M&Aのデューデリジェンス、いわゆるDDで論点が見つかったとき、最初に検討されやすいのは価格への反映です。
ただ、DDで見つかった事項のすべてを価格で処理できるわけではありません。
たとえば、未払費用やネットデット、運転資本の不足、正常収益力の修正のように金額を合理的に見積もれるものであれば、価格や価格調整に反映しやすいことがあります。一方で、法令違反の可能性、契約の承諾未取得、許認可の不備、労務リスク、税務リスク、偶発債務、チェンジ・オブ・コントロール条項、開示資料の不足、売り手の説明と資料の不整合といった論点は、単純な価格減額だけでは整理しきれません。
こうした論点は、最終契約のなかで、表明保証、補償、誓約事項、前提条件、開示事項、場合によってはスキーム変更やクロージング前対応へと落とし込んでいく必要があります。
DDで見つかったリスクは、軽微なものであれば買い手が許容し、契約条項で対応できるものはクロージングの前提条件、誓約事項、表明保証、補償などに反映していきます。さらに支払方法、価格、スキーム変更、取引中止までを視野に入れて対応を考える。この整理が、実務では重要になります。
本記事では、DD発見事項を表明保証・補償・誓約事項へどう反映すべきかを整理します。契約条項の文案例や訴訟戦略ではなく、経営者・株主・管理部門の方が、最終契約の意味を理解し、後から自分の言葉で説明できる実行判断を行うための考え方に絞ってお話しします。
なお、表明保証条項は、契約当事者が一定時点において契約に関する事項が真実かつ正確であることを表明し、その内容を保証する条項として整理されています。チェンジ・オブ・コントロール条項も、株主の異動や支配権の変動等により、契約相手方に解除権等が発生する条項として位置づけられます。
DD発見事項を契約へ反映する意味
DDで見つかった論点は、発見しただけでは意味を持ちません。
大切なのは、その発見事項を次のどこに反映するかです。
| 反映先 | 主な役割 |
|---|---|
| 価格・価格調整 | 金額化できる影響を経済条件に反映する |
| 表明保証 | 一定の事実が真実・正確であることを確認し、情報の前提を定める |
| 補償 | リスクが顕在化した場合の金銭的負担を定める |
| 誓約事項 | クロージング前後に当事者が行うべき行為・行ってはならない行為を定める |
| 前提条件 | 一定事項が満たされなければクロージングしない仕組みを定める |
| スキーム変更 | 価格や契約では対応しきれないリスクを取引形態で調整する |
| PMI課題 | 成立後に管理・改善すべき事項として引き継ぐ |
| 撤退判断 | 価格や契約で処理できない重大リスクとして取引を止める |
このうち本記事が扱うのは、主に「表明保証」「補償」「誓約事項」です。
ただし、実務では、これらを単独で考えることはできません。表明保証違反があれば補償につながることがありますし、誓約事項の不履行は、クロージングの前提条件未充足や解除事由につながることがあります。DDで見つかった論点によっては、表明保証ではなく、特別補償や誓約事項、前提条件として処理すべき場合もあります。
最終契約書では、価格以外の条件、すなわち前提条件、表明保証、誓約事項、補償などに反映することで、リスクを遮断あるいは緩和できないかを検討します。クロージングまでに売り手側で治癒できる事項は誓約事項や前提条件で、リスク顕在化時に金銭で解決できる事項は特別補償で、DDで明確に把握しきれていない潜在リスクは表明保証で対応する。実務では、こうした整理がよく用いられます。
価格で処理できる論点と契約で処理すべき論点を分ける
DD発見事項を契約へ反映する前に、価格で処理すべき論点と、契約で処理すべき論点を分けておく必要があります。
たとえば、未払費用の金額がはっきりしていれば、価格調整やクロージング前精算で対応できることがあります。正常収益力が当初の想定より低いのであれば、買収価格そのものの見直しが必要になることもあります。
一方、次のような論点は、単純な価格減額だけでは十分に対応できません。
- 主要取引先との契約を継続できるか不明である
- 許認可や届出の要否が未確認である
- 過年度税務リスクの発生可能性はあるが、金額が確定しない
- 未払残業代の可能性はあるが、対象期間や金額に幅がある
- 訴訟、紛争、クレーム、保証債務が顕在化する可能性がある
- 知的財産権や重要資産の権利帰属が不明確である
- 売り手から開示された資料に不足や不整合がある
- クロージング前に第三者承諾を取得する必要がある
- 成立後に売り手経営者の協力が必要である
これらは、「いくら値引きするか」だけの問題ではありません。「誰が何を確認し、何が満たされなければ実行しないのか」「問題が顕在化した場合に誰が負担するのか」「クロージング前後に誰が何を行うのか」を、契約で整理する必要があります。
価格は、リスクの一部を反映できます。
しかし、価格だけでリスクを消すことはできません。
表明保証・補償・誓約事項の基本的な役割
DD発見事項を契約へ反映するにあたっては、まず表明保証、補償、誓約事項の役割を区別して理解しておくことが欠かせません。
| 契約上の仕組み | 役割 | 主に使う場面 |
|---|---|---|
| 表明保証 | 一定の事実が真実・正確であることを確認する | 情報の前提を定める、隠れたリスクを配分する |
| 補償 | 一定の損害・負担が生じた場合の金銭的負担を定める | 表明保証違反、特定リスクの顕在化 |
| 誓約事項 | 当事者が行うべき行為・行ってはならない行為を定める | クロージング前の通常業務運営、承諾取得、資料提出、競業避止等 |
| 前提条件 | 一定事項が満たされなければクロージングしないことを定める | 許認可、第三者承諾、表明保証の正確性、誓約履行等 |
表明保証は、対象会社や売り手・買い手に関する事実の前提を定めるものです。
補償は、その前提が崩れた場合や特定リスクが顕在化した場合の金銭的負担を定めるものです。
誓約事項は、契約締結後からクロージングまで、あるいはクロージング後に、当事者が守るべき行動を定めるものです。
この3つは似ているようでいて、機能はまったく異なります。DD発見事項を契約へ反映する際には、「この論点は事実確認の問題なのか」「将来の行動義務の問題なのか」「損害発生時の金銭負担の問題なのか」を切り分けていく必要があります。
表明保証は「事実の前提」を定める
表明保証は、M&A契約のなかでも特に重要な条項です。
対象会社に関する表明保証は、対象会社の運営において、隠れた債務や価値を毀損する問題がないことを表明し保証するものであり、最終契約における中心的な規定になります。実務上は、株式、財務、税務、契約、許認可、労務、訴訟、資産、負債、知的財産、不動産、環境、コンプライアンスなど、個別事項ごとに細かく規定されることが多くなります。
表明保証の対象は、大きく分けると次の2つです。
1つ目は、契約当事者自身に関する表明保証です。
たとえば、契約を締結する権限があること、必要な社内承認を得ていること、契約締結が法令や他の契約に違反しないこと、買い手に資金調達能力があること、といった事項です。
2つ目は、対象会社に関する表明保証です。
こちらは、株式の有効性、株主名簿、財務諸表、税務申告、重要契約、許認可、労務、知的財産、訴訟、環境、不動産、資産負債、法令遵守などが対象になります。
契約当事者自身に関する表明保証は、取引の成立可能性そのものに関わります。
対象会社に関する表明保証は、対象会社の価値やリスクに関わります。
DDで見つかった論点を表明保証へ反映する際には、次の点を確認しておく必要があります。
- どの事実について表明保証を求めるのか
- いつの時点で正確であることを求めるのか
- 売り手の認識に限定するのか
- 重要性による限定を付すのか
- DDで開示済みの事項を除外するのか
- 違反した場合に補償対象となるのか
- クロージング前に違反が判明した場合、クロージングしない選択肢を残すのか
表明保証は、安心のために広く入れておけばよい、という性質の条項ではありません。
どの事実を、どの程度、誰の責任で確認するのかを設計する条項です。
表明保証で守れるリスクと守れないリスク
表明保証は重要ですが、万能ではありません。
特に注意したいのは、買い手がDDで知った事項、開示資料に記載されていた事項、ディスクロージャー・スケジュールに記載された事項の扱いです。
M&A契約では、売り手が「DDで開示した資料に含まれている事項については表明保証責任を負わない」という趣旨の規定を求めてくることがあります。この場合、買い手が実際にはその資料を見ていなかったとしても、開示資料に含まれていた事項について表明保証違反を問えなくなる可能性があります。
また、買収契約締結の時点で、表明保証に反する事実がDD等ですでに明らかになっている場合には、「別紙に記載された事実を除き」という形で表明保証から除外することがあります。この除外事実を記載した別紙が、一般にディスクロージャー・スケジュールと呼ばれるものです。ここに記載された事項は表明保証違反から外れるため、買収契約の締結前に、その内容を慎重に確認しておく必要があります。
したがって買い手側では、表明保証を読むときに、本文だけでなく、次の点まで確認しておくことが求められます。
- 表明保証の対象事項
- 売り手の認識による限定
- 重要性による限定
- 開示資料による免責
- ディスクロージャー・スケジュールの内容
- 買い手が知っていた事項の扱い
- 補償条項との接続
- クロージング前に違反が判明した場合の扱い
一方の売り手側では、表明保証の対象が広すぎないか、知らない事項まで無限定に責任を負う内容になっていないか、すでに開示した事項が適切に除外されているかを確認しておく必要があります。
表明保証は、買い手にとっては保護の仕組みです。
売り手にとっては、将来責任を負う可能性がある仕組みです。
この立場の違いを理解しないまま最終契約へ進むと、契約締結後・クロージング後に大きな認識の食い違いが生じます。
補償は「リスクが顕在化した場合の金銭負担」を定める
補償条項は、表明保証違反や特定のリスクが顕在化した場合に、誰が金銭的負担を負うのかを定める条項です。
一般的には、次のような場面で補償が問題になります。
- 表明保証に違反する事実が判明した
- 税務リスクが顕在化した
- 未払費用や簿外債務が発生した
- 訴訟・紛争・クレームにより損害が生じた
- 労務リスクが顕在化した
- 契約違反や許認可違反により損害が生じた
- 特定の偶発債務が現実化した
- 売り手が誓約事項に違反した
補償には、一般的補償と特別補償があります。
一般的補償は、表明保証違反や契約義務違反に基づく損害を広く対象とするものです。
特別補償は、DDですでに把握された特定のリスクについて、別途、補償対象を明確に定めるものです。たとえば、過年度税務リスク、未払残業代、特定の係争、環境対応費用、特定契約に関する損害などは、特別補償として整理されることがあります。
ただし、補償もまた万能ではありません。
補償条項を入れればリスクが消えるわけではなく、損害が発生した場合に金銭的回復を求める仕組みが用意されるにすぎないからです。
そのため、補償を検討する際には、次の点を確認しておく必要があります。
- 補償対象となる事由
- 補償対象となる損害の範囲
- 補償期間
- 補償上限
- 免責金額
- 少額請求の足切り
- 請求手続
- 第三者からの請求への対応
- 税務調査への対応
- 売り手の支払能力
- エスクローや支払留保の要否
- 表明保証違反と特別補償の関係
民法にも、契約上の債務不履行に関する損害賠償の規定が置かれています。もっとも、M&Aの最終契約では、リスクの性質に応じて補償の対象、期間、上限、手続等を個別に定めておくことが重要になります。
補償範囲は「広ければよい」わけではない
買い手側は、補償範囲をできるだけ広く確保したいと考えます。
売り手側は、譲渡後も長期間・無制限に責任を負うことを避けたいと考えます。
このため、補償条項では、次のような交渉が行われます。
| 論点 | 買い手側の関心 | 売り手側の関心 |
|---|---|---|
| 補償対象 | できるだけ広くカバーしたい | 特定・限定したい |
| 補償期間 | リスクが顕在化するまで十分な期間を確保したい | 早期に責任を確定させたい |
| 補償上限 | 実損を回収できる上限を確保したい | 譲渡対価を超える負担を避けたい |
| 免責金額 | 少額でも回収したい | 軽微な請求を排除したい |
| 売り手の認識 | 知らなかったことでも責任を求めたい | 知っていた事項に限定したい |
| 開示事項 | 開示済みでも重大なら補償対象にしたい | 開示済み事項は免責したい |
| 特別補償 | 特定リスクは個別に保護したい | 対象と金額を限定したい |
ここで大切なのは、補償範囲を単に広く取ることではありません。リスクの内容に応じて、合理的な補償範囲を設計することです。
たとえば未払残業代リスクであれば、対象期間、対象者、算定方法、労働時間資料の有無、時効、将来の改善策などを踏まえて、補償期間や補償範囲を考えていきます。
税務リスクであれば、対象税目、対象事業年度、更正期間、加算税・延滞税の扱い、税務調査対応の主導権、さらには補償金の税務上の取扱いまで確認しておく必要があります。
補償金の税務上の取扱いについては、損害賠償金として益金に算入されるという考え方と、譲渡代金の一部返金として取得価額の減額にとどまるという考え方とが問題になることがあり、取引時の設計や個別事情に応じた検討が必要です。
補償条項は、単に「万一のときに払ってもらう」ための条項ではありません。
DD発見事項を踏まえて、どのリスクを誰がどこまで負担するのかを定める、最終契約上の重要なリスク配分なのです。
誓約事項は「クロージング前後の行動」を管理する
誓約事項は、契約当事者が、一定の行為を行う義務、または一定の行為を行わない義務を定める条項です。
表明保証が「一定の事実」に関する条項であるのに対し、誓約事項は「一定の行動」に関する条項だと整理できます。
M&Aでは、契約締結からクロージングまでの間に、一定の期間が空くことがあります。その間に対象会社の価値や状態が変わってしまうと、買い手は当初の想定とは異なる会社を引き受けることになりかねません。
そのため、誓約事項では、たとえば次のような内容が定められます。
- クロージングまで通常の業務運営を継続する
- 重要な資産を処分しない
- 多額の借入や保証を行わない
- 重要契約を変更・解除しない
- 役員報酬や従業員給与を大幅に変更しない
- 配当や役員貸借の精算を勝手に行わない
- 買い手に必要な情報を提供する
- 第三者承諾を取得する
- 許認可・届出に協力する
- 未解消事項をクロージング前に治癒する
- クロージング後の引継ぎに協力する
- 一定期間、競業を避ける
- 移行支援やTSAを履行する
株式譲渡においては、買い手・売り手など各当事者の作為または不作為の義務として誓約事項が置かれます。具体的には、クロージングまで対象会社の事業運営を従前どおり行う義務、チェンジ・オブ・コントロール条項が含まれる契約について相手方の承諾を取得する義務、クロージング後の競業避止義務などが検討されます。
誓約事項は、M&Aを「契約締結で終わり」にしないための管理条項だと言えます。
特に中小・中堅企業では、契約締結からクロージングまでの間に、経営者の判断で資金移動、役員貸借、在庫処分、重要取引先との条件変更、従業員対応などが行われる可能性があります。これらを放置してしまうと、DD時点で確認した対象会社と、クロージング時点で引き継ぐ対象会社が、別のものになってしまいます。
誓約事項は、その変化を管理するための仕組みなのです。
前提条件との関係を理解する
本記事の中心は表明保証・補償・誓約事項ですが、これらは前提条件とも密接に関係します。
前提条件とは、一定の条件が満たされなければクロージングを行わない、あるいはクロージングしない選択肢を残しておくための条項です。
たとえば、次のような事項が前提条件になります。
- 表明保証がクロージング時点でも正確であること
- 誓約事項が履行されていること
- 主要取引先の承諾が取得されていること
- 許認可・届出が完了していること
- 金融機関同意が取得されていること
- 株主承認が完了していること
- 経営者保証の解除または移行が完了していること
- 重大な悪影響が発生していないこと
- 特定の未解消事項が解消されていること
前提条件は、未解消リスクを抱えたままクロージングしてしまわないための仕組みです。
たとえば、主要取引先の承諾がなければ買収目的を達成できない場合、その承諾取得を誓約事項とするだけでは不十分なことがあります。売り手が承諾取得に努力する義務を負うだけでは、実際には承諾が得られなくても、クロージングを迫られる可能性が残るからです。
こうした場合には、承諾取得そのものをクロージングの前提条件にすることが検討されます。
誓約事項は「行動義務」です。
前提条件は「実行可否の条件」です。
この違いを理解しておくことが重要です。
法務リスクは表明保証・誓約・前提条件を組み合わせる
法務DDで見つかる論点は、表明保証・補償・誓約事項に反映されやすい領域です。
代表的には、次のような論点があります。
- 株式の有効性、株主名簿、名義株、譲渡制限
- 重要契約の有効性、解除事由、承諾要否
- チェンジ・オブ・コントロール条項
- 許認可、届出、業法規制
- 労務管理、未払残業代、社会保険、退職金
- 知的財産権の帰属、ライセンス契約
- 訴訟、紛争、クレーム
- 不動産、賃貸借、担保権
- 環境、土壌汚染、廃棄物
- 法令遵守、反社会的勢力排除、贈収賄、個人情報
法務DDは、単に契約書を確認する作業ではありません。M&A取引の実行可否、取引目的の達成可能性、ストラクチャー変更の要否にまで影響することがあります。重大な法的問題や、金額を特定しづらい偶発債務が見つかった場合には、当初予定していたM&A取引そのものを変更することもあり得ます。
法務リスクを契約に反映する際には、次のように整理していきます。
| 法務DD発見事項 | 主な契約反映 |
|---|---|
| 株式の帰属・有効性に不安がある | 表明保証、クロージング前整理、前提条件 |
| 重要契約の承諾が必要 | 誓約事項、前提条件、未取得時の解除 |
| COC条項がある | 誓約事項、前提条件、ディスクロージャー・スケジュール |
| 許認可に不備がある | 表明保証、誓約事項、前提条件、スキーム見直し |
| 労務リスクがある | 表明保証、特別補償、PMI課題 |
| 訴訟・紛争がある | 開示事項、特別補償、価格反映、撤退判断 |
| 知財の帰属不明 | 表明保証、移転義務、前提条件、追加DD |
| 環境・不動産リスクがある | 特別補償、前提条件、スキーム変更 |
ここで大切なのは、法務リスクをすべて表明保証で処理しようとしないことです。
クロージング前に解消すべき論点は、誓約事項と前提条件へ。金銭負担として整理できる論点は、補償へ。表明保証では保護しきれない重大リスクは、スキーム変更または撤退判断へ。成立後に改善できる論点は、PMI課題へ。
このように、リスクの性質ごとに、契約上の受け皿を分けていく必要があります。
税務リスクは一般表明保証だけでは足りないことがある
税務DDで見つかった論点も、表明保証・補償に反映すべき代表的な領域です。
税務に関する表明保証では、一般的に、税務申告が適正に行われていること、税金が支払われていること、税務調査や紛争がないこと、重要な税務リスクがないことなどが確認されます。
しかし、税務リスクは、一般的な表明保証だけでは不十分な場合があります。
たとえば、直近事業年度の開始日からクロージング日までの間に、税務上重要な取引が行われていた場合、一般的な税務表明保証ではカバーしきれないことがあります。このような場合には、その特定の取引の税務処理が正しいことについて、個別の表明保証を求めることが検討されます。
税務リスクを契約に反映する際には、次の点を確認します。
- 過年度の申告リスクか
- クロージング前期間のリスクか
- 将来の税務処理に関するリスクか
- 税務調査で指摘される可能性はどの程度か
- 金額を見積もれるか
- 価格反映済みか
- 特別補償にすべきか
- 補償期間を税務上の更正期間と整合させるべきか
- 加算税・延滞税を補償対象に含めるか
- 税務調査対応を誰が主導するか
- 補償金の税務上の扱いをどう考えるか
税務リスクでは、価格減額、特別補償、エスクロー、支払留保、スキーム見直しが組み合わさることがあります。
また、税法は、改正や通達、裁判例・裁決例、取引時点の個別事情によって結論が変わります。特に、組織再編税制、繰越欠損金、グループ内取引、役員給与、関連当事者取引、消費税、源泉所得税、非上場株式・不動産の時価などが関係する場合には、現行の法令・通達・実務に基づいた個別の確認が欠かせません。
税務リスクは、契約に書けば解決するというものではありません。
税務上の実体、価格、スキーム、補償、会計処理を一体で確認していく必要があります。
偶発債務は「金額化できないから放置」してはいけない
DDでは、偶発債務が見つかることがあります。
偶発債務とは、現時点では確定債務として認識されていないものの、将来一定の条件が発生した場合に負担となる可能性がある債務やリスクをいいます。
たとえば、次のようなものです。
- 訴訟、紛争、クレーム
- 保証債務、債務保証、保証予約
- 製品保証、品質不良、リコール対応
- 環境対応費用、土壌汚染
- 未払残業代、退職給付、社会保険
- 契約違反に基づく損害賠償
- 税務調査による追徴可能性
- 行政処分や許認可取消しリスク
- 関連会社や経営者個人との未整理債務
偶発債務は、金額をはっきりと算定しにくいことが多いため、価格反映が難しい領域です。とはいえ、金額化できないからといって、放置してよいわけではありません。
偶発債務は、次のように分類して考えます。
| 偶発債務の性質 | 主な対応 |
|---|---|
| 発生可能性・金額を一定程度見積もれる | 価格反映、特別補償、エスクロー |
| 発生可能性はあるが金額が不明 | 表明保証、特別補償、追加DD |
| クロージング前に解消できる | 誓約事項、前提条件 |
| 特定事業・特定資産に紐づく | スキーム変更、対象範囲変更 |
| 事業継続に重大影響がある | 撤退判断、保留、再交渉 |
| 成立後に管理可能 | PMI課題、引継ぎ事項 |
偶発債務については、契約上の補償だけでなく、売り手の支払能力も確認しておく必要があります。売り手が個人株主や引退予定の経営者である場合、クロージング後に補償請求をしても、実際に回収できるかどうかは別の問題だからです。
そのため、重大な偶発債務については、補償条項に加えて、エスクロー、支払留保、特別補償、クロージング前解消、スキーム変更などを検討することがあります。
補償条項は、「回収可能性」とセットで考えなければなりません。
COC条項は表明保証だけで処理しない
チェンジ・オブ・コントロール条項、いわゆるCOC条項は、M&Aにおいて非常に重要な論点です。
COC条項とは、対象会社の株主や支配権が変わることにより、契約相手方に解除権、承諾権、届出要求、契約条件変更権などが発生する条項をいいます。
中小・中堅企業でも、次のような契約にCOC条項が含まれていることがあります。
- 主要取引先との基本契約
- フランチャイズ契約
- 代理店契約
- 販売店契約
- 仕入契約
- 賃貸借契約
- 金融機関との契約
- ライセンス契約
- 業務委託契約
- 許認可・登録に関連する契約
COC条項が見つかった場合、表明保証だけで対応するのは不十分なことがあります。
買収対象会社の契約に、株主異動や支配権変更を理由とする事前承認、届出、解除事由等がある場合には、法務DDで確認したうえで、必要に応じて契約相手方との承認・届出・合意を行うことを株式譲渡契約上の義務とし、その遵守を譲渡代金決済の前提条件とすることがあります。
また、DDでCOC条項の存在を買い手がすでに認識している場合には、その存在について表明保証責任で保護されない可能性があります。このような場合には、表明保証の修正、ディスクロージャー・スケジュールへの記載、承諾取得義務、前提条件化などを組み合わせて検討する必要があります。
COC条項への対応としては、次の整理が必要です。
| 確認事項 | 判断ポイント |
|---|---|
| COC条項の有無 | 重要契約に含まれているか |
| 条項の効果 | 解除、承諾、届出、条件変更のどれか |
| 契約の重要性 | 事業継続・買収目的にどの程度影響するか |
| 承諾取得の可否 | いつ、誰が、どの方法で取得するか |
| 未取得時の扱い | クロージングしないのか、補償で対応するのか |
| 開示方法 | ディスクロージャー・スケジュールに明記するか |
| 価格影響 | 主要取引が失われる場合、価格前提が変わるか |
| PMI影響 | 成立後の取引先対応が必要か |
COC条項は、契約書上の細かな条項のように見えて、実際にはM&Aの目的そのものに影響することがあります。
主要取引先との契約が継続できなければ、買収後の売上や事業基盤は大きく変わります。その場合には、表明保証や補償だけでなく、クロージング条件、価格、スキーム、撤退判断までを含めて検討すべきです。
未解消事項は「契約に書いたから終わり」ではない
DDで論点が見つかっても、最終契約締結の時点までにすべてを解消できるとは限りません。
その場合、未解消事項をどう扱うかが重要になります。
未解消事項には、次のようなものがあります。
- 承諾取得が未了
- 許認可・届出が未了
- 税務リスクの金額が未確定
- 契約書が一部未確認
- 労務リスクの範囲が未確定
- 資料不足により確認できない事項がある
- 関連当事者取引の精算が未了
- 役員貸借の整理が未了
- 経営者保証の解除が未了
- PMIで対応すべき管理体制課題が残る
未解消事項は、次のいずれかに分類します。
| 未解消事項の扱い | 内容 |
|---|---|
| クロージング前に必ず解消する | 誓約事項+前提条件 |
| 解消できなければ価格や条件を変更する | 再交渉条項、価格調整 |
| 顕在化した場合に売り手が負担する | 特別補償、エスクロー |
| 成立後に買い手が管理する | PMI課題、引継ぎ事項 |
| 解消できなければ実行しない | 撤退判断、前提条件未充足 |
| 追加確認を行う | 追加DD、専門家レビュー |
ここで重要なのは、「未解消のまま進める理由」を説明できることです。
未解消事項を契約に書いたとしても、実際に対応できなければ意味がありません。誰が、いつまでに、何を行い、それができなかった場合にどうするのかを、あらかじめ決めておく必要があります。
契約は、未解消事項を消すためのものではありません。
未解消事項を管理するための仕組みです。
買い手側が確認すべきこと
買い手側は、DD発見事項を表明保証・補償・誓約事項へ反映する際、次の点を確認しておく必要があります。
まず、どのリスクを価格に反映し、どのリスクを契約で保護するのかを明確にします。価格に織り込んだはずのリスクについて、さらに補償を求める場合には、二重取りになっていないかを確認しておかなければなりません。
次に、表明保証の範囲を確認します。売り手の認識限定、重要性限定、開示資料による免責、ディスクロージャー・スケジュールによる除外が入っている場合には、買い手の保護はその分だけ限定されます。
さらに、補償の実効性を確認します。補償条項があっても、売り手が支払えなければ実効性は弱くなります。必要に応じて、エスクロー、支払留保、分割払い、特別補償を検討します。
また、クロージング前に解消すべき事項が、単なる努力義務にとどまっていないかを確認します。主要取引先の承諾、許認可、金融機関同意、保証解除など、買収目的に直結する事項については、誓約事項だけでなく前提条件化を検討する必要があります。
最後に、契約で保護されたとしても、成立後のPMI負担を受け入れられるかを確認します。
買い手側にとって重要なのは、「契約で守られているから買う」のではなく、「契約で守られている範囲と、なお残るリスクを理解したうえで買う」という姿勢です。
売り手側が確認すべきこと
売り手側にとって、表明保証・補償・誓約事項は、譲渡後の責任に直結します。
売り手側は、次の点を確認しておく必要があります。
まず、自分が本当に表明保証できる内容かを確認します。対象会社のすべての契約、労務、税務、許認可、環境、不動産、知的財産について、無限定にその正確性を保証することは、現実的でない場合があります。
次に、すでに開示している事項が、適切にディスクロージャー・スケジュールに記載されているかを確認します。開示したつもりでも、契約上きちんと除外されていなければ、後から表明保証違反とされる可能性があります。
さらに、補償範囲・期間・上限を確認します。譲渡後にいつまで、どの範囲で、どの金額まで責任を負うのかを把握していないと、譲渡対価を受け取った後も大きな不安が残ります。
また、誓約事項として、クロージング前後に何を行う義務があるかを確認します。承諾取得、資料提出、金融機関対応、従業員対応、引継ぎ、競業避止、顧問契約、TSAなどは、売り手経営者の実務負担や、譲渡後の行動制約に影響します。
売り手側が避けるべきなのは、「専門家や買い手が作った契約だから大丈夫」として、義務の意味を理解しないまま署名してしまうことです。
M&A契約上、売り手は表明保証や誓約事項など多くの義務を負う立場にあり、補償責任を追及されるリスクは買い手に比べて大きくなります。買い手と売り手とでは、同じ条項であっても意味が大きく異なる。この点を理解しておく必要があります。
表明保証保険という選択肢
案件の規模やリスクの性質によっては、表明保証保険が検討されることもあります。
表明保証保険は、一定の保険料を支払うことで、表明保証違反に伴う損害について保険会社がリスクを負担する仕組みです。近年は、案件規模や潜在的リスクの程度に応じて検討されることがあります。
表明保証保険は、売り手が補償責任を限定したい場合や、買い手が補償の回収可能性を高めたい場合に有用なことがあります。
ただし、すべての案件に適するわけではありません。次のような点を検討する必要があります。
- 保険料負担
- 免責事項
- 引受審査
- DDの十分性
- 既知のリスクの扱い
- 税務リスクの扱い
- 小規模案件での費用対効果
- 保険金請求時の手続
特に中小・中堅企業のM&Aでは、保険料やDD水準との関係から、表明保証保険が現実的でないこともあります。その場合でも、補償条項、エスクロー、支払留保、特別補償、前提条件を組み合わせることで、リスク配分を設計していくことになります。
DD発見事項を契約へ反映する実務フロー
DD発見事項を表明保証・補償・誓約事項へ反映する際には、次の順番で整理していくと、判断がしやすくなります。
1. 発見事項を確定する
まず、DDで何が見つかったのかを明確にします。
事実、根拠資料、未確認事項、専門家の評価を分けて整理します。「リスクがあるらしい」という曖昧な状態のままでは、契約へ正しく反映できません。
2. 価格反映済みか確認する
その論点が、すでに価格や価格調整に反映されているかを確認します。
価格に反映済みの論点を、さらに補償対象にする場合には、その理由を明確にしておく必要があります。
3. 金額化できるか確認する
金額化できるものは、価格、価格調整、特別補償、エスクローの対象になります。
金額化しにくいものは、表明保証、誓約事項、前提条件、追加DD、撤退判断を検討します。
4. クロージング前に解消できるか確認する
クロージング前に解消すべき事項は、誓約事項と前提条件に反映します。
努力義務で足りるのか、それとも実際の完了をクロージング条件にするのか。ここを分けて考えます。
5. 補償で対応できるか確認する
リスクが顕在化した場合に金銭で解決できるものは、補償条項を検討します。
ただし、売り手の支払能力、補償期間、上限、手続、税務上の扱いもあわせて確認します。
6. 表明保証の除外事項を確認する
ディスクロージャー・スケジュール、開示資料、買い手の認識、重要性限定、「売り手の知る限り」という文言を確認します。
ここを確認しておかなければ、契約上保護されていると思っていたリスクが、実際には除外されている、ということになりかねません。
7. 契約で処理できない論点を分ける
価格、表明保証、補償、誓約事項で処理できない重大リスクは、スキーム変更、条件変更、保留、撤退判断の対象として整理します。
契約条項は「専門家任せ」にしすぎない
表明保証、補償、誓約事項は、専門的な条項です。弁護士、公認会計士、税理士、FAなどの専門家が関与すべき領域だと言えます。
しかし、だからといって、経営者や株主、管理部門が完全に専門家任せにしてよいわけではありません。
なぜなら、最終的にその契約でM&Aを実行するかどうかを判断するのは、会社側だからです。
専門家は、リスクの整理、契約反映の方法、税務・会計・法務上の留意点を示すことができます。しかし、どのリスクを受け入れるか、どの条件なら進めるか、どの条件なら止めるかは、経営判断そのものです。
少なくとも、次の問いには答えられるようにしておく必要があります。
- DDで見つかった重大論点は何か
- 価格に反映した論点は何か
- 表明保証で保護される論点は何か
- 表明保証から除外された論点は何か
- 補償対象となる論点は何か
- 補償上限・期間・免責はどうなっているか
- クロージング前に売り手が行うべき事項は何か
- 満たされなければクロージングしない条件は何か
- 成立後に買い手が引き継ぐ課題は何か
- それでも実行する理由は何か
この整理ができていれば、最終契約は単なる書類ではなく、M&Aの実行判断を支える道具になります。
相談前に整理しておきたい資料と論点
DD発見事項を表明保証・補償・誓約事項へ反映する段階で専門家に相談する場合、次の資料と論点を整理しておくと、相談の質が高まります。
- 基本合意書、意向表明書
- DD報告書または主要発見事項一覧
- 法務DD、税務DD、財務DDの主要論点
- 重要契約一覧
- COC条項の有無
- 許認可・届出一覧
- 税務リスクの概要
- 訴訟・紛争・クレーム一覧
- 労務リスクの概要
- ディスクロージャー・スケジュール案
- 表明保証条項案
- 補償条項案
- 誓約事項案
- 前提条件案
- 価格反映済みの論点
- 未解消事項一覧
- クロージングまでに解消すべき事項
- 成立後にPMIへ引き継ぐ事項
特に、DDで見つかった論点を、価格、表明保証、補償、誓約事項、前提条件、PMI課題、撤退要因に分類しておくと、最終契約のレビューが、単なる文言確認ではなく、実行判断の確認へと変わっていきます。
犬飼公認会計士・税理士事務所へのご相談について
DDで見つかった論点を最終契約へ反映する局面では、財務、税務、法務、会計、スキーム、価格、PMIが一体となって関係してきます。
「DD報告書は受け取ったが、どの論点を契約に反映すべきか分からない」 「表明保証や補償の範囲が、自社にとって十分なのか判断できない」 「売り手として、どこまで表明保証や補償を受け入れるべきか分からない」 「税務リスクや偶発債務を、価格・補償・エスクローのどれで扱うべきか迷っている」 「COC条項や許認可の未解消事項を、前提条件にすべきか判断したい」 「最終契約に進む前に、DD発見事項と契約条件の関係を整理しておきたい」
このような段階では、契約書の条項だけを見るのではなく、DD発見事項を経営判断に使える形へ整理することが重要になります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&Aを単なる成約手続ではなく、会社の将来を左右する経営判断として捉え、数字と事実に基づいた論点整理を重視しています。
DD発見事項を、表明保証、補償、誓約事項、前提条件、価格、PMI課題へと整理し、後から説明できる条件でM&Aを進めたいとお考えの場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。
この記事の振り返り
| 重要事項 | 押さえるべきポイント |
|---|---|
| DD発見事項は契約へ反映して初めて意味を持つ | 発見しただけでなく、価格・表明保証・補償・誓約・前提条件へ落とし込む |
| 表明保証は事実の前提を定める | 株式、財務、税務、契約、許認可、労務、訴訟、資産負債などを確認する |
| 表明保証は万能ではない | 開示資料、買い手の認識、ディスクロージャー・スケジュールにより保護が限定されることがある |
| 補償はリスク顕在化時の金銭負担を定める | 対象、期間、上限、免責、請求手続、売り手の支払能力を確認する |
| 誓約事項はクロージング前後の行動を管理する | 通常業務運営、承諾取得、許認可対応、引継ぎ、競業避止などを定める |
| 前提条件との関係が重要 | 承諾取得や許認可など、満たされなければ実行しない事項は前提条件化を検討する |
| 法務リスクは条項を使い分ける | 表明保証、補償、誓約事項、前提条件、スキーム変更を組み合わせる |
| 税務リスクは一般表明保証だけでは足りないことがある | 特定取引の税務処理、補償金の税務上の扱い、補償期間を確認する |
| COC条項は特に注意が必要 | 表明保証だけでなく、承諾取得義務、前提条件、開示事項として整理する |
| 契約はリスクを消すものではない | 残るリスクを誰が負担し、どの条件なら実行するかを説明できる状態にする |