簿外債務・偶発債務・コミットメントのDD論点|決算書に表れないリスクをM&Aの判断材料へ変える

M&Aの財務デューデリジェンスで本当に難しいのは、貸借対照表に計上されている負債への対応ではありません。

むしろ警戒すべきは、決算書には明確に表れていないにもかかわらず、買収後に資金流出や経営上の制約として顔を出してくるリスクです。

たとえば、関係会社への保証債務、係争中の訴訟、将来発生し得る損害賠償、解約不能の長期契約、不利な最低購入義務、発注済みの設備投資コミットメント、割引手形や裏書手形、オフバランスのリース債務、環境・原状回復義務、補助金の返還リスク、チェンジ・オブ・コントロール条項による違約金など、その姿はさまざまです。

こうした負担は、貸借対照表の負債科目を眺めているだけでは見えてきません。

しかし、株式譲渡で対象会社を取得すれば、原則として会社が抱える権利義務をそのまま引き継ぐことになります。事業譲渡や会社分割であっても、契約の承継、許認可、従業員、顧客対応、環境・労務・税務といった論点が残るケースは少なくありません。

簿外債務・偶発債務・コミットメントのデューデリジェンスは、「リスクがあるか、ないか」を探すだけの作業ではありません。見つかったリスクを、価格で調整すべきもの、契約で手当てすべきもの、クロージング前に解消すべきもの、買収後に管理していくもの、そしてそもそも進めるべきでないものへと切り分けていく。そのためのプロセスです。

目次

簿外債務・偶発債務・コミットメントは何が違うのか

はじめに、この3つの言葉を、実務の判断に使える形で整理しておきます。

区分意味典型例DD上の焦点
簿外債務貸借対照表に負債として計上されていないが、実質的に負担があるもの未払残業代、債務保証損失、オフバランスリース、未計上の資産除去債務、未計上の税務債務負債計上・価格控除・補償の要否
偶発債務将来の不確実な事象によって負債化する可能性があるもの訴訟、クレーム、製品保証、税務調査、環境汚染、保証債務発生可能性、最大損失額、契約手当
コミットメント将来の支出・購入・投資・提供義務など、契約や意思決定によって拘束されているもの最低購入義務、設備発注、解約不能契約、長期賃貸借、販売保証、投資契約将来キャッシュアウト、事業計画への反映

ただ、実務では、これらがいつもきれいに分かれてくれるわけではありません。

たとえば債務保証は、保証先が正常に返済を続けている間は偶発債務にとどまります。ところが、保証先の資金繰りが悪化して履行の可能性が高まれば、一転して引当金やデットライクアイテムの論点へと姿を変えます。解約不能リースも、会計上の表示ではオフバランスであっても、買収後には固定的なキャッシュアウトとして価格や資金繰りに効いてきます。

財務DDでは、デットライクアイテムをオンバランス・オフバランスの別を問わず幅広く拾い出し、事業価値、株主価値、契約条項、買収後の管理への影響を整理しておくことが欠かせません。とりわけ、訴訟・クレーム、パーチェスコミットメント、不利な契約条件、債務保証損失、製品保証、返品調整、デリバティブ取引の時価などは、ネットデット・デットライクアイテムの検討対象になり得ます。

決算書に出ていないから存在しない、とは言い切れない

簿外債務・偶発債務を確認するうえで危ういのは、「決算書に載っていない」「注記にない」「売主から説明を受けていない」という理由だけで、存在しないと判断してしまうことです。

財務諸表の注記には、一定の偶発債務や担保、保証、手形割引・裏書譲渡、リース取引、未認識の退職給付債務などが記載されることがあります。とはいえ、そこに注記されているのは、あくまで会社自身が認識し、開示対象と判断したものに限られます。法定開示のある上場会社であっても、提出後に発生した事象や、経営陣が十分には認識していないリスクまでは、注記だけで把握しきれるものではありません。だからこそ財務DDでは、法務DDチームをはじめとする他のDDチームと連携しながら、偶発債務・簿外債務の有無とその影響額を検証していく必要があります。

制度面でも、会社計算規則や財務諸表等規則などにより、会社の属性や開示書類に応じて注記・開示が求められる事項が定められています。もっとも、実際にどこまで開示が必要になるかは、会社規模、適用される会計基準、重要性、個別の事情によって変わります。したがってDDでは、開示書類を出発点としつつも、契約、議事録、稟議、銀行資料、顧問弁護士・顧問税理士への確認にまで踏み込んでいくことになります。

出典:e-Gov法令検索|会社計算規則出典:e-Gov法令検索|財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則

出発点は「注記」ではなく「取引と契約」

簿外債務・偶発債務を把握するうえで、貸借対照表の負債科目から入るだけでは、どうしても見落としが生じます。

確認の入口として押さえておきたいのは、次の5つです。

入口確認する資料
財務諸表・注記保証債務、担保、手形割引、リース、後発事象、偶発債務注記
契約金銭消費貸借、賃貸借、リース、仕入・販売、代理店、業務委託、保証、補助金、M&A関連契約
社内意思決定取締役会議事録、経営会議資料、稟議書、投資決裁、訴訟・クレーム報告
外部確認銀行取引明細、残高証明、担保設定、弁護士確認、税務調査資料、保険資料
進行期情報月次損益、支払実績、クレーム発生、保証履行、訴訟進捗、設備発注後の支払

オフバランス項目は貸借対照表に表れません。そのため財務DDでは、貸借対照表の注記、QAリスト、マネジメントインタビュー、取締役会・経営会議の議事録、稟議書、契約書、法務DDとの連携、そして進行期の月次損益を組み合わせて確認していきます。何らかのリスクが検出された場合には、定量化に必要な資料を追加で入手し、訴訟など外部専門家の見解が求められる項目については、弁護士等の意見もあわせて確認します。

保証債務・保証類似行為

保証債務は、簿外債務・偶発債務DDのなかでも最重要の論点のひとつです。

対象会社が他社の借入金や取引債務を保証している場合、保証先が正常に返済を続けている限り、その負担が対象会社の貸借対照表に負債として計上されていないことがあります。

しかし、ひとたび保証先が債務不履行に陥れば、買収後の対象会社が履行を求められる可能性が出てきます。

確認しておきたい保証関連の項目は、次のとおりです。

項目確認内容
債務保証契約保証先、保証金額、保証期間、保証対象債務、解除条件
保証予約将来保証を求められる可能性、発動条件
経営指導念書・サポートレター法的拘束力、金融機関・取引先との実務上の期待
関係会社保証グループ会社、旧関連会社、オーナー会社への保証
役員・株主との関係オーナー個人、親族会社、関連当事者への保証
銀行取引金融機関別保証明細、担保提供、保証解除予定
保証先の財務状態債務不履行可能性、保証履行可能性
引当要否債務保証損失引当金の必要性
クロージング対応保証解除、売主負担、前提条件、補償

債務保証や保証予約、経営指導念書といった保証類似行為は、保証先が債務不履行となった場合に、対象会社へ履行義務や実質的な支援負担を生じさせ得ます。手形の裏書・割引についても、振出人が支払不能となれば、対象会社が買戻し等の責任を負う可能性があります。

中小企業のM&Aでは、経営者保証の解除・移行も重要なテーマです。中小企業庁の中小M&Aガイドライン第3版は、譲り渡し側の経営者保証の扱いについて、想定どおりに移行しないといったトラブルが生じていることを指摘しています。株式譲渡を行う買主としては、対象会社の保証債務だけでなく、売主オーナー個人保証の解除、買主側保証への差替え、金融機関の同意、クロージング前後の責任分界まで確認しておくべきでしょう。

出典:経済産業省|「中小M&Aガイドライン」を改訂しました

訴訟・クレーム・損害賠償リスク

訴訟やクレームは、金額の見積りがとりわけ難しい、典型的な偶発債務です。

財務DDでは、訴訟があるかどうかだけを確認しても、ほとんど意味がありません。

重要なのは、発生原因、請求金額、敗訴可能性、和解可能性、保険によるカバー、会計処理、契約上の補償対象、そして買収後の事業継続への影響です。

確認項目見るべき内容
係争中の訴訟原告・被告、請求額、争点、進行状況
訴訟予備軍内容証明、苦情、取引先との紛争、従業員請求
クレーム製品不具合、施工不良、納期遅延、品質問題
行政対応行政指導、立入検査、業法違反、許認可リスク
保険賠償責任保険、PL保険、免責、限度額
会計処理引当金計上、注記、後発事象
法務DD連携弁護士見解、勝敗見込み、和解水準
契約対応特別補償、エスクロー、前提条件

財務DD側が、弁護士による勝敗見込みや法的評価を代替することはできません。

しかし、法務DDで把握された訴訟・クレーム情報を、金額影響、価格調整、補償、Go/No-Goの判断へと変換していく。それが財務DD側の役割です。

とりわけ、次のような場面では注意が必要です。

危険なサイン判断への影響
請求額が対象会社の利益水準に比べて大きい価格調整・補償だけで足りるかを検討
主要顧客との紛争事業継続性・売上計画への影響
同種クレームが複数発生個別事案ではなく構造的問題の可能性
保険対象外買主負担となる可能性
売主説明と弁護士資料が不整合追加DD・契約保護が必要
訴訟資料の開示が限定的撤退検討を含む重要論点

法務DDで重大な法的問題や、金額の特定が難しい偶発債務が見つかった場合には、当初予定していたM&Aの実行そのものが難しくなり、ストラクチャーの変更や取引の中止が検討されることもあります。たとえば、環境汚染による損害賠償債務のように金額を特定しにくい偶発債務があるときには、会社分割等によってリスクを切り離す設計が選択肢に上がることもあります。

解約不能契約・リース・長期固定費

解約不能契約は、将来にわたって固定的なキャッシュアウトを生み続けます。

いま現在は未払の債務でなくても、買収後の資金繰りや事業計画をしっかりと拘束してきます。

代表的なものは、次のとおりです。

契約確認事項
不動産賃貸借契約期間、中途解約権、違約金、原状回復、保証金
リース契約解約不能期間、残リース料、更新・買取義務
サブスクリプション・保守契約長期契約、解約条件、最低利用料
外注・委託契約最低発注義務、固定費、解除制限
物流・倉庫契約長期拘束、撤退費用、違約金
フランチャイズ契約ロイヤリティ、競業避止、加盟解除条件
システム契約保守料、移行費用、ベンダーロックイン

日本基準のリース会計は、2024年に公表された企業会計基準第34号によって、重要な変更が進められています。この基準は、リースに関する会計処理と開示を定めることを目的とし、契約を「法的な強制力のある権利及び義務を生じさせる複数の当事者間における取決め」、リースを「原資産を使用する権利を一定期間にわたり対価と交換に移転する契約又は契約の一部分」と定義しています。

出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第34号 リースに関する会計基準

リースの表示・計上方法は、適用する基準や適用時期、対象会社の会計方針によって変わり得ます。だからこそDDでは、「貸借対照表に載っているかどうか」だけで判断するのではなく、契約ベースで残存支払額、解約不能期間、違約金、更新オプション、買収後の利用継続の要否までを確認していく必要があります。

パーチェスコミットメント・最低購入義務・不利な契約

パーチェスコミットメントとは、将来一定量の商品・原材料・サービスを購入する義務のことです。

通常の仕入契約であれば事業運営上必要なコミットメントですが、その条件が不利であれば、買収後の利益やキャッシュフローを圧迫しかねません。

項目DD上の確認内容
最低購入数量実際の需要と比べて過大でないか
最低購入金額売上計画・在庫水準と整合するか
長期価格固定市況下落時に不利にならないか
仕入先拘束代替調達ができるか
取引解消条件違約金、中途解約制限
在庫化リスク使い切れない購入義務がないか
赤字契約販売価格より仕入価格が高い契約がないか
関連当事者契約オーナー・親族会社との不利条件がないか

不利な契約条件を伴うパーチェスコミットメントは、デットライクアイテム、事業計画の修正、表明保証、補償、クロージング前の整理のいずれかで扱う必要があります。ネットデット分析のうえでも、パーチェスコミットメントや不利な契約条件は、偶発債務に関連する検討項目として扱われ得ます。

ただし、通常の営業循環に含まれる仕入契約をすべて価格控除するわけではありません。

見極めたいのは、「通常事業のために必要な契約か」「買収後も収益を生む契約か」「すでに事業価値や事業計画に織り込まれているか」「契約条件が市場条件より不利か」という点です。

設備投資・修繕・撤退費用のコミットメント

対象会社がすでに設備投資を発注している場合、貸借対照表にはまだ負債として表示されていなくても、買収後には支払義務が発生します。

確認しておくべき資料は、発注書、請負契約、稟議書、設備投資計画、検収予定、支払予定表、そしてキャンセル条件です。

コミットメント判断ポイント
発注済み設備投資買収価格や資金繰りに織り込まれているか
維持更新投資過去に先送りされていないか
大規模修繕法定点検、設備劣化、修繕義務
店舗閉鎖原状回復、違約金、人員整理費用
システム更新契約済みライセンス、移行費用
工場移転解体、移設、撤去、環境対策

この領域は、設備投資・資金負担、資産評価、負債・引当といった論点とも密接につながります。本記事で焦点を当てているのは、貸借対照表にまだ表れていない将来の支払義務を、買収後の資金負担としてどう把握するか、という点です。

環境・原状回復・資産除去債務

工場、倉庫、店舗、医療施設、製造設備、不動産賃貸借契約を抱える会社では、環境・原状回復・資産除去債務が重要な論点になります。

ASBJの企業会計基準第18号は、資産除去債務を、有形固定資産の取得・建設・開発または通常の使用によって生じ、当該有形固定資産の除去に関して法令または契約で要求される法律上の義務およびそれに準ずるもの、と定義しています。そして、資産除去債務は発生時に負債として計上し、合理的に見積れない場合には、合理的に見積れるようになった時点で負債計上するものとされています。

出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第18号 資産除去債務に関する会計基準

資産除去債務の適用指針では、合理的に見積れない場合とは、決算日現在で入手可能なすべての証拠を勘案し、最善の見積りを行ってもなお合理的に金額を算定できない場合を指すとされています。

出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第21号 資産除去債務に関する会計基準の適用指針

財務DDで確認すべき項目は、次のとおりです。

項目確認内容
賃貸借契約原状回復義務、スケルトン返し、解約時負担
工場・設備解体・撤去・廃棄費用
有害物質アスベスト、PCB、土壌汚染、化学物質
行政対応指導、届出、調査義務、改善命令
見積方法工事見積、過去実績、専門家報告
会計処理資産除去債務計上、注記、未計上理由
環境DD連携土壌調査、法令確認、現地視察
契約対応特別補償、前提条件、対象資産除外

環境・原状回復リスクは、金額が読みづらいうえに、買収後も長期にわたって残り続けることがあります。

金額を合理的に見積れる場合は、価格調整や引当金調整の対象になります。一方で、金額が大きく不確実な場合には、特別補償、エスクロー、事業譲渡・会社分割によるリスクの切り離し、あるいは撤退の判断が選択肢に入ってきます。

チェンジ・オブ・コントロール条項と違約金

財務DDだけでは見落としやすいものに、チェンジ・オブ・コントロール条項、いわゆるCOC条項があります。

これは、対象会社の支配権が変わった場合に、契約解除、事前承諾、期限の利益喪失、違約金、条件変更などが生じる条項です。

COC条項そのものの法的な解釈は、財務DDでは法務DDに委ねます。

しかし、COC条項によって生じる違約金、早期返済、取引停止、許認可の再取得、顧客の喪失、保証の解除不能といった金額への影響は、財務・契約条件へ反映しておく必要があります。

契約COC発動時の影響
借入契約期限の利益喪失、繰上返済、金融機関承諾
重要顧客契約契約解除、再交渉、売上喪失
代理店契約独占権喪失、販売地域変更
ライセンス契約使用権停止、再許諾不可
賃貸借契約貸主承諾、解除、保証金没収
補助金・助成金返還、報告義務、承認手続
フランチャイズ契約加盟承認、違約金、競業避止

この論点は、簿外債務というよりも、「買収によって発生するコミットメント・条件変更リスク」と捉えるのが適切です。

買収契約では、必要な同意の取得をクロージングの前提条件とする、違約金を売主負担とする、重要契約の承継・継続を条件とする、といった対応が考えられます。

税務・労務・IT・個人情報に由来する簿外リスク

簿外債務・偶発債務は、財務科目だけから生まれるわけではありません。

税務DDで過年度の消費税処理の誤りや源泉所得税の漏れが見つかれば、追徴税額・延滞税・加算税が潜在的な債務になります。

労務DDで未払残業代や社会保険の未加入が見つかれば、未計上の負債や、買収後の費用増加につながります。

IT DDで個人情報漏えいのリスクやシステム障害対応の義務が見つかれば、損害賠償、行政対応、復旧費用が問題になってきます。

ここで大切なのは、財務DDが他のDDの結論を待っているだけでは足りない、という点です。

他のDDで発見されたリスクを、金額、発生可能性、資金流出の時期、契約対応、買収後の管理へと翻訳していく。これが、財務・税務DDの実行判断における役割です。

簿外債務・偶発債務を価格にどう反映するか

簿外債務・偶発債務が見つかったからといって、そのすべてを単純に買収価格から控除するわけではありません。

判断の軸となるのは、次の4つです。

判断軸価格反映の考え方
金額が確定しているか確定債務に近ければ価格控除・純資産修正
発生可能性が高いか高ければ引当・デットライク扱いを検討
通常事業に含まれるか通常運転資本や事業計画に含まれる場合は二重控除に注意
買収後に売主負担とすべきか売主期間・売主行為に起因するなら補償・価格調整

たとえば、保証債務の履行がほぼ確実で、金額も見積れる場合には、デットライクアイテムとして価格控除を検討します。

一方、訴訟の結果が不確実で金額も読みにくい場合には、価格控除よりも、特別補償やエスクローが適していることがあります。

また、パーチェスコミットメントが通常の仕入活動に必要で、すでに事業計画に織り込まれているなら、単純に控除してしまうと二重控除になってしまいます。

デットライクアイテムを選定する際には、事業価値から重複して価値が控除されないよう、買主のバリュエーションモデルのFCFや正常収益力分析に、将来支出がすでに反映されているかどうかを確認しておく必要があります。

契約で手当てすべきリスク

定量化のしにくい簿外債務・偶発債務については、契約によるリスク配分が重要になります。

契約手当適したリスク
表明保証簿外債務がない、訴訟がない、重要契約違反がない等の一般的保護
特別補償特定済みの訴訟、税務リスク、環境リスク、労務リスク
エスクロー・ホールドバック売主の補償能力に不安がある場合
前提条件保証解除、重要契約同意、訴訟和解、許認可承継
誓約事項クロージングまで通常業務を逸脱しない、追加保証をしない
クロージング前整理関連当事者保証の解除、未払債務精算、契約変更
価格調整条項クロージング時点のネットデット・運転資本・特定負債反映

表明保証は、DDで開示されなかったリスクに対して、保険のような機能を果たします。重要な簿外債務がない旨の表明保証があれば、買収後に高い確度で簿外債務が見つかった場合、買主は売主に補償を求められる可能性があります。ただし、表明保証の実効性は売主の補償能力に左右されます。そのため、売主の財力が十分でない場合には、段階的な支払、エスクロー、場合によっては案件そのものを実行しないという判断まで視野に入れる必要があります。

クロージング前に解消すべきリスク

簿外債務・偶発債務のなかには、契約で補償を取るだけでは不十分なものがあります。

とりわけ、買収後の事業継続を妨げかねないものについては、クロージング前に解消するか、条件として明確にしておくべきです。

リスククロージング前対応
金融機関保証保証解除、差替え、金融機関同意
重要契約のCOC条項取引先同意、契約変更、解除リスク確認
重大訴訟和解、引当、補償、エスクロー
環境リスク調査完了、浄化・改善方針、売主負担合意
補助金返還リスク所管官庁確認、承認、返還額試算
関連当事者契約解約、条件変更、通常取引条件化
不利な長期契約契約変更、対象外化、価格調整
未処理の税務リスク修正申告、補償、税務DD追加

クロージング前に対応できないリスクについては、買収後に誰が、いつ、どの範囲で負担するのかを明確にしておきます。

「後で話し合う」という処理は、M&A契約のなかでもっとも危ういものです。

撤退を検討すべき簿外リスク

簿外債務・偶発債務があること自体が、ただちに撤退の理由になるわけではありません。

しかし、次のような場合には、条件変更ではなく、撤退も含めて検討すべきです。

状況撤退検討の理由
リスク金額が企業価値を大きく上回る可能性価格調整では吸収できない
主要事業の違法性・許認可違反が疑われる事業継続の前提が崩れる
売主が重要資料を開示しない判断可能性が失われる
経営者説明が変遷する情報信頼性に重大な疑義
法務・労務・税務で同時に赤旗が出る単独論点ではなく管理不全の可能性
保険・補償・エスクローで回収不能損失負担を制御できない
買収目的そのものを阻害する価格を下げても買う意味がなくなる

DDの限界は、リスクをゼロにできないことではありません。

本当の限界は、必要な情報が得られず、リスクを経営判断へと変換できない状態に陥ることです。

買収後に管理すべき事項

簿外債務・偶発債務DDは、最終契約で終わるものではありません。

買収後の管理課題として引き継いでおかなければ、同じリスクがふたたび表面化してしまいます。

管理領域買収後対応
契約管理重要契約台帳、更新期限、解約条件、COC条項管理
保証管理保証先、保証金額、解除予定、金融機関同意
訴訟・クレーム管理顧問弁護士連携、保険請求、引当・補償請求
稟議・意思決定設備投資、保証、長期契約の承認ルール
リース管理契約棚卸、リース負債、更新・解約判断
環境・原状回復現地調査、法令対応、見積更新
税務・労務過年度リスクのモニタリング、追加支出管理
表明保証請求補償請求期限、通知手続、証拠保存
月次報告DD発見事項の進捗管理

買収後の管理はPMIの詳細な領域に入っていきますが、財務DDの段階で「買収後に何を管理すべきか」を明確にしておくことが大切です。

契約台帳すら整っていない会社を買うのであれば、買収後に契約管理を整備していくコストもまた、買収判断のなかに織り込んでおくべきでしょう。

経営者がDD報告を受けたときに確認すべき問い

簿外債務・偶発債務・コミットメントのDD報告を受けたとき、経営者には、次の問いを確認していただきたいと思います。

問い判断の意味
決算書外の債務・義務はどこから発見されたか注記、契約、議事録、インタビュー、他DDのどれか
金額は確定しているか、見積りか、不明か価格調整か契約手当かを分ける
発生可能性は高いか低いか引当、補償、撤退判断に影響
通常事業に必要な義務かデットライクか運転資本かを分ける
事業計画に織り込まれているか二重控除を避ける
売主期間・売主行為に起因するか売主補償の対象にしやすい
クロージング前に解消できるか前提条件・誓約事項の設計
補償を取っても回収可能かエスクロー・ホールドバックの要否
他DDの論点とつながっているか法務・労務・税務・環境DDとの統合
価格を下げれば買えるリスクか買収目的そのものを阻害しないか
買収後に管理できるか管理体制・人材・システムの整備負担
取締役・金融機関・株主に説明できるか後から説明可能な意思決定か

簿外債務・偶発債務DDに不安があるときは、早い段階で専門家へ

簿外債務・偶発債務・コミットメントは、買収への意欲が高まっている局面ほど見落とされやすい論点です。

売上は伸びている。利益も出ている。売主との関係も良好で、基本合意も近い。金融機関も前向きだ——。

こうした局面でこそ、決算書に表れていない負担を、冷静に確認しておく必要があります。

大切なのは、リスクを過度に恐れることではありません。

金額が見えるものは価格で調整する。発生可能性が不確実なものは契約で手当てする。クロージング前に解消すべきものは前提条件にする。買収後に管理できるものは管理課題として引き継ぐ。そして、それでも把握しきれず、なおかつ重大なものについては、撤退も含めて判断する。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&Aの財務DD・税務DD、簿外債務・偶発債務の検証、ネットデット・デットライクアイテム分析、そして価格調整・表明保証・補償への反映に関するご相談をお受けしています。

対象会社の決算書の外に、どのような債務や契約上の負担が潜んでいるのか、それを買収価格や契約条件にどう反映すべきか——こうした点を整理したいとお考えの方は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。

振り返り|簿外債務・偶発債務・コミットメントのDD論点

論点確認すべき内容実行判断への反映
簿外債務貸借対照表に載っていない実質負担実態純資産修正、価格控除
偶発債務将来事象により負債化する可能性表明保証、特別補償、エスクロー
コミットメント将来支出・購入・投資義務事業計画修正、資金負担、価格調整
保証債務保証契約、保証予約、経営指導念書保証解除、補償、前提条件
手形割引・裏書買戻し義務、不渡リスクデットライク、補償
訴訟・クレーム請求額、発生可能性、保険、弁護士見解特別補償、引当、撤退検討
解約不能契約契約期間、違約金、最低支払価格調整、買収後資金計画
リース残リース料、解約不能期間、更新条件デットライク、契約棚卸
パーチェスコミットメント最低購入義務、不利な価格条件事業計画修正、補償
設備投資コミット発注済み投資、未払予定、キャンセル条件追加資金需要、価格調整
環境・原状回復資産除去債務、有害物質、土壌汚染環境DD、特別補償、条件変更
COC条項支配権変更時の解除・違約金・同意クロージング前同意、前提条件
補助金返還返還条件、承認手続、目的外使用税務・法務DD、補償
関連当事者契約オーナー・親族会社との不利契約クロージング前整理、価格調整
定量化困難リスク金額不明、発生可能性不明補償、エスクロー、追加DD
重大・把握不能リスク資料不開示、説明不整合、事業継続阻害条件変更、撤退検討
買収後管理契約台帳、保証管理、訴訟管理、表明保証請求DD発見事項のモニタリング
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次