「事業計画及び成長可能性に関する事項」への準備|上場時だけでなく上場後も説明できる成長ストーリーをつくる

IPO準備のなかで、「事業計画及び成長可能性に関する事項」を、いわゆる開示書類の一つとしてとらえている会社は少なくありません。しかし、実務の現場に立ってみると、この資料の意味合いはそれだけにとどまらないと感じています。

グロース市場を目指す会社にとって、この資料は、自社の成長ストーリーを資本市場へどう説明するかを示す中核的な存在です。ビジネスモデル、市場環境、競争力、事業計画、KPI、リスク情報、そして進捗状況。これらがばらばらの説明として並ぶのではなく、一つの経営ストーリーとして無理なくつながっていることが求められます。

ここで意識しておきたいのは、「上場時に見栄えのよい資料を仕上げること」が目的ではない、という点です。本当に大切なのは、上場後も投資家から問われ続ける内容を、会社自身が継続して語り続けられる状態をつくっておくことだと考えています。

IPOの本質を、単なる審査通過ではなく、株式市場の投資家に対する自社株式のマーケティングととらえるなら、会社は「投資家から見て魅力ある企業であること」を、自らの言葉で説明しなければなりません。管理体制やドキュメンテーションは、もちろん欠かせない土台です。ただ、それらはあくまで必要条件であって、投資家に選ばれるための十分条件ではない、ということも申し添えておきたいと思います。

その意味で「事業計画及び成長可能性に関する事項」は、成長可能性を説明するための資料であると同時に、会社が資本市場に対してどのような約束をするのかを整理する資料でもあるのです。

目次

まず押さえておきたい制度上の位置づけ

グロース市場の上場会社には、「事業計画及び成長可能性に関する事項」について、新規上場日の開示に加え、少なくとも1事業年度に1回以上、そのうち事業年度経過後3か月以内に1回以上、進捗状況を反映した最新の内容で開示することが義務づけられています。

出典:日本取引所グループ|事業計画及び成長可能性に関する事項の開示

さらに、進捗状況の開示は、1事業年度に1回以上という定期的な開示にとどまりません。事業計画を見直したときや、事業内容に大幅な変更があったときなど、記載内容に重要な変更が生じた場合には、速やかに開示することが求められます。

出典:日本取引所グループ|「事業計画及び成長可能性に関する事項」の進捗状況の開示は、どのタイミングで行えばよいですか。

つまりこの資料は、上場時に一度作って終わりというものではありません。上場後も定期的に更新し、事業計画の進捗、KPIの実績、施策の達成状況、計画との差異の理由、そして計画変更の内容を、投資家へ説明し続けるための資料なのです。

加えて、2025年12月8日改訂版の作成上の留意事項では、上場維持基準への適合を意識した成長戦略についても、新たに記載を求める方向が示されています。これは、2025年12月末日以後に到来する事業年度末において時価総額が100億円未満である場合から記載が求められるものとされています。

出典:日本取引所グループ|事業計画及び成長可能性に関する事項の開示

こうした流れを踏まえると、IPO準備会社は、上場時点の成長可能性の説明だけを考えていればよいわけではありません。上場後の市場評価、時価総額、流動性、投資家との対話まで見据えて、早い段階から準備を進めておく必要があります。

「事業計画及び成長可能性に関する事項」は何を説明する資料なのか

この資料に求められているのは、単なる事業紹介ではありません。

投資家が知りたいのは、次のような問いに対する会社自身の答えです。

  • 自社はどの市場で成長しようとしているのか
  • なぜその市場に成長余地があると考えているのか
  • なぜ自社がその市場で勝てるのか
  • 売上や利益は、どのような仕組みで生まれるのか
  • 成長を測るうえで、どのKPIを重視しているのか
  • 成長投資にはどれだけの資金が必要で、その資金はどのように回収されるのか
  • 計画が未達となるリスクを、どのように把握しているのか
  • 上場後、計画の進捗をどう説明していくのか

そもそも事業計画とは、事業を通じて達成したい定性的・定量的な目標に対し、どのような経営資源や事業施策が必要かという仮説を立て、その達成と検証の方法・手順・指標を定めたものです。

この定義に照らすと、「事業計画及び成長可能性に関する事項」は、会社の将来を魅力的に語るだけの資料ではないことが見えてきます。成長仮説、経営資源、実行施策、検証指標を、投資家へ筋道立てて説明する資料なのです。

ビジネスモデルは「何をしている会社か」だけでは足りない

ビジネスモデルの説明でありがちなのが、「当社は〇〇というサービスを提供しています」という事業紹介で終わってしまうことです。

しかし、投資家が知りたいのは、サービス名や機能そのものではありません。価値提供の構造、収益化の仕組み、継続性、拡張性、そして資金回収の道筋です。

たとえばSaaS企業であれば、「クラウドサービスを提供している」という説明だけでは不十分でしょう。顧客獲得から契約、利用拡大、更新、解約までの流れを示し、MRR、ARR、チャーンレート、ARPU、LTV、CAC、回収期間といった指標が収益構造とどうつながっているのかを説明する必要があります。

製造業であれば、製品の優位性に加えて、生産能力、原価構造、稼働率、設備投資、販売チャネル、在庫リスク、品質管理、主要顧客との関係が問われます。

プラットフォーム型ビジネスであれば、利用者数だけでは語りきれません。供給側と需要側の双方が増えていく仕組み、ネットワーク効果、取引単価、手数料率、流動性、そして規約・審査・不正防止の仕組みまでが説明の対象になります。

ビジネスモデルを語るうえでは、少なくとも次の点を整理しておきたいところです。

  • 収益は誰から、どのタイミングで、どの条件で得られるのか
  • 売上が伸びたとき、粗利率や固定費率はどう変化するのか
  • 顧客基盤は分散しているのか、それとも特定顧客に依存しているのか
  • 収益は継続的なものか、一過性のものか
  • 成長に必要な追加投資は、人材・広告・研究開発・設備・運転資金のどれにあたるのか
  • その投資は、どのKPIを通じて売上・利益・キャッシュ・フローにつながるのか

「何を売っているか」ではなく、「どのような経済構造で成長していく会社なのか」。ここを説明できるかどうかが、ビジネスモデルの説明の質を左右します。

市場環境は、大きな市場を示すだけでは説得力を持たない

市場環境の説明では、「市場規模が大きい」「成長市場である」という点に偏りがちです。

しかし、市場が大きいことと、自社が成長できることは、必ずしも同じではありません。市場規模が大きくても、自社が獲得できる顧客層が限られていれば、成長の余地はそれだけ小さくなります。市場成長率が高くても、競合が激しく、顧客獲得単価が上昇していれば、利益の成長にはつながらないこともあります。

そこで、市場環境は次のように分解して考える必要があります。

  • 対象市場の定義は何か
  • 自社が実際に狙う顧客層はどこか
  • 市場規模の出所は、公的統計・業界団体・調査会社・自社推計のいずれか
  • 市場成長の要因は、人口動態・技術変化・規制変更・顧客行動の変化・代替需要のどれか
  • 市場成長が自社売上へ転換される経路は何か
  • 競合との差別化によって、どの程度のシェア獲得が合理的に見込めるのか

市場規模を独自に推計する場合は、その推計方法や前提を、自分の言葉で説明できることが大切です。数値そのものよりも、その数値がどのような前提から導かれたのかが問われるからです。

市場環境の説明は、投資家に「大きな市場だから成長するはずだ」と思わせるためのものではありません。自社が選んだ市場で、なぜ成長の機会があるのかを、合理的に説明するためのものだと考えています。

競争力は、強みの列挙ではなく「持続可能性」で語る

競争力の説明では、「技術力」「顧客基盤」「ブランド」「スピード」「人材力」といった言葉がよく登場します。

ただ、これらはいずれも抽象度が高く、そのままでは投資家の判断材料になりにくいのが実情です。問われているのは、その強みがなぜ収益につながるのか、なぜ競合に模倣されにくいのか、そしてどのKPIに表れているのか、という点です。

技術力を強みとするなら、特許、ノウハウ、開発組織、研究開発投資、製品性能、導入実績、開発リードタイムといった切り口で説明する必要があります。

顧客基盤を強みとするなら、継続率、解約率、アップセル率、紹介率、顧客獲得単価、顧客集中度、契約期間などが、その裏づけになります。

データを強みとするなら、データ量だけでは足りません。データの独自性、更新頻度、分析能力、サービス改善への反映、そして競合優位への転換までが問われます。

競争力は、投資家にとって企業価値の源泉そのものです。だからこそ、「当社には強みがあります」で終えるのではなく、「この強みがあるからこそ、このKPIが改善し、その結果として売上・利益・キャッシュ・フローが伸びていく」という因果関係で語ることが大切になります。

事業計画は、利益計画だけでなく資金計画まで接続する

「事業計画及び成長可能性に関する事項」では、売上や利益の見通しだけを示しても十分とはいえません。

成長には、資金が必要です。広告宣伝、人材採用、研究開発、設備投資、システム投資、海外展開、M&A、運転資金。こうした成長施策のどれに、どれだけ資金を投じるのかを説明できなければ、成長ストーリーは実行可能性を欠いたものになってしまいます。

ベンチャーの事業計画では、会社概要、マネジメントチーム、外部環境、数値計画、資金調達の概要、資本政策などを整理し、数値計画のなかで事業戦略・販売計画・人員計画を損益計画と資金計画へ落とし込んでいきます。実務上は、直近1年程度を月次で、その後を年次で計画として持っておくことも有用です。

事業計画を説明するときは、少なくとも次の関係を整理しておきたいところです。

  • 売上計画と、顧客数・単価・継続率の関係
  • 利益計画と、粗利率・人件費・広告費・研究開発費の関係
  • 投資計画と、採用・設備・開発・システムの関係
  • 資金計画と、公募増資・借入・手元資金・運転資金の関係
  • 資金使途と、成長KPIの関係
  • 計画未達となった場合の、資金繰りへの影響

投資家が知りたいのは、「売上が伸びます」という結論ではありません。どの前提に立ち、どの資源を使い、どのKPIを通じて、どの程度の確からしさで成長していくのか。そこにこそ関心が向けられています。

KPIは、投資家向けに作るものではなく、社内で使っているものでなければならない

KPIは、成長可能性を数字で語るうえで欠かせない要素です。

とはいえ、KPIをたくさん並べればよいというものではありません。投資家に見せるためだけに用意したKPIは、上場後の説明が続かなくなります。社内で実際に経営管理に用いている指標であり、月次・四半期で追跡でき、事業計画と接続していること。これが前提になります。

KPIを選ぶ際には、次の観点が役に立ちます。

  • 売上・利益・キャッシュ・フローに接続しているか
  • 成長戦略の進捗を表しているか
  • 経営者が月次で確認しているか
  • 責任部署が明確か
  • 改善アクションにつながるか
  • 上場後も継続して算定できるか
  • 算定方法を投資家へ説明できるか

経営指標・KPIは、事業計画の進展や見直しに伴って変更したり、取りやめたりすること自体は十分に考えられます。ただしその場合には、経営上重視しなくなった理由や、投資判断への影響がなくなったと考える理由などを記載する必要があります。なお、合理的に算出できるのであれば、それまで記載していたKPIを引き続き記載することも一つの方法です。

出典:日本取引所グループ|経営指標・KPIの変更・取りやめ

KPIは、投資家との対話のための言語でもあります。一度設定したKPIを安易に変えてしまうと、投資家から「都合の悪い指標を隠したのではないか」と受け取られかねません。だからこそ、変更するときほど、その理由と新旧指標の関係を丁寧に説明することが大切になります。

リスク情報は、成長可能性を否定するものではない

成長可能性を語るうえで、リスク情報を避けて通ることはできません。

むしろ投資家から見れば、成長可能性とリスク情報はひと組のものです。高い成長を目指す会社ほど、市場、競争、採用、研究開発、資金繰り、法規制、主要取引先、システム、情報管理、内部統制といった、さまざまな不確実性を抱えています。

大切なのは、リスクを隠さないことです。ただし、リスクを網羅的に並べるだけでも十分とはいえません。どのリスクが自社の成長戦略に関係しているのか、それが顕在化したときにどのKPIや財務数値へ影響するのか、そして会社としてどのように管理しているのか。ここまで踏み込んで説明する必要があります。

法務デュー・ディリジェンスは、事業・資産・法人などに潜む法的問題点やリスクを調査・分析するプロセスであり、M&Aだけでなく、IPOを含むエクイティ・ファイナンスの引受審査などでも行われます。

このことからもわかるように、リスク情報の整理は、開示担当者だけの仕事ではありません。法務、労務、税務、会計、内部統制、情報セキュリティ、事業部門、経営企画が連携して取り組むべき、経営課題そのものなのです。

進捗状況の開示に耐えるには、月次管理が欠かせない

上場後の進捗状況開示では、前回記載した事項の達成状況、具体的施策の実施状況、経営指標や利益計画の達成状況、そして前回からの更新内容を記載することが求められます。前回資料で計画値・目標値を公表している場合には、実績値との比較や差異の理由を記載することが考えられますし、事業計画に変更があれば、変更前との比較や変更理由まで含めて丁寧に記載する必要があります。

出典:日本取引所グループ|「事業計画及び成長可能性に関する事項」の作成上の留意事項では、「進捗状況」の開示が求められていますが、どのような内容を記載する必要がありますか。

こうした要請に応えていくには、月次決算と予実管理が欠かせません。

月次決算を導入し、月次予算と対比していくことで、目標を達成できているのか、達成できていないとすればその原因は何か、次に打つべき手立ては何か、といったことが見えてきます。

上場後の開示で差異の理由を説明するためには、上場前の段階から、差異を把握し、原因を分析し、対応策を決める経営会議の運用を積み重ねておく必要があります。上場後に突然、投資家向けの進捗説明を始められるものではないからです。

その意味で、「事業計画及び成長可能性に関する事項」への準備とは、実のところ、月次決算、KPI管理、経営会議、取締役会、開示体制を整えていく作業そのものだといえます。

更新開示では、更新箇所だけを示せばよいわけではない

事業年度経過後3か月以内に行う開示では、作成上の留意事項で示された内容について、成長戦略や事業計画の進捗状況を反映した最新の内容を開示することが求められます。ビジネスモデルや市場環境などに変更がない場合であっても、省略せずに記載するよう求められている点には注意が必要です。

出典:日本取引所グループ|進捗状況の開示について、前回記載した事項からの更新内容のみ開示すればよいか

これは見落とされやすい、しかし重要なポイントです。

投資家は、前回資料との差分だけを見ているわけではありません。新たに投資を検討する投資家にとっては、その資料が会社の全体像を知る最初の機会になることもあります。だからこそ、更新のない項目であっても、全体として最新の成長ストーリーが理解できる資料に仕上げておく必要があるのです。

もっとも、投資家にとってのわかりやすさを考えれば、前回からの変更点や更新箇所を明示する工夫は有効です。更新箇所をわかりやすく示しつつ、全体としても単独で読み通せる資料にしておく。これが望ましい姿だといえます。

業績予想とは役割が異なる

「事業計画及び成長可能性に関する事項」と業績予想は、混同されやすい論点です。

事業計画の進捗状況の開示は、グロース市場で開示が求められる内容について、その後の進捗を明らかにすることを目的としています。一般には、中長期的な成長を実現するための戦略や施策、その進捗を示す経営指標などが開示されるものとされています。一方の業績予想は、実務上、翌事業年度の利益計画の数値を開示する形式が広く採られており、予想との乖離が生じた場合には修正開示が求められます。

出典:日本取引所グループ|グロース市場における事業計画の進捗状況の開示と、業績予想及びその修正開示との違い

つまり「事業計画及び成長可能性に関する事項」は、翌期利益の予想数値だけを説明する資料ではありません。中長期の成長戦略、施策、KPI、進捗、リスク、事業環境までを含めて説明する資料です。

この違いを理解しないまま作成に入ると、開示資料が単なる中期計画スライドになってしまったり、逆に業績予想修正の補足説明のようになってしまったりします。

シナリオやレンジは、不確実性を誠実に説明する手段になる

高成長企業の計画には、どうしても不確実性がつきまといます。

そのため、単一の数値目標だけでは、事業の実態を正しく伝えきれない場合があります。研究開発、許認可、海外展開、大型顧客の獲得、広告効率、採用、M&A。こうした複数のシナリオが考えられる場面では、その前提条件や変動可能性を説明しておくことが大切です。

JPXのFAQでも、開示する計画値・目標値は成長戦略を踏まえた合理的なものとし、複数のシナリオが想定される場合には、事業計画の前提となる事項や変動可能性に関する記載を充実させ、状況の変化に応じて適切に情報をアップデートしていくこと、そして特定の数値に代えてレンジによる開示も考えられること、が示されています。

出典:日本取引所グループ|利益計画や経営指標の目標値について、様々なシナリオが考えられる場合の記載

ただし、レンジによる開示は、曖昧な説明を許すものではありません。レンジの上限・下限がどのような前提から生じているのか、どの変数が計画に大きく影響するのか、経営としてどのシナリオを基準に意思決定しているのか。これらを説明できてはじめて、レンジ開示は意味を持ちます。

将来情報は、免責文言で逃げるものではない

成長可能性を説明する資料には、当然ながら将来情報が含まれます。

将来情報には不確実性がありますが、だからといって「正確性を保証しない」「更新義務を負わない」「責任を負わない」といった、広すぎる免責文言を並べておけばよいわけではありません。

JPXのFAQでは、会社情報の開示にあたっては内容が虚偽でないことなどが求められるため、自社情報を含めて「真実性、正確性あるいは完全性を保証するものではない」と記載することは適切ではないとされています。また、「将来予想に関する記述を変更または訂正する一切の義務はない」「いかなる場合も責任を負わない」といった記載も、適切ではないとされています。

出典:日本取引所グループ|将来情報について記載する開示資料のディスクレーマー等

金融庁も、将来情報について、経営者の認識や前提となる事実・仮定などに合理的な記載がされている場合や、社内で適切な検討を経たうえで、その旨が事実や仮定とともに記載されている場合には、実際の結果が異なったとしても直ちに虚偽記載の責任を負うものではない、という考え方を明確化する方向を示しています。

出典:金融庁|「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案の公表について

ここで大切なのは、将来情報を避けることではありません。将来情報の前提、仮定、検討プロセス、変動可能性、更新方針を、きちんと説明することです。

開示資料を作る前に、社内の「説明可能性」を整える

「事業計画及び成長可能性に関する事項」は外部向けの資料ですが、準備の本質はむしろ社内の整備にあると考えています。

資料の作成だけを外部に委ねても、社内で使っていないKPI、経営会議で議論していない差異分析、取締役会で検討していない投資計画、責任部署があいまいな施策は、上場後の説明に耐えられません。

IPO準備では、基本的な管理体制の整備を直前々期末までに完了させ、直前期には上場会社と同水準の管理体制でおおむね1年程度の運用実績を示すことが重視されます。

この観点からも、成長可能性開示に向けては、上場前から次のような体制を整えておく必要があります。

  • 経営企画が、事業計画の前提を管理しているか
  • 経理・財務が、月次決算・資金繰り・予実差異を適時に把握しているか
  • 事業部門が、KPIの定義・実績・改善施策を説明できるか
  • 法務・労務・税務・コンプライアンス上の重要リスクが把握されているか
  • 取締役会で、成長戦略・投資計画・リスク・進捗が議論されているか
  • 開示担当が、法定開示・適時開示・IR資料との整合性を確認しているか
  • 監査法人・主幹事証券からの質問に対し、証憑とロジックで説明できるか

決算早期化においても、最終成果物である有価証券報告書や決算短信を見据え、そこから逆算して決算・開示業務を組み立てる「森を見る視点」が重要だといわれます。

成長可能性開示も、これと同じです。開示資料という最終成果物から逆算して、月次決算、KPI管理、予実分析、リスク管理、取締役会資料、IR資料を整えていく。この発想が、準備の質を大きく左右します。

作成時に陥りやすい失敗

IPO準備会社がこの資料を準備する際には、いくつか共通して見られる失敗があります。

第一に、スライドの見栄えを優先し、説明の構造が弱くなってしまうことです。デザインがいくら整っていても、成長仮説、KPI、事業計画、資金使途、リスク情報が互いに接続していなければ、投資家は判断のしようがありません。

第二に、市場規模や成長率を大きく見せることに偏ってしまうことです。市場が大きいこと自体よりも、自社がどの顧客をどのように獲得し、どの収益構造で成長していくのかが問われます。

第三に、KPIが社内管理と一致していないことです。投資家向けに用意したKPIは、上場後の更新開示で破綻しやすくなります。

第四に、リスク情報が成長戦略と切り離されてしまうことです。リスク情報は別紙の注意書きではなく、成長計画の前提条件と不確実性を語るものです。

第五に、上場時点だけを考え、上場後の更新を視野に入れていないことです。進捗状況の開示では、計画値と実績値の比較、差異の理由、変更内容の説明が求められます。上場後に説明できなくなるような計画は、上場時にも慎重に扱う必要があります。

第六に、開示体制が担当者依存になってしまっていることです。成長可能性開示は、経営者、CFO、経営企画、経理、法務、IR、事業部門が共同で作り上げるべき資料です。

上場後の投資家対話まで見据える

「事業計画及び成長可能性に関する事項」は、IRの出発点でもあります。

上場後、投資家はこの資料を起点に会社を見続けます。計画は進んでいるのか。KPIは改善しているのか。資金使途は想定どおりか。リスクは顕在化していないか。競争環境に変化はないか。経営者は計画未達の原因をきちんと理解しているか。問いは尽きません。

金融庁は、有価証券報告書における開示の充実に向けた実務の積み上げと浸透を図る取組として、2018年度から毎年度、記述情報の開示の好事例集を公表しています。2025年版の最終版では、MD&A、事業等のリスク、重要な契約等、コーポレート・ガバナンスの状況などに関する開示例も新たに追加されています。

出典:金融庁|「記述情報の開示の好事例集2025」の最終版公表

上場後の開示は、法令・規則への対応であると同時に、投資家との対話の土台でもあります。だからこそ上場前から、投資家が何を知りたいのか、どの情報が投資判断に役立つのかを意識しておくことが大切になります。

準備の実務ステップ

IPO準備会社が「事業計画及び成長可能性に関する事項」に備えるときは、次の順序で整理していくと、実務に落とし込みやすくなります。

まずは、成長戦略を定義します。市場、顧客、競争優位、収益構造、成長ドライバーを整理し、経営者自身の言葉で語れる状態にしておきます。

次に、事業計画を作ります。売上、利益、人員、投資、資金、キャッシュ・フローを一体で作成し、主要な前提条件を明確にします。

続いて、KPIを選定します。売上や利益につながる先行指標を選び、社内で月次管理できる定義に落とし込みます。

そのうえで、リスク情報を整理します。成長戦略ごとに不確実性を洗い出し、リスクが顕在化したときのKPI・財務数値・資金繰りへの影響を確認しておきます。

次に、進捗管理の仕組みを整えます。月次決算、予実分析、KPIレビュー、経営会議、取締役会報告を運用し、差異の理由と対応策を蓄積していきます。

さらに、開示体制を設計します。誰がデータを集め、誰が内容を確認し、誰が承認し、どの会議体で審議するのかを明確にします。

最後に、上場後の更新方針を決めます。年次更新のタイミング、四半期ごとの補足説明、KPI変更時の説明方針、計画変更時の開示判断を、あらかじめ整理しておきます。

相談前に整理しておきたい問い

専門家に相談する前に、経営者やCFOが次の問いを整理しておくと、議論はぐっと深まります。

  • 自社の成長可能性は、どの市場・どの顧客・どの競争優位から生まれるのか
  • 成長ストーリーは、売上・利益・投資・資金・KPIに落とし込まれているか
  • 投資家に示すKPIは、社内で実際に管理しているものか
  • 市場規模や成長率の出所と前提を、説明できるか
  • 競争力を、定性的な強みだけでなく、数値や実績で説明できるか
  • リスク情報は、成長戦略と接続しているか
  • 計画値と実績値の差異を、月次で把握・分析できているか
  • 上場後に年次更新を行うための開示体制があるか
  • KPIを変更する場合、その理由を投資家へ説明できるか
  • 将来情報の前提・仮定・検討プロセスを、資料化できているか

これらに十分に答えられない場合は、開示資料の作成に入る前に、事業計画、月次決算、KPI管理、リスク管理、開示体制を整えるところから着手することをおすすめします。

参考情報・出典

グロース市場における「事業計画及び成長可能性に関する事項」の開示義務、開示頻度、2025年12月8日改訂版の作成上の留意事項については、日本取引所グループの上場会社向けナビゲーションシステムを参照しています。

出典:日本取引所グループ|事業計画及び成長可能性に関する事項の開示

進捗状況の開示時期、記載内容、KPIの変更・取りやめ、複数シナリオが考えられる場合の記載、将来情報のディスクレーマーについては、日本取引所グループの各FAQを参照しています。

金融商品取引法における企業内容等開示制度の趣旨については、財務省関東財務局の解説を参照しています。

出典:財務省関東財務局|企業内容等開示(ディスクロージャー)制度の概要

将来情報の記載と虚偽記載責任の考え方については、金融庁の公表資料を参照しています。

出典:金融庁|「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案の公表について

記述情報の開示の好事例集については、金融庁の公表資料を参照しています。

出典:金融庁|「記述情報の開示の好事例集2025」の最終版公表

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重要事項の振り返り

論点振り返り
資料の位置づけ「事業計画及び成長可能性に関する事項」は、上場時だけでなく上場後も継続して説明する資料である。
開示頻度グロース市場では、新規上場日に加え、少なくとも1事業年度に1回以上、事業年度経過後3か月以内に1回以上の開示が求められる。
成長ストーリービジネスモデル、市場環境、競争力、事業計画、KPI、リスク情報を一体で説明する必要がある。
ビジネスモデル「何をしている会社か」ではなく、収益化、継続性、拡張性、資金回収の構造を示す。
市場環境市場規模の大きさだけでなく、自社が狙う顧客層、成長要因、推計前提を説明する。
競争力強みの列挙ではなく、なぜ模倣困難で、どのKPIに表れているかを説明する。
事業計画売上・利益だけでなく、人員、投資、資金、キャッシュ・フローまで接続する。
KPI投資家向けに作るのではなく、社内で月次管理している指標を用いる。
リスク情報成長可能性を否定するものではなく、投資家が合理的に判断するための情報である。
進捗状況計画値と実績値の比較、差異理由、施策の実施状況、計画変更の理由を説明する。
更新開示更新箇所だけでなく、ビジネスモデルや市場環境を含めて最新内容として整理する。
業績予想との違い業績予想は主に翌期利益計画であり、成長可能性開示は中長期戦略・施策・KPIの進捗説明である。
将来情報広すぎる免責文言で逃げず、前提、仮定、検討プロセス、変動可能性を説明する。
上場前準備月次決算、予実管理、KPI管理、取締役会報告、開示体制を上場前から運用する必要がある。
専門家相談資料作成だけでなく、事業計画・会計・税務・内部統制・開示体制を横断して整理することが重要である。
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