KPI設計と非財務指標――PMIで見るべき数字はPLだけではない

M&A後の経営会議で、月次のPLだけを眺めている会社は少なくありません。

売上高は予算を達成したか。粗利率は悪化していないか。営業利益は計画どおりか。販管費は膨らんでいないか。全社として黒字なのか赤字なのか。

いずれも、当然に重要な数字です。ただ、PMIにおいてPLだけを追いかけていると、経営判断はどうしても一歩遅れます。

なぜなら、PLに表れる売上や利益は、すでに起きてしまった行動の「結果」だからです。売上が未達になった月に、はじめて営業活動の不足に気づく。利益率が落ちた月に、はじめて値引きや外注費の増加に気づく。クレーム対応費が増えた月に、はじめて品質の問題に気づく。こうした管理のしかたでは、買収した会社を先回りして動かすことはできません。

PMIで求められるのは、PLを否定することではありません。PLを最終結果として見据えながら、その結果を生み出す前段階――現場の活動や変化、顧客の反応、業務プロセス、人材、品質、資金、リスク――を、KPIとして経営管理に組み込んでいくことです。

中小企業庁は、PMIを「主にM&A成立後に行われる統合に向けた作業」と位置づけ、M&Aの目的を実現し、統合の効果を最大化するために欠かせないプロセスと整理しています。出典:中小企業庁|PMIを実施する

M&Aの成功を「成立したかどうか」ではなく「当初期待した効果を実現できたかどうか」で捉えるのであれば、PMIでは、売上や利益だけでなく、その手前にある行動と変化を測る仕組みが必要になります。実際、PMIはM&A成立後の局面だけでなく、プレPMI、PMI、ポストPMIまでを含む一連のプロセスとして捉えられており、M&Aの成立はあくまでスタートラインにすぎません。

この記事では、M&A後のPMIにおいて、KPIと非財務指標をどう設計し、予実管理・経営会議・シナジーモニタリングにどうつなげていくべきかを整理します。

目次

KPIは「数字を増やすこと」ではない

KPIという言葉は、実務のなかで広く使われています。ただ、M&A後のPMIでKPIを設計するときは、まずその意味をきちんと絞っておく必要があります。

KPIは、Key Performance Indicatorの略で、一般に重要業績評価指標と訳されます。ここで押さえておきたいのは、KPIが「最終結果そのもの」ではなく、結果につながる重要なプロセスの進捗を測る指標だという点です。KGIが売上高や利益といった最終目標を示すのに対し、KPIは、その結果を生むための訪問回数や提案件数、受注件数といったプロセスを測る指標として整理できます。

たとえば、買収後に「対象会社の売上を年間1億円増やす」という目標を置いたとします。この売上目標は、KGIに近いものです。けれども、売上目標を掲げるだけでは、現場は何を増やせばよいのか分かりません。

既存顧客への提案件数を増やすのか。買収側から対象会社への顧客紹介数を増やすのか。クロスセル対象となる顧客への面談数を増やすのか。新商品の見積提出件数を増やすのか。失注理由の回収率を上げるのか。初回受注後の継続率を上げるのか。

このように、最終的な売上・利益に至るまでの活動を分解し、そのなかの重要な進捗を測るものが、KPIです。

ですから、KPI設計は「管理項目を増やす作業」ではありません。買収の目的を、現場が動ける単位へと翻訳していく作業なのです。

PMIでは、PLだけでは見えないものが多すぎる

M&A後にPLを重視すること自体は、決して間違いではありません。月次決算を活用する土台として、経営者自身が会計を読める・話せる・使える・見通せる状態に近づいていくことは、とても大切です。

ただ、PLは万能ではありません。たとえば、次のような問いには、PLだけでは答えにくいものです。

買収側の販路を使ったクロスセルは、本当に進んでいるのか。対象会社の主要顧客は、買収後も離れていないか。現場の品質や納期は、悪化していないか。キーマンへの依存は、減っているか。月次決算の早期化は、進んでいるか。在庫や売掛金は、適正に管理されているか。従業員の不安や離職リスクは、高まっていないか。内部統制上の重大な穴は、塞がれているか。シナジー施策は、実行されているだけでなく、きちんと効果を生んでいるか。

これらは、いずれもPLに「遅れて」表れます。

だからこそ、PMIでは非財務指標が必要になります。

非財務指標というと、定性的で曖昧な指標のように聞こえるかもしれません。けれども、実務で使うべき非財務KPIは、単なる雰囲気や印象とは違います。顧客満足度、クレーム件数、納期遵守率、生産性、品質、在庫、開発進捗、教育訓練、従業員定着率など、PLに先行して事業の状態を示す、定量的な管理指標です。

事業業績の評価では、売上高や事業部利益、営業キャッシュフロー、利益率といった財務指標だけでなく、顧客関連の指標、市場占有率、顧客満足度、苦情件数、内部プロセス関連の指標、生産性、品質、在庫、納期、人材育成関連の指標なども重視されます。

PMIの現場では、PLの数字に加えて、こうした「結果の手前にある数字」を見ることで、買収後の会社の異変や、成長の芽を、早い段階でつかむことができます。

KPIは、買収目的から逆算して設計する

KPI設計で最も避けたいのは、一般的なKPIテンプレートを、そのまま当てはめてしまうことです。

M&Aには、必ず目的があります。販売チャネルの拡大、商品・サービスラインの拡大、スケールメリットの追求、技術・ノウハウの獲得など、その目的は案件ごとに異なります。実際、M&Aの実施目的としては、販売チャネルの拡大、商品・サービスラインの拡大、スケールメリットの追求、技術・ノウハウの獲得などが、上位に挙げられることが多いと整理されています。

買収目的が違えば、見るべきKPIも変わってきます。

販路拡大を目的とした買収

買収側の顧客基盤を使って、対象会社の商品・サービスを販売することが目的であれば、単に対象会社の売上高を見るだけでは不十分です。

このとき見るべきKPIは、たとえば次のようなものです。

見るべき領域KPI例
顧客紹介買収側から対象会社への紹介件数、紹介先面談率
クロスセルクロスセル提案件数、見積提出件数、受注率
顧客反応初回受注率、リピート率、失注理由回収率
採算クロスセル案件の粗利率、営業工数当たり粗利
定着既存顧客の継続率、主要顧客の離反件数

ここで大切なのは、売上高だけをKPIにしないことです。売上は、あくまで結果です。その前に、紹介、面談、提案、見積、受注、継続という一連のプロセスがあります。

売上が未達になってから「クロスセルが進んでいない」と気づくのでは、遅すぎます。月次で紹介件数や提案件数を追っていれば、売上未達の兆候を、もっと早くつかむことができます。

コストシナジーを目的とした買収

購買、物流、本社機能、外注費、管理部門などの重複を見直すことが目的であれば、削減額だけをKPIにしてはいけません。

コスト削減は、やり方を誤ると、品質の低下、納期の遅延、月次決算の遅れ、内部統制の弱体化を招きます。PMIでは、削減額と同時に、業務品質やリスクもあわせて見ていきます。

見るべき領域KPI例
購買主要品目単価、購買先集約率、共同購買対象額
外注外注費率、外注先別粗利、外注依存度
業務効率処理件数当たり工数、承認リードタイム
品質不良率、手戻り件数、クレーム件数
管理品質月次締め日数、未承認取引件数、証憑不備件数

コストシナジーのKPIは、「安くなったか」だけでなく、「会社を壊していないか」までを確認できる設計にしておく必要があります。

技術・ノウハウ獲得を目的とした買収

技術、開発力、ノウハウ、人材、知的資産を目的として買収した場合、PLにはすぐには成果が表れないことがあります。

このとき、短期の売上・利益だけで評価してしまうと、買収目的そのものを見誤ってしまいます。

見るべき領域KPI例
技術移転技術勉強会実施回数、共同開発テーマ数
人材キーマン定着率、引継ぎ完了項目数
開発開発マイルストン達成率、試作品完成件数
知識共有標準資料化件数、手順書整備率
事業化新商品化件数、顧客提案件数、実証案件数

技術やノウハウの買収では、成果がPLに表れるまで時間がかかることがあります。だからこそ、プロセスKPIが必要になるのです。

管理体制強化を目的としたPMI

買収先をグループ経営に組み込んでいくためには、管理機能のKPIも欠かせません。

見るべき領域KPI例
月次決算月次締め完了日、月次修正件数、残高確認完了率
レポーティング親会社報告期限遵守率、経営会議資料提出日
資金管理資金繰り表更新頻度、資金予測差異、滞留債権額
内部統制承認漏れ件数、職務権限違反件数、証憑不備件数
IT・情報管理権限棚卸実施率、不要ID削除件数、バックアップ確認率

管理体制のKPIは、攻めの成長ではなく、守りの管理に見えるかもしれません。けれども、ここが整っていなければ、売上シナジーや事業成長も、安心して進めることはできません。

財務KPIと非財務KPIを分けて考える

KPIは、財務KPIと非財務KPIに分けて整理すると、設計しやすくなります。

財務KPI

財務KPIは、会計数値や資金数値に基づく指標です。

売上高、粗利額、粗利率、営業利益、EBITDA、部門別利益、案件別粗利、営業キャッシュフロー、売掛金回転期間、在庫回転期間、借入返済余力、投資回収額――こうしたものが該当します。

財務KPIには、経営者や金融機関に説明しやすいという利点があります。

その一方で、多くは結果指標です。売上や利益が悪化してから、原因を探すことになりやすい点には、注意が必要です。

非財務KPI

非財務KPIは、顧客、現場、業務、品質、人材、リスクなど、PLには直接表れてこない活動や状態を測る指標です。

新規面談件数、提案件数、受注率、納期遵守率、不良率、クレーム件数、リピート率、顧客継続率、在庫欠品件数、生産リードタイム、従業員離職率、教育受講率、キーマン引継ぎ完了率、月次決算締め日数、承認漏れ件数――こうしたものが含まれます。

非財務KPIの役割は、PLに先行して、異変や改善の余地を示すことです。

バランスト・スコアカードでは、財務の視点だけでなく、顧客の視点、内部ビジネスプロセスの視点、学習と成長の視点から、業績を評価します。財務と非財務、内部と外部、短期と長期のバランスを取るという考え方は、PMIにおけるKPI設計にも、そのまま活きてきます。

PMIでは、PLという最終結果を見据えながら、顧客、業務、人材、統制の状態を、あわせて見ていく必要があります。

先行指標と遅行指標を分ける

KPIを設計するときは、財務・非財務の区分だけでなく、先行指標と遅行指標を分けておくことも大切です。

遅行指標は、すでに起きた結果を示します。先行指標は、これから先の結果につながる活動や兆候を示します。

区分役割
遅行指標売上高、営業利益、粗利率、キャッシュフロー結果の確認
先行指標面談件数、提案件数、見積提出件数、納期遵守率、クレーム件数将来の結果の予兆把握
中間指標受注率、リピート率、引継ぎ完了率、在庫回転期間行動から結果への接続確認

M&A後の経営会議で遅行指標だけを見ていると、議論はどうしても後追いになります。先行指標を見ていれば、次の打ち手を、早めに決めることができます。

たとえば、売上高が未達だったとします。経営会議で「もっと売上を上げよう」と言ったところで、具体的な行動にはつながりません。

ところが、次のように分解していくと、打ち手が見えてきます。

面談件数が足りないのか。提案件数が足りないのか。提案はしているが、見積に進んでいないのか。見積は出しているが、受注率が低いのか。受注はあるが、単価が低いのか。単価はあるが、粗利率が低いのか。粗利率はあるが、外注費や対応工数が膨らんでいるのか。

KPIは、結果を責めるためのものではありません。原因と打ち手を切り分けるために使うものです。

KPIは「行動につながる指標」でなければならない

KPIを設計するうえで、最も重要な条件は、行動につながることです。

見ても誰も動けない指標は、KPIではなく、ただの観察項目です。動ける人がいない指標は、経営会議資料の飾りになってしまいます。測定できない指標は、議論だけを増やします。改善責任が曖昧な指標は、毎月同じ報告で終わってしまいます。

KPIを設定するときは、少なくとも次の点を決めておきます。

設計項目確認すべき内容
指標名何を測るのか
目的どの買収目的・PMI課題とつながるのか
定義分子・分母・集計範囲・除外項目は何か
データ元会計、販売管理、在庫、勤怠、CRM、Excelなど
頻度日次、週次、月次、四半期のどれで見るか
責任者誰が改善責任を持つか
報告先経営会議、PMI会議、部門会議のどこで見るか
閾値どの水準なら注意・要対応とするか
アクション未達・異常時に何を検討するか

中小PMIの実務整理でも、シナジー効果などの実現に向けた取組について、誰が、いつまでに、何を実施するかを明確にし、その成果を測定・検証できるよう、目標やKPIといった定量的な指標を設定しておくことが示されています。

KPIは、責任者と会議体に結びついて、はじめて機能します。

KPIは増やしすぎない

PMIでは、見たいことがどんどん増えていきます。

売上も見たい。利益も見たい。資金も見たい。顧客も見たい。品質も見たい。在庫も見たい。人材も見たい。月次決算も見たい。内部統制も見たい。シナジーも見たい。

その結果、KPIが30個、50個、100個と増えていくことがあります。

しかし、KPIを増やしすぎると、かえって経営判断に使えなくなります。

数字を集めるだけで時間がかかる。どれが重要なのか分からなくなる。現場が入力作業に追われる。毎月の報告が儀式になる。本当に見るべき異常値が、埋もれてしまう。改善責任が曖昧になる。

PMI初期のKPIは、絞り込むべきです。

すべてを一度に管理しようとせず、買収目的に直結するKPI、重大リスクに関するKPI、月次で経営判断に使うKPIを、優先します。

目安として、経営者やPMI責任者が毎月見る主要KPIは、最初は10個前後でも十分です。部門別・機能別に詳細なKPIを置く場合でも、経営会議に上げるものと、現場管理で使うものは、分けておくべきです。

KPI設計の実務手順

PMIにおけるKPI設計は、次の順番で進めると、実務に落とし込みやすくなります。

1. 買収目的を言語化する

最初に、何のために買収したのかを、はっきりさせます。

販路を広げるためか。商品・サービスを増やすためか。製造能力を確保するためか。人材・技術・ノウハウを得るためか。調達・物流・本社機能の効率化を狙うためか。事業承継により既存事業を維持・発展させるためか。ロールアップや業界再編の一歩として買収したのか。

ここが曖昧なままKPIを作ると、一般的な営業KPIや財務KPIの寄せ集めになってしまいます。

2. 成功状態を定義する

次に、買収後に何が起きれば成功と見るのかを、定義します。

売上が増えることか。利益率が改善することか。特定顧客への依存度が下がることか。キーマンへの依存が減ることか。月次決算が翌月何営業日以内に締まることか。金融機関に説明できる資金計画ができることか。買収側と対象会社の営業連携が定着することか。対象会社単独ではできなかった投資が実行できることか。

成功状態を定義しないことには、KPIは選べません。

3. 結果に至るプロセスを分解する

KGIを達成するまでのプロセスを、分解します。

売上増加なら、顧客リスト、紹介、面談、提案、見積、受注、納品、継続、回収まで。コスト削減なら、対象費目の抽出、契約条件の確認、共同購買、仕入先交渉、運用変更、削減額の確認まで。月次決算の早期化なら、証憑回収、入力、残高確認、レビュー、修正、報告まで。人材引継ぎなら、業務棚卸、担当者の特定、手順書化、同行・OJT、代替担当者の設定まで。

このプロセスのなかで、結果に大きく影響し、かつ測定可能なものを、KPIにします。

4. 先行指標と遅行指標を組み合わせる

KPIは、先行指標だけでも、遅行指標だけでも、不十分です。

売上シナジーなら、提案件数や面談数といった先行指標と、受注額や粗利額といった遅行指標を、組み合わせます。品質改善なら、不良率や手戻り件数といった結果指標と、点検実施率や標準手順遵守率といった先行指標を、組み合わせます。月次決算なら、締め完了日だけでなく、証憑回収の遅延件数、残高未確認件数、修正仕訳件数も見ます。

KPIは、結果と原因をつなぐ構造にしておくことが大切です。

5. データの信頼性を確認する

KPIは、データが取れなければ機能しません。

会計ソフトから取れるのか。販売管理システムから取れるのか。CRMに入力されているのか。現場がExcelで管理しているのか。人によって集計ルールが違わないか。過去データと比較できるか。毎月同じタイミングで取れるか。数字の作成者とレビュー者は、分かれているか。

買収後は、対象会社のデータ定義が買収側と違っていることが、よくあります。売上の定義、案件ステータス、顧客分類、部門コード、在庫数量、工数、クレーム件数などの定義が揃っていないと、KPIは比較できません。

6. 会議体に組み込む

KPIは、経営会議やPMI会議で使われなければ、意味がありません。

毎月見るKPI。週次で見るKPI。異常値が出たときだけ上げるKPI。部門会議で見るKPI。PMI分科会で見るKPI。親会社報告に含めるKPI。

このように、KPIごとに、会議体と頻度を決めていきます。

決算早期化の実務では、最終成果物から逆算して業務を組み立てる「森を見る視点」が重要になります。単体決算、連結決算、開示業務、管理資料が縦割りになると、手待ち・手戻り・重複が発生し、決算工数が増大してしまうからです。

KPI管理も、これと同じです。KPIを作ることから始めるのではなく、経営会議で何を判断するのかから逆算して、データ、資料、会議体を設計していく必要があります。

7. 定期的に見直す

KPIは、固定しすぎてはいけません。

PMI初期に重要だったKPIが、半年後には重要でなくなることがあります。逆に、初期には見えていなかった課題が、PMIが進むにつれて明らかになってくることもあります。

100日計画の時点で見るKPI。1年目の集中実施期で見るKPI。ポストPMIで見るKPI。グループ経営に移行した後に見るKPI。

このように、PMIの段階に応じて、KPIを見直していく必要があります。

KPI設計でよくある失敗

KPIは便利な管理手法ですが、設計を誤ると、かえって逆効果になります。

KPIが多すぎる

最も多い失敗は、KPIを増やしすぎることです。

管理したいという不安が強いほど、KPIは増えていきます。けれども、数が増えるほど、本当に重要な指標は埋もれてしまいます。

経営者が見るKPI、PMI責任者が見るKPI、部門長が見るKPI、現場が見るKPIを、それぞれ分けておくことが必要です。

KPIがPLとつながっていない

非財務KPIを設定しても、PLや買収目的とつながっていなければ、単なる活動報告に終わってしまいます。

面談件数は増えたが、受注につながらない。研修受講率は高いが、業務品質が変わらない。改善提案件数は多いが、利益への影響が見えない。クレーム件数は減ったが、顧客継続率は改善していない。

KPIは、最終成果との因果関係を、仮説として持っておく必要があります。バランスト・スコアカードでも、戦略目標、尺度、目標値、戦略的実施項目を結びつけ、組織メンバーの努力の方向性を一致させることが、重視されています。

現場がコントロールできないKPIを押し付ける

KPIは、責任者が改善に関与できるものでなければなりません。

為替相場、原材料市況、自然災害、法規制の変更など、現場ではコントロールできない要因まで、KPIとして評価の対象にしてしまうと、現場の納得感は下がります。

事業計画や資金計画を作る際にも、市場の前提や各種条件を設定したうえで、管理可能なKPIと、管理不能な要因とを、明確に分けておくことが大切です。たとえば、機械の稼働率はメンテナンスや点検によって一定程度は管理できますが、原材料価格や自然災害は、管理不能な要因として扱う必要があります。

PMIでは、買収側が対象会社に一方的にKPIを押し付けるのではなく、何が管理可能で、何が外部要因なのかを分けて議論することが求められます。

KPIが人事評価と早く結びつきすぎる

KPIは、将来的に評価制度と連動することがあります。ただ、PMIの初期から人事評価に強く結びつけてしまうと、数字合わせが起きやすくなります。

訪問件数だけを評価すれば、質の低い訪問が増える。提案件数だけを評価すれば、受注可能性の低い提案が増える。クレーム件数だけを評価すれば、報告しないインセンティブが生まれる。在庫削減だけを評価すれば、欠品リスクが高まる。コスト削減だけを評価すれば、品質や内部統制が犠牲になる。

管理会計の実務でも、KPIマネジメントでは、全社目標を現場レベルの活動に落とし込む工夫が必要である一方で、現場が数字合わせに走りかねない行きすぎた行動管理は逆効果であり、部門や個人が部分最適に陥らないよう、全体最適との整合を図る必要があると整理されています。

PMI初期のKPIは、評価のためではなく、学習と改善のために使うべきです。

KPIが「報告」で終わる

KPI管理で最ももったいないのは、毎月報告して、それで終わってしまうことです。

KPIが未達だった。理由を説明した。来月頑張ることになった。議事録に残した。けれども、具体的な打ち手は決まっていない――。

これでは、KPIは機能していません。

KPIは、必ず次のアクションに結びつけます。

未達の理由は何か。残りの期間で挽回できるか。打ち手は何か。誰が実行するか。期限はいつか。次回の会議で何を確認するか。

KPI管理は、予実管理と同じく、責任を追及するための仕組みではなく、次の打ち手を決めるための仕組みです。

PMIで優先して見るべきKPIの例

KPIは案件ごとに設計すべきものですが、PMIで特に検討されやすい領域というものは、たしかにあります。

売上・顧客関連KPI

買収目的が売上シナジーや顧客基盤の拡大にある場合、次のようなKPIが候補になります。

KPI見る意味
買収側から対象会社への顧客紹介件数グループ内営業連携が動いているか
クロスセル提案件数具体的な営業活動に落ちているか
見積提出件数・受注率提案が商談化・受注化しているか
既存顧客継続率買収後の顧客離反が起きていないか
顧客別粗利率売上は増えても採算が悪化していないか
主要顧客面談実施率重要顧客との関係維持ができているか

業務・品質関連KPI

事業運営の安定化や、現場オペレーションの統合では、次のようなKPIが有効です。

KPI見る意味
納期遵守率買収後に顧客対応力が落ちていないか
不良率・手戻り件数品質問題が悪化していないか
生産リードタイム現場効率が改善しているか
在庫回転期間在庫が資金を圧迫していないか
欠品件数在庫削減が供給リスクを生んでいないか
クレーム件数・重大クレーム件数顧客体験に異常が出ていないか

人材・組織関連KPI

PMIでは、人の状態を見ないまま進めてしまうと、後になって事業継続リスクとして表れてきます。

KPI見る意味
キーマン定着率事業継続上重要な人材が残っているか
引継ぎ完了率属人的業務が可視化されているか
従業員面談実施率不安や課題を把握できているか
退職者数・退職率買収後の組織不安が高まっていないか
教育・研修実施率新ルールや業務プロセスが浸透しているか
管理職会議出席率経営方針が中間層に届いているか

会計・財務・管理機能KPI

買収先を数字で経営していくには、会計・財務・管理機能のKPIが欠かせません。

KPI見る意味
月次決算締め完了日翌月の判断に間に合う数字が出ているか
月次修正件数数字の安定性・信頼性に問題がないか
親会社報告期限遵守率グループ管理に組み込めているか
資金繰り表更新頻度資金見通しが管理されているか
予測資金残高と実績の差異資金管理の精度があるか
滞留債権額・滞留在庫額資金化リスクが高まっていないか

内部統制・リスク関連KPI

買収後は、悪い情報がきちんと上がってくる仕組みも必要です。内部統制やリスク管理のKPIは、現場を縛るためではなく、会社を守るために設計します。

KPI見る意味
承認漏れ件数権限ルールが機能しているか
証憑不備件数会計数値の根拠が整っているか
未承認支出件数支出統制に穴がないか
インシデント報告件数悪い情報が上がる文化があるか
内部通報・相談件数問題把握ルートが機能しているか
アクセス権限棚卸実施率情報管理上のリスクを抑えているか

内部統制については、金融庁が2023年8月31日に「内部統制報告制度に関するQ&A」などの改訂を公表しています。これは、同年4月7日に企業会計審議会から公表された内部統制基準・実施基準の改訂を踏まえたものです。出典:金融庁|「内部統制報告制度に関するQ&A」等の改訂について

上場会社などの制度対応が直接には必要ない中小企業であっても、PMIでは「報告の信頼性」「不正リスクへの対応」「ガバナンスとの関連」を意識した管理体制づくりが重要になります。内部統制の改訂論点でも、財務報告だけでなく、非財務報告や内部報告を含む「報告」の信頼性、不正リスクへの対応、ガバナンスや全組織的なリスク管理との関係が、強調されています。

KPIは、対象会社の成熟度に合わせて段階的に整える

PMIで気をつけたいのは、買収側の管理水準を、そのまま対象会社に押し付けないことです。

買収側では当然のようにCRMを使っているが、対象会社では営業担当者の手帳とExcelで管理している。買収側では月次決算が翌月5営業日で締まるが、対象会社では翌月末にならないと数字が出ない。買収側では案件別の粗利を見ているが、対象会社では案件別の原価が分からない――。

こうした差は、決して珍しいものではありません。

PMI初期に、いきなり高度なKPI体系を導入しようとすると、現場は混乱します。KPIは、段階的に整えていくべきです。

Day1〜100日:最低限の見える化

初期の段階では、事業の継続と、重大リスクの把握を優先します。

月次売上。主要顧客の継続状況。資金残高。滞留債権。主要案件の進捗。キーマンの退職リスク。重大クレーム。月次決算の締め状況。

この段階では、精緻さよりも「危ない兆候を見逃さないこと」が大切です。

100日〜1年:買収目的に直結するKPIへ広げる

初期の安定化が進んだら、買収目的に直結するKPIを整えていきます。

クロスセル。購買統合。部門別採算。案件別粗利。顧客継続率。生産性。品質。在庫。引継ぎ。管理資料の定着。

ここでは、経営会議で毎月見て、打ち手を決めるKPIに絞り込みます。

ポストPMI:グループ経営のKPIへ移行する

PMIが一段落した後は、対象会社をグループ経営のなかでどう管理していくか、へと視点が移っていきます。

投資回収。キャッシュフロー。ROICなどの資本効率。中期計画の進捗。グループシナジー。経営人材の育成。追加統合の効果。リスク管理の水準。

KPIは、PMIの時間軸とともに変わっていきます。買収直後のKPIを、何年もそのまま使い続ける必要はありません。

KPIと予実管理をつなげる

KPIは、予実管理と切り離してはいけません。

予算は、どうしてもPL中心になりがちです。売上、原価、販管費、利益が中心になります。けれども、KPIは、その予算を達成するための行動指標です。

予算とKPIがつながっていないと、次のような状態に陥ります。

予算未達の原因が分からない。KPIは達成しているのに、利益が出ない。現場は活動しているのに、経営成果に結びつかない。経営会議で、数字と行動が分断されている。

バランスト・スコアカードと予算を連動させる場合にも、戦略的な観点を予算に取り込みつつ、業務的な観点で予算全体を網羅していく必要があると整理されています。

PMIでも、これは同じです。

買収目的を計画に落とす。計画を予算に落とす。予算をKPIに落とす。KPIを会議体とアクションに落とす。そして、月次で検証し、打ち手を変えていく。

この流れがつながって、はじめてPMIは経営管理として機能します。

KPIを経営会議でどう使うか

KPIは、経営会議の議論そのものを変えるために使います。

悪い例は、KPI一覧をただ読み上げるだけの会議です。

今月の紹介件数は何件。提案件数は何件。受注率は何%。クレーム件数は何件。月次の締め日は何日。以上です――。

これでは、KPIは報告資料で終わってしまいます。

良い経営会議では、KPIを次のように使います。

どのKPIが買収目的に対して重要か。どのKPIが異常値を示しているか。その異常値の原因は何か。PLに将来どのような影響が出るか。資金繰りや人材に波及しないか。対策は何か。誰が、いつまでに実行するか。次回の会議で何を確認するか。

KPIは、経営会議を「報告の場」から「判断とアクションの場」へと変えるための、材料なのです。

KPI設計で専門家が関与すべき局面

KPIは、専門家に丸投げするものではありません。

買収の目的を決めるのは、経営者です。何を成功と見るかを決めるのも、経営者です。どの現場行動を変えたいかを決めるのも、経営者です。

ただし、次のような状況では、外部の専門家に関与してもらう価値があります。

買収目的はあるが、KPIに落とし込めていない。売上・利益以外に何を見ればよいか分からない。KPIが多すぎて、経営会議で使えていない。対象会社のデータが粗く、KPIを作れない。買収側と対象会社で、指標の定義が違っている。シナジー施策の効果測定ができていない。KPIが人事評価と結びつき、現場に反発が出ている。月次決算や管理資料が遅く、KPIが翌月の判断に間に合わない。PL、資金繰り、KPI、会議体が、それぞれ分断されている。金融機関や親会社に説明できる管理資料になっていない。

専門家の価値は、KPI表を作ることだけにあるのではありません。

買収目的を成果指標に分解する。財務KPIと非財務KPIを整理する。先行指標と遅行指標を組み合わせる。会計データと業務データをつなげる。月次決算、予実管理、経営会議に接続する。過剰な管理と放任のバランスを取る。後から説明できる管理体制を整える。

こうしたところに、専門家が関与する意味があります。

なお、KPIの設計・運用に関連して、会計基準、税務、労務、個人情報管理、内部統制、開示、金融機関への説明などが関わってくる場合には、最新の法令・基準・実務指針や、個別の事情を確認する必要があります。本記事は、M&A後の経営管理・管理会計に関する一般的な考え方を整理したものであり、個別の案件では、関係する専門家と確認しながら進めていく必要があります。

KPIは、PMIを「見える化された経営」に変える

PMIで見るべき数字は、PLだけではありません。

PLは、たしかに重要です。けれども、PLは結果です。

買収した会社を本当に経営していくためには、結果に至る前の動きまで、見ていかなければなりません。

顧客は動いているか。営業連携は進んでいるか。現場の品質は保たれているか。人材は残っているか。業務は標準化されているか。月次決算は早くなっているか。資金繰りは読めているか。リスク情報は上がってきているか。シナジー施策は実行され、効果を出しているか。

KPIは、これらを測るための仕組みです。

ただし、KPIは、多ければよいというものではありません。美しいダッシュボードを作ればよいというものでもありません。現場を細かく縛ればよいというものでもありません。

PMIで必要なのは、買収目的と現場行動をつなぐ、少数で重要なKPIです。そして、そのKPIを月次の予実管理と経営会議で使い、次の打ち手を決め続けていくことです。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&A後の月次決算、予実管理、管理資料、KPI設計、部門別採算、資金繰り、シナジーモニタリングについて、会計・税務・財務・管理会計の視点から、整理のお手伝いをしています。

買収した会社について、売上・利益以外に何を見るべきか分からない、KPIはあるが経営会議で使えていない、シナジーや現場の変化を数字で説明できない――こうした場合は、まず現在の月次資料、予算、経営会議資料、営業・業務データを整理するところから始めると、効果的です。

M&A後のKPI設計や経営管理体制を見直したいとお考えの際は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページから、お気軽にご相談ください。

この記事の振り返り

論点重要な考え方
PLの限界PLは結果指標であり、買収後の現場変化やシナジー進捗を先回りして把握しにくい
KPIの意味KPIは最終結果ではなく、結果につながる重要なプロセスを測る指標
KPI設計の起点一般的なテンプレートではなく、買収目的と成功定義から逆算する
財務KPI売上、粗利、利益、キャッシュフロー、運転資金など、会計・財務に基づく指標
非財務KPI顧客、品質、納期、業務、人材、内部統制など、PLに先行する事業の状態を示す指標
先行指標と遅行指標結果だけでなく、将来の結果につながる活動指標を組み合わせる
KPIの数増やしすぎず、経営会議で判断に使う重要指標に絞る
KPIと現場行動指標ごとに定義、責任者、データ元、頻度、未達時のアクションを明確にする
KPIの失敗例数が多すぎる、PLとつながらない、管理不能要因を評価する、人事評価と早く結びつけすぎる
専門家の役割KPI表の作成代行ではなく、買収目的・数字・業務・会議体をつなぐ判断材料を整えること

参考情報・出典

出典:中小企業庁|PMIを実施する
出典:中小企業庁|中小PMIガイドライン
出典:中小企業庁|中小M&Aガイドライン
出典:金融庁|「内部統制報告制度に関するQ&A」等の改訂について

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