スキーム別の評価・価格論点|株式譲渡・事業譲渡・組織再編で価格判断はどう変わるか

「対象となる会社や事業が同じなら、どのスキームを使っても価格は同じになるのではないか」

M&Aや事業承継、グループ再編を検討する場面では、こうした感覚を持たれる方が少なくありません。

しかし、株式譲渡で会社全体を取得する場合と、事業譲渡で必要な資産・負債だけを取得する場合とでは、買主が受け取るものも、引き受けるリスクも同じではありません。合併や株式交換のように株式を対価とする取引になれば、現金価格ではなく、当事会社間の相対的な株式価値と交換比率が問題になります。

自己株式取得によって株主を整理する場合はどうでしょうか。第三者間のM&Aとは異なり、会社資金の流出、残存株主への影響、税務上の時価、会社法上の財源と手続まで含めて買取価格を考えなければなりません。

つまり、スキームの選択は、単なる法務手続の選択ではないということです。

何を評価し、誰に何を渡し、どのリスクを誰が引き受け、その結果としてどの価格・比率なら受け入れられるかを決める作業にほかなりません。

この第10テーマでは、株式譲渡、事業譲渡、会社分割、合併、株式交換、株式移転、自己株式取得について、評価対象と取引価格の違いを整理していきます。

このテーマで理解できること

このテーマの目的は、各スキームの法的手続を網羅することではありません。

提示された価格や交換比率を前にしたときに、「何の価値を基礎にした数字なのか」「別のスキームを選べば、その数字はどう変わるのか」をご自身で判断できるようになること。そこに主眼を置いています。

そのために、各詳細コラムを通じて、主に次の関係を整理します。

会社全体の価値と、特定事業の価値は同じではない

株式譲渡では、原則として法人格を維持したまま株主が交代します。買主が取得するのは対象会社の株式であり、その会社に属する事業、資産、負債、契約関係、税務ポジションなどを、会社ごと引き受けることになります。

これに対して、事業譲渡や会社分割で移転の対象となるのは、会社そのものではなく、特定の事業や権利義務です。どの資産・負債を移し、どの契約・従業員・許認可を承継するのか。その設計によって、評価対象の範囲そのものが変わってきます。

会社法は、事業譲渡、合併、会社分割、株式交換、株式移転、自己株式取得などについて、それぞれ異なる法的枠組みと手続を定めています。スキーム名が変われば、取引対象と利害関係者への影響も変わる。まずはこの前提を押さえておく必要があります。
出典:e-Gov法令検索|会社法

事業価値が同じでも、実際の対価は変わる

対象事業が生み出す将来キャッシュ・フローを基礎に算定した事業価値が同じであっても、それがそのまま各スキームの対価になるとは限りません。

株式譲渡では、事業価値から株主価値へ移るために、余剰現金、有利子負債、負債類似項目、非事業資産などを整理します。

事業譲渡では、譲渡対象に含まれる運転資本、固定資産、債権債務などを特定します。

合併、株式交換、株式移転では、当事会社それぞれの株式価値を比較し、統合後の持分関係を決める交換比率へつなげます。

自己株式取得では、会社全体の株式価値だけでなく、取得対象株主の立場、取得後の議決権構成、会社から流出する資金も確認しなければなりません。

価値は一定の前提に基づく判断材料であり、価格は当事者間で合意される取引条件です。両者を区別したうえで、スキームごとに「価値から対価へ移る調整」を確認していく必要があります。

スキームによって承継するリスクが変わる

価格を左右するのは、取得する資産や収益だけではありません。

株式譲渡では、対象会社が過去から抱えてきた簿外債務、税務リスク、労務問題、訴訟、保証、契約違反なども、原則として会社内に残ります。

事業譲渡では、取得対象を選別しやすい反面、契約や許認可が当然には移らず、個別の承継対応が必要となることがあります。

会社分割や合併では、一定の権利義務が包括的に承継される一方、承継対象の設計や全部承継によって、想定外の負担まで移転してしまう可能性があります。

この違いは、法務上の論点にとどまりません。買主が負うリスクが大きければ、将来キャッシュ・フローの見通し、価格減額、支払留保、補償条件などにも影響が及びます。

取引手法の選択とは、取得範囲、支配レベル、リスクの切り分けを同時に決める作業なのです。

税務上の負担と税引後手取りが変わる

売主にとって重要なのは、提示された額面価格だけではありません。課税後に手元へ残る金額こそが問題になります。

買主にとっても同様です。支払対価だけでなく、取得した資産の税務上の取得価額、将来の減価償却、含み損益、繰越欠損金、取得後の税負担が、取引の経済性を左右します。

組織再編税制では、資産移転に伴う譲渡損益課税を原則としつつ、移転資産に対する支配が再編後も継続するなど、一定の要件を満たす適格組織再編成について課税を繰り延べる仕組みが設けられています。もっとも、適格性はスキームの名称だけで決まるものではありません。資本関係、対価、事業継続その他の要件を、個別に確認していく必要があります。
出典:財務省|組織再編税制に関する資料

このテーマでは税制適格要件の詳細計算までは踏み込みませんが、スキームによって税引後の取引条件が変わるため、税務を確認する前の価格だけで有利・不利を決めてはならないという判断軸を、まず共有しておきたいと思います。

法的形式が同じでも、会計上の見え方が同じとは限らない

買収や組織再編の会計処理は、法的なスキーム名だけで一律に決まるものではありません。

企業結合会計では、取引の実態に応じて、取得、共同支配企業の形成、共通支配下の取引などに分類します。また、企業結合会計基準と事業分離等会計基準の適用指針は、合併、会社分割、事業譲渡・譲受、株式交換、株式移転等の形式ごとに、個別財務諸表・連結財務諸表上の処理を整理しています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第21号 企業結合に関する会計基準
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第10号 企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針

会計処理は、理論上の企業価値を直接決めるものではありません。しかし、のれん、取得原価の配分、譲渡損益、純資産、買収後利益、減損リスクなどを通じて、買主の価格上限や取引後の説明責任に影響してきます。

株主への説明対象もスキームによって変わる

現金による株式譲渡であれば、一般に「いくらで売買するのか」が中心的な論点になります。

これに対し、合併、株式交換、株式移転では、統合後に各株主がどれだけの持分を保有するかが重要です。問われるのは、一方の会社の絶対的な価格だけではありません。当事会社間の相対価値、基準日、交換比率、支配関係の変化までが説明の対象になります。

自己株式取得では、会社が特定株主へ支払う金額が、残存株主や会社財産にどのような影響を与えるか。ここも説明しなければならない事項です。

価格や比率を算定して終わりではなく、なぜその前提を採用し、なぜその条件が株主間で合理的と考えられるのかを整理しておく必要があります。

第10テーマの詳細コラム

このテーマには、6本の詳細コラムがあります。

初めてスキーム別評価を学ばれる場合は、10-1から10-6まで順に読み進めていただくと、会社全体の取得、事業単位の取得、カーブアウト、株式対価、株主整理、スキーム横断比較へと、段階的に理解を進められます。

すでに検討中のスキームが決まっている場合には、該当する記事から読み、最後に10-6で他の選択肢との差を確認するという読み方もよいでしょう。

10-1. 株式譲渡の価格判断|会社全体を引き受ける場合の評価論点

株式譲渡は、非上場会社のM&Aで広く用いられる基本的なスキームです。

このコラムでは、会社全体の株主価値として価格を考えるために、事業価値、余剰資金、非事業資産、有利子負債、簿外債務などをどのようにつなげるかを整理します。

「営業利益やEBITDAに倍率を掛けた金額が、そのまま株式譲渡価格になるのか」「会社の借入金、現預金、役員貸付金、未払債務をどこまで調整すべきか」。such な疑問をお持ちの読者に向いた内容です。

会社全体を取得する以上、価格調整だけでは処理しきれない過去リスクも残ります。それを表明保証や補償などの契約条件とどのように分担して考えるかについても確認します。

10-2. 事業譲渡の価格判断|譲渡対象資産・負債を切り分ける評価

事業譲渡では、会社の株式ではなく、特定の事業に属する資産、負債、契約その他の権利義務を取引対象とします。

このコラムでは、事業価値と実際に移転する資産・負債を区別し、何が譲渡価格に含まれているのかを明確にするための論点を整理します。

「会社全体ではなく一部事業だけを譲渡したい」「買主として必要な事業だけを取得したい」「提示された事業価格に在庫、売掛金、設備、運転資本が含まれているか分からない」。こうした場面でお読みいただきたい記事です。

契約、従業員、許認可など、事業価値を支える要素が実際に移転できるかどうか。これもまた、価格判断の前提になります。

10-3. 会社分割・カーブアウトの評価|切り出す事業の価値をどう見るか

会社分割やカーブアウトでは、既存会社の一部門や一事業を、独立した評価対象として切り出します。

もっとも、社内の一部門が、単独の会社として必要な管理部門、システム、人員、資金、契約をすべて備えているとは限りません。既存の管理会計上の利益が、そのまま独立後の収益力になるとは限らない。この点が重要です。

このコラムでは、共通費配賦、スタンドアロンコスト、移転資産・負債、正常運転資本など、カーブアウト評価の入口となる論点を整理します。

「事業別損益はあるが、切り出し後の利益が分からない」「本社費を除けば利益が増えると考えてよいか」「分割対象の貸借対照表をどう作ればよいか」。such な課題をお持ちの読者に適した内容です。

10-4. 合併・株式交換・株式移転の比率算定|現金価格ではなく交換比率を判断する

合併、株式交換、株式移転では、対価として株式が交付されることがあります。

この場合、一方の会社を何円で取得するかだけではなく、各社の株主価値をどのように比較し、統合後の持分割合をどう決めるかが中心的な論点になります。

このコラムでは、合併比率、株式交換比率、株式移転比率を考えるための相対価値、評価基準日、採用手法、少数株主への説明という論点を整理します。

「両社の企業規模が違う場合、比率をどう考えるのか」「DCFと純資産で比率が異なるとき、どの結果を重視するのか」「グループ内再編でも第三者評価が必要なのか」。such な疑問をお持ちの読者に向いています。

10-5. 自己株式取得・株主整理の価格判断|資本政策と評価の接点

自己株式取得は、会社が自社の株式を株主から買い取る取引です。

事業承継前の株主集約、少数株主の整理、相続株式への対応などで検討されますが、通常の第三者間M&Aとは異なる視点が求められます。

このコラムでは、取得対象株主の立場、取得後の議決権構成、会社から流出する資金、残る株主への影響、税務上の時価、会社法上の財源という論点を整理します。

「少数株主からいくらで買い取ればよいか」「相続税評価額をそのまま買取価格に使えるか」「会社が高く買い取ることに問題はないか」「後継者の持株比率を高めるために自己株式取得を使えるか」。such な課題を抱えている場合にお読みいただきたい記事です。

10-6. スキーム選択が価格に与える影響|税務・会計・リスク承継まで含めて見る

10-6は、第10テーマのまとめに当たるコラムです。

株式譲渡、事業譲渡、会社分割、合併、株式交換、自己株式取得を横断し、譲渡範囲、承継リスク、税務コスト、会計影響、価格調整、契約保護が最終的な取引条件にどう影響するかを整理します。

「事業価値は同じなのに、スキームごとに提示価格が違う理由が分からない」「税務上有利な方法を選べばよいのか」「価格を下げるのか、リスクを切り離すのか、契約で保護するのかを判断できない」。such な場面に適した内容です。

10-1から10-5までの個別論点を確認したうえでお読みいただくと、スキーム選択を単なる手続比較ではなく、価格判断の問題として捉えられるようになります。

課題別のおすすめ読書順

会社全体を売買する予定がある場合

まず10-1で、事業価値から株式譲渡価格へ移る構造を確認します。

その後、10-6を読み、株式譲渡で引き受けるリスクや、事業譲渡・会社分割へ変更した場合に価格前提がどう変わるかを比較する。この順序で読むと、提示価格の意味をより正確に捉えられます。

一部事業だけを切り出したい場合

10-2で事業譲渡における譲渡対象を確認したうえで、10-3へ進み、会社分割・カーブアウト固有の収益力と資産負債の切り分けを確認します。

最後に10-6を読むことで、個別承継を前提とする方法と包括承継を用いる方法の差を、税務・会計・リスクの面から比較できます。

合併や株式交換による経営統合を予定している場合

まず10-4で、絶対的な価格ではなく相対価値と交換比率を判断する考え方を確認します。

その後、10-6で、株式対価、税務、会計、承継リスクを含む全体条件を確認します。少数株主や会社法上の公正価格が関係する場合には、第8テーマもあわせてお読みいただくと理解が深まります。

事業承継前に株主を整理したい場合

10-5から読み始め、自己株式取得が会社財産、株主持分、税務、支配権に及ぼす影響を確認します。

その後、10-6で、自己株式取得以外の株式譲渡、組織再編等との違いを確認します。非上場株式の税務上の時価や同族株主・少数株主の評価が問題になる場合には、第8テーマとの接続が重要になります。

まだスキームが決まっていない場合

10-1から10-6まで順に読む方法が適しています。

最初から特定のスキームを前提にしてしまうと、価格、税務、承継リスクのいずれかに偏った判断になりやすいためです。まず、会社全体を移すのか、事業だけを移すのか、現金を対価とするのか、株式を対価とするのか。ここを切り分けてください。

スキームを比較する前に整理しておきたい四つの問い

何を取得・移転したいのか

会社の株式なのか、特定事業なのか、資産・負債なのか、支配権なのか。まずはここを明確にします。

「会社を売る」「事業を引き継ぐ」といった抽象的な表現だけでは、評価対象を確定することができません。

誰が対価を受け取るのか

株式譲渡では一般に株主が対価を受け取りますが、事業譲渡では対象会社が対価を受け取ります。会社分割、合併、株式交換等では、対価の交付先やその後の持分関係がスキームによって異なります。

同じ金額であっても、誰に帰属し、誰に課税されるかによって、経済的な意味は変わってきます。

何を引き継ぎ、何を残すのか

借入金、保証、未払税金、退職給付、契約、許認可、従業員、遊休不動産、役員関連取引などを整理します。

譲渡対象と承継リスクが不明確なまま算定された価格は、取引実行時に大きく修正される可能性があります。

誰に説明する必要があるのか

相手方だけでなく、取締役、株主、少数株主、後継者、金融機関、税務当局など、説明先を確認します。

取引当事者が合意すればよい価格と、第三者に合理性を説明しなければならない価格とでは、必要となる資料、評価手法、意思決定過程が異なってきます。

中小企業庁の中小M&Aガイドラインも、M&Aに先立つ株式・事業用資産等の整理、バリュエーション、交渉、最終契約を、一連の流れとして位置づけています。価格算定だけを切り離すのではなく、取引対象と条件を事前に整理しておくことが重要です。
出典:中小企業庁|中小M&Aガイドライン

第10テーマと他テーマとの関係

第10テーマは、各スキームの法務手続を解説する独立したM&A実務シリーズではありません。

企業価値評価と取引価格判断に必要な範囲で、スキーム差を整理するテーマです。

事業価値・企業価値・株主価値の基本概念が曖昧な場合は、第1テーマを先に確認してください。

会社全体、事業、一部持分など、評価対象が定まっていない場合は、第2テーマが前提になります。

スキームごとの評価額を実際の合意価格、価格調整、契約条件へつなげる場合は、第9テーマへ進みます。

非上場株式の税務上の時価、少数株主、自己株式、公正価格が問題になる場合は、第8テーマとの接続が必要です。

買収後のPPA、無形資産、のれん、減損まで確認する場合は、第11テーマで会計上の価格インパクトを整理します。

このテーマを読む際の注意点

スキームには、それぞれ固有の長所と制約があります。しかし、「株式譲渡が最も簡単」「事業譲渡ならリスクを承継しない」「適格組織再編なら税負担がない」といった一律の理解は、適切とはいえません。

実際には、対象会社の株主構成、資産負債、契約、許認可、従業員、資本関係、対価、事業継続、会計基準、税務上の適格要件などによって、結論は変わってきます。

また、取引の途中でDD上の問題が見つかり、当初予定していた株式譲渡から事業譲渡・会社分割へ変更することもあります。反対に、契約承継の困難さから、事業譲渡ではなく株式譲渡が選ばれることもあります。

したがって、スキームは評価後に付け加える形式ではありません。評価対象と価格条件を定める前提として、検討初期から確認すべき事項です。

法令、税制、会計基準は改正されます。実際の取引にあたっては、実行時点の現行制度と個別の事実関係に基づいて確認していくことが必要です。

第10テーマの振り返り

確認する論点第10テーマでの判断軸
評価対象会社全体、特定事業、移転資産・負債、株主持分、交換比率のどれを評価するか
株式譲渡会社全体の株主価値と、ネットデット・簿外債務・契約保護をつなげる
事業譲渡事業価値と、実際に移転する資産・負債・契約等を切り分ける
会社分割・カーブアウト切り出し事業の収益力、共通費、スタンドアロンコスト、承継範囲を確認する
合併・株式交換・株式移転各社の絶対価値だけでなく、相対価値と統合後の持分割合を判断する
自己株式取得買取価格だけでなく、会社資金、残存株主、支配権、税務・財源を確認する
承継リスク何を引き継ぎ、何を切り離し、何を契約で保護するかを明確にする
税務額面価格ではなく、当事者別の課税と税引後手取り・取得後負担を見る
会計取得、共通支配下の取引等の分類と、のれん・損益・純資産への影響を確認する
最終判断スキームごとの価格を単純比較せず、取得内容、税務、会計、リスク、契約条件を含む経済条件で比較する

スキームと価格を切り離さずに整理したい方へ

株式譲渡価格、事業譲渡価格、会社分割後の株式価値、合併・株式交換比率、自己株式の買取価格。これらは、それぞれ同じ評価式を当てはめれば決まるというものではありません。

取引目的、評価対象、財務実態、譲渡範囲、株主構成、承継リスク、税務・会計上の取扱いを確認して、初めて比較可能な判断材料になります。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、特定のスキームへ数字を合わせるのではなく、各スキームで何が移転し、どの価値・価格・税務・会計論点が生じるのかを整理したうえで、意思決定に使える評価レンジと確認事項を検討します。

すでにスキームや提示価格が決まっている場合も、複数案を比較している段階も、後から説明できる判断材料へ整えたいときは、お問い合わせページからご相談ください。