国外関連取引について独立企業間価格の妥当性を説明する中心的な資料が「ローカルファイル」です。

移転価格文書化は、税務調査の連絡を受けてから慌てて作るものではありません。価格を設定するとき、契約を結ぶとき、月次で海外子会社の損益を確認するとき、そして決算・申告を行うとき。こうした場面ごとに、継続して整えておくべき経営管理資料だと考えていただくのがよいでしょう。

目次

移転価格文書化制度は何を求めているのか

移転価格文書化制度は、OECDのBEPSプロジェクトにおける行動13「多国籍企業情報の文書化」を踏まえ、日本でも平成28年度税制改正によって整備されました。国税庁は、多国籍企業情報の報告制度として、最終親会社等届出事項、国別報告事項、事業概況報告事項を定め、これらをe-Taxにより所轄税務署長へ提供する仕組みを公表しています。
出典:国税庁|多国籍企業情報の報告

移転価格文書は、大きく次の3層で整理されます。

1つ目は、マスターファイルです。日本の制度上は「事業概況報告事項」と呼ばれます。多国籍企業グループ全体の組織構造、事業概要、無形資産、グループ内金融、財務・税務状況を俯瞰する資料です。

2つ目は、国別報告事項です。一般には、CbCR(Country-by-Country Report)と呼ばれています。国・地域ごとの収入、利益、納税額、従業員数、資本、利益剰余金、有形資産などを集計し、グループ全体の所得配分や経済活動の所在を把握するための資料です。

3つ目が、ローカルファイルです。個別の国、個別の法人、個別の国外関連取引について、取引内容、機能リスク、価格設定方針、算定方法、比較対象、財務情報を整理し、その取引価格が独立企業間価格といえるかを説明します。

実務の感覚でいえば、マスターファイルはグループ全体の「青写真」、ローカルファイルは個々の関連者間取引の詳細資料、国別報告書は国ごとの所得・納税・経済活動の分布を示す資料、という整理になります。

この3層構造を理解すると、ローカルファイルの役割がはっきりと見えてきます。

ローカルファイルは、グループ全体を美しく見せるためのパンフレットではありません。税務調査の場で、特定の国外関連取引について「なぜこの価格なのか」を説明するための、あくまで実務資料です。

ローカルファイルとは何か

ローカルファイルの正式な位置づけは、国外関連取引に係る独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類です。

一定規模以上の国外関連取引がある法人は、確定申告書の提出期限までにローカルファイルを作成または取得し、保存しておく必要があります。これがいわゆる「同時文書化義務」です。

国税庁のFAQでは、この同時文書化義務について、法人が国外関連者との取引を行う際、または確定申告書を提出する際に利用可能な最新の情報に基づいてローカルファイルを作成または取得し、保存しなければならない、と説明されています。

具体的には、一の国外関連者との取引について、前事業年度の国外関連取引の対価の額の合計額が50億円以上、または無形資産取引の対価の額の合計額が3億円以上である法人が対象です。この場合、その国外関連者との取引について、確定申告書の提出期限までにローカルファイルを作成または取得し、原則として7年間保存することとされています。なお、欠損金額が生じた事業年度に係る書類については、10年間の保存が必要です。
出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)(令和6年6月)

ここで押さえておきたいのは、判定が「一の国外関連者ごと」に行われるという点です。

たとえば、海外子会社A社との取引が60億円、海外子会社B社との取引が10億円だったとします。この場合、A社との取引については同時文書化義務を検討する必要があります。B社については金額基準を下回る可能性がありますが、だからといって、移転価格税制の検討そのものが不要になるわけではありません。

また、取引金額の判定にあたっては、輸出取引と輸入取引を相殺した純額で見るのではなく、相殺前のそれぞれの取引総額で判定します。国税庁のFAQでも、国外関連者に部品を輸出し、その部品を用いて製造された製品を輸入して代金を相殺しているような場合には、相殺前のそれぞれの取引総額で同時文書化義務の免除を判定する、と示されています。
出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)

同時文書化義務がない会社でも安心はできない

「うちは海外子会社との取引が50億円未満だから、ローカルファイルは関係ない」

これは、実務の現場でよく耳にする誤解です。

同時文書化義務の対象外であっても、移転価格税制の対象外になるわけではありません。国外関連者との取引価格が独立企業間価格と異なり、日本法人の所得が過少になっていれば、移転価格課税の問題は生じ得ます。

国税庁のFAQでも、同時文書化義務のある取引と、同時文書化義務のない取引とで、調査時に提示または提出が求められる書類の範囲は同じである、とされています。
出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)

つまり、50億円・3億円という基準は、「確定申告書の提出期限までにローカルファイルとして作成または取得し、保存する義務」があるかどうかを分けるものです。「移転価格の説明が不要になる基準」ではありません。

中小・中堅企業で特に問題になりやすいのは、海外子会社との取引規模が基準未満であるために、価格設定の根拠資料をほとんど残していないケースです。

税務調査で、「海外子会社への販売価格はどのように決めましたか」「ロイヤリティ料率の根拠は何ですか」「経営支援料の便益はどこにありますか」と問われたとき。このとき、契約書、取引一覧、価格改定資料、機能リスク分析、取引別損益、現地法人の財務諸表が整理されていなければ、説明は非常に難しくなります。

同時文書化義務の有無にかかわらず、国外関連取引について一定の資料を保有していることが前提だと考えるべきです。指定期限までに資料を提示または提出できない場合には、推定課税が問題になり得るからです。

提出期限は「調査が来てから作ればよい」という意味ではない

ローカルファイル等の提示または提出期限も、誤解されやすい点です。

国税庁のFAQでは、ローカルファイルについて、調査において納税者に提示または提出を求めた日から45日を超えない範囲内で、国税庁、国税局または税務署の職員が指定する日まで、とされています。

また、同時文書化義務がある取引と、同時文書化義務のない取引に係る、独立企業間価格を算定するために重要と認められる書類については、提示または提出を求めた日から60日を超えない範囲内で、当該職員が指定する日まで、とされています。期限までに提示または提出がない場合には、推定課税または同業者調査が行われることがあります。
出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)

ここで注意したいのは、45日または60日というのは、「必ずその日数を待ってもらえる」という意味ではないという点です。あくまで「45日を超えない範囲」「60日を超えない範囲」であり、資料の内容や量、準備に通常要する日数を踏まえて指定されます。

さらに、ローカルファイル等に記載誤り、不備、漏れがあり、不正確な情報に基づいて作成されたものと評価される場合には、資料の提示または提出がなされたことにはなりません。期限までに訂正されないときは、推定課税または同業者調査が行われることがあります。
出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)

こうしたことを踏まえると、税務調査の連絡を受けてから、国外関連取引の一覧を作り、現地財務諸表を集め、機能リスク分析を行い、比較対象を探し、文書化する、という進め方では、実務上、間に合わない可能性が高くなります。

ローカルファイルは、提出期限に間に合わせるための資料ではありません。日頃から、価格設定と損益管理を説明できる状態にしておくための資料なのです。

マスターファイル・CbCR・ローカルファイルの違い

移転価格文書化を理解するうえでは、3種類の文書を混同しないことが大切です。

マスターファイル

マスターファイルは、グループ全体の事業と移転価格ポリシーを俯瞰する資料です。日本では「事業概況報告事項」と呼ばれます。

国税庁のFAQでは、国別報告事項および事業概況報告事項について、直前の最終親会計年度の総収入金額が1,000億円未満の多国籍企業グループは提供が免除される、とされています。
出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)

マスターファイルでは、グループ全体の組織図、主要製品・サービス、サプライチェーン、無形資産、グループ内金融、連結財務諸表などを説明します。ローカルファイルのように、個々の取引ごとの詳細分析を行うことを主目的とする資料ではありません。

ただし、マスターファイルの記載とローカルファイルの記載が矛盾していると、調査時の説明力は落ちてしまいます。たとえば、マスターファイルでは日本親会社が研究開発と無形資産管理の中核であると記載しているのに、ローカルファイルでは海外子会社が独自の無形資産を持つような説明になっている場合、どちらが実態に近いのかを問われることになります。

CbCR

CbCRは、国別報告事項です。国・地域ごとの所得、納税額、従業員数、資本、利益剰余金、有形資産などを一覧化し、グループ全体の所得配分と経済活動の所在を、税務当局が把握するための資料です。

CbCRは、税務当局によるリスク評価には有用ですが、個別取引の独立企業間価格を直接証明する資料ではありません。たとえば、ある国に利益が多く残っていることが分かったとしても、その利益が製造機能、販売機能、無形資産、金融機能のどれに由来するのかは、ローカルファイルや機能リスク分析を見なければ分からないのです。

ローカルファイル

ローカルファイルは、個別の国外関連取引について、取引価格の妥当性を説明する資料です。

ここでは、取引の概要、契約関係、価格設定方針、取引別損益、機能リスク分析、無形資産の関与、市場分析、算定方法、比較対象、財務情報との整合性を整理していきます。

整理すると、マスターファイルは「グループ全体」、CbCRは「国別の配分」、ローカルファイルは「個別取引の価格」を説明する資料だといえます。

ローカルファイルに記載すべき主な内容

ローカルファイルの内容を一言でいえば、「海外子会社との取引価格を、第三者間取引として説明できる状態にする資料」です。

国税庁の同時文書化対応ガイドでは、ローカルファイルの作成サンプルとして、当社およびグループの概要、国外関連者の概要、国外関連取引の詳細、当社と国外関連者の機能およびリスク、無形資産の形成への貢献、事業方針、市場分析、独立企業間価格の算定方法、比較対象取引、密接に関連する取引などが示されています。
出典:国税庁|移転価格ガイドブック Ⅲ 同時文書化対応ガイド ~ローカルファイルの作成サンプル~

実務上は、次の順番で整理していくと分かりやすくなります。

1. 会社とグループの概要

まず、日本法人とグループ全体の事業概要を整理します。

何を製造・販売しているのか。主要製品は何か。主な市場はどこか。どの国に子会社があるのか。そして、どの会社が研究開発、製造、販売、物流、管理を担っているのか。

ここで大切なのは、単なる会社案内を貼り付けるだけで終わらせないことです。移転価格の観点から、利益を生む源泉がどこにあるのかを説明する必要があります。

2. 国外関連者の概要

次に、国外関連者ごとの概要を整理します。

資本関係、設立経緯、所在地、事業内容、従業員数、役員構成、売上規模、主要顧客、主要仕入先、組織図、そして現地法人の財務諸表を確認していきます。

特に注意したいのは、海外子会社が単純な販売会社なのか、限定的な受託製造会社なのか、現地市場開拓を担う会社なのか、あるいは研究開発や無形資産形成に関与する会社なのか、という区別です。

同じ「海外販売子会社」でも、在庫リスクを負う会社と、販売支援だけを行う会社とでは、適正な利益水準は異なります。

3. 国外関連取引の詳細

国外関連取引を、種類別に整理します。

たとえば、次のような取引が挙げられます。

  • 製品、商品、部品、原材料の販売または購入
  • 製造委託、受託製造
  • 経営支援、技術支援、管理業務支援
  • ロイヤリティ、商標使用料、技術使用料
  • 貸付金利子、保証料、キャッシュ・プーリング
  • 出向者給与、費用負担、立替精算
  • 研究開発費、費用分担契約
  • 事業再編、機能移転、無形資産移転

この段階で、請求書がある取引だけを見ていると、漏れが生じます。無償または低額の役務提供、親会社による保証、商標やノウハウの使用、出向者を通じた経営支援など、会計上、明確な収益・費用が立っていない取引にも目を配る必要があります。

4. 契約関係と実態の整合性

ローカルファイルでは、契約書があるかどうかだけでなく、契約書と実態が一致しているかどうかが重要になります。

契約書では海外子会社が在庫リスクを負うとされているのに、実際には売れ残りを日本親会社が買い戻している。契約書ではロイヤリティ料率が定められているのに、実際には毎年の利益水準を見て恣意的に免除している。契約書では役務提供契約があるのに、具体的な役務提供の記録が残っていない。

このような場合、契約書はかえって、実態との矛盾を示す資料になってしまいます。

契約書、請求書、価格表、取締役会資料、稟議書、メール、出張報告書、業務報告書、会議議事録。これらが、同じストーリーを語っているかどうかを確認することが欠かせません。

5. 機能リスク分析

ローカルファイルの中心となるのが、機能リスク分析です。

機能とは、各法人が実際に果たしている役割を指します。研究開発、製造、品質管理、購買、物流、在庫管理、販売、広告宣伝、債権回収、保証対応、経営管理などを確認していきます。

リスクとは、取引から生じる利益や損失の変動要因を、誰が負っているかということです。在庫リスク、信用リスク、為替リスク、市場リスク、製品保証リスク、研究開発リスク、設備投資リスク、金利リスクなどを整理します。

ここで大切なのは、「契約上、誰が負うか」だけでなく、「実際に誰が意思決定し、誰が損益を負担しているか」を見ることです。

たとえば、契約上は海外子会社が販売リスクを負うとされていても、販売価格は日本親会社が決定し、在庫処分にも日本親会社の承認が必要で、赤字が続くと日本親会社が価格調整で補填している。こうした場合には、海外子会社が本当にリスクを負っているといえるのか、慎重に見る必要があります。

6. 無形資産の整理

移転価格では、無形資産が大きな争点になります。

技術、ノウハウ、商標、ブランド、顧客基盤、販売網、設計データ、製造プロセス、ソフトウェア、データベース。これらが、どの法人の利益に貢献しているのかを整理していきます。

単に「商標権は日本法人が保有している」という形式だけでは、十分とはいえません。誰が研究開発費を負担したのか。誰が開発リスクを負ったのか。誰がマーケティング活動を行ったのか。現地法人が現地市場で顧客基盤を形成しているのか。こうした実態まで踏み込む必要があります。

無形資産の保有者と、実際に価値形成に貢献した法人が異なる場合、ロイヤリティや利益配分の説明は難しくなります。

7. 価格設定方針

ローカルファイルでは、実際の価格設定方針を明確にします。

製品販売価格をどのように決めているのか。原価に一定のマークアップを乗せているのか。販売子会社に一定の営業利益率が残るようにしているのか。ロイヤリティ料率は売上高に対して何%なのか。貸付金利子はどの基準金利を使っているのか。

ここで必要なのは、単なる結果の説明ではなく、価格設定のルールです。

「結果として海外子会社の利益率が3%だった」という説明と、「海外子会社が限定的な販売機能を担うため、比較対象会社の営業利益率レンジを踏まえ、営業利益率3%程度を目標として期中価格を設定し、期末に必要な調整を行う」という説明とでは、説得力がまったく異なります。

8. 移転価格算定方法と比較対象

独立企業間価格の算定方法として、CUP、再販売価格基準法、原価基準法、TNMM、利益分割法などのどれを選んだのか、そしてその理由を整理します。

「TNMMを使った」という結論だけでは足りません。

なぜCUPではないのか。なぜ販売会社を検証対象にしたのか。なぜ売上高営業利益率を利益指標にしたのか。比較対象企業をどのデータベースで抽出したのか。どの会社を除外し、その除外基準は何か。複数年平均を使うのか。特殊要因はないか。こうした点を一つひとつ記録しておく必要があります。

比較対象取引の選定について、国税庁のFAQでは、企業情報データベース、上場企業の有価証券報告書、同業者団体の名簿、産業分析レポート等を活用する方法がある、とされています。
出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)

9. 財務情報と会計数値の整合性

ローカルファイルで使う損益数値は、決算書や会計帳簿とつながっている必要があります。

取引別損益、製品別損益、海外子会社別損益、セグメント損益を使う場合、それが法人全体の損益計算書とどのように接続しているかを説明できなければなりません。

実務では、次のような点が問題になります。

  • 対象取引の売上・売上原価を、どの勘定科目から抽出したか
  • 共通費を、どの基準で配賦したか
  • 為替差損益を含めるか
  • 物流費、保険料、関税を、どの法人の負担としたか
  • 一時的な損失や異常費用を除外したか
  • 現地法人の会計基準と日本法人の会計基準の差異を調整したか

国税庁のFAQでは、国外関連者の監査済財務諸表を確定申告書の提出期限までに入手できない合理的な理由がある場合には、未監査財務諸表を使用して独立企業間価格を算定して差し支えない、とされています。ただし、調査時に重要書類として求められた場合には、監査済財務諸表の提出が必要になります。
出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)

ローカルファイルは「文書」ではなく「判断過程」である

ローカルファイルという言葉から、完成したPDFやWordファイルを思い浮かべる方もいるかもしれません。

しかし実務の感覚では、ローカルファイルとは「判断過程の束」だといえます。

価格設定の前提となる取引一覧。契約書。価格表。取引別損益。現地法人の財務諸表。機能リスク分析。比較対象企業の抽出資料。ベンチマーク分析。社内承認資料。価格改定の稟議。期末調整の計算資料。これらが組み合わさって、初めて説明力を持つのです。

国税庁のFAQでも、確定申告書の提出期限までに、ローカルファイルに該当する書類のすべてをファイル等にまとめて保存することまでは求めていないとされ、電磁的記録での作成・保存も認められています。ただし、調査で提示または提出を求められた場合には、指定された期日内に提示または提出できるよう準備しておく必要があります。
出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)

したがって、実務で目指すべき状態は、「きれいな冊子があること」ではありません。

必要な資料が所在不明にならず、会計数値と整合し、価格設定の判断過程が残り、調査時に短期間で提示できる状態。これこそが、目指すべきゴールです。

英語のローカルファイルをそのまま使えるか

外資系企業や海外親会社を持つ企業では、海外本社が作成した英語の移転価格文書を、日本側で利用することがあります。

国税庁のFAQでは、ローカルファイルに使用する言語は指定されていませんが、日本語以外の言語で作成されている場合には、日本語による翻訳文の提出を求める場合がある、とされています。また、国外関連者が作成したローカルファイル相当書類に、日本の制度上必要な事項が記載されている場合には、それを集約して日本法人のローカルファイルとすることも差し支えない、とされています。
出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)

ただし、海外本社が作成した文書をそのまま保存しているだけでは、日本の税務調査で十分とは限りません。

特に、次の点を確認しておく必要があります。

  • 日本法人の取引が個別に記載されているか
  • 日本法人の機能リスクが実態に合っているか
  • 日本法人の会計数値と整合しているか
  • 日本の別表17(4)の記載と整合しているか
  • 日本語で説明できる担当者がいるか
  • 海外本社のグローバルポリシーと日本法人の実際の価格設定が一致しているか
  • 日本固有の取引、出向、費用負担、ロイヤリティ、保証料が漏れていないか

海外本社の資料は有用ですが、あくまで日本法人の申告を守る資料として、改めて点検する必要があります。

別表17(4)との整合性

ローカルファイルを作成するときは、法人税申告書別表17(4)、すなわち国外関連者に関する明細書との整合性も確認します。

国税庁の同時文書化対応ガイドでも、ローカルファイルを作成する際には、法人税申告書別表17(4)に記載している内容も確認するよう示されています。
出典:国税庁|移転価格ガイドブック Ⅲ 同時文書化対応ガイド ~ローカルファイルの作成サンプル~

別表17(4)には、国外関連者の名称、所在地、資本関係、取引金額、取引内容などが記載されます。

この別表に記載された国外関連者や取引金額と、ローカルファイルの対象取引が一致していない場合、調査時に説明が必要になります。

たとえば、別表にはロイヤリティ取引が記載されているのに、ローカルファイルでは棚卸資産取引しか分析していない。別表の取引金額と、ローカルファイルの取引一覧の金額が一致しない。別表上の国外関連者はA社だけなのに、実態としてはB社との取引も価格設定に密接に関係している。

こうした不整合は、単なる記載ミスでは済まないことがあります。国外関連取引の把握漏れ、取引単位の誤り、価格検証範囲の誤りにつながるからです。

ローカルファイル作成の実務手順

ローカルファイルの作成は、次の順番で進めると整理しやすくなります。

1. 国外関連者と取引を棚卸しする

まず、海外子会社、海外親会社、兄弟会社、支店、実質支配関係がある取引先を洗い出します。

そのうえで、取引種類別に金額を整理します。製品販売、商品仕入、部品供給、ロイヤリティ、役務提供、貸付金利子、保証料、出向者給与、費用配賦などに分けていきます。

この段階では、会計システムの勘定科目だけに頼らないことが大切です。部門担当者、海外事業部、経理、法務、人事、知財部門に確認し、契約書ベースと実態ベースの双方から取引を把握します。

2. 同時文書化義務の有無を判定する

一の国外関連者ごとに、前事業年度の国外関連取引の対価の額の合計額と、無形資産取引の対価の額の合計額を確認します。

50億円以上または3億円以上に該当する場合は、確定申告書の提出期限までにローカルファイルを作成または取得し、保存する体制が必要になります。

基準未満であっても、資料化の程度をゼロにするのではなく、取引規模、利益への影響、無形資産の有無、赤字の有無、価格改定の有無に応じて、簡易な移転価格メモまたはローカルファイル相当資料を整備することを検討します。

3. 取引単位を決める

国外関連取引を個別に検証するのか、複数の取引を一体として検証するのかを決めます。

製品販売とロイヤリティが一体として価格設定されている場合。部品供給と技術支援が密接に関連している場合。販売子会社への製品販売とマーケティング費用負担が一体となっている場合。こうしたケースでは、取引単位の切り方が結論を左右します。

4. 機能リスク分析を行う

日本法人と国外関連者が、どの機能を果たし、どのリスクを負い、どの資産・無形資産を使用しているかを整理します。

この作業は、経理部だけでは完結しません。海外営業、製造、研究開発、法務、知財、人事、経営企画へのヒアリングが必要になります。

5. 価格設定方針を確認する

現在の価格が、どのルールで決まっているのかを確認します。

原価にマークアップしているのか。第三者価格を参照しているのか。販売子会社の利益率を見ているのか。グループ全体の利益配分を見ているのか。それとも、過去の慣行で決まっているだけなのか。

「前年と同じ」「現地法人から言われた」「資金繰りを考慮した」という説明だけでは、移転価格上の根拠としては弱くなってしまいます。

6. 算定方法と比較対象を選定する

取引実態に応じて、最も適切な移転価格算定方法を検討します。

CUP、再販売価格基準法、原価基準法、TNMM、利益分割法などの候補を比較し、なぜその方法を選び、他の方法を選ばなかったのかを記録します。

比較対象企業を用いる場合には、抽出条件、除外基準、比較可能性、利益指標、対象期間、差異調整を記録しておきます。

7. 会計数値と申告書を整合させる

ローカルファイルで使用する数値が、決算書、総勘定元帳、補助元帳、管理会計、現地法人財務諸表、別表17(4)と整合しているかを確認します。

取引別損益を作る場合には、どの勘定科目から抽出し、どの費用を配賦し、どの特殊要因を調整したかを残しておきます。

8. 申告期限までにレビューする

同時文書化義務がある場合は、確定申告書の提出期限までに作成または取得する必要があります。

ただし、実務上は、申告期限の直前に作るのでは遅すぎます。年度末を迎える前から、対象取引、取引金額、現地損益、価格調整の要否を確認し、申告前レビューの一項目として、移転価格文書化を組み込んでおく必要があります。

文書化でよくある失敗

取引一覧が不完全である

ローカルファイル以前の問題として、そもそも国外関連取引の一覧が不完全な会社があります。

特に、ロイヤリティ、経営支援料、出向者給与、立替経費、無償の技術支援、保証、費用分担契約は、漏れやすい項目です。

会計上の勘定科目だけではなく、契約書、海外送金、海外出張、知財管理、取締役会資料から、横断的に確認する必要があります。

契約書と実態が違う

契約書はあるものの、実際の価格改定、損益負担、リスク負担が契約と異なるケースです。

税務調査では、契約書の有無だけでなく、実際の行動が見られます。契約書が実態と合っていない場合、契約書を整備したつもりでも、かえって説明が難しくなってしまいます。

海外子会社の赤字を放置している

海外子会社が継続的に赤字である場合には、その理由を説明できる必要があります。

設立初期、市場開拓期、一時的な為替変動、原材料高騰、現地規制、異常損失など、合理的な理由がある場合には、その裏づけとなる資料を残しておきます。

一方で、海外子会社が限定的な販売・製造機能しか持たないにもかかわらず、長期間にわたって赤字が続いている場合には、価格設定の妥当性が問われる可能性があります。

グローバル文書を日本用に検証していない

海外本社が作成した文書を日本法人が保管しているだけで、日本法人の取引実態や会計数値に合わせていないケースです。

日本側の別表、会計処理、契約、実績損益と整合していなければ、日本の税務調査では十分な説明資料になりません。

ベンチマーク分析だけで満足している

比較対象企業の利益率レンジを出していても、機能リスク分析や取引単位の整理が不十分な場合には、分析の前提そのものが崩れてしまいます。

移転価格文書化では、数値の結果よりも、その数値を使ってよい理由のほうが重要なのです。

文書化が経営判断に与える意味

移転価格文書化は、税務調査対応のためだけにあるものではありません。

海外子会社との価格設定は、グループ内の利益配分を決めます。そして利益配分は、法人税負担、現地の資金繰り、配当可能額、ロイヤリティ回収、為替リスク、関税、金融機関への説明、M&A時の税務デューデリジェンス、事業承継時の企業価値にまで影響します。

たとえば、日本親会社に利益を集めすぎると、海外子会社の資金繰りが悪化し、現地税務当局から逆方向の指摘を受ける可能性があります。反対に、海外子会社に利益を残しすぎると、今度は日本側で所得移転を指摘される可能性があります。

移転価格文書化は、こうしたバランスを可視化する作業でもあります。

海外子会社がどの機能を果たしているのか。現地に利益を残す理由があるのか。日本親会社が回収すべき技術・ブランド・経営支援の対価を、きちんと回収できているのか。これらを整理することは、税務だけでなく、グループ経営そのものの管理精度を高めることにつながります。

専門家に相談すべきタイミング

移転価格文書化は、税務調査の直前ではなく、次のようなタイミングで検討していただくのが望ましいものです。

  • 海外子会社を設立する前
  • 海外子会社との取引を開始する前
  • 取引金額が50億円、または無形資産取引3億円に近づいているとき
  • 海外子会社が継続的に赤字、または高利益になっているとき
  • ロイヤリティ、経営支援料、保証料、貸付利子を設定するとき
  • 出向者給与や費用負担を見直すとき
  • 海外子会社の機能を変更するとき
  • グループ内で事業再編、製造移管、無形資産移転を行うとき
  • 税務調査の連絡を受けたとき
  • M&Aや事業承継に向けて、海外子会社の税務リスクを整理するとき

特に、ロイヤリティ、無形資産、金融取引、役務提供、海外子会社の赤字、事業再編が絡む場合には、早めに専門家と前提を整理しておく必要があります。

まとめ:ローカルファイルは会社を守る説明資料である

移転価格文書化は、単なる制度対応ではありません。

ローカルファイルは、海外子会社との価格設定について、「なぜこの価格でよいのか」を後から説明するための資料です。

そのためには、取引概要、契約関係、機能リスク、無形資産、価格設定方針、算定方法、比較対象、会計数値、申告書記載を、一体として整理しておく必要があります。

同時文書化義務がある会社は、確定申告書の提出期限までに作成または取得し、保存する体制が必要です。同時文書化義務がない会社であっても、移転価格税制の対象外になるわけではなく、調査時には同様に説明資料が求められます。

税務調査で初めて考えるのでは、遅い論点なのです。

海外子会社との取引価格は、契約、会計、税務、資金繰り、グループ経営、M&A、事業承継にまで影響します。ローカルファイルは、その判断過程を会社に残しておくための、重要な経営管理資料だといえます。

犬飼公認会計士・税理士事務所へのご相談について

海外子会社との取引について、「ローカルファイルが必要か分からない」「海外本社の文書をそのまま使ってよいか不安がある」「ロイヤリティや経営支援料の根拠を説明できない」「別表17(4)と実際の取引が整理できていない」と感じている場合、まず行うべきことは、国外関連者と取引内容の棚卸しです。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、国外関連取引の把握、機能リスク分析、価格設定方針、ローカルファイルの整備、申告書記載、税務調査対応を一体として整理し、後から説明できる税務判断の構築を支援しています。

移転価格文書化は、資料を作成するだけでなく、海外子会社との利益配分をどう管理するかという経営判断でもあります。自社の海外取引について、どの資料を整えるべきか確認したい場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。

振り返り:本稿の重要ポイント

論点実務で確認すべきこと
移転価格文書化の目的国外関連取引の価格が独立企業間価格といえるかを、後から説明できる状態にする
文書化の3層構造マスターファイル、CbCR、ローカルファイルの役割を区別する
ローカルファイル個別の国外関連取引について、取引内容、機能リスク、価格設定、算定方法、比較対象を整理する
同時文書化義務一の国外関連者ごとに、取引50億円以上または無形資産取引3億円以上かを確認する
保存期間原則7年間、欠損金額が生じた事業年度に係る書類は10年間保存する
同時文書化義務がない場合移転価格税制の対象外ではなく、調査時には説明資料が求められる
提出期限ローカルファイルは45日以内、重要資料は60日以内の範囲で指定されることがある
推定課税リスク期限内に資料を提示・提出できない場合、不利な推定課税や同業者調査につながり得る
契約と実態契約書、価格設定、会計処理、実際の業務運営が一致しているか確認する
機能リスク分析誰が機能を果たし、誰がリスクを負い、誰が無形資産に貢献しているかを整理する
会計数値との整合取引別損益、現地財務諸表、決算書、別表17(4)とのつながりを説明できるようにする
経営判断への影響税負担だけでなく、海外子会社の資金繰り、配当、M&A、承継、金融機関説明に影響する
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