コストシナジーと本社機能統合――削減効果と現場負荷のバランス

M&Aで期待されるシナジーは、大きく分けると、売上を伸ばすシナジーと、コストを下げるシナジーの二つに整理できます。

このうち売上シナジーは、販路の拡大、クロスセル、商品・サービスの補完など、比較的前向きに語られやすいテーマです。一方のコストシナジーは、「人を減らす」「重複部門をなくす」「本社機能を集約する」といった言葉と結びつきやすく、買収後の現場に不安や抵抗を生みやすい領域でもあります。

ただ、コストシナジーは、単なる削減活動ではありません。

その本来の目的は、買収後の会社を、より効率的に、より説明可能に、そしてより持続的に経営できる状態へ整えることにあります。重複する業務を減らし、管理資料を統一し、経理・財務・人事・総務・法務・IT・調達といった本社機能を必要な範囲で統合する。あわせて、外注と内製の役割を見直す。こうした取組を通じて、利益率を改善し、管理品質を高め、経営判断のスピードを上げていく。これが、コストシナジーが本来めざすところです。

PMIとは、主にM&A成立後に行う統合作業であり、M&Aの目的を実現し、統合効果を最大化するために欠かせないプロセスです。中小企業庁も、こうした考え方を前提に、PMIの実践ツールを公表しています。具体的には、M&Aの目的と現状を確認して優先課題と対応方針を整理する分析ワークシート、いつ・誰が・何を行うかを計画するアクションプラン、そして統合方針書です。

出典:中小企業庁|PMIを実施する

コストシナジーも、この考え方から外れてはいけません。「どれだけ削れるか」から入るのではなく、「M&Aの目的を実現するために、どの機能を、どう整えるべきか」から考える必要があります。

目次

コストシナジーは「削減額」だけで見てはいけない

コストシナジーという言葉を聞くと、まず削減額が思い浮かぶかもしれません。人件費をどこまで減らせるか、外注費をどこまで削れるか、家賃やシステム費用をどこまで圧縮できるか、重複する管理部門をどこまで集約できるか――こうした問いです。

もちろん、M&A後に重複コストが生じているなら、それを放置する必要はありません。買収側と対象会社の双方に同じような管理業務があり、同じような資料を別々に作り、同じような外注先を使い、同じようなシステムを維持しているのであれば、見直しの余地は十分にあります。

ただし、削減額だけを追いかけると、PMIはかえって失敗しやすくなります。

たとえば、経理人員を減らせば月次決算が遅れ、総務機能を削れば現場の事務負担が増えます。人事担当を減らせば労務リスクの把握が遅れ、IT費用を抑えれば情報管理や業務効率が悪化します。調達先を一本化すれば、品質や納期に問題が出ることもあります。

こうした状態では、会計上の費用は一時的に下がっても、経営管理の品質は落ちてしまいます。結果として、判断が遅れ、現場が疲弊し、内部統制が弱まり、将来の追加コストがかえって増えることさえあります。

コストシナジーとは、単なる費用削減ではなく、利益改善と管理品質を両立させる取組です。

仮にM&Aの目的がコストサイドのシナジーにある場合でも、機能やインフラを統合して規模の経済を追求するのか、業務の重複を解消するのか、調達や本社機能を見直すのか――そのねらいによって、PMIで取り組むべき内容は変わってきます。

本社機能統合で対象となる領域

本社機能統合というと、大企業の本社部門の統合をイメージしがちです。しかし、中堅・中小企業のPMIでも、同じ論点は生じます。むしろ中小企業では、管理部門が少人数で回っていることが多く、統合の判断を誤ると、少数の担当者に一気に負荷が集中しかねません。

本社機能統合で検討対象となる主な領域は、次のとおりです。

経理・財務では、月次決算、支払、請求、入金消込、資金繰り、借入管理、税務申告、会計ソフト、管理資料の作成が対象になります。

人事・労務では、給与計算、勤怠管理、社会保険、入退社手続、人事評価、就業規則、労務相談、採用、教育が対象です。

総務では、契約書管理、備品管理、保険、車両、施設、稟議、社内規程、文書管理、庶務などが含まれます。

法務・コンプライアンスでは、契約審査、許認可、規程、内部通報、個人情報、反社チェック、取引先管理が対象になります。

ITでは、会計システム、販売管理、人事給与、グループウェア、ファイル管理、情報セキュリティ、権限管理、端末管理が対象です。

調達では、仕入先、外注先、消耗品、物流、設備、システム契約、専門家報酬、保守契約などが見直しの対象になります。

これらは、いずれも「間接部門」として一括りにされがちです。しかし実際には、月次決算、資金繰り、労務管理、契約管理、内部統制、顧客対応、そして現場業務を支える、重要な機能ばかりです。

本社機能統合で最初にすべきことは、「重複しているから削る」ことではありません。どの機能が、どの経営判断や業務継続を支えているのかを、まず確認することです。

削減してよいコストと、残すべき管理コスト

コストシナジーを考えるときは、費用を三つに分けて整理すると見通しが良くなります。

一つ目は、明らかに削減・廃止を検討できるコストです。目的が不明確な資料作成、重複した入力、使われていないシステム、同じ確認を複数の部署で行っている業務、過去の慣習で続いているだけの会議や承認などが、これにあたります。

二つ目は、統合・標準化によって効率化できるコストです。会計処理ルール、支払フロー、経費精算、勤怠管理、契約書管理、社内申請、レポーティング資料などが該当します。ここで大切なのは、廃止することではなく、同じ前提で回る仕組みに変えることです。

三つ目は、むしろ残すべき、あるいは一時的に増やすべき管理コストです。月次決算の整備、内部統制、労務リスクの是正、情報セキュリティ、法務確認、資金繰り管理、経営会議資料の整備などがこれにあたります。

PMIでは、この三つを混同しないことが何より重要です。

管理コストを削りすぎれば、買収後の会社が見えなくなります。会社が見えなくなれば経営判断は遅れ、判断が遅れれば、せっかくのM&Aの目的も実現しにくくなります。

コストシナジーを追えば追うほど、管理機能の重要性は、むしろ高まっていくのです。

ECRSで業務を見直す――排除・統合・入替・簡素化

本社機能統合では、業務を感覚で削るのではなく、一定の視点を持って見直す必要があります。

実務で使いやすい考え方の一つが、ECRSです。排除できないか(Eliminate)、一緒にできないか(Combine)、順番や担当を入れ替えられないか(Rearrange)、簡素化できないか(Simplify)――この四つの視点で業務を点検していきます。

PMIの実務では、目的が不明確な報告資料や重複業務をなくし、バラバラに作成している資料を統合し、工程や作業順を入れ替え、報告フォーマットやツールを標準化・自動化する、という視点が有効に働きます。とりわけPMIでは、通常業務に加えて、譲受側への報告、契約変更、帳票変更、社内説明などが新たに発生します。だからこそ、通常業務の負荷をできる限り軽くしておくことが望ましいのです。

この視点は、本社機能統合にもそのまま使えます。たとえば経理であれば、同じ売上データを複数の資料に転記していないか。総務であれば、承認が形だけになっていないか。人事であれば、勤怠データを給与計算のために手作業で加工していないか。調達であれば、同じ品目を別々の部門が別々の条件で発注していないか。こうした点を洗い出していきます。

ただし、ECRSは「何でも減らす」ための道具ではありません。なくしてよい業務か。一緒にしてよい業務か。順番を変えてもリスクが増えないか。簡素化しても、必要な証跡は残るか。ここまで確認して初めて、業務改革として機能します。

経理・財務機能を削りすぎると、買収後の会社が見えなくなる

本社機能統合のなかでも、経理・財務は、とりわけ慎重に扱うべき領域です。

買収後に、「経理は親会社側で見ればよい」「対象会社には最低限の入力だけ残せばよい」と考えることがあります。実際、一定の集約は合理的です。支払、会計処理、月次資料、資金繰り管理、税務申告、金融機関対応を親会社側で見たほうが、数字の信頼性が高まる場合もあります。

しかし、対象会社の現場に近い情報を失うと、数字の背景までは見えなくなります。

売上計上の根拠は何か。原価はどのタイミングで発生しているのか。在庫や仕掛は、現場でどう管理されているのか。請求漏れや入金遅れは誰が把握し、経費の発生理由は誰が説明できるのか。そして、資金繰りの変化を、誰が早期に察知するのか。これらは、会計ソフトを操作するだけでは決して分かりません。

月次決算を経営に使うには、早く、同じ前提で、後から大きく変わらない数字を整える必要があります。月次決算を活用したいと考える経営者は多いものの、実際には活用できていないことも少なくありません。その理由として、月次決算書の作り方が分からない、あるいは読みこなし方が分からない、という点が壁になりやすいのです。

PMIで経理・財務機能を統合する場合も、単純に人数や外注費を減らすのではなく、月次決算、資金繰り、部門別採算、管理資料、金融機関への説明に使える数字を残す、という設計が欠かせません。

削ってよいのは、重複入力や使われていない資料です。削ってはいけないのは、経営判断に必要な確認と、説明可能性です。

管理資料の統合では「森を見る視点」が必要になる

本社機能統合でよく起きるのが、資料の重複です。

買収側の管理資料、対象会社の月次資料、金融機関向け資料、経営会議資料、部門別採算資料、予実管理資料、資金繰り表、営業会議資料、現場管理資料――。それぞれが別々の前提で作られていると、数字が合わない、説明が重複する、作成工数が増える、会議ごとに話がずれる、といった問題が次々に起きてきます。

このとき必要なのは、単なる資料の削減ではありません。最終的に何を見たいのか、誰が、どの判断に使うのか――そこから逆算する視点です。

決算早期化の実務でも、担当業務だけを見る「枝を見る視点」ではなく、最終成果物から逆算して全体を俯瞰する「森を見る視点」が重要だとされています。縦割りのまま、単体・連結・開示・管理資料が分断されると、手待ち、手戻り、重複が生じ、工数はかえって膨らんでしまいます。

PMIでも、これは同じです。資料を減らすことが目的ではなく、経営判断に使える資料に整えることが目的なのです。

そのためには、まずアウトプットを定義します。買収後の経営会議で何を見るのか。親会社に何を報告するのか。金融機関に何を説明するのか。月次でどのKPIを確認するのか。部門別・事業別・拠点別の、どの粒度で採算を見るのか。

アウトプットが決まれば、インプットも自ずと決まってきます。必要なデータ、証憑、承認、締め日、担当者、レビュー手順が、はっきりと見えてくるからです。

本社機能統合とは、管理資料を親会社仕様に置き換えることではありません。対象会社の実務を踏まえながら、経営判断に使える共通言語へと整えていく作業なのです。

人事・労務・総務機能の統合では、削減よりも不安定化の防止が先になる

人事・労務・総務は、コスト削減の対象に見えやすい一方で、買収後の組織の安定に大きく影響する領域です。

給与計算を統合する。勤怠システムを統一する。就業規則を見直す。評価制度を整理する。社会保険や入退社手続を標準化する。総務業務を親会社側に集約する。いずれにも効率化の余地はあります。しかし、拙速に進めれば、従業員の不安をかえって高めてしまいます。

買収後の従業員は、自分の雇用、給与、評価、役割、上司、働き方がどう変わるのかを、強く気にしています。そのような状況で人事・総務機能を単純に削減すると、「聞ける相手がいない」「手続が遅い」「親会社に何でも決められる」という受け止めにつながりやすくなります。

また人事・労務の領域には、未払賃金、労働時間、就業規則、社会保険、安全衛生、ハラスメント対応など、後から問題が表面化しやすい論点が数多くあります。これらは、単なる事務コストではなく、法令遵守、従業員の信頼、そして将来の財務負担に直結する問題です。

ですから人事・労務・総務機能の統合では、まず現状を把握し、従業員対応に必要な最低限の窓口と実務能力を残すことが先決です。削減効果を急ぐよりも、買収後の不安定化を防ぐことが優先されます。

制度や手続を統一する場合も、急ぐべきものと急がないものを分けて考える必要があります。給与支払、勤怠管理、社会保険、労働時間管理といった基礎業務は早期に安定させるべきですが、評価制度や報酬体系の統合は、事業継続や人材維持への影響を見極めながら進めるべきです。

IT統合は「システム費用の削減」だけで判断しない

ITは、コストシナジーが目に見えやすい領域です。

会計ソフトを統一する。人事給与システムを統合する。グループウェアを共通化する。サーバーやクラウド契約を整理する。保守契約を統合し、不要なライセンスを削減する。たしかに、いずれも費用削減につながる可能性があります。

しかし、IT統合を費用だけで判断するのは危険です。システムには、業務フロー、承認権限、データ、セキュリティ、現場の操作習熟、外部連携が組み込まれています。システムを変えれば、業務そのものも変わるのです。

会計システムを統一すれば、勘定科目、部門コード、締め処理、レポート形式が変わるかもしれません。勤怠システムを統一すれば、現場の打刻方法や承認フローが変わります。販売管理システムを変えれば、受注、納品、請求、入金消込にまで影響が及びます。

加えて、情報セキュリティやアクセス権限の整理も欠かせません。買収後は、親会社側が対象会社のデータへアクセスする場面が増えます。その一方で、誰がどの情報にアクセスできるのか、退職者の権限は削除されているか、重要データの持ち出しリスクはないか、バックアップは取れているか――こうした確認が必要になります。

IT統合とは、システム費用の削減ではなく、業務・情報・統制の再設計です。

そのため、短期的にはシステム費用が増えることもあります。データ移行、設定変更、教育、並行稼働、外部ベンダー対応といった一時コストが発生するからです。それでも、中長期的に月次決算の早期化、情報共有、内部統制、業務効率化につながるのであれば、投資として合理的な場合もあります。

調達・外注費の見直しでは、価格だけでなく品質と継続性を見る

調達や外注費の見直しも、コストシナジーの代表的な領域です。

仕入先を統合する。購入単価を見直す。外注先を共通化する。顧問契約や保守契約を整理する。物流費や購買条件を見直す。間接材の購入ルールを統一する。これらは、比較的効果を示しやすい領域です。実際、同じような品目を複数の会社が別々に買っているのなら、購買条件を見直す余地はあります。

ただし、価格だけで判断すると、事業の品質が落ちることがあります。

対象会社の仕入先や外注先は、単なる取引先ではなく、品質、納期、柔軟な対応、地域性、技術、顧客対応を支えている場合があります。とくに中小企業では、外注先や仕入先との関係が、事業継続の重要な基盤になっていることも少なくありません。

ですから調達統合では、単価、数量、支払条件、品質、納期、代替可能性、依存度、契約条件、現場の評価まで、丁寧に確認する必要があります。

また、外注を内製化するか、内製を外注化するか、という判断も重要です。

内製化すれば、ノウハウが社内に残り、柔軟に対応しやすくなります。一方で、人材確保、教育、固定費化といった問題が生じます。外注化すれば、変動費化や専門性の活用が進みますが、品質管理、情報管理、緊急対応、外注先への依存といったリスクが伴います。

内外製の判断は、単に安いか高いかではなく、戦略上の重要性、社内に残すべきノウハウ、変動費化の必要性、品質リスク、情報管理、現場負荷を踏まえて行うべきです。戦略管理会計の領域でも、内外製の意思決定や組織間コスト・マネジメントは、単なる価格比較ではなく、企業間関係や管理の仕組みまでを含む論点として扱われています。

本社間接業務改革で陥りやすい罠

本社機能統合では、やっていること自体は正しそうに見えても、進め方を誤ることがあります。

代表的な罠が、やりすぎです。管理部門をスリム化しすぎると、現場が自分で事務を抱え込み、結果として全社の生産性が落ちてしまいます。

次に、属人化の放置です。特定の経理担当者、総務担当者、営業事務担当者しか分からない業務をそのままにして、組織だけを変えても、実務は安定しません。

業務の抱え込みも問題です。親会社側が「管理は本社で見る」と言いながら、実際には対象会社の現場情報がないために、判断が遅れることがあります。

逆に、丸投げも危険です。外注先やBPOに移管したものの、社内にチェックできる人がいなくなれば、管理品質はかえって下がります。

過剰な配置や組織の細分化も、見直しの対象です。ただし、組織を大括りにすればよいというものでもありません。責任範囲、承認権限、業務量、必要なスキルを整理しないまま組織だけを変えると、誰も責任を持たない業務が生まれてしまいます。

本社間接業務改革では、成果物の見える化、業務遂行状況の見える化、プロセスの見える化、内外製の判断、組織の大括り化といった視点が重要になります。

PMIには、これに加えて「買収後の不安定な時期に実行する」という特殊性があります。だからこそ、通常の業務改革以上に、関係者の不安、情報の不足、業務の引継ぎ、現場の負荷に注意を払う必要があるのです。

コストシナジーは「グロス」ではなく「ネット」で見る

コストシナジーを管理する際は、削減額だけを見てはいけません。重要なのは、ネットの効果です。

たとえば、年間の外注費を削減できるとしても、その裏では、システム導入費、移行作業、教育費、残業代、退職関連費用、専門家費用、契約解約コスト、並行稼働コストが発生していることがあります。これらを考慮しなければ、実際の投資回収は見えてきません。

また、削減効果には、一時的なものと継続的なものがあります。一度だけ発生する削減と、毎年効いてくるランレートの削減は、分けて捉える必要があります。

さらに、会計上の費用削減とキャッシュフローの改善も区別すべきです。会計上は費用が減っても、契約上の支払が残る場合があります。逆に、費用化されていない投資や移行コストが、資金繰りに影響することもあります。

コストシナジーを経営会議で扱うのであれば、少なくとも次の点を整理しておく必要があります。

  • どの施策で、どの費用が減るのか
  • その削減額は一時的か、継続的か
  • 削減までに必要なコストはいくらか
  • いつから効果が出るのか
  • 誰が責任者か
  • どの月次資料で確認するのか
  • 現場負荷や管理品質への影響をどう見るのか

「年間でいくら削れる見込みです」という説明だけでは、PMIの管理としては不十分なのです。

現場負荷を見ないコストシナジーは長続きしない

コストシナジーの施策は、必ず現場に負荷をかけます。

資料の作り方を変え、承認ルールを変え、システムを変え、外注先を変え、会議体を変える。さらに親会社への報告が増え、業務が集約され、担当も変更される。経営側から見れば、いずれも合理的な施策です。しかし現場から見れば、通常業務に加えて新しい作業が増えることを意味します。

PMIの局面では、対象会社の従業員は、すでに不安定な環境に置かれています。経営者が変わり、報告先が変わり、今後の処遇が気になり、取引先対応も続く。そうした状況でコスト削減施策だけが先行すると、協力を得にくくなります。

現場の負荷を見るには、業務量そのものを確認する必要があります。誰が、何をしているのか。その作業にどれくらいの時間がかかっているのか。繁忙期はいつか。その人にしかできない作業は何か。新しい報告や統合対応に、どれだけ時間がかかるのか。そして、削減施策によって、どの部署に負荷が移るのか。

本社機能統合では、ある部門のコスト削減が、別の部門の負荷増加として表れることがあります。経理の外注費を減らした結果、現場が入力作業を抱える。総務を集約した結果、拠点長が庶務を背負う。IT費用を減らした結果、手作業が増える。これでは、全体最適とは言えません。

業務フローを理解する意義は、適切な内部統制の整備、全体最適化、業務フローの構築にあります。各業務は単独で存在するのではなく、一連のフローの一部です。自分の担当業務がどこに位置づけられるのかを理解することで、初めて全体の効率化につながります。

コストシナジーでも、これは同じです。部門別の削減ではなく、業務フロー全体のなかで、負荷と効果を見ていく必要があります。

コストシナジーの実装順序

コストシナジーは、思いついた削減策から始めるべきものではありません。順序を間違えると、現場が混乱し、削減効果も検証できなくなってしまいます。

まず、買収の目的を確認します。このM&Aで、なぜコストシナジーを期待していたのか。規模の経済なのか、本社機能の集約なのか、調達力の強化なのか、不採算機能の見直しなのか、それとも管理品質の向上なのか。目的によって、削減すべきコストは変わってきます。

次に、現状を見える化します。本社機能ごとに、人員、業務、外注先、システム、契約、資料、会議、承認、費用、繁忙期を整理していきます。単なる勘定科目別の販管費分析だけでは足りません。どの費用が、どの業務と結びついているのかを見なければならないからです。

そのうえで、削減候補を分類します。

  • すぐにやめられるもの
  • 統合すればよいもの
  • 標準化すべきもの
  • システム化・外注化すべきもの
  • むしろ強化すべきもの
  • 現時点では触らないほうがよいもの

続いて、効果とリスクを見積もります。削減額、移行コスト、現場負荷、管理品質、内部統制、従業員への影響、顧客・取引先への影響を、それぞれ見ていきます。

そのうえで、優先順位を決めます。初期のPMIでは、効果が大きく、リスクが低く、現場の納得を得やすいものから着手するのが現実的です。逆に、人事制度、基幹システム、重要な外注先、法務・労務リスクに関わるものは、慎重に進める必要があります。

最後に、月次でモニタリングします。コストシナジーは、計画しただけでは意味がありません。予実管理、月次決算、部門別採算、資金繰り、経営会議資料に落とし込み、効果と副作用の両方を確認していくことが欠かせません。

経営会議で見るべきコストシナジーの論点

コストシナジーを経営会議で扱うときは、「削減額の進捗」だけを報告してはいけません。確認すべき論点は、次のとおりです。

まず、M&Aの目的に沿った削減になっているか。単なる費用圧縮に陥っていないかを見ます。

次に、管理品質が落ちていないか。月次決算、資金繰り、労務管理、内部統制、法務確認、ITセキュリティに悪影響が出ていないかを確認します。

そして、削減効果は実際に実現しているか。予算上の削減額ではなく、実績として費用が減っているか、キャッシュに反映されているかを見ます。

さらに、移行コストを含めたネットの効果はどうか。一時費用や追加の負荷を含めても、合理的かどうかを確認します。

加えて、現場負荷は許容範囲か。特定の担当者や部署に負荷が集中していないかを見ます。

従業員・取引先への影響も見逃せません。コスト削減によって、退職、品質低下、納期遅延、クレーム、取引先との関係悪化が生じていないかを確認します。

最後に、次の打ち手を決めます。続けるのか、止めるのか、順序を変えるのか、追加投資するのか、支援体制を増やすのか。経営会議は、コスト削減の報告会ではなく、統合の判断を下す場であるべきです。

専門家が関与すべき局面

コストシナジーは、本来、経営者自身が引き受けるべきテーマです。外部の専門家が、会社の代わりに削減方針を決めるものではありません。

ただし、次のような状態にある場合は、自社だけで感覚的に進めるのは危ういと言えます。

  • 削減効果は見込んでいるが、月次資料で検証できない
  • 本社機能を統合したいが、どの業務を残すべきか判断できない
  • 経理・財務機能を削ると、月次決算や資金繰りが止まりそうで不安がある
  • 人事・労務・総務の統合が、従業員の不安や労務リスクにつながりそうである
  • 外注費を減らしたいが、内製化後の体制が見えていない
  • IT費用を削りたいが、業務フローや情報セキュリティへの影響が分からない
  • 調達先を統合したいが、品質・納期・現場対応への影響が見えない
  • 削減額はあるが、移行コストや現場負荷を含めたネット効果が分からない
  • PMIのタスクが多く、優先順位を決められない

こうした場面で専門家が担うべき役割は、単に「削減策」を列挙することではありません。

買収の目的、月次決算、予実管理、部門別採算、資金繰り、業務フロー、内部統制、外注契約、労務・法務リスクを整理し、どのコストを削減し、どの管理機能を残し、どこに一時的な投資が必要かを、自社で判断できる状態へと導くことです。

コストシナジーの実現には、数字を見る力と、現場を壊さない順序設計の両方が欠かせません。

まとめ:コストシナジーは、削減ではなく「経営できる形」への再設計である

M&A後のコストシナジーは、単に費用を減らす取組ではありません。

重複をなくす。本社機能を統合する。外注と内製を見直す。管理資料を整理する。業務フローを標準化する。内部統制を整える。そして、月次で効果を確認する。これらを通じて、買収後の会社を経営できる状態に近づけていくことこそが、本来の目的です。

もちろん、不要なコストは見直すべきです。しかし、月次決算、資金繰り、労務管理、契約管理、情報セキュリティ、内部統制、経営会議資料にまで手をつけて削ってしまえば、会社そのものが見えなくなってしまいます。

コストシナジーは、削減額だけではなく、業務品質、現場負荷、リスク、説明可能性、そして継続的な運用まで含めて判断すべき、PMIのテーマなのです。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&A後の月次決算、予実管理、部門別採算、資金繰り、管理資料、業務フロー、内部統制の整理を通じて、買収後の会社を、数字と仕組みで経営できる状態へと整える支援を行っています。

買収後のコストシナジーをどこから検討すべきか、本社機能をどこまで統合すべきか、削減効果と現場負荷をどう見える化すべきか。こうした点を整理したい場合は、現在の管理資料・業務フロー・月次数値をもとに、一度、論点を棚卸しするところからご相談ください。

振り返り:コストシナジーと本社機能統合で確認すべき重要論点

論点確認すべきこと判断のポイント
M&Aの目的なぜコストシナジーを期待しているのか削減そのものではなく、買収目的との関係を見る
削減対象どの費用・業務を見直すのか不要な業務、重複業務、残すべき管理業務を分ける
本社機能経理・財務・人事・総務・法務・IT・調達をどう統合するか機能ごとに統合・標準化・維持・外注を判断する
経理・財務月次決算や資金繰りに影響しないか数字の早さ、正確性、説明可能性を落とさない
管理資料資料作成が重複していないか最終的に経営判断で使う資料から逆算する
人事・労務従業員不安や労務リスクが増えないか削減よりも組織安定と法令遵守を優先する
ITシステム費用だけで判断していないか業務フロー、権限、データ、セキュリティを含めて見る
調達・外注価格だけで統合していないか品質、納期、依存度、現場評価、継続性を見る
内外製判断社内に残すべき業務か、外部を活用すべき業務かコストだけでなく、ノウハウ、品質、情報管理を考える
現場負荷削減によって誰の負荷が増えるか部門別ではなく業務フロー全体で負荷を見る
効果測定削減額をどう確認するかグロスではなく、移行コストを含めたネット効果を見る
経営会議どの場で進捗と副作用を確認するか報告ではなく、次の判断につながる資料にする
専門家活用自社だけで整理しにくい論点は何か数字、業務、内部統制、リスクを構造化する
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